説明

慢性疲労症候群の治療用の医薬の製造のための、アルファ−1−アンチトリプシンの使用

【課題】CFSを患う患者の治療のために有効な薬を発見すること。
【解決手段】アルファ−1−アンチトリプシン(AAT)を含む医薬組成物を提供することによる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、慢性疲労症候群の治療用の有効な医薬の製造のための、アルファ−1−アンチトリプシンの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
慢性疲労症候群(CFS)は、アトランタ疾病予防管理センター(CDC)の監督の下における国際福田基準(非特許文献1)により定義される複合疾患である。この基準によると、CFSの診断は、2つの大基準を満たしていること、並びに最低でも4つの小基準を満たしていることに基づいている。
【0003】
大基準
1.少なくとも6ヶ月間の継続的な肉体的及び精神的疲労、又は断続的な特徴を有する肉体的及び精神的疲労であって、新たに又は明確に発症し、最近の取り組みから生じたものではなく、休息によっては緩和されず、そして活動により悪化し、そして患者の以前の日中活動レベルを実質的に低下させる疲労であり、最終的に患者が克服できない疲労。
2.慢性疲労を潜在的に引き起こす可能性のある他の疾患、例えば内分泌疾患、感染疾患、新生物疾患及び/又は精神疾患を除外する。
【0004】
小基準
以下の小基準のうちの4以上が、同時に存在し、疲労感が生じた後にその全てが6ヶ月以上持続すること。
・集中力の低下、又は短期間記憶の低下
・嚥下痛
・疼痛を伴う頸部又は腋窩リンパ節腫脹
・筋肉痛
・炎症兆候を伴わない多発関節痛
・最近始まり、通常の頭痛とは異なる特徴を有する頭痛
・眠っても疲れがとれない
・運動後24時間以上持続する倦怠感
【0005】
CFSと混同されうる疾患には、線維筋痛(FM)が挙げられ、当該疾患は、元々は関節疾患ではない慢性の全身筋骨格痛の症状により特徴付けられる症候群である。米国リュウマチ学会の分類基準(非特許文献2)によると、FMの診断のための2つの基本的な特徴は、以下の通りである:
1)3ヶ月にわたり持続する全身疼痛が存在すること
2)「圧痛点」として知られている特定の18カ所のうち少なくとも11において、約4kgの指圧に対して異常な感受性を有すること。FMを患う患者は疼痛の他に、以下の症状のうちの幾つかを経験する:睡眠障害、炎症性腸疾患、関節強直及びコリ、頭痛又は顔面痛、腹部疼痛、神経性膀胱炎、知覚障害、しびれ又はそう痒、胸部疼痛、及び肋軟骨炎(あばら骨が胸骨に結合する場所における筋肉痛)、目眩及び嘔吐など。症状は、変動する傾向があり、そして必ずしも同時に生じるわけではない。
【0006】
FM及びCFSは、2つの異なる疾患であるが、かなり似た兆候及び症状を伴い、このことにより専門家でない者を頻繁に混同させるが、それにもかかわらず多くの患者は、FMとCFSの両方に罹患することもある。CFS罹患者の約80%は、FM分類基準にも適合するが、FMを患う患者の7〜10%がCFSの分類基準に適合するに過ぎない。FMとCFSとの間の識別可能な診断、並びに疼痛及び疲労の他の潜在的な原因の除去は、正確な診断、予後、及び治療アプローチの基礎をなすものである。
【0007】
CFSは、若年成人に主に罹患し、20〜40歳の開始ピークを有する。男性よりも女性において2〜3倍発症するが(非特許文献3)、この率は、女性の方が全てのレベルにおいて頻繁に医療にかかるため生じている可能性がある(非特許文献4)。
【0008】
人口におけるCFSの有病率は、0.4〜2.5%である(非特許文献5)。米国及び英国において、4回の調査により、0.2%〜0.7%、言い換えると、100,000人に200〜700の症例が見積もられた。日本においては、1.5%の有病率が記録された。一般的に、CFSについての有病率の見積もり値は、医学的評価、精神学的評価、及び実験室評価の強度に応じて、プライマリーケア施設において0.5%〜2.5%であった(非特許文献6)。
【0009】
CFSからの回復についての予後はかなり悪く、そしてCFSの治療に有効な治療選択であると示された万能の治療法は現在のところ存在しない(非特許文献7)。その結果、現在のところ、主要な治療目的は、症状を緩和することに基づいている。提示された治療の幾つかには、認知行動療法、段階的運動療法、薬理学的介入(例えば、抗ウイルス薬、抗うつ薬、鎮静剤、鎮痛剤、抗炎症剤及び他の薬剤)、及び栄養補助が含まれる。しかしながら、これらの介在療法は、CFSを患う多くの患者において必須と考えられている最低限の利益すら提供しない場合が多い(非特許文献8)。その結果、CFSの治療に有効な医薬に対して必要性があるということが明らかである。
