説明

慢性疼痛を治療するためのN2Oガスの使用

本発明は、哺乳類、特にヒトの慢性疼痛、特に神経障害に由来する、医原性の、機能不全に由来するまたは炎症に由来する疼痛の治療のための吸引可能薬剤として使用するための、一酸化二窒素(N2O)を含有するガス混合物に関する。N2Oの割合は15ないし45体積%に及ぶ。ガス混合物は、前記哺乳類によるガス混合物の吸引の終了から少なくとも6時間後に認められうる遅効性の痛覚過敏症低減を達成するのに十分な期間にわたって投与される。痛覚過敏症は、アロディニアまたは痛覚過敏から選択される。

【発明の詳細な説明】
【発明の概要】
【0001】
本発明は、慢性疼痛、主に神経障害に由来する、すなわち神経損傷に関連する、機能不全に由来する、炎症に由来する、または医原性の、すなわち薬剤、たとえば化学療法で使用する薬剤の服用による慢性疼痛の治療における、低濃度での、典型的には50体積%未満での一酸化二窒素(N2O)の使用に関する。
【0002】
Breivik, H.ら, Survey of chronic pain in Europe: prevalence, impact on daily life, and treatment. Eur. J. Pain 10, 287-333 (2006年)の文書に記載されているように、一般集団では、6人中1人が慢性疼痛を患っていることが推測されている。
【0003】
慢性疼痛の中で、神経因性疼痛が最も重篤であり、最もしつこいものであると考えられている。
【0004】
神経因性疼痛は、神経系へのダメージまたは神経系の機能不全によって起こり、これらは:
−末梢起源、たとえば、末梢神経へのまたは末梢神経の外傷、中毒、代謝、虚血、免疫アレルギーもしくは感染に由来する損傷もしくは刺激;
−または、中枢起源、たとえば脊髄もしくは脳髄への損傷もしくは刺激
のいずれかでありうる。
【0005】
神経因性疼痛は、通常の鎮痛薬、たとえば非ステロイド性抗炎症薬、パラセタモールまたはサリチル酸剤が効かず、多くの場合、オピオイド性鎮痛薬にあまり敏感でない。
【0006】
神経生物学的レベルでは、神経損傷による痛覚過敏症、すなわち痛覚過敏またはアロディニア(神経因性疼痛)は、T.J. Coderreら, Peripheral and central hyperexcitability: differential signs and symptoms in persistent pain, Behav. Brain Sci. 20, 404-419, (1997年);およびC.J. Woolfら, Neuropathic pain: aetiology, symptoms, mechanisms, and management, Lancet 353, 1959-1964 (1999年)の文書に纏められているように、過剰な侵害受容に起因するだけでなく、痛覚過敏化プロセスに関連する。
【0007】
C.G. Parsons, NMDA receptors as targets for drug action in neuropathic pain, Eur. J. Pharmacol. 429, 71-78 (2001年)の文書に記載されているように、痛覚過敏化プロセスにおいてNMDA(N−メチル−D−アスパラギン酸)受容体が果たす重要な役割は、この受容体を、主に神経障害に由来する慢性疼痛の治療で選択される治療標的にする。たとえば、ケタミン、アマンタジンまたはメマンチンなどのNMDA受容体拮抗剤の臨床効果は、特に、Chizh, B.A.ら, NMDA antagonists and neuropathic pain - multiple drug targets and multiple uses, Curr. Pharm. Des 11, 2977-2994 (2005年)の文書に記載されている。
【0008】
しかしながら、J.A. Kempら, NMDA receptor pathways as drug targets, Nat Neurosci. 5 Suppl. 1039-1042 (2002年)およびB.A. Chizhら, NMDA receptor antagonists as analgesics: focus on the NR2B subtype, Trends Pharma. Sci. 22, 636-642 (2001年)の文書で説明されているように、現在のNMDA受容体拮抗剤の副作用、たとえば記憶障害、精神異常発現効果、運動失調および乏しい運動協調性は、期待される利益を大いに弱め、その広い利用または持続的投与を禁止する。
