説明

感覚刺激成分の評価方法

【課題】感覚刺激の差異、特に感覚刺激の強度が最大となるまでの到達時間を客観的かつ具体的に評価することができる感覚刺激成分の評価方法を提供する。
【解決手段】被験成分の高速液体クロマトグラフィーの測定結果から得られる分配係数(LogP)を指標として、前記被験成分の感覚刺激強度の最大値到達時間を評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験成分の評価方法に関し、より具体的には、被験成分の皮膚や口腔内等に対する感覚刺激の強度の最大値到達時間を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、皮膚外用剤や口腔用組成物等が使用者に与える感覚刺激成分の評価は、主として人の感覚に頼った官能統計評価により行われてきた。
また、他の評価方法としては、角質水分量、経皮水分蒸散量の測定による方法、電療知覚閾値(CPT)の測定による方法、血中IgEの測定による方法、マウスの引っ掻き行動に基づく評価方法、in vitroカルシウムイオン濃度の測定による方法(特許文献1)、心電図及び皮膚電気反射を測定する方法(特許文献2)、TRPA1による活性物質を評価する方法(特許文献3)等がある。
【0003】
ここで、味覚強度に関しては、甘味において、甘味強度と甘味成分の極性に相関性があるとする報告(非特許文献1及び非特許文献2)がされている。一方、苦味においては、苦味強度と水−オクタノール間の分配係数、すなわち苦味成分の極性との間に相関性は認められない報告(非特許文献3)がされている。
このように、化合物の極性と味覚強度の関係性は、味覚により異なるものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−372530号公報
【特許文献2】特開2006−075364号公報
【特許文献3】米国特許出願公開第2009/148938号明細書
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】月間フードケミカル、2001年、Vol.5、73〜77頁
【非特許文献2】糖アルコールの新知識、早川幸男編、72頁、93頁、食品化学新聞社、1996年11月22日発行
【非特許文献3】食品・医薬品の味覚修飾技術、内田亨弘・都甲潔監修、19〜21頁、2007年9月発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、冷感刺激成分や温感刺激成分等の感覚刺激成分の評価は、主として人の感覚に頼った官能統計評価により行われてきた。しかしながら、人による官能評価方法は客観性に乏しく、感覚刺激の差異を具体的に数値で客観的に比較することが困難であった。他方、感覚刺激成分に関しては、その感覚刺激強度と刺激成分の極性の関係性についての知見は得られておらず、これまでに報告はされていない。
本発明は、上記の課題を鑑みてなされたものであり、感覚刺激の差異、特に感覚刺激の強度が最大となるまでの到達時間を客観的かつ具体的に評価することができる感覚刺激成分の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意研究を重ねた結果、高速液体クロマトグラフィーなどから得られる分配係数(LogP)を用いて冷感刺激や温感刺激に代表される感覚刺激を客観的に評価できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の評価方法に関するものである。
[1]被験成分の分配係数(LogP値)を指標として、該被験成分の感覚刺激強度の最大値到達時間を評価する感覚刺激成分の評価方法。
[2]被験成分の分配係数(LogP値)が、該被験成分の高速液体クロマトグラフィーの測定結果から得られる分配係数(LogP値)である上記[1]記載の評価方法。
[3]前記高速液体クロマトグラフィーが逆相クロマトグラフィーである上記[2]記載の評価方法。
[4]被験成分が冷感刺激成分または温感刺激成分である上記[1]乃至[3]のいずれか1に記載の評価方法。
