説明

慢性副鼻腔炎の検出方法

【課題】より簡便に迅速かつ低侵襲的に行うことができる慢性副鼻腔炎の検出方法が求められていた。
【解決手段】被験者から採取した血液又は鼻腔分泌液におけるペリオスチンタンパク質濃度を測定することを含む、慢性副鼻腔炎の検出方法であって、測定したタンパク質濃度が、血清中濃度で95ng/mL以上であるときに、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断することを含み、又は測定したタンパク質濃度が、鼻腔洗浄液中の濃度で0.8 ng/mL以上であるときに、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断することを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、慢性副鼻腔炎の検出方法、当該検出方法に関係する生体試料の分析方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
慢性副鼻腔炎は、副鼻腔の炎症により、粘膜が腫脹して自然孔が閉塞し、副鼻腔の粘液貯留や鼻腔内のポリープ組織(鼻茸)発生をきたし、鼻汁、鼻閉、後鼻漏、頭重感等の臨床症状を引き起こす疾患である。慢性副鼻腔炎の原因は様々であり、細菌やウイルス感染、アレルギー反応、遺伝的素因、生活環境等に影響されていると考えられている。また、慢性副鼻腔炎の治療法としては、抗生物質の投与や、各種の外科的処置が行われる。
【0003】
また、各種のアレルギー反応によって生じるアレルギー性鼻炎は、慢性副鼻腔炎と症状が類似し、外見的所見によっては慢性副鼻腔炎との判別が困難である。一方、アレルギー性鼻炎の治療には、抗アレルギー剤の投与が効果的であることから、両疾患が簡便に区別されて適切な処置が行われることが望まれる。
【0004】
しかしながら、慢性副鼻腔炎の診断方法としては、これまで一般に鼻腔内組織の内視鏡検査やレントゲン検査が用いられており、これらの診断方法においては専門医による検査と評価が必要なため、必ずしも簡便でなく、患者に対しても大きな負担となっていた。
【0005】
また、最近では、炎症部位の手術標本や鼻茸組織の顕微鏡観察による慢性副鼻腔炎の診断が行われている。これは、慢性副鼻腔炎の炎症部位において、好中球や好酸球を中心とした浸潤に起因するサイトカイン、成長因子、接着因子や催炎性物質といった炎症関連物質が亢進することを利用するもので、これらの物質の有無や密度により慢性副鼻腔炎の診断を行うものである。例えば、特許文献1には、炎症部位における造血器型プロスタグランジンD合成酵素(H−PDGS)タンパク質の発現、又はプロスタグランジンD(PDG)量を組織観察により測定し、慢性副鼻腔炎の重症度を診断する方法が開示されている。本発明者らも、手術標本でのペンドリン及びペリオスチンのタンパク質発現を検討し、慢性副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎の炎症部位におけるペンドリン及びペリオスチンの発現の上昇から慢性副鼻腔炎とアレルギー性鼻炎を区別して診断が可能であることを報告している(非特許文献1)。
【0006】
しかし、このような手術標本等における炎症関連物質をマーカーとする診断についても、施行可能な施設が限られること、結果を得るまで時間を要すること、鼻腔組織等の取得の際に患者に侵襲を伴うこと等の煩雑さを伴っている。このため、更に簡便な方法により、専門医の診断の精度向上し、また非専門医であっても正確に慢性副鼻腔炎の診断を可能にする新たなツールの開発が求められてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】WO2006/123677
【特許文献2】WO2002/052006
【特許文献3】WO2009/148184
【特許文献4】特開2010-096748号公報
【特許文献5】特開2010-145294号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】石田晃弘ら、日本耳鼻咽喉科学会会報 (2010.4.20.) Vol.113, No.4, Page 404
【非特許文献2】Kramer et al., Laryngoscope, Vol. 110, Page 1056-1062, 2000
【非特許文献3】松根彰志ら、耳鼻免疫アレルギー(1999)Vol.17, No.1, Page 12-16
【非特許文献4】G. Takayama et al., J Allergy Clin Immunol, Vol.118, Page 98-104, 2006
【非特許文献5】塩野理ら、耳鼻咽喉科免疫アレルギー (2009) Vol. 27, No.2, CD-ROM Page ROMBUNNO.OP-11
【非特許文献6】石田晃弘ら、アレルギー (2009.9.30) Vol. 58, No.8/9, page 1219
【非特許文献7】塩野理ら、日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会プログラム・抄録集 (2009) Vol.27, page 80
【非特許文献8】塩野理ら、耳鼻咽喉科免疫アレルギー (2008) Vol. 26, No.2, CD-ROM Page ROMBUNNO.44
【非特許文献9】塩野理ら、日本鼻科学会会誌、(2008.08.31) Vol. 47, No.3, Page 235
【非特許文献10】塩野理ら、日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会プログラム・抄録集、(2008) Vol. 26, Page 74
