説明

抗ウイルス剤

【課題】B型肝炎ウイルスほかの各種ウイルスに起因する疾病の治療または予防に有用な抗ウイルス薬を提供する。
【解決手段】ウイルスタンパク質における活性化PKA(cAMP依存性プロテインキナーゼ)の標的部位に選択的に結合する化合物を含む抗ウイルス剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ウイルス剤、特にB型肝炎ウイルスの治療または予防に有用な抗ウイルス剤に関する。
【背景技術】
【0002】
スラミン〔8,8'-(カルボニルビス(イミノ-3,1-フェニレンカルボニルイミノ(4-メチル-3,1-フェニレン)カルボニルイミノ))ビス-1,3,5-ナフタレントリスルホン酸)〕(図2B)は、6個のスルホン酸基を有するナフチルアミンスルホン酸誘導体であり、1920年代からアフリカトリパノソーマ症(睡眠病)の治療薬として使用されている。強力な逆転写酵素(RT)阻害活性を有することから(非特許文献1:Jentschら、J.Gen.Virol.,68:2183-2192 1987)、一時、抗HIV剤としての利用も検討された。また、抗腫瘍剤としての利用(例えば、特許文献1:特表平10−511347号公報)も提案されている。
【0003】
しかし、従来知られている用途では、スラミンは約100〜約300μg/mlの血中濃度となるように投与され、通常、12〜16週間にわたる静脈内輸液によって所定の血漿レベルを維持する必要がある(特許文献1参照)。また、スラミンは腎毒性である上、少なくとも3ヶ月は血液中のアルブミンと結合した形で存在するため、投与中のみならず投与終了後も数ヶ月にわたって腎機能検査が必要となる。さらに、視神経萎縮による視力障害、副腎機能不全、溶血性貧血、悪心、発熱、関節痛、発疹等が副作用として知られている。
【0004】
このように、従来、スラミンは高濃度での処方が必要とされ、しかも重篤な副作用を有するため、その実際上の用途は、アフリカトリパノソーマ症や回旋糸状虫症など、他に治療手段のない寄生虫病に対しての適用に限られているのが実状である。
【0005】
一方、B型肝炎はB型肝炎ウイルス(HBV)による感染症であり、持続感染者(HBVキャリア)のうち約10%から15%が慢性肝炎を発症する。慢性B型肝炎が進展し肝臓の線維化が進んだ場合には肝硬変となり、さらに肝癌に至るケースも多い。B型肝炎の治療法としては、抗ウイルス療法(インターフェロン療法、インターフェロンと副腎皮質ステロイドホルモンの併用療法、ラミブジン内服など)、免疫療法(副腎皮質ステロイドホルモン離脱療法、プロパゲルニウム製剤内服など)および肝庇護療法(グリチルリチン製剤の静注、胆汁酸製剤の内服など)が行なわれているが、インターフェロン療法は高価であり副作用を伴う。また、ラミブジンは耐性ウイルスの発生が知られており、これらの治療法とは異なる作用機序を有する抗HBV薬が求められていた。
【0006】
【非特許文献1】Jentschら、J.Gen.Virol.,68:2183-2192 1987
【特許文献1】特表平10−511347号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記の状況に鑑み、B型肝炎ウイルスほかの各種のウイルスに起因する疾病の治療または予防に有用な抗ウイルス薬の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、PKA(cAMP依存性プロテインキナーゼ)がCK2のリン酸化を介してcAMP非依存的に活性化されることを見出し(Seiji Kosuge, Yoshitaka Sawano, and Kenzo Ohtsuki: A novel CK2-mediated activation of type II cAMP-dependent protein kinase through specific phosphorylation of its regulatyory subunit (RIIα) in vitro.
