説明

抗体の改良方法

【課題】抗体の発現量や安定性等の性状を改善する方法を提供する。
【解決手段】ヒト抗体またはヒト化抗体の可変領域軽鎖(以下、VL鎖)の12位(Kabat numberingに従う)に位置するプロリンを、下記のいずれかのアミノ酸に置換することを特徴とする、ヒト抗体またはヒト化抗体を改良して発現量および/または安定性の向上した抗体を得る方法;
12位:Ser,His,Val,Gly,Leu,Arg,Phe,MetまたはGlu
および当該方法により得られた、発現量および/または安定性の向上したヒト抗体またはヒト化抗体またはヒト抗体もしくはヒト化抗体フラグメント。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト抗体分子のアミノ酸置換による分子改変を行い、発現量や安定性等の性状を改善する技術に関する。当該技術は、抗体を用いた研究または開発を推進する上でしばしば大きな障害となる、産生量の低さや、取り扱い時の凝集や変性、失活等に対して、それらを改善する手段となることが期待される。
【背景技術】
【0002】
抗体医薬品は、ヒトの持つ生体防御機構を基盤としており、特定の機能分子をターゲットとした分子標的治療薬であることから、大きな期待が寄せられている。特に癌分野やリウマチ分野において高い有効性が示されつつあることが、近年の世界的な開発ラッシュを後押しする状況となっており、世界市場規模はしばらく拡大を続けるものと考えられている。
【0003】
そうした社会背景に伴い、抗体医薬または抗体工学の分野においては、著しい技術の進展が展開されているものの、取得した抗体分子のクローンによっては、産生量の低さや安定性の低さなど、取り扱いにかなり苦労することもしばしばであり、それらを解決するのは容易ではない。そうした問題が、抗体を用いた研究または開発を推進する上での大きな障害となっている。
【0004】
また、抗体医薬品のかかえる課題として、コストの問題が挙げられている。比較的多量の抗体が治療に必要であり、製造設備等への多額の投資も発生するため、患者の負担のみならず国の医療費も増大することとなる。従って、抗体医薬品の開発においては、生産性の向上を達成し、コストを削減させることが大きな命題となっている。
【0005】
生体内での抗体の配列は、B細胞の成熟に伴って起こるランダムな遺伝子組換えや突然変異によって生じ、その中でより最適化された抗体配列を有するB細胞が選択されて増殖する。その最適化は、主には抗原結合能に依存するが、他にもドメイン安定性、H鎖とL鎖の相互作用、可変領域と定常領域との相互作用、プロテアーゼ感受性、更には細胞からの分泌効率など、多数の因子が複雑に寄与すると考えられる。よって、必ずしも天然の抗体配列が安定性に関して最適化されているとは言えない。
【0006】
分離された抗体クローンを組換えタンパク質として発現させ解析しようとしても、かなり不安定である場合が往々にしてある。その結果、(1)発現量が非常に低い、(2)可溶性に発現されずに封入体となりリフォールディングが必要となる、(3)精製の際に酸に曝すことにより変性が起こってしまう、或いは(4)室温或いは4℃での静置によってさえ沈殿や変性が起こり反応性が消失してしまう、といった様々な問題に直面する。
【0007】
それらの問題を解決するための対処法として、一つ目には、個々の抗体クローン毎に、操作条件や緩衝液等の至適条件の検討を行うことが考えられる。しかしながら、その検討には多くの労力とコストを要するばかりでなく、場合によっては解決することが出来ずに、有望な反応性を有する抗体クローンのその後の解析或いは開発を断念せざるを得ないこともある。
【0008】
また二つ目には、抗体の性状を改良するような、アミノ酸置換や分子形体の変換といった分子改変を行うことが考えられる。通常、蛋白質の安定性を向上させるための改変の方法としては、ホモロジーを有する他の配列から、より保存されたアミノ酸を移植する方法や、コンピューターモデリングを実施してrational designを行い、分子表面の親水性を上昇させる、または疎水性コアの内部の疎水性を上昇させてパッキングの強度を増加させる、などといった方法が検討される(非特許文献1)。
【0009】
抗体分子のアミノ酸置換による安定性の向上或いは発現量の向上に関して、これまでの報告例では、個々の抗体クローンの配列に特徴的なアミノ酸の改変を行ったものが多く、一般化しうるような改変技術の例はそれほど多くない。一般化が可能と考えられるような改変技術としては、VHに1または2箇所のアミノ酸置換を行うことにより一本鎖抗体(scFv)の安定性を向上させたWornらの報告(非特許文献2)や、VHに1または複数箇所のアミノ酸置換を行うことによりFvフラグメントの発現量を向上させ、凝集反応を抑制させたKnappikらの報告(非特許文献3)、VLに1または2箇所のアミノ酸置換を行うことによりVLドメインの安定性を向上させたSteipeらの報告(非特許文献4)、VLの34位(Kabat numberingに従う)を改変することによるscFvの安定性および発現量を向上させたHugoらの報告(非特許文献5)があるが、これらは改変の対象としている抗体がマウス抗体である。
【0010】
抗体医薬に関しては、マウス抗体を用いると、その高い免疫原性によって、ヒトに対して投与した場合、異物として認識・排除される。したがって、それらを疾患の治療薬剤として用いることは困難である。この問題を解決する方法として、マウスモノクローナル抗体を、蛋白工学的手法を用いてキメラ化することが考えられるが、マウス由来の配列が3割以上を占めるため、反復投与や長期投与により、投与するキメラ抗体の活性を阻害するような抗体が作られ、その効果を著しく減弱するだけでなく、重篤な副作用を招く可能性がある。
【0011】
そのため、マウス可変領域の相補性決定領域(CDR)をヒト可変領域に移植したヒト化抗体や、完全にヒト由来の配列を有するヒト抗体を構築することにより、それらの問題を解決するアプローチが主流となっている。
【0012】
一方、ヒト抗体を対象として、VHに1または複数箇所のアミノ酸置換を行うことによりscFvの安定性および発現量を向上させたEwertらの報告(非特許文献6)がある。しかし、ここで改変の対象とされたのはVH6ファミリーであり、このファミリーに属する遺伝子の使用頻度は1.4〜2.4%に過ぎないため(非特許文献7)、広く適用可能な技術とは言い難い。
【0013】
以上のように、疾病関連抗原をターゲットとする特異的抗体は、ヒトの診断や治療といった臨床の場において非常に有用であるため、高い抗原特異性、低い免疫原性、および高い生産性という特徴を合わせ持つ抗体の作製技術の確立が広く切望されていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Vriendら、J. Comput. Aided Mol. Des., 7(4), p.367-396 (1993)
【非特許文献2】Wornら、Biochemistry, 37, p.13120-13127 (1998)
【非特許文献3】Knappikら、Protein Eng., 8(1), p.81-89 (1995)