【0009】
この点を発端として、NMDA受容体の濃度に作用すると共に、慢性疼痛、特に神経障害に由来する、機能不全に由来する、炎症に由来するまたは医原性の疼痛の治療において効能を示すが、さらには、副作用が少ないまたは副作用がない、すなわち現在のNMDA受容体拮抗剤を使用する場合に発現するそれに比べて副作用が制限される治療処置および薬剤を得ることが課題になる。
【0010】
この課題に対する1つの解決策は、哺乳類の慢性疼痛の治療処置のための吸引可能薬剤として使用するための、15体積%ないし45体積%の割合の一酸化二窒素(N2O)を含有するガス混合物であって、このガス混合物は、遅効性抗過敏化効果とも呼ばれる遅効性の痛覚過敏症低減を達成するのに十分な期間にわたって投与され、これは前記哺乳類によるこのガス混合物の吸引終了から少なくとも6時間後に認められうる。
【0011】
適宜、本発明のガス混合物は以下の特徴のうち1つ以上を含んでもよい:
−痛覚過敏症は、アロディニアおよび痛覚過敏から選択される;
−哺乳類は、ヒト、すなわち子供および新生児を含む男性または女性から選択される;
−ガス混合物中のN2Oの割合は、15体積%ないし45体積%である;
−ガス混合物中のN2Oの割合は、少なくとも20体積%であり、好ましくは少なくとも25体積%である;
−慢性疼痛は、神経障害に由来する、機能不全に由来する、炎症に由来する、または医原性である;
−ガス混合物は、このガス混合物の吸引による投与の期間の少なくとも一部にわたって鎮痛効果が得られかつ前記哺乳類によるこのガス混合物の吸引の終了のあと遅効性抗過敏化効果が得られるのに十分な期間にわたって投与される;
−ガス混合物は、少なくとも20分間、好ましくは少なくとも30分間、好ましくは少なくとも40分間、有利には少なくとも1時間の期間にわたって投与される;
−ガス混合物は、このガス混合物の吸引の終了から少なくとも12時間後に発現しかつ認められうる遅効性抗過敏化効果を得るのに十分な期間にわたって投与される;
−ガス混合物は、このガス混合物の吸引の終了から少なくとも24時間後に発現しかつ認められうる遅効性の痛覚過敏症低減を達成するのに十分な期間にわたって投与される;
−ガス混合物は、20体積%ないし60体積%の酸素、好ましくは20体積%ないし50体積%の酸素をさらに含有する;
−ガス混合物は、15体積%ないし45体積%のN2Oと少なくとも20体積%の酸素とから構成されている;
−ガス混合物は、キセノン、アルゴン、ヘリウム、ネオン、クリプトンおよび窒素から選択される1種以上の他のガスを、好ましくはこの混合物中に存在するN2Oのそれよりも少ない体積含有量で任意で含有する;
−ガス混合物は、15体積%ないし45体積%のN2Oと、少なくとも20体積%の酸素とから構成されており、キセノン、アルゴン、ヘリウム、ネオン、クリプトンまたは窒素、特に窒素またはキセノンをさらに含有する;
−ガス混合物は、15体積%ないし45体積%のN2Oと21体積%ないし60体積%の酸素とから構成されており、残部は窒素である;
−神経障害に由来する疼痛は、帯状疱疹後の疼痛、糖尿病性神経障害を原因とする疼痛、中枢性の疼痛、脳卒中後の疼痛、多発性硬化症を原因とする疼痛、延髄性外傷を原因とする神経因性疼痛、AIDSまたはその治療に関連する神経因性疼痛、癌に関連する神経因性疼痛、化学療法に関連する神経因性疼痛、神経路に損傷を与えた外科的活動に関連する神経因性疼痛、および手術後の神経因性疼痛から選択される;
−機能不全に由来する疼痛は、線維筋痛、過敏性大腸症候群または頭痛に関する;
−炎症に由来する疼痛は、関節症、関節炎または椎間板ヘルニアに関する;
−N2Oは、さらに、WHO(世界保健機関)のステップに含まれる鎮痛薬、すなわち以下の鎮痛薬と組み合わせて投与される:
・「末梢鎮痛薬」または「非モルヒネ系鎮痛薬」とも呼ばれ、鎮痛効能が最も低いステップI鎮痛薬、たとえば、パラセタモール、アスピリン、非ステロイド系抗炎症剤など。
・脳レベルでの痛覚に作用するので「中枢」または「弱モルヒネ系」鎮痛薬と呼ばれるステップII鎮痛薬。これらは、単独で(たとえばトラマドール)、またはステップI鎮痛薬と組み合わせて(たとえばコデイン−パラセタモール)使用される。
・強モルヒネ系拮抗剤およびアゴニスト拮抗剤を一まとめにしたステップIII鎮痛薬。
【0012】
