説明

抗体の製造方法

本発明は、志賀毒素に対する高い抗体価の抗体を効率的に製造する方法に関し、具体的には、(1)志賀毒素のBサブユニットを架橋する工程、および(2)志賀毒素のBサブユニットに対し、粘膜外免疫によって血清中の抗体価として免疫応答が確認できる動物を、(1)で得られる架橋Bサブユニットを用いて経粘膜免疫する工程からなる抗体の製造方法および該方法により得られる抗体に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗体の製造方法に関する。詳しくは、本発明は、志賀毒素(以下、Stxと略称する)に対する抗体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Stxは、別名ベロ毒素VTとも呼ばれ、O157:H7に代表される病原性大腸菌から産生される外毒素であり病原因子である(たとえば、ナタロ ジェーピー(Nataro JP)およびカパー ジェービー(Kaper JB)、「クリニカル マイクロバイオロジー レビューズ(CLINICAL MICROBIOLOGY REVIEWS)」、1998年、第11巻、p.142〜201参照)。二つのタイプのStx、すなわちStx1およびStx2が、溶血性尿毒症症候群や中枢神経系症状のような生命に危険をおよぼす重篤な合併症などに関連していることが知られている(たとえば、カルダーウッド エスビー(Calderwood SB)ら、「プロシーディングス オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンシーズ オブ ザ ユナイテッド ステイツ オブ アメリカ(PROCEEDINGS OF THE NATIONAL ACADEMY OF SCIENCES OF THE UNITED STATES OF AMERICA)」、1987年、第84巻、p.4364〜4368、タカオ ティー(Takao T)ら、「マイクロバイアル パソジェネシス(Microbial Pathogenesis)」、1988年、第5巻、p.357〜369およびジャクソン エムピー(Jackson MP)ら、「エフイーエムエス マイクロバイオロジー レターズ(FEMS MICROBIOLOGY LETTERS)」、1987年、第44巻、p.109〜114参照)。Stxは、細胞毒性サブユニット(Aサブユニット)と、細胞表面の糖鎖リガンドに結合するサブユニット(Bサブユニット)五量体とから構成される。Stx1およびStx2のBサブユニット五量体は、糖脂質であるグロボトリアオシルセラミド(Gb,Gal(α1−4)Gal(β1−4)Glc(β1−1)Cer)によって提示されているような糖鎖リガンドを認識する(たとえば、リングウッド シーエー(Lingwood CA)、「トレンズ イン マイクロバイオロジー(TRENDS IN MICROBIOLOGY)」、1996年、第4巻、p.147〜153参照)。このような糖鎖構造を有するStxの受容体としてCD77が知られており、このCD77は、ヒトでは2次リンパ濾胞中の胚中心のB細胞上に発現している(たとえば、マクロスキー エヌ(McCloskey N)ら、「ヨーロピアン ジャーナル オブ イムノロジー(EUROPEAN JOURNAL OF IMMUNOLOGY)」、1999年、第29巻、p.3236〜3244参照)。
【0003】
胚中心は、B細胞の分化過程で非常に重要である。すなわち体細胞突然変異と免疫グロブリンのH鎖のクラススイッチの両方が胚中心でおこる(たとえば、マーティン エー(Martin A)ら、「ネイチャー(Nature)」、2002年、第415巻、p.802〜806参照)。したがって、抗原が胚中心で分化過程にあるB細胞であるセントロブラストに対する毒性を有する場合、その抗原に対する免疫グロブリンG(IgG)や免疫グロブリンA(IgA)にクラススイッチした結合親和性の高い抗体の産生が妨害される可能性がある。この懸念は、セントロブラストに対応している(すなわち、細胞表面のマーカータンパク質の発現から、分化段階がセントロブラストに相当する)とされるバーキットリンパ腫細胞(たとえば、マーティン エー(Martin A)ら、「ネイチャー(Nature)」、2002年、第415巻、p.802〜806およびトゥスカノ ジェーエム(Tuscano JM)ら、「ブラッド」、1996年、第88巻、p.1359〜1364参照)にStxを作用させた場合に、プログラム細胞死(アポトーシス)を誘導するとの報告によって支持され、さらにBサブユニットを単独で作用させた場合にも、プログラム細胞死(アポトーシス)を誘導するとの報告もなされている(たとえば、マンジェニー エム(Mangeney M)ら、「キャンサー リサーチ(CANCER RESEARCH)」、1993年、第53巻、p.5314〜5319、タガ エス(Taga S)ら、「ブラッド(Blood)」、1997年、第90巻、p.2757〜2767およびマーカト ピー(Marcato P)ら、「インフェクション アンド イミュニティー(INFECTION AND IMMUNITY)」、2002年、第70巻、p.1279〜1286参照)。さらに、人の扁桃由来のB細胞であってIgGやIgAの産生に運命づけられている細胞集団がStxの毒性に対して高い感受性を示すことが試験管内の実験で報告されている(たとえば、コーヘン エー(Cohen A)ら、「インターナショナル イムノロジー(INTERNATIONAL IMMUNOLOGY)」、1990年、第2巻、p.1〜8参照)。したがって、Stxに対する抗体を作製することは困難であると考えられていた。
【0004】