【非特許文献4】Steipeら、J. Mol. Biol., 240, p.188-192 (1994)
【非特許文献5】Hugoら、Protein Eng., 16(5), p.381-386 (2003)
【非特許文献6】Ewertら、Biochemistry, 42, p.1517-1528 (2003)
【非特許文献7】Brezinschekら、J. Clin. Invest., 99(10), p.2488-2501 (1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の課題は、ヒトに対して免疫原性の低いヒト抗体またはヒト化抗体を対象として、低い免疫原性および特異的な結合性を保持しつつ、高い生産性および優れた安定性を有する抗体を得るための抗体の一般的な改良方法を確立することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記のような状況を鑑み、本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、ヒト抗体の可変領域軽鎖(VL鎖)のアミノ酸を他のアミノ酸配列で置換することにより抗体の発現性や安定性を著しく向上させることに成功し、本発明を完成するに至った。さらに詳細には、本発明は、ヒト抗体の可変領域軽鎖(以下、VL鎖)の8位、12位、15位または18位(Kabat numberingに従う)の少なくともいずれか一つのアミノ酸をプロリンまたはシステインを除く他のアミノ酸に置換することを特徴とするものである。
【0017】
すなわち、本発明は、下記1)〜18)の発明を含むものである。
1)ヒト抗体またはヒト化抗体の可変領域軽鎖(以下、VL鎖)の8位、12位、15位または18位(Kabat numberingに従う)の少なくともいずれか一つのアミノ酸をプロリンまたはシステインを除く他のアミノ酸に置換することを特徴とする、ヒト抗体またはヒト化抗体を改良して発現量および/または安定性の向上した抗体を得る方法。
2)VL鎖の8位、12位、15位または18位のいずれかに位置する少なくとも一つのプロリン、または15位のアミノ酸を、プロリンまたはシステインを除く他のアミノ酸に置換することを特徴とする上記1)に記載の方法。
3)置換後の各位のアミノ酸が、それぞれ下記のいずれかのアミノ酸から選ばれる上記1)または2)に記載の方法。
8位:Gly,Thr,ArgまたはSer
12位:Ser,His,Val,Gly,Leu,Arg,Phe,MetまたはGlu
15位:Arg,Ser,GlyまたはPhe
18位:Arg,Ser,Phe,Ala,Trp,LeuまたはGln
4)当該VL鎖が、ヒトVκ1ファミリー、ヒトVκ2ファミリーまたはヒトVκ3ファミリーのいずれかに属する上記1)から3)のいずれかに記載の方法。
5)ヒトVκ1ファミリーに属するVL鎖の置換後の各位のアミノ酸が、それぞれ下記のいずれかのアミノ酸から選ばれる上記1)から4)のいずれかに記載の方法。
8位:Gly,Thr,ArgまたはSer
15位:ArgまたはSer
6)当該ヒトVκ1ファミリーに属するVL鎖の置換前のFR1が、DPK9(GenBank Accession No. X59315)由来の配列を有するVL鎖である上記5)に記載の方法。
7)置換後のヒトVκ1ファミリーに属するVL鎖のFR1が、配列番号2〜7に記載のアミノ酸配列から選ばれるアミノ酸配列である上記5)または6)のいずれかに記載の方法。
8)ヒトVκ2ファミリーに属するVL鎖の置換後の各位のアミノ酸が、それぞれ下記のいずれかのアミノ酸から選ばれる上記1)から4)のいずれかに記載の方法。
12位:Ser,His,Val,Gly,Leu,Arg,Phe,MetまたはGlu
15位:Arg
18位:Arg,Ser,Phe,Ala,Trp,LeuまたはGln
9)当該ヒトVκ2ファミリーに属するVL鎖の置換前のFR1が、DPK18(GenBank Accession No. X63403)由来の配列を有するVL鎖である上記8)に記載の方法。
10)置換後のヒトVκ2ファミリーに属するVL鎖のFR1が、配列番号9〜25に記載のアミノ酸配列から選ばれるアミノ酸配列である上記8)または9)のいずれかに記載の方法。
11)ヒトVκ3ファミリーに属するVL鎖の置換後の各位のアミノ酸が、下記のいずれかのアミノ酸から選ばれる上記1)から4)のいずれかに記載の方法。
15位:Arg,Ser,GlyまたはPhe
12)当該ヒトVκ3ファミリーに属するVL鎖の置換前のFR1が、DPK22(GenBank Accession No.X59315)由来の配列を有するVL鎖である上記11)に記載の方法。
13)置換後のヒトVκ3ファミリーに属するVL鎖のFR1が、配列番号27〜30に記載のアミノ酸配列から選ばれるアミノ酸配列である上記11)または12)のいずれかに記載の方法。
14)当該抗体が、完全抗体、またはFab、Fab'、F(ab')2、scAb、scFv、diabody[短いリンカーペプチドにより連結された同種または異種の可変領域重鎖(VH鎖)およびVL鎖からなる組換え二量体抗体]もしくはscFv−Fc等の抗体フラグメント、或いはそれらと他の蛋白との融合抗体または融合抗体フラグメント、低分子標識体が結合された抗体または抗体フラグメント、高分子修飾体で修飾された抗体または抗体フラグメントである上記1)から13)のいずれかに記載の方法。
15)アミノ酸置換を遺伝子組換え技術により行う、上記1)から14)のいずれかに記載の方法。
16)上記1)から14)のいずれかに記載の方法により得られた、発現量および/または安定性の向上したヒト抗体またはヒト化抗体、またはヒト抗体フラグメントまたはヒト化抗体フラグメント。
17)ヒト抗体またはヒト化抗体、またはヒト抗体フラグメントまたはヒト化抗体フラグメントの可変領域軽鎖(以下、VL鎖)の8位、12位、15位または18位(Kabat numberingに従う)の少なくともいずれか一つのアミノ酸がプロリンまたはシステインを除く他のアミノ酸で置換された、発現量および/または安定性の向上した抗体の製造方法であって、該置換後のVL鎖のアミノ酸配列を含む該ヒト抗体またはヒト化抗体、またはヒト抗体フラグメントまたはヒト化抗体フラグメントのアミノ酸配列をコードする遺伝子を作製し、該遺伝子を真核系または原核系生物の宿主に形質転換し、該宿主から該ヒト抗体またはヒト化抗体、またはヒト抗体フラグメントまたはヒト化抗体フラグメントを発現させ、ついで該ヒト抗体またはヒト化抗体、またはヒト抗体フラグメントまたはヒト化抗体フラグメントを回収することを含む方法。
18)上記17)に記載の方法により製造された、発現量および/または安定性の向上したヒト抗体またはヒト化抗体、またはヒト抗体フラグメントまたはヒト化抗体フラグメント。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、ヒト抗体分子のアミノ酸置換による分子改変を行った結果、抗体の発現量や安定性等の性状を著しく改善することが可能となった。当該技術は、抗体を用いた研究または開発を推進する上でしばしば大きな障害となる、産生量の低さや、取り扱い時の凝集や変性、失活等に対して、それらを改善する手段として利用可能となる。
【0019】
