説明

抗不安剤

【課題】抗不安剤を提供。
【解決手段】β-アラニンを含有する抗不安剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗不安剤に関する。
【背景技術】
【0002】
不安症は精神疾患の1種であり、発病原因がかなり複雑である。不安症は症状により更にパニック障害、全般性不安障害、恐怖、強迫性障害、外傷後ストレス障害などに分類される。不安症の主な症状は精神障害、気分障害、人格障害、行動障害、睡眠障害などに代表され、これらの‘不安’を適応症に含む医薬品はベンゾジアゼピン系、チエノジアゼピン系、カルバメート系などの50余りの品目にのぼる。
これらの医薬品は不安、焦燥、イライラ、抑うつ、不眠、緊張、恐怖感などの症状に適用されるが、症状を完全に改善、安定させるために何れも長期間に渡って服用する必要がある。この様な、大量、且つ連続的な摂取により薬依存症、興奮、錯乱など重大な副作用が引起される。或いは少量、短期間の使用でも眠気、めまい、脱力、便秘、食欲不振、肝機能障害など軽度な副作用が発生する。何れにしても従来の抗不安剤は副作用を起こし易い欠点を有する。これら抗不安剤による副作用の欠点を改善するために新たな医薬品及び機能性食品などの開発が必要とされる。
近年、ハーブの研究が進み、ウコギ科に属するエゾウコギ、セントジョーンズワート(セイヨウオトギリソウ)、食品原料用ハーブのひとつであるシミシフーガ(学名:Cimicifuga racemosa 、慣用名:ブラックコホシュ)が抗うつ、リラクゼーションに効果があることが明らかになってきた。これらはハーブ抽出物を利用した飲料として、エゾウコギを含む栄養飲料(特許文献1)等の開示がある。
【0003】
メンタルヘルスの改善、ストレスの緩和は、心身において健康維持に重要な課題ではある。この効果を示す成分として、ハーブ抽出物(エゾウコギ、セントジョーンズワート等)があるが、味臭いの点から、広範囲な食品への応用が難しかった。また、植物の抽出物であるため、メンタルヘルスの改善、ストレスの緩和に効果のある成分以外の成分も摂取することになり、過剰摂取による安全性に疑問があると言われている。
【0004】
アラニンは非必須アミノ酸であり、α−アラニンとβ−アラニンがある。
α−アラニンは、肝臓での糖質の合成原料となるアミノ酸で生体のエネルギー生成に重要な役割を果たし、TCA回路の流れを強めることにより脂肪燃焼効果を有する。肝機能の改善効果や下痢によって失われた水分補給、運動後に糖が不足したときに起こるケトーシスを、ケトン体を減らすことにより防ぐ。また、血糖値の低い時に分泌され、グリコーゲンの分解を促進するグルカゴンというホルモンを分泌する。したがって、経口経腸栄養組成物(特許文献2)、末梢静脈投与用輸液(特許文献3)や中心静脈投与用輸液(特許文献4)など体の機能への応用が計られてきた。一方、中枢神経系(脳)に対するアミノ酸や低分子窒素化合物としては、セリン(特許文献5、非特許文献1、 非特許文献2)や クレアチン(グリシン、L−アラニン、S−アデノシルメチオニンからなる化合物)(特許文献6、非特許文献3)が知られている。
β-アラニン (β-alanine) は、β位にアミノ基を持つβ-アミノ酸のひとつである。アラニン(α-アラニン) とは構造異性体の関係にあり、それとは違って不斉中心を持たない。タンパク質の構成原料とならないアミノ酸で、ジヒドロウラシルやカルノシンの分解により得られる。生体内ではカルノシンやアンセリンなどのペプチド構成分子としてや、補酵素Aを構成するパントテン酸(ビタミンB5)の構成分子として存在する。そのため、カルノシンやアンセリンなどを多く含む筋肉中に多く存在する。β- アラニンが筋肉組織内で果たす役割の一つとして乳酸の生成を抑える効果に着目し、強度トレーニングに対するサプリメントとして期待されている。
【0005】
本発明者らは以前の試験において、セリンやホスファチジルセリンなどセリンユニットを有する化合物、あるいはグリシン、ホスファチジン酸などに抗不安効果を見出し、特許出願を行った(特願2005-029114号)。さらに、L−セリンなどの投与によりストレス負荷条件下で顕著に睡眠誘導効果が現れることを発見し、その効果を見出して特許出願(特許3999249号)した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−38140号公報
【特許文献2】特開平08−175987号公報
【特許文献3】特開平10−087497号公報
【特許文献4】特開平10−087498号公報
【特許文献5】特開2005−247841号公報
【特許文献6】特開2005−348720号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Koutoku, T. et al., 2005, Neurochemistry International 47:183-189.