Biochem. Biophys. Resarch Commun., 310, 164-169 (2003))、CK2(カゼインキナーゼ2)により活性化されたPKA(CK2-aPKA)が細胞機能上どのような生理的役割を担っているかをウイルス(HBVやHCV)感染時の初期反応系等で解析した。より具体的には、肝炎ウイルス(B型ウイルスおよびC型ウイルス)の感染によって引き起こされるウイルス性肝炎と肝癌などの発症機構を明らかにする目的で、CK2-aPKAに焦点を当て、(1)B型ウイルス(HBV)およびC型ウイルス(HCV)の増殖に重要な生理的役割を担っているHBV-CP(HBV-core protein)やHCV-CP(HCV-core protein)のCK2-aPKAによる優先的なリン酸化;(2)HVBとHCVの増殖におけるCK2-aPKAの生理的役割;(3)HBV-CPから生じるシグナルフラグメントによるCK2の活性化;および(4)CK2-aPKAによるHBV-CPとHCV-CPのリン酸化を選択的に阻害する化合物(抗ウイルス剤)の解析などを行った。
【0009】
その結果、スラミンやコレステロール硫酸などの硫酸化合物は、CK2-aPKAによるHBV-CPのリン酸化を選択的に阻害し、この阻害は、スラミンやコレステロール硫酸がHBV-CPのC末端領域(arginine-rich domain)に存在するPKAのリン酸化部位近傍に結合すること、この作用機序による抗ウイルス作用は非常に効果的であり低濃度の硫酸化合物でも有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の抗ウイルス剤を提供する。
1.ウイルスタンパク質における活性化PKA(cAMP依存性プロテインキナーゼ)の標的部位に選択的に結合する化合物を含む抗ウイルス剤。
2.前記化合物が、少なくとも1個のスルホン酸基を含む化合物である前記1に記載の抗ウイルス剤。
3.前記化合物が、少なくとも4個のスルホン酸基を含む化合物である前記2に記載の抗ウイルス剤。
4.前記化合物が、スラミンまたはその誘導体である前記3に記載の抗ウイルス剤。
5.前記化合物が、コレステロール硫酸またはその誘導体、ナフタレンスルホン酸またはその誘導体、デキストラン硫酸などである前記2に記載の抗ウイルス剤。
6.cAMPにより活性化されたPKA(cAMP-aPKA)よりもCK2(カゼインキナーゼ2)により活性化されたPKA(CK2-aPKA)によって2倍以上リン酸化されやすいウイルスタンパク質を含むウイルスに対して適用される前記1〜5のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
7.ヒトB型肝炎ウイルス(HBV)および/またはヒトC型肝炎ウイルス(HCV)による肝炎や肝障害に対して適用される請求項1〜6のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
8.ヒトB型肝炎ウイルス(HBV)および/またはヒトC型肝炎ウイルス(HCV)による肝がんやヒトパピローマウイルス(HPV) 、ヒトアデノウイルス(HAV)、ヒトTリンパ球向性ウイルス−I型(HTLV-I)、エプスタイン−バールウイルス(EBV)などによる発ガンに対して適用される請求項1〜6のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
9.スラミンおよび/またはコレステロール硫酸および/または薬学的に許容されるそれらの誘導体を含むB型肝炎ウイルスおよび/またはC型肝炎ウイルスの治療薬および/または予防薬。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来とは異なる作用機序による低濃度でも有効な抗ウイルス剤が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の抗ウイルス剤は、ウイルスタンパク質における活性化PKA(cAMP依存性プロテインキナーゼ)の標的部位に選択的に結合する化合物を含むことを特徴とする。
