説明

抗ヒトα9インテグリン抗体とその用途

【課題】薬効の優れたモノクローナル抗体または代替的なモノクローナル抗体を提供すること。
【解決手段】本発明は、抗ヒトα9インテグリン抗体、より具体的には、ヒトα9インテグリンを特異的に認識するモノクローナル抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体ならびにヒト抗体;上記モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ細胞;上記モノクローナル抗体の製造方法;上記ハイブリドーマ細胞の製造方法;上記抗ヒトα9インテグリン抗体を含有する治療剤;上記ヒトα9インテグリン抗体を含有する診断剤;ヒトα9インテグリンの活性を阻害する化合物のスクリーニング方法等に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ヒトα9インテグリン抗体とその用途に関する。より具体的には、本発明は、ヒトα9インテグリンを特異的に認識するモノクローナル抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体ならびにヒト抗体、上記モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ細胞、上記モノクローナル抗体の製造方法、上記ハイブリドーマ細胞の製造方法、上記抗ヒトα9インテグリン抗体を含有する治療剤、上記ヒトα9インテグリン抗体を含有する診断剤、ヒトα9インテグリンの活性を阻害する化合物のスクリーニング方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞と細胞外マトリックスとの接着は、インテグリンに代表される膜貫通細胞接着タンパク質を介して行われる。インテグリンはα鎖とβ鎖の1:1のヘテロ二量体で構成され、現在までにα鎖18種類、β鎖8種類が発見され、それらの組合せで、少なくとも24種類が同定確認されている。各インテグリンはそれぞれが特異的な細胞外マトリックス(リガンド)を認識することが知られている。また、インテグリンを含む膜貫通細胞接着タンパク質の役割は、細胞と細胞外マトリックスの接着、固定のみならず、細胞外マトリックスからの情報を細胞内シグナルに変換し、細胞の増殖、運動、細胞死、分化などの調節を担っていることが解明されてきている。
【0003】
インテグリンはリガンドに対する特異性や機能からサブファミリーに分類され、コラーゲン受容体、ラミニン受容体、ファイブロネクチン、ビトロネクチンなどに含まれるArg−Gly−Asp(RGD)配列を認識するRGD受容体、白血球にのみに存在する白血球特異的受容体に区別される。α4インテグリンおよびα9インテグリンは、これらのどれにも属さないサブファミリーでありα4インテグリンサブファミリーと呼ばれている。
【0004】
α4およびα9インテグリンに結合するリガンドとして、オステオポンチン(osteopontin;以下、OPNと略称する)、ファイブロネクチンのEDA部位、プロペプチド−フォンビルブラントファククー(pp−vWF)、組織型トランスグルタミナーゼ(tTG)、第XIII血液凝固因子そしてVascular Ce11 Adhesion Molecule-1(VCA
M−1)などが知られている。また、α4インテグリンが特異的に認識するリガンドとしてファイブロネクチンのCS−1ドメイン、MadCAM−1(α4β7)などが知られている。一方、α9インテグリンが特異的に認識するリガンドは、テネイシンC、プラスミンなどが知られている。
【0005】
細胞外マトリックス(ECM)の一種であるOPNは分子量約41kDaの分泌型酸性リン酸化糖タンパク質であり、乳汁、尿、腎尿細管、破骨細胞、骨芽細胞、マクロファージ、活性化T細胞、腫瘍組織などに広く発現が認められている分子である。分子中央部に細胞接着配列GRGDSとヒトOPNではSVVYGLR配列、マウスOPNではSLAYGLR配列、その直後にはトロンビン切断部位を有しており、GRGDS配列を介してRGD受容体のインテグリンと、SVVYGLR配列あるいはSLAYGLR配列を介してα4(α4β1)とα9(α9β1)インテグリンと接着する。
【0006】
α4β1はトロンビンで切断されていないOPN(非切断型OPN)とトロンビンで切断されたN末端フラグメント(切断型OPN)の両方に結合し、α9β1は切断型OPNにのみ結合するという様式の差も見出されている。
【0007】
α4とα9インテグリンおよびβ1のインテグリン・サブユニットのアミノ酸配列は公知であり、GenBankに登録されている。また、これらのインテグリンは種間でアミノ酸配列の類似性が高いことが知られている。
【0008】
WO02/081522には、OPN欠損マウスやOPNに対する中和抗体を用いたOPN機能抑制による、リウマチ様関節炎や肝炎の治療効果について開示されている。また、この公報には、炎症性疾患発症にはα4インテグリン、α9インテグリンの認識配列であるSVVYGLR配列が重要であること、OPNに対する受容体が免疫担当細胞などにおいて発現し、炎症性疾患に開連していることが開示されている。
【特許文献1】WO02/081522
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
現在、癌、炎症性疾患、感染症、自己免疫疾患および骨疾患の治療薬は種々知られているが、より改善された治療効果を有する癌、炎症性疾患、感染症、自己免疫疾患および骨疾患の予防薬および/または治療薬等を開発することが望まれている。
【0010】
現在までに、本発明者らは、インテグリン、特にα9インテグリンに着目し、種々の研究を行った結果、α9インテグリンに対する特異的阻害抗体が癌抑制効果および抗炎症効果を有することを見出し、5種類のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ細胞(1K11、21C5、24I11、25B6、および28S1)を作製した(それぞれ、FERM BP−10510、FERM BP−10511、FERM BP−10512、FERM BP−10513、およびFERM BP−10832として、茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6(郵便番号305−8566)、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに(最初の4つは2006年2月15日付で、最後の1つは2007年5月29日付で)寄託されている)。
【0011】
