説明

抗体の安定化方法およびその方法を用いたイムノクロマト法ならびに植物ウイルス診断キット

【課題】 特定構造のトリペプチドを用いて、抗体を安定化する方法およびその方法を用いたイムノクロマト法、ならびに植物ウイルス診断キットを提供すること。
【解決手段】 N末端からβ-アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチド(β-Ala−Orn−Orn)を、抗体もしくは抗体を含む組成物の媒体に含有させることで、安定となる。植物ウイルス検出を目的とするイムノクロマト法においては、植物ウイルスの抗体を含有する移動相媒体に、当該トリペプチドを抗体安定化剤として含有させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗体の安定化方法およびその方法を用いたイムノクロマト法ならびに植物ウイルス診断キットに係り、特に安定化剤としてN末端からβ-アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した特定のアミノ酸配列を有するトリペプチドを用いることを特徴とした抗体の安定化方法およびその方法を用いたイムノクロマト法ならびに植物ウイルス診断キットに関する。
【背景技術】
【0002】
抗原と抗体との特異的な反応を利用することで、抗原(目的物質)を高精度に検出したり、あるいは定量することが可能であることから、抗原抗体反応を利用した臨床診断、食品分析、環境分析等が広く行われている。しかし、抗体は保存安定性が低く、常温で保存すると抗原との反応性が著しく低下するという欠点があることから、溶液中での保存は専ら冷凍や冷蔵によることが一般的である。また、抗原の有無を簡便に判別できる方法としてイムノクロマト法が挙げられるが、植物ウイルスの検出にもイムノクロマト法を用いることができる。植物ウイルス病は難防除病害として、早期診断・早期除去が基本対策とされてきたが、生産現場では、依然として多くの作物で種々の植物ウイルス病が発生し、それによる品質低下や減収等の問題は後を絶たないのが実情である。また、毎年のように海外から侵入したと思われる新規ウイルスの発生等も報告されている。その中で、病害虫診断という技術は、生産上重要な位置を占めているが、正確な診断には知識と経験が必要とされる。
【0003】
さて、本願発明者らは、N末端からβ-アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチド(以下、「β-Ala−Orn−Orn」とも記す。)等が蛋白質の安定化剤として有効であることを見出し、既に特許出願している(特許文献1 本願出願時未公開)。その概要は次の通りである。
〔i〕 N末端からβ-アラニン、オルニチンの順、もしくはN末端からオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した配列を有するペプチドまたはその塩を、蛋白質もしくは蛋白質結合担体の少なくともいずれか一方を含む試薬組成物に共存させることを特徴とする蛋白質の安定化方法。
〔ii〕 N末端からβ-アラニン、オルニチンの順、もしくはN末端からオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した配列を有するペプチドまたはその塩からなる蛋白質安定化剤。
〔iii〕 β-アラニン、オルニチンの順でペプチド結合したジペプチド、もしくはオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したジペプチドまたはその塩からなる蛋白質安定化剤。
〔iv〕 N末端からβ-アラニン、オルニチンの順、もしくはN末端からオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した配列を有するペプチドまたはその塩を、蛋白質もしくは蛋白質結合担体の少なくともいずれか一方を含む試薬組成物に共存させてなることを特徴とする蛋白質含有溶液。
〔v〕 〔iv〕に記載の蛋白質含有溶液を用いてなる生体成分測定用試薬。
〔vi〕 〔iv〕に記載の蛋白質含有溶液を用いてなる生体成分測定のために用いる標準液。
【0004】
また、本願発明者らはそれに先立ち、シジミエキスから該トリペプチドを製造する方法についても既に出願している(特許文献2)。つまり、シジミエキスを水で希釈し、分画する方法である。同特許出願ではまた、α−アミノ基とδ−アミノ基を保護したオルニチンおよびβ-アミノ基を保護したβ-アラニンを用いた化学合成方法も開示している。さらに、シジミ身肉を構成する組織から抽出可能な酵素を用い、ともに化学修飾されていないβ-アラニンおよびオルニチン自体を基質として、ATPとMg2+存在下で該トリペプチドを製造する方法についても既に出願している(特許文献3 本願出願時未公開)。一方、イムノクロマト法による植物ウイルスの検出については、植物体または植物体表面上に存在する微量成分と結合する抗体を固定化試薬として含む反応部位を有する濾紙よりなるクロマトグラフ媒体を用い、検査対象植物体の粗汁液よりなる検査液、および前記微量物質と結合する抗体を担持させた着色粒子の分散液に、前記クロマトグラフ媒体を接触させて反応部位に到達するまで展開させ、前記クロマトグラフ媒体の反応部位の固定化試薬に結合した微量物質に抗体が結合することによって生ずる、前記着色粒子の凝集による発色状態を観察することを特徴とする植物中または植物体表面上の微量物質の検査方法が、既に提案されている(特許文献4)。