本発明者らの検討によれば、このような化合物は、C末端近傍におけるアルギニン(R)リッチな領域であり、一般にはRRRに加えセリン(S)、スレオニン(T)等を含む。化合物と前記領域との親和性は、基本的には構造により、少なくとも1個のスルホン酸基を含む化合物が結合能を有し、本発明ではかかる化合物を抗ウイルス剤として用いる。前記部位への結合性の高い構造であれば特に限定はされないが、剛性な骨格を有する化合物が好ましい。ここで剛性な骨格とは環構造や結合軸の周りの回転の制約された結合を含む構造を指し、分子内に4個以上の環構造を含むことが好ましい。なお、結合軸の周りの回転の制約された結合の例としては、炭素−炭素不飽和結合、イミド結合のほか、アミド結合等の硬い平面構造を取る結合が挙げられる。
【0013】
このような化合物の例としては、コレステロール硫酸またはその誘導体、ナフタレンスルホン酸またはその誘導体、デキストラン硫酸等の前記構造において少なくとも4個のスルホン酸基を含む化合物、典型的にはスラミン、エバンズブルー等が挙げられる。
特にコレステロール硫酸は生体内に自然状態に存在する分子であり、低毒性の抗ウイルス剤として用いることができる。スラミン、エバンズブルーは毒性を有するが、スラミンは6個の、エバンズブルーは4個のスルホン酸基を含むことから前述のアルギニン(R)リッチ領域への強固な結合が実現され、例えば、スラミンの従来用途に用いられていた高濃度での処方に比較して遥かに低濃度で効果が発揮される。このため、本発明によれば低毒性で有効な抗ウイルス剤が提供される。
【0014】
これらの化合物の薬学的に許容できる塩および誘導体も用いることができる。薬学的に許容される塩として、例えば、アルカリ金属、アルカリ土類金属、他の無毒な金属、アンモニウムおよび置換アンモニウム塩(例えば、ナトリウム、カリウム、リチウム、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム、亜鉛、アンモニウム、トリメチルアンモニウム、トリエチルアンモニウム、テトラブチルアンモニウム、ピリジニウムおよび置換ピリジニウム塩)が挙げられるが、これに限定されない。好ましくは、ナトリウム塩が用いられる。
【0015】
また、誘導体は、本発明の効果を害さない限り特に限定されない。例えば、環構造を含む場合、当該環構造の一部が他の環構造で置換されているもの、そのような他の環と縮合しているもの、置換基としてスルホン酸以外の基(例えば、メチル基、エチル基、プロピル基等のアルキル基、ビニル基、アリル基等のアルキレン基、水酸基、ハロゲン基、アミノ基等)を含む化合物が挙げられる。例えば、スラミンの誘導体(アナログ)は当技術分野において周知であり、例えば、Jentschら、J.Gen.Virol.,68:2183-2192(1987)ならびに米国特許第5,173,509号、同第6,121,320号(スラミンのNF110、NF032、NF201、NF023、およびNF103誘導体が記載されている。)並びにFirsching-Hauckら、Anticancer Drugs 11(2):69-77(2000)およびGagliardiら、Cancer Chemother.Pharmacol.41(2):117-24(1998)に記載されている化合物を挙げることができる。誘導体は当業者に周知の方法(例えば、Nickel Pら、Arzneim.-Forsch.36,1153-1157(1986)参照)によって合成できる。
【0016】
本発明の抗ウイルス剤の適用対象は、cAMPにより活性化されたPKA(cAMP-aPKA)とCK2(カゼインキナーゼ2)により活性化されたPKA(CK2-aPKA)とによるウイルスタンパク質(PKAに対するリン酸化部位を複数有するウイスルゲノム結合性因子)のリン酸化において、後者がリン酸化能を示すウイルス、特に後者が顕著に優位な(前者の2倍以上、好ましくは4倍以上)リン酸化能を示すウイルスである。このため、ウイルスタンパク質をcAMP-aPKAとCK2-aPKAとのリン酸化能の比較により、適用対象のスクリーニングが容易にできるという大きな特徴を有する。
【0017】
このようなウイルスの例としては、ヒトB型肝炎ウイルス(HBV)、ヒトC型肝炎ウイルス(HCV)、ヒトパピローマウイルス(HPV) 、ヒトアデノウイルス(HAV)、ヒトTリンパ球向性ウイルス−I型(HTLV-I)、エプスタイン−バールウイルス(EBV)などが挙げられる。上記のスクリーニング方法により選択される他のがんウイルスにも適用が可能である。表1にCK2-aPKAの標的となるがんウイルスの機能性因子のリン酸化部位を示す。特に本発明の化合物は、B型肝炎ウイルスに対して有効である。
【0018】
【表1】

【0019】