このような状況下、さらに薬効の優れたモノクローナル抗体または代替的なモノクローナル抗体が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前述の5種類のモノクローナル抗体より薬効的に優れた、または代替的なモノクローナル抗体を開発するため、鋭意研究し、新規なモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ細胞の作製に成功して、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は、以下に記載の抗ヒトα9インテグリン抗体、そのモノクローナル抗体、その産生細胞、上記抗体を含有する治療剤、α9インテグリン活性を阻害する化合物のスクリーニング方法等を提供する。
(1)配列番号1〜12のうちのいずれかのアミノ酸配列を含有する、抗ヒトα9インテグリン抗体。
(2)配列番号1、3、5、7、9、または11のアミノ酸配列を含有する抗ヒトα9インテグリン抗体。
(3)配列番号1、3、5、7、9、および11のアミノ酸配列を含有する抗ヒトα9インテグリン抗体。
(4)配列番号2、4、6、8、10、または12のアミノ酸配列を含有する抗ヒトα9インテグリン抗体。
(5)配列番号2、4、6、8、10、および12のアミノ酸配列を含有する抗ヒトα9インテグリン抗体。
(6)重鎖の相補性決定領域(CDRH)におけるアミノ酸配列として配列番号1〜6のいずれかのアミノ酸配列を、軽鎖の相補性決定領域(CDRL)におけるアミノ酸配列として配列番号7〜12のいずれかのアミノ酸配列を含有する抗ヒトα9インテグリン抗体。
(7)ヒトα9インテグリンと、α9インテグリンのリガンドとの結合を阻害する、上記(1)〜(6)のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体。
(8)モノクローナル抗体である、上記(1)〜(7)のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体。
(9)キメラ抗体である、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体。
(10)ヒト化抗体である、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体。
(11)ヒト抗体である、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体。
(12)受託番号FERM BP−10830またはFERM BP−10831で標示されるハイブリドーマ細胞により産生される抗ヒトα9インテグリン抗体。
(13)上記(1)〜(12)のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体を有効成分として含む、癌、炎症性疾患、感染症、自己免疫疾患または骨疾患の治療剤。
(14)上記(1)〜(12)のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体および抗ヒトα4インテグリン抗体の両方を有効成分として含む、癌、炎症性疾患、感染症、自己免疫疾患または骨疾患の治療剤。
(15)上記(1)〜(12)のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体を有効成分として含む、癌、炎症性疾患、感染症、自己免疫疾患または骨疾患の診断剤。
(16)上記(1)〜(12)のいずれかに記載の抗ヒトαインテグリン抗体を産生する細胞。
(17)受託番号FERM BP−10830またはFERM BP−10831で標示されるハイブリドーマ細胞。
(18)α9インテグリンのアミノ酸配列を含有するペプチドを用いることを特徴とする、α9インテグリンの活性を阻害する化合物のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、新規な抗αインテグリン抗体が提供される。本発明の抗α9インテグリン抗体は、優れたα9インテグリン機能抑制作用を示し、癌(例えば、癌細胞の増殖、転移)、炎症性疾患(例えば、関節リウマチ、変形性関節症、肝炎、気管支喘息、綿維症、糖尿病、動脈硬化、多発性硬化症、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病等))、感染症(例えば、肝炎)、自己免疫疾患(例えば、全身性エリテマトーデス、多発性筋炎、自己免疫性甲状腺疾患、尿細管間質性腎炎、重症筋無力症)および骨疾患(例えば、骨粗鬆症)等に対する治療効果を奏する。また、本発明の抗α9インテグリン抗体および抗α4インテグリン抗体の両者を含有する医薬組成物は、さらに改善された、癌、炎症性疾患等の治療効果を奏する。本発明の抗体は、細胞や組織におけるα9インテグリンの発現を病理学的に検出できることから、診断薬としても利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
[発明の経緯]
α4インテグリンに対する抗体であるTysabri(登録商標)(natalizumab)は2004年11月にバイオジェン・アイデック(Biogen Idec Inc.、米マサチューセッツ州)とエラン(Elan Corporation、アイルランド)が多発性硬化症治療薬として米食品医薬品局(FDA)から承認を受けている。また、Tysabri(登録商標)はクローン病、リウマチ様関節炎等の疾患を対象として臨床開発されている。なお、P4C2という抗ヒトα4β1インテグリン・モノクローナル抗体が実験室レベルで用いられている。
【0016】
しかし、α9インテグリンに対する抗体はヒトおよびモルモットのα9インテグリンに特異性を示すY9A2と呼ばれるモノクローナル抗体(A.Wang et al、,(1996)Am. J. Respir.,Ce11 Mol. Biol. 15、664-672)が実験用として供されているが、臨床的に用いられていない。
【0017】
本発明では、以下の点を注意深く進めることにより、より優れた薬効が期待できるヒトα9インテグリンに対する新たな抗体を得ることができた。
【0018】
(1)ヒトα9インテグリン過剰発現株の作製
α9インテグリンに対する抗体を作製するために、マウス線維芽細胞であるNIH−3T3細胞へ遺伝子導入を行い、ヒトα9インテグリンを過剰発現する細胞株を樹立し、この細胞を抗原としてマウスに免疫した。
【0019】
(2)ハイブリドーマのスクリーニング
細胞融合で得られた種々のハイブリドーマからヒトα9インテグリンのみに反応するクローンを効率よく得るために、同じインテグリンファミリーであるヒトα4インテグリンをCHO−K1細胞に発現させた細胞を用いて他のインテグリンとは交差反応性を示さず、親細胞(CHO−K1)の細胞表面抗原とは反応しないクローンを選抜することにより、効率的にヒトα9インテグリンに特異的に反応する阻害抗体を得た。
【0020】
[本発明の抗α9インテグリン抗体]
