説明

抗うつ病薬のスクリーニング方法

【課題】向精神病薬のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】向精神病薬のスクリーニング方法であって:(i)うつ病モデル動物に行動課題を複数回行わせる工程;(ii)報酬量Rn及びエラー率enの行動データ群(R,e)を得る工程;(iii)平均行動データ群を得る工程;(iv)該平均行動データ群(R,E)を、最小自乗法により数理モデルに当てはめ、報酬感受性a及びコスト感受性bを算出する工程;及び(v)該報酬感受性a及び/又はコスト感受性bを、向精神病薬の候補物質投与前後において比較する工程;を含む。向精神病薬の候補物質投与前と比べて、当該投与後の報酬感受性aの増加及び/又はコスト感受性bの減少は、向精神病薬としての活性を有することを示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗うつ病薬のスクリーニング方法に関する。特に、本発明は、意欲低下の改善に有効な抗うつ病薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
うつ病とは、悲しみ、孤独、絶望、低い自己評価、自責感を特徴とする一時的な精神状態ないし慢性的な脳神経精神疾患であり、意欲低下、精神運動制止,頻回ではない焦躁、社会からの引きこもり、植物神経症状(食欲低下,不眠など)などの様々な症状を伴う。これらの症状は抗うつ病薬の投与によって改善すると考えられている。しかしながら、それら薬剤の臨床治験では、その40%以上にプラセボ効果が認められることから真に有効な薬理効果があるのかは定かではない。
このことから、うつ病に対する薬剤の薬効を評価するためには、実験動物によるスクリーニングテストが不可欠である。通常、スクリーニングテストは、明確な指標が必要であり、臨床効果を有する薬物がその指標に対して有効となる感受性の高さが求められる。
【0003】
実験動物による抗うつ病薬のスクリーニングテストとして様々な方法が存在する(特許文献1及び特許文献2)。現在、最も広く行われているものとして、Porsoltらにより提唱された強制水泳試験がある(非特許文献1)。これは、マウス又はラットを逃避不可能な水槽で強制的に水泳させた場合に呈する無動状態の時間を指標として、その短縮の程度を抗うつ薬の効果として評価する方法である。しかし、当該方法においては、うつ病の症状には様々なものがあるにもかかわらず、うつ病に対して有効かどうかという一つの判断基準でしか薬効を評価していないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006-329672
【特許文献2】特開平10-197345
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】生体の科学45(5):48-49, 1994
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、新に発見した意欲低下の判断基準に基づいて、うつ病の主訴である意欲低下に対して有効な抗うつ病薬をスクリーニングする方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記問題に鑑み、本発明者らは、新たなうつ病モデル動物を開発し、当該動物に行動課題を行わせることによって、うつ病による意欲低下を数理モデル化する研究を行った。本研究の結果、本発明者らは、当該数理モデル化により、報酬感受性の低下及びコスト感受性の増加がうつ病による意欲低下に関与していることを発見した。すなわち、うつ病によって意欲低下が生じると、報酬感受性の低下及びコスト感受性の増加が観測される。これらは、うつ病による意欲低下の判断基準として用いることができるものである。
【0008】
本発明者らは、当該判断基準を用いて、うつ病による意欲低下の改善に有効な抗うつ薬のスクリーニング方法について検討を行った。上記研究結果から、報酬感受性を増加させ、コスト感受性を減少させる薬剤は、うつ病による意欲低下の症状を改善する効果を有するものと考えられる。うつ病モデル動物に、意欲低下などのうつ症状を改善する公知の向精神病薬を投与したところ、報酬感受性の増加及びコスト感受性の減少が見られ、正常状態に回復したことを確認した。この結果は、当該判断基準に基づいて、うつ病による意欲低下の改善に有効な向精神病薬をスクリーニングすることができることを示している。
【0009】
したがって、本発明は、意欲低下の判断基準に基づいて、うつ病による意欲低下に対して有効な向精神病薬をスクリーニングする方法を提供する。すなわち、本発明は、向精神病薬のスクリーニング方法であって:
(i) うつ病モデル動物に行動課題を複数回行わせる工程:
ここで、該行動課題は、その各回毎に、以下を含む、
(a) 該うつ病モデル動物に報酬量Rnを呈示すること(nは整数1、2、3、・・・であり、RnはR1、R2、R3、・・・のいずれか1つから選択される。)、
(b) 該課題の成功又は失敗のいずれかを決定すること、及び
(c) 該課題が成功のとき、呈示した報酬量Rnを、該うつ病モデル動物に与えること;
(ii) 報酬量Rn及びエラー率enの行動データ群(R,e)を得る工程
(ここで、行動データ群(R,e)は、(R1,e1)、(R2,e2)・・・(Rn,en)であり、エラー率enは下記式から算出される:
en = (報酬量Rnにおける課題失敗回数)/(報酬量Rnにおける行動課題回数)×100
);
(iii) 上記(i)-(ii)を複数回繰り返すことにより得た複数の該行動データ群(R,e)の平均行動データ群(R,E)を算出する工程:
(iv) 該平均行動データ群(R,E)を、最小自乗法により下記数理モデルに当てはめ、報酬感受性a及びコスト感受性bを算出する工程:
E = 1/(aR)+b
;及び
(v) 該報酬感受性a及び/又はコスト感受性bを、向精神病薬の候補物質投与前後において比較する工程;