従って、本発明はB型肝炎ウイルスの治療薬または予防薬を提供する。B型肝炎ウイルスの治療薬または予防薬における薬剤の組成は、有効な用量を含むものであればよいが、低濃度でもよく、例えば、スラミンは25μg/ml未満、好ましくは5〜20μg/mlの血中濃度を有すればよく、実用的なレベルのB型肝炎ウイルスの治療薬または予防薬として使用できる。薬剤組成物は、投与経路にもよって選択される慣用の担体、賦形剤その他の添加剤を含んでもよく、送達のために必要な修飾が施されていてもよい。なお、C型肝炎ウイルスについても同様である。
【実施例】
【0020】
以下、本発明を参考例、実施例等を用いて説明する。もっとも、以下の例は、本発明を説明するためのものであり、本発明を限定するものではない。
【0021】
参考例1:各種ポリペプチド(polypeptide)の分析と検出法
(1)各種ポリペプチドのSDS-PAGEによる分析法
各反応系に存在する各種ポリペプチド(主としてプロテインキナーゼの基質タンパク質)は、Laemmliの方法に基づきドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動法(SDS-PAGE)で分析した。解析の対象となるポリペプチドの高次構造を壊して形状と荷電を等しくするために、各試料を等量のSDS-PAGE バッファー(sample buffer)と混合し、100℃で5分間煮沸してSDS化した。電気泳動槽 (アトー株式会社, 東京) にSDS-PAGE バッファー(running buffer)を入れゲルをセットした。ゲルはゲル板 (ATTO) を組み立てた後、ゲル板の上端より約15 mm 下までに分離ゲル混合液を入れ、固まった後に濃縮ゲル混合液を入れて固化した。泳動の際、分子量マーカー(SDS-PAGE molecular weight standards broad range)も同様にSDS化した。SDS化した資料(各10 μl)をサンプルウェルにアプライして、30 mAで約1時間泳動した。
・SDS-PAGE バッファー(sample buffer):0.125 M Tris (ヒドロキシメチル)-アミノメタン(pH 6.8)、4% SDS、10% 2-メルカプトエタノール(2-ME)、20 %グリセリンおよびブロモフェノールブルー(BPB, 0.5 mg/ml)からなる。
・SDS-PAGE バッファー(running buffer):190 mM glycine、25 mM Trisおよび0.1% SDS。
・CBB染色液:45% MeOH、 15% AcOHおよびCBB(2.5 g/l )。
(2)CBB染色法
電気泳動の終了後、ゲル上のポリペプチドを検出するために、クマシーブリリアントブルー(CBB) 染色液にゲルを浸して約5分間振盪した後、過剰な色素を除くために脱色液中で60分間振盪した。その後、ゲルを濾紙 [ADVANTEC (10×13.3 cm)] に載せてゲル乾燥機 (ATTO RAPIDRY; アトー株式会社,東京)で乾燥した。
【0022】
参考例2:プロテインキナーゼ活性とポリペプチドのリン酸化
(1)PKA活性の測定法
40 mM Tris-HCl (pH 7.6)、2 mM ジチオスレイトール(DTT)、1 mM Mn2+、1 μM cAMPおよびPKA(50-100 ng)を含む反応系(50 μl)に、基質タンパク質(HBV-CP,HCV-CPやプロタミンなどから1種のみ存在)とリン酸供与体として5 μM [γ-32P]ATPを加えて30℃で30分間リン酸化反応を行った。反応後、等量のSDS バッファー(sample buffer)を加えてリン酸化反応を停止した。SDS-PAGEでポリペプチドを分析後、リン酸化された基質ポリペプチド(加えて基質のみ)をオートラジオグラフィーで検出した。加えたポリペプチドのリン酸化の程度は、スキャナーに取り込んで数値化(NIH imageソフトで画像解析)してPKA活性を表示した。
(2)CK2によるPKAのリン酸化の検出
40 mM Tris-HCl (pH 7.6)、2 mM DTT、5 μM [γ-32P]ATP、3 mM Mn2+およびCK2(約50 ng)を含む反応系(50 μl)に、基質タンパク質としてPKA(約200 ng)を加えて30℃で30分間リン酸化反応を行った。反応後、等量のSDS バッファー(sample buffer)を加えてリン酸化反応を停止した。SDS-PAGEでポリペプチドを分析後、リン酸化された基質ポリペプチド(PKA R-subunit)をオートラジオグラフィー(autoradiography)で検出した。PKA RIIα-サブユニットのリン酸化の程度をスキャナーに取り込んで数値化(NIH imageソフトで画像解析)して表示した。図1AにCK2によるPKA RIIα-サブユニットのリン酸化を示す。