さらに、本発明の抗体改良方法は、ヒト抗体或いはヒト化抗体を材料として用い、フレームワーク領域のアミノ酸を改変の対象としているため、診断薬または治療薬としての抗体医薬品の開発に広く利用可能である。また、僅か1アミノ酸のみの改変であるため、ヒトに投与する際の抗原性惹起の懸念も最低限に抑えられている。
【0020】
分子改変により熱安定性を向上させることで、in vivoでの癌組織へのターゲティングが向上したことも報告されており(Willudaら、Cancer Res., 59, p.5758-5767 (1999))、安定性の向上が薬効の向上にもつながることが期待できる。このように、本発明の抗体改良方法は抗体医療の発展に多大なる貢献をもたらすものと期待される。さらに、抗体の応用範囲は医療分野に限らず多岐に及ぶことから、本発明は、関連する研究や産業の進展など広い領域に適用可能であることが期待できる。
【0021】
したがって、本発明の改良方法により得られたヒト抗体またはヒト化抗体またはヒト抗体もしくはヒト化抗体フラグメントは、発現量および/または安定性に優れており、精製段階における活性の消失や凝集体の生成などによる損失を低下させる効果があり、抗体生産や精製段階における有用性も提供できる。さらに、本発明の改良方法は当然安定性に優れたヒト抗体分子またはヒト化抗体分子を提供できることから製剤設計における多くの選択肢を提供でき、製剤化において大きなメリットを提供しうるものである。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】Fabの発現に用いたプラスミドの構造を示す図。
【0023】
【図2】SEB3-2-7の野生型およびL鎖8位改変体のペリプラズム画分について、機能を有するFab蛋白質としての発現量をELISAにより比較した図。
【0024】
【図3】SEB3-2-7の野生型およびL鎖8位改変体について、42℃で処理した場合の熱安定性をELISAにより比較した図。
【0025】
【図4】SEB3-2-7の野生型およびL鎖8位改変体について、pH4.5で処理した場合の酸耐性をELISAにより比較した図。
【0026】
【図5】RNOK203の野生型およびL鎖12位改変体の培養上清画分について、機能を有するFab蛋白質としての発現量をELISAにより比較した図。
【0027】
【図6】RNOK203の野生型およびL鎖12位改変体について、40℃で処理した場合の熱安定性をELISAにより比較した図。
【0028】
【図7】RNOK203の野生型およびL鎖12位改変体について、pH4.0で処理した場合の酸耐性をELISAにより比較した図。
【0029】
【図8】RNOK203の野生型およびL鎖12位改変体について、凍結融解耐性をELISAにより比較した図。
【0030】
【図9】CTLA4-3-1の野生型およびL鎖15位改変体のペリプラズム画分について、機能を有するFab蛋白質としての発現量をELISAにより比較した図。
【0031】
【図10】Fd鎖のC末端にE tagをコードする合成オリゴDNAを挿入したCTLA4-3-1Fabの野生型およびP15R改変体の発現プラスミドの構造を示す図。パネル(a)は野生型、パネル(b)はP15R改変体の発現プラスミドをそれぞれ示す。
【0032】
【図11】CTLA4-3-1 Fab−Eの野生型およびP15R改変体を構成するFd鎖およびL鎖のそれぞれについて、培養上清画分およびペリプラズム画分での発現量をウエスタンブロット分析により比較した図。パネル(a)はFd鎖をHRP標識anti-E tag Abにより検出した場合、パネル(b)はL鎖をHRP標識anti-c-myc tag Abにより検出した場合をそれぞれ示す。レーン1:マーカー、レーン2:CTLA4-3-1 Fab−Eの野生型の培養上清画分、レーン3:CTLA4-3-1 Fab−EのP15R改変体の培養上清画分、レーン4:CTLA4-3-1 Fab−Eの野生型のペリプラズム画分、レーン5:CTLA4-3-1 Fab−EのP15R改変体のペリプラズム画分。
【0033】
【図12】CTLA4-3-1 Fab−Eの野生型およびP15R改変体の培養上清画分およびペリプラズム画分について、Fd鎖とL鎖との複合体としての発現量をサンドイッチELISAにより比較した図。パネル(a)は培養上清画分、パネル(b)はペリプラズム画分をそれぞれ示す。
【0034】
【図13】CTLA4-3-1の野生型およびL鎖15位改変体について、28℃で処理した場合の熱安定性をELISAにより比較した図。
【0035】
【図14】CTLA4-3-1の野生型およびL鎖15位改変体について、酸耐性をELISAにより比較した図。パネル(a)はpH4.0で処理した場合、パネル(b)はpH3.5で処理した場合をそれぞれ示す。
【0036】
【図15】RNOK203の野生型およびL鎖15位改変体の培養上清画分について、機能を有するFab蛋白質としての発現量をELISAにより比較した図。
【0037】
【図16】RNOK203の野生型およびL鎖15位改変体について、pH5.0で処理した場合の酸耐性をELISAにより比較した図。
【0038】
【図17】SEB3-2-7の野生型およびL鎖15位改変体について、42℃で処理した場合の熱安定性をELISAにより比較した図。
【0039】
【図18】SEB3-2-7の野生型およびL鎖15位改変体について、酸耐性をELISAにより比較した図。パネル(a)はpH4.5で処理した場合、パネル(b)はpH4.0で処理した場合をそれぞれ示す。
【0040】
【図19】RNOK203の野生型およびL鎖18位改変体について、45℃で処理した場合の熱安定性をELISAにより比較した図。
【0041】
【図20】RNOK203の野生型およびL鎖18位改変体について、pH4.0で処理した場合の酸耐性をELISAにより比較した図。
【0042】
【図21】RNOK203の野生型およびL鎖18位改変体について、凍結融解耐性をELISAにより比較した図。
【発明を実施するための形態】
【0043】
改変を行うヒト抗体のVL鎖としては、λ鎖またはκ鎖があるが、マウスのL鎖は97%がκ鎖であるので(免疫学辞典第2版、2001年、東京化学同人)、ヒト化技術においてはほとんどの場合、ヒトVκが鋳型配列として用いられること、ヒトのL鎖についても、κ鎖の方が67%と多数を占めていることから(Knappikら、J. Mol. Biol., 296, p.57-86 (2000))、κ鎖を用いるのが好ましい。
【0044】
さらに、ヒトVκには、Vκ1からVκ6のファミリーがあることが知られているが、Vκ1、Vκ2、およびVκ3の使用頻度を合わせると92%となり、ヒトVκの大部分をカバーしていることになることから(Fosterら、J. Clin. Invest., 99(7), p.1614-1627 (1997))、Vκ1からVκ3の3種のいずれかを用いるのがより好ましい。
【0045】
抗体改変の戦略としては、ヒト化抗体のVL鎖の立体構造維持に重要とされているフレームワーク(FR)1の領域にあり、フォールディングの律速となる場合やαヘリックスやβシート構造を壊す場合があることが知られているアミノ酸残基、プロリン(Pro;P)を置換の対象として、アミノ酸置換の検討を行った。