を含み、
向精神病薬の候補物質投与前と比べて、当該投与後の報酬感受性aの増加及び/又はコスト感受性bの減少が、向精神病薬としての活性を有することを示す、前記スクリーニング方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、うつ病による意欲低下の改善に有効な向精神病薬のスクリーニング方法を提供することができる。すなわち、本発明のスクリーニング方法により、うつ病による意欲低下の改善に有効な向精神病薬を選定することができる。さらに本発明により、意欲低下の改善に有効な抗うつ薬のスクリーニング方法を提供することができる。当該スクリーニング方法では、うつ病に対して有効か否かという判断基準のみではなく、うつ病の主訴である意欲低下に基づいて有効か否かを判断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、サルを用いた行動課題の基本シーケンスを示す。図1に示す行動課題は、Minamimotoらの論文: J. Neurophysiol 101: 437-447, 2009に基づくものである。当該サルは、初めにレバーを保持する。その後、視覚弁別上に呈示された報酬量Rnを認識し、続いてWaitサイン後GOサインを認識することによりレバーを放す課題を開始する。制限時間内にレバーを放すことができれば行動課題成功として報酬量Rnを得ることができる。
【図2】図2Aは、図1における行動課題において、視覚弁別に表示されるサインの変化を示したものである。当該サルは、報酬量呈示により、行動課題成功時に得られる報酬量を認識し、Waitサイン表示により課題開始合図を待ち、Goサイン表示により課題を開始する。図2Bは報酬量呈示の種類の例を表したものである。それぞれは、課題成功時に得られる報酬量の違いを示す。視覚弁別に表示される報酬量呈示は、これらの4種類の中からいずれか1つが等確率でランダムに選択される。
【図3】図3は、行動課題により得られた平均エラー率E(縦軸)及び報酬量R(横軸)のグラフを示す。HTは甲状腺機能低下症モデルマカクザル(うつ病モデル動物)の行動課題から得られた報酬量R及び平均エラー率Eのグラフである。図中のコントロールは、正常状態のマカクザルの行動課題から得られた報酬量R及び平均エラー率Eのグラフである。HT+SSRIは甲状腺機能低下症モデルマカクザルにセロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)を投与し、その後の行動課題から得られた報酬量R及び平均エラー率Eのグラフである。このとき、報酬量R及び平均エラー率EはE=1/(aR)+bの関係式が成り立つ。図中の各曲線は、報酬量R及び平均エラー率Eから最小自乗法により得られたE=1/(aR)+bの曲線である。
【図4】図4aは、E=1/(aR)+bから得られた各報酬感受性aのグラフである。正常状態のマカクザル(コントロール)に比べ、甲状腺機能低下症マカクザル(HT)は報酬感受性aの減少が観察された。甲状腺機能低下症マカクザルにセロトニン再取り込み阻害剤を投与した場合(HT+SSRI)に、報酬感受性aのわずかな増加が観察された。図4bは、各曲線E=1/(aR)+bから得られたコスト感受性bのグラフである。正常状態のマカクザル(コントロール)に比べ、甲状腺機能低下症マカクザル(HT)はコスト感受性bの増加が観察された。甲状腺機能低下症マカクザルにセロトニン再取り込み阻害剤を投与した場合(HT+SSRI)に、コスト感受性bの大幅な減少が観察され、その値は正常状態のマカクザルとほぼ同じであった。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(定義)
本願明細書中において、「意欲低下」とは、うつ病の主訴であり、モデル動物においては欲求を満たすために通常起こす行動が減弱するなどの症状のことをいう。
【0013】
本願明細書中において、「モデル動物」とは、本発明のスクリーニング方法に使用する動物のことをいう。本願明細書中において、モデル動物は、うつ病モデル動物、甲状腺機能低下症モデル動物、又は正常状態のモデル動物を含む。モデル動物の例を挙げると、哺乳動物、例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、サル、イヌ、ネコ、又はミニブタなどがある。
本願明細書中において、「うつ病モデル動物」とは、意欲低下の症状を示すモデル動物をいう。本願明細書中において、「正常状態のモデル動物」とは、意欲低下の症状を示さないモデル動物をいう。
【0014】
本願明細書中において、「向精神病薬」とは、中枢神経に作用し、生物の精神に影響を及ぼす薬物をいう。向精神病薬の例を挙げると、うつ病薬(抗うつ薬)、抗躁薬、中枢神経刺激薬、睡眠導入剤、又は鎮静催眠薬などである。現在知られている向精神病薬には、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、及びモノアミン酸化酵素(MAO)阻害剤などがある。
本願明細書中において、「行動課題」とは、モデル動物に行わせる課題又は当該課題を含む工程全体をいう。
【0015】
本願明細書中において、「報酬量Rn」とは、1回の行動課題において、モデル動物が課題を成功したときに得られる報酬の量をいう。課題失敗時には報酬量Rnを得ることができない。nは整数1、2、3、・・・である。本願明細書中において、R1、R2、R3・・・の群をRと定義する。「成功」は、行動課題の条件をクリアしたことをいう。
【0016】
本願明細書中において、「エラー率en」とは、成功時に報酬量Rnが与えられる課題の失敗率をいう。nは整数1、2、3、・・・であり、Rnのnと対応する。エラー率enは、次の式から計算される。
en = (報酬量Rnにおける課題失敗回数)/(報酬量Rnにおける行動課題回数)×100