本発明は、ヒトα9インテグリンに対するモノクローナル抗体を提供する。本発明において、「抗体」とは、抗原であるα9インテグリンまたはその部分ペプチドに特異的に結合する抗体分子全体またはその断片(例えば、Fab、Fab′、F(ab′)2、などの断片)を意味し、ポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい。好ましくは、本発明においてはモノクローナル抗体を意味する。また、本発明において「抗体」は、キメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体を包含する。
【0021】
本発明において、抗体が、あるタンパク質またはその断片に「特異的に結合する」とは、その抗体が他のアミノ酸配列に対するその親和性よりも、これらのタンパク質またはその断片の特定のアミノ酸配列に対して実質的に高い親和性で結合することを意味する。ここで、「実質的に高い親和性」とは、所望の測定装置または方法によって、その特定のアミノ酸配列を他のアミノ酸配列から区別して検出することが可能な程度に高い親和性を意味し、典型的には、結合定数(Ka)が少なくとも107-1、好ましくは、少なくとも108-1、より好ましくは、109-1、さらにより好ましくは、1010-1、1011-1、1012-1またはそれより高い、例えば、最高で1013-1またはそれより高いものであるような結合親和性を意味する。
【0022】
本発明における「モノクローナル抗体」は、抗原に対して高度に特異的であり、単一の抗原を認識するものをいう。
【0023】
本発明において、「抗体断片」とは、全長抗体の一部を指し、抗原結合領域または可変領域のことである。例えば、抗体断片にはFab、Fab′、F(ab′)2、およびFv断片が含まれる。これらの抗体断片は抗体のパパイン消化、ペプシン消化など一般的に知られている方法で作製することができる。
【0024】
上記「キメラ抗体」とは、本発明で得られた抗ヒトα9インテグリン抗体の定常領域をヒトの抗体と同じ定常領域を有するように遺伝子工学的に改変したヒト・マウス・キメラ抗体(欧州特許公開公報EP0125023参照)を指す。「ヒト化抗体」とは、本発明で得られた抗ヒトα9インテグリン抗体のH鎖とL鎖の相補認識領域(CDR)以外の一次構造をヒトの抗体に対応する一次構造に遺伝子工学的に改変した抗体を言う。「ヒト抗体」とは、ヒトの抗体産生に関与する遺伝子を導入したトランスゲニック動物を用いて作製したモノクローナル抗体(欧州特許公開公報EP0546073参照)を意味する。
【0025】
より具体的には、本発明は、まず、これまで作製された抗ヒトα9インテグリン抗体と異なる抗ヒトα9インテグリン抗体を提供する。本発明の好ましい態様による抗体は、配列番号1、3、5、7、9、または11のアミノ酸配列を含有する。さらに好ましい抗体は、配列番号1、3、5、7、9、および11のアミノ酸配列からなる群から選択されるアミノ酸配列のうち、2以上、3以上、4以上、5以上、または6個を有する抗ヒトα9インテグリン抗体である。
【0026】
また、本発明の他の態様による抗体は、配列番号2、4、6、8、10、または12のアミノ酸配列を含有する。さらに好ましい抗体は、配列番号2、4、6、8、10、および12のアミノ酸配列からなる群から選択されるアミノ酸配列のうち、2以上、3以上、4以上、5以上、または6個を有する抗ヒトα9インテグリン抗体である。
【0027】
本発明において特に好ましい抗体は、受託番号FERM BP−10830またはFERM BP−10831で標示されるハイブリドーマ細胞により産生される抗ヒトα9インテグリン抗体である。
【0028】
以下、抗α9インテグリン・モノクローナル抗体の作製について詳述するが、該抗体の作製はこれに限定されることはない。
[α9インテグリン(抗原)]
【0029】
本発明において抗原として使用するα9インテグリンは、(1)ヒトやその他の哺乳動物のα9インテグリンを発現するあらゆる細胞、またはそれらの細胞が存在するあらゆる組織に由来するタンパク質、(2)α9インテグリンをコードする遺伝子DNA、好ましくはcDNAを細菌、酵母、動物細胞等の細胞株に導入、発現させた組換えタンパク質であってもよく、また(3)合成タンパク質であってもよい。
【0030】
また、本発明のα9インテグリンには、各種哺乳動物のα9インテグリンのアミノ酸配列、特に好ましくはヒトα9インテグリンのアミノ酸配列(配列番号:13)と実質的に同一のアミノ酸配列を有するポリペプチドも包含される。
【0031】
ここで「実質的に同一のアミノ酸配列を有するポリペプチド」とは、天然型のα9インテグリン、特に好ましくはヒト由来のα9インテグリンと実質的に同等の生物学的性質を有する限り、該アミノ酸配列中の複数個のアミノ酸、好ましくは1〜10個のアミノ酸、特に好ましくは1〜数個(例えば、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個))のアミノ酸が置換、欠失および/または修飾されているアミノ酸配列を有する変異ポリペプチド、ならびに該天然型のα9インテグリン、特に好ましくはヒト由来のα9インテグリンのアミノ酸配列中に、複数個のアミノ酸、好ましくは1〜10個のアミノ酸、特に好ましくは1〜数個(例えば、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個))のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列を有する変異ポリペプチドを意味する。さらに、そのような置換、欠失、修飾及び付加の複数を有する変異ポリペプチドであってもよい。
【0032】
本発明のα9インテグリン、特にはヒト由来のα9インテグリンは、遺伝子組換え技術のほか、化学的合成法、細胞培養方法等のような当該技術分野において公知の方法あるいはその修飾方法を適宜用いることにより製造することができる。
【0033】
また、変異ポリペプチドの製造方法としては、例えば、合成オリゴヌクレオチド部位突然変異導入法(gapped duplex法)、亜硝酸あるいは亜硫酸処理によってランダムに点突然変異を導入する方法、Ba131酵素等により欠失変異体を作製する方法、カセット変異法、リンカースキャニング法、ミスインコーポレーション法、ミスマッチプライマー法、DNAセグメント合成法などを挙げることができる。
【0034】
また、本発明のα9インテグリンには、該α9インテグリンの「一部」も包含される。ここで「一部」とは、OPN、テネイシンC、VCAM−1等のα9インテグリンリガンドと結合するために必要な領域を含む部分をいう。該α9インテグリンの「一部」は、後述する当該技術分野において公知の方法あるいはその修飾方法に従って、遺伝子組換え技術または化学的合成法により製造することもできるし、また細胞培養方法により単離したα9インテグリン、特に好ましくはヒト由来のα9インテグリンをタンパク分解酵素等により適切に切断することで製造することができる。