[5]前記冷感刺激成分がl−メントール誘導体である上記[4]記載の評価方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の評価方法により、被験成分の皮膚や口腔内における感覚刺激強度が最大値に到達するまでの時間についての優れた評価方法が提供される。すなわち、従来、人や動物で行っていた感覚に頼った皮膚や口腔内に関連する感覚刺激成分の評価を、客観的かつ簡便に行うことが可能となる。さらに、本発明の評価方法を利用すれば、冷感成分や温感成分等の各種の感覚刺激成分のスクリーニングや、更には、皮膚や口腔内の状態の評価が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、実施例で用いた各冷感刺激成分のHPLC分析結果(保持時間)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、分配係数(LogP値)を指標として、感覚刺激成分の皮膚や口腔内への感覚刺激強度の最大値到達時間の評価方法(以下、「本評価方法」ともいう)を提供する。
本評価方法を行うことで、皮膚や口腔内で感知される被験成分の評価を、的確かつ簡便に行うことが可能である。
ここで、感覚刺激とは、皮膚外用剤や口腔用組成物等に含まれる化学成分、その他の環境因子によって惹起される刺激感覚を意味し、具体的には、皮膚や口腔内における冷感、温感、辛味(痛感)、収斂味等を意味する。なお、感覚刺激成分とは上記のような刺激感覚を惹起する成分であり、具体的には冷感刺激成分、温感刺激成分、辛味(痛感)刺激成分、収斂刺激成分等が挙げられる。感覚刺激成分は、甘味、苦味、うま味、塩味、酸味といった、いわゆる基本的な味覚成分とは異なるものである。
【0012】
また、感覚刺激強度の最大値到達時間とは、感覚刺激成分が皮膚または口腔内に接触した時間から、刺激強度が最大に至るまでの時間、すなわち刺激強度が最大に至るまでの早さを意味するものである。感覚刺激は、皮膚や口腔内に接触すると、その感覚刺激を感知し、その感覚刺激強度が最大値に達し、時間の経過と共に強度が後退していく。そして、感覚刺激強度の最大値到達時間は感覚刺激成分によって異なる。感覚刺激成分の感覚刺激強度の最大値到達時間を客観的に把握することで、早くまたは遅く刺激を感じる感覚刺激成分開発に有用な情報を提供することが出来る。それらの情報は、感覚刺激を特徴とする製品に更なるバリエーションを与えることが可能である。
【0013】
本発明で物質を特定しうる被験成分としては、分配係数を採取できるもので、感覚刺激強度の最大値到達時間が評価できる感覚刺激成分であれば特に制限されないが、例えば、冷感刺激成分、温感刺激成分、辛味(痛感)刺激成分、収斂刺激成分などを挙げることできる。
【0014】
冷感刺激成分(以下「冷感成分」ともいう)としては、例えばメントール、メントール誘導体、糖アルコール、天然オイル等が挙げられる。
メントール及びメントール誘導体としては、l体、d体の光学活性体のいずれかでも、その混合物でもよいが、下記式(1)に示すl−メントール及び式(2)に示すl−メントール誘導体が好ましい。
【0015】
【化1】

【0016】
【化2】

【0017】
式(2)中、R及びRはメチル基、Rは水素原子または水酸基、RはORまたはC(=O)NRを表す。Rは、水酸基、アセチル基、ラクトイル基、サリチロイル基、3−ヒドロキシブタノイル基、3−カルボキシプロピオニル基、2−ヒドロキシエトキシ基、3−ヒドロキシプロポキシ基、または2,3−ジヒドロキシプロピキシ基を表し、R及びRは、独立して水素原子または低級アルコキシル基を表す。さらに、RとRが隣接する炭素原子と共にメチレン基またはカルボニル基を形成していてもよい。
【0018】
冷感成分の具体例としては、例えば;
メントール、メントン、カンファー、プレゴール、イソプレゴール、シネオール、キュベボール、酢酸メンチル、酢酸プレギル、酢酸イソプレギル、サルチル酸メンチル、サルチル酸プレギル、サルチル酸イソプレギル、3−(l−メントキシ)プロパン−1,2−ジオール、2−メチル−3−(l−メントキシ)プロパン−1,2−ジオール、2−(l−メントキシ)エタン−1−オール、3−(l−メントキシ)プロパン−1−オール、4−(l−メントキシ)ブタン−1−オール、3−ヒドロキシブタン酸メンチル、グリオキシル酸メンチル、p−メンタン−3,8−ジオール、1−(2−ヒドロキシ−4−メチルシクロヘキシル)エタノン、乳酸メンチル、メントングリセリンケタール、メンチル−2−ピロリドン−5−カルボキシラート、モノメンチルスクシナート、モノメンチルスクシナートのアルカリ金属塩、モノメンチルスクシナートのアルカリ土類金属塩、モノメンチルグルタラート、モノメンチルグルタラートのアルカリ金属塩、