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このような必要性を背景として、近年は炎症部位で生成した炎症関連物質のうちで、血液等の炎症部位以外の体液に分泌された炎症関連物質に着目し、その存在により慢性副鼻腔炎の診断を行う試みがなされている。しかしながら、炎症部位で観察される炎症関連物質は、必ずしも血液等の体液に分泌されず、血液等を用いた炎症関連物質の測定により慢性副鼻腔炎の診断を行うことは困難である。
【0010】
つまり、例えば、非特許文献2には、慢性副鼻腔炎患者における鼻腔分泌物中の炎症関連物質の濃度について、ICAM−1については健常者と比較して高い値を示す傾向が観察される一方で、IL−5及びECPについては健常者との差が見られないことが報告されている。また、ICAM−1についても、必ずしもすべての慢性副鼻腔炎患者において、健常者やアレルギー鼻炎患者との区別ができるとは限らなかった。その他、非特許文献3においても、血液等を用いた炎症関連物質の測定による慢性副鼻腔炎の診断が検討されているが、必ずしも慢性副鼻腔炎の診断がなされるに至っていない。
【0011】
上記状況に鑑み、本発明は、より簡便に迅速かつ低侵襲で慢性副鼻腔炎を検出する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、慢性副鼻腔炎の患者由来の血液や、鼻腔分泌液等の生体試料において、ペリオスチンタンパク質の濃度が高いこと、患者から採取された血液や、鼻腔分泌液中のペリオスチンタンパク質の濃度を分析することにより、より簡便に迅速かつ低侵襲で慢性副鼻腔炎を診断又は検出する際に有用な分析値が得られること、などを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
すなわち、本発明は、以下の検出方法、検出薬などを提供する。
[1]被験者より採取した血液又は鼻腔分泌液におけるペリオスチンタンパク質濃度を測定することを含む、慢性副鼻腔炎の検出又は診断方法。
[2]測定したタンパク質濃度が、血清中濃度で95ng/mL以上であるときに、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断することを含む、上記[1]に記載の方法。
[3]測定したタンパク質濃度が、鼻腔洗浄液中の濃度で0.8 ng/mL以上であるときに、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断することを含む、上記[1]に記載の方法。
[4](i)被験者より採取した血液又は鼻腔分泌液におけるペリオスチンタンパク質濃度と、(ii)正常試料におけるペリオスチンタンパク質濃度との比較を行うことを含む、上記[1]に記載の方法。
[5](i)被験者より採取した血液又は鼻腔分泌液におけるペリオスチンタンパク質濃度が(ii)正常試料におけるペリオスチンタンパク質濃度よりも高いときに、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断することを含む、上記[1]に記載の方法。
[6]正常試料が、アレルギー性鼻炎患者から採取した血液又は鼻腔分泌液である、上記[4]又は[5]記載の方法。
[7]測定が免疫測定法によるものである、上記[1]〜[6]のいずれか1項に記載の方法。
[8]ペリオスチンを認識する抗体を含有し、血液又は鼻腔分泌液中のペリオスチンタンパク質濃度を測定して慢性副鼻腔炎を検出するために用いられる、慢性副鼻腔炎の検出又は診断薬。
[9]上記[8]に記載の検出薬を含有し、血液又は鼻腔分泌液中のペリオスチンタンパク質濃度を測定して慢性副鼻腔炎を検出するために用いられる、慢性副鼻腔炎の検出又は診断用キット。
[10]採取した鼻腔分泌液の分析方法において、鼻腔分泌液のペリオスチンタンパク質濃度を測定することを含む、鼻腔分泌液の分析方法。
[11]ペリオスチンタンパク質濃度の測定が免疫測定法により行われることを特徴とする上記[10]に記載の鼻腔分泌液の分析方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、被験者由来の血液や鼻腔分泌液などの生体試料中のペリオスチンタンパク質濃度を分析することで、簡便に迅速かつ患者に負担をかけずに慢性副鼻腔炎の診断を行う際に有用な分析値を得て、得られた分析値に基づき慢性副鼻腔炎を検出することが可能となる。本発明の好ましい態様によれば、慢性副鼻腔炎患者とアレルギー性鼻炎患者において有意に異なる分析値を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】血清中のペリオスチンタンパク質濃度の分析値について、慢性副鼻腔炎患者群と健常者群とを比較した結果を示すグラフである。
【図2】鼻腔洗浄液中のペリオスチンタンパク質濃度の分析値について、慢性副鼻腔炎患者群とアレルギー性鼻炎患者群とを比較した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
なお、本明細書において引用された全ての刊行物、例えば先行技術文献、及び公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み込まれる。
【0017】
本発明は、被験者由来の血液、鼻腔分泌液などの生体試料におけるペリオスチンタンパクの濃度を測定することを含む、分析方法であり、当該分析結果を指標として用い、慢性副鼻腔炎と関連付けることを特徴とするものである。
【0018】
本発明者らは、慢性副鼻腔炎を、より簡便に迅速かつ低侵襲で検出できる方法を探索すべく鋭意検討を重ねた。その結果、慢性副鼻腔炎の患者由来の血液及び鼻腔分泌液において、ペリオスチンタンパク濃度が健常者又はアレルギー性鼻炎患者と比較して高いことなどを見出し、患者の血液又は鼻腔分泌液におけるペリオスチンタンパク濃度の分析値が、慢性副鼻腔炎が簡便に迅速かつ低侵襲で診断又は検出(以下、単に「診断」と記載する。)する際に有用であることを見出した。
【0019】