換言すると、本発明は、哺乳類、特にヒトの慢性疼痛の治療処置のための吸引可能薬剤を製造するための、本発明にしたがって一酸化二窒素(N2O)を含有する、すなわち上で説明したように15体積%ないし45体積%のN2Oを含有するガス混合物の使用にも関し、このガス混合物は、前記哺乳類によるこのガス混合物の吸引の終了から少なくとも6時間後に認められうる遅効性の痛覚過敏症低減、すなわち遅効性抗過敏化効果を得るのに十分な期間にわたって投与される。
【0013】
以下の説明および単に例示として以下に示した例によって、本発明はより明確に理解されるであろう。
【0014】
本発明の文脈では、ヒト、すなわち男性、女性、子供または幼児における慢性疼痛、主に神経障害に由来する、機能不全に由来する、炎症に由来するまたは医原性の疼痛を持続的に低減させるために、一酸化二窒素(N2O)を好ましくは15体積%ないし45体積%の濃度で使用する。
【0015】
慢性疼痛、特に神経障害に由来する慢性疼痛を患う患者におけるこの慢性疼痛の治療処置のための吸引可能薬剤として使用されうる一酸化二窒素(N2O)を含有するガス混合物は、慢性疼痛を患う患者のための治療処置方法との関連で、吸引により投与できる。
【0016】
本発明のガス混合物は、治療処置方法との関連で使用することができ、ここでは、前記N2O系のガス混合物が、吸引により、たとえば呼吸マスクであって、必要な濃度のN2O源、たとえば直ぐに使用できるガスボンベに直接接続されているか、または所望のガス混合物を得るために複数のガス源(O2、N2Oなど)が供給されるガス混合器の出口に接続されているか、または所望のガスが供給される人工呼吸器に接続されている呼吸マスクを用いて投与される。
【0017】
典型的に、投与されるガス混合物は、本質的に、一酸化二窒素、酸素および窒素からなり、一酸化二窒素の体積割合は15%ないし45%であり、酸素のそれは典型的に20%ないし50%、特に少なくとも21%の酸素である。
【0018】
投与期間は、患者に応じて、数分間から数時間、たとえば5分間から4または5時間にわたる。吸引は、連続して数回繰り返すことができ、たとえば連続して数日繰り返すことができる。
【0019】
所定の患者にとって最も好適な濃度および/または投与時間は、経験的にケアスタッフが、たとえば健康状態または体調に関する患者の状態、疼痛の重症度、患者の性別、患者の年齢などに応じて選択することができる。
【0020】
本発明に従って使用するガス混合物は、低濃度(<50体積%)で痛覚過敏症、主に痛覚過敏およびアロディニアに有効であるだけでなく、さらには、患者に僅かな副作用しかもたらさないまたは副作用をもたらさない。
【0021】
実際、一酸化二窒素は、医学的環境において、その濃度が約50%未満であれば安全なガスであると見なされており、このことは、D. Annequinら Fixed 50% nitrous oxide oxygen mixture for painful procedures: A French survey. Pediatrics 105, E47 (2000年);P. Onody, Safety of inhalation of a 50% nitrous oxide/oxygen premix: a prospective survey of 35 828 administrations, Drug Saf 29, 633-640 (2006年);およびJ.T. Knape, Nitrous oxide not unsafe but used less often, Ned. Tijdschr. Geneeskd. 150, 1053-1054 (2006年)の文章によって想起される。
【0022】
さらに、一酸化二窒素は、強いN−メチル−D−アスパラギン酸(NMDA)受容体拮抗作用を有するガスであり、このことは、S.K. Georgievら, Nitrous oxide inhibits glutamatergic transmission in spinal dorsal horn neurons, Pain 134, 24-31 (2008年)の文書によって;P. Nageleら, Nitrous oxide requires the N-methyl-D-aspartate receptor for its action in Caenorhabditis elegans, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A 101, 8791-8796 (2004年)の文書によって、およびV. Jevtovic-Todorovicら, Nitrous oxide (laughing gas) is an NMDA antagonist, neuroprotectant and neurotoxin, Nat. Med. 4, 460-463 (1998年)の文書によって説明されている。