一方、我々はジゴキシゲニン標識したStx1の組み換え型Bサブユニット(以下、Stx1の組み換え型Bサブユニットを「Stx1B」と略称する)を用いて、マウスの胚中心のB細胞がStxに対する結合部位をもたないことを直接示した(たとえば、今井康之ら、「イムノロジー(Immunology)」、2002年、第105巻、p.509〜514参照)。この実験で用いたジゴキシゲニン標識Stx1Bをバーキットリンパ腫細胞に添加し、遠心洗浄によって未反応のStx1Bを除去したのち、FITC標識抗ジゴキシゲニン抗体を細胞に添加することによりStx1Bの存在を検出したところ、ヒトのバーキットリンパ腫細胞株が強く染色された(たとえば、宮下さゆりら、「グリココンジュゲート ジャーナル(GLYCOCONJUGATE JOURNAL)」、1999年、第16巻、p.697〜705参照)。これらの結果は、Stxに対して高い親和性をもち、クラススイッチを経た抗体を、マウスの実験系で作ることが可能であることを示唆している。しかし、Stx1Bはマウスに対して免疫原性が弱く、厳格な主要組織適合遺伝子複合体(MHC)の拘束を受けていることが報告されている(たとえば、バスト ディージェー(Bast DJ)ら、「インフェクション アンド イミュニティー」、1997年、第65巻、p.2978〜2982参照)。
【0005】
このような理由から、Stxに対する抗体の作製は、これまで課題とされてきた。
【0006】
本発明はかかる従来の問題点を解決し、Stxに対する抗体の製造方法を提供することを目的とする。
【発明の開示】
【0007】
前記従来技術に鑑みて鋭意研究した結果、StxのBサブユニットの分子間架橋が、BALB/cマウス(H−2)における免疫原性を劇的に改善することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、(1)StxのBサブユニットを架橋する工程、および(2)StxのBサブユニットに対し、粘膜外免疫によって血清中の抗体価として免疫応答が確認できる動物を、(1)で得られる架橋Bサブユニットを用いて経粘膜免疫する工程からなる抗体の製造方法に関する。
【0009】
前記方法において、動物がBALB/cマウス、B10.D2マウスまたはDBA/2マウスであることが好ましい。
【0010】
前記方法において、経粘膜免疫は鼻粘膜を通して行なわれることが好ましい。
【0011】
また、本発明は、前記方法により得られる抗体に関する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
[図1]架橋または未架橋Stx1Bで免疫したマウス由来の血清IgG(a)およびIgA(b)、糞抽出液中のIgA(c)ならびに鼻洗浄液中IgA(d)のStx1B特異的結合を示すグラフである。
[図2]架橋または未架橋Stx1Bで免疫したマウス由来の血清IgA(a)および鼻洗浄液中IgA(b)の、Stx1B特異的結合を示すグラフである。
[図3]未架橋Stx1Bで免疫したマウス由来の血清IgGのStx1B特異的結合を示す。
[図4]未架橋Stx1Bで免疫したマウス由来の血清IgGのStx1B特異的結合を示す。
[図5]未架橋Stx1Bで免疫したマウス由来の血清IgAのStx1B特異的結合を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明のStxに対する抗体の製造方法は、(1)StxのBサブユニットを架橋する工程、および(2)StxのBサブユニットに対し、粘膜外免疫によって血清中の抗体価として免疫応答が確認できる動物を、(1)で得られる架橋Bサブユニットを用いて経粘膜免疫する工程からなる。
【0014】
本明細書において、StxのBサブユニット(以下、「Bサブユニット」と略称する)とは、Stx1もしくはStx2の遺伝子をもとに遺伝子組み換えで作製したBサブユニット、または天然のStx1もしくはStx2から分離精製したBサブユニットを意味する。Bサブユニットの具体例としては、たとえば、Stx1のBサブユニットの配列(TPDCVTGKVEYTKYNDDDTFTVKVGDKELFTNRWNLQSLLLSAQITGMTVTIKTNACHNGGGFSEVIFR:配列番号1)を有する天然のStx1のBサブユニットもしくは公知の組み換え型Stx1B(前述の宮下さゆりら、「グリココンジュゲート ジャーナル(GLYCOCONJUGATE JOURNAL)」、1999年、第16巻、p.697〜705)、またはStx2のBサブユニットの配列(MKKMFMAVLFALASVNAMAADCAKGKIEFSKYNEDDTFTVKVDGKEYWTSRWNLQPLLQSAQLTGMTVTIKSSTCESGSGFAEVQFNND:配列番号2)を有する天然のStx2のBサブユニットもしくは該配列の一部で糖鎖結合活性のあるものなどを挙げることができ、たとえ数個のアミノ酸の置換、欠失または付加があったとしても、宿主細胞の表面に発現した糖鎖リガンドへの結合に関与し、それ自体に毒性がない限り、Bサブユニットとして使用することができる。しかしながら、Bサブユニットの単量体は動物において免疫原性が低いため、抗体治療に応用する可能性をもった高親和性のIgAクラスの抗体を作るには、Bサブユニット同士を架橋することによって、Bサブユニットの免疫原性を高めることが非常に重要である。
【0015】
前記Bサブユニットを架橋するために用いる架橋剤としては、タンパク質のアミノ基同士を架橋するもの、アミノ基とカルボキシル基とを縮合するもの、SH基同士を架橋するもの、SH基とアミノ基とを架橋するものなどを、常法にしたがって用いることができる。タンパク質のアミノ基同士を架橋するものとしては、たとえばジスクシニミジルグルタレート(DSG)が挙げられる。アミノ基とカルボキシル基とを縮合するものとしては、たとえば1−エチル−3−(ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)が挙げられる。SH基同士を架橋するものとしては、たとえばBis−マレイミドヘキサン(BMH)が挙げられる。SH基とアミノ基とを架橋するものとしては、たとえばN−スクシニミジル−3−(2−ピリジルジチオ)プロピオネート(SPDP)が挙げられる。また、本発明の方法に用いる「架橋Bサブユニット」は、前記架橋剤によって架橋されたBサブユニットを意味する。抗原性を損なうような大幅な立体構造の変化を生じることがなく、タンパク質の変性条件下でも解離しないように、架橋Bサブユニットは5量体以上であることが好ましく、10量体以上であることがより好ましい。本発明の方法に使用される架橋Bサブユニットは、必ずしも単一の多量体である必要はなく、様々な重合度の多量体の混合物であってもよい。たとえ、そのような混合物中に単量体が一部残存していたとしても、単量体が構成要素として主要とならない限り本発明に使用することができる。