本発明におけるペリオスチン(periostin)は、骨芽細胞特異因子2とも呼ばれる、約90kDaのタンパク質である(OSF2;Horiuchi K,Amizuka N, Takeshita S,Takamatsu H, Katsuura M, Ozawa H, Toyama Y,Bonewald LF, Kudo A.;Identification and characterization of a novel protein, periostin, with restricted expression to periosteum and periodontal ligament and increased expression by transforming growth factor beta.J Bone Miner Res.1999 Jul;14(7):1239-49.)。
【0020】
従来、ペリオスチン遺伝子の発現レベルを指標としてアレルギー性疾患を検出できることが知られている(特許文献2及び非特許文献4)。また、ペリオスチン遺伝子の発現レベルの測定を指標として特発性間質性肺炎、アトピー性皮膚炎、薬剤性間質性肺炎などの非特発性間質性肺炎など、を検出できることが知られている(特許文献3〜5)。
【0021】
また、上述のように、本発明者が慢性副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎の炎症部位の組織においてもペリオスチンの存在密度が上昇することを報告している(非特許文献1)他、同様の報告が従来からなされている(非特許文献5〜10)。しかしながら、慢性副鼻腔炎の患者において血液中や鼻腔分泌液のペリオスチンタンパク質濃度が有意に上昇すること、及び、慢性副鼻腔炎の患者とアレルギー性鼻炎の患者においては血液中や鼻腔分泌液のペリオスチンタンパク質濃度に有意な差が生じることは、従来明らかにされていなかった。
【0022】
ペリオスチンには、alternative splicingによるC末側の長さの違いで区別できるいくつかの転写物が存在することが知られている。ここで、配列番号1に、ヒトのペリオスチン遺伝子の全てのエクソンによる転写産物のDNA配列を示す(Accession No. D13666)。また、ヒトのペリオスチンのその他のsplicing variantのDNA配列の例を、配列番号3、5に示す(それぞれ、Accession No. AY918092、AY140646)。また、配列番号2、4、6に、それぞれ、配列番号1、3、5のポリヌクレオチドによってコードされるペリオスチンのアミノ酸配列を示す。
【0023】
本発明の好ましい態様では、配列番号2で表されるアミノ酸配列又はその配列から派生するvariant(例えば、配列番号2、4又は6で表されるアミノ酸配列からなるペリオスチン)を含むペリオスチンが分析の対象として用いられる。
【0024】
本発明において、慢性副鼻腔炎の診断に有用に活用される分析値は、直接的には、被験者由来の生体試料の内で血液又は鼻腔分泌液であり、これらの生体試料に含まれるペリオスチンタンパク質の含有量を測定することにより慢性副鼻腔炎の診断に有用な分析値を得ることが可能となる。鼻腔分泌液を生体試料とする際の具体的な被測定物としては、例えば、鼻腔洗浄液、鼻腔吸引液、鼻腔拭い液、鼻咽頭拭い液、鼻汁等が挙げられるが、その他にも鼻腔周辺の粘膜から分泌される分泌物を含有するものであれば本発明における被測定物として用いることができる。また、血液を生体試料とする際の具体的な被測定物としては、患者から採取されたままの血液の他に、血液中のペリオスチンのようなタンパク質成分が排除されないような方法で血液を加工して得られるものであれば被測定物として使用することが可能であり、望ましくは血液凝固後の遠心分離して得られる血清や、抗凝固剤を混入した血液を遠心分離して血球のみを取り除いて得られる血漿等を用いることができる。
【0025】
鼻腔分泌液の採取は公知の方法を適宜用いることができるが、例えば、次のように行うことができる。鼻腔洗浄液として鼻腔分泌液を採取する場合には、生理食塩水10ml程度をシリンジより直接患者の鼻腔内に注入する。必ずしも鼻腔後方まで挿入しなくともシリンジより押し出す水圧で注入は十分である。患者には膿盆を持たせ、下方を向かせることにより鼻腔内に注入した生理食塩水が両側鼻腔および口腔から膿盆へと垂れ落ちる。垂れ落ちた生理食塩水はスポイトで回収し、ペリオスチンタンパク質濃度測定試料として用いることができる。生理食塩水注入時、患者に対して発声をさせることにより生理食塩水の気道内への誤嚥を防ぐことができ苦痛を与えずに採取することが可能となる。
【0026】
鼻腔吸引液の採取は、例えば、吸引トラップを患者の鼻腔内に挿入し、その後吸引ポンプを陰圧にして、鼻腔吸引液を採取することができる。
【0027】
鼻腔拭い液又は鼻咽頭拭い液としての採取は、例えば、スワブを鼻腔底に沿って適当な深さに挿入し、上咽頭又は鼻甲介周辺で数秒間静置させ、その後に鼻腔粘膜を軽くこするようにスワブを引き抜いて鼻腔粘膜上の分泌液を採取し、そのスワブを生理食塩水に浸してスワブに染みこんだ鼻腔分泌液を回収し、被測定物とすることができる。
【0028】
鼻汁の採取は、例えば、患者が鼻をかんだ後の鼻汁採取紙を直接生理食塩水に浸し、又は、綿棒の綿球部分を採取用紙上の鼻汁に浸し鼻汁を吸着させたものを生理食塩水に浸して鼻腔分泌液を回収し、被測定物とすることができる。
【0029】
鼻腔分泌液の採取のためのいずれの方法を用いる場合においても、分析精度の観点から鼻腔分泌液が必要以上に希釈されないように留意すべきことはいうまでもない。
【0030】
血液、鼻腔分泌液、又はそれらに由来する被測定物中のペリオスチンタンパク質の量の具体的な測定は、適宜の方法で行うことが可能であり、例えば、免疫測定法などにより行うことができる。免疫測定法としては、放射免疫測定法(RIA)、免疫蛍光測定法(FIA)、免疫発光測定法、酵素免疫測定法(例えば、Enzyme Immunoassay(EIA)、Enzyme-linked Immunosorbent assay (ELISA))などが挙げられる。好ましくは、ELISAで行う。
【0031】