CK2は、PKA RIIα-サブユニットをリン酸化する。このリン酸化は、塩基性ポリペプチドによって有意に促進され、ケルセチンにより完全に抑制される。なお、CK2によるPKA RIIα-サブユニットのリン酸化は、HCV-CPやプロタミン1Bによって著しく促進される。
【0023】
参考例3:活性化PKAの調整
(1)cAMPにより活性化させたPKA(cAMP-aPKA)の調整
40 mM Tris-HCl (pH 7.6)、2 mM DTT、10 μM ATP、3 mM Mn2+およびPKA(約100 ng)を含む反応系(50 μl)に、PKAの活性化物質として2 μM cAMPを加えて30℃で10分間前反応させてcAMP-aPKAを得た。
(2)CK2により活性化させたPKA(CK2-aPKA)の調整
40 mM Tris-HCl (pH 7.6)、2 mM DTT、10μM ATP、3 mM Mn2+およびPKA(約100 ng)を含む反応系(50μl)に、CK2(約50 ng)を加えて30℃で120分間反応させてCK2-aPKAを得た。
【0024】
参考例4:2活性化PKA(cAMP-aPKAとCK2-aPKA)の比較解析
基本的にはPKA活性の測定と同じ反応系であり、40 mM Tris-HCl (pH 7.6)、2 mM DTT、10 μM ATP、3 mM Mn2+およびPKA(約100 ng)を含む反応系(50μl)である。cAMP-aPKAもしくはCK2-aPKAを含む反応系に、標的分子となる基質タンパク質(HBV-CP,HCV-CPやprotamineなどから1種のみを加える)を加えて30℃で10-15分間反応させた。リン酸化反応後、 等量のSDS sample bufferを加えてリン酸化反応を停止した。SDS-PAGEでポリペプチドを分析後、リン酸化された基質ポリペプチド(加えて基質のみ)をオートラジオグラフィーで検出した。標的分子のリン酸化の程度は、スキャナーに取り込んで数値化(NIH imageソフトで画像解析)してそれぞれの活性を表示した。図3BにCK2によりリン酸化されたPKA(CK2-aPKA)によるHBV-CPのリン酸化を示す。
CK2によりリン酸化されたPKA(CK2-aPKA)は、HBV-CPを著しくリン酸化する(レーン2)。このリン酸化は、cAMPで活性化したPKAによるリン酸化と比較して4-5倍(レーン5)ほど高い値を示した。
図3Aは図3Bの実験条件(反応時間に対するCK2-aPKAによるHBV-CP(HBV-core protein)のリン酸化,b)を示している。
図4にCK2-aPKAによるHCV-CPのリン酸化を示す。
CK2-aPKAは、HCV-CPを著しくリン酸化する。このリン酸化は、cAMPで活性化したPKAによるリン酸化と比較して4-5倍ほどであった。
【0025】
参考例5:基質ポリペプチドの調整
(1)HBV-CPと関連ポリペプチド(C末端フラグメント)の調整
HBV-CPと関連ポリペプチド(C末端フラグメント:Hcore157BおよびHcore164Bなど)は、全てプラスミドDNAに組み込んだグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)遺伝子との融合タンパク質として大腸菌で発現させた。十分に発現させた大腸菌からタンパク質を抽出して、GST-アフィニティーカラムを用いて目的のタンパク質(HBV-CP,Hcore157Bや Hcore164Bなど)のみを精製して本解析に用いた。
(2)PKAのリン酸化部位を含む合成ポリペプチドの調整
HBV-CPやHCV-CPの分子上に存在するPKAに対するリン酸化部位(R/K-R/K-X-S/T)を含む近傍の配列を合成して、cAMP-aPKAとCK2-aPKAとの比較解析の基質とした。
R=アルギニン
K=リジン
X=特定せず
S=セリン
T=トレオニン
(3)PKAの新しいリン酸化部位を含む合成ポリペプチドの調整
