説明

成分分析用液体試料の作成方法

【課題】 フィルタに捕集したPMを妨害物質等による影響及び成分の一部をロスするおそれのない状態で、かつ、効率よく抽出して所定の成分分析を高精度に行える液体試料を容易に作成することができるようにする。
【解決手段】 フッ素系樹脂製多孔質薄膜の一面側に通気性不織布を積層し補強してなるフィルタを用いてPMを捕集した後、このフィルタの一部で質量及び大きさが計測されたフィルタ断片3aを硝酸水溶液を収容した管状容器9の内壁面に貼付けた状態で管状容器9に超音波振動を付与することにより、フィルタ断片3aから捕集PMを脱離させてPMが懸濁状態の溶液14を作成し、この作成した溶液14をICP発光分光分析装置への導入液体試料として用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば大気中に浮遊する粒子状物質(以下、SPMというものを含む)や各種の排ガス等に含有されている粒子状物質のうち、特に粒子径が10μm以下の微小PMあるいは粒子径が2.5μm以下のPMをフィルタにより捕集し、このフィルタに捕集した微小PM中の含有成分を、例えば高周波誘導結合プラズマ(以下、ICPという)発光分光分析やICP質量分析等の成分分析装置を用いて定性・定量分析する場合の前処理として、前記フィルタに捕集された微小PMを溶液中に溶出(抽出)させて前記成分分析装置への導入が可能な液体試料を作成する成分分析用液体試料の作成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大気中等の微小PMをフィルタにより捕集し、その捕集により形成される測定スポットにβ線を照射し、その透過光を検出することによってPM質量を測定するβ線吸収方式は従来より周知であるが、このβ線吸収方式の質量測定に用いられるフィルタは、ガラス繊維製であるために、ICP等の成分分析装置へ導入される液体試料を得るべくフィルタに捕集されたPMを溶液中に溶出させる際、そのフィルタに含まれている妨害物質が多く溶出されることになり、所定の定性・定量分析を正常に行うことができない。
【0003】
また、例えばローボリュームサンプラー等の手動式サンプラーを用い、サンプリング管内に連続的に吸引したサンプルガスを前記サンプリング管の下流側に設置したフッ素系樹脂よりなるフィルタに通過させてPMを捕集させ、このPMを捕集したフィルタに超音波振動を付与することにより、PMをフィルタから脱離させ、この脱離したPMを溶液に懸濁させることによって、成分分析用液体試料を作成することも試みたが、この場合は、フィルタ自体が帯電しやすいために、その帯電によって捕集したPMが脱離しにくい上に、PM以外の不要物(妨害物質)も吸着し、それが液体試料中に混入するので、所定の定性・定量分析の精度が低下することは避けられない。
【0004】
そこで、ICP等の成分分析装置への導入液体試料の作成方法として、従来一般的には、図8の概要工程図で示すように、PMを捕集したフッ素系樹脂製フィルタ21の断片を、フッ素樹脂ビーカ等の容器に入れてPMをフッ化水素(HF)、過塩素酸(HClO4 )、硝酸(HNO3 )の混合液という非常に強い酸や超音波振動等を用いて溶解(分解)した後、加熱して乾燥固化させ、その固化物25を硝酸(HNO3 )及び水(H2 O)の混合液で希釈して所定の成分分析用液体試料26を作成する方法が採用されていた(例えば、非特許文献1参照)。
【0005】
【非特許文献1】「浮遊粒子状物質汚染予測マニュアル」、監修 環境庁大気保全局大気規制課、著者 浮遊粒子状物質対策検討会、発行 株式会社東洋館出版社
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した従来一般的な液体試料の作成方法では、強い酸の使用によってPM成分の一部をロスすることなく、濾過フィルタ24の使用及び複数の容器の使い分けが必要であるために、非常に特殊な技術を要して作成効率が悪いとともに、妨害物質等によるコンタミの影響を受けやすく、所定の定性・定量分析に誤差を発生して精度の高い分析を行うことができない。特に、金属元素等の微小量のPM成分の場合には誤差が大き過ぎて精度のよい分析が行えないという問題があった。
【0007】