【0023】
加えて、B. Bessiereら, Nitrous oxide prevents latent pain sensitization and long-term anxiety-like behavior in pain and opioid-experienced rats, Neuropharmacology 53, 733-740 (2007年);およびP. Richebe et al. Nitrous oxide revisited: evidence for potent antihyperalgesic properties; Anesthesiology 103, 845-854 (2005年)の文章に報告された臨床前データは、特にオピオイドによって引き起こされる手術後の痛覚過敏に対するN2Oの予防効果を示している。
【0024】
しかしながら、本発明の文脈では、一酸化二窒素を含有するガス混合物は、手術後の痛覚過敏の予防の場合のように予防的にはもはや使用されず、慢性疼痛をもった患者を治療して、前記患者のための遅効性の痛覚過敏症低減を達成するために、治療的に使用される。
【0025】
この一酸化二窒素系混合物の本発明に従う使用は、慢性疼痛をもつ患者に特徴的な痛覚過敏症、主に痛覚過敏およびアロディニアを持続的に低減するまたは取り除くことを可能にするであろう。
【0026】
本発明が標的とする慢性疼痛の中から、以下を挙げることができる:
−神経障害痛、すなわち、帯状疱疹後の疼痛、糖尿病性神経障害を原因とする疼痛、中枢性の疼痛、脳卒中後の疼痛、多発性硬化症を原因とする疼痛、延髄性外傷を原因とする神経因性疼痛、AIDSに関連する神経因性疼痛、癌に関連する神経因性疼痛、化学療法に関連する神経因性疼痛、神経路に損傷を与えた外科的活動に関連する神経因性疼痛、および手術後の神経因性疼痛など、
−機能不全疼痛、すなわちダメージに気付かない疼痛、たとえば線維筋痛、過敏性大腸症または頭痛に関する疼痛など、
−炎症性の疼痛、すなわち炎症性ダメージ、たとえば、関節症、関節炎または椎間板ヘルニアに関する疼痛など。
【0027】
神経生物学的レベルでは、これら3つの主な種類の慢性疼痛の根底にあるものは、現在の治療化合物があまり利かない激しい痛覚過敏およびアロディニアに反映される痛覚過敏化のプロセスである。
【0028】
それゆえに、一酸化二窒素を含有する吸引可能なガス混合物を使用する本発明は、「疼痛」の患者のリハビリテーションを向上させるために、これらの痛覚過敏症、すなわち痛覚過敏およびアロディニアを低減させるまたは取り除くことを狙っている。
【0029】
それゆえに、換言すると、本発明は、慢性疼痛、特に痛覚過敏およびアロディニアを治療することを目的とした治療効果を有する吸引可能薬剤を製造するための、45体積%未満のN2Oを含有する治療ガス混合物の使用に基づく。
【0030】
それゆえに、50%未満の体積割合にある一酸化二窒素(N2O)を、慢性疼痛の治療処置を行うためにN2Oが吸引によって哺乳類、特にヒトに投与される治療処置に関連して使用することができる。
【0031】

本発明に従うN2O系のガスの治療効果を証明するために、以下の表1に示す様々な濃度のN2Oを含有した数種類のガス混合物を用いて試験を行った。
【表1】

【0032】
以下のようにして、試験を行った。
【0033】
材料および方法
坐骨神経の圧迫により、雄のSparague-Dawleyラット(グループあたり8)に単神経障害を引き起こした。より詳細には、D0に、ラットにハロタンを用いて麻酔をし、坐骨神経(後肢側を負傷させたもの)をクロミックカットグット、4フィラメントを使用して調製する。このようにして、40日間を超えて続く神経因性疼痛を引き起こす。
【0034】
D7に、ラットを密閉チャンバに入れて、そこでこれらは、75分間にわたって、試験ガス混合物を吸引し、またはコントロールラット(Sham)においては薬剤空気を吸引する。D7、D8、およびD9に混合物への暴露を繰り返して行う。
【0035】
他のラットには、従来の鎮痛製品、すなわちケタミン(3×10mg/kg、sc)およびモルヒネ(1mg/kg、sc)での比較治療を施す。
【0036】
次に、機械的刺激に応答する啼鳴試験によって、侵害受容閾値を測定する(Randall-Selitto)。