【非特許文献2】Asechi, M. et al., 2006, Behavioural Brain Research 170:71-77.
【非特許文献3】Koga, Y. et al., 2005, Neuroscience 132:65-71.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は従来の抗不安剤が有する副作用を発現しない抗不安剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、抗不安剤など精神疾患に対応する医薬品、食品、特定保健用食品、栄養機能食品、又は健康食品を開発するために鋭意検討を重ねた結果、β-アラニンに抗不安効果があることを見出した。
すなわち、本発明は、
(1)β-アラニンを含有することを特徴とする抗不安剤。
(2)β-アラニンが、化学合成法、酵素法、発酵法のいずれかの方法によって製造されたものであることを特徴とする(1)記載の抗不安剤。
(3)β-アラニンの含有量が1質量%以上であることを特徴とする(1)又は(2)記載の抗不安剤。
(4)(1)〜(3)いずれかに記載の抗不安剤を含有する抗不安を目的とした医薬品。
(5)(1)〜(3)いずれかに記載の抗不安剤を含有する抗不安を目的とした特定保健用食品、栄養機能食品、又は健康食品。
(6)剤型が錠剤又はハードカプセル、ソフトカプセル、顆粒剤又は液剤であることを特徴とする(5)記載の特定保健用食品、栄養機能食品、又は健康食品。
(7)(1)〜(3)いずれかに記載の抗不安剤を含有する抗不安を目的とした飼料
に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、β−アラニンを有効成分とする新たな抗不安剤を開発することができた。β−アラニンは副作用を起こさず安全な物質であるので、副作用を心配することなく抗不安剤として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】オープンフィールド試験環境概略図
【図2】オープンフィールド試験による移動距離を示すグラフ
【図3】高架式十字迷路試験環境試験器を示す概略図
【図4】高架式十字迷路試験によるオープンアーム滞在時間比率を示すグラフ
【図5】高架式十字迷路試験によるオープンアームへの進入回数比率を示すグラフ
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に関する抗不安効果に有効な化合物としてβ-アラニンを確認することができた。
【0013】
β-アラニンは次の化学構造式1に示される化合物である。
【化1】

【0014】
本発明に関わるβ-アラニンは化学合成法、酵素法、発酵法の何れかの方法によって製造することができる。また、アラニンは組織の構成成分であることから、収率は低いものの動物、植物などから抽出・精製して製造することもできる。本発明に関わるアラニンは特に製造方法を限定するものではない。
【0015】
本発明に関わる抗不安剤を製造するには、上記の方法で製造したβ-アラニンを有効成分とするもの又は市販のアラニンを有効成分とするものを原料として用いることができ、常法に従って公知の医薬用無毒性担体と組み合わせて製剤化すればよい。
本発明に関わる抗不安剤は、種々の剤型での投与が可能であり、例えば、経口投与剤としては錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、ソフトカプセル剤等の固形剤、溶液剤、懸濁剤、乳剤等の液剤、凍結乾燥製剤等が挙げられ、非経口投与剤としては、注射剤のほか、坐剤、噴霧剤、経皮吸収剤等が挙げられ、これらの製剤は製剤上の常套手段により調製することができる。上記の医薬用無毒性担体としては、例えば、グルコース、乳糖、ショ糖、澱粉、マンニトール、デキストリン、脂肪酸グリセリド、ポリエチレングリコール、ヒドロキシエチルデンプン、エチレングリコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、アミノ酸、アルブミン、水、生理食塩水等が挙げられる。また、必要に応じて、安定化剤、滑剤、湿潤剤、乳化剤、結合剤等の慣用の添加剤を適宜添加することができる。
【0016】
本発明に関わる抗不安剤において、β-アラニンの投与量は、患者の年齢、体重、症状、疾患の程度、投与スケジュール、製剤形態等により、適宜選択・決定されるが、例えば、1日あたり0.01〜10g/kg体重程度とされ、1日1〜数回に分けて投与してもよい。