【0005】
【特許文献1】特願2005−239715「蛋白質の安定化方法、蛋白質安定化剤および蛋白質含有溶液」(本願出願時、未公開)
【特許文献2】特開2005−200377「新規トリペプチドおよびその製造方法」
【特許文献3】特願2006−256218「トリペプチドの合成方法、ペプチド合成酵素の調製方法およびペプチド合成酵素」(本願出願時、未公開)
【特許文献4】特許第2500335号「植物中または植物体表面上の微量物質の検出方法」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
さて本願出願人らは、これまでの研究において、上記特許文献4の発明を植物ウイルス検出技術に応用することによって、プロテインA吸着型抗体感作ラテックスを用いたイムノクロマト法を開発し、高感度にしかも迅速に植物ウイルスを診断することを可能にした。つまり、植物体または植物体表面上に存在するウイルスと結合する抗体を固定化試薬として含む反応部位を有する濾紙よりなるクロマトグラフ媒体を用い、検査対象植物体の粗汁液よりなる検査液、および前記ウイルスと結合する抗体を担持させた着色粒子の分散液に前記クロマトグラフ媒体を接触させて反応部位に到達するまで展開させ、前記クロマトグラフ媒体の反応部位の固定化試薬に結合した微量物質に抗体が結合することによって生ずる、前記着色粒子の凝集による発色状態を観察することを特徴とする植物ウイルスの検査方法である。
【0007】
このイムノクロマト法は、圃場などの野外の環境下において、誰もが容易にかつ確実に植物ウイルスの感染を診断することができることを目指したものであった。しかしながら実際は、目的とする植物ウイルスと結合する抗体を担持させた着色粒子の分散液(以下、「移動相」とも記す。)を室温保管しておくと著しく抗体との反応性が低下し、本試薬を常に冷蔵庫保管しておく必要があった。このことは、野外の環境下においては、クーラーボックス等冷蔵するための容器が必要となるばかりでなく、本キットを常温で市場流通させることができず、販売上の大きな障害となった。さらに、冷蔵保管した場合であっても安定性を数ヶ月間維持することが難しく、そのため在庫を持つことができずに受注生産により対応せざるを得ないことから、製造上極めて効率が悪く、商品のコスト高を招くことになった。これらのことから、開発された本イムノクロマト法を商品化するためには、室温保管に耐えられる抗体の安定化方法が強く求められていた。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、上記従来技術の問題点を除き、少なくても24℃(室温を想定したものである。)にて、6ヶ月間の保管に耐えられる抗体の安定化方法、およびその方法を利用したイムノクロマト法ならびに植物ウイルス診断キットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは上記課題について検討した結果、N末端からβ-アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチドが抗体に対して高い安定化効果があることを実証し、その方法をイムノクロマト法に応用したところ、室温を想定した24℃で6ヶ月間以上の保管に耐えられる安定性が得られることが明らかとなり、これに基づいて本発明に至った。すなわち、上記課題を解決するための手段として本願で特許請求される発明、もしくは少なくとも開示される発明は、以下の通りである。
【0010】
(1) 抗体もしくは抗体を含む組成物の媒体に、N末端からβ-アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチドを含有させることを特徴とする抗体安定化方法。
(2) 植物ウイルス検出のため、該植物ウイルスの抗体を含有する移動相媒体および固定相を用いるイムノクロマト法において、該移動相媒体にはN末端からβ-アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチドが抗体安定化剤として含有されていることを特徴とするイムノクロマト法。
(3) 特定の植物ウイルスを検出するために、該植物ウイルスの抗体を固定化したクロマトグラフ媒体と、該抗体を含む移動相媒体とを備えてなる植物ウイルス診断キットにおいて、該移動相媒体にはN末端からβ-アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチドが抗体安定化剤として含有されていることを特徴とする植物ウイルス診断キット。