【0010】
CFSは、その原因や誘発因子が知られていない多臓器疾患であるが、その病因について様々な仮説:遺伝的欠損、中枢神経系の異常、神経筋肉異常、及び代謝異常、心理学的要因、毒性物質、感染、並びに免疫系の慢性活性化のため生じる免疫学的不均衡、が存在する(非特許文献9)。具体的に、慢性的に活性化された免疫状態に基づき、CFSにおいて観察される臨床的及び免疫学的異常が、インターフェロン類により誘導される2−5A防御経路における欠損を含みうると提案する著者もいる(非特許文献10)。
【0011】
インターフェロン類(IFNs)は、細菌、ウイルス、及び寄生虫などの外来物質、並びに癌細胞に応答して免疫系により自然に産生されるタンパク質である。IFN刺激に対する最も重要な2つの生成物は、プロテインキナーゼR(PKR)及びリボヌクレアーゼL(RNase L)である。PKRは、ウイルスmRNAの翻訳を阻害する一方、RNaseLは、dsRNAを遮断する。両方のタンパク質の最終的な目的は、感染体のアポトーシスを誘導することである。
【0012】
1994年、Suhadolinkらは、CFSを患う患者の末梢血単核細胞(PBMC)が、83kDaのRNase Lの天然型をタンパク質分解することにより産生される37kDaの分子量を有する高活性型RNase Lを有するということを発見した(非特許文献11)。後に、De Meirleirらは、PBMCにおける37kDaの分子と83kDaの分子の濃度比が、CFSを患う患者とFM又は大鬱病を患う患者とを区別するために有用であるということを観察した(非特許文献12)。
【0013】
CFSを患う患者は、イオンチャネル輸送機能不全を特徴とする多くの症状を示す。RNaseL阻害剤(RLI)がイオンチャネルトランスポーターのABSスーパーファミリーに属すると云うことが決定された際に、CFSを患う患者におけるイオンチャネル阻害についての潜在性が考慮された。RLIは、RNaseLに存在するアンキリン・ドメインと結合することによりRNaseLを不活性化する。CFSを患う患者において見られるRNaseLの断片化の間にアンキリン・ドメインを切除することにより、これらのアンキリン断片が、イオンチャネルの通常の機能と相互作用し、そして遮断することができるということが示唆される。これらのトランスポーターの機能欠損は、CFSを患う患者において見られる多くの症状:盗汗、免疫系欠損、モノアミン輸送の破壊、疼痛に対する感受性の増加、Th2優性、中枢神経系の異常、視覚問題、筋肉中におけるカリウムの欠失、一過性低糖症、及び鬱病を説明する(非特許文献13)。
【0014】
エラスターゼ、カテプシン−G及びm−カルパインは、RNase Lのタンパク質分解又は断片化を引き起こすことができる酵素である(非特許文献14及び非特許文献15)。これらの3個のプロテアーゼは、病原体に対する防御メカニズム、及び炎症プロセスに関与しており、そしてこれらは炎症応答の間に、しばしば異常に高い濃度で見いだされる。CFSの場合、この疾患を患う患者は、高濃度のエラスターゼを通常有することが発見された(非特許文献16/非特許文献17)。
【0015】
Demetre Eらは、エラスターゼの特異的阻害剤が、CFSを患う患者由来のPBMC培養物中において、RNase Lのタンパク質分解をかなりの程度阻害することができるということを証明した際に、エラスターゼがRNase Lの分解において重要な役割を有することを示した。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】Fukuda kら、The chronic fatigue syndrome: a comprehensive approach to its definition and study, Ann Intern Med. 1994; 121: 953-595
【非特許文献2】The American college of Rheumatology, 1990, Criteria for the Classification of Fibromyalgia. Report of the Multicenter Criteria Committee, Arthritis Rheum 1990; 33 (2): 160-172
【非特許文献3】Lloyd AR、らPrevalence of Chronic fatigue syndrome in an Australian population, Med J Aug 1990; 153:522-528
