説明

抄紙用ポリフェニレンサルファイド繊維およびその製造方法

【課題】非晶質ポリフェニレンサルファイド繊維において、熱収縮率の小さく、水分散性も良好な抄紙用ポリフェニレンサルファイ繊維の製造方法を提供する。
【解決手段】溶融紡糸した繊維を延伸も熱固定処理もすることなく得られた非晶質ポリフェニレンサルファイド繊維を80℃〜95℃の温度範囲で熱処理することを特徴とする抄紙用ポリフェニレンサルファイド繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抄紙用ポリフェニレンサルファイド繊維およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
耐熱性、耐薬品性に優れたポリフェニレンサルファイド(以下、PPSという)繊維を用いた不織布は様々な用途に使用されている。特に、湿式不織布では、バインダーとして未延伸PPS繊維(非晶質PPS繊維)を活用した技術が開示されている(特許文献1、2)。
【0003】
しかし、非晶質PPS繊維は高温での熱収縮率が大きい等寸法安定性に劣るため、抄紙工程での乾燥時に収縮するなど、湿式不織布にしわやふくれや乾燥ムラ等が発生してしまい、良好な湿式不織布が得られないという問題があった。
【特許文献1】特開平07−189169号公報
【特許文献2】特開平09−67786号公報
【特許文献3】特開2007−39840号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、非晶質PPS繊維において、熱収縮率の小さく、かつ、水分散性が良好な抄紙用PPS繊維およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、溶融紡糸した後、延伸及び熱固定処理することなく得られた非晶質PPS繊維を80℃〜95℃の温度範囲で熱処理することを特徴とする抄紙用PPS繊維の製造方法、および、当該製造製法で得られたPPS繊維であって、結晶化熱量が10J/g以上、150℃×30分の乾熱収縮率が35%以下であることを特徴とする抄紙用PPS繊維である。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、非晶質PPS繊維において、熱収縮率の小さく、水分散性も良好な抄紙用PPS繊維およびその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の抄紙用PPS繊維の製造方法は、溶融紡糸した繊維を延伸も熱固定処理もすることなく得られた非晶質PPS繊維を80℃〜95℃の温度範囲で熱処理することを特徴とするものである。非晶質PPS繊維は、加熱すると容易に軟化するので湿式不織布のバインダーとして用いることができる。
【0008】
ここで、PPSは、繰り返し単位としてp−フェニレンサルファイド単位やm−フェニレンサルファイド単位などのフェニレンサルファイド単位を含有するポリマーである。PPSは、これらのいずれかの単位のホモポリマーでもよいし、両方の単位を有する共重合体でもよい。また、他の芳香族サルファイドとの共重合体であってもよい。
【0009】
また、PPSの重量平均分子量としては、40,000〜60,000が好ましい。40,000以上とすることで、PPS繊維として良好な力学的特性を得ることができる。また、60,000以下とすることで、溶融紡糸の溶液の粘度を抑え、特殊な高耐圧仕様の紡糸設備を必要とせずに済む。
【0010】
溶融紡糸した繊維であって、延伸及び熱固定処理することなく得られた非晶質PPS繊維とは、PPSポリマーをエクストルダー型紡糸機等で口金を通じて溶融紡糸したものであって、実質的に延伸することなく、かつ、結晶化温度以上で熱固定処理を施すことのないPPS繊維のことをいう。このようにして得られた非晶質PPS繊維を、結晶化温度未満の80℃〜95℃の温度範囲で熱処理することが本発明の製造方法の特徴であり、これにより特に抄紙用として好適なPPS繊維を得ることができる。熱固定処理とは結晶化温度以上で熱処理して非晶質状態から結晶化状態に処理することをいう。また、実質的に延伸することなくとは、製糸工程で工程上自然と発生する延伸は含まない。しかし、乾熱収縮の抑制の観点から、製糸工程での自発的な延伸は1.2倍以下であることが好ましい。