【0035】
抗原としてはまた、α9インテグリンを組換え技術により細胞膜上に過剰発現する細胞自体、あるいはその膜画分等を用いることができる。
【0036】
本発明のα9インテグリンには、ヒトα9インテグリンのアミノ酸配列(配列番号13)と実質的に同一のアミノ酸配列を有するポリペプチドも包含される。また、特に本発明ではヒトα9インテグリンを組換え技術により細胞膜上に過剰発現する細胞自体が好適に用いられる。したがって、後述するような、ヒトα9インテグリンをコードする遺伝子(例えば、cDNA)を公知の遺伝子工学技術を用いてクローニングし、ヒトα9インテグリンを細胞膜上に過剰発現する細胞自体、またはその細胞膜画分を抗原として調製する場合もある。
【0037】
[抗体産生細胞の調製]
抗原は、免疫される動物に対して投与により抗体産生が可能な部位にそれ自体あるいは担体、希釈剤とともに投与される。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。投与は通常1〜6週毎に1回ずつ、計2〜10回程度行われる。用いられる温血動物としては、例えば、マウス、サル、ウサギ、イヌ、モルモット、ラット、ハムスター、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ等が挙げられるが、本発明ではマウスが好適に用いられる。
【0038】
治療の対象がヒトであり、α9インテグリン阻害抗体産生動物がマウスの場合には、ヒト・マウスのキメラ抗体やヒト化抗体を用いるのが望ましく、さらには、抗体産生に関与するヒト遺伝子を導入したマウス等のトランスジェニック動物を用いてヒト型モノクローナル抗体を作成して用いるのが望ましい。
[抗体産生細胞とミエローマ細胞との細胞融合]
【0039】
ミエローマ細胞としては、マウス、ラット、ヒト等に由来する細胞が用いられる。例えばマウスミエローマP3U1、P3X63−Ag8、P3X63−Ag8−U1、P3NS1−Ag4、SP2/0−Ag14、P3X63−Ag8−653等があげられるが、抗体産生細胞とミエローマ細胞とは同種動物、特に同系統の動物由来であることが好ましい。ミエローマ細胞は凍結保存するか、ウマ、ウサギまたはウシ胎児血清を添加した一般的な培地で継代して維持することができる。細胞融合には対数増殖期の細胞を用いるのが好ましい。本発明ではP3X63−Ag8−653が好適に用いられる。
【0040】
抗体産生細胞とミエローマ細胞とを融合させてハイブリドーマを形成させる方法としては、ポリエチレングリコール(PEG)を用いる方法、センダイウイルスを用いる方法、電気融合装置を用いる方法などがあげられる。例えばPEG法の場合、約30〜60%のPEG(平均分子量1000〜6000)を含む適当な培地または緩衝液中に脾細胞とミエローマ細胞を1〜10:1、好ましくは5〜10:1の混合比で懸濁し、温度約25〜37℃、pH6〜8の条件下で、約30秒〜3分間程度反応させればよい。反応終了後、PEG溶液を除いて培地に再懸濁し、セルウェルプレート中に播種して培養を続ける。
【0041】
[ハイブリドーマ細胞の選別]
モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ細胞の選別は、公知あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。通常、HAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)を添加した動物細胞用培地で行なうことができる。選別および育種用培地としては、ハイブリドーマ細胞が生育できるものならばどのような培地を用いても良い。例えば、1〜20%、好ましくは10〜20%の牛胎児血清を含むRPMI 1640培地、1〜10%の牛胎児血清を含むGIT培地(和光純薬工業(株))あるいはハイブリドーマ培養用無血清培地(SFM−101、日水製薬(株))などを用いることができる。培養温度は、通常20〜40℃、好ましくは約37℃である。培養時間は、通常、5日〜3週間、好ましくは1週間〜2週間である。培養は、通常5%CO2下で行なうことができる。
【0042】
本発明のモノクローナル抗体の産生は、新臨床免疫実験操作法(part 3)、科学評論社、1997に記載される細胞ELISA法を用いて確認およびスクリーニングできる。免疫に用いた細胞をスクリーニングに使用するとバックグラウンドが高くなることや偽陽性が多くなることが予想される場合、免疫に用いた細胞とは別の細胞で過剰発現するヒトα9インテグリンに反応し、かつ、ヒトα4インテグリンを過剰発現する細胞に反応しないクローンを抗ヒトα9インテグリン抗体とすることができる。このようなクローンから限界希釈法を1から5回、好適には2から4回繰り返すことによりモノクローナル抗体を調製できる。
【0043】
[抗体の分離精製]
得られた抗体は、均一にまで精製することができる。抗体の分離、精製は通常のタンパク質で使用されている分離、精製方法を使用すればよい。例えばアフィニティークロマトグラフィー等のクロマトグラフィーカラム、フィルター、限外濾過、塩析、透析、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動、等電点電気泳動等を適宜選択、組み合わせれば、抗体を分離、精製することができる(Antibodies: A Laboratory Manual. Ed Harlow and David Lane, Cold Spring Harbor Laboratory, 1988)が、これらに限定されるものではない。アフィニティークロマトグラフィーに用いるカラムとしては、プロテインAカラム、プロテインGカラムが挙げられる。例えばプロテインAカラムを用いたカラムとして、Hyper D, POROS, Sepharose F. F.(Amersham Biosciences)等が挙げられる。
【0044】
[抗体の標識化]
得られた抗体を、公知の方法または市販のキットを用いて各種標識化(例えば、ビオチン標識、FITC標識、APC標識)できる。本発明では、Biotin Labeling Kit(同仁化学)を用いたビオチン標識が好適に用いられる。
【0045】
このようにして得られたモノクローナル抗体は、必要により精製した後、常法に従って製剤化し、癌、炎症性疾患、感染症、自己免疫疾患および骨疾患等の予防および/または治療剤として用いることができる。これらの予防および/または治療剤としての剤形は注射剤、点滴用剤などの非経口製剤とすることができ、創意工夫により経口製剤として使用することができる。また、製剤化に当たっては、薬事上および薬学的に許容される範囲内で、剤形に適した担体、希釈剤もしくは添加剤などを使用することができる。
【0046】
[抗体の薬理学的効果]