【非特許文献4】Henderson AS.,Care-eliciting behavior in man, J Nerv Ment Dis 1974; 159: 172-181
【非特許文献5】White PD, et al., Protocol for the PACE trial: a randomised controlled trial of adaptive pacing, cognitive behaviour therapy, and graded exercise, as supplements to standardised specialist medical care versus standardised specialist medical care alone for patients with the chronic fatigue syndrome/myalgic encephalomyelitis or encephalopathy, BMC Neurol 2007, 7:6
【非特許文献6】The Royal Australasian College of Physicians. Chronic Fatigue Syndrome. Clinical Practice Guidelines 2002
【非特許文献7】Hill NF, et al., Natural history of severe chronic fatigue syndrome, Arch Phys Med Rehabil 1999; 80(9): 1090-1094
【非特許文献8】Afari N, et al., Chronic fatigue syndrome: a review, Am J Psychiatry, 2003; 160(2): 221-236/ Rimes KA, et al., Treatments for Chronic Fatigue Syndrome, Occupational Medicine 2005: 5(1); 32 - 39
【非特許文献9】Afari N, et al., Chronic fatigue syndrome: a review, Am J Psychiatry, 2003; 160(2): 221-236
【非特許文献10】Englebienne P, et al., Chronic Fatigue Syndrome. A Biological Approach, CRC Press LLC, 2002
【非特許文献11】Upregulation of the 2-5A synthetase/RNase L antiviral pathway associated with chronic fatigue syndrome, Clin Infect Dis 1994; 18 (Suppl.I): S96-S104
【非特許文献12】A 37 kDa 2-5A binding protein as a potential biochemical marker for chronic fatigue syndrome, Am J Med 2000; 108(2): 99-105
【非特許文献13】Englebienne Pら、Interactions between RNase L, ankyrin domain and ABC transprters as a possible origin of pain, iontransport, CNS and immune disorders of chronic fatigue immune dysfunction syndrome, J Chronic Fatigue Syndrome 2001; 8 (3/4): 83 - 102
【非特許文献14】Englebienne P, et al., Interactions between RNase L, ankyrin domain and ABC transporters as a possible origin of pain, ion transport, CNS and immune disorders of chronic fatigue immune dysfunction syndrome, J Chronic Fatigue Syndrome 2001, 8 (3/4): 83-102