また、本発明に関わるアラニンは、生体構成成分であり、食品中にも普遍的に含まれている成分であることから安全性が高いと考えられ、不安の予防・改善を目的として、抗不安機能性食品として摂取することもできる。
【0017】
本発明に関わるβ-アラニンを含有することを特徴とする抗不安機能性食品は、特定保健用食品、栄養機能食品、又は健康食品として位置付けることができる。機能性食品としては、例えば、アラニンに適当な助剤を添加した後、慣用の手段を用いて、食用に適した形態、例えば、顆粒状、粒状、錠剤、カプセル剤、ソフトカプセル剤、ペースト状等に形成したものを用いることができる。本発明のアラニンの摂取量は、年齢、体重、症状、疾患の程度、剤型等により適宜選択・決定されるが、例えば、1日あたり0.01〜10g/kg体重程度とされる。
【0018】
上述のβ-アラニンを含有する抗不安を目的とした医薬品、食品、特定保健用食品、栄養機能食品、又は健康食品中のβ-アラニンの含有量は組成物全量中1質量%以上にすることが望ましい。さらに望ましいのはβ-アラニンの含有量が組成物全量中20質量%以上にすることである。
さらに、β-アラニンを含有する抗不安剤を飼料として家畜、ペットに与えることにより、家畜の情緒が安定し、成長を促進することができる。
【0019】
β-アラニンを有効成分とする組成物の抗不安機能を検証することに当たって、本発明者はまずマウスにβ-アラニンを経口投与し、その後のマウスの行動を観察した。
【0020】
〔試験条件〕
[実験動物]
ICRマウス3週齢・雄を2群に分けてそれぞれ集団ケージにて飼育した。24時間明暗周期、室温25±1℃の環境条件下で、7日間訓化飼育後、コントロール群は、市販飼料(MF粉末、オリエンタル酵母株式会社)、β-アラニン投与群は、シグマアルドリッチジャパン株式会社より購入したものを上記市販飼料に2%の割合で混餌投与した。各飼料及び水は自由摂取で28日間飼育した。
【0021】
上記条件で28日間飼育した。行動試験は26日目にオープンフィールド試験、29日目に高架式十字迷路試験を行った。
【0022】
〔行動試験〕
β-アラニンの抗不安作用を確認するために、下記2試験を2日の間隔をおいて実施した。本試験は、久留米大学が管理している平成20年度地域科学技術進行事業委託事業に基づき、都市エリア産学官連携促進事業可能性試験の研究テーマにて行われた。
(1)オープンフィールド試験(OFT)
(2)高架式十字迷路試験(EPM)
【0023】
〔オープンフィールド試験(OFT)〕
動物が制約を受けることなく自由に行動できる空間をオープンフィールドと呼ぶ。探索行動/情動反応をみる基本的な行動薬理学試験である。試験対象動物にとって、これまで経験したことのない新奇な環境であることから、そこで認められる様々な行動は、動物の情動性を評価するために有用な指標と考えられている。
一般にマウスやラットを対象としたオープンフィールドには、床面の一辺が評価する動物の体長の数倍以上ある容器を用いて実施する。容器内の色は灰色のような暗色系とし照明は一定に保つ。また動物の行動に影響を及ぼす可能性がある音・振動・光などの外部刺激は排除する。試験では、動物をオープンフィールド内に置き、その直後より動物が示す種々の行動を経時的に観察する。
本試験に於いては、マウスを音・振動・光などの外部刺激を遮断した図1のような直径60cm高さ35cmの円形状のオープンフィールド内に置き、マウスの行動をオープンフィールド上部に設置したデジタルカメラにより5分間の移動軌跡を観察し、マウスの移動軌跡を数値化して評価した。
【0024】
〔結果〕
結果を図2に示す。
オープンフィールド試験による、コントロール群とβ-アラニン投与群の優位差は認められなかった。したがって、オープンフィールド試験においては、コントロールと同程度の精神状況にあるものと認められる。
【0025】
〔高架式十字迷路試験(EPM)〕
高架式十字迷路試験は、抗不安薬をスクリーニングするための不安関連行動評価法として開発され、広く用いられている。高架式十字迷路試験は、動物の探索行動を指標として観察・測定することによって不安水準を評価する方法である。動物が本質的に有する探索動因に基づく接近行動(好奇心)と不安や恐怖が動因となった回避行動とが平衡状態にある接近−回避型のコンフリクトモデルである。動物の探索行動を主な指標として、不安水準を簡便に測定することが可能であることから、抗不安薬のスクリーニング法として広く用いられている。つまり、高架式十字迷路に曝露された実験動物は「高所で壁がない」というストレスが特にオープンアーム上で負荷され、ヒトに類似した不安・恐怖に対する生体変化が生じていることが推定され、この高架式十字迷路試験は、不安関連行動の評価法としてより妥当性が高いと支持されている。