RIAで標識に用いる放射性物質としては、例えば、125I、131I、14C、3H、35S、又は32Pを利用することができる。
【0032】
FIAで標識に用いる蛍光物質としては、例えば、Eu(ユーロピウム)、FITC、TMRITC、Cy3、PE、又はTexas−Redなどの蛍光物質を利用することができる。
【0033】
免疫発光測定法で標識に用いる発光物質としては、例えば、ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニン等を用いることができる。
【0034】
酵素免疫測定法で標識に用いる酵素としては、例えば西洋わさびペルオキシターゼ(HRP)、アルカリホファターゼ(ALP)、グルコースオキシターゼ(GO)等を用いることができる。
【0035】
さらに、抗体又は抗原と、これらの標識物質との結合にビオチン−アビジン系を用いることもできる。
【0036】
いずれの方法による場合であっても、血液又は鼻腔分泌液中におけるペリオスチンタンパク質の分析値、すなわちペリオスチンのタンパク質濃度を指標として用い、慢性副鼻腔炎と関連付けるのが好ましい。そして血液又は鼻腔分泌液中におけるペリオスチンタンパク質濃度が、所定タンパク質濃度以上となる場合、あるいは慢性副鼻腔炎を発症していない被験者のものに対して高い値を示す場合には、当該血液又は鼻腔分泌液が、慢性副鼻腔炎を発症していることが疑われる被験者由来のものであることの有力な根拠として扱うようにしてよい。
【0037】
血液又は鼻腔分泌液が慢性副鼻腔炎を発症していると疑われる被験者由来のものであると判断するための基準となる「所定タンパク質濃度」は、例えば、次のように求めることができ、慢性副鼻腔炎の発症が疑われる患者の血液又は鼻腔分泌液中におけるペリオスチンタンパク質の量が当該「所定タンパク質濃度」以上となる場合には慢性副鼻腔炎を発症していると疑われる被験者由来の生体試料であると判断することができる。
【0038】
上記「所定タンパク質濃度」を求めるためには、先ず、従来知られる他の診断手法により、慢性副鼻腔炎を発症していると判断される複数の被験者と、慢性副鼻腔炎を発症していないと判断される複数の被験者について、それぞれに由来する血液又は鼻腔分泌液におけるペリオスチンタンパク質濃度を測定し、測定された各ペリオスチンタンパク質濃度を統計処理することにより「所定タンパク質濃度」を求めることが好ましい。このとき、測定の対象となる被験者の例数はそれぞれ2例以上が必要であり、例えば、5例以上、10例以上、50例以上、又は100例以上であって、大きな例数を用いることでより信頼できる「所定タンパク質濃度」を求めることができる。
【0039】
統計処理としては、例えば、Receiver−Operating−Characteristics(ROC)曲線を用いた解析等が挙げられる。
ここで、ROC曲線から、「所定タンパク質濃度」としての至適閾値(cut−off値)を求める方法としては、Youden index(感度 + 特異度 −1)を用いる方法が一般的である(Akobeng, AK. et al. Acta Paediatrica 96:644-647, 2007)。この方法では、Youden index(感度 + 特異度 −1)が最大となりうる点が感度及び特異度ともにバランスのとれた値を示す点であることから、この診断成績を示す値をcut-off値とし、「所定タンパク質濃度」として採用することが好ましい。
なお、従来知られる他の診断手法により慢性副鼻腔炎を発症していないと判断される被験者においても、例えば、他のアレルギー疾患などで血液又は鼻腔分泌液中のペリオスチンタンパク質の濃度が上昇する可能性があることから、上記の統計処理において、特に慢性副鼻腔炎を発症していない群について、特異なペリオスチンタンパク質濃度を示す例は統計処理から除外することが望ましい。
【0040】
本発明において、慢性副鼻腔炎の発症を疑う基準となるペリオスチンタンパク質の「所定タンパク質濃度」について、本発明者の検討によれば、生体試料として血液を用いる場合には、血清中の濃度として、例えば50 ng/mL、55 ng/mL、60 ng/mL、65 ng/mL、70 ng/mL、75 ng/mL、80 ng/mL、81 ng/mL、82 ng/mL、83 ng/mL、84 ng/mL、85 ng/mL、86 ng/mL、87 ng/mL、88 ng/mL、89 ng/mL、90 ng/mL、91 ng/mL、92 ng/mL、93ng/mL、94 ng/mL、95 ng/mL、96 ng/mL、97 ng/mL、98 ng/mL、99 ng/mL、100 ng/mL、101 ng/mL、102 ng/mL、103ng/mL、104ng/mL、105 ng/mL、106 ng/mL、107 ng/mL、108 ng/mL、109 ng/mL、110 ng/mL、115 ng/mL、120ng/mL、又は130ng/mLであり、典型的には、95 ng/mLが挙げられる。診断を受ける患者の血清中のペリオスチンタンパク質濃度が、上記「所定タンパク質濃度」以上であるときには、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断できる。
【0041】
また、本発明者の検討によれば、慢性副鼻腔炎の発症のみによっては血清中のペリオスチンタンパク質濃度が所定の値を超えることが無く、慢性副鼻腔炎の発症の判断基準となる血清中の「所定タンパク質濃度」の値に上限値を設けても良い。具体例として、500 ng/mL、490 ng/mL、480 ng/mL、470 ng/mL、460 ng/mL、450 ng/mL、400 ng/mL、390 ng/mL、380 ng/mL、370 ng/mL、360 ng/mL、350 ng/mL、340 ng/mL、330 ng/mL、320 ng/mL、310ng/mL、又は300ng/mLを基準として、これらの基準値を超えたときに慢性副鼻腔炎以外の病態の罹患が疑われると判断することができる。一方、これらの基準値以下であるとき、かつ、前記「所定タンパク質濃度」以上であるときに、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断することができる。