本発明は上記のような実情に鑑みてなされたもので、その目的は、フィルタに捕集したPMを妨害物質等による影響及びコンタミの影響を受けにくい状態で、かつ、効率よく抽出して所定の成分分析を高精度に行える液体試料を容易に作成することができる成分分析用液体試料の作成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係る成分分析用液体試料の作成方法は、フッ素系樹脂製多孔質層の一面側に通気性補強層を積層してなるフィルタを用いて粒子状物質を捕集した後、このフィルタの一部で質量及び大きさが計測されたフィルタ断片を溶液が収容された管状容器の内壁面に貼付け、次に、その管状容器に超音波振動を付与して前記フィルタ断片から捕集粒子状物質を脱離させて粒子状物質が懸濁状態の溶液を作成し、この作成した溶液を成分分析装置への導入液体試料として用いることを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
上記のような特徴を有する本発明によれば、フッ素系樹脂製多孔質層を通気性補強層の積層により補強支持させることで、多孔質層の薄膜化を可能として捕集PMのリリース性に優れたフィルタを用いているので、PM捕集後にそのフィルタの断片を内壁面に貼付け、かつ、溶液が収容された管状容器に超音波振動を付与するだけで、捕集PMの全てを脱離させてPMが懸濁状態の溶液、つまりは、成分分析装置へ導入可能な液体試料を前記管状容器内に作成することができる。したがって、冒述した従来一般的な作成方法の場合に必要であった濾過フィルタや複数の容器の使い分けといった非常に特殊な技術が全く不要で成分分析用液体試料の作成効率の著しい向上を図ることができるとともに、妨害物質等によるコンタミの影響をなくすることができる。しかも、強い酸の使用が不要であるから、PM成分の一部をロスするおそれもなく、所定の定性・定量分析を誤差なく非常に高精度に行うことができ、特に、金属元素等の微小量のPM成分の分析にも十分に適用することができるという効果を奏する。
【0010】
本発明に係る成分分析用液体試料の作成方法において、請求項2に記載のように、前記超音波振動の付与により粒子状物質が懸濁された溶液に、界面活性剤を入れて均一なエマルジョン溶液とすることにより、この溶液を成分分析装置に導入して行われる成分分析をより高効率かつ高精度に行うことができる。
【0011】
また、本発明に係る成分分析用液体試料の作成方法において、請求項3に記載のように、前記管状容器に収容する溶液として、水もしくは希釈硝酸といった弱い酸を使用することにより、フィルタ断片に捕集されているPMを、酸分解と超音波振動との相乗作用によって一層確実かつ効率的に脱離させることができる。
【0012】
また、本発明に係る成分分析用液体試料の作成方法に用いるフィルタにおける通気性補強層として、請求項4に記載のように、帯電性の低い多孔質樹脂材料を素材とする不織布によって構成されたものを使用することが望ましい。この場合は、補強層自体が帯電防止効果(除電効果)を有しているので、大気中の不要物などの吸着を防止し、成分分析における妨害物質が溶液に混入する事態を避けることができ、分析精度の一層の向上を図ることができる。
【0013】
さらに、本発明方法により作成された液体試料を導入し成分分析を行う装置としては、請求項5に記載のように、液体試料をネブライザーで霧化するとともに、その霧化試料を高周波プラズマとの接触により励起発光またはイオン化して液体試料中の成分を分光分析または質量分析する高周波プラズマ利用の分析装置が好適であるが、それ以外の、例えばPIXE分析装置やイオンクロマト分析装置等にも適用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明に係る成分分析用液体試料の作成方法の一実施例を、工程順に図面を参照しながら説明する。
第1工程:
図1に示すように、フッ素系樹脂製多孔質薄膜1の一面側に通気性補強層2を積層してなるフィルタ3を用いてサンプルガスS中に含まれているPMを捕集する。このPMの捕集に用いるフィルタ3は、図5(A)および(B)に示すように、例えば四フッ化エチレン樹脂等のフッ素系樹脂によって、例えば平面視円形に形成されたフィルム状の多孔質薄膜1と、帯電性の低い多孔質樹脂材料、例えばポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ナイロン、ポリエステル、ポリアミドのいずれか一つまたは複数を素材とする吸湿性の低い不織布によって平面視円形に構成された通気性補強層2とを2層構造に積層してなる。
【0015】