モノメンチルグルタラートのアルカリ土類金属塩、N−[[5−メチル−2−(1−メチルエチル)シクロヘキシル]カルボニル]グリシン、p−メンタン−3−カルボン酸グリセロールエステル、メントールプロピレングリコールカルボナート、メントールエチレングリコールカルボナート、p−メンタン−2,3−ジオール、2−イソプロピル−N,2,3−トリメチルブタンアミド、N−エチル−p−メンタン−3−カルボキサミド、3−(p−メンタン−3−カルボキサミド)酢酸エチル、N−(4−メトキシフェニル)−p−メンタンカルボキサミド、N−エチル−2,2−ジイソプロピルブタンアミド、N−シクロプロピル−p−メンタンカルボキサミド、N−(4−シアノメチルフェニル)−p−メンタンカルボキサミド、 N−(2−ピリジン−2−イル)−3−p−メンタンカルボキサミド、N−(2−ヒドロキシエチル)−2−イソプロイル−2,3−ジメチルブタンアミド、N−(1,1−ジメチル−2−ヒドロキシエチル)−2,2−ジエチルブタンアミド、シクロプロパンカルボン酸(2−イソプロピル−5−メチルシクロヘキシル)アミド、N−エチル−2,2−ジイソプロピルブタンアミド、N−[4−(2−アミノ−2−オキソエチル)フェニル]−p−メンタンカルボキサミド、2−[(2−p−メントキシ)エトキシ]エタノール、2,6−ジエチル−5−イソプロピル−2−メチルテトラヒドロピラン、トランス−4−tert−ブチルシクロヘキサノールなどの化合物並びにこれらのラセミ体及び光学活性体;
キシリトール、エリスリトール、デキストロース、ソルビトールなどの糖アルコール;
和種ハッカオイル、ペパーミントオイル、スペアーミントオイル、ユーカリプタスオイルなどの天然物;
特開2001−294546号公報、特開2005−343915号公報、特開2007−002005号公報、特開2009−263664号公報、特開2010−254621号公報、特開2010−254622号公報、特開2011−079953号公報、米国特許第4136163号明細書、米国特許第4150052号明細書、米国特許第4178459号明細書、米国特許第4190643号明細書、米国特許第4193936号明細書、米国特許第4226988号明細書、米国特許第4230688号明細書、米国特許第4032661号明細書、米国特許第4153679号明細書、米国特許第4296255号明細書、米国特許第4459425号明細書、米国特許第5009893号明細書、米国特許第5266592号明細書、米国特許第5698181号明細書、米国特許第5725865号明細書、米国特許第5843466号明細書、米国特許第6231900号明細書、米国特許第6277385号明細書、米国特許第6280762号明細書、米国特許第6306429号明細書、米国特許第6432441号明細書、米国特許第6455080号明細書、米国特許第6627233号明細書、米国特許第7078066号明細書、米国特許第6783783号明細書、米国特許第6884906号明細書、米国特許第7030273号明細書、米国特許第7090832号明細書、米国特許出願公開第2004/0175489号明細書、米国特許出願公開第2004/0191402号明細書、米国特許出願公開第2005/0019445号明細書、米国特許出願公開第2005/0222256号明細書、米国特許出願公開第2005/0265930号明細書、米国特許出願公開第2006/015819号明細書、米国特許出願公開第2006/0249167号明細書、欧州特許出願公開第1689256号明細書、国際公開第2005/082154号、国際公開第2005/099473号、国際公開第2006/058600号、国際公開第2006/092076号、国際公開第2006/125334号に記載の化合物;
などを例示することができる。
【0019】
温感刺激成分としては、例えば、