【0037】
測定によって得られたデータは、平均(±標準偏差)で表される。有意水準は、P<0.05から始めて決められる。
【0038】
結果
図1は、50体積%の一酸化二窒素による治療(試験3)後の、負傷させた後肢側での痛覚過敏の持続的低減(〜40%)を表している。
【0039】
その周知の鎮痛効果に加えて、50%の一酸化二窒素は、神経障害ラットにおいて、負傷させた後肢において痛覚過敏症を約40%低減することを可能にした。痛覚過敏症のこの減少は、30日間を超える日数にわたって認められる。
【0040】
比較として、病院環境で通常使用されているオピオイド性鎮痛薬であるモルヒネは、一酸化二窒素の場合のような(後日の)遅効性の効果なしに、30分間だけ鎮痛効果をもたらす(D14)。
【0041】
試験3から、50%の一酸化二窒素を含有するガス混合物による治療が、神経因性疼痛を低減させることに関して、モルヒネよりも遥かに有益であることが分かる。
【0042】
図1および図2では、以下の略語を使用している:
−Sham:コントロール。これらのコントロール神経障害ラットは、神経障害ラットと同じ処置(性感麻痺、手術など)を受けたが、神経障害を引き起こす坐骨神経の結紮は行わなかった。目的は、1回に1つのパラメータだけを変えることにある(神経障害または非神経障害;空気またはN2Oの吸引)。
−CCI(絞扼性神経損傷について):坐骨神経圧迫。これは、使用する神経障害動物モデル(CCIモデル)を示す文献において確立している名称である。本件では、CCI/N2OがN2Oで治療した神経障害ラットの群を示し、CCI/空気が空気を吸い込んだ神経障害ラットの群を示している。これらの2つの群は、神経障害ラットにおけるN2Oの効果を推定することを可能にする。
【0043】
図2は、その一部で、50%の一酸化二窒素による治療後の、負傷させていない後肢の痛覚過敏症の除去を示している。負傷させた脚でのその効果と平行して、50%の一酸化二窒素は、負傷させていない(反対側の)脚における過敏症を取り除き、それにより、50体積%の一酸化二窒素を有するガス混合物の中枢作用を証明する。
【0044】
加えて、これらのデータから、中枢過敏化成分が存在しているならば、N2Oが、中枢系へのその作用により、慢性疼痛の原因に拘わらず痛覚過敏症、すなわち神経因性疼痛、機能不全疼痛、炎症性疼痛を低減させることができることが示唆される。
【0045】
図3は、50%の一酸化二窒素の鎮痛効果を痛覚過敏低減効果と比較している。分かるように、N2Oの痛覚過敏低減(抗過敏化)効果はその鎮痛効果とは無関係である。詳細には、50%一酸化窒素の鎮痛効果をオピオイド受容体拮抗剤であるナルトレキソンで妨害する(D7)ことは、数日後のその有益な抗過敏化効果を変えるものではない(図3の黒三角形)。
【0046】
換言すると、50%のN2Oの遅効性の有益な効果、すなわちN2Oによる治療後数日間の有益な効果、および長期の有益な効果は、その鎮痛効果とは無関係である。
【0047】
図3では、ナルトレキソンに対して略語「Nal」を使用し、略語「Sal」は生理食塩水を意味している。
【0048】
図4は、50%N2Oの効果を、病院環境で使用されているNMDA受容体拮抗剤であるが、その大きな副作用、特に精神異常発現効果のせいでヒトにおける使用が非常に制限されたままであるケタミンと比較している。
【0049】
分かるように、ケタミンの効果は2日間であり、50%N2Oでの治療で得られる、30日を越える日数にわたり、さらにはケタミンの副作用を示さない持続性効果と比べると限られている。
【0050】
最後に、これらの臨床前データは、50%一酸化二窒素による治療の予期せぬ効果を示した。これは、このガスが、持続的に(>一ヶ月)、神経因性タイプの慢性疼痛を大いに低減できるというものである。比較すると、モルヒネの効果は、その投与後数分間に限られ、長期にわたる痛覚過敏低減効果がない。NMDA受容体拮抗剤、たとえばケタミンなどの痛覚過敏低減効果は、2日間に限られる。
【0051】
したがって、その鎮痛効果に加えて、N2Oは、その痛覚過敏低減性によって、慢性疼痛をもった患者、特に痛覚過敏化の中心的メカニズムが支配的である患者の治療における特に有益な治療方針を提示することができる。
【0052】
また、50%N2Oを含有するガス混合物を用いて得られたこれらのデータは、低濃度、すなわち50体積%未満の濃度のN2Oは、同様の抗過敏化の有益な効果、すなわち遅効性の痛覚過敏症低減効果を有するが、同時に、一酸化二窒素の「急性」の鎮静/鎮痛効果を低減することを示唆している。
