説明

抗ウイルス剤

【課題】従来より硫酸化多糖による抗ウイルス作用はヘパリンを初めとして数多く研究されてきているが、これらとは異なる、細胞毒性の少ない安全でかつ安価な抗ウイルス剤を提供する。
【解決手段】セルロースもしくはグルコマンナンといった植物由来の多糖を原料として、該原料多糖が有する水酸基の6〜100%が硫酸エステル化された硫酸化多糖または該硫酸化多糖を部分構造として有する化合物、特に硫酸化セルロースもしくは硫酸化グルコマンナンを含有する抗ウイルス剤とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原料多糖が有する水酸基が全てまたは部分的に硫酸エステル化された硫酸化多糖または該硫酸化多糖を部分構造として有する化合物、特に硫酸化セルロースもしくは硫酸化グルコマンナンを含む抗ウイルス剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より硫酸化多糖による抗ウイルス作用はヘパリンを初めとして数多く研究されてきている(例えば非特許文献1、特許文献1)。しかしながら硫酸化多糖の有する各種活性がこれらを薬剤として用いる場合に、逆に副作用となり問題となっている(例えば非特許文献1)。
このため安全でかつ安価な抗ウイルス剤の開発が望まれている。
【非特許文献1】Trends in Glycoscience and Glycotechnology Vol.15,No.81,pp29-46(2003)
【特許文献1】特開昭64−52723号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の課題は、細胞毒性の少ない抗ウイルス剤を安価に提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った。その結果、植物由来の多糖を原料として調製した硫酸化多糖が、細胞毒性の少ない抗ウイルス作用を有することを見出した。すなわち、安価な植物由来の多糖を既存の方法で硫酸化することで得られる硫酸化多糖に細胞毒性の少ない抗ウイルス作用があることを見出し、本発明の完成に至った。
【0005】
本発明は下記の構成を有する。
(1)植物由来の多糖を原料とし、該原料多糖が有する水酸基の6〜100%が硫酸エステル化された硫酸化多糖または該硫酸化多糖を部分構造として有する化合物を含有する抗ウイルス剤。
(2)原料多糖が有する水酸基の25〜85%が硫酸エステル化された硫酸化多糖または該硫酸化多糖を部分構造として有する化合物を含有する、前記(1)記載の抗ウイルス剤。
(3)原料多糖がセルロースもしくはグルコマンナンである前記(1)または(2)に記載の抗ウイルス剤。
(4)硫酸化多糖の重量平均分子量が1KDa〜1000KDaである、前記(1)〜(3)のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
(5)硫酸化多糖の重量平均分子量が5KDa〜500KDaである、前記(1)〜(3)のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
(6)抗ヒトレトロウイルス剤である、前記(1)〜(5)のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
(7)抗HIV剤である、前記(6)に記載の抗ウイルス剤。
なお、本明細書においては、硫酸エステル化を硫酸化と、水酸基が全てまたは部分的に硫酸エステル化された多糖を硫酸化多糖と称することがある。
【発明の効果】
【0006】
以上のように、本発明によって、細胞毒性の少ない安価な抗ウイルス剤を提供できるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の硫酸化多糖の硫酸化率は、原料多糖の種類によっても異なるが、例えば多糖としてセルロースを用いた場合は、該原料多糖が有する水酸基に対し、硫酸基が平均して6から100%となることが好ましく、25から85%がより好ましい。
硫酸化した多糖誘導体の重量平均分子量は、多糖の種類によっても異なるが、一般に、1KDa〜2000KDaが好ましく、5KDa〜500KDaがより好ましい。
【0008】