バニリルメチルエーテル、バニリルエチルエーテル、バニリルプロピルエーテル、バニリルイソプロピルエーテル、バニリルブチルエーテル、バニリルアミルエーテル、バニリルイソアミルエーテル、バニリルヘキシルエーテル、イソバニリルメチルエーテル、イソバニリルエチルエーテル、イソバニリルプロピルエーテル、イソバニリルイソプロピルエーテル、イソバニリルブチルエーテル、イソバニリルアミルエーテル、イソバニリルイソアミルエーテル、イソバニリルヘキシルエーテル、エチルバニリルメチルエーテル、エチルバニリルエチルエーテル、エチルバニリルプロピルエーテル、エチルバニリルイソプロピルエーテル、エチルバニリルブチルエーテル、エチルバニリルアミルエーテル、エチルバニリルイソアミルエーテル、エチルバニリルヘキシルエーテル、バニリンプロピレングリコールアセタール、イソバニリンプロピレングリコールアセタール、エチルバニリンプロピレングリコールアセタール、バニリルブチルエーテル酢酸エステル、イソバニリルブチルエーテル酢酸エステル、エチルバニリルブチルエーテル酢酸エステル、4−(l−メントキシメチル)−2−(3’−メトキシ−4’−ヒドロキシフェニル)−1,3−ジオキソラン、4−(l−メントキシメチル)−2−(3’−ヒドロキシ−4’−メトキシフェニル)−1,3−ジオキソラン、4−(l−メントキシメチル)−2−(3’−エトキシ−4’−ヒドロキシフェニル)−1,3−ジオキソラン、カプサイシン、ジヒドロカプサイシン、ノルジヒドロカプサイシン、ホモジヒドロカプサイシン、ホモカプサイシン、ビスカプサイシン、トリスホモカプサイシン、ノルノルカプサイシン、ノルカプサイシン、カプサイシノール、バニリルカプリルアミド(オクチル酸バニリルアミド)、バニリルペリラゴンアミド(ノニル酸バニリルアミド)、バニリルカプロアミド(デシル酸バニリルアミド)、バニリルウンデカンアミド(ウンデシル酸バニリルアミド)、N−トランス−フェルロイルチラミン、N−5−(4−ヒドロキシ−3−メトキシフェニル)−2E,4E−ペンタジエロイルピペリジン、N−トランス−フェルロイルピペリジン、N−5−(4−ヒドロキシ−3−メトキシフェニル)−2E−ペンテノイルピペリジン、N−5−(4−ヒドロキシフェニル)−2E,4E−ペンタジエロイルピペリジン、ピペリン、イソピペリン、シャビシン、イソシャビシン、ピペラミン、ピペレチン、ピペロレインB、レトロフラクタミドA、ピペラシド、グイネンサイド、ピペリリン、ピペラミドC5:1(2E)、ピペラミドC7:1(6E)、ピペラミドC7:2(2E,6E)、ピペラミドC9:1(8E)、ピペラミドC9:2(2E,8E)、ピペラミドC9:3(2E,4E,8E)、ファガラミド、サンショール−I、サンショール−II、ヒドロキシサンショール、サンショウアミド、ジンゲロール、ショーガオール、ジンゲロン、メチルジンゲロール、パラドール、スピラントール、カビシン、ポリゴジアール(タデオナール)、イソポリゴジアール、ジヒドロポリゴジアール、タデオンなどの化合物並びにこれらのラセミ体及び光学活性体;
トウガラシ油、トウガラシオレオレジン、ジンジャーオレオレジン、ジャンブーオレオレジン(キバナオランダセンニチ抽出物)、サンショウエキス、サンショール−I、サンショール−II、サンショウアミド、黒胡椒エキス、白胡椒エキス、タデエキスなどの天然物;
特開平8−225564号公報、特開2007−015953号公報、特表2007−510634号公報、特表2008−505868号公報、国際公開第2007/013811号、国際公開第2003/106404号、欧州特許出願公開第1323356号明細書、独国特許出願公開第10351422号明細書、米国特許出願公開第2005/0181022号、米国特許出願公開第2008/0038386号に記載の化合物;
などを例示することができる。
【0020】
(分配係数)
分配係数(P)とは、液液分配においては、両相における溶質の全濃度の比として分配比が定義される。これは化学物質の性質を表す数値のひとつであり、物質の疎水性や移行性の指標となり、温度に依存する値である。対象とする物質が、ある2つの相の接した系中で平衡状態にある場合を対象として、各相の濃度比またはその常用対数(LogP)で示される。
最も広く使用されている分配係数は、溶媒としてオクタノールと水を用いた際の分配係数であり、Octanol/Waterより一般的に対数値(LogPow又はLogP)で記述される。
【0021】
分配係数を測定する方法としては、フラスコ振盪法と高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法等の公知の方法が挙げられる。また、最近では計算機化学の発展により、実際に測定しなくてもコンピュータで計算して分配係数が予測できるようになりつつある。
【0022】
フラスコ振盪法とは、最も古典的で信頼できるLogPの算出方法として知られており、対象物質と2種類の溶媒を実際にフラスコに入れ、よく振り混ぜて溶解させ、各々の溶媒への溶解度の比を分配係数とするものである。この溶媒に用いられる2種類の液体にはオクタノールと水が用いられることが多い。