【0046】
具体的には、ヒト抗体またはヒト化抗体のVL鎖の8位、12位、15位または18位の少なくともいずれか一つのアミノ酸を改変の対象とした。なお、本明細書において抗体のVL鎖中のアミノ酸残基の位置の特定は、Kabatのnumbering schemeに従って行った(Kabat, E. A.ら、Sequences of Proteins of Immunological Interest、第5版、NIH Publication No. 91-3242、1991)。
【0047】
改変の方法としては、これまでの報告例では、前述したように、rational designによるアプローチがほとんどであった。より高度に保存されたアミノ酸を移植する方法については、自然界において選択された抗体の配列は、上述の通り抗原結合能、ドメイン安定性、H鎖とL鎖の相互作用、可変領域と定常領域との相互作用、プロテアーゼ感受性、細胞からの分泌効率など多数の因子が複雑に寄与して選択されたものであるため、必ずしも天然の抗体配列が安定性に関して最適化されているとは言えず、この方法には限界があるということになる。また、コンピューターモデリングを利用する方法については、大きな労力を要するにも拘わらず、実際に安定性が増すとは限らず、現時点では効率的なアプローチとは言えない。
【0048】
そこで本発明者らは、進化工学的なアプローチによる検討を行った。すなわち、改変の対象としたアミノ酸をランダムなアミノ酸と置換し、その集団の中から望ましい性状を示す改変体を選択した。
【0049】
その結果、以下の実施例に示すように、VL鎖のFR1(1位〜23位)において下記のいずれかのアミノ酸置換が行われたものが発現量や安定性に改善を示すことが確認された。
8位:Gly,Thr,ArgまたはSer
12位:Ser,His,Val,Gly,Leu,Arg,Phe,MetまたはGlu
15位:Arg,Ser,GlyまたはPhe
18位:Arg,Ser,Phe,Ala,Trp,LeuまたはGln
【0050】
ここで、置換が行われる元のVL鎖のFR1の配列(wild)の代表例として、以下のアミノ酸配列が挙げられる。
Vκ1(抗SEB抗体SEB3-2-7) :DIVMTQSPSSLSASVGDTVTITC(配列番号1)
Vκ2(抗FasL抗体RNOK203) :DVVMTQTPLSLPVTLGQPASISC(配列番号8)
Vκ3(抗CTLA-4抗体CTLA4-3-1):EIVLTQSPGTLSLSPGERATLSC(配列番号26)
【0051】
さらに、詳細には、本発明において下記に示す改変を行い、得られた抗体について発現量および安定性(熱耐性、酸耐性、凍結融解耐性等)について評価した結果、いずれも顕著な改善効果が確認された。なお、「-」で示した箇所については、野生型(wild)のアミノ酸配列と同様であることを意味する。
【0052】

【0053】

【0054】

【0055】
これらの改変については、ヒト由来の抗体は言うにおよばず他の動物種由来の抗体についてすら、これまでの報告例および先行特許でも実施されておらず、本願の報告が初めての検討例である。
【0056】
特に、L鎖15位がArg(R)に置換された改変体(P15R)においては、機能性分子としての発現量が約100倍に増加するという劇的な効果を示した。Fabの1アミノ酸のみの置換でこれ程の効果を示した例はこれまでに報告された例がない。また、L鎖15位をArgまたはSerに置換することにより、発現量或いは安定性を向上させる改変技術は、少なくともVκ1、Vκ2およびVκ3のファミリーに対して適用可能であり、汎用性の高い技術であることが確認された。
【0057】
本発明におけるアミノ酸置換は、モデル抗体を用いて、VL鎖の8位、12位、15位、または18位にランダムなアミノ酸が導入された改変体ライブラリーをそれぞれ構築して行った。モデル抗体としては、Vκ1、Vκ2およびVκ3の各ファミリーに対して、ヒト抗SEB抗体(クローン名:SEB3-2-7)、ヒト抗CTLA-4抗体(クローン名:CTLA4-3-1)およびヒト化抗FasL抗体RNOKをそれぞれ用いた。それぞれの抗体のVL鎖遺伝子の対象アミノ酸コドンをランダムコドンNNK(NはAまたはCまたはGまたはT、KはGまたはT)で置換したオリゴDNAプライマーを用いて、野生型VLを鋳型としたPCR法により変異導入型VL鎖を増幅させた。この増幅させた変異導入型VL鎖を野生型Fab発現プラスミドのVL領域と置換することにより、改変型Fab発現プラスミドを構築した。JM83に形質転換し、得られたクローンを多数分離して、96ウェルマイクロタイタープレートで発現誘導を行った。ペリプラズム画分における発現FabをDot Blotにより評価し、発現の確認されたクローンについて性状解析を行った。Fabは大腸菌で可溶性に発現可能な抗体分子であると共に、可変領域の性状を簡便に調べることが出来る分子である。
【0058】
改変型Fabの発現量比較から、野生型に比べて発現量が高いと思われたクローンについて、DNA塩基配列分析を行い、1アミノ酸置換体であることを確認した。さらに、そのクローンに関して、発現量、熱安定性、酸に対する耐性、凍結融解に対する耐性を評価した。
【0059】
発現量は、例えば、シェイカーフラスコ培養で発現誘導を行い、回収した培養上清或いはペリプラズム画分を用いてELISAを行い、得られた吸光度について、機能を持ったFab蛋白質の量を示すものとして、クローン間で比較評価することができる。
【0060】
熱安定性は、例えば、Fabを発現させた培養上清或いはペリプラズム画分を希釈して、所定温度の水浴で2時間処理し、その後、室温に戻して、ELISAを行い、得られた吸光度の、未処理サンプルの吸光度に対する割合を残存活性として、クローン間で比較することにより評価することができる。
【0061】
酸に対する耐性は、例えば、Fabを発現させた培養上清或いはペリプラズム画分を希釈して、所定pHに調整して2時間静置し、その後、中和してELISAを行い、得られた吸光度の、未処理サンプルの吸光度に対する割合を残存活性として、クローン間で比較することにより評価することができる。
【0062】
さらに、凍結融解に対する耐性は、例えば、Fabを発現させた培養上清或いはペリプラズム画分について、凍結融解を所定回数繰り返したサンプルを用意し、ELISAを行い、複数回行ったサンプルの吸光度の、1回のサンプルの吸光度に対する割合を残存活性として、クローン間で比較することで評価することができる。
【0063】
これらの改変評価の結果、本発明者らは上記で詳述した改変を加えることにより、抗体の性状を改良することができることを見出した。
【0064】
本発明において、作製された改変抗体は、完全抗体のみならず、Fab、Fab'、F(ab')2、scAb、scFv、diabody、またはscFv−Fc等の抗体フラグメントの形で用いることが出来る。また、それらの抗体または抗体フラグメントは、他の蛋白質或いはペプチドと融合させた融合抗体であってもよい。またこれらの発現抗体に、各種の薬剤や放射性元素などを標識して用いることも出来、さらにポリエチレングリコールなどの合成高分子を修飾することも可能である。
【0065】