【非特許文献15】Demetre E, et al., Ribonuclease L proteolysis in peripheral blood mononuclear cells of chronic fatigue syndrome patients, J Biol Chem 2002: 20; 277 (38): 35746-35751
【非特許文献16】Demetre E, et al., Ribonuclease L proteolysis in peripheral blood mononuclear cells of chronic fatigue syndrome patients, J Biol Chem 2002: 20; 277 (38): 35746-35751
【非特許文献17】Nijs J, et al. Chronic fatigue syndrome: exercise performance related to immune dysfunction, Med Sci Sports Exerc 2005; 37(10):1647-1654)
【非特許文献18】Kratz A, et al., Laboratory Reference Values, N Engl J Med 2004; 315 (15): 1548-1563
【非特許文献19】Brantly M., Alpha 1-antitrypsin: not just an antiprotease: extending the half-life of a natural anti-inflammatory molecule by conjugation with polyethylene glycol, Am J Respir Cell Mol Biol 2002; 27 (6) 652-654
【非特許文献20】American Thoracic Society/European Respiratory Society Statement: Standards for the diagnosis and management of individuals with alpha-1 antitrypsin deficiency, Am J Respir Crit Care Med 2003; 168: 818-900
【非特許文献21】Wewers MD, et al., Replacement therapy for alpha 1 -antitrypsin deficiency associated with emphysema, New Eng J Med 1987; 316: 1055-1062
【非特許文献22】Seersholm N, et al., Does alpha-1-antitrypsin augmentation therapy slow the annual decline in FEV1 in patients with severe hereditary alpha-1-antitrypsin deficiency?, Eur Respir J 1997; 10:2260-2263
【非特許文献23】The Alpha-1-Antitrypsin Deficiency Registry Study Group, Survival and FEV1 decline in individuals with sever deficiency of alpha-1-antitrypsin, Am J Respir Crit Care Med 1998; 158:49-59
【非特許文献24】Wencker M, et al., Long term treatment of alpha-1-antitrypsin deficiency-related pulmonary emphysema with human alpha-1-antitrypsin, Eur Respir J 1998; 11: 428-433
【非特許文献25】American Thoracic Society/European Respiratory Society Statement: Standards for the diagnosis and management of individuals with alpha-1-antitrypsin deficiency, Am J Respir Crit Care Med 2003; 168: 818-900
【非特許文献26】Itoh N, et al., Cytokine-induced metallothionine expression and modulation of cytokine expression by metallothionine, Yakugaku Zasshi 2007; 127 (4): 685-694