【0016】
免疫に用いる動物(ヒトを除く)としては、StxのBサブユニットに対して、粘膜外免疫(StxのBサブユニットおよび通常のフロイントアジュバントを用いる皮下、皮内または筋肉内免疫)によって血清中の抗体価として免疫応答が確認できる系統のものを用いることができる。
【0017】
抗体価は、特異的吸光度が0.1OD以上を示すサンプルの最大希釈度と定義される。「血清中の抗体価として免疫応答が確認できる」とは、免疫を行なった動物の血清を1000倍希釈した際に、特異的吸光度が0.5ODを越える場合をいう。なお、特異的吸光度は、サンプル中の抗体とStxのBサブユニットとの特異的結合を、酵素標識二次抗体などを用いることにより、酵素反応の結果生じた生成物の呈色を吸光度として測定し(測定値A)、測定値Aから標準値を減ずることにより得られる値である。具体的には、抗体を含有し得るサンプルをマウスから得た場合、特異的吸光度は、以下のようにして算出することができる:
(i)抗体を含有し得るサンプルを、StxのBサブユニットでコートしたウェルに添加してStxのBサブユニットと反応させる。ウェルを洗浄したのち、該抗体に対するウサギ抗マウス抗体を添加して反応させる。ウェルを洗浄したのち、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)で標識されたヤギ抗ウサギ抗体を反応させる。ウェルを洗浄したのち、HRPの基質である2,2’−アジノビス(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホン酸)(ABTS)および過酸化水素をウェルに添加して反応させ、405nmにおける吸光度を測定する(測定値A);
(ii)別途、StxのBサブユニットでコートしていないウェルに、前記と同量のサンプルを添加して静置する。ウェルを洗浄したのち、該抗体に対するウサギ抗マウス抗体を添加して反応させる。ウェルを洗浄したのち、HRPで標識されたヤギ抗ウサギ抗体を反応させる。ウェルを洗浄したのち、ABTSおよび過酸化水素をウェルに添加して静置し、405nmにおける吸光度を測定する(標準値);ついで
(iii)測定値Aから標準値を減じて得られる値を、特異的吸光度とする。
【0018】
StxのBサブユニットの粘膜外免疫で免疫応答が起こらない系統は、その主要組織適合遺伝子複合体がStxのBサブユニット由来の抗原ペプチドを提示することができない可能性がある。したがって、T細胞からのヘルパー効果が期待できず、抗原の架橋によってヘルパー効果の効率を上昇させようとする本発明の方法の効果を得ることができない。使用し得る動物の具体例としては、たとえば、主要組織適合遺伝子複合体がH−2であってH−2ではないマウスを用いることができる。そのようなマウスとしては、たとえばBALB/cマウス、B10.D2マウス、DBA/2マウス、D1.CマウスまたはNZW−H−2マウスなどが挙げられる。
【0019】
Stxに対する抗体を製造するために、動物の免疫は、架橋Bサブユニットを含有する抗原溶液を用いる経粘膜投与により実施する。経粘膜投与は通常の方法によって実施することができ、経粘膜投与としては、たとえば経口投与(胃内投与)、経鼻投与、経直腸投与または経気道投与などが挙げられる。抗原溶液の調製は常法により適宜実施することができる。たとえば、架橋Bサブユニットを過度に変性させず、かつ動物に毒性のない塩溶液(たとえばリン酸緩衝生理食塩水または生理食塩水など)に、架橋Bサブユニットを抗原として、およびコレラトキシンを粘膜アジュバントとして溶解させることにより、抗原溶液を調製することができる。たとえばマウスへの胃内投与の場合には、過度の胃酸を中和するために、たとえば、0.2M炭酸水素ナトリウム水溶液250μL当たり50μg〜1000μgの架橋Bサブユニットおよびコレラトキシン5μg〜10μgを溶解することによって抗原溶液を調製し、該抗原溶液250μLを胃ゾンデを用いて直接マウスの胃に注入することによって実施することができる。なお、マウス一匹当たりの架橋Bサブユニットおよびコレラトキシンの全体量は、それぞれ50μg〜1000μgおよび5μg〜10μgが好ましく、投与に用いる0.2M炭酸水素ナトリウム水溶液の液量は100μL〜500μLの範囲が好ましい。たとえばマウスへの経鼻投与の場合には、たとえば、リン酸緩衝生理食塩水または生理食塩水15μL当たり40μg〜200μgの架橋Bサブユニットおよびコレラトキシン1μg〜5μgを溶解することによって抗原溶液を調製し、片鼻当たり該抗原溶液7.5μLを麻酔状態のマウスの鼻腔に滴下し(マウス一匹当たり該抗原溶液15μL)、マウスに自然に吸引させることによって実施することができる。なお、マウス一匹当たりの架橋Bサブユニットおよびコレラトキシンの全体量は、それぞれ40μg〜200μgおよび1μg〜5μgが好ましく、投与に用いる溶液の量は、片鼻当たり2μL〜7.5μL(マウス一匹当たり4μL〜15μL)が好ましい。このように、架橋Bサブユニットで動物を経粘膜免疫することにより、Stxに特異的な抗体(たとえばIgGおよびIgA)を産生可能なBリンパ球の数を増加させることができる。免疫終了後は常法により抗体を採取することができ、採取した抗体は常法により精製してもよい。
【0020】
また、Stxに特異的な抗体を産生するハイブリドーマを製造してもよい。ハイブリドーマは、たとえば、以下のようにして得ることができる。
【0021】
免疫したマウスの脾臓、腸間膜リンパ節、パイエル板もしくは腸管粘膜固有層から分離したリンパ球または鼻粘膜付随リンパ組織から分離したリンパ球とマウスミエローマ細胞とをポリエチレングリコール法で融合し、HAT選択により融合細胞を選択する。ついで、融合細胞をクローニングしてモノクローンを得ることにより、Stx特異抗体を産生するハイブリドーマを作製する。
【0022】
前記ハイブリドーマからStx特異抗体を得る方法としては、たとえば、無血清培地でハイブリドーマを培養し、培養上清を得ることによって抗体を取得する方法が挙げられる。あるいは、適切な系統のマウスの腹腔内でハイブリドーマを増殖させたのちに腹水を採取することにより、腹水中に産生された抗体を取得することもできる。得られた抗体は、硫酸アンモニウムによる沈澱および陰イオン交換法、または抗体のサブクラスによってはプロテインAもしくはプロテインGによるアフィニティークロマトグラフィーを利用して、精製してもよい。