cAMP-aPKAとCK2-aPKAの比較解析から、CK2-aPKAより優先的にリン酸化される新規部位が想定された。想定されたアルギニンリッチな配列は、がんウイルス(HPV,HAV,EBVやHTLVなど)のtransforming proteinに共通して存在していた。そこで、これらの部分配列を含む合成fragmentをCK2-aPKAの新しい基質とした。
図5にCK2-aPKAによるHPV-E2フラグメントのリン酸化を示す。
CK2-aPKAは、HPV-E2フラグメントを著しくリン酸化する。このリン酸化は、cAMPで活性化したPKAによるリン酸化と比較して4-5倍ほど高い値を示した。
【0026】
実施例1:CK2-aPKAによるリン酸化を阻害する化合物のスクリーニング法
(1)基質タンパク質へ結合する化合物の検索
本発明では、CK2-aPKAによりリン酸化される各種機能性因子(HBVとHCVのCPやがんウイルスが細胞をがん化させるのに重要な役割を演じるtransforming proteinなど)のリン酸化を選択的に阻害する物質をスクリーニングするのが目的である。このために、各種機能性因子上のPKAに対するリン酸化部位(arginine-rich domain)の近傍に結合する物質が理想である。そこで、HBV-CPのC末端フラグメント(Hcore157BやHcore164Bなど)のアルギニンリッチドメインに直接結合する物質を分子間の関係を測定する機器[水晶発振子マイクロバランス装置(QCM)Initium,東京]を用いてスクリーニングした。
(2)CK2-aPKAよるHBV-CPのリン酸化阻害剤の選別法
QCMによって確かめられた各種化合物について、CK2-aPKAよるHBV-CPのリン酸化を選択的に阻害効果をin vitro アッセイで解析した。CK2-aPKAよるHBV-CPのリン酸化の反応系(50μl)に、各種化合物を加えてHBV-CPのリン酸化阻害の程度を解析した。調べた化合物の中から、低濃度でHBV-CPのリン酸化の阻害し、しかもヒストンなどの基質のリン酸化を余り阻害しない物質を選別した。図6Aにスラミンによる阻害作用を示す。
スラミンは、他の化合物(CH-3S(コレステロール-3-硫酸)やエバンズブルーなど)に比べて低濃度でPKA(■)によるHcore157Bのリン酸化を選択的に阻害する。図6Bにスラミンによる基質選択性を示す。
スラミンは、HBV-CP(●)を基質にすると他のタンパク質[プロタミン1B(■)やヒストンH2B(□)など]を基質にするよりもはるかに低濃度で阻害効果を示す。
図6CにスラミンのPKAとPKCに対する阻害作用を示す。
スラミンは、PKA(○)によるHcore157Bのリン酸化をPKC(●)によるリン酸化よりも低濃度で阻害する。
【0027】
実施例2:図7A:スラミンのHBV-CPへの結合
スラミンは、HBV-CP(c)とHcore157B(b)のアルギニンを多く含む部位に直接結合する。この結合は、類似する塩基性ポリペプチド(プロタミンやヒストン)と比較してはるかに高い親和性を示した。
図7B:CH-3SのHBV-CPへの結合
QCM解析の結果より、CH-3Sは、スラミンと同様にHBV-CP(c)に直接結合する。CH-3Sの結合は、類似する塩基性ポリペプチド(プロタミンやヒストン)と比較して高い親和性を示した。
CH-3SのHcore157Bへの結合量は、スラミンのそれより高い値を示した。
【0028】
以上の通り、(1)CK2によるRIIのリン酸化に対するGST-Hcore [full-lengthとHcore157B (position 157-185)]の促進効果を解析した結果、GST-HcoreはCK2活性を有意に促進した。(2)GST-Hcoreを基質にCK2-aPKAとcAMPにより活性化したPKA (cAMP-aPKA)とを比較した結果、CK2-PKAはcAMP-aPKAに比べてGST-HcoreとHcore157Bを約4倍よくリン酸化した。(3)Hcore variantを用いてPKAによるGST-Hcoreのリン酸化部位を解析した結果、CK2-aPKAはHBV-CPのSer-170とSer-178の双方を優先的にリン酸化した。さらに、CH-3S、スラミンやエバンズブルーは、HBV-CPとHcore157Bに直接結合してCK2-aPKAによるリン酸化を選択的に阻害した。