【0042】
また、本発明者の検討によれば、生体試料として鼻腔分泌液を用いる場合には、ペリオスチンタンパク質濃度の「所定タンパク質濃度」は、10mlの生理食塩水により鼻腔を洗浄した際の鼻腔洗浄液中の濃度として、例えば0.5 ng/mL、0.6 ng/mL、0.7 ng/mL、0.8 ng/mL、0.9 ng/mL、又は1.0 ng/mLであり、典型的には、0.8 ng/mLが挙げられる。測定した被験者由来の鼻腔洗浄液におけるペリオスチンタンパク質濃度が、上記「所定タンパク質濃度」以上であるときに、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断できる。
【0043】
また、本発明者の検討によれば、慢性副鼻腔炎の発症のみによっては鼻腔分泌液中のペリオスチンタンパク質濃度が所定の値を超えることが無く、慢性副鼻腔炎の発症の判断基準となる鼻腔分泌液中の「所定タンパク質濃度」の値に上限値を設けても良い。具体例として、10mlの生理食塩水により鼻腔を洗浄した際の鼻腔洗浄液中の濃度として20 ng/mL、19 ng/mL、18 ng/mL、17 ng/mL、16 ng/mL、15 ng/mL、14 ng/mL、13 ng/mL、12 ng/mL、11 ng/mL、又は10 ng/mLを基準として、ペリオスチンタンパク質濃度がこれを上回る患者については慢性副鼻腔炎以外の病態の罹患が疑われると判断することができる。一方、これらの基準値以下であるとき、かつ、前記「所定タンパク質濃度」以上であるときに、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断することができる。
【0044】
なお、上述した血液中、及び鼻腔分泌液中における「所定タンパク質濃度」は例示であり、本発明が実施される際に各実施者により予め上記した手法によって適切な「所定タンパク質濃度」が求められることが望ましいことはいうまでもない。
【0045】
また、生体試料が、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われる被験者由来のものであると判断するための基準を提供する手法として、以下のような手法を採用することもできる。
【0046】
すなわち、(i)被験者から採取した血液又は鼻腔洗浄液におけるペリオスチンタンパク質濃度と、(ii)正常試料におけるペリオスチンタンパク質濃度との比較を行う。
【0047】
「正常試料」は、慢性副鼻腔炎を発症していないと判断される被験者から採取した血液又は鼻腔洗浄液である。慢性副鼻腔炎を発症していないと判断される被験者としては、健常者の他、慢性副鼻腔炎以外の疾患(例、アレルギー性鼻炎)を発症している者でもよい。「正常試料におけるペリオスチンタンパク質濃度」として、例えば、慢性副鼻腔炎を発症していないと判断される複数の被験者に由来する血液又は鼻腔分泌液におけるペリオスチンタンパク質濃度を測定してペリオスチンタンパク質濃度の平均値を求め、その慢性副鼻腔炎を発症していない被験者における平均値を採用してもよい。平均値を求める際においては、測定の対象となる被験者の例数は2例以上が必要であり、例えば、5例以上、10例以上、50例以上、又は100例以上であって、大きな例数を用いることでより信頼できる平均値を求めることができる。
【0048】
そして、(i)被験者から採取した血液又は鼻腔洗浄液におけるペリオスチンタンパク質濃度が、(ii)正常試料におけるペリオスチンタンパク質濃度よりも高いときに、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断することができる。
この場合において、より好ましくは、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断するための基準を提供する手法として、以下のような手法を採用する。先ず、従来知られる他の診断手法により、慢性副鼻腔炎を発症していると判断される複数の被験者と、慢性副鼻腔炎を発症していないと判断される複数の被験者について、それぞれに由来する生体試料(血液又は鼻腔分泌液)におけるペリオスチンタンパク質濃度を測定し、それぞれの被験者群毎に測定されたペリオスチンタンパク質濃度の平均値を求める。そして、慢性副鼻腔炎を発症している被験者における平均値をA、慢性副鼻腔炎を発症していない被験者における平均値をBとしたとき、C=[(A−B)/B]x 100(%)を求める。ここで求められるC値は、慢性副鼻腔炎を発症していないと判断される被験者由来の生体試料に対して慢性副鼻腔炎の患者由来の生体試料において増加するペリオスチンタンパク質濃度の平均値であり、この値を基準として慢性副鼻腔炎の発症の有無を判断することができる。
【0049】
つまり、慢性副鼻腔炎の発症が疑われる患者に由来する血液又は鼻腔分泌液におけるペリオスチンタンパク質濃度を測定し、その測定値がB x (C/100+1)で求められる値Dを上回る場合には、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断できる。
【0050】
上記A及びB値を求める際においては、測定の対象となる被験者の例数はそれぞれ2例以上が必要であり、例えば、5例以上、10例以上、50例以上、又は100例以上であって、大きな例数を用いることでより信頼できるA及びB値を求めることができる。A及びB値の信頼性が増すことにより、A及びB値に基づいて求められる、C及びD値の信頼性も増す。
【0051】
本発明に係る分析値結果は、上記例示したような判断手法により、慢性副鼻腔炎を発症していることが疑われる被験者由来の生体試料を、慢性副鼻腔炎を発症していないと判断される被験者由来の生体試料(例、アレルギー性鼻炎患者由来の生体試料、健常者由来の生体試料など)から鑑別する際に有用であって、簡便に迅速かつ低侵襲で慢性副鼻腔炎を検出することを可能とする。