【0023】
つぎに、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0024】
[使用した材料]
マウス:SPFの6週令雌のBALB/c、C57BL/6、B10.D2、DBA/2、およびC57BL/6×DBA/2F(BDF)マウスを日本エスエルシー(株)より購入した。
【0025】
試薬:ウサギ抗マウスIgG(γ鎖特異的)、ウサギ抗マウスIgA(α鎖特異的)、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識−ヤギ抗ウサギIgG(H+L)をザイメッド(Zymed)(サウスサンフランシスコ、カルフォルニア州)より、グルタルアルデヒド(25%水溶液)をナカライテスク社(京都)より、2,2’−アジノビス(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホン酸)(ABTS)、フェニルメチルスルホニルフルオリド(PMSF)、Tween20およびグリシンを和光純薬(大阪)より、アジ化ナトリウムを関東化学(東京)より購入した。コレラトキシン(Vibrio cholerae,type Inaba 569B、sodium azide不含)をカルバイオケム(Calbiochem)(サンディエゴ、カルフォルニア州)より、完全フロイントアジュバント(CFA)および不完全フロイントアジュバント(IFA)をディフコ(DIFCO)(デトロイト、ミシガン州)より、ウシ血清アルブミン(BSA)fraction V、アプロチニン、ケタミンおよびキシラジンをシグマ(Sigma)(セントルイス、ミズーリ州)より購入した。
【0026】
製造例1 組み換え型Bサブユニット(Stx1B)の製造
Stx1Bの発現は、「基礎生化学実験法第5巻脂質・糖質・複合糖質(株式会社東京化学同人、日本生化学会編、2000年12月8日、pp.297〜300)の記載にしたがって実施した。すなわち、Stxの部分的DNA断片(Aサブユニットのカルボキシル末端の16アミノ酸に対応する領域ならびにBサブユニットの遺伝子全体およびその下流の78bpを含むDNA断片:Genbank登録番号L04539の塩基配列4084〜4491(配列番号3))を、大腸菌発現ベクターpTrc99A(アマシャムファルマシアバイオテク)のNcoI/BamHI部位に組み込み、得られたプラスミドで大腸菌JM105を形質転換させた。形質転換体のコロニーを釣菌して2mLのLB培地に懸濁し、37℃で14〜16時間予備培養を実施した。予備培養液0.2〜2mLをアンピシリン(100μg/mL)含有ルリア−ベルタニ(Luria−Bertani)培地2Lに接種し、37℃で5時間培養した。ついで該培地にイソプロピルβ−D−チオガラクトシド(IPTG)を1mMとなるよう添加して27℃で4時間培養することにより、Stx1Bの発現を誘導した。
【0027】
つぎに、培養物を8000×g、4℃で1分間遠心して集菌し、カルシウム/マグネシウム不含ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(以下、「カルシウム/マグネシウム不含ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水」を「PBS」と略称する)で遠心洗浄した。菌体を、0.1mg/mLのポリミキシンBを含むPBS60mLに懸濁して氷上で30分間静置したのち、懸濁液を10000×gで10分間遠心して上清(ペリプラズム抽出液)を回収した。ペリプラズム抽出液に硫酸アンモニウムを添加して80%飽和硫酸アンモニウムとし、上清中のタンパク質を沈殿させた。沈澱を50mMトリス−HCl(pH7.7)に溶解し、排除分子量3,500のスペクトラ/ポア3メンブレン(Spectra/Por 3 membrane)(スペクトラム ラボラトリーズ製(Spectrum Laboratories)、ランチョー ドミンゲズ(Rancho Dominguez)、カルフォルニア州)に注入し、50mMトリス−HCl(pH7.7)に対して透析した。ついで、透析内液を遠心して不溶物を除いた試料溶液を、陰イオンカラムであるHiPrep16/10DEAE(アマシャムファルマシアバイオテク)にFPLCシステムを用いて注入した。試料溶液に含まれるタンパク質は、50mMトリス−HCl(pH7.7)に溶解したNaClの濃度勾配(0〜0.5M NaCl)によって溶出した。溶出液中のタンパク質をトリシン−SDSポリアクリルアミド電気泳動によって分離し、Stx1Bが含まれる分子量6,800〜7,200Daの画分をプールした。該画分を、セントリプレップ3(Centriprep 3)(アミコン(Amicon)、ビバリー、マサチューセッツ州)にて濃縮したのち、25mMイミダゾール/HCl(pH7.4)に対して透析した。透析後、25mMイミダゾール/HCl(pH7.4)で平衡化したポリバッファー イクスチェンジャー94(Polybuffer exchanger 94)(ファルマシア)のカラム(1×20cm)に透析内液を注入し、ついで、純水で8倍希釈しHClでpH4.0に調整したポリバッファー74でタンパク質を溶出した。溶出液のpHが5.6近辺でStx1Bが溶出された。溶出液に硫酸アンモニウムを添加して80%飽和硫酸アンモニウムとし、上清中のタンパク質を沈殿させた。沈澱をPBSに対して透析したものを、以下、Stx1Bの標品として用いた。このようにして精製したStx1Bは、トリシン−SDSポリアクリルアミド電気泳動により、単一のバンドを与えた。タンパク質濃度は、ビーシーエー プロテイン アッセイキット(BCA protein assaykit)(ピアース(Pierce)製、ロックフォード、イリノイ州)を用いて定量した。
【0028】
製造例2 架橋Stx1Bの製造