【0011】
熱処理の温度範囲はPPS繊維の結晶化温度未満の80℃〜95℃であることが重要である。この温度範囲で熱処理することにより、非晶質PPS繊維を結晶化させずに予め適度に熱収縮することができる。この熱処理を施して得られたPPS繊維は結晶化していないので、温度を上げたときに軟化しやすく、例えば、抄紙の乾燥工程で軟化して湿式不織布を構成する繊維間同士で融着するので、従来どおりバインダーとして用いることができる。また、予め適度に熱収縮しているため、抄紙の乾燥工程等での収縮が抑制でき、しわ、膨れ等を小さくすることができる。
また、抄紙時には、繊維を水に分散させる必要があり、均一に分散することで地合いの良い紙を得ることができるが、本発明のPPS繊維は95℃以下で熱処理することで繊維間での融着も進んでいないため、繊維の水分散性も良好となり、地合いの良い紙を得ることができることから、本発明のPPS繊維は特に抄紙に適しているのである。
【0012】
熱処理する手段としては、ホットローラー等との接触によるものや、熱風、スチーム等によるバンドドライヤーや乾燥機等による加熱、赤外線照射、湯浴等いかなる手段であってもよい。また、熱処理をする糸の状態としては、トウのように連続した糸の状態でもよいし、予めカットしたカットファイバーの状態で施してもよい。処理工程としては、上記したホットローラーやバンドドライヤーのように連続した工程で行ってもよいし、一定量を乾燥機等に投入するようなバッチ式で行ってもよい。生産効率の良さから連続工程で行うほうが好ましい。
【0013】
本発明の熱処理は、PPS繊維に概ね張力を付与せずに行うことが重要である。張力を付与して熱処理すると、熱処理時の熱収縮が十分でなく、抄紙工程の乾燥などで高温になったときの熱収縮が大きくなるので、しわ、膨れ等が発生してしまう。概ね張力を付与しないとは、バンドドライヤーや乾燥機等で熱処理する場合には、ネットやバットなどの上に無張力の状態で置くことをいい、また、ホットローラーや湯浴等に繊維を通過させときには繊維がたるんで工程を通過しなくならない程度に調整することをいう。
【0014】
また、熱処理時間は、熱処理装置の能力および繊維への熱伝導効率によって決定されるが、本発明の物性を損なわない範囲であれば問題ない。結晶化抑制効果を十分に発現させるためには高温時は出来るだけ短時間にしたほうが好ましい。しかし、短時間過ぎると熱処理による低収縮化の効果が発現しないため、好ましい熱処理時間は0.01sec以上2時間以下である。
【0015】
上記のようにして結晶化熱量10J/g以上で、140℃×30分の乾熱収縮率が35%以下である抄紙用PPS繊維を得ることができる。
【0016】
結晶化熱量は、10J/g以上、さらには15J/g以上、さらに好ましくは20J/g以上がよい。結晶化熱量が10J/g未満では、結晶化していない部分が少なすぎて乾燥工程等で軟化が不十分で融着しにくく、抄紙のバインダーとしての機能が十分でない。
【0017】
ここで、結晶化熱量の測定はPPS繊維サンプルを約2mg精秤し、示差走査熱量計(島津製作所製、DSC−60)で窒素下、昇温速度10℃/分で昇温し、観察される主発熱ピークの発熱量を測定することにより行った。
【0018】
乾熱収縮率は35%以下が良く、さらに好ましくは20%以下、さらには15%以下がよい。35%よりも大きい場合は、乾熱収縮率が大きすぎて、乾燥工程などで温度が上がったときの収縮が大きくなりすぎて、しわ・膨れが発生したりして、良好な湿式不織布を得ることができない。乾熱収縮率の下限は特に限定するものではなく、小さければ小さいほどよい。よって、0〜35%であることが良い。
【0019】