つまり本願発明は、抗体もしくは抗体を含む組成物に、N末端からβ-アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチドを共存させることによって、抗体の保存安定性を顕著に高められるという新規技術を、その基礎とするものである。
【0011】
上記特許文献2において本願発明者らは、N末端からβ-アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチドが蛋白質の安定化剤として有効であることを明らかにしたが、その中では酵素(リゾチーム)の熱処理に対する安定化効果のみが記述されている。本願発明は抗体に対するものであり、抗体に対する該トリペプチドの高い安定化効果を利用するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、抗体もしくは抗体を含む組成物の媒体に、トリペプチド(β-Ala−Orn−Orn)を含有させることで、抗体を安定化することができる。植物ウイルス検出のため、該植物ウイルスの抗体を含有する移動相媒体および固定相を用いるイムノクロマト法において、該移動相媒体に該トリペプチドを含有させることで抗体を安定化することができ、室温を想定した24℃にて、6ヶ月間以上の保管に耐えられるイムノクロマト法を提供することが可能となる。さらに、特定の植物ウイルスを検出するために、該植物ウイルスの抗体を固定化したクロマトグラフ媒体と、該抗体を含む移動相媒体とを備えてなる植物ウイルス診断キットにおいて、該移動相媒体に該トリペプチドを含有させることで抗体を安定化することができ、室温を想定した24℃、6ヶ月間以上の保管に耐えられる植物ウイルス診断キットを提供することが可能となる。これにより植物ウイルス診断キットの生産、流通、使用時において、繁雑な冷蔵保管が不要となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明をより詳細に説明する。
特定構造(β-Ala−Orn−Orn)のトリペプチドは、シジミエキスからの精製、化学合成、あるいは酵素合成により入手することができる。本発明の抗体の安定化方法に用いる該トリペプチドまたはその塩は、N末端からβ-アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した配列を有するトリペプチドであり、抗体、酵素標識抗体、蛍光標識抗体、金コロイド抗体、磁性ビーズに吸着させた抗体、もしくはこれらを担体に結合させたもの等の、少なくともいずれかを含む抗体組成物に該トリペプチドを含有させることにより、抗体の安定化作用を得るものである。
【0014】
また、使用時における該トリペプチドの濃度については、混合して用いる試薬組成物中の抗体濃度や他の成分含量により最適化することが望ましく、0.1mM〜10mMの範囲で好適に用いることができるが、この範囲に限定されるものではない。
【実施例】
【0015】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
<実施例1 抗原抗体反応における、トリペプチド(β-Ala−Orn−Orn)の抗体に対する安定化効果>
ウサギIgGと西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識ヤギ抗ウサギIgG抗体との反応性において、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識ヤギ抗ウサギIgG抗体溶液に該トリペプチドを含有させることにより、該トリペプチドの同抗体に対する安定化効果を検討した。
(1)西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識ヤギ抗ウサギIgG抗体溶液の調製方法および保存試験方法
表1に記載の試験物質(安定化剤)を、0.15mol/l(リットル)塩化ナトリウム、0.05%Tween20および防腐剤として0.05%プロクリン300を含む50mmol/lトリス塩酸緩衝液(pH7.5)(以下P−TBSと記載する。)に溶解させて、設定した濃度に調製し、0.22μmフィルターで濾過した溶液を試験物質溶液とした。西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識ヤギ抗ウサギIgG抗体(以下HRP−ヤギ抗ウサギIgG抗体と記載する。)(CHEMICON INTERNATIONAL)を上記試験物質溶液で10000倍希釈した溶液を保存試験に用いた。試験当日、37℃で保存した1週間後、3週間後、6週間後、12週間後におけるHRP−ヤギ抗ウサギIgG抗体の活性(安定性)を検討した。各試験溶液は、測定前に室温(20〜25℃)に戻してから活性測定に使用した。
【0016】
(2)HRP−ヤギ抗ウサギIgG抗体の活性測定方法
固相化ヤギ抗ウサギIgG抗体プレート(Reacti−BindTM Goat Anti−Rabbit IgG Coated Plates,PIERCE)の各ウエルに1%BSAを含むP-TBS(以下BSA溶液と記載する。)を100μlずつ加え、次にBSA溶液で100ng/mlに調製したウサギIgG(CHEMICON INTERNATIONAL)を20μlずつ加え(ブランクはBSA溶液)、37℃で60分間静置して抗原抗体反応を行った。