Stx1Bの架橋を以下に述べる方法で行なった。前記製造例1において得られたStx1B(1.5mg)を1.1mLのPBSに溶解した。この溶液を撹拌しているところへ、グルタルアルデヒド(0.2%PBS溶液)を50μL(1滴)ずつ、8秒間隔で3分かけて添加した。20℃で1時間撹拌しながら反応させた。反応停止のため、550μLの1Mグリシン含有PBS溶液を加え、さらに1時間保温した。この溶液を排除分子量3,500のスペクトラ/ポア3メンブレン(スペクトラム ラボラトリーズ製、ランチョー ドミンゲズ、カルフォルニア州)に注入し、PBS1Lに対し4℃で4時間の透析を、透析外液を交換して3回実施した。透析終了後、セントリコン ワイエム−3(Centricon YM−3)(ミリポア製(Millipore)、ベッドフォード、マサチューセッツ州)を用いて、タンパク質濃度で3mg/mLとなるまで濃縮し、架橋Stx1Bとして実験に用いた。
【0029】
実施例1(分泌型IgA抗体の製造)
(免疫)
BALB/cマウス(n=5)をケタミン(80mg/Kg)およびキシラジン(5mg/Kg)の腹腔内投与によって麻酔した。前記製造例2で得られた架橋Stx1B(40μg)を抗原として用い、抗原をコレラトキシン(1μg)とともにPBS中で混合して全量を15μLとし、抗原溶液とした。マウスを0日、7日、14日および24日目に、片鼻7.5μLの前記抗原溶液(マウス1匹当たり15μL)を投与することで経鼻免疫した。
【0030】
(血清の調製)
最終免疫の7日後、眼窩静脈叢採血によって各マウスの血液を採取し、採取した血液を個体別にマイクロ遠心チューブに入れた。ついで、マイクロ遠心チューブを密栓して20℃で2時間放置し、血清が分離した段階で遠心(15000rpm、10分間、4℃)した。上清を分離して新しいマイクロ遠心チューブに移し、再度遠心(15000rpm、10分間、4℃)して得られた上清を血清とした。
【0031】
(鼻洗浄液の調製)
各マウスに対し、10μLのPBSをマイクロピペットで片鼻ずつ鼻孔に導入し、ただちに液体を吸い上げた。この操作を片方の鼻孔ごとに2回行ない、サンプルをマウスごとにプールした。充分な量を確保するため、最終免疫の6、7および8日後に採取した鼻洗浄液をマウスごとにプールしサンプルとした。
【0032】
(糞抽出液の調製)
最終免疫の6日後に新鮮な糞をマウスごとに採取し、1mM PMSF、0.3μMアプロチニンおよび0.02%アジ化ナトリウムを含むPBS中に、糞の湿重量で100mg/mLとなるように加え、4℃で30分間ボルテックスミキサーを用いて激しく撹拌した。糞の懸濁液を15,000回転10分間4℃で遠心分離し、その上清を再度15,000回転10分間4℃で遠心分離した。得られた上清を糞抽出液とした。
【0033】
比較例1
(免疫)
BALB/cマウス(n=5)をケタミン(80mg/Kg)およびキシラジン(5mg/Kg)の腹腔内投与によって麻酔した。前記製造例1において得られたStx1B(40μg)を抗原として用い、抗原をコレラトキシン(1μg)とともにPBS中で混合して全量を15μLとし、抗原溶液とした。マウスを0日、7日、14日および24日目に、片鼻7.5μLの前記抗原溶液(マウス1匹当たり15μL)を投与することで経鼻免疫した。
【0034】
(血清の調製)
最終免疫7日後、眼窩静脈叢採血によって各マウスの血液を採取し、採取した血液を実施例1と同じ手順で処理することにより、血清を調製した。
【0035】
(鼻洗浄液の調製)
各マウスの鼻洗浄液を、実施例1と同じ手順で調製した。
【0036】
(糞抽出液の調製)
各マウスの糞抽出液を、実施例1と同じ手順で調製した。
【0037】
試験例1
Stx1Bに対する抗体量を測定するために、各サンプルを用いて下記ELISAを行なった。なお、実施例1および比較例1で得られた血清および鼻洗浄液は、0.1%BSAおよび0.1%Tween20を含むPBS(0.1%BSA−Tween−PBS)を用いて希釈したものをサンプルとした。糞抽出液は、1%BSAおよび1%Tween20を含むPBS(1%BSA−Tween−PBS)を用いて希釈したものをサンプルとした。
【0038】
(ELISA)
平底の96穴EIA/RIAプレート(コスター9018(Costar9018)、コーニング(Corning)製、ニューヨーク州)の各穴に100μLのStx1B(5μg/mL PBS溶液)を添加した。対照として、Stx1Bを添加しない穴を設けた。4℃で一晩保温後、各穴を250μLのPBSにて3回洗浄し、200μLの1%BSAを含むPBSを加え20℃で3時間保温することで、非特異的な吸着部位をブロックした。ブロッキングののち、各穴を250μLのPBS−Tweenで3回洗浄した。希釈した各サンプル100μLをStx1Bでコートしたプレートにそれぞれ添加し、20℃で1時間保温後、0.1%Tween20を含むPBS(PBS−Tween)250μLで3回洗浄した。Stx1Bに対する抗体をクラス(イソタイプ)別に検出するために、0.1%BSA−Tween−PBSで1:1000に希釈した100μLのウサギ抗マウスIgGまたは100μLのウサギ抗マウスIgAを添加し、20℃で1時間保温した。ついで、各穴を250μLのPBS−Tweenで3回洗浄した。つぎに、0.1%BSA−Tween−PBSで1:1000に希釈したHRP−標準ヤギ抗ウサギIgG(H+L)を100μL加え、20℃で1時間保温した。ついで、各穴を250μLのPBS−Tweenで3回洗浄した。酵素発色基質として、0.034%過酸化水素を加えた0.1Mクエン酸緩衝液(pH4.2)に溶解した1mM ABTSを100μL添加した。20℃で20分間反応を行なった後、プレートリーダー(スペクトラリーダーズ(SPECTRA Readers);テカン(TECAN)製、ザルツブルグ、オーストリア)を用いて405nmの吸光度を測定した。特異的吸光度(specific absorbance)は、各サンプルについてStx1Bでコートしたウェルでの吸光度からコートしていないウェルでの吸光度を引いた値とした。抗体価は、特異的吸光度が0.1OD以上を示すサンプルの最大希釈度と定義される。
【0039】
(結果)