【0053】
実際、50体積%未満のN2O濃度、すなわち「準麻酔」濃度では、以下の表2に示すように、僅かな健忘症ならびに小さな鎮静および/または鎮痛効果のみがヒトに現れ、それにより、病院外、特に家庭で、大きな危険性なしに、前記ガス混合物を容易に使用できる。
【表2】

【0054】
50体積%未満のN2O濃度の効能を証明するために、神経障害ラットに対し、上記と同じプロトコルで、N2O、酸素、および任意に窒素を含有するガス混合物、すなわち(体積%で):
−混合物A:12.5%N2O+50%O2+37.5%N2
−混合物B:25%N2O+50%O2+25%N2
−混合物C:35%N2O+50%O2+15%N2
を用いて、補足試験を行った。
【0055】
得られた結果から、遅効性の抗過敏化効果は、混合物AおよびBよりも混合物Cの場合により顕著であることが分かる。換言すると、15%、有利には25%を超えるが、45%以下であるN2O濃度を使用することが好ましい。これは、これらのN2O濃度は50%未満なので、有害な鎮静副作用は、前に試験し、上の表2に纏めた50%N2Oを含有する混合物の場合よりも遥かに低いからである。
【0056】
加えて、これらの試験から、連続する数日間にわたる複数回の連続的なN2O吸引、たとえば連続する3日間にわたって1時間15分の1回の吸引を行うことが有利であることも分かる。実際、連続する数日間にわたって複数回の吸引を行うことは、遅効性の痛覚過敏症低減の所望の効果を高めることを可能にする。
【0057】
これは、図5A、5B、6Aおよび6Bに示されており、これらの図は、混合物A、BおよびC、ならびに50%N2Oを含有する混合物および空気(コントロール)の、疼痛閾値を測定するために機械圧力をかけた、坐骨神経の緩い圧迫(CCI)によって負傷させたラットの後肢(図5A、図6A)および負傷させていないラットの後肢に対する遅効性抗過敏化効果を示している。
【0058】
分かるように、混合物BおよびCならびに50%混合物の場合、N2Oの投与を、連続して3回(1日あたり1回の投与)、各吸引で1時間15分にわたって行うことは、長続きする遅効性の痛覚過敏症低減を達成することを可能にし、これは、発現し、最初の投与から約24時間後に認めることができ、最後の吸引のあと1週間近く発現し続ける。一方、混合物A(12.5%N2O)は、この場合において、コントロール(空気)との大きな差を示さず、少なくとも15体積%のN2O濃度をラットに使用することが好ましいことが確認される。
【0059】
さらに、これらの試験から、30分より長い、たとえば1時間のN2O吸引を行うことが有利であることも分かる。実際、30分より長い吸引を行うことは、所望の抗過敏化効果を高めることを可能にする。
【0060】
これは、痛み閾値を測定するために機械圧力をかけた、坐骨神経の緩い圧迫(CCI)によって負傷させたラットの後肢(図7A)および負傷させていないラットの後肢(図7B)に対しての50%N2Oを含有する混合物および空気(コントロール)についての図7Aおよび図7Bに示されている。
【0061】
分かるように、50%混合物の場合、1時間にわたるN2Oの投与は、長続きする遅効性痛覚過敏症低減、すなわち抗過敏化効果を得ることを可能にし、これは、最初の吸引から約24時間後に発現し認められ、最後の吸引のあと1週間近くにわたって発現し続ける。
【0062】
したがって、本発明によると、哺乳類の慢性疼痛の治療処置のために、50%未満、典型的には48%未満、有利には15%ないし45%の体積割合で一酸化二窒素(N2O)を含有するガスを使用することが好ましく、このガス混合物は、遅効性の痛覚過敏症低減、すなわち、遅効性の抗過敏化効果を得るのに十分な期間にわたって投与され、この効果は、前記哺乳類、特にヒトによるこのガス混合物の吸引の終了から、少なくとも6時間後、一般には少なくとも12ないし24時間後に認めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図6A】
【図6B】
【図7A】
【図7B】

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳類の慢性疼痛の治療処置のための吸引可能薬剤として使用するための、15体積%ないし45体積%の割合の一酸化二窒素(N2O)を含有するガス混合物であって、前記ガス混合物は、前記哺乳類による該ガス混合物の吸引終了から少なくとも6時間後に認められうる遅効性の痛覚過敏症低減を達成するのに十分な期間にわたって投与されるガス混合物。