【0017】
反応終了後、P−TBSで各ウエルを4回洗浄し、上記により保存試験に供したHRP−ヤギ抗ウサギIgG抗体溶液を100μlずつ加え、37℃で60分間静置して抗原抗体反応を行った。反応終了後、P−TBSで各ウエルを4回洗浄し、ペルオキシダーゼの基質としてテトラメチルベンジジン溶液(SureBlueTM TMB Microwell Peroxidase Substrate,KPL)を100μlずつ加え、37℃で30分間反応させ、青色に発色させた。30分後、各ウエルに1N HClを100μl加えて反応を止めると青色から黄色に変化し、波長450nmの吸光度をマイクロプレートリーダー(iEMS Reader MF,大日本製薬)で測定した。
【0018】
HRP−ヤギ抗ウサギIgG抗体の安定性は、ペルオキシダーゼの残存活性を測定することにより評価した。ペルオキシダーゼの残存活性は、試験溶液調製当日の試料を用いて測定した吸光度に対する、保存試験に供した試験溶液を用いて測定した吸光度の比を、百分率(%)で示した。測定波長は450nmである。ペルオキシダーゼの残存活性が高いほど、試験物質の抗体に対する安定化効果が高いことを示している。
【0019】
(3)結果
各試験物質におけるペルオキシダーゼの残存活性の結果を表1に示した。37℃、1週間保存において、HRP−ヤギ抗ウサギIgG抗体の残存活性は、無添加では28%、BSA添加では65%であり、活性は低下した。一方、本発明に係る該トリペプチド(1mM)では、残存活性が100%であり、活性低下が見られなかった。3週間保存、6週間保存においても、該トリペプチドは高い残存活性を示しており、12週間保存においては、HRP−ヤギ抗ウサギIgG抗体の残存活性は、無添加では1%、BSA添加では14%であったところ、本発明に係る該トリペプチド(1mM)では、残存活性が未だ50%という高い値を示し、極めて良好な安定化効果を示した。なお、従来から蛋白質安定化効果があるとして知られているアルギニンエチルエステル(1mM)では、6週間以後の残存活性が1%であり、結果は無添加の場合とほとんど変わらず、本試験の条件下における安定化効果は認められなかった。
【0020】
【表1】

【0021】
<実施例2 イムノクロマト法における、トリペプチド(β-Ala−Orn−Orn)の抗体に対する安定化効果>
植物ウイルスの一種であるキュウリモザイクウイルス(CMV)を抗原とし、同ウイルスをウサギに接種することにより作製したCMV抗血清を抗体としたイムノクロマト法における、該トリペプチドの抗体に対する安定化効果を検討した。
【0022】
(1)プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体の調製方法
プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体の調製は、イムノクロマト検出濾紙固定化用に白色ラテックス(Immutex S080−02−120,日本有機合成ゴム(株))を、検出用にピンク色ラテックス(Immutex G0304CR,日本有機合成ゴム(株))を用い、100μg/mlに調製したプロテインA溶液(ナカライ)と等量の0.5%白色ラテックス媒体あるいは1%ピンク色ラテックス媒体を混合し、160rpmで2時間、室温で振とうした後、10,000*g、10分間の遠心分離により沈殿を得た。洗浄用緩衝液(0.45% NaClおよび0.1% 仔牛血清アルブミン(BSA)を含む0.05M Tris−HCl緩衝液、 pH7.0)で懸濁し、遠心・懸濁の操作を4回繰り返し、懸濁した白色プロテインAラテックス媒体あるいはピンク色プロテインAラテックス媒体に、洗浄用緩衝液で50〜100倍に希釈した等量のCMV抗血清希釈液を加え混合して、4℃に一晩静置した。前述の洗浄操作を行い,最後に1mlの洗浄用緩衝液に懸濁して白色プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体あるいはピンク色プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体とした。
【0023】
(2)固定相の作製方法
イムノクロマト法における固定相の作製は以下のとおり行った。イムノクロマト検出濾紙にはガラス繊維濾紙GF/A(Whatman)を用い,同濾紙の上部に溶液吸収用濾紙としてガラス繊維濾紙GA100(Advantec)を重ねた。固定化用の白色プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体を、濾紙幅1cm当たり15〜20μlになるように検出濾紙の下側から17〜18mmの位置に面相筆を用いて1mm幅で画線するように吸着固定し、乾燥させた。白色PPCラベルシート(KOKUYO)端から1mmの位置に検出濾紙下側を揃えて張り付け、さらに検出濾紙下側端から5mmあけて透明PPCラベルシート(KOKUYO)をのせてカバーした。作製した固定相は、5〜10mm幅になるように切断し、室温のデシケーター内に保存した。