上記式から、R1におけるエラー率e1、R2におけるエラー率e2、R3におけるエラー率e3、・・・、を得ることができる。本願明細書中において、エラー率e1、e2、e3、・・・、の群をeと定義する。
【0017】
「報酬量Rnにおける行動課題失敗回数」は、行動課題成功時に報酬量Rnが与えられるときの課題失敗回数をいう。「報酬量Rnにおける行動課題回数」は、行動課題成功時に報酬量Rnが与えられる行動課題の回数をいう。
【0018】
本願明細書中において、「行動データ群」とは、報酬量Rn及びエラー率enのデータ群をいう。すなわち、行動データ群は、(R1,e1)、(R2,e2)、・・・、(Rn,en)である。本願明細書中において、行動データ群(R1,e1)、(R2,e2)、・・・、(Rn,en)を、行動データ群(R,e)と定義する。
【0019】
本願明細書中において、「平均エラー率En」とは、エラー率enの平均値をいう。E1、E2、E3・・・の群をEと定義する。
本願明細書中において、「平均行動データ群」とは、報酬量Rn及び平均エラー率Enのデータ群をいう。平均行動データ群(R1,E1)、(R2,E2)、・・・、(Rn,En)を平均行動データ群(R,E)と定義する。
【0020】
本願明細書中において、「報酬感受性a」及び「コスト感受性b」は、それぞれ、平均行動データ群(R,E)を、最小自乗法により下記数理モデルにあてはめたときに得られる、aの値及びbの値をいう。
E = 1/(aR)+b
報酬感受性a及びコスト感受性bは、意欲低下の判断基準である。
【0021】
(本発明の詳細な説明)
以下の記載は、本発明の特許請求の範囲に関する理解を深めるために記載しているものであり、本発明の特許請求の範囲を限定することを意図するものではない。本明細書に記載の特許請求の範囲を逸脱しない範囲において、本発明の主題を達成し得る様々な態様、修飾、及び変更が可能であることは、当業者に理解されるであろう。
【0022】
(うつ病モデル動物)
本発明の方法は、うつ病モデル動物に行動課題を行わせる工程を含む。うつ病モデル動物として使用できるモデル動物は、哺乳動物であることが好ましく、例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、サル、イヌ、ネコ、又はミニブタなどがある。本発明では霊長類、特にサルが好ましい。サルの脳はヒトに近い構造を有しているため、マウス又はラット等よりも脳神経精神疾患のモデルとして有用である。本発明に用いることができるサルの例を挙げると、マカクザル、コモンマーモセット、キツネザルなどがある。本発明の方法において、マカクザルが最も好ましい。
【0023】
(うつ病モデル動物の作成方法)
本発明のスクリーニング方法は、うつ病モデル動物を作成する工程を含むことができる。当該工程は、(i) うつ病モデル動物に行動課題を複数回行わせる工程の前に含まれる。うつ病モデル動物を作成する方法には様々な方法があるが、ヒトにおいて、甲状腺機能低下は、うつ病を露呈することが知られている(M. Bauerらの論文: Journal of Neuroendocrinology 20, 1101-1114)。したがって、甲状腺機能低下症モデル動物は、うつ病モデル動物として利用することができる。甲状腺機能低下症とは、甲状腺ホルモンの産生が減少し,甲状腺機能不全になることをいう。甲状腺機能低下症は、正常状態のモデル動物に抗甲状腺薬を投与することにより発症させることができる。したがって、本発明のスクリーニング方法において、うつ病モデル動物を作成する工程は、正常状態のモデル動物に抗甲状腺薬を投与することを含むことができる。
【0024】
正常状態のモデル動物は、甲状腺機能低下症を発症していないモデル動物であるとすることができる。また、正常状態のモデル動物は、血中サイロキシン濃度が2μg/dl以上のモデル動物であってもよい。
【0025】
抗甲状腺薬には、プロピルチオウラシル、メチマゾール、カルビマゾール、及び過塩素酸カリウムなどがある。本発明のスクリーニング方法において、抗甲状腺薬はメチマゾールが好ましい。甲状腺機能低下症を発症したか否かの判断は、血中サイロキシン濃度の測定により計測することができる。例えば、血中サイロキシン(T4)濃度が2μg/dl以下の場合に、うつ病モデル動物とする。
【0026】
抗甲状腺薬投与により甲状腺機能低下症を発症させたうつ病モデル動物、すなわち甲状腺機能低下症モデル動物を、本発明のスクリーニング方法に使用することができる。甲状腺機能低下症モデル動物を作成するためにモデル動物に投与する抗甲状腺薬の量は、1回あたり1〜100mg/lである。1回あたりの抗甲状腺薬の量を、1日に1回又はそれ以上投与することができる。また、前記1回あたりの抗甲状腺薬量を2日、3日、4日、5日、6日、1週間、2週間、3週間、又は1ヶ月間続けて投与することができる。抗甲状腺薬を、血中サイロキシン濃度が2μg/dl以下になるまで投与を続けることができる。抗甲状腺薬の投与方法は、当業者に公知の方法であってよい。例えば、経口投与、非経口投与、局所投与、静脈内投与、経皮投与、経鼻投与、又は筋肉内投与などがあるが、これらに制限されない。毎日の飲料水に抗甲状腺薬を加えて投与してもよい。当該投与において、当業者に公知の装置又は機器を使用してもよい。例えば、注射器などを使用することができる。
【0027】
本発明者らは、マカクザルを用いて甲状腺機能低下症モデル動物の作成に成功した。現在までに、甲状腺機能低下症モデル動物としてマカクザルの例は知られていない。本発明のスクリーニング方法において、最も好ましいうつ病モデル動物は、甲状腺機能低下症マカクザルである。
【0028】
(行動課題)
本発明者らは、うつ病モデル動物の行動課題から得られたエラー率E及び報酬量Rの平均行動データ群を数理モデルで解析することにより、意欲低下の判断基準を特定することに成功した。したがって、本発明の方法は、うつ病モデル動物に行動課題を行わせる工程を含む。