本発明により改良した抗体または抗体フラグメントは、遺伝子組換え技術を用い、それらをコードする遺伝子配列情報をもとに、適当な宿主(例えば、細菌、枯草菌、酵母、動物細胞など)に導入して発現させることによって作製することができる。
【0066】
本明細書において「ヒト化抗体」とは、ヒト抗体において可変領域中の相補性決定領域(CDR)のみがマウス等の非ヒト動物抗体由来であり、CDR以外の可変領域中のフレームワーク領域(FR)および定常領域はヒト抗体由来であるものをいう。
【0067】
以下、本願発明を実施例に基づき詳細に説明するが、本願発明は何らこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0068】
《実施例1:大腸菌株およびDNA》
(1)大腸菌株
JM83株(Gene, 33, p.103-119 (1985))を用いた。
【0069】
(2)プラスミド
プラスミドpTrc99A-Fab-mycは、trcプロモーターのコントロール下で各Fabクローンをコードする。大腸菌での発現およびフォールディングをスムーズにするために、CH1およびCκ領域C末端のCys残基はSerに置換されており、両鎖間のジスルフィド結合は欠損した分子型になっている。検出を容易にするために、L鎖のC末端にc-myc tagを付加している。ペリプラズムおよび培養上清へ分泌させるため、pelB配列シグナル(Leiら、 J. Bacteriol., 169, p.4379-4383 (1987))を両鎖のコード領域の前方に挿入している(図1)。
【0070】
(3)オリゴDNA
利用したオリゴDNAはSIGMA GENOSYS社において合成されたものを使用した。
【0071】
《実施例2:抗体クローン》
(1)抗SEB抗体SEB3-2-7
健常者20名由来末梢血由来リンパ球を出発材料として構築したscFvディスプレイファージライブラリーから組換えSEB蛋白質を用いたパンニング法により分離した、SEBを特異的に認識するヒト抗体である。VHはVH1ファミリーに属するDP-75のセグメント由来の配列を、VLはVκ1ファミリーに属するDPK9(GenBank Accession No. X59315)のセグメント由来の配列を有する。VLドメインのFR1のアミノ酸配列を配列番号1に示す。
【0072】
(2)抗FasL抗体RNOK203
文献(Nakashimaら、J. Immunol., 167, p.3266-3275 (2001))に報告された、Fas Ligandを特異的に認識し、中和能を有するヒト化抗体である。VLはVκ2ファミリーに属するDPK18(GenBank Accession No. X63403)のセグメント由来の配列を有する。VLドメインのFR1のアミノ酸配列を配列番号8に示す。
【0073】
(3)抗CTLA-4抗体CTLA4-3-1
健常者20名由来末梢血由来リンパ球を出発材料として構築したscFvディスプレイファージライブラリーから組換えCTLA-4蛋白質を用いたパンニング法により分離した、CTLA-4を特異的に認識するヒト抗体である。VHはVH1ファミリーに属するDP-25のセグメント由来の配列を、VLはVκ3ファミリーに属するDPK22(GenBank Accession No.X59315)のセグメント由来の配列を有する。VLドメインのFR1のアミノ酸配列を配列番号26に示す。
【0074】
《実施例3:野生型Fab発現プラスミドの構築》
前述の先行技術や報告例においては、VLドメイン単独やscFvを用いたものがほとんどであるのに対し、本発明においてはFabを用いて改変の検討を行った。IgGであれば動物細胞による発現が必要となるため解析に時間と労力を要するのに対し、フラグメントであれば細菌による産生が可能であるため検討が迅速に行えるという利点を有する。ドメイン単独やscFvに関しては、そのVHおよびVLの配列を組み換えてIgG分子型に変換した際に、おそらく構造の変化によると思われる抗原親和性の低下等の性状の変化がしばしば起こるのに対し、FabではIgG分子型に変換した際に、そのような変化は比較的起こりにくいことが知られている。従って、Fab分子型で確認した改変の効果は、IgG分子型に変換した際にも保持される可能性が高いと考えられる。現行の抗体医薬品はほとんどがIgG分子型であることから、本発明による改良技術は既知の技術よりも、抗体医薬分野への貢献度が大きいことが期待できる。
【0075】
SEB3-2-7およびCTLA4-3-1についてはscFv発現プラスミド(ベクター;pCANTAB5E)を、またRNOK203についてはIgG発現プラスミド(ベクター;pCAG:Gene 108, p.193-200, 1991)を出発材料として、Pyrobest DNA Polymerase(TAKARA社)を用いたPCR法により、VH遺伝子およびVL遺伝子を増幅し、VH遺伝子領域をSfiIで、VL遺伝子領域をXhoIおよびNotIで切断し、順番にpTrc99A-Fab-mycベクターに挿入した。
【0076】
《実施例4:形質転換》
形質転換は、Gene Pulser(BIO-RAD社)を用い、エレクトロポレーション法により行った。JM83株をコンピテントセルとして、形質転換し、50μg/mLのアンピシリンを含むLB寒天培地に塗布、30℃で一夜培養した。得られたクローンを分離・培養し、プラスミドを常法により調製してDNA塩基配列を分析した。
【0077】
《実施例5:DNA塩基配列分析》
改変したVL遺伝子のDNA塩基配列をCEQ DTCS Quick Start Kit(BECKMAN COULTER)を用いて決定した。構築した発現株については、DNA塩基配列を解析し、設計通りの配列であることを確認した。
【0078】
《実施例6:改変型Fab発現プラスミドの構築》
野生型Fab発現プラスミドを鋳型として、変異導入部位のコドンをNNK(NはAまたはCまたはGまたはT、KはGまたはT)としたオリゴDNAを用いて、上記と同様に、PCR法によりVL遺伝子を増幅し、野生型Fab発現プラスミドのVL領域と置換した。JM83に形質転換し、得られたクローンについて96ウェルマイクロタイタープレートで発現誘導を行った。
【0079】
《実施例7:プレート培養によるFabの発現誘導》
96ウェルプレート(COSTAR)に入れた50μg/mLのアンピシリンを含む2×YT培地に、上で得られたクローンおよびコントロールとして野生型Fab発現株を植菌し、30℃で5〜6時間培養し、終濃度1mMになるようにIPTGを添加して、更に一夜培養してFabの発現誘導を行った。培養終了後菌体を遠心回収し、1mM EDTAを含むPBSに懸濁して氷中に30分菌体を放置した。次いで2,000rpmで15分間遠心し、上清を回収してペリプラズム画分とした。
【0080】
《実施例8:Dot Blot》
発現量の解析は、Dot Blotにより行った。0.45μmニトロセルロースフィルター(Millipore)に上で得られたペリプラズム画分をスポットし、2%スキムミルクを含むPBS-0.05%Tween20でブロッキングした後、ペルオキシダーゼ(HRP)標識anti-Fab Ab(CAPPEL)で検出した。野生型に比べて発現量が高いと思われたクローンについて、上記と同様にしてDNA塩基配列分析を行い、1アミノ酸置換体であることを確認できたクローンについて、以下の評価を行った。