【非特許文献27】Kurup RK, et al., Hypothalamic digoxin, cerebral chemical dominance and myalgic encephalomyelitis, Int J Neurosci 2003; 113(5): 683-701
【非特許文献28】The cellular defect in alpha 1-proteinase inhibitor (alpha 1-PI) deficiency is expressed in human monocytes and in Xenopus oocytes injected with human liver mRNA, Proc Natl Acad Sci U S A, 1985: 82(20): 6918-6921
【非特許文献29】Zhang B, et al., Alpha 1-antitrypsin protects beta-cells from apoptosis, Diabetes 2007; 56(5): 1316-1323
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
CFS治療のために有効な医薬を発見することの必要性に直面したので、本発明者らは、かなりの規模で、徹底した調査及び試験を行い、それにより、CFSの治療用の医薬の製造のためのアルファ−1−アンチトリプシン(AAT)の使用に基づく本発明に到った。
【課題を解決するための手段】
【0018】
アルファ−1−アンチトリプシン(AAT)は、肝細胞において分泌される糖タンパク質であり、そして血清及び多くの組織において通常高濃度で存在し、AATはセリンプロテアーゼ阻害剤として作用している。健常対象の血清中におけるAATのレファレンス値は、0.83〜2.00g/lである(非特許文献18)。プロテアーゼ阻害剤としての活性とは別に、AATは、多くの炎症メディエーターや酸化ラジカルを阻害する有意な能力を有するので、おそらく重要な抗炎症生物学的機能を有するものとして記載されてきた(非特許文献19)。
【0019】
AAT欠損は、成人の初期段階(30〜40歳)において、肺気腫を主に引き起こす遺伝疾患である。2番目に多い病兆は肝臓疾患であり、新生児、子供、及び成人が患うこともある。あまり多くない病兆は、壊死性脂肪織炎として知られている炎症性皮膚疾患である(非特許文献20)。
【0020】
現在のところ、治療用のAAT濃縮物が存在しており、ヒト血漿を分画することにより調製され、当該タンパク質を欠損し、そして肺気腫を患っている対象を治療するAAT置換治療において用いられている。これらの濃縮物は、保護を与えると考えられている最小レベル(11μmol/l)以上にAATの血清濃度を増加するのに生化学的に有効であると示された(非特許文献21)。さらに、様々な臨床研究により、AAT置換治療が、肺気腫の進行を遅らせ、そして致死率を低下させるのに臨床的に有効であるということが示唆される(非特許文献22/非特許文献23)。
【0021】
AAT置換治療における十分な臨床経験により、ヒト血漿由来のAATの治療濃縮物は、優れた安全性プロファイルを有することが確認されている(非特許文献24/非特許文献25)。
【0022】
AATによるエラスターゼの阻害が、RNase Lの分解を妨げることができるかを調べるために、本発明者らは、CFSを患う患者由来のin vitroPBMC培養物をAAT濃縮物と供に用いて様々な試験を実施した。これらの試験に基づき、CFSを患う患者由来のPBMC抽出物が、健常対象から得たPBMC抽出物の活性よりもかなり高いエラスターゼ活性を示すことが本発明者らにより実証された。6人の健常対象からのPBMC抽出物は、81U/mg(抽出物)(CV=38.9)の平均エラスターゼ活性を示し、51〜125U/mg(抽出物)の最小〜最大エラスターゼ活性であり、一方CFSを患う8人の患者由来のPBMC抽出物は、322U/mg(抽出物)(CV=30.5)の平均エラスターゼ活性を示し、193〜435U/mg(抽出物)の最小〜最大エラスターゼ活性であった。
【0023】