【0029】
行動課題は、報酬量Rn及びエラー率enの行動データ群(R,e)を得ることができれば、特に制限はない。当該行動データ群(R,e)を得るために、行動課題は、その各回毎において、(a) 該うつ病モデル動物に報酬量Rnを呈示すること;(b) 該課題の成功又は失敗のいずれかを決定すること;及び(c) 該課題が成功のとき、呈示した報酬量Rnを、該うつ病モデル動物に与えることを含む。該課題が失敗のとき、呈示した報酬量Rnは、該うつ病モデル動物に与えられない。
【0030】
行動課題の例を挙げると、go/no-go課題、多試行報酬スケジュール課題、レバー押し課題、迷路課題、水迷路課題、放射状迷路課題、T又はY字迷路課題、回避反応課題、又は物体認識課題等がある。これらの行動課題は、実験動物及び/又は実験環境等に応じて、当業者により容易に変更、修飾、及び/又は改変することが可能であろう。そのような変更等を加えた行動課題も本発明のスクリーニング方法に用いることができる。いずれにおいても、上記(a)〜(c)を含む必要がある。本発明の方法において、好ましい行動課題は、go/no-go課題、又は多試行報酬スケジュール課題である。本発明のスクリーニング方法において、最も好ましい行動課題を以下の(本発明のスクリーニング方法における行動課題)の節に示す。
【0031】
報酬量Rnの呈示は、視覚的、触覚的、聴覚的、又は嗅覚的とすることができ、好ましくは、視覚的である。視覚的に呈示は、例えば、コンピューターディスプレイ、又はモニターにより行うことができる。
【0032】
行動課題の成功又は失敗のいずれかを決定するため、成功条件及び失敗条件を設定することができる。当該成功条件及び失敗条件は、当業者により行動課題の内容に基づいて適宜決定されるであろう。例えば、go/no-go課題や多試行報酬スケジュール課題においては、合図によりレバーやボタンを押すこと又はゴム球を握ることを成功条件とすることができる。また、迷路課題においては、迷路クリアを成功条件とすることができる。成功条件には制限時間等を課してもよい。例えば、go/no-go課題や多試行報酬スケジュール課題において、課題開始合図後、制限時間内にレバーやボタンを押すことを成功条件とすることができる。通常、成功条件をクリアすることにより、報酬量Rnを得るものとすることができる。
【0033】
報酬量Rnは、飲料水の量(例えば、水の量若しくはジュースの量など)、若しくは食物の量、又はこれらの組合せなどとすることができる。本発明の方法において、好ましい報酬量Rnは、水の量、又はジュースの量である。報酬量Rnが飲料水の場合、当該量は、0.05ml〜20ml、0.1ml〜10ml、0.1ml〜5ml、又は0.1ml〜1mlとすることができる。
【0034】
1回の行動課題において、報酬量Rnは、R1、R2、R3、・・・のうちのいずれか1つから選択される。好ましくは、等確率でランダムに選択される。nは1〜10、1〜8、1〜6、又は1〜4の整数である。好ましくは、nは1〜4である。nは1〜4の場合、報酬量Rnは、R1、R2、R3、R4のうちのいずれか1つから選択される。nの値が異なれば、報酬量は異なる。すなわち、R1、R2、R3・・・で、報酬量はそれぞれ異なる。例えば、報酬が水の場合、R1は0.1mlの水、R2は0.2mlの水、R3は0.4mlの水、・・・、とすることができる。
【0035】
等確率でランダムに選択されるとは、例えば、nが1〜4の場合、報酬量Rnは、それぞれ0.25の確率でR1、R2、R3、又はR4からいずれか1つが選択されることをいう。2回目の行動課題においても、それぞれ0.25の確率でR1、R2、R3、又はR4からいずれか1つが選択される。当該選択は、コンピュータープログラムにより行われてもよく、又は実験者が行ってもよい。
【0036】
行動課題は、複数回繰り返される。少なくともR1、R2、R3、・・・、のすべてについてエラー率が算出できるまで繰り返すことが好ましい。行動課題はRnの個々について100回、又はそれ以上繰り返される。好ましくは、行動課題はRnの個々について10〜300回繰り返される。当該工程(a)〜(c)の繰り返し回数が多いほど、本発明のスクリーニング方法の精度は増加する。
【0037】
エラー率enは、報酬量Rnにおける行動課題の失敗率である。enのnは、報酬量Rnと対応する。エラー率enは、下記式から得ることができる:
en = (報酬量Rnにおける課題失敗回数)/(報酬量Rnにおける行動課題回数)×100
例えば、報酬量Rnにおいて、行動課題回数が10回で、そのうち課題失敗回数が2回であった場合、エラー率enは2÷10×100=20%である。行動課題回数が多いほど、エラー率enの精度は増加するであろう。
【0038】
例えば、n=1〜4 (すなわち、R1、R2、R3、R4)の場合、行動課題を20回繰り返して、次のような結果を得ることができる。
【表1】

【0039】
上記表1についてR1、R2、R3、R4のそれぞれについて、まとめると、以下のようになる。
【表2】

これらのデータから、各R1、R2、R3、R4におけるエラー率e1、e2、e3、e4を計算することができる。
【0040】
本発明のスクリーニング方法において、(i)行動課題を行わせる工程、及び(ii)行動データ群を得る工程の(i)〜(ii)は、複数回繰り返される。当該繰り返しにより、複数の行動データ群(R,e)が得られる。繰り返し回数は、2〜30回、5〜20回、8〜10回、好ましくは、10回である。上記(i)〜(ii)は1日1回行われ、それを数日間繰り返すことが好ましい。繰り返し日数に間隔を空けてもよい。得られた複数の行動データ群(R,e)から、Rnにおけるエラー率enの平均値Enを算出し、平均行動データ群(R,E)を得ることができる。
【0041】