インテグリンの役割は、細胞と細胞外マトリックス(ECM)の接着、固定のみならず、細胞外マトリックスからの情報を細胞内シグナルに変換し、細胞の増殖、運動、細胞死、分化などの調節を担っていることが解明されてきている。従って、得られたモノクローナル抗体は、ECMとα9インテグリンとの結合を阻害することにより、ECMからの情報の細胞内シグナル伝達を遮断できることから、ECMが関与する疾患の治療が可能である。α9インテグリンに結合するECM、およびα9リガンドとしてOPN、ファイブロネクチン、プロペプチド−フォンビルブラントファククー(pp−vWF)、組織型トランスグルタミナーゼ(tTG)、第XIII血液凝固因子、Vascular Ce11 Adhesion Molecul
e-1(VCAM−1)、テネイシンC、プラスミンなどが知られている。これらのECMとα9インテグリンを発現している細胞や癌細胞を用い、得られたモノクローナル抗体の存在下での結合阻害をin vitroで観察することにより、本発明のモノクローナル抗体の対象疾患を見出すことができる。
【0047】
[抗体を含有する医薬]
本発明の抗体(特に、モノクローナル抗体)を有効成分とする製剤は、癌(例えば癌細胞の増殖、転移)、炎症性疾患(例えば関節リウマチ、変形性関節症、肝炎、気管支喘息、綿維症、糖尿病、動脈硬化、多発性硬化症、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病))、感染症(例えば肝炎)、自己免疫疾患(例えば全身性エリテマトーデス、多発性筋炎、自己免疫性甲状腺疾患、尿細管間質性腎炎、重症筋無力症)および骨疾患(例えば骨粗鬆症)等の治療剤(therapeutic agent)または予防剤(prophylactic agent)として用いることができる。
【0048】
投与量は、投与対象、対象疾患、症状、投与ルートなどによっても異なるが、例えば、癌患者の予防および/または治療のために使用する場合には、本発明の抗体を1回量として、通常0.01〜20mg/kg体重程度、好ましくは0.1〜10mg/kg体重程度、さらに好ましくは0.1〜5mg/kg体重程度を、1月1〜10回程度、好ましくは1月1〜5回程度、静脈注射により投与するのが好都合である。他の非経口投与および経口投与の場合もこれに準ずる量を投与することができる。症状が特に重い場合には、その症状に応じて増量または投与回数を増加させてもよい。
【0049】
本発明の抗体は、それ自体または適当な医薬組成物として投与することができる。上記投与に用いられる医薬組成物は、上記抗体またはその塩と薬理学的に許容され得る担体、希釈剤もしくは賦形剤とを含むものである。このような組成物は、非経口投与または経口に適する剤形として提供される。
【0050】
すなわち、非経口投与のための組成物としては、例えば、注射剤、点鼻剤、坐剤などが用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤などの剤形を包含する。このような注射剤は、公知の方法に従って、例えば、上記抗体を通常注射剤に用いられる無菌の水性もしくは油性液に溶解、懸濁または乳化することによって調製する。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖、ショ糖、マンニトール、その他の補助薬を含む等張液などが用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(例、エタノール)、ポリアルコール(例、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール)、非イオン界面活性剤〔例、ポリソルベート80、ポリソルベート20、HCO−50(polyoxyethylene(50mol)adduct of hydrogenated castor oil)〕などと併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油などが用いられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどを併用してもよい。調製された注射液は、通常、適当なアンプル、バイアル、シリンジに充填される。直腸投与に用いられる坐剤は、上記抗体を通常の点鼻薬用基剤、坐薬用基剤に混合することによって調製される。また、上記抗体を適当な賦形剤を添加することにより、凍結乾燥製剤を調製し、用時、注射用水、生理食塩水などで溶解して注射液とすることもできる。なお、一般的に抗体などのタンパク質の経口投与は消化器により分解されるため、困難とされるが、抗体断片や修飾した抗体断片と剤形の創意工夫により、経口投与の可能性もある。
【0051】
上記の非経口用医薬組成物は、活性成分の投与量に適合するような投薬単位の剤形に調製されることが好適である。このような投薬単位の剤形としては、注射剤(アンプル、バイアル、プレフィルド・シリンジ)、点鼻剤、坐剤などが例示され、それぞれの投薬単位剤形当たり通常5〜500mg、とりわけ注射剤では5〜100mg、その他の剤形では10〜250mgの上記抗体が含有されていることが好ましい。
【0052】
なお前記した各組成物は、上記抗体との配合により好ましくない相互作用を生じない限り他の活性成分を含有してもよい。例えば、本発明の医薬製剤は、上記抗体に加えて、抗ヒトα4インテグリン抗体を含有させることができる。この場合の混合比は特に限定されないが、例えば、抗ヒトα9インテグリン抗体:抗ヒトα4インテグリン抗体の比率を1〜99:99〜1の比率の範囲内で調整することができる。
【0053】
[本発明のモノクローナル抗体を含有する診断剤]
本発明のモノクローナル抗体を含有してなる医薬組成物は、炎症性疾患、例えばリウマチ関節炎、肝炎、気管支喘息、線維症、糖尿病、癌転移、動脈硬化、多発性硬化症、肉芽腫等の診断剤、また臓器移植後の慢性拒絶反応抑制、全身性自己免疫疾患・エリテマトーデス・ぶどう膜炎・ベーチェト病・多発性筋炎・糸状体増殖性腎炎・サルコイドーシス等の自己免疫疾患の診断剤として用いることができる。本発明のモノクローナル抗体は、α9インテグリンを特異的に認識することができるので、被検液中のα9インテグリンの定量、特にサンドイッチ免疫測定法、競合法、あるいはイムノメトリック法などによる定量などに使用することができる。これら個々の免疫学的測定法を本発明の測定方法に適用するにあたっては、特別の条件、操作等の設定は必要としない。それぞれの方法における通常の条件、操作法に当業者の通常の技術的配慮を加えて測定系を構築すればよい。これらの一般的な技術手段の詳細については、総説、成書などを参照することができる。
【0054】