本発明の抗ウイルス剤を構成する硫酸化多糖の原料として使用される植物由来の多糖とは、グルコース、マンノース、タロース、ガラクトース、ソルボース、タガトース、フルクトース、プシコース、グルクロン酸、ガラクツロン酸等の単糖が、グリコシド結合で連結した多糖のうち、被子植物、裸子植物、地衣類、緑藻、褐藻等の植物より抽出等の操作で得られたものをいう。具体的には、アガロース、アガロペクチン、アラビアガム、アルギン酸、カラギーナン、カロース、キシラン、グアーガム、ゾウゲヤシマンナン、コンニャクマンナン、アラビナン、セルロース、タマリンドシードガム、トラガガントガム、プスツラン、フノラン、ペクチン、ローカストビーンガム、デンプン、リケナン、レンチナン等が挙げられる。なかでも、好ましいものとして、安価にかつ容易に入手可能な、セルロース、グルコマンナンが挙げられる。
【0009】
硫酸化の方法は特に限定されないが、例えば、多糖をピリジン、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の溶媒で膨潤させ、ここにクロルスルホン酸、ピペリジン−N−硫酸、無水硫酸−ジメチルホルムアミド錯体、三酸化硫黄−ピリジン錯体、三酸化硫黄−トリメチルアミン錯体等の硫酸化剤を滴下する方法が挙げられる。硫酸化剤の使用量は、糖水酸基に対し、1.2〜3当量用いるのが適当である。多糖と硫酸化剤は、溶媒、硫酸化剤によっても異なるが、不活性ガス中で、好ましくは0〜100℃、より好ましくは20〜85℃で、好ましくは0.5〜24時間、より好ましくは0.5〜10時間、反応させる。その後、エタノール、イソプロパノール、アセトン等を加えて、ポリマーを沈殿させるか、あるいはエタノール、イソプロパノール、アセトン等の中に反応液を滴下し、ポリマーを沈殿させることができる。また、蒸留水を加えて反応を停止し、次いで、アルカリ、例えば水酸化ナトリウムで中和してもよい。これをろ過または遠心分離し、蒸留水に溶解し、再度エタノール、イソプロパノール、アセトン等を加えて、ポリマーを沈殿させるか、エタノール、イソプロパノール、アセトン等の中に滴下し、ポリマーを沈殿させ、乾燥することによって硫酸化多糖を得ることができる。あるいはイオン交換樹脂カラムを用いて余剰の無機塩を除去し、エタノール、イソプロパノール、アセトン等を加えて、ポリマーを沈殿させてもよい。あるいは蒸留水に溶解後透析し、濃縮乾燥することによって硫酸化多糖を得ることもできる。原料の多糖の分子量、反応条件を変えることにより、任意の分子量と硫酸化度を有する硫酸化多糖を得ることができる。
【0010】
本発明の抗ウイルス剤には上記の硫酸化多糖が好ましく用いられるが、これら硫酸化多糖を部分構造として有する化合物も同様に用いることができる。硫酸化多糖を導入する基質の例は、アミノ基を有する多糖、アミノ基を有するポリアミノ酸、アミノ基を導入した多糖、及びアミノ基を有するカチオン性ポリマーなどである。アミノ基を有する多糖の具体例はキトサンである。アミノ基を有するポリアミノ酸の具体例はポリリジンである。アミノ基を導入した多糖の具体例はアミノ化セルロースである。アミノ基を有するカチオン性ポリマーの具体例はポリエチレンイミンである。その他、本発明の硫酸化多糖の抗ウイルス活性を失活しなければどのような化合物と結合しても問題ない。
【0011】
硫酸化多糖を上記の基質に導入する方法の例は、水溶性カルボジイミド(WSC)を触媒に用いて、硫酸化多糖のカルボキシル基と基質のアミノ基とを結合する方法、硫酸化多糖の還元末端アルデヒド基と基質のアミノ基とを弱アルカリ条件下で反応させた後に、還元剤(テトラヒドロホウ酸ナトリウムやジメチルアミンボラン等)で処理する方法などである。その他、本発明の硫酸化多糖の抗ウイルス活性を失活しなければその導入方法は特に限定されない。
【0012】
調製された抗ウイルス剤の対象疾患は、特に限定されないが、例えばヒトレトロウイルス疾患、特にHIV(Human Immunodeficiency virus)疾患の治療に、抗ヒトレトロウイルス剤として(例えば、HIVの場合、抗HIV剤として)用いることができる。この疾患は重篤な免疫不全症で、HIVの感染力は弱いものの、感染が成立し発症した後の死亡率は極めて高い。抗ウイルス剤の投与方法は病態に応じて適切に行われる必要があり、主な手法としては注射による皮下投与や静脈投与、錠剤化しての経口投与、坐薬としての腸管投与など、薬剤を適切な形態としてその形態に応じた投与方法を選択するのであれば、いかなる投与方法、薬剤形態としても何ら問題ない。