結果を図1に示す。図1は、架橋Stx1Bとコレラトキシンで経鼻免疫したマウスより得られたサンプル、および未架橋Stx1Bとコレラトキシンで経鼻免疫したマウスより得られたサンプルに関する、血清IgGのStx1B特異的結合(a)、血清IgAのStx1B特異的結合(b)、糞抽出液中のIgAのStx1B特異的結合(c)ならびに鼻洗浄液中IgAのStx1B特異的結合(d)を示す。抗体とStx1Bとの結合は、各サンプル(横軸)のOD405における特異的吸光度(縦軸:図1の(a)、(b)および(c))、または各サンプル(横軸)の抗体価(縦軸:図1の(d))で表示した。なお、各個体からのデータについては、(a)では血清1:10,000希釈、(b)では血清1:200希釈、(c)では糞抽出液1:2希釈における特異的吸光度で個体別に表示した。また(d)では、2を底とする抗体価の対数で個体別に表示した。
【0040】
Stx1B特異的な血清中IgGレベル(P<0.02;スチューデントt検定(以下、「t検定」と称する))およびIgAレベル(P<0.01;t検定)は、架橋Stx1Bで免疫したマウスで有意に高かった((a)および(b))。未架橋のStx1Bを抗原とした場合、Stx1B特異的な糞中IgAを誘導することができなかったが、架橋Stx1Bを抗原として免疫したマウスで有意(P<0.05;ウェルシュ(Welch)検定)に認められた((c))。さらに、鼻洗浄液中のStx1B特異的なIgAの抗体価は、架橋Stx1Bを用いることで有意(P<0.01;マン−ウィットニー(Mann−Whitney)U検定(以下、「U検定」と称する)に上昇した((d))。(d)において、架橋Stx1Bの場合、抗体価の中央値が1:1024であるのに対して、未架橋Stx1Bで免疫した場合1:64であり、すなわち架橋による増強効果は16倍であった。
【0041】
実施例2(Stx1Bの架橋による免疫原性の増強のH−2依存性)
BALB/cマウス(n=5)をケタミン(80mg/Kg)およびキシラジン(5mg/Kg)の腹腔内投与によって麻酔した。前記製造例2で得られた架橋Stx1B(40μg)を抗原として用い、抗原をコレラトキシン(1μg)とともにPBS中で混合して全量を15μLとし、抗原溶液とした。マウスを0日、7日、14日および24日目に、片鼻7.5μLの前記抗原溶液(マウス1匹当たり15μL)を投与することで経鼻免疫した。
【0042】
(血清の調製)
最終免疫7日後、眼窩静脈叢採血によって各マウスの血液を採取し、採取した血液を実施例1と同じ手順で処理することにより、血清を調製した。
(鼻洗浄液の調製)
各マウスの鼻洗浄液を、実施例1と同じ手順で調製した。
【0043】
比較例2
(免疫)
BALB/cマウス(n=5)をケタミン(80mg/Kg)およびキシラジン(5mg/Kg)の腹腔内投与によって麻酔した。前記製造例1において得られたStx1B(40μg)を抗原として用い、抗原をコレラトキシン(1μg)とともにPBS中で混合して全量を15μLとし、抗原溶液とした。マウスを0日、7日、14日および24日目に、片鼻7.5μLの前記抗原溶液(マウス1匹当たり15μL)を投与することで経鼻免疫した。
【0044】
(血清の調製)
免疫7日後、眼窩静脈叢採血によって各マウスの血液を採取し、採取した血液を実施例1と同じ手順で処理することにより、血清を調製した。
【0045】
(鼻洗浄液の調製)
各マウスの鼻洗浄液を、実施例1と同じ手順で調製した。
【0046】
比較例3
(免疫)
C57BL/6マウス(n=5)をケタミン(80mg/Kg)およびキシラジン(5mg/Kg)の腹腔内投与によって麻酔した。前記製造例2で得られた架橋Stx1B(40μg)を抗原として用い、抗原をコレラトキシン(1μg)とともにPBS中で混合して全量を15μLとし、抗原溶液とした。マウスを0日、7日、14日および24日目に、片鼻7.5μLの前記抗原溶液(マウス1匹当たり15μL)を投与することで経鼻免疫した。
【0047】
(血清の調製)
最終免疫7日後、眼窩静脈叢採血によって各マウスの血液を採取し、採取した血液を実施例1と同じ手順で処理することにより、血清を調製した。
【0048】
(鼻洗浄液の調製)
各マウスの鼻洗浄液を、実施例1と同じ手順で調製した。
【0049】
比較例4
(免疫)
C57BL/6マウス(n=4)をケタミン(80mg/Kg)およびキシラジン(5mg/Kg)の腹腔内投与によって麻酔した。前記製造例1において得られたStx1B(40μg)を抗原として用い、抗原をコレラトキシン(1μg)とともにPBS中で混合して全量を15μLとし、抗原溶液とした。マウスを0日、7日、14日および24日目に、片鼻7.5μLの前記抗原溶液(マウス1匹当たり15μL)を投与することで経鼻免疫した。
【0050】
(血清の調製)
免疫7日後、眼窩静脈叢採血によって各マウスの血液を採取し、採取した血液を実施例1と同じ手順で処理することにより、血清を調製した。
【0051】
(鼻洗浄液の調製)
各マウスの鼻洗浄液を、実施例1と同じ手順で調製した。
【0052】
試験例2
Stx1Bに対する抗体(IgA)量を測定するために、各サンプルを用いて試験例1と同様の手順でELISAを行なった。なお、実施例2および比較例2〜4で得られた血清および鼻洗浄液は、0.1%BSA−Tween−PBSを用いて希釈したものをサンプルとした。
【0053】
(結果)
結果を図2に示す。図2は、架橋Stx1Bとコレラトキシンで経鼻免疫したマウス(BALB/cマウスまたはC57BL/6マウス)より得られたサンプル、および未架橋Stx1Bとコレラトキシンで経鼻免疫したマウス(BALB/cマウスまたはC57BL/6マウス)より得られたサンプルに関する、血清IgAのStx1B特異的結合(a)および鼻洗浄液中IgAのStx1B特異的結合(b)を示す。抗体とStx1Bとの結合は、各サンプル(横軸)の2を底とする抗体価の対数(縦軸)で表示した。
【0054】