本発明者らにより、AATが、CFSを患う患者由来のPBMCの培養物の細胞内エラスターゼ活性を実質的に阻害することができるということが発見された。CFSを患う10人の患者のPBMCを、2の異なる濃度:3g/l及6g/lのAATの存在下及び非存在下で12時間培養した。AATを加えない対照におけるエラスターゼ活性の阻害割合について得た結果は以下の通りである:3mg/mlのAAT培養物では、細胞内エラスターゼ活性は、平均−87.2%(CV=0.09)阻害され、最小〜最大で−75.3〜−95.4%であり;6mg/mlのAAT培養物では、細胞内活性は、平均で−91.0%(CV=0.08%)阻害され、最小〜最大で−76.1%〜−97.4%であった。
【0024】
さらに、本発明者らにより、CFSを患う患者由来のPBMC中において、83kDaのRNase Lが分解して、37kDaのRNase Lの高活性型を生成することをAATが妨げたということが実証された。2人の健常対照のPBMC及び2人のCFSを患う患者のPBMCを、3g/lのAATの存在下及び非存在下で12時間培養した。2人の健常対照のPBMC培養物では、2つの培養物の間においてRNase L分解を分析した場合に有意差は観察されなかった。AATを伴わずにPBMCを培養した後の83kDa RNase Lに対する37kDa RNase Lの割合は、0.3及び0.4であり、一方でAATを伴って培養した後の83kDa RNase Lに対する37kDA RNase Lの割合は、それぞれ0.2及び0.3であった。両方の値は、83kDaのRNase Lの顕著なタンパク質分解としてみなされる0.5の閾値以下であった。CFSを患う患者由来のPBMC培養物において、AATの存在下において、RNase L分解は80%低下することが見いだされた。CFSを患う2人の患者由来のPBMCを、AATを伴わずに培養した後では、83kDa RNase Lに対する37kDa RNase Lの割合は、1.4及び2.4である一方で、AATを伴って培養した後では、83kDa RNase Lに対する37kDa RNase Lの割合は、それぞれ0.2及び0.6であった。
【0025】
本発明者らにより、AATが2−5Aシンセターゼ経路に関わる遺伝子の発現を活性化するため、外からのAATの投与が、通常のRNase L活性を再構成し、そしてCFSを患う患者のPBMCにおけるタンパク質分解を阻害するということが見いだされた。
【0026】
CFSを患う6人の患者のPBMCを、AATの2の異なる濃度0.5g/l及び3.0g/lの存在下及び非存在下で培養した。次に、RNAを抽出し、そしてGenechips Human Genome U133 Plus2.0(Affimetrix社)システムを用いて分析した。2,5−オリゴアデニレートシンターゼ(2−5A分子の合成に寄与する酵素、その結果RNase Lアクチベーターである)をコードする遺伝子の発現は、ATTを含まない培養物と比較して、それぞれ0.5g/l及び3.0g/lのAATを伴う培養物中で2.9倍及び3.2倍増加した。その結果、AATによって2,5−オリゴアデニレートシンセターゼの発現を刺激することにより、RNase L自体の活性を再構成することができ、そして同時にそのタンパク質分解の抑制に寄与することができる。
【0027】
AATがメタロチオニン類の発現を阻害し、その結果外からのAATの投与が、CFSを患う患者のPBMCの炎症促進経路の活性化を低減することができるということが本発明者らにより見いだされた。CFSを患う6人の患者のPBMCを、AATの2の異なる濃度:0.5g/l及び3.0g/lの存在下及び非存在下で培養した。次に、RNAを抽出し、Genechips Human Genome U133 Plus 2.0(Affimetrix社)システムを用いて分析した。AATの非存在下における遺伝子の発現と比較したAATの存在下における遺伝子発現の比として結果を示した。メタロチオニン類をコードする様々な遺伝子の発現は、AATの存在下で培養した後に低下した。具体的に、メタロチオニン2A、メタロチオニン1X、メタロチオニン1H、メタロチオニン1F、及びメタロチオニン1Eの発現は、AATが存在しない場合の培養物と比較して、0.5g/l及び3.0g/lのAATを有する培養物中で、それぞれ平均2.2倍及び4.5倍低下した。記載されるように、メタロチオニン欠損は、炎症促進サイトカイン類(IL1b、IL6、TNFα)の生産を低下させる(非特許文献26)。AATにより引き起こされる発現阻害は、同じ効果をもたらし、そしてPBMCにおける炎症促進経路を低下することができる。さらに、メタロチオニン類は、一酸化窒素(NO)、CFSを患う患者において高い濃度で存在する免疫メディエーター、の生成に重要な役割を果たす(非特許文献27)。AATにより誘導されるメタロチオニン類の発現の低下のため生じるNO生産の低下は、CFSを患う患者におけるこのタンパク質の有利な作用でありうる。