【0024】
(3)移動相試験液の調製方法
表2に記載の試験物質(安定化剤)を、検出用ピンク色プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体に溶解させて設定した濃度に調製し、移動相試験液とした。移動相試験液を5℃冷蔵庫および24℃の恒温器に静置し、試験当日、2週間後、1ヶ月後、2ヶ月後、3ヶ月後、6ヶ月後、10ヶ月後、12ヶ月後における活性(反応性)を測定し、試験物質の安定化効果を評価した。24℃という温度設定は、室温保管を想定したものである。
【0025】
(4)移動相(検出用ピンク色プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体)の活性測定方法
100μg/mlに調製したCMV溶液100μlを、上記により作製した固定相に吸収・展開させて固定化白色ラテックス粒子と抗原抗体反応させた後、直ちに、保存試験実施済みの安定化剤を含む移動相試験液(検出用ピンク色プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体)100μlを、濾紙に吸収・展開させた。室温に数分放置し、濾紙上の固定化白色ラテックス粒子の抗体に結合したCMVとピンク色プロテインA吸着型抗体感作ラテックス粒子の抗原抗体反応により生じる濾紙上のピンク色の着色線の有無およびその濃淡を、作製まもない移動相の着色の程度を対照として比較し、移動相に含まれる抗体の反応性を評価した。
【0026】
5℃における保存試験の結果を表2に示した。安定化剤無添加の移動相試験液は3ヶ月後までは弱いながら反応が認められた。アルギニンエステルを添加した移動相試験液は、保存2ヶ月まで極めて弱い反応が認められ、保存3ヶ月後以降は痕跡程度の極めて弱い反応であり、6ヶ月後以降は反応が認められなかった。
【0027】
一方、5℃に保存した2mMの該トリペプチドを含有させた移動相試験液は、12ヶ月後でも反応が認められ、本発明に係る該トリペプチドにおいては、抗体に対する高い安定化効果が示された。
【0028】
【表2】

【0029】
24℃における保存試験の結果を表3に示した。安定化剤無添加およびアルギニンエステルを添加した移動相試験液は、2週間後には反応が極めて弱くなり、1ヶ月後には反応が認められなかった。一方、24℃に保存した2mMの該トリペプチドを共存させた移動相試験液は、12ヶ月後でも反応が認められ、該トリペプチドにおける、抗体に対する高い安定化効果が示された。
【0030】
【表3】

【0031】
<実施例3 イムノクロマト法を用いた植物ウイルス診断キットにおける、トリペプチド(β-Ala−Orn−Orn)の抗体に対する安定化効果>
植物ウイルスの一種であるキュウリモザイクウイルス(CMV)を抗原とし、同ウイルスをウサギに接種することにより作製したCMV抗血清を抗体とするイムノクロマト法において、その移動相に上記トリペプチドを用いた植物ウイルス診断キットを作製し、該トリペプチドの抗体に対する安定化効果を検討した。
【0032】
(1)植物ウイルス診断キットに用いたプロテインA吸着型抗体感作ラテックスの調製方法
プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体の調製は、実施例2と同様に行った。イムノクロマト検出濾紙固定化用に白色ラテックス(Immutex S080−02−120,日本有機合成ゴム(株))を、検出用にピンク色ラテックス(Immutex G0304CR,日本有機合成ゴム(株))を用い、100μg/mlに調製したプロテインA溶液(ナカライ)と等量の0.5%白色ラテックス媒体あるいは1%ピンク色ラテックス媒体を混合し、160rpmで2時間、室温で振とうした後、10,000*g、10分間の遠心分離により沈殿を得た。洗浄用緩衝液(0.45% NaClおよび0.1% 仔牛血清アルブミン(BSA)を含む0.05M Tris−HCl緩衝液、 pH7.0)で懸濁し、遠心・懸濁の操作を4回繰り返し、懸濁した白色プロテインAラテックス媒体あるいはピンク色プロテインAラテックス媒体に、洗浄用緩衝液で50〜100倍に希釈した等量のCMV抗血清希釈液を加え混合して、4℃に一晩静置した。前述の洗浄操作を行い,最後に1mlの洗浄用緩衝液に懸濁して、白色プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体あるいはピンク色プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体とした。
【0033】
(2)植物ウイルス診断キットにおける固定相の作製方法