乾熱収縮率は、JIS L 1013:1999 8.18.2 かせ収縮率(A法)に拠って測定した。
【0020】
すなわち、枠周1.125mの検尺機を用いて、120回/minの速度で試料を巻き返し、巻き数20回の小かせを作り、0.088cN/dtexの荷重をかけてかせ長を測った。次に荷重を外し、収縮が妨げられないような方法で140℃の乾燥機中に吊り下げ30分間放置後取り出し、室温まで放置後、再び0.088cN/dtexの荷重をかけてかせ長を測り、次の式によって乾熱収縮率(%)を求め、5回の平均値を算出した。
Sd=[(L―L1)/L]×100
ここに、Sd:乾熱収縮率(%)
L:乾燥前の長さ(mm)
L1:乾燥後の長さ(mm)
本発明のPPS繊維の直径は、抄紙原液中での繊維の分散性を向上し、地合いの良い紙を得る目的で30μm以下が好ましい。より好ましくは25μm以下、最も好ましくは20μm以下である。なお、通常の直接紡糸法によって得られる繊維直径の下限としては5μm程度である。
【0021】
また、PPS繊維の捲縮の有無は限定されない。また、捲縮を有する繊維と有しない繊維を混合してもよい。捲縮の有無については、有するものと有しないものとのそれぞれに利点があるためである。捲縮を有するPPS繊維は、繊維同士の絡合性が向上して強度の優れた湿式不織布を得るのに適している。一方、捲縮を有しないPPS繊維は、ムラが小さい均一な湿式不織布を得るのに適している。したがって、用途に応じてPPS繊維に捲縮を施すか否か判断すればよい。捲縮を付与する場合には、一般的に用いられる押し込み式クリンパー等を用いて付与することができる。紙の強度向上と抄紙原液中での繊維同士の絡まりを抑制する目的で捲縮数としては4山/25mm以上、18山/25mm以下が好ましい。なお、捲縮の付与は、80〜95℃の熱処理の前に行ってもよいし、熱処理の後に行ってもよい。
【0022】
また、繊維長としては1〜15mmが好ましい。より好ましくは1〜7mmである。1mm以上とすることで、繊維同士の絡合力が増し、湿式不織布の強度を高くすることができる。また15mm以下とすることで、繊維同士が絡合してダマになるなどして目付けムラ等が生じるのを防ぐことができる。
【0023】
さらに、工程通過性を向上するためや抄紙用に水分散性を向上するために油剤等を付与しても構わない。
【実施例】
【0024】
[測定・評価方法]
(1)結晶化熱量
PPS繊維サンプルを約2mg精秤し、示差走査熱量計(島津製作所製、DSC−60)で窒素下、昇温速度10℃/分で昇温し、観察される主発熱ピークの発熱量を測定することにより行った。
【0025】
(2)乾熱収縮率
JIS L 1013:1999 8.18.2 かせ収縮率(A法)に拠って測定した。
枠周1.125mの検尺機を用いて、120回/minの速度で試料を巻き返し、巻き数20回の小かせを作り、0.088cN/dtexの荷重をかけてかせ長を測った。次に荷重を外し、収縮が妨げられないような方法で140℃の乾燥機中に吊り下げ30分間放置後取り出し、室温まで放置後、再び0.088cN/dtexの荷重をかけてかせ長を測り、次の式によって乾熱収縮率(%)を求め、5回の平均値を算出した。
Sd=[(L―L1)/L]×100
ここに、Sd:乾熱収縮率(%)
L:乾燥前の長さ(mm)
L1:乾燥後の長さ(mm)。
【0026】
(3)水分散性
約1リットルの水に約1gのPPS繊維サンプルを投入し、ミキサー(オスター社製「オスターブレンダーOB−1」)に投入し、13600rpmで攪拌し、繊維束の有無を目視で確認した。
○:15秒間攪拌した後、ほぼ繊維束がなくなっていた。
×:15秒間攪拌した後、繊維束が残った状態であった。
【0027】
(4)抄紙性テスト