以上のように、本発明の抗体を用いることによって、α9インテグリンを感度良く定量することができる。さらに、本発明の抗体を用いる、生体内でのα9インテグリンの定量法を利用することにより、α9インテグリンが関連する各種疾患の診断をすることができる。例えば、α9インテグリンの濃度の増減が検出された場合は、α9インテグリンが関連する疾患、例えば炎症性疾患である可能性が高いまたは将来罹患する可能性が高いと診断することができる。また、本発明のモノクローナル抗体は、体液や組織などの被検体中に存在するα9インテグリンを特異的に検出するために使用することができる。また、α9インテグリンを精製するために使用する抗体カラムの作製、精製時の各分画に含まれるα9インテグリンの検出、被検細胞内におけるα9インテグリンの挙動の分析等に使用することができる。
【0055】
[ヒトα9インテグリンの活性を阻害する化合物のスクリーニング方法]
本発明の抗体が認識するヒトα9インテグリン上のエピトープを利用して、ヒトα9インテグリンの活性を阻害する化合物をスクリーニングすることができる。具体的には、本発明は、ヒトα9インテグリンのアミノ酸配列を含有するペプチド(以下、「ペプチドA」という)を用いることを特徴とする、ヒトα9インテグリンの活性を阻害する低分子化合物のスクリーニング方法を提供する。
【0056】
本発明のスクリーニング方法においては、例えば、(i)ペプチドAと、ヒトα9インテグリンのリガンド(例えば、テネイシンC、プラスミンなど)とを接触させた場合と(ii)ペプチドAと、リガンドおよび試験化合物とを接触させた場合との比較を行なう。工程(i)と(ii)の比較は、例えば、ペプチドAに対するリガンドの結合量を測定することにより行う。そのような結合量の比較を容易にするために、公知の手法によって標識したリガンドを用いることが好ましい。このような方法によって得られた候補化合物について、ヒトα9インテグリンの活性を阻害するか否かの確認実験を行って、ヒトα9インテグリンの活性を阻害する化合物を得る。
【0057】
ここで被験物質としては、ポリペプチド、タンパク質、生体由来の非ペプチド性化合物、合成化合物、微生物培養物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液等を用いることができ、新規化合物であっても、公知の化合物であっても良い。
【0058】
選択される化合物は、本発明の抗体同様、癌、炎症性疾患、感染症、自己免疫疾患および骨疾患等の予防および/または治療剤として用いることができる。
【0059】
以下に実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、これは本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0060】
(実施例1)
[ヒトα9インテグリンに対する抗体の作製]
ヒトα9インテグリンに対する抗体作製は、以下のようにしてBALB/cマウス3匹に対して免疫を行った。まず、ヒトα9インテグリン発現細胞(ヒトα9/NIH−3T3細胞)を3×106細胞/匹を腹腔内投与し、さらにその1週間後と2週間後に、ヒトα9/NIH−3T3細胞を3×106細胞/匹を腹腔内投与した。さらに一週間後、ヒトα9/NIH−3T3細胞を2×106細胞/匹を静脈内投与した。ヒトα9/CHO−K1細胞及びヒトα9インテグリンを内在的に発現するヒトメラノーマ細胞株(G361細胞)に反応し、且つ、ヒトα4インテグリン発現CHO−K1細胞に反応しないクローンを抗α9インテグリン抗体とした。その結果、抗ヒトα9インテグリン抗体を産生するハイブリドーマ細胞2クローン(K33N、M35A)を樹立した。
【0061】
ここで得られたハイブリドーマ細胞K33NおよびM35Aは、2007年5月29日に茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6(郵便番号305−8566)、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターにそれぞれ受託番号FERM BP−10830およびFERM BP−10831として寄託されている。
【0062】
(実施例2)
[抗ヒトα9インテグリン抗体の相補認識領域(CDR)の解析]
ヒトα9インテグリン抗体(K33N、M35A)を産生するハイブリドーマからmRNAを抽出して、逆転写によってcDNAを作製した。このcDNAを鋳型とし、ScFvクローニング用プライマー(Light Primer Mix、Heavy Primer Mix;アマシャムバイオサイエンス社)を用いてPCRを行い、抗体の重鎖と軽鎖の可変領域をそれぞれ伸長・増幅した。次に、PCR産物を常法に基づいてpCRII TOPO vectorに組み込んだ。これをシ
ークエンスしてアミノ酸配列を決定した。各抗体について3回ずつ上記の操作を行った。
【0063】
その結果、K33NおよびM35Aの重鎖および軽鎖の可変領域とCDR領域のアミノ酸配列は図1Aおよび図1Bに示す通りとなった。CDR領域のアミノ酸配列は、具体的には、以下の通りである。
【0064】
(重鎖)
[CDRH1]
K33N: SYYMN(配列番号1)
M35A: SYWIH(配列番号2)
[CDRH2]
K33N: WIFPGSGNTKYNEKFKGK(配列番号3)
M35A: EINPSSGRTNFIENFETK(配列番号4)
[CDRH3]
K33N: SWVSYERGYYFDY(配列番号5)
M35A: LAYGNYSWFAY(配列番号6)
【0065】
(軽鎖)
[CDRL1]
K33N: RASENIYYSLA(配列番号7)
M35A: RASETVDSYGNTFMH(配列番号8)
[CDRL2]
K33N: NANSLED(配列番号9)
M35A: LASNLES(配列番号10)
[CDRL3]
K33N: KQAYDVPYT(配列番号11)
M35A: QQNNEDPYT(配列番号12)
【0066】
なお、図1Aおよび図1Bには、上記の配列解析方法(GTS)とは異なる解析方法(異なる配列解析ソフトウェア)を使用して得た配列(JN BioおよびTakara)も示している。それぞれの方法の詳細は以下の通りである。
【0067】
[JN Biosciencesの配列解析法(K33N)]