本発明のスクリーニング方法において、個体差比較のため、複数のモデル動物を使用することが好ましい。複数のモデル動物で同じ行動課題を行わせ、それらの行動データ群を得ることが好ましい。モデル動物は、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10匹とすることができる。
【0042】
行動課題を行わせるために、モデル動物に予めトレーニングを行わせる必要がある。トレーニングは、基本的な行動課題の成功条件と報酬量Rnが得られることを理解するまで繰り返される。トレーニングは、複数回同じ行動課題を行わせ、最低5回分の行動データ群(R,e)において有意なeの変動が検出されなくなるまで繰り返される。
【0043】
本発明のスクリーニング方法において、行動課題を行う動物は、報酬量Rnを得るために課題に挑むことになる。当該動物は、報酬量Rnを得ることを望む場合、課題を成功させる意欲を生じる。報酬量Rnを得る意欲が高いと課題の成功率は上昇し、当該意欲が低いと課題の失敗率(エラー率)が増加すると考えられる。したがって、当該行動課題により当該動物の意欲レベルの測定をすることができる。
【0044】
(数理モデル)
行動課題を繰り返すことにより得られた報酬量Rnと平均エラー率Enとの平均行動データ群(R1,E1)、(R2,E2)、・・・、(Rn,En)を、最小自乗法により下記数理モデルにあてはめ、最適なa及びbを得ることができる。
E = 1/(aR)+b
報酬感受性とは、上式から得られるaの値ことをいい、コスト感受性とは、上式から得られるbの値をいう。本発明者らは、ここで得られる報酬感受性a及びコスト感受性bが意欲低下により、それぞれ減少及び増加することを発見した。これらの報酬感受性a及びコスト感受性bは、意欲低下の判断基準に用いることができる。
【0045】
最適なa及びbの算出は、Excel、Matlab等のコンピュータープログラムを用いて容易に行うことができる。これらの算出方法は当業者に公知である。n個の平均行動データ群(R1,E1)、(R2,E2)、・・・、(Rn,En)がある場合、上記数理モデルに最もフィッティングする最適なa及びbの値は以下の一般式により計算することができる。
【数1】

【0046】
(報酬感受性a及び/又はコスト感受性bの比較)
本発明は、意欲低下の要因が報酬感受性aの減少及びコスト感受性bの増加であるという知見に基づいている。うつ病モデル動物は、正常状態のモデル動物に比べ、報酬感受性aが減少し、コスト感受性bが増加する。したがって、向精神病薬の候補物質投与後に、報酬感受性aが増加し、コスト感受性bが減少するような薬剤は、意欲低下を改善することができる活性を有する。
【0047】
当該比較は、報酬感受性aのみであってもよい。報酬感受性aの増加のみを示す候補物質も、意欲低下の症状を改善する活性を有する。また、当該比較は、コスト感受性bのみであってもよい。コスト感受性bの減少のみを示す候補物質も、意欲低下の症状を改善する活性を有する。当該比較は、好ましくは、報酬感受性a及びコスト感受性bの双方で行われる。報酬感受性aの増加及びコスト感受性bの減少を示す薬剤は、意欲低下の症状を改善する活性がより強い。
【0048】
(向精神病薬の候補物質)
本発明の方法は、該報酬感受性a及び/又はコスト感受性bを、向精神病薬の候補物質投与前後において比較する工程を含む。したがって、向精神病薬の候補物質投与前のうつ病モデル動物、及び向精神病薬の候補物質投与後のうつ病モデル動物それぞれついて、行動課題を行わせ、それぞれの該報酬感受性a及び/又はコスト感受性bを得ることを要する。
【0049】
向精神病薬は、うつ病薬(抗うつ薬)、抗躁薬、中枢神経刺激薬、睡眠導入剤、又は鎮静催眠薬などを含む。現在知られている向精神病薬の例を挙げると、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、及びモノアミン酸化酵素(MAO)阻害剤などがある。本発明は、本発明者らがうつ病の主訴である意欲低下の要因を特定したことによりなしえたものである。したがって、本発明の方法を用いて、これらの向精神病薬が、うつ病の主訴である意欲低下を改善することができるかどうかを調査することもできる。
【0050】
うつ病モデル動物に向精神病薬の候補物質を投与する方法は、当業者に公知の方法でよい。例えば、当該投与方法は、経口投与、非経口投与、局所投与、静脈内投与、経皮投与、経鼻投与、又は筋肉内投与などがあるが、これらに制限されない。向精神病薬の候補物質は、賦形剤などの不活性物質と混合して投与してもよく、また、錠剤などの固体剤形又は溶液などの液体剤形として投与してもよい。当該投与において、当業者に公知の装置又は機器を使用してもよい。例えば、注射器などを用いることができる。
【0051】
一実施態様において、本発明は、意欲低下の判断基準である報酬感受性a及びコスト感受性bを、うつ病モデル動物と正常状態のモデル動物とで比較する工程を含むことができる。向精神病薬の候補物質を投与したうつ病モデル動物の報酬感受性a及び/又はコスト感受性bが、正常状態のモデル動物の報酬感受性a及び/又はコスト感受性bにまで回復した場合、当該候補物質は、意欲低下を改善する活性を有するものと考えることができる。
【0052】
一実施態様において、報酬感受性a及び/又はコスト感受性bを、正常状態のモデル動物、うつ病モデル動物、及び向精神病薬の候補物質を投与したうつ病モデル動物で比較する工程を含むことができる。この実施態様において、正常状態のモデル動物と比べて、うつ病モデル動物の報酬感受性aの減少及びコスト感受性bの増加を確認し、続いて、向精神病薬の候補物質を投与したうつ病モデル動物の報酬感受性a及び/又はコスト感受性bが、正常状態にまで回復したか否かを判断することができる。当該報酬感受性a及び/又はコスト感受性bが正常状態にまで回復した場合、その候補物質は、意欲低下を改善する活性を有するものと考えることができる。
【0053】
(本発明のスクリーニング方法における行動課題)