本試験は特殊な装置やトレーニングを必要とせず、実験動物の行動観察によって簡単に不安水準を評価できることから、抗不安薬のスクリーニング法の1つとして汎用されている。適切な実験条件の設定によって、不安惹起作用を高感度に検出することも可能である。
本試験に用いた高架式迷路試験装置は、図3に示すアームの長さ27cm、幅5cmのものを用いた。高さは60cmで、クローズドアームの高さも同一にした。壁の色は黒のものを用いた。実験室の照明は装置上での照度が70luxとなるように設定した。
本試験は、動物をオープンアーム方向へ頭を向けて迷路の中央部においた後、5分間の行動を観察した。測定項目はオープンアームへの進入回数及び滞在時間を不安行動の指標とし、オープンアームへの進入回数が多く、及び滞在時間が長いほど不安行動が少ないとした。
【0026】
結果を図4及び図5に示す。
有意差検定は、β-アラニン投与群に対し、t検定を用いた。
図4に示す通り、コントロール群との比較において、β-アラニン投与群においては、オープンアームへの滞在時間の増加が有意(P<0.001)に観察された。
また、オープンアーム進入回数も図5に示す通り、β-アラニン投与群においては、コントロール群に対し有意に増加していることが観察された(P<0.0001)。
この試験の結果から、β-アラニン投与による抗不安効果を確認することができる。
【0027】
[処方例1]
β−アラニンを含有する健康食品用ソフトカプセル剤の製造
β−アラニン(160mg)、ホスファチジルセリン25%含有液体大豆レシチン(40mg)、ビタミンEオイル(4mg)、ビタミンB1(チアミン硝酸塩)(1mg)、ビタミンB6(ピリドキシン塩酸塩)(2mg)、ビタミンB12(シアノコバラミン)(3mg)、ミツロウ(15mg)とパーム油(25mg)を配合して混合し、30分間撹拌した。80メッシュで篩過した後、真空撹拌機で脱泡処理を行った。ソフトカプセル充填機により内容量が250mgとなるように充填した。皮膜は通常用いられるゼラチン、グリセリン混合物を用いた。
【0028】
[処方例2]
[錠剤]
組成
β−アラニン・・・・・・・100mg
セルロース・・・・・・・・100mg
デンプン・・・・・・・・・42.5mg
ショ糖脂肪酸エステル・・・7.5mg
上記成分を混合、打錠し、錠剤を得た。
【0029】
〔処方例3〕
〔ハードカプセル〕
(組 成) (配合;質量%)
β−アラニン・・・・・・・100mg
セルロース・・・・・・・・40mg
デンプン・・・・・・・・・58mg
ショ糖脂肪酸エステル・・・2mg
上記成分を混合し、プルランをカプセル基材とするカプセルに充填し、ハードカプセルを得た。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
β-アラニンを含有することを特徴とする抗不安剤。
【請求項2】
β-アラニンが、化学合成法、酵素法、発酵法のいずれかの方法によって製造されたものであることを特徴とする請求項1記載の抗不安剤。
【請求項3】
β-アラニンの含有量が1質量%以上であることを特徴とする請求項1又は2記載の抗不安剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の抗不安剤を含有する抗不安を目的とした医薬品。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の抗不安剤を含有する抗不安を目的とした特定保健用食品、栄養機能食品、又は健康食品。
【請求項6】
剤型が錠剤又はハードカプセル、ソフトカプセル、顆粒剤又は液剤であることを特徴とする請求項5記載の特定保健用食品、栄養機能食品、又は健康食品。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれかに記載の抗不安剤を含有する抗不安を目的とした飼料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−208989(P2010−208989A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−56498(P2009−56498)
【出願日】平成21年3月10日(2009.3.10)
【出願人】(593106918)株式会社ファンケル (310)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】