この解析から、HBV感染細胞において、(1)HBV-CPが十分に蓄積して細胞内CK2を活性化する;(2)活性化CK2はPKAのR-サブユニット(RIαもしくはRIIα)をリン酸化して活性化する;(3)CK2-aPKAはHBV-CPを優先的にリン酸化して生理機能を発揮すると考えられた。さらに、CH-3S、スラミンやエバンズブルーはHBV-CPに直接結合して、CK2-aPKAによるリン酸化を選択的に阻害することによって抗ウイルス作用を発揮するものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】CK2によるPKA RIIα-サブユニットのリン酸化を示すオートラジオグラフィー像である(A,B)。なお、図1Bは濃度・刺激率の対比を示す。
【図2】HBV-CPのC末端領域(postions:157-185)のアミノ酸配列、およびPKAとPKCのリン酸化部位(A)およびスラミンの化学構造(B)である。
【図3】CK2によりリン酸化されたPKA(CK2-aPKA)によるHBV-CPの高いリン酸化を示すグラフである。
【図4】CK2によりリン酸化されたPKA(CK2-aPKA)によるHBV-CPの高いリン酸化を示すグラフである。
【図5】CK2によりリン酸化されたPKA(CK2-aPKA)によるHPV-E2フラグメントの高いリン酸化を示すグラフである。
【図6】スラミンによるHCV-CPのリン酸化の阻害作用(A)、基質選択性(B)およびPKAとPKCに対する阻害作用(C)を示すグラフである。
【図7】QCM解析によるスラミンのHBV-CPへの結合(A)、CH-3SのHBV-CPへの結合(B)を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルスタンパク質における活性化PKA(cAMP依存性プロテインキナーゼ)の標的部位に選択的に結合する化合物を含む抗ウイルス剤。
【請求項2】
前記化合物が、少なくとも1個のスルホン酸基を含む化合物である請求項1に記載の抗ウイルス剤。
【請求項3】
前記化合物が、少なくとも4個のスルホン酸基を含む化合物である請求項2に記載の抗ウイルス剤。
【請求項4】
前記化合物が、スラミンまたはその誘導体である請求項3に記載の抗ウイルス剤。
【請求項5】
前記化合物が、コレステロール硫酸またはその誘導体、ナフタレンスルホン酸またはその誘導体、デキストラン硫酸などである請求項2に記載の抗ウイルス剤。
【請求項6】
cAMPにより活性化したPKA(cAMP-aPKA)よりもCK2(カゼインキナーゼ2)により活性化したPKA(CK2-aPKA)によって4倍以上リン酸化されるウイルスタンパク質(PKAに対するリン酸化部位を複数有するウイスルゲノム結合性因子)を含むウイルスに対して適用される請求項1〜5のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【請求項7】
ヒトB型肝炎ウイルス(HBV)および/またはヒトC型肝炎ウイルス(HCV)による肝炎や肝障害に対して適用される請求項1〜6のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【請求項8】
ヒトB型肝炎ウイルス(HBV)および/またはヒトC型肝炎ウイルス(HCV)による肝がんやヒトパピローマウイルス(HPV) 、ヒトアデノウイルス(HAV)、ヒトTリンパ球向性ウイルス−I型(HTLV-I)、エプスタイン−バールウイルス(EBV)などによる発ガンに対して適用される請求項1〜6のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【請求項9】
スラミンおよび/またはコレステロール硫酸および/または薬学的に許容されるそれらの誘導体を含むB型肝炎ウイルスおよび/またはC型肝炎ウイルスの治療薬および/または予防薬。

【図2】
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【図7】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−297289(P2007−297289A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−124031(P2006−124031)
【出願日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第53回日本ウイルス学会学術集会、日本ウイルス学会主催、2005年11月20〜22日開催(プログラム・抄録集発行:2005年11月1日)
【出願人】(598041566)学校法人北里学園 (180)
【Fターム(参考)】