固定相の作製は実施例2と同様に行った。イムノクロマト検出濾紙にはガラス繊維濾紙GF/A(Whatman)を用い,同濾紙の上部に溶液吸収用濾紙としてガラス繊維濾紙GA100(Advantec)を重ねた。固定化用の白色プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体を、濾紙幅1cm当たり15〜20μlになるように検出濾紙の下側から17〜18mmの位置に面相筆を用いて1mm幅で画線するように吸着固定し、乾燥させた。白色PPCラベルシート(KOKUYO)端から1mmの位置に検出濾紙下側を揃えて張り付け、さらに検出濾紙下側端から5mmあけて透明PPCラベルシート(KOKUYO)をのせてカバーした。作製した固定相は、5〜10mm幅になるように切断し、室温のデシケーター内に保存した。
【0034】
(3)植物ウイルス診断キットにおける移動相の調製方法
該トリペプチドを、上記により調製した検出用ピンク色プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体に溶解させて2mMに調製し、移動相とした。移動相を24℃の恒温器に静置し、試験当日、1ヶ月後、2ヶ月後、3ヶ月後、6ヶ月後、12ヶ月後における反応性について検討した。24℃の温度設定は、室温保管を想定したものである。
【0035】
(4)植物ウイルス診断キットにおける移動相(検出用ピンク色プロテインA吸着型抗体感作ラテックス媒体)の活性測定方法
CMVの感染による明瞭な病徴が認められるキュウリの葉片(約100mg)に、磨砕用緩衝液(0.1% 2-メルカプトエタノール、10mM EDTA、0.15%ポリビニルピロリドン、0.1%BSAを含む0.1M リン酸緩衝液 pH7.0)を1ml加え、磨砕し、得られた粗汁液100μlを上記により作製した固定相に吸収・展開させて固定化白色ラテックス粒子と抗原抗体反応させた後、直ちに、保存試験実施済みの該トリペプチドを含むピンク色の移動相100μlを、濾紙に吸収・展開させた。室温に数分放置し、濾紙上の固定化白色ラテックス粒子の抗体に結合したCMVとピンク色プロテインA吸着型抗体感作ラテックス粒子の抗原抗体反応により生じる濾紙上のピンク色の着色線の有無およびその濃淡を、作製まもない移動相の着色の程度を対照として比較し、移動相に含まれる抗体の反応性を評価した。
【0036】
(5)結果
植物ウイルス診断キットにおける移動相の保存試験の結果、24℃保存6ヶ月後および12ヶ月後の移動相を用いてもピンク色の着色線が現れ、活性(反応性)が保持されていることが認められた。このことから、移動相に抗体安定化剤として該トリペプチドを用いることにより、室温保管でき、かつ圃場での検査に充分対応可能なイムノクロマト法を用いた植物ウイルス診断キットを提供できることが分かった。一方、該トリペプチドを用いない場合は、24℃保存1ヶ月で活性が認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0037】
特定構造のトリペプチド(β-Ala−Orn−Orn)が抗体安定化剤として有効であることが分かった。該トリペプチドを抗体の安定化に用いることで、これまで冷蔵保管が必要であった抗体を含有する試薬が、室温保管可能となる。イムノクロマト法を用いた植物ウイルス診断キットの移動相に応用することで、冷蔵保管することなく常温で販売でき、植物ウイルス診断キットを圃場に持ち込んで検査することも容易になる。したがって、産業上利用価値が高い発明である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗体もしくは抗体を含む組成物の媒体に、N末端からβ-アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチドを含有させることを特徴とする抗体安定化方法。
【請求項2】
植物ウイルス検出のため、該植物ウイルスの抗体を含有する移動相媒体および固定相を用いるイムノクロマト法において、該移動相媒体にはN末端からβ-アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチドが抗体安定化剤として含有されていることを特徴とするイムノクロマト法。
【請求項3】
特定の植物ウイルスを検出するために、該植物ウイルスの抗体を固定化したクロマトグラフ媒体と、該抗体を含む移動相媒体とを備えてなる植物ウイルス診断キットにおいて、該移動相媒体にはN末端からβ-アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチドが抗体安定化剤として含有されていることを特徴とする植物ウイルス診断キット。


【公開番号】特開2008−189613(P2008−189613A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−27581(P2007−27581)
【出願日】平成19年2月7日(2007.2.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許 出願(平成13年度、経済産業省、即効型地域新生コンソーシアム研究開発事業 (シジミの低温処理技術を利用した新しいエキスの開発)委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(591005453)青森県 (52)
【出願人】(598037983)株式会社 福島商店 (3)
【Fターム(参考)】