各溶媒中における溶質の濃度を紫外・可視・近赤外分光法などの分光法、ガスクロマトグラフィーや高速液体クロマトグラフィーを用いて定量し、2つの溶媒中の濃度比Co/Cw=Powまたはその常用対数LogPを分配係数とする。
フラスコ振盪法によるオクタノール/水の分配係数の測定法は、「OECD Test Guideline 107」や「日本工業規格 Z7260−107」によって標準的な方法が詳しく定められており、LogPが−2〜4(場合によっては5)までの試料に適用できる。このフラスコ振盪法は、物質の化学構造が同定されていない場合でも使用できるため、適用可能範囲が広いという長所を有する。一方、対象物質が2種類の溶媒に完全に可溶でないと適用できないという欠点がある。
【0023】
HPLC法とは、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いたLogPの求め方で、「OECD Test Guideline 117」に規定されている。LogPが0〜6までの試料に適用できる。
HPLCの固定相にはオクタデシルシリル(ODS)などのアルキル基で表面が修飾されたシリカゲル(逆相カラム)を用い、移動相には水を使用することが好ましい。試料は固定相(アルキル基)と移動相(水)間で分配しながら移動していくため、HPLCでの保持時間(リテンションタイム)とLogPの間には強い相関がある。したがって、分配係数が既知の物質であらかじめ保持時間とLogPの相関を調べておけば、調べたい物質のHPLCでの保持時間を測定することでLogPを推測できる。
【0024】
HPLC法では、既知物質のデータさえ揃っていればフラスコ振盪法に比べて、はるかに迅速にLogPを決定でき、不純物等の影響も少ない。一方、水への溶解度が低いものやカラム担体と反応するもの、錯体など測定中に分解する可能性があるものには適用できないため、予めおよその化学構造や物性がわかっている必要がある。一方、分配係数は既知試料データからの回帰分析によって算出するため、LogPが既知の複数の物質が必要なこと、構造が大きく異なる化合物では相関係数が異なるため、比較しにくいことなどの欠点がある。
【0025】
計算による分配係数の予測方法では、定量的構造活性相関アルゴリズムを用いた計算によって求めることができる。例えば、ある分子の分配係数を、その分子の部分構造ごとの分配係数の総和によって計算するフラグメント法や、さらに発展させたLeoのフラグメント推算法、データマイニング法がある。
分配係数の熱力学的根拠は分子と溶媒との相互作用の違いに起因することを利用し、それぞれの溶媒との相互作用に伴う化学ポテンシャルの差を求めれば、理論的に分配係数が求められる。半経験的分子軌道法計算プログラムMOPACの1990年頃のバージョンにおいては、COSMO法近似がよく、現実的有用性が認知されている。
また非経験的分子軌道法(ab initio MO)計算や密度汎関数(DFT)計算の利用も大幅に拡大し、これに伴って精度の高い分配係数計算(例えばMOPAC、Gaussian、GAMESSや市販プログラム)が可能となりつつある。
【0026】
上記の通り、分配係数の測定手法は多岐に渡るが、本発明の感覚刺激成分の評価方法においては、簡便である高速液体クロマトグラフィー法(HPLC法)を用いて分配係数(LogP)を求めることが好ましい。
【0027】
本発明では、上記感覚刺激強度の最大値到達時間が分配係数(LogP)と相関関係を有することを見出した。すなわち分配係数の値が小さいほど、感覚刺激強度の最大値到達時間が短いこと、換言すれば、感覚刺激の最大強度が速く感知されることを意味する。なお、HPLC法においては、リテンションタイムが早いほど分配係数が小さいこと、すなわち感覚刺激強度の最大値到達時間が短いことを意味する。
【実施例】
【0028】
以下に実施例を挙げ、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0029】
実施例中での測定は、次の機器装置類を用いて、OECD法に準拠して行われた。
【0030】
(高速液体クロマトグラフ質量分析;HPLC/MS分析)
装置: 島津Class vp/ LCMS 2010 EV
溶離液: 65% メタノール水溶液(Isocratic)
カラム: Inertsil ODS 3 (150×3.0 i.d.mm 3μm, GL science inc.)