ハイブリドーマ細胞(K33N)を10%牛胎児血清(FBS;HyClone)含有TIL Media I培地(免疫生物研究所)で7.5%CO2、37℃で培養し、増殖させた。 全RNAは、Invitrogenのプロトコールに従い、TRIzol試薬(Invitrogen)を用い、約3×106個のハイブリドーマ細胞から抽出した。 オリゴdT-プライマーを使用した逆転写反応でのcDNAの作製は、GeneRacer Kit(Invitrogen)を用い、Invitrogenのプロトコールに従った。H鎖とL鎖の可変領域cDNAは、マウス定常領域γ1とκにそれぞれ相当する3' primerおよびGeneRacer Kit 添付のGeneRacer 5' primer(5'-CGACTGGAGCACGAGGACACTGA-3'(配列番号14))を用い、Phusion DNA polymerase(New England Biolabs)を使用し、PCRで増幅した。 H鎖可変領域(VH)のPCR増幅のための3' primaerは 5'-GCCAGTGGATAGACAGATGG-3'(配列番号15)である。L鎖可変領域(VL)のPCR増幅のための3' primerは、5'-GATGGATACAGTTGGTGCAGC-3'(配列番号16)である。増幅したVHとVLの cDNAは配列決定のためにpCR4Blunt-TOPO vector(Invitrogen)中でサブクローニングした。可変領域のDNA配列解析はTocore(Menlo Park)で行った。
【0068】
[Takaraの配列解析法(M35A)]
ハイブリドーマ細胞(M35A)を培養、増殖させた後、細胞の全RNAはRNAiso(タカラバイオ社)を用いて、Acid Guanidine-Phenol-Chloroform法(AGPC法)で抽出した。抽出したRNAは常法によりDNase I 処理を行った後、フェノールクロロホルム処理を行い、DNase I を除き、エタノール沈殿で精製した。得られたRNA は再度蒸留水に懸濁して解析に用いた。DNase I 処理後の RNA 約1μg を鋳型に、Random Primer(9mer)を用いて逆転写酵素Reverse Transcriptase M-MLV(RNase H free)で逆転写反応を行った。可変領域のPCR 増幅には、各逆転写反応液の一部を鋳型とし、H 鎖はプライマーHeavy Primer 1 とHeavy Primer 2(アマシャムバイオサイエンス社)を、L 鎖にプライマーLight Primer Mix(アマシャムバイオサイエンス社)をそれぞれ用い、PCR 酵素にはタカラTaKaRa LA Taq を使用した。
【0069】
PCRによって得たDNA断片をアガロースゲルによって電気泳動し、バンドを切り出し、ゲルを溶かし出すことによってDNAの精製を行った。精製したDNAをpMD20-T vectorにTAクローニングした。可変領域のDNA配列解析はpMD20-T vectorに含まれるM13-47 primer配列を用いて遺伝子配列を決定した。シーケンス反応にはBigDye Terminators v3.1 cycle sequencing kit (アプライドバイオシステムズ社)を使用し、同社のプロトコールに従ってABI3730シーケンサー(アプライドバイオシステムズ社)により行った。
【0070】
図1Aおよび図1Bから明らかなように、用いる解析方法(または解析ソフトウェア)により、得られる配列に多少の違いがみられるが、CDRのアミノ酸配列に関しては、解析方法の違いによる差異は見られなかった。
【0071】
(実施例3)
[抗ヒトα9インテグリン抗体の細胞接着阻害効果]
細胞接着する際にはα9インテグリンがOPN、ファイブロネクチン、テネイシンC、VCAM−1などの細胞外マトリックス(ECM)を含むリガンドと結合することから、得られた新規な抗ヒトα9インテグリン抗体の細胞接着阻害をα9インテグリン発現細胞(ヒトメラノーマ細胞G361)とリガンドの結合阻害で検討した。
【0072】
OPNペプチドはBSA(ウシ血清アルブミン)を結合したSVVYGLRペプチド、TN-C fn3 (RAA)はヒトテネイシン―CのFibronectin TypeIII repeatの三番目の領域を大腸菌にて発現させたタンパク(この領域内のRGD配列をRAA配列に変換した。)を用いた。
【0073】
OPN ペプチドまたはテネイシンCフラグメント(TN−C fn3(RAA)) (5μg/mL)を96穴プレートに37℃一時間放置後、0.5%BSA/PBSでブロッキングした。ヒトメラノーマ細胞G361は、1×105個/mLになるように0.25% BSA/DMEM培地で調整し、各濃度の抗ヒトα9インテグリン抗体を添加した。抗体を添加したG361細胞を200μLずつ固相した96穴プレートに入れ、37℃1時間反応させた。二回PBSにて洗浄後、接着細胞を0.5% クリスタルバイオレッド/20%メタノールで固定、染色した。3回、蒸留水で洗浄後、20%酢酸で溶解し、590nmにおける吸光度を測定した。なお、陰性対照としてヒト・オステオポンチンに対するモノクローナル抗体(5A1)、陽性対照として先に調製した抗ヒトα9インテグリン抗体5種類(1K11、21C5、24I11、25B6、28S1)を用いた。
【0074】
OPN ペプチドへのG361細胞の接着に及ぼす抗ヒトα9インテグリン抗体の影響を図2に、テネイシンCフラグメントでの結果を図3に示す。
【0075】
OPN ペプチドへのG361細胞の接着において、M35Aは陰性対象5A1と陽性対象1K11、25B6、28S1と同様に細胞接着阻害の効果が小さかった。一方、K33Nは陽性対象21C5、24I11に比べて少量で細胞接着を阻害し、Y9A2と同等の細胞接着阻害効果を示した。テネイシンCフラグメントへのG361細胞の接着では、M35Aは細胞接着阻害の効果が小さかったが、K33Nは少量で細胞接着を阻害し、Y9A2と同じ程度にその細胞接着阻害効果が陽性対象21C5、24I11に比べて明らかに強かった。このように、特にK33Nは他の抗体と比較しても格別顕著な細胞接着阻害効果を示した。
【0076】
(実施例4)
[抗ヒトα9インテグリン抗体の認識部位の差異]
新規に作製した抗ヒトα9インテグリン抗体K33Nの細胞接着阻害効果がY9A2と同様な挙動を示したので、ヒトα9インテグリン発現細胞(hα9/CHO)に対する両抗体の競合反応をFACSで検出することにより、認識部位の差異を調べた。
【0077】
ビオチン標識したK33NまたはY9A2(5μg/mL、100μL)にその100倍量のK33N、Y9A2、陰性対象IgG(0.5mg/mL、100μL)を加えた後、ヒトα9インテグリン細胞(hα9/CHO、1×107/mL、100μL)と反応(4℃、30分)させ、FACSバッファー(0.5%BSA/PBS)で細胞を洗浄した。ストレプトアビジン標識APC(0.5μg/mL、100μL)を細胞溶液に加え、(4℃、20分)で反応させ、再度FACSバッファーで細胞を洗浄した後、7−AAD(0.05mg/mL、20μL)を用いて死細胞の染色を行った。その後、再度FACSバッファーで洗浄して、細胞をFACSで測定した。
【0078】