以下、本発明のスクリーニング方法における行動課題の具体例について説明する。行動課題の方法及び基本シーケンスのフローチャートを図1に示す。この行動課題における報酬量Rは、R1、R2、R3、R4とする(図2B参照)。ここに示す行動課題は、本発明の方法の一つであり、本発明のスクリーニング方法における行動課題を下記のものに限定するものではない。
【0054】
(1.モデル動物の準備)
モデル動物はサルとする。当該サルは、当該課題を安定して行わせるため、予めトレーニングを課すことができる。トレーニングは、サルに行動課題を理解させるまで繰り返し行うことができる。本行動課題において、トレーニングは、報酬量R、課題内容、課題開始合図、及び成功条件を理解できるまで繰り返される。
行動課題開始前、当該サルに予め報酬の提供を制限することが好ましい。例えば、報酬量Rが水の量やジュースの量などの飲料水とする場合、予め飲料水の摂取を制限する。
【0055】
(2.行動課題開始)
1.初めに、当該サルにレバーを保持させる。
下記に示す課題開始合図のGOサイン表示により、レバーを放すことができれば課題成功とする。当業者は、サルに保持させるものはレバーに限定されないことを理解するであろう。サルに保持させるものは、レバー、バー、ボタン、又はゴム球などであってもよい。保持させるものに応じて、成功条件は変わるであろう。例えば、サルに保持させるものがボタンの場合、成功条件は、Goサイン表示により、ボタンを押すこととすることができる。本課題において、サルに保持させるものはレバーであることが好ましい。
【0056】
2.レバーを保持した当該サルの前に視覚弁別を配置する。
視覚弁別は、当該サルにレバーを保持させる前に予め配置しておいてもよい。視覚弁別は、報酬量Rを表示するものである。視覚弁別は、当該サルにより視覚的に認識できるものであれば特に制限はない。例えば、コンピューターディスプレイ、又はモニターなどがある。
【0057】
3.視覚弁別に報酬量Rnを呈示する(報酬量呈示)。
視覚弁別に呈示される報酬量Rnは、R1〜R4から等確率でランダムに選択される。当該サルは視覚弁別に表示された報酬量R1〜R4のいずれか1つを認識してから、下記に示すGOサインにより行動課題を行うことになる。当該サルは行動課題成功により、視覚弁別に表示された報酬量Rnを得ることができる。当該サルは、どのような表示によりどのような報酬量Rnを得ることができるかを予めトレーニングにより理解しているであろう。
【0058】
報酬量呈示は、大名縞、棒縞、滝縞、手綱縞、格子模様、弁慶格子、市松模様、又は鱗形模様等とすることができる。色は何であってもよい。例えば、白、黒、赤、青、黄色、緑、紫、又は橙などとすることができる。縞模様の場合、それぞれの段で色を変更することができる。縞模様は、横段縞模様又は縦段縞模様などとすることができる。横段又は縦段縞模様とする場合、段数は2段、3段、4段、5段、6段、7段、8段、9段、又は10段とすることができる。例えば、報酬量呈示が横段縞模様の場合、2段の表示が報酬量R1を表し、4段の表示が報酬量R2を表し、8段の表示が報酬量R3を表し、かつ10段の表示が報酬量R4を表すことができる。具体的には、報酬量呈示が横段縞模様の場合、2段の表示が水の量0.1mlを表し、4段の表示が0.2mlを表し、8段の表示が0.4mlを表し、かつ10段の表示が0.8mlを表すことができる(図2B参照)。
【0059】
4.視覚弁別に課題開始合図(Goサイン)を表示する。
当該サルは課題開始合図(Goサイン)を確認し、制限時間内にレバーを放す課題を行う。課題を成功することにより、先に視覚弁別に呈示された報酬量Rnを得ることができる。Goサインは、報酬量呈示とは独立して視覚弁別に表示される。例えば、Goサインは、報酬量呈示と重ねて表示される(図1及び図2A参照)。また、例えば、Goサインは、報酬量呈示と異なるディスプレイに表示される。当該サルは、Goサイン表示後にレバーを放すことを予めトレーニングにより理解しているであろう。
【0060】
Goサインは、三角、四角、五角、又は六角形などとすることができる。色に制限はなく、白、黒、赤、青、黄色、緑、紫、又は橙などとすることができる。好ましくは、Goサインの色は、報酬量呈示の色と異なる。さらに好ましくは、Goサインの色は、報酬量呈示と区別できる色であり、好ましくは、Goサインは、赤色の四角形である。
【0061】
Goサインの前に、Waitサインを表示させてもよい。Waitサインは、報酬量呈示とGoサインの間に表示される。Waitサインは、いわゆる「待て」の指示である。Waitサインは、Goサインと同じ形状であり、色のみが異なるものであることが好ましい。例えば、Waitサインは、緑色四角であり、Goサインは赤色四角である(図1及び図2A参照)。この場合、当該サルは、緑色四角(Waitサイン)が赤色四角(Goサイン)に変わったときに、レバーを放す課題を行う。Waitサインを表示しない場合は、当該サルはGoサインと同時にレバーを放す課題を行う。本課題において、Goサインの前に、Waitサインを表示させることが好ましい。
【0062】
5.課題成功時に報酬量Rnを与える。
当該サルは、課題の成功条件を満たすときに、先に視覚弁別に呈示した報酬量Rnを得ることができる。成功条件は、Goサイン後レバーを放すこととすることができる。成功条件に制限時間を設けてもよい。例えば、制限時間内にレバーを放すことができれば、行動課題成功とすることができる。制限時間は、Goサイン表示後0秒〜5秒、0秒〜1秒、0秒〜500ミリ秒、100ミリ秒〜5秒、100ミリ秒〜1秒、200ミリ秒〜5秒、又は200ミリ秒〜1秒とすることができる。ここで0秒は、Goサイン表示と同時を意味する。本行動課題において、制限時間は、Goサイン表示後200ミリ秒〜1秒であることが好ましい。当該サルは、Goサイン表示後にレバーを放す時間を予めトレーニングにより理解しているであろう。
【0063】