東レ(株)社製‘トルコン(登録商標)’、品番S301(PPS延伸糸、熱固定あり、単繊維繊度1dtex、捲縮数13山/25mm、カット長6mm)と実施例または比較例で得られたPPS繊維とを15:85の重量比率で混合し、繊維濃度約1重量%の水分散液を調合し、手漉き抄紙機(熊谷理機工業(株)社製角型シートマシン自動クーチン付き)を用い目付100g/mの湿式不織布を得、クーチング処理をした。該不織布を、未乾燥のまま熊谷理機工業(株)社製KRK回転型乾燥機(標準型)に投入し、温度120℃、処理時間約2.5min/回で処理を行い湿式不織布のシワ(乾燥工程通過性)と乾燥後の紙力(紙力)を確認した。乾燥工程通過性では乾燥時のシワについて、収縮シワが少なく連続抄紙可能な程度のものは○、収縮シワや剥がれが発生し連続抄紙不可と推測されるものは×とした。また、紙力についても繊維間で融着して連続抄紙可能と思われるもの○、紙力弱く切断さ推測され連続抄紙不可と推測されるものは×とした。
【0028】
[実施例1〜4、比較例1〜5]
(熱処理)
東レ(株)社製‘トルコン(登録商標)’、品番S111(PPS未延伸糸、熱固定処理なし、単繊維繊度3dtex、捲縮数6山/25mm)50gを表1に記載された所定の温度に予めセットした熱風乾燥機(ヤマト科学(株)社製送風定温恒温機DKN601)に投入し、所定の時間熱処理し取り出したあと、水分散性、抄紙性を評価すべく6mmの長さにギロチンカッターでカットした。乾熱収縮率は長繊維の状態で用いた。
【0029】
なお、比較例1はS111に特に熱処理を施さなかったものを用いた。
【0030】
比較例5は、30cm角の木枠に一定量のS111を巻きつけて固定し、熱収縮を抑制して定長状態で熱処理を施した。
【0031】
(評価結果)
上記のようにして熱処理した繊維サンプルについて、カットファイバーを用いて結晶化熱量、水分散性、抄紙性(乾燥工程通過性、紙力)を、長繊維を所定の長さに切り、乾熱収縮率を測定し、その結果を表1にまとめた。
【0032】
【表1】

【0033】
実施例1〜5の熱処理温度では、結晶化熱量も大きく、乾熱収縮率も小さく、かつ、水分散性も良好な抄紙用PPS繊維を得ることができ、得られた湿式不織布も乾燥工程でのしわが改善でき、かつ、得られた湿式不織布の紙力も十分に強かった。一方、比較例1〜6は、比較例1、2は乾熱収縮率が大きすぎ、乾燥工程でしわが発生した。比較例3〜5は繊維同士の融着が進み、水分散性が悪かった。さらに、結晶化熱量も小さく繊維間の接着力が小さく、得られた紙の紙力が弱く連続抄紙は不可と考えられる。比較例6は、乾熱収縮率が大きく、乾燥工程でしわが発生した。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の抄紙用PPS繊維は、湿式不織布に用いるPPS繊維、特に、湿式不織布のバインダーとして利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融紡糸した後、延伸及び熱固定処理することなく得られた非晶質ポリフェニレンサルファイド繊維を80℃〜95℃の温度範囲で熱処理することを特徴とする抄紙用ポリフェニレンサルファイド繊維の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理を、張力を付与せずに行うことを特徴とする請求項1に記載の抄紙用ポリフェニレンサルファイド繊維の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の製造方法で得られたポリフェニレンサルファイド繊維であって、結晶化熱量が10J/g以上、140℃×30分の乾熱収縮率が35%以下であることを特徴とする抄紙用ポリフェニレンサルファイド繊維。
【請求項4】
繊維長が1〜15mmであることをする請求項3に記載の抄紙用ポリフェニレンサルファイド繊維。

【公開番号】特開2010−77544(P2010−77544A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−243854(P2008−243854)
【出願日】平成20年9月24日(2008.9.24)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】