【請求項2】
前記哺乳類がヒトであることを特徴とする請求項1に記載のガス混合物。
【請求項3】
前記ガス混合物中のN2Oの前記割合が、少なくとも20体積%であり、好ましくは少なくとも25体積%であることを特徴とする請求項1または2に記載のガス混合物。
【請求項4】
前記ガス混合物が、該ガス混合物の吸引による投与の期間の少なくとも一部にわたって鎮痛効果が得られかつ前記哺乳類による該ガス混合物の吸引の終了のあとに遅効性抗過敏化効果が得られるのに十分な期間にわたって投与されることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載のガス混合物。
【請求項5】
前記ガス混合物は、少なくとも20分間、好ましくは少なくとも30分間の期間にわたって投与されることを特徴とする請求項4に記載のガス混合物。
【請求項6】
前記ガス混合物は、該ガス混合物の吸引の終了から少なくとも12時間後に発現しかつ認められうる遅効性抗過敏化効果を得るのに十分な期間にわたって投与されることを特徴とする請求項4に記載のガス混合物。
【請求項7】
前記ガス混合物は、該ガス混合物の吸引の終了から少なくとも24時間後に発現しかつ認められうる遅効性抗過敏化効果を得るのに十分な期間にわたって投与されることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1項に記載のガス混合物。
【請求項8】
前記ガス混合物が20体積%ないし60体積%の酸素さらに含有することを特徴とする請求項1ないし7のいずれか1項に記載のガス混合物。
【請求項9】
前記ガス混合物が、15体積%ないし45体積%のN2Oと少なくとも20体積%の酸素とから構成されており、キセノン、アルゴン、ヘリウム、ネオン、クリプトンおよび窒素を含有することを特徴とする請求項1ないし8のいずれか1項に記載のガス混合物。
【請求項10】
前記ガス混合物が、15体積%ないし45体積%のN2Oと21体積%ないし60体積%の酸素とから構成されており、残部が窒素であることを特徴とする請求項1ないし9のいずれか1項に記載のガス混合物。
【請求項11】
前記神経障害に由来する疼痛が、帯状疱疹後の疼痛、糖尿病性神経障害を原因とする疼痛、中枢性の疼痛、脳卒中後の疼痛、多発性硬化症を原因とする疼痛、延髄性外傷を原因とする神経因性疼痛、AIDSまたはその治療に関連する神経因性疼痛、癌に関連する神経因性疼痛、化学療法に関連する神経因性疼痛、神経路に損傷を与えた外科的活動に関連する神経因性疼痛、および手術後の神経因性疼痛から選択されることを特徴とする請求項1ないし10のいずれか1項に記載のガス混合物。
【請求項12】
前記炎症に由来する疼痛が、関節症、関節炎または椎間板ヘルニアに関することを特徴とすることを特徴とする請求項1ないし11のいずれか1項に記載のガス混合物。
【請求項13】
鎮痛薬と組み合わせて投与されることを特徴とする請求項1ないし12のいずれか1項に記載のガス混合物。
【請求項14】
前記機能不全に由来する疼痛が、線維筋痛、過敏性大腸症候群または頭痛に関することを特徴とする請求項1ないし13のいずれか1項に記載のガス混合物。
【請求項15】
前記痛覚過敏症が、アロディニアおよび痛覚過敏から選択されることを特徴とする請求項1ないし14のいずれか1項に記載のガス混合物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7A】
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【図7B】
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【公表番号】特表2012−525360(P2012−525360A)
【公表日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−507797(P2012−507797)
【出願日】平成22年4月12日(2010.4.12)
【国際出願番号】PCT/FR2010/050697
【国際公開番号】WO2010/125271
【国際公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【出願人】(591036572)レール・リキード−ソシエテ・アノニム・プール・レテュード・エ・レクスプロワタシオン・デ・プロセデ・ジョルジュ・クロード (438)
【Fターム(参考)】