図4に示すように、ヒトα9インテグリン発現細胞に対してビオチン標識Y9A2と無標識Y9A2を競合反応させると蛍光物質が結合した細胞が明らかにバックグランド近辺まで減少しているが、ビオチン標識Y9A2と無標識K33Nの共存下では蛍光物質が結合した細胞の減少はみられるものの、バックグランド近辺まで減少しなかった。一方、ヒトα9インテグリン発現細胞に対してビオチン標識K33Nに無標識K33Nを添加すると競合し、蛍光物質が結合した細胞が明らかに減少したが、無標識Y9A2を添加しても蛍光物質が結合した細胞が無標識K33N添加までは減少しなかった。したがって、Y9A2とK33Nが同じエピトープを認識する場合には競合を示すが、完全な競合を呈しなかったことから、Y9A2とK33Nは異なるエピトープを認識しており、同一の抗体でないと示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の抗α9インテグリン抗体は、優れたα9インテグリン機能抑制作用を示し、癌(例えば、癌細胞の増殖、転移)、炎症性疾患(例えば、関節リウマチ、変形性関節症、肝炎、気管支喘息、綿維症、糖尿病、動脈硬化、多発性硬化症、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病等))、感染症(例えば、肝炎)、自己免疫疾患(例えば、全身性エリテマトーデス、多発性筋炎、自己免疫性甲状腺疾患、尿細管間質性腎炎、重症筋無力症)および骨疾患(例えば、骨粗鬆症)等に対する治療効果を奏する。また、本発明の抗α9インテグリン抗体および抗α4インテグリン抗体の両者を含有する医薬組成物は、さらに改善された癌、炎症性疾患等の治療効果を奏する。本発明の抗体は、細胞や組織におけるα9インテグリンの発現を病理学的に検出できることから、診断薬としても利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1A】抗ヒトα9インテグリン抗体(K33NおよびM35A)の重鎖の相補認識領域(CDR)を含む可変領域のアミノ酸配列を解析した結果を示す図である。K33NおよびM35Aのそれぞれについて、2つの異なる配列解析ソフトウェアを使用した結果を示す。
【図1B】抗ヒトα9インテグリン抗体(K33NおよびM35A)の軽鎖の相補認識領域(CDR)を含む可変領域のアミノ酸配列を解析した結果を示す図である。K33NおよびM35Aのそれぞれについて、2つの異なる配列解析ソフトウェアを使用した結果を示す。
【図2】抗ヒトα9インテグリン抗体(本発明の2クローン(K33N、M35A)、その他の5クローン(1K11、21C5、24I11、25B6、28S1)、およびY9A2)の細胞接着阻害効果をヒトα9インテグリン発現細胞(ヒトメラノーマ細胞G361)とOPNのα9インテグリン結合部位ペプチド(SVVYGLR)で調べた結果を示す図である。陰性対照としてヒト・オステオポンチンに対するモノクローナル抗体(5A1)を用いた。
【図3】抗ヒトα9インテグリン抗体(本発明の2クローン(K33N、M35A)、その他の5クローン(1K11、21C5、24I11、25B6、28S1)、およびY9A2)の細胞接着阻害効果をヒトα9インテグリン発現細胞(ヒトメラノーマ細胞G361)とテナイシンCフラグメントのα9インテグリン結合部位ペプチドで調べた結果を示す図である。陰性対照としてヒト・オステオポンチンに対するモノクローナル抗体(5A1)を用いた。
【図4】ヒトα9インテグリン発現細胞に対する新規な抗ヒトα9インテグリン抗体(K33N)とY9A2との競合反応を調べた結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1〜12のうちのいずれかのアミノ酸配列を含有する、抗ヒトα9インテグリン抗体。
【請求項2】
配列番号1、3、5、7、9、または11のアミノ酸配列を含有する抗ヒトα9インテグリン抗体。
【請求項3】
配列番号1、3、5、7、9、および11のアミノ酸配列を含有する抗ヒトα9インテグリン抗体。
【請求項4】
配列番号2、4、6、8、10、または12のアミノ酸配列を含有する抗ヒトα9インテグリン抗体。
【請求項5】
配列番号2、4、6、8、10、および12のアミノ酸配列を含有する抗ヒトα9インテグリン抗体。
【請求項6】
重鎖の相補性決定領域(CDRH)におけるアミノ酸配列として配列番号1〜6のいずれかのアミノ酸配列を、軽鎖の相補性決定領域(CDRL)におけるアミノ酸配列として配列番号7〜12のいずれかのアミノ酸配列を含有する抗ヒトα9インテグリン抗体。
【請求項7】
ヒトα9インテグリンと、α9インテグリンのリガンドとの結合を阻害する、請求項1〜6のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体。
【請求項8】
モノクローナル抗体である、請求項1〜7のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体。
【請求項9】
キメラ抗体である、請求項1〜8のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体。
【請求項10】
ヒト化抗体である、請求項1〜8のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体。
【請求項11】
ヒト抗体である、請求項1〜8のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体。
【請求項12】
受託番号FERM BP−10830またはFERM BP−10831で標示されるハイブリドーマ細胞により産生される抗ヒトα9インテグリン抗体。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体を有効成分として含む、癌、炎症性疾患、感染症、自己免疫疾患または骨疾患の治療剤。
【請求項14】
請求項1〜12のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体および抗ヒトα4インテグリン抗体の両方を有効成分として含む、癌、炎症性疾患、感染症、自己免疫疾患または骨疾患の治療剤。
【請求項15】
請求項1〜12のいずれかに記載の抗ヒトα9インテグリン抗体を有効成分として含む、癌、炎症性疾患、感染症、自己免疫疾患または骨疾患の診断剤。
【請求項16】
請求項1〜12のいずれかに記載の抗ヒトαインテグリン抗体を産生する細胞。
【請求項17】
受託番号FERM BP−10830またはFERM BP−10831で標示されるハイブリドーマ細胞。
【請求項18】
α9インテグリンのアミノ酸配列を含有するペプチドを用いることを特徴とする、α9インテグリンの活性を阻害する化合物のスクリーニング方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−167115(P2009−167115A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−4299(P2008−4299)
【出願日】平成20年1月11日(2008.1.11)
【出願人】(501416243)株式会社ジーンテクノサイエンス (9)
【Fターム(参考)】