課題に成功した場合、例えば、制限時間内にレバーを放すことができた場合に、OKサインを視覚弁別に表示してもよい。当該サルはOKサインを認識することにより、課題が成功したことを理解することができる。OKサインは、Goサインと同じ形状であり、色のみが異なるものであることが好ましい。
【0064】
成功条件を満たさなかった場合は、すべて失敗とすることができる。例えば、Goサイン表示前に当該サルがレバーを放した場合、Goサイン表示後当該サルが制限時間内にレバーを放すことができなかった場合、及び制限時間経過後に当該サルがレバーを放した場合を失敗とすることができる。
【0065】
上記1〜5は、1回の行動課題である。この1回の行動課題により、報酬量R1、R2、R3、又はR4とその行動課題の成功又は失敗を記録することができる。
【実施例】
【0066】
甲状腺機能低下症マカクザル(うつ病モデル)におけるSSRI投与の効果について解析を行った実施例を以下に説明する。以下に記載する本発明の実施例は、本発明の特許請求の範囲に関する理解を深めるために記載しているものであり、本発明の特許請求の範囲を限定することを意図するものではない。本明細書に記載の特許請求の範囲を逸脱しない範囲において、本発明の主題を達成し得る様々な態様、修飾、及び変更が可能であることは、当業者に理解されるであろう。
【0067】
(実施例)
(行動課題)
音を遮断した暗室内に、水の摂取を制限した正常状態のサルをモンキーチェアに座らせ、そのサルの目前にコンピューターディスプレイを配置した。当該サルをモンキーチェアにあるバーを握らせることにより行動課題を開始した。その100ミリ秒後、コンピューターディスプレイの中央に、4種類の報酬量呈示(図2B)のうちのいずれか1つを表示した。それぞれは、ジュースの量0.1、0.2、0.4、又は0.8 mlを意味する。これら4種の報酬量呈示は、コンピュータープログラムにより等確率でいずれか1つがランダムに表示されるようにした。
【0068】
報酬量呈示から500ミリ秒後に、モニター中央に報酬量呈示に重ねて赤ドット(WAITサイン, 格子一辺視角0.5°)を表示させた。赤ドット表示から500、750、1,000、1,250、又は1,500ミリ秒経過後、赤ドットを緑に変えた(GOサイン)。この赤ドットから緑への変化時間(すなわち、500、750、1,000、1,250、又は1,500ミリ秒)は、等確率でランダムに選択される。
【0069】
GOサイン表示後、下記成功条件を満たした場合に、報酬量呈示に相当した報酬としてジュース(0.1、0.2、0.4、又は0.8 ml)を与えた。課題失敗時には、ジュースを与えなかった。ここまでを、1回の行動課題とした。当該サルが喉の渇きを満足するまで、上記課題を試行間間隔(intertrial interval:ITI)を1秒として繰り返し行い、2週間の行動データを計測した。
【0070】
(課題の成功条件及び失敗条件)
当該サルがGOサイン表示後200ミリ秒〜1秒以内にレバーを放すことができた時、課題成功とし、シグナルを青に変え、ジュースを獲得することができるものとした。一方、当該サルが、GOサイン前にレバーを放した場合又はGOサイン後200ミリ秒未満若しくは1秒後にレバーを放した場合、課題失敗とし、報酬量呈示及びGOサインが消え、ジュースを獲得することができないものとした。
【0071】
(課題のトレーニング)
当該行動課題をサルに学習させるべく、まず課題の成功条件を理解させるために、報酬量を一定にし、報酬量呈示をせずに訓練を行った。この条件でエラー率が10%を下回った段階で、当該行動課題を用いてエラー率eが有意に変動しなくなるまでトレーニングを行った(約3週間)。
【0072】
(結果)
上記行動課題を行わせ、 2週間の行動データを計測した。報酬量R及び平均エラー率Eの平均行動データ群を表3に示す。また、それらのデータのグラフを図3(図中のコントロール)に示す。表3及び図3に見られるように、報酬量Rが少ないと平均エラー率Eが増加し、一方、報酬量が多いと平均エラー率Eが減少する結果が得られた。
【表3】

【0073】
(甲状腺機能低下症マカクザルの作成)
上記課題を行わせた正常状態のサルに、抗甲状腺薬メチマゾール(1―10mg/日)の経口投与を2週間行った。
【0074】
(甲状腺機能低下症の評価)
甲状腺ホルモンであるサイロキシンT4は血中に分泌される。甲状腺機能低下症において、その血中濃度が減少することが知られている。したがって、甲状腺機能低下症の評価を、血中サイロキシンT4濃度により評価した。具体的には、メチマゾールを投与したマカクザルに対して週1回採血を行い、サイロキシンT4レベルを測定した。T4のレベルが2μg/dlになった状態をうつ病モデルマカクザル(甲状腺機能低下によるうつ病)とした。
【0075】
(うつ病モデルマカクザルの行動課題)
うつ病モデルマカクザルに、上記と同じ行動課題を行わせ、同様に報酬量R及び平均エラー率Eの平均行動データ群を得た。2週間の行動データを計測した。
(結果)
正常状態のマカクザル及び甲状腺機能低下症マカクザルの報酬量Rと平均エラー率Eとの関係を表4に示す。また、それらのグラフを図3に示す。図3において、HTが甲状腺機能低下症マカクザルの結果である。
【0076】
【表4】

【0077】
これらのデータにおいて、報酬量R及び平均エラー率EはE=1/(aR)+bの関係式が成り立つことが見い出された。図中のカーブはそれぞれ当該関係式の最適フィッティングである。ここで、報酬量感受性とコスト感受性とをそれぞれa,bと定義した。当該関係式を最小自乗法によりデータに当てはめ、正常状態のマカクザル及び甲状腺機能低下症マカクザルについて、報酬量感受性a及びコスト感受性bを定量した。これらのa及びbの値を、それぞれ図4A及びBに示す。
【0078】
図4Aにおいて、正常時(コントロール)に比べ甲状腺機能低下状態で報酬感受性aの減少が見られた。また、図4Bにおいて、正常時(コントロール)に比べ甲状腺機能低下状態で値の増加が見られた。これらの結果は、うつ状態における意欲低下の要因が、報酬感受性aの減少とコスト感受性bの増加であることを示している。