【0081】
《実施例9:シェイカー培養によるFabの発現誘導》
50μg/mLのアンピシリンを含むLB寒天培地に大腸菌懸濁液を塗布し、30℃で一夜培養後、シングルコロニーを、50μg/mLのアンピシリンを含む2×YT培地に植菌し、30℃でO.D.600nm=0.5〜1.0まで培養し、終濃度1mMになるようにIPTGを添加して、更に一夜培養してFabの発現誘導を行った。培養終了後菌液を遠心し、上清を培養上清画分とした。沈殿した菌体を、1mM EDTAを含むPBSに懸濁して氷中に30分菌体を放置した。次いで8,900×gで15分間遠心し、上清を回収してペリプラズム画分とした。
【0082】
《実施例10:ELISAによるSEB反応性の評価》
発現・精製した組換えSEBを200ng/100μL/wellで、ELISAプレート(Nunc)に4℃一夜固定化し、洗浄後、1%BSA-PBSで4℃一夜ブロッキングした。SEB3-2-7の野生型/改変体のペリプラズム画分または培養上清画分を用いて、1%BSA-PBSで希釈し、100μL/wellで37℃1時間反応させた。検出は、ビオチン化anti-Kappa Ab(Southern Biotechnology)とペルオキシダーゼ(HRP)標識ストレプトアビジン(Vector Lab.)とを組み合わせて行った。650nm/450nmにおける吸光度を、マイクロプレートリーダーVmax(Molecular Devices)を用いて測定した。
【0083】
《実施例11:SEB3-2-7を用いたL鎖8位改変体の発現量の評価》
SEB3-2-7の野生型/改変体のペリプラズム画分について段階希釈し、ELISAを行って機能を持ったFab蛋白質の発現量を比較評価した。その結果、SEB3-2-7のP8G改変体について、発現量の向上が認められた(図2)。
【0084】
《実施例12:SEB3-2-7を用いたL鎖8位改変体の熱安定性の評価》
SEB3-2-7の野生型/改変体の培養上清画分を1%BSA-PBSで希釈し、50μL/tubeにして、42℃の水浴で2時間処理した。その後、室温に戻し、ELISAを行って得られた吸光度の、未処理サンプルの吸光度に対する割合を残存活性としてグラフに示した。その結果、SEB3-2-7のP8T、P8G、P8RおよびP8S改変体について、熱安定性の向上が認められた(図3)。
【0085】
《実施例13:SEB3-2-7を用いたL鎖8位改変体の酸耐性の評価》
SEB3-2-7の野生型/改変体の培養上清画分を1%BSA-PBSで希釈し、50μL/tubeにした。1N HClとpHメーター(HORIBA)を用いてpH4.5に調整し、25℃で2時間処理した。その後、1M Tris-HCl(pH9.5)でpH7とし、ELISAを行って得られた吸光度の、未処理サンプルの吸光度に対する割合を残存活性としてグラフに示した。その結果、SEB3-2-7のP8T、P8G、P8RおよびP8S改変体について、酸に対する耐性の向上が認められた(図4)。
【0086】
《実施例14:ELISAによるFasL反応性の評価》
FasLについては、His-tagを付加された市販の組換えFas Ligand(R&D systems)を50ng/100μL/wellで、NIキレートプレート(Nunc)に室温2時間固定化した。RNOK203の野生型/改変体の培養上清画分を用いて、ブロックエース(大日本製薬)で希釈し、100μL/wellで37℃1時間反応させた。検出は、ビオチン化anti-Kappa Ab(Southern Biotechnology)とペルオキシダーゼ(HRP)標識ストレプトアビジン(Vector Lab.)とを組み合わせて行った。650nm/450nmにおける吸光度を、マイクロプレートリーダーVmax(Molecular Devices)を用いて測定した。
【0087】
《実施例15:RNOK203を用いたL鎖12位改変体の発現量の評価》
RNOK203の野生型/改変体の培養上清画分について段階希釈し、ELISAを行って機能を持ったFab蛋白質の発現量を比較評価した。その結果、RNOK203のP12S改変体について、発現量の向上が認められた(図5)。
【0088】
《実施例16:RNOK203を用いたL鎖12位改変体の熱安定性の評価》
RNOK203の野生型/改変体の培養上清画分をブロックエースで希釈し、50μL/tubeにして、40℃の水浴で2時間処理した。その後、室温に戻し、ELISAを行って得られた吸光度の、未処理サンプルの吸光度に対する割合を残存活性として、改変体間で比較した。その結果、RNOK203のP12S、P12H、P12V、P12G、P12L、P12R、P12F、P12MおよびP12E改変体について、熱安定性の向上が認められた。代表例についてグラフに示し(図6)、残りの改変体については各々の残存活性の、野生型の残存活性に対する比率を表1にまとめた。
【0089】
【表1】

【0090】
《実施例17:RNOK203を用いたL鎖12位改変体の酸耐性の評価》
RNOK203の野生型/改変体の培養上清画分をブロックエースで希釈し、50μL/tubeにした。1N HClとpHメーター(HORIBA)を用いてpH4.0に調整し、25℃で2時間処理した。その後、1M Tris-HCl(pH9.5)でpH7とし、ELISAを行って得られた吸光度の、未処理サンプルの吸光度に対する割合を残存活性としてグラフに示した。その結果、RNOK203のP12V改変体について、酸に対する耐性の向上が認められた(図7)。
【0091】
《実施例18:RNOK203を用いたL鎖12位改変体の凍結融解耐性の評価》
RNOK203の野生型/改変体の培養上清画分について、凍結融解を6回繰り返したサンプルと1回のみのサンプルを準備してELISAを行い、凍結融解1回のサンプルの吸光度に対する、凍結融解6回のサンプルの吸光度の割合を残存活性としてグラフに示した。その結果、RNOK203のP12S、P12V、P12G、P12L、P12RおよびP12F改変体について、凍結融解に対する耐性の向上が認められた(図8)。
【0092】
《実施例19:ELISAによるCTLA-4反応性の評価》
CTLA-4については、市販の組換えCTLA-4(R&D systems)を100ng/100μL/wellで、ELISAプレート(Nunc)に室温1時間固定化し、洗浄後、ブロックエースで室温1時間ブロッキングした。CTLA4-3-1の野生型/改変体のペリプラズム画分を用いて、ブロックエースで希釈し、100μL/wellで37℃1時間反応させた。検出は、ビオチン化anti-Kappa Ab(Southern Biotechnology)とペルオキシダーゼ(HRP)標識ストレプトアビジン(Vector Lab.)とを組み合わせて行った。650nm/450nmにおける吸光度を、マイクロプレートリーダーVmax(Molecular Devices)を用いて測定した。
【0093】
《実施例20:CTLA4-3-1を用いたL鎖15位改変体の発現量の評価》