【実施例】
【0013】
以下、本発明について実施例および比較例を用いて詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。実施例において使用する用語の定義および測定方法は以下の通りである。
(1)重量平均分子量(KDa):合成した硫酸化多糖を0.2mol/l−NaCl水溶液(イオン交換水にて調製)に1.0mg/mlの濃度で溶解し、同じNaCl水溶液を溶出液としたHPLCによるゲルろ過法により重量平均分子量を測定した。ゲルろ過のためのカラムはShodex Ionpak KS−804およびShodex Ionpak KS−G(昭和電工(株)製)を使用し、溶出物の検出は示差屈折率検出器により測定した。別途測定した分子量既知のプルラン(Shodex STANDARD P−82)により溶出時間と分子量の検量線を作成し、検量線に当てはめることで合成した硫酸化多糖の重量平均分子量を決定した。
(2)水酸基の硫酸化率(%):原料多糖が有する水酸基のうち硫酸エステル化された割合を百分率で表示した。合成した硫酸化多糖の全S量をICPによる元素分析により測定し、イオンクロマトグラフィーにより硫酸化多糖本体から遊離した遊離S量を測定した。全S量から遊離S量を差し引いた結合S量から水酸基の硫酸化率を算出した。
(3)MOLT4細胞を用いた細胞障害抑制試験:抗ウイルス剤の細胞毒性と抗HIV活性を測定する2種類のプレートを用意する。両プレートとも96穴平底培養プレートを使用し、左端8穴に、10容量%FCS加RPMI1640培地(Sigma社製)で所定の濃度に希釈した試料溶液を200μl加えた。残りの88穴には前記培地を100μlずつ入れ、左端の穴から8連ピペットで100μlで2倍段階希釈を11穴まで行い、12穴目は抗ウイルス剤の濃度を0として細胞増殖及びHIV感染のコントロールとした。
抗ウイルス剤1種類につき、細胞毒性測定用のプレートと抗HIV活性測定用プレートのそれぞれの2列を使用した。抗ウイルス剤を希釈したプレートに1プレート当たり2×10の対数増殖期にあるMOLT4細胞を遠心分離により集め、細胞毒性測定用のプレートには、培地10mlで再浮遊させ、100μlずつすべての穴に加えた。一方、抗HIV測定用のプレートには遠心分離により集めた2×10のMOLT4細胞に100TCID50となるようにHIV(HTLV-IIIB)のストック溶液を加え、37℃で1時間感染させた後、培地10mlで再浮遊させて、抗HIV活性測定プレートのすべての穴に100μl加えた。
培養5日目に、顕微鏡によりHIVによる細胞障害効果(CPE)と細胞毒性とを観察した。細胞障害や細胞毒性があれば、細胞変性が起きるため、細胞は丸くなって縮み、顕微鏡下では、細胞が黒ずんで見える。細胞の検鏡により細胞障害抑制効果を判定した。
(4)巨細胞形成抑制試験:有効性の確認されたサンプルについてはMolt4細胞による巨細胞抑制試験を行った。測定濃度は、最大有効濃度から5倍段階希釈により実施した。
具体的には、24穴平底プレートに所定の濃度に希釈した試料溶液500μlを加えた。培地に懸濁した持続感染Molt4/HIV細胞浮遊液1×10個/mlを1穴あたり250μl加え、さらに非感染Molt4細胞浮遊液1×10個/mlを250μl加え、攪拌し、CO存在下、37℃で混合培養した。混合培養後数時間で巨細胞形成は認められ、20時間後には顕著となった。検鏡により試料の巨細胞形成抑制効果を判定した。
【0014】
[実施例1]
温度計、滴下ロート、攪拌装置、及び窒素ガス導入管を備えた500mlのセパラブルフラスコに、セルロース(アビセル PH-101)4.00g及びジメチルホルムアミド20mlを入れ、30分間攪拌した。次に、氷冷下で18%無水硫酸−ジメチルホルムアミド溶液180.02gを30分かけて投入した後、反応容器を24℃の恒温槽に浸け、20分かけて昇温させ24℃で6時間反応した。
反応終了後、反応容器を5℃まで氷冷し、氷冷しながら水180mlを徐々に投入し、続いて、水酸化カルシウムを反応液のpHが7になるまで投入した。このとき中和に要した水酸化カルシウムは16.47gであった。生じた沈殿をろ別し、ろ液を1000mlのイソプロパノール中に投入してポリマーを析出させ、再びろ別し、ろ液を40℃で8時間減圧乾燥し、セルロース硫酸カルシウムを得た。