【0052】
本発明による分析結果は、例えば慢性副鼻腔炎の確定診断を行う場合の補助とすることができる。慢性副鼻腔炎の確定診断を行う場合には、上記分析結果に加えて、理学所見の結果、画像的検査、組織学的検査、生化学的検査、微生物学的検査などからなる群から選択される少なくとも1つと組み合わせて、総合的に判断するようにしてもよい。
【0053】
また、慢性副鼻腔炎の患者の血液又は鼻腔分泌液中のペリオスチンタンパク質濃度が、炎症の沈静化により減少し、重症化により増加することを利用して、本発明に係る分析方法は、各患者における慢性副鼻腔炎の程度とその変化を把握する方法としても用いることができる。つまり、本発明に係る分析方法により、又は、他の診断方法により、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断された患者の生体試料について、継続的に本発明に係る分析方法を適用することにより、当該患者における慢性副鼻腔炎の程度の変化を検出して経過を明らかにすることにより、当該患者になされる各種治療方法の妥当性等を知る手段として用いることができる。
【0054】
また、本発明は、更にペリオスチンを認識する抗体を慢性副鼻腔炎の診断薬とする発明を包含する。当該発明において使用されるペリオスチンを認識する抗体としては、当業者に周知のものであってもよく、例えば、ポリクローナル抗体、あるいはモノクローナル抗体(Milstein C, et al., 1983, Nature 305(5934): 537-40)等が挙げられる。例えば、ペリオスチンに対するポリクローナル抗体は、抗原(ペリオスチン又はその部分ペプチド)を感作した哺乳動物の血液を取り出し、この血液から公知の方法により分離して得られる血清中に含まれるものをそのまま使用することができる。あるいは必要に応じてこの血清からポリクローナル抗体を含む画分をさらに単離して用いることもできる。また、モノクローナル抗体を得るには、上記抗原を感作した哺乳動物から免疫細胞を取り出して骨髄腫細胞などと細胞融合させて得られたハイブリドーマをクローニングして、その培養物から抗体を回収しモノクローナル抗体とすることができる。
【0055】
本発明に係るペリオスチンを認識する抗体を含む慢性副鼻腔炎の診断薬は、容器およびラベルを含むことによりペリオスチンを認識する抗体を含む慢性副鼻腔炎の診断キットとされてもよい。当該容器上の又は容器に伴うラベルには、キットが慢性副鼻腔炎の検出又は診断に使用されることが示されていてもよい。また、他のアイテム、例えば、使用説明書等がさらに含まれていてもよい。
【0056】
上記本発明に係る慢性鼻腔炎の診断薬、及び慢性副鼻腔炎の診断キットは、血液又は鼻腔分泌液中のペリオスチンタンパク質濃度を測定して慢性副鼻腔炎を検出するために用いられ、例えば、上記したような本発明に係る慢性副鼻腔炎の検出又は診断方法に用いることができる。
【0057】
また、上記本発明に係る慢性副鼻腔炎の診断薬、及び慢性副鼻腔炎の診断キットは、上記したような慢性副鼻腔炎の患者の経過を観察する際にも使用できることはいうまでもない。
【0058】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0059】
実施例1
事前にインフォームド・コンセントを得た被験者より採取した血液における血清中ペリオスチン濃度の分析は、抗ペリオスチン抗体を用いるELISA法により以下のように行った。
【0060】
まず、ELISA用96穴プレートのウェルに、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)(137 mM 塩化ナトリウム、2.68 mM 塩化カリウム、1.47 mM リン酸二水素カリウム及び8.04 mM リン酸水素二ナトリウムを含有する水溶液(pH 7.4))で2 μg/mLに希釈したSS18A(ラットモノクローナル抗ペリオスチン抗体)を100 μl注入し、25℃で12時間以上静置して、SS18Aをウェル底に吸着させた。ウェルを洗浄液(0.05% Tween-20を含有するPBS)で3回洗浄した後、ブロッキング溶液(0.5% カゼイン、100 mM 塩化ナトリウム及び0.1% アジ化ナトリウムを含有する50 mM Tris緩衝液(pH 8.0))を250 μl注入し、4℃で12時間以上静置した。ウェルを洗浄液で5回洗浄した後、ブロッキング溶液と同一組成の検体希釈溶液で201倍に希釈した血清を100 μl注入し、25℃で12時間以上静置して、血清中のペリオスチンをウェルに吸着しているSS18Aに捕捉させた。ウェルを洗浄液で5回洗浄した後、ブロッキング溶液と同一組成の緩衝液で50n g/mLに希釈したホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)で標識されたSS17B(ラットモノクローナル抗ペリオスチン抗体)を100μl注入し、25℃で90分静置して、SS18Aに捕捉されたペリオスチンにHRP標識SS17Bを結合させた。ウェルを洗浄液で5回洗浄した後、HRPの基質溶液(0.8 mM TMBZ、2.5 mM 過酸化水素、30 mM リン酸水素二ナトリウム及び 20 mM クエン酸緩衝液)を100 μl注入し、25℃で10分間反応させた後、0.7 N 硫酸により反応を停止させた。その後、吸光度計(プレートリーダーカウンター(バイオ・ラッド ラボラトリーズ社製))を用いて450 nmの吸光度を測定した。
【0061】
上記SS18AおよびSS17Bは、次のように作製したものである。すなわち、ウイスターラット(日本チャールスリバー株式会社)の足底部にリコンビナントペリオスチンタンパク質を注入し、3日後膝窩、鼠径、腸骨リンパ節を取り出し、Sp2/Oミエローマ細胞と融合した。生育した融合細胞株の中から2つのクローンを確立し、SS18A、SS17Bと命名した。尚、リコンビナントペリオスチンタンパク質として、Journal of Allergy Clinical Immunology, vol.118, 98−104, 2006に記載の方法によって調製したものを用いた。