検出器: ESI−MS,ELSDおよびDAD (200〜500nm)
カラム温度: 40度
流速: 0.3mL/min
注入量: 5μL
【0031】
(標準溶液調製)
表1に示す試料を65%メタノール水溶液に溶解し、終濃度が0.05%(w/v)となるように調製した。OECD法では、標品は5点用いることとなっており、本実施例では表1に示す5点の標準品を用いた。
【0032】
【表1】

【0033】
(試料溶液調製)
表2に示す刺激成分を65%メタノール水溶液に溶解し、終濃度が1%(w/v)となるように調製した。
【0034】
標準溶液を試行回数一回(n=1)で測定を行った結果、標準試料の保持時間とOECDガイドラインのLogPの間に良好な相関が得られた(R=0.9804)。これより、前記標準溶液を用いて設定したHPLC/MS分析の条件が表2記載の刺激成分のLogP算出に際し、十分利用可能であることが確認できた。
【0035】
(実施例1〜4)
実施例では、下記の化合物(冷感刺激成分)について、HPLCから算出される分配係数(LogP)の順序と、官能評価から得られる冷感刺激が最大値に到達するまでの時間とを対比した。
CA38D: p−メンタン−3,8−ジオール
CAP: l−イソプレゴール
CA10: 3−(l−メントキシ)−1,2−プロパンジオール
CA20: 3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルエステル
【0036】
(実施例1)
CA38Dについて、上記と同様にHPLC/MS測定を行った。
標準試料の保持時間(リテンションタイム)と分配係数(LogP)の関係を用いて、CA38Dの保持時間からCA38Dの分配係数(LogP)を算出した。
一方、官能評価として、CA38Dをエタノールで10%に希釈し、活性炭で脱臭した水に添加し最終的に100ppmになるように調製した。官能評価は、専門パネラー4名で行い、その平均値を算出した。
【0037】
(実施例2〜4)
実施例2〜4では、それぞれ冷感刺激成分としてCAP、CA10及びCA20を用い、実施例1と同様の方法でHPLC/MS分析から分配係数(LogP)を算出した。また、実施例1と同様に官能評価を行った。
【0038】
実施例1〜4の結果を表2に示す。なお、官能評価結果(最大刺激到達時間(相対値))は最大刺激到達時間が最も遅かった実施例4のCA20を1.00とし、残りをその相対値として表している。図1に、実施例で用いた各感覚刺激成分のHPLC分析結果(保持時間)を示す。
【0039】
【表2】

【0040】
表2より、分配係数(LogP)の値が小さいほど、官能評価での感覚刺激強度の最大値到達時間が短くなり、官能評価の結果と一致することが確認できた。これより感覚刺激強度の最大値到達時間について、分配係数を指標とすることにより、客観的に判断できる手法が見出された。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の評価方法を利用すれば、被験成分の皮膚や口腔内における感覚刺激強度が最大値に到達するまでの時間についての優れた評価方法が提供される。すなわち、従来、人や動物で行っていた感覚に頼った皮膚や口腔内に関連する感覚刺激成分の評価を、客観的かつ簡便に行うことが可能となる。さらに、本発明の評価方法を利用すれば、冷感成分や温感成分等の各種の感覚刺激成分のスクリーニングや、更には、皮膚や口腔内の状態の評価が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験成分の分配係数(LogP値)を指標として、該被験成分の感覚刺激強度の最大値到達時間を評価する感覚刺激成分の評価方法。
【請求項2】
被験成分の分配係数(LogP値)が、該被験成分の高速液体クロマトグラフィーの測定結果から得られる分配係数(LogP値)である請求項1記載の評価方法。
【請求項3】
前記高速液体クロマトグラフィーが逆相クロマトグラフィーである、請求項2記載の評価方法。
【請求項4】
前記被験成分が冷感刺激成分または温感刺激成分である請求項1乃至3のいずれか1項に記載の評価方法。
【請求項5】
前記冷感刺激成分がl−メントール誘導体である請求項4記載の評価方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−113801(P2013−113801A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−262615(P2011−262615)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000169466)高砂香料工業株式会社 (194)
【Fターム(参考)】