収量:3.75g、重量平均分子量:77KDa、硫酸化率:41.7%。
【0015】
この硫酸化セルロースは1.9μg/ml以上で細胞変異抑制効果が認められた。また、少なくとも1000μg/mlにおいても細胞毒性は認められなかった。さらに、8μg/ml以上で巨細胞抑制効果が認められた。
【0016】
[実施例2] 硫酸化低分子グルコマンナンの性質
荻野商店製造グルコマンナンを1重量%塩酸水溶液に投入し、50℃で5時間酸分解を行なった。反応後、反応液をイソプロパノール中に滴下して沈殿をろ過し、ろ過物を真空乾燥し、低分子グルコマンナンを得た。
温度計、滴下ロート、攪拌装置、及び窒素ガス導入管を備えた200mlのセパラブルフラスコに、上記低分子グルコマンナン0.15g及びジメチルホルムアミド20mlを入れ、一晩攪拌した。次に、氷冷下で18%無水硫酸−ジメチルホルムアミド溶液12.35gを徐々に滴下し、30±2℃で6時間反応させた。反応終了後、反応液を氷冷下で、冷却したイソプロパノール中に滴下し、硫酸化グルコマンナンを析出させ、ろ過分別した。ろ過物をイオン交換水に完全に溶解させた後、飽和塩化カルシウム溶液0.51gを加えカルシウム化し、グルコマンナン硫酸カルシウムを析出させた。析出物をろ過分別後、イオン交換水5mlに溶解させ、イソプロパノール20mlを用いてグルコマンナン硫酸カルシウムを析出させた。ろ過分別し、ろ過物をイオン交換水に溶解させ、この水溶液が中性になるまで、溶解、析出操作を繰り返した。pH試験紙で中性であることを確認後、得られたグルコマンナン硫酸カルシウム水溶液を凍結乾燥し、目的物を得た。
収量:0.22g、重量平均分子量:20KDa、硫酸化率:33.5%。
【0017】
この硫酸化グルコマンナンは1.9μg/ml以上で細胞変異抑制効果が認められた。また、少なくとも1000μg/mlにおいても細胞毒性は認められなかった。さらに、8μg/ml以上で巨細胞抑制効果が認められた。
【0018】
[比較例1] 硫酸化されていない低分子グルコマンナンの性質
実施例2で作製した分子量30KDa〜100KDaの低分子グルコマンナンの細胞毒性は1000μg/ml以上であったが、細胞変異抑制効果は500μg/ml以上と高く、また巨細胞抑制効果は認められなかった。
【0019】
このように、硫酸化セルロース及び硫酸化グルコマンナンは1.9μg/mlで、HIVによる細胞障害を抑制することができ、8μg/mlでウイルス感染で生じる巨細胞の形成も抑制された。従って、これらの硫酸化多糖は抗ウイルス剤として有用であることがわかる。また、両者とも、1000μg/mlの濃度でも細胞毒性は観察されず、抗ウイルス作用を発揮する濃度よりかなりの高濃度にしても、細胞毒性が生じなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物由来の多糖を原料とし、該原料多糖が有する水酸基の6〜100%が硫酸エステル化された硫酸化多糖または該硫酸化多糖を部分構造として有する化合物を含有する抗ウイルス剤。
【請求項2】
原料多糖が有する水酸基の25〜85%が硫酸エステル化された硫酸化多糖または該硫酸化多糖を部分構造として有する化合物を含有する、請求項1記載の抗ウイルス剤。
【請求項3】
原料多糖がセルロースもしくはグルコマンナンである、請求項1または請求項2記載の抗ウイルス剤。
【請求項4】
硫酸化多糖の重量平均分子量が1KDa〜1000KDaである、請求項1〜3のいずれか1項記載の抗ウイルス剤。
【請求項5】
硫酸化多糖の重量平均分子量が5KDa〜500KDaである、請求項1〜3のいずれか1項記載の抗ウイルス剤。
【請求項6】
抗ヒトレトロウイルス剤である、請求項1〜5のいずれか1項記載の抗ウイルス剤。
【請求項7】
抗HIV剤である、請求項6記載の抗ウイルス剤。

【公開番号】特開2008−266265(P2008−266265A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−114807(P2007−114807)
【出願日】平成19年4月24日(2007.4.24)
【出願人】(597128004)国立医薬品食品衛生研究所長 (22)
【出願人】(000002071)チッソ株式会社 (658)
【Fターム(参考)】