【0062】
また、大腸菌で発現させた精製ペリオスチンタンパク質の希釈系列を同様に測定して、このELISA法におけるペリオスチン濃度−吸光度標準曲線を作成した。
【0063】
血清に由来するペリオスチンについて測定した吸光度を、作成したペリオスチン濃度−吸光度標準曲線に当てはめ、対応する吸光度より血清中のペリオスチン濃度を算出した。
【0064】
上記方法により、従来法により慢性副鼻腔炎に罹患していると診断された被験者と、慢性副鼻腔炎の罹患が見られない健常者について、血清中のペリオスチン濃度の測定を行った結果を図1に示す。図1に示す通り、慢性副鼻腔炎罹患者(22例)の血清中のペリオスチン濃度の平均値は、116.6ng/mLであった。一方、健常者(66例)の血清中のペリオスチン濃度の平均値は、39.1ng/mLであった。
【0065】
上記により測定された血清中のペリオスチン濃度に関して、母集団(血清中ペリオスチン濃度を測定した全例(88例))から慢性副鼻腔炎を抽出しうる至適閾値(cut−off値)を探すためにReceiver−Operating−Characteristics(ROC)曲線を用いて検討を行った。すなわち、以下のようにcut−off値の設定と、設定したcut−off値を用いた場合の診断精度の測定を行った。
【0066】
先ず、血清中ペリオスチン濃度の測定結果に基づき、ROC解析を行った。その結果、ROC曲線下面積(area under curve [AUC])は0.948(95%CI, 0.903―0.994)で統計学的に有意であり(P < 0.001)、cut−off値の候補として、95 ng/mLが設定できた。
【0067】
尚、慢性副鼻腔炎患者群(n=22)について平均値の95%信頼区間の上限値を求めたところ、上限値は147.9 ng/mlであった。
【0068】
血清中のペリオスチンタンパク質濃度のcut-off値を95 ng/mlに設定した場合、感度68.2%、特異度98.5%である。このことから、cut-off値を 95 ng/mlに設定した場合には、慢性副鼻腔炎を比較的高い精度で検出できることが分かった。
【0069】
本実施例においては、上記設定したcut−off値を「所定タンパク質濃度」に設定することにより、慢性副鼻腔炎を高精度で検出できることが示唆された。
【0070】
実施例2
本実施例においては、鼻腔分泌液として、特に事前にインフォームド・コンセントを得た被験者より採取した鼻腔洗浄液を用いて、当該鼻腔洗浄液中のペリオスチン濃度を分析した。
【0071】
鼻腔洗浄液の採取・測定のための調製は具体的には次のように行った。まず生理食塩水10mlをシリンジより直接患者の鼻腔内に注入した。必ずしも鼻腔後方まで挿入しなくともシリンジより押し出す水圧で注入は十分であった。患者には膿盆を持たせ、下方を向かせることにより鼻腔内に注入した生理食塩水が両側鼻腔および口腔から膿盆へと垂れ落ちるので、膿盆上の生理食塩水をスポイトで回収し、ペリオスチンタンパク質濃度測定試料として用いた。鼻腔内への生理食塩水注入時、患者に対して発声をさせることにより生理食塩水の気道内への誤嚥を防ぐことができ苦痛を与えずに採取することが可能となる。
【0072】
上記で採取した鼻腔洗浄液中のペリオスチン濃度は、抗ペリオスチン抗体を用いたELISA法で、次のように測定した。
【0073】
まず、ELISA用96穴プレートのウェルに、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)(137 mM 塩化ナトリウム、2.68 mM 塩化カリウム、1.47 mM リン酸二水素カリウム及び8.04 mM リン酸水素二ナトリウムを含有する水溶液(pH 7.4))で2 μg/mLに希釈したSS18A(ラットモノクローナル抗ペリオスチン抗体)を100 μl注入し、25℃で12時間以上静置して、SS18Aをウェル底に吸着させた。ウェルを洗浄液(0.05% Tween-20を含有するPBS)で3回洗浄した後、ブロッキング溶液(0.5% カゼイン、100 mM 塩化ナトリウム及び0.1% アジ化ナトリウムを含有する50 mM Tris緩衝液(pH 8.0))を250 μl注入し、4℃で12時間以上静置した。ウェルを洗浄液で5回洗浄した後、ブロッキング溶液と同一組成の検体希釈溶液で21倍に希釈した鼻腔洗浄液を100 μl注入し、25℃で12時間以上静置して、血清中のペリオスチンをウェルに吸着しているSS18Aに捕捉させた。ウェルを洗浄液で5回洗浄した後、ブロッキング溶液と同一組成の緩衝液で50 ng/mLに希釈したビオチンで標識されたSS17B(ラットモノクローナル抗ペリオスチン抗体)を100μl注入し、25℃で90分静置して、SS18Aに捕捉されたペリオスチンにビオチン標識SS17Bを結合させた。ウェルを洗浄液で5回洗浄した後、15000倍に希釈した、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)で標識されたストレプトアビジンを100 μl注入し、25℃で60分静置して、ビオチン標識SS17Bと結合させた。ウェルを洗浄液で5回洗浄した後、HRPの基質溶液(0.8 mM TMBZ、2.5 mM 過酸化水素、30 mM リン酸水素二ナトリウム及び 20 mM クエン酸緩衝液)を100 μl注入し、25℃で20分間反応させた後、0.7 N 硫酸により反応を停止させた。その後、吸光度計(プレートリーダー(バイオ・ラッド ラボラトリーズ社製))を用いて450 nmの吸光度を測定した。
【0074】
また、大腸菌で発現させた精製ペリオスチンタンパク質の希釈系列を同様に測定して、このELISA法におけるペリオスチン濃度−吸光度標準曲線を作成した。
【0075】