上記のようなフィルタ3は、図6に示すように、中央部に他の部分よりも一段低くしてその周縁部に環状部分4a、その中央部にサンプルガス通過用の複数の貫通孔4b、さらに、変形防止用のブリッジ4cを有する円形状のフィルタ載置部4が形成されている平面視ほぼ長方形の板状ベースプレート5と、そのほぼ中央部に前記ベースプレート5の載置部4よりも若干小さい円形状の貫通孔6が形成されている平面視ほぼ長方形の板状押えプレート7との間に挟持固定させるように、フィルタユニット8に組み込まれる。そして、このフィルタユニット8をサンプラー(これは手動式、ターンテーブル等を用いた駆動式のいずれでもよいが、それらはいずれも周知のため、図示省略する)に装填してサンプルガスSを当該フィルタ3に通過させることにより、PMを捕集する。
【0016】
第2工程:
図2に示すように、試験管タイプの管状容器9内に、水もしくは1%濃度の硝酸(HNO3 )5〜10mlの硝酸水溶液10を収容し、その硝酸水溶液10に浸漬される状態で前記フィルタ3の一部を切断したフィルタ断片3aを管状容器9の内壁面に貼付ける。この際、前記フィルタ断片3aの質量及び大きさ(容積)は予め計測されている。
【0017】
第3工程:
次に、図3に示すように、圧電振動子や磁歪振動子等の超音波発振器12を取り付けた容器11内に水等の液体13を収納し、その液体13中に前記管状容器9を挿入した状態で、前記超音波発振器12を10〜20分間作動して液体13を伝達媒体として管状容器9に超音波振動を付与することにより、前記フィルタ断片3aに捕集されているPMをそのフィルタ断片3aから脱離させ、PMが完全に脱離したことを確認することによって、管状容器9内にPMが懸濁状態の溶液14を作成する。
【0018】
第4工程:
最後に、図4に示すように、SPMが懸濁された溶液14に、界面活性剤15、特に、Triton X−100(Acros Organ社製、USA)の1%溶液を100μl添加することにより、均一なエマルジョン溶液14’とする。
【0019】
上記のように、フッ素系樹脂製多孔質薄膜1の一面側に通気性補強層2を積層してなるリリース性に優れたフィルタ3を用いることにより、PM捕集後のフィルタ断片3aを内壁面に貼付けた管状容器9に超音波振動を付与するだけで、捕集PMの全てを脱離させてPMが懸濁された均一エマルジョンの溶液14を、濾過フィルタや複数の容器の使い分けといった非常に特殊な技術を要することなく、容易かつ効率的に作成することができるとともに、妨害物質等によるコンタミの影響もなくすることができる。また、強い酸は使用していないので、PM成分の一部をロスするおそれもなく、所定の定性・定量分析を誤差なく非常に高精度に行える液体試料を得ることができる。
【0020】
そして、上記のようにして作成されたエマルジョン溶液14’を、液体試料として用いられる成分分析装置の代表的なものの一つにICP発光分光分析装置がある。以下、そのICP発光分光分析装置について簡単に説明する。
【0021】
図7は、ICP発光分光分析装置Aの概略構成図であり、前記管状容器9から移入されて試料容器16内に貯溜されている液体試料(溶液)14’はベリスタリックポンプ17により可撓性チューブ33を経てネブライザー18に供給され、このネブライザー18のチャンバー19内で霧化された後、その霧化試料は搬送管20を経由してプラズマトーチ31に導入され、このプラズマトーチ31の周囲に取り巻き配置された高周波コイル32の高周波磁界によって霧化試料が励起発光される。この発光を図示していない測光手段により測定することで、PM成分の定量分析が行われる。
【0022】
液体試料14の成分分析装置としては、上述したICP発光分光分析装置に限らず、ネプライザー19で噴霧され、高エネルギー化した高周波プラズマによってイオン化した試料を質量分析するICP質量分析装置にも、さらに、PIXE分析装置やイオンクロマト分析装置にも適用可能である。
【0023】
因みに、本発明者らは、本発明方法に使用した2層構造のフィルタ3及び従来から使用されている単層構造のフッ素系樹脂製フィルタそれぞれに超音波振動を付与したときの捕集PMのリリース性の実験、並びに、それらフィルタから離脱したPMを溶出した溶液をICP発光分光分析装置に導入する定量分析の確認試験を行い、それぞれ次のような結果を得た。
【0024】
1.標準サンプル
National Institute of Standards & Technology( NIST)製
Standard Reference MaterialR 2783(Air Partioulate on Filter on Filter Media)