【0079】
(抗うつ薬SSRIの投与とその薬効の評価)
甲状腺機能低下状態にあるマカクザルに、抗うつ薬として知られている選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を投与し、薬効の評価を行った。
【0080】
甲状腺機能低下症マカクザルに、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の1種であるシタロプラム(2〜4mg/日)を筋注した。その後、当該サルに上記と同じ行動課題を行わせ、2週間の行動データを計測した。
【表5】

【0081】
(結果)
報酬量Rとエラー率Eとの関係を図3(HT+SSRI)に示す。上記同様、E=1/aR+bの関係式から最小自乗法を用いて、報酬感受性aとコスト感受性bを定量した。結果を図4A及びBの右(HT+SSRI)に示す。図4Aに見られるように、(HT+SSRI)では、うつ状態(HT)に比べ報酬感受性aがわずかに増加し、正常時(コントロール)における報酬感受性aの値に近づいていた。また、図4Bに見られるように、(HT+SSRI)では、うつ状態(HT)に比べコスト感受性bが減少し、正常時(コントロール)におけるコスト感受性bの値まで回復していた。これらの結果は、シタロプラム投与により、報酬感受性及びコスト感受性が改善することを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
向精神病薬のスクリーニング方法であって:
(i) うつ病モデル動物に行動課題を複数回行わせる工程:
ここで、該行動課題は、その各回毎に、以下を含む、
(a) 該うつ病モデル動物に報酬量Rnを呈示すること(nは整数1、2、3、・・・であり、RnはR1、R2、R3、・・・のいずれか1つから選択される。)、
(b) 該課題の成功又は失敗のいずれかを決定すること、及び
(c) 該課題が成功のとき、呈示した報酬量Rnを、該うつ病モデル動物に与えること;
(ii) 報酬量Rn及びエラー率enの行動データ群(R,e)を得る工程
(ここで、行動データ群(R,e)は、(R1,e1)、(R2,e2)・・・(Rn,en)であり、エラー率enは下記式から算出される:
en = (報酬量Rnにおける課題失敗回数)/(報酬量Rnにおける行動課題回数)×100
);
(iii) 上記(i)-(ii)を複数回繰り返すことにより得た複数の該行動データ群(R,e)の平均行動データ群(R,E)を算出する工程:
(iv) 該平均行動データ群(R,E)を、最小自乗法により下記数理モデルに当てはめ、報酬感受性a及びコスト感受性bを算出する工程:
E = 1/(aR)+b
;及び
(v) 該報酬感受性a及び/又はコスト感受性bを、向精神病薬の候補物質投与前後において比較する工程;
を含み、
向精神病薬の候補物質投与前と比べて、当該投与後の報酬感受性aの増加及び/又はコスト感受性bの減少が、向精神病薬としての活性を有することを示す、前記スクリーニング方法。
【請求項2】
前記nが1〜10の整数であり、RnはR1〜R10のいずれか1つから選択される、請求項1記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記nが1〜4の整数であり、RnはR1〜R4のいずれか1つから選択される、請求項1又は2記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記行動課題を、Rnの個々について、10〜300回繰り返す、請求項1〜3のいずれか1項記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記報酬量Rnが、水又はジュースの量である、請求項1〜4のいずれか1項記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記向精神病薬が抗うつ病薬である、請求項1〜5のいずれか1項記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記工程(i)の前に、うつ病モデル動物を作成する工程を含む、請求項1〜6のいずれか1項記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
前記うつ病モデル動物を作成する工程が、正常状態のモデル動物に抗甲状腺薬を投与することを含む、請求項7記載のスクリーニング方法。
【請求項9】
前記抗甲状腺薬が、プロピルチオウラシル、メチマゾール、カルビマゾール、又は過塩素酸カリウムである、請求項8記載のスクリーニング方法。
【請求項10】
前記抗甲状腺薬が、メチマゾールである、請求項9記載のスクリーニング方法。
【請求項11】
前記うつ病モデル動物が、甲状腺機能低下症モデル動物である、請求項1〜10のいずれか1項記載のスクリーニング方法。
【請求項12】
前記うつ病モデル動物が、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、サル、イヌ、ネコ、又はミニブタである、請求項1〜11のいずれか1項記載のスクリーニング方法。
【請求項13】
前記うつ病モデル動物が、サルである、請求項1〜12のいずれか1項記載のスクリーニング方法。
【請求項14】
前記うつ病モデルサルが、マカクザルである、請求項13記載のスクリーニング方法。
【請求項15】
請求項1〜14のいずれか1項記載のスクリーニング方法に用いるためのうつ病モデル動物。
【請求項16】
請求項1〜14のいずれか1項記載のスクリーニング方法に用いるための甲状腺機能低下状態のマカクザル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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