【0028】
AATが、AATをコードする遺伝子の発現を活性化し、その結果、外からAATを投与することにより、CFSを患う患者のPBMCにおいてAATの発現を促進することができるということが、本発明者らにより見いだされた。CFSを患う6人の患者のPBMCを、2の異なる濃度:0.5g/l及び3.0g/lのAATの存在下、及び非存在下で培養した。次に、RNAを抽出し、そしてGenechips Human Genome U133 Plus2.0(Affimetrix社)システムを用いて分析した。その結果を、AATの非存在下における遺伝子の発現と比較したAATの存在下における遺伝子発現の比として示した。AAT(SERPINA1)をコードする遺伝子の発現は、AATの非存在下における培養と比較して、0.5g/l及び3.0g/lのAATを有する培養物において、それぞれ平均1.4倍及び2.0倍増加した。AATは、肝細胞において主に合成されるが、Perlmutter DHらは、単球におけるその発現についても開示している(非特許文献28)。その結果、細胞内で発現され、かつAATの存在により誘導されるAATは、CFSを患う患者のPBMC培養物のエラスターゼに対する阻害効果を有した。さらに、他のタイプの細胞について記載されているように、AATがPBMC細胞内に内在化した後に、細胞内エラスターゼを直接抑制しうるということを無視することはできない(非特許文献29)。その結果、CFSを患う患者から得たPBMC培養物中における2つのエラスターゼ阻害メカニズムは、共存することができ、そしてさらに累積効果をもたらすことができる。
【0029】
これらの発見は、さらにより驚くべきものである。なぜなら、これらの実験から得られたAAT含有薬剤の潜在的な新たな治療適用は、今日まで知られていた当該タンパク質の適用であって、肺疾患(肺気腫)又は炎症性皮膚疾患(脂肪織炎)として現れる生まれながらの欠損を補償することに厳格に基づいている適用と全く関係しないものであるからである。
【0030】
本発明者らは、CFSの治療においてAAT含有新薬により明らかにされた形態についてのいずれの仮説に限定されることを意図しないが、本発明者らは、AATが、非限定的な様式で、CFSに関連する症状に寄与する免疫細胞の制御、並びに免疫系に関わる遺伝子発現の制御において重要な役割を有するという仮説を確立した。
【0031】
CFSは、ヒト血漿から精製され、又は組換え技術若しくはトランスジェニック技術により産生された治療濃度のAATにより治療されてもよい。治療は、最小用量を得るために十分な量のAATを含む血漿又は他の治療生成物で可能である。
【0032】
他のタンパク質について生じるように、完全なAAT分子の存在が、必要な結果を得るために必須であるとは考えていない。こうして、AAT分子の対応する配列に由来するアミノ酸の部分配列を含む分子が、CFSの治療に有用であることもある。これらの分子は、ヒト血漿から得られてもよいし、合成法により、又は組換え若しくはトランスジェニック技術により産生されてもよい。
【0033】
本発明は、1又は複数の医薬として不活性又は活性な担体と組み合わせて治療有効量のAATを、CFSを患う患者、又はCFSを発達させるリスクのある患者に投与することを含むCFSの治療方法にも関する。本発明はさらに、AATを含んでなるCFSを患う患者又はCFSを発達させるリスクのある患者を治療するための医薬組成物にも関する。
【0034】
本発明に記載の治療レジメンは、CFSの症状を低減又は除去する目的でAATを周期的かつ繰り返し投与することを含む。1〜31日の間の頻度で与えられる体重1キログラム(kg)あたり6mg以上のAATの用量が、CFSの治療に十分であると考えられている。AATの好ましい用量は、1〜31日の頻度で与えられる体重1kgあたり15〜360mgである。さらにより好ましい用量は、毎週の体重1kgあたり25mg〜60mgであるか、又は次の投与までの予測される間隔に応じて比例して調合されたこれらの量の数倍である。
【0035】
或いは、本発明は、投与後24時間において、ベースレベルよりも最大8倍高いレベルの血清中の所望のレベルのAATを達成するために定めた治療レジメンを含む。
【0036】