血清中のIgAの抗体価は、BALB/cマウスではStx1Bの架橋によって有意(P<0.05;U検定)に上昇した((a))。一方、C57BL/6マウスでは、未架橋Stx1B免疫群で一個体のみ例外的に応答を示したが、架橋によって免疫原性の上昇は認められなかった。鼻洗浄液中の分泌型IgAの抗体価は、BALB/cマウスにおいてStx1Bの架橋によって有意(P<0.01;U検定)に上昇した((b))。架橋Stx1Bの場合、抗体価の中央値が1:1024であるのに対して、未処理のStx1Bで免疫した場合は、1:16未満であった。増強効果は少なくとも64倍であった。C57BL/6マウスでは、粘膜外免疫の場合と異なり、鼻洗浄液中にStx1B特異的なIgAが検出されたが、抗体価は低かった。未架橋Stx1B免疫群で、血中IgAが高かった個体が鼻洗浄液においても最も高いIgA抗体価を示した。C57BL/6マウスでは、Stx1Bの架橋によって鼻洗浄液中のIgA抗体価の上昇が認められなかった((b))。すなわち架橋Stx1Bの場合、抗体価の中央値が1:32であるのに対して、未架橋Stx1Bで免疫した場合1:64であった。また、架橋Stx1Bで免疫したBALB/cマウスの鼻洗浄液中のIgA抗体価は1:256から1:2048と一様に抗体産生の増強が見られたのに対して、架橋Stx1Bで免疫したC57BL/6マウスでは、1:16未満から1:128の範囲に分布し、過半数の個体が抗体価1:32以下であった。
【0055】
参考例1(Stx1Bに対する免疫応答のH−2拘束性)
本参考例1では、H−2マウスとしてC57BL/6(n=3)を、H−2マウスとしてB10.D2(n=3)およびDBA/2(n=1)を、ならびにH−2b/dマウスとしてBDF(n=3)を用いた。
【0056】
マウスをケタミン(80mg/Kg)およびキシラジン(5mg/Kg)の腹腔内投与によって麻酔した。前記製造例1において得られたStx1Bを抗原として用い、PBSに溶解した抗原をCFAとともに混合して乳化することにより、エマルジョンを調製した。20μgのStx1Bを含む前記エマルジョン25μLずつを各マウスの足蹠皮下に投与(マウス当たり40μg)した。足蹠皮下投与の10日後に、40μgのStx1BとIFAとのエマルジョン50μLを該マウスの腹腔内に投与した。
【0057】
(血清の調製)
免疫7日後、眼窩静脈叢採血によって各マウスの血液を採取し、採取した血液を実施例1と同じ手順で処理することにより、血清を調製した。
【0058】
(ELISA)
Stx1Bに対する抗体(IgG)量を測定するために、各サンプルを用いて試験例1と同様の手順でELISAを行なった。なお、血清は、1%BSA−Tween−PBSを用いて1:1000で希釈したものをサンプルとした。
【0059】
(結果)
結果を図3に示す。図3は、未架橋Stx1Bを腹腔内投与したマウス(DBA/2マウス、B10.D2、C57BL/6マウスまたはBDF)の血清に関する、血清IgGのStx1B特異的結合を示す。抗体とStx1Bとの結合は、各H−2のタイプ(横軸)に対応する特異的吸光度(縦軸)で表示した。
【0060】
すでに報告されているように、H−2マウス(B10.D2およびDBA/2)では、Stx1Bに対して有意な免疫応答が確認されたが、H−2マウスは不応答であった。MHCは共優性であることから、BDF(H−2b/d)マウスでも充分な免疫応答を期待した。しかし、BDFマウスはStx1Bに対してむしろ低応答性であった。これらの結果は、未架橋Stx1Bが弱い免疫原であり、Stx1Bに対する免疫応答が抗原提示細胞上に存在する適切なMHCクラスII分子の密度に依存していることを示唆する。
【0061】
参考例2(Stx1B特異的な血清中IgG)
(免疫)
DBA/2マウスをケタミン(80mg/Kg)およびキシラジン(5mg/Kg)の腹腔内投与によって麻酔した。前記製造例1において得られたStx1B(40μg)を抗原として用い、抗原をコレラトキシン(1μg)とともにPBS中で混合して全量を15μLとし、抗原溶液とした。0日および7日目(n=3)、または0日、7日および14日目(n=3)に、片鼻7.5μLの前記抗原溶液(マウス1匹当たり15μL)をマウスに投与することで経鼻免疫した。なお、0日および7日目(n=2)、または0日、7日および14日目(n=2)にコレラトキシン(1μg/15μL PBS)をマウスの片鼻に7.5μLずつ投与したものを対照として用いた。
【0062】
(血清の調製)
最終免疫7日後、眼窩静脈叢採血によって各マウスの血液を採取し、採取した血液を実施例1と同じ手順で処理することにより、血清を調製した。
【0063】
(ELISA)
Stx1Bに対する抗体(IgG)量を測定するために、各サンプルを用いて試験例1と同様の手順でELISAを行なった。なお、血清は、1%BSA−Tween−PBSを用いて横軸に示した濃度(%)に希釈したものをサンプルとした。
【0064】
(結果)
結果を図4に示す。図4は、Stx1Bとコレラトキシンで2回もしくは3回免疫した3匹のマウスから調製したプール血清、またはコレラトキシンのみで2回もしくは3回免疫した2匹のマウスから調製したプール血清に関する、Stx1Bに対する血清IgGのStx1B特異的結合を示す。抗体とStx1Bとの結合は、血清の希釈度(横軸)に対応する特異的吸光度(縦軸)で表示した。CT共存下Stx1BでDBA/2マウスを1週間隔で3回免疫したマウスでは、血清中にIgGの産生が認められた。一方、CTのみの投与では、Stx1B特異的な血清中IgGは産生されなかった。2回免疫後の血清にも抗原特異的IgGが検出されたが、3回免疫後に比べ抗体価が低かった。
【0065】
参考例3(Stx1B特異的な血清中IgA)
(免疫)
DBA/2マウスをケタミン(80mg/Kg)およびキシラジン(5mg/Kg)の腹腔内投与によって麻酔した。前記製造例1において得られたStx1B(40μg)を抗原として用い、抗原をコレラトキシン(1μg)とともにPBS中で混合して全量を15μLとし、抗原溶液とした。0日、7日および14日目に片鼻7.5μLの前記抗原溶液(マウス1匹当たり15μL)をマウスに投与することで経鼻免疫した(n=3)。なお、0日、7日および14日目にコレラトキシン(1μg/15μL PBS)をマウスの片鼻に7.5μLずつ投与したものを対照として用いた(n=2)。
【0066】
(血清の調製)
最終免疫7日後、眼窩静脈叢採血によって各マウスの血液を採取し、採取した血液を実施例1と同じ手順で処理することにより、血清を調製した。
【0067】
(ELISA)
Stx1Bに対する抗体(IgA)量を測定するために、各サンプルを用いて試験例1と同様の手順でELISAを行なった。なお、血清は、1%BSA−Tween−PBSを用いて横軸に示した濃度(%)に希釈したものをサンプルとした。
【0068】
(結果)