CTLA4-3-1の野生型/改変体のペリプラズム画分について段階希釈し、ELISAを行って機能を持ったFab蛋白質の発現量を比較評価した。その結果、CTLA4-3-1のP15R、P15SおよびP15G改変体について、発現量の向上が認められた(図9)。特にP15R改変体に関しては、約100倍もの上昇という劇的な効果が認められたが、わずか1アミノ酸の置換により、機能を有するFab蛋白の発現量がこれ程上昇した例は、これまでに報告されていない。
【0094】
《実施例21:CTLA4-3-1 Fab−E野生型/P15R改変体発現プラスミドの構築》
実施例20において認められたP15R改変による発現量の向上を更に確認するために、Fab発現プラスミドの改変を行った。Fd鎖(H鎖のうち、VHからCH1までの領域を指す)のC末端にE tagをコードする合成オリゴDNAを挿入したCTLA4-3-1Fabの野生型/P15R改変体の発現プラスミドを構築した(図10)。以下、E tagを付加したFd鎖を含むFabをFab−Eと呼ぶ。JM83株をコンピテントセルとして、形質転換を行い、DNA塩基配列解析により設計通りの配列であることを確認した。これにより、Fabを構成するFd鎖およびL鎖について、Fd鎖はE tagを利用して、L鎖はc-myc tagを利用して検出することが可能となった。
【0095】
構築したCTLA4-3-1 Fab−E野生型/P15R改変体について、実施例9と同様にシェイカー培養による発現誘導を行い、培養上清画分およびペリプラズム画分を回収した。
【0096】
《実施例22:ウェスタンブロットによるCTLA4-3-1 Fab−E野生型/P15R改変体の発現量の評価》
実施例21で得た培養上清画分およびペリプラズム画分について、ウェスタンブロットにより、Fd鎖およびL鎖の検出を行った。Fd鎖をHRP標識anti-E tag Ab(Amersham Biosciences)で、L鎖をHRP標識anti-c-myc tag Ab(Roche)で検出したところ、Fd鎖とL鎖のいずれも野生型では検出できないのに対して、P15R改変体ではほぼ設計通りの分子量(Fd鎖・L鎖それぞれ約27kDaと約26kDa)の位置にバンドが検出された(図11)。これらの結果から、P15R改変により、Fd鎖とL鎖のいずれも発現量が向上していることが確かめられた。
【0097】
《実施例23:サンドイッチELISAによるCTLA4-3-1 Fab−E野生型/P15R改変体の発現量の評価》
Fd鎖とL鎖が会合(アセンブリー)し、Fabとしての分子形態を正しく形成しているかを調べるために、以下のサンドイッチELISA系での検討を行った。anti-c-myc tag Ab 9E10を200ng/100μL/wellで、ELISAプレート(Nunc)に室温1時間固定化し、洗浄後、1%BSA-PBSで室温1時間ブロッキングした。各回収画分について、1%BSA-PBSで希釈し、100μL/wellで37℃1時間反応させた。検出はHRP標識anti-E tag Abで行い、650nm/450nmにおける吸光度を、マイクロプレートリーダーVmax(Molecular Devices)を用いて測定した。
【0098】
その結果、野生型では検出できないのに対して、P15R改変体では濃度依存の反応が認められ、特にペリプラズム画分においてはP15R改変体で数十倍の高い反応が確認された(図12)。これらの結果から、P15R改変により、Fd鎖とL鎖の複合体としての発現量も大幅に向上していることが確かめられた。
【0099】
《実施例24:CTLA4-3-1を用いたL鎖15位改変体の熱安定性の評価》
CTLA4-3-1の野生型/改変体のペリプラズム画分をブロックエースで希釈し、50μL/tubeにして、28℃の水浴で2時間処理した。その後、室温に戻し、ELISAを行って得られた吸光度の、未処理サンプルの吸光度に対する割合を残存活性としてグラフに示した。その結果、CTLA4-3-1のP15R、P15S、P15GおよびP15F改変体について、熱安定性の向上が認められた(図13)。
【0100】
《実施例25:CTLA4-3-1を用いたL鎖15位改変体の酸耐性の評価》
CTLA4-3-1の野生型/改変体のペリプラズム画分をブロックエースで希釈し、50μL/tubeにした。1N HClとpHメーター(HORIBA)を用いてpH4.0またはpH3.5に調整し、氷上で2時間処理した。その後、1M Tris-HCl(pH9.5)でpH7とし、ELISAを行って得られた吸光度の、未処理サンプルの吸光度に対する割合を残存活性としてグラフに示した。その結果、CTLA4-3-1のP15R、P15S、P15GおよびP15F改変体について、酸に対する耐性の向上が認められた(図14)。
【0101】
《実施例26:RNOK203のL鎖15位改変体の構築》
実施例20から実施例25に示した、L鎖15位をArgまたはSerに改変することによる効果が、RNOK203(L鎖15位はLeu)においても認められるか否かを検討した。
【0102】
野生型Fab発現プラスミドを鋳型として、L鎖15位のコドンをCGT(Arg)およびTCT(Ser)としたオリゴDNAを用いて、上記と同様に、PCR法によりVL遺伝子を増幅し、野生型Fab発現プラスミドのVL領域と置換した。JM83に形質転換し、得られたクローンについてDNA塩基配列を解析し、設計通りの配列であることを確認した。
【0103】
《実施例27:RNOK203を用いたL鎖15位改変体の発現量の評価》
RNOK203の野生型/改変体の培養上清画分について段階希釈し、ELISAを行って機能を持ったFab蛋白質の発現量を比較評価した。その結果、RNOK203のL15R改変体について、発現量の向上が認められた(図15)。
【0104】
《実施例28:RNOK203を用いたL鎖15位改変体の酸耐性の評価》
RNOK203の野生型/改変体の培養上清画分をブロックエースで希釈し、50μL/tubeにした。1N HClとpHメーター(HORIBA)を用いてpH5.0に調整し、25℃で2時間処理した。その後、1M Tris-HCl(pH9.5)でpH7とし、ELISAを行って得られた吸光度の、未処理サンプルの吸光度に対する割合を残存活性としてグラフに示した。その結果、RNOK203のL15R改変体について、酸に対する耐性の向上が認められた(図16)。
【0105】
《実施例29:SEB3-2-7のL鎖15位改変体の構築》
実施例20から実施例28に示した、L鎖15位をArgまたはSerに改変することによる効果が、SEB3-2-7(L鎖15位はVal)においても認められるか否かを検討した。
【0106】
野生型Fab発現プラスミドを鋳型として、L鎖15位のコドンをCGT(Arg)およびTCT(Ser)としたオリゴDNAを用いて、上記と同様に、PCR法によりVL遺伝子を増幅し、野生型Fab発現プラスミドのVL領域と置換した。JM83に形質転換し、得られたクローンについてDNA塩基配列を解析し、設計通りの配列であることを確認した。
【0107】
《実施例30:SEB3-2-7を用いたL鎖15位改変体の熱安定性の評価》
SEB3-2-7の野生型/改変体の培養上清画分を1%BSA-PBSで希釈し、50μL/tubeにして、42℃の水浴で2時間処理した。その後、室温に戻し、ELISAを行って得られた吸光度の、未処理サンプルの吸光度に対する割合を残存活性としてグラフに示した。その結果、SEB3-2-7のV15RおよびV15S改変体について、熱安定性の向上が認められた(図17)。