2.試験結果
【0025】
【表1】

【0026】
3.考察
以上の試験結果からも明らかなとおり、本発明の成分分析用液体試料の作成方法による前処理を行ったNISTの標準サンプルから、大気環境で重要視される10元素をICP発光分光分析装置で定量することが可能であることが確認された。
【0027】
なお、上記実施例における第2工程〜第4工程のうち、第4工程は省略してもよい。また、管状容器9内に、水もしくは1%濃度の硝酸(HNO3 )5〜10mlの硝酸水溶液10を収容する代わりに、濃硝酸0.5〜1mlを入れて超音波振動を付与し、その後に、超純水で5〜10mlにメスアップした溶液を成分分析装置に導入する液体試料として用いてもよい。
【0028】
また、上記実施例では、フィルタ3における通気性補強層2として、例えばポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ナイロン、ポリエステル、ポリアミドのいずれか一つまたは複数を素材とする帯電性及び吸湿性の低い不織布によって構成されたものを使用したが、必ずしもそれに限定されるものでなく、フッ素系樹脂製多孔質薄膜1を補強でき、かつ、通気性に優れた素材から構成されたものであればよい。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明に係る成分分析用液体試料の作成方法の一実施例における第1工程を示す概要図である。
【図2】同上実施例における第2工程を示す概要図である。
【図3】同上実施例における第3工程を示す概要図である。
【図4】同上実施例における第4工程を示す概要図である。
【図5】(A)および(B)は、本発明方法に用いるフィルタの構成を概略的に示す斜視図である。
【図6】同上フィルタが組み込まれたフィルタユニットの構成を概略的に示す斜視図である。
【図7】成分分析装置の一例となるICP発光分光分析装置の概略構成図である。
【図8】従来一般的に採用されている成分分析用液体試料の作成方法を示す概要工程図である。
【符号の説明】
【0030】
1 フッ素系樹脂製多孔質薄膜
2 通気性補強層(不織布)
3 PM捕集用フィルタ
3a フィルタ断片
9 管状容器
14 懸濁状態の溶液
14’ エマルジョン溶液
18 ネブライザー
A ICP発光分光分析装置


【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素系樹脂製多孔質層の一面側に通気性補強層を積層してなるフィルタを用いて粒子状物質を捕集した後、このフィルタの一部で質量及び大きさが計測されたフィルタ断片を溶液が収容された管状容器の内壁面に貼付け、次に、その管状容器に超音波振動を付与して前記フィルタ断片から捕集粒子状物質を脱離させて粒子状物質が懸濁状態の溶液を作成し、この作成した溶液を成分分析装置への導入液体試料として用いることを特徴とする成分分析用液体試料の作成方法。
【請求項2】
前記超音波振動の付与により粒子状物質が懸濁された溶液に、界面活性剤を入れて均一なエマルジョン溶液とする請求項1に記載の成分分析用液体試料の作成方法。
【請求項3】
前記管状容器に収容する溶液として、水もしくは希釈硝酸を使用する請求項1または2に記載の成分分析用液体試料の作成方法。
【請求項4】
前記フィルタにおける通気性補強層として、帯電性の低い多孔質樹脂材料を素材とする不織布によって構成されたものを使用する請求項1ないし3のいずれかに記載の成分分析用液体試料の作成方法。
【請求項5】
前記成分分析装置として、作成された液体試料をネブライザーで霧化するとともに、その霧化試料を高周波プラズマとの接触により励起発光またはイオン化して液体試料中の成分を分光分析または質量分析する高周波プラズマ利用の分析装置を使用する請求項1ないし4のいずれかに記載の成分分析用液体試料の作成方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2006−126111(P2006−126111A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−317699(P2004−317699)
【出願日】平成16年11月1日(2004.11.1)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)
【Fターム(参考)】