本発明の実施態様では、AATは非経口注射により投与されてもよく、そして好ましい実施態様によると、投与は静脈内投与で行われるが、AATは、筋肉内又は皮内投与されてもよい。或いは、AATは、吸入により投与されてもよい。投与経路に応じて、AATの調製は、医薬として許容されるビヒクル又は担体中で溶液若しくは懸濁液として作られてもよい。このようなビヒクルの適切な例として:注射用の水、注射用の滅菌水、及び他の水系ビヒクル(例えば、注射用塩化ナトリウム、注射用リンゲル溶液、注射用デキストロース、注射用デキストロース及び塩化ナトリウム、注射用乳酸リンゲル);水に混和可能なビヒクル(例えば、エチルアルコール、ポリエチレンアルコール、グリコールプロピレン);非水系ビヒクル(例えば、トウモロコシ油、綿実油、ピーナッツ油、及びごま油)が挙げられる。他の賦形剤、保存剤、緩衝溶液、殺生物剤、及び同様の製品についての必要性や選択は、当業者の技術範囲内であり、そして投与システムや経路、必要とされる保管期間及び貯蔵及び輸送条件を含む様々な因子に左右される。
【実施例】
【0037】
In vitroで得られる結果を待つあいだに、本発明者らは、例外的使用許可を受け、CFSと診断された患者にAATに基づく製剤を投与した。
【0038】
ある女性患者は、2003年にCFSと診断され、福田診断基準を満たし、かつ慢性疲労を誘導する他の医学的状態、例えば内分泌、感染、新生物及び/又は精神医学疾患には該当しなかった。AAT濃縮物での治療を開始する前に、患者は、PBMC中において1459U/mgのエラスターゼ濃度を有した(PBMC抽出物1ミリグラムあたりの活性ユニット);残存機能評価試験において、患者は、17.2ml/kg/分の最大酸素消費(理論値の63.5%)、64ワットの最大出力(理論値の54.0%)、149拍の最大心拍(理論値の87.6%)を示し;そして神経認知機能不全試験において、かなり深刻な認知機能障害を示した。この患者は、8週間にわたり、AATに基づく製剤(毎週60mg/kg(体重))を静脈内注入する治療を受けた。治療の終わりにおいて、この患者は、PBMCにおいて134U/mg(PBMC抽出物1mgあたりの活性ユニット)のエラスターゼ濃度を示し;残存機能評価試験において、この患者は、16.4mg/kg/分の最大酸素消費(理論値の60.6%)、85ワットの最大出力(理論値の71.7%)、151拍の最大心拍(理論値の88.8%)を示し;そして神経認知機能不全試験では、深刻な認知機能不全を示した。一般的な結論として、AATに基づく製剤を用いた治療後に、患者は明白な治療改善を示し、この患者は仕事に戻り、より少ない疲労しか感じなくなり、そして体の運動に対する耐用性の改善を示し、そして認知機能不全も僅かな低下を示した。
【0039】
その結果、本発明により、CFSを患う患者をAATに基づいて調製された医薬で有効に治療することができるということが示される。これらの患者は、免疫細胞の慢性炎症を患っており、そして本発明によると、AATはエラスターゼを阻害し、そうしてRNase L分解を避け、そうしてCFSに付随する症状に寄与すると考えられているイオンチャネルの機能不全を妨げる。さらに、そしてin vitroで得られた結果に従い、AATは、免疫システムに関与する特定の遺伝子の発現を制限して、免疫系の通常機能を確立し、そして炎症促進経路の活性化を低下することができる。
【0040】
本発明は、好ましい実施態様の実施例について記載されたが、実施例は、本発明を制限するものとして考えるべきではなく、本発明は添付の特許請求の範囲の最も広い解釈により定義されるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
治療形態のアルファ−1−アンチトリプシン又は誘導体を含み、かつヒトに投与できる慢性疲労症候群の治療のための医薬の製造のためのアルファ−1−アンチトリプシンの使用。
【請求項2】
1〜31日の頻度で、体重1kgあたり6mg以上の用量のアルファ−1−アンチトリプシンを得るために十分なアルファ−1−アンチトリプシン含量を有する血漿又は他の治療形態の使用を含む、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記アルファ−1−アンチトリプシンが、ヒト血漿から精製される、請求項1に記載の使用。
【請求項4】
前記アルファ−1−アンチトリプシン、又はそのアミノ酸配列の部分配列を含む分子が、合成、トランスジェニック、又は組換え技術により製造される、請求項1に記載の使用。

【公開番号】特開2011−12060(P2011−12060A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−147994(P2010−147994)
【出願日】平成22年6月29日(2010.6.29)
【出願人】(509348487)グリフォルス,ソシエダッド アノニマ (4)
【Fターム(参考)】