鼻腔洗浄液に由来するペリオスチンについて測定した吸光度を、作成したペリオスチン濃度−吸光度標準曲線に当てはめ、対応する吸光度より鼻腔洗浄液中のペリオスチン濃度を算出した。
【0076】
上記方法により、従来法により慢性副鼻腔炎に罹患していると診断された被験者と、アレルギー性鼻炎罹患者について、鼻腔洗浄液中のペリオスチン濃度の測定を行った結果を図2に示す。図2に示す通り、慢性副鼻腔炎罹患者(23例)の鼻腔洗浄液中のペリオスチン濃度の平均値は、2.6 ng/mlであった。一方、アレルギー性鼻炎罹患者 (6例)の鼻腔洗浄液中のペリオスチン濃度の平均値は、0.1 ng/mL以下であった。
【0077】
上記により本実施例で測定された鼻腔洗浄液中のペリオスチン濃度に関して、母集団(鼻腔洗浄液中ペリオスチン濃度を測定した全例(29例))から慢性副鼻腔炎を抽出しうる至適閾値(cut−off値)を探すためにReceiver−Operating−Characteristics(ROC)曲線を用いて検討を行った。すなわち、以下のようにcut−off値の設定と、設定したcut−off値を用いた場合の診断精度の測定を行った。
【0078】
先ず、鼻腔洗浄液中ペリオスチン濃度の測定結果に基づき、ROC解析を行った。その結果、ROC曲線下面積(area under curve [AUC])は1.000(95%CI, 1.000-1.000)で統計学的に有意であり(P < 0.001)、cut−off値の候補として、0.8 ng/mLが設定できた。
【0079】
尚、慢性副鼻腔炎患者群(n=23)について平均値の95%信頼区間の上限値を求めたところ、上限値は3.4ng/mlであった。
【0080】
鼻腔洗浄液中のペリオスチンタンパク質濃度についてのcut-off値を0.8 ng/mlに設定した場合、感度100%、特異度100%である。このことから、当該cut-off値である 0.8 ng/mlを「所定タンパク質濃度」に設定することにより、慢性副鼻腔炎をアレルギー性鼻炎から高精度で判別できることが示唆された。なお、本実施例において各被験者から得られた鼻腔洗浄液中に含まれる鼻腔分泌液の濃度にはさまざまな違いがあり、上記測定結果は各被験者における鼻腔分泌液中のペリオスチンタンパク質の濃度を示すものではないが、上記のようにアレルギー性鼻炎の患者においては実質的に鼻腔分泌液中にペリオスチンタンパク質に含まれないことから、鼻腔洗浄液を用いることによっても高精度で慢性副鼻腔炎をアレルギー性鼻炎から判別可能な分析値を得ることが可能である。
【0081】
以上、実施例に示した通り、慢性副鼻腔炎の患者由来の血液及び鼻腔分泌液においてペリオスチンタンパク質の濃度が増加していることが見出され、被験者由来の血液及び鼻腔分泌液におけるペリオスチンタンパク質の濃度を分析することにより、慢性副鼻腔炎についての診断に有用な情報とすることができる。特に、慢性副鼻腔炎患者では、血液及び鼻腔分泌液中のペリオスチン濃度がアレルギー性鼻炎群に比しても高値であることから、血液及び鼻腔分泌液中のペリオスチンタンパク質の分析値は、慢性副鼻腔炎とアレルギー性鼻炎を分離して検出する際に有用であることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者より採取した血液又は鼻腔分泌液におけるペリオスチンタンパク質濃度を測定することを含む、慢性副鼻腔炎の検出方法。
【請求項2】
測定したタンパク質濃度が、血清中濃度で95ng/mL以上であるときに、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
測定したタンパク質濃度が、鼻腔洗浄液中の濃度で0.8 ng/mL以上であるときに、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
(i)被験者より採取した血液又は鼻腔分泌液におけるペリオスチンタンパク質濃度と、(ii)正常試料におけるペリオスチンタンパク質濃度との比較を行うことを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
(i)被験者より採取した血液又は鼻腔分泌液におけるペリオスチンタンパク質濃度が(ii)正常試料におけるペリオスチンタンパク質濃よりも高いときに、慢性副鼻腔炎を発症していると疑われると判断することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
正常試料が、アレルギー性鼻炎患者から採取した血液又は鼻腔分泌液である、請求項4又は5記載の方法。
【請求項7】
測定が免疫測定法によるものである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
ペリオスチンを認識する抗体を含有し、血液又は鼻腔分泌液中のペリオスチンタンパク質濃度を測定して慢性副鼻腔炎を検出するために用いられる、慢性副鼻腔炎の検出薬。
【請求項9】
請求項8に記載の検出薬を含有し、血液又は鼻腔分泌液中のペリオスチンタンパク質濃度を測定して慢性副鼻腔炎を検出するために用いられる、慢性副鼻腔炎の検出用キット。
【請求項10】
採取した鼻腔分泌液の分析方法において、鼻腔分泌液のペリオスチンタンパク質濃度を測定することを含む、鼻腔分泌液の分析方法。
【請求項11】
ペリオスチンタンパク質濃度の測定が免疫測定法により行われることを特徴とする請求項10に記載の鼻腔分泌液の分析方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2013−96799(P2013−96799A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−238913(P2011−238913)
【出願日】平成23年10月31日(2011.10.31)
【出願人】(504209655)国立大学法人佐賀大学 (176)
【出願人】(304036754)国立大学法人山形大学 (59)
【Fターム(参考)】