【0108】
《実施例31:SEB3-2-7を用いたL鎖15位改変体の酸耐性の評価》
SEB3-2-7の野生型/改変体の培養上清画分を1%BSA-PBSで希釈し、50μL/tubeにした。1N HClとpHメーター(HORIBA)を用いてpH4.5またはpH4.0に調整し、25℃で2時間処理した。その後、1M Tris-HCl(pH9.5)でpH7とし、ELISAを行って得られた吸光度の、未処理サンプルの吸光度に対する割合を残存活性としてグラフに示した。その結果、SEB3-2-7のV15RおよびV15S改変体について、酸に対する耐性の向上が認められた(図18)。
【0109】
《実施例32:RNOK203を用いたL鎖18位改変体の熱安定性の評価》
RNOK203の野生型/改変体の培養上清画分をブロックエースで希釈し、50μL/tubeにして、45℃の水浴で2時間処理した。その後、室温に戻し、ELISAを行って得られた吸光度の、未処理サンプルの吸光度に対する割合を残存活性としてグラフに示した。その結果、RNOK203のP18R、P18SおよびP18F改変体について、熱安定性の向上が認められた(図19)。
【0110】
《実施例33:RNOK203を用いたL鎖18位改変体の酸耐性の評価》
RNOK203の野生型/改変体の培養上清画分をブロックエースで希釈し、50μL/tubeにした。1N HClとpHメーター(HORIBA)を用いてpH4.0に調整し、25℃で2時間処理した。その後、1M Tris-HCl(pH9.5)でpH7とし、ELISAを行って得られた吸光度の、未処理サンプルの吸光度に対する割合を残存活性として、改変体間で比較した。その結果、RNOK203のP18F、P18A、P18W、P18L、P18R、P18QおよびP18S改変体について、酸に対する耐性の向上が認められた。代表例についてグラフに示し(図20)、残りの改変体については各々の残存活性の、野生型の残存活性に対する比率を表2にまとめた。
【0111】
【表2】

【0112】
《実施例34:RNOK203を用いたL鎖18位改変体の凍結融解耐性の評価》
RNOK203の野生型/改変体の培養上清画分について、凍結融解を6回繰り返したサンプルと1回のみのサンプルを準備してELISAを行い、凍結融解1回のサンプルの吸光度に対する、凍結融解6回のサンプルの吸光度の割合を残存活性としてグラフに示した。その結果、RNOK203のP18R、P18Q、P18S、P18FおよびP18L改変体について、凍結融解に対する耐性の向上が認められた(図21)。
【産業上の利用可能性】
【0113】
本発明のヒト抗体またはヒト化抗体の改良方法は、ヒト抗体またはヒト化抗体の可変領域軽鎖(以下、VL鎖)の8位、12位、15位または18位(Kabat numberingに従う)の少なくともいずれか一つのアミノ酸をプロリンまたはシステインを除く他のアミノ酸に置換することを特徴とするものであり、かかる抗体の特定部位における1のみのアミノ酸置換により発現量および/または安定性の向上した抗体を得ることを可能にするものである。したがって、本発明の方法により得られる発現量および/または安定性の向上したヒト抗体またはヒト化抗体は、高い抗原特異性、低い免疫原性、高い生産性および安定性の向上といった優れた特徴を合わせ持つため、疾病関連抗原をターゲットとする特異的抗体としてヒトの診断や治療といった臨床の場において非常に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト抗体またはヒト化抗体の可変領域軽鎖(以下、VL鎖)の12位(Kabat numberingに従う)に位置するプロリンを、下記のいずれかのアミノ酸に置換することを特徴とする、ヒト抗体またはヒト化抗体を改良して発現量および/または安定性の向上した抗体を得る方法。
12位:Ser,His,Val,Gly,Leu,Arg,Phe,MetまたはGlu
【請求項2】
ヒトVκ2ファミリーに属するVL鎖の置換後のアミノ酸が、下記のいずれかのアミノ酸から選ばれる請求項1に記載の方法。
12位:Ser,His,Val,Gly,Leu,Arg,Phe,MetまたはGlu
【請求項3】
当該ヒトVκ2ファミリーに属するVL鎖の置換前のFR1が、配列番号8に記載の配列を有するVL鎖である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
置換後のヒトVκ2ファミリーに属するVL鎖のFR1が、配列番号9〜17に記載のアミノ酸配列から選ばれるアミノ酸配列である請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
当該抗体が、完全抗体、またはFab、Fab'、F(ab')2、scAb、scFv、diabodyもしくはscFv−Fcから選ばれる抗体フラグメント、或いはそれらと他の蛋白との融合抗体または融合抗体フラグメント、放射性元素が結合された抗体または抗体フラグメント、ポリエチレングリコールで修飾された抗体または抗体フラグメントである請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
アミノ酸置換を遺伝子組換え技術により行う、請求項1から5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
ヒト抗体またはヒト化抗体、またはヒト抗体フラグメントまたはヒト化抗体フラグメントの可変領域軽鎖(以下、VL鎖)の12位(Kabat numberingに従う)に位置するプロリンを、下記のいずれかのアミノ酸に置換された、発現量および/または安定性の向上した抗体の製造方法であって、該置換後のVL鎖のアミノ酸配列を含む該ヒト抗体もしくはヒト化抗体、またはヒト抗体フラグメントもしくははヒト化抗体フラグメントのアミノ酸配列をコードする遺伝子を作製し、該遺伝子を真核系または原核系生物の宿主に形質転換し、該宿主から該ヒト抗体もしくははヒト化抗体、またはヒト抗体フラグメントもしくははヒト化抗体フラグメントを発現させ、ついで該ヒト抗体もしくははヒト化抗体、またはヒト抗体フラグメントもしくははヒト化抗体フラグメントを回収することを含む方法。
12位:Ser,His,Val,Gly,Leu,Arg,Phe,MetまたはGlu

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate

【図20】
image rotate

【図21】
image rotate


【公開番号】特開2012−31211(P2012−31211A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−248541(P2011−248541)
【出願日】平成23年11月14日(2011.11.14)
【分割の表示】特願2007−502602(P2007−502602)の分割
【原出願日】平成18年2月7日(2006.2.7)
【出願人】(000173555)一般財団法人化学及血清療法研究所 (86)
【Fターム(参考)】