結果を図5に示す。図5は、Stx1Bとコレラトキシンで免疫した3匹のマウスから調製したプール血清、またはコレラトキシンのみで免疫した2匹のマウスから調製したプール血清に関する、Stx1Bに対する血清IgAのStx1B特異的結合を示す。抗体とStx1Bとの結合は、血清の希釈度(横軸)に対応する特異的吸光度(縦軸)で表示した。ELISAは各サンプルに対して3組実施し、平均値±標準偏差を表示した。Stx1B特異的な血清中IgAは、1週間隔で3回CT共存下Stx1Bで免疫すると検出されたが、抗体価が低かった。CT単独の投与では、Stx1B特異的な血清中IgAは検出されなかった。3回免疫後、糞中に分泌型IgAは検出されなかった(データは示さず)。
【0069】
[考察]
Stx1Bの低い免疫原性は、胚中心のB細胞に対するStx1Bの有害な作用によるものではない。むしろStx1Bから生成してMHCクラスII分子に提示可能なポリペプチド配列が限られているからのようだ。すなわち、Stx1Bから生じるいかなるペプチドもH−2ハプロタイプ(Stx1B不応答性マウス)のMHCクラスII分子に提示できない可能性がある。提示可能なペプチドに関するこのような制限は、定量的な効果をもっているようだ。すなわち、応答性マウス(H−2)と不応答性マウス(H−2)の雑種第一代が低応答性であることが定量的な効果による抗原提示効率で説明できる(図3)。
【0070】
経鼻経路によって粘膜免疫を行ないH−2ハプロタイプのマウスでStx1Bに対する免疫応答を有意に誘導することができた。血清中にクラススイッチしたIgG抗体を認めた。この結果は、Stx1Bを免疫原とした場合にも胚中心の機能が保たれていることを示す。IgG抗体の誘導が比較的容易であったのに対して、IgA抗体産生の誘導はさらに困難であった。IgA抗体に関しては、OVAに対する糞中のIgA抗体が閉鎖帯毒素を粘膜アジュバントとして用いて検出され(マリナロ エム(Marinaro M)ら、インフェクション アンド イミュニティー、1999年、第67巻、p.1287〜1291)、同じく破傷風トキソイドに対する糞中のIgA抗体がIL−12を用いて誘導され(ボヤカ ピーエヌ(Boyaka PN)ら、ジャーナル オブ イムノロジー、1999年、第162巻、p.122〜128)、またインフルエンザウイルスワクチンに対する分泌型IgA抗体がCTをアジュバントとして誘導されたこと(ホッジ エルエム(Hodge LM)ら、インフェクション アンド イミュニティー、2001年、第69巻、p.2328〜2338)が報告されているが、Stx1Bについては、血清中に特異的なIgA抗体は検出できたものの、抗体産生量は少なかった(図5)。さらに、糞中の分泌型IgAは、未架橋Stx1BとCTによる経鼻免疫では検出できなかった(図1(c))。これらの結果からも、Stx1B特異的なIgA、とくに分泌型のIgAを誘導することの困難さがわかる。Stx1BとCTによる経口免疫(胃内投与)がIgA産生により有効ではなかったことを付け加える(データを示さず)。
【0071】
Stx1Bの分子間架橋がBALB/cマウス(H−2)における免疫原性を劇的に改善した。血清中のIgGおよびIgAレベルの両方が上昇した。また抗体のレベルは高くはないものの、糞中のIgA抗体も検出可能なレベルとなった。鼻洗浄液については、分子架橋を行なうことによって、未処理のStx1Bと抗体価で比較して16倍から64倍以上の増強効果が認められた。一方、C57BL/6マウス(H−2)においては、Stx1Bの架橋によって免疫原性の増強が見られなかった。
【0072】
経鼻免疫の場合には、C57BL/6マウスでも免疫応答を示した個体が認められた(図2(b))。この結果は、粘膜外免疫の場合とは異なる(図3)。その理由が、粘膜外免疫の場合と粘膜免疫ではB細胞集団の性格に違いがあるからなのか、あるいは抗原提示の仕方に違いがあるからなのか、現時点では不明である。しかし、実用的な観点からすると、C57BL/6マウスにおいて鼻洗浄液中にStx1B特異的なIgA抗体が安定して誘導されているわけではない。一方、分子架橋したStx1Bを抗原として免疫したBALB/cマウスでは、個体差が少なく一様に高いIgAの抗体価が得られた。この結果は、分子架橋したStx1Bで免疫したマウスを用いることが、IgA産生ハイブリドーマを取得する実現可能な方法であることを示唆する。
【0073】
以上の結果をふまえ、分子架橋によってStx1Bの免疫原性が改善した理由を以下のように考察する。Stx1BはMHCクラスII分子としてI−AまたはI−E分子に提示可能な限られた数のペプチドを提供できるものとする。B細胞を含む抗原提示細胞がStx1B分子を取り込んだ場合には、一度には限られた数のペプチドが細胞内で生成するにすぎない。一方、抗原提示細胞(とくに2次応答におけるB細胞)が分子間架橋されたStx1Bの一分子を取り込むと、多数の抗原提示可能なペプチドをエンドソーム内で一度に生じることが可能である。したがって、Stx1Bを抗原提示する効率、すなわちヘルパーT細胞の誘導効率がStx1Bの分子間架橋によって大きく改善されたものと考えられる。一方、Stx1Bの配列中に抗原提示可能なペプチドが乏しいと考えられるC57BL/6マウスでは、分子間架橋の効果が得られていないことも、この考え方と合致している。
【0074】
総括すると、Stx1Bに対して低いながらも免疫応答を示すBALB/cマウスを用い、分子間架橋したStx1Bを抗原として粘膜アジュバントのコレラトキシンとともに経鼻免疫することで、安定的に高い抗体価でStx1B特異的な抗体(とくに、分泌型IgA抗体)を誘導する方法を確立した。本発明の方法は、Stx1B特異的なモノクローナル抗体の作製のために極めて有力であると考える。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明により、Stxに対する抗体の製造方法が提供される。本発明の方法を用いれば、Stxに対するIgG抗体のみならず、Stxに対するIgA抗体を効率的に生産することが可能である。得られた抗体は、経口受動免疫に用いる抗体医薬として有効である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)志賀毒素のBサブユニットを架橋する工程、および(2)志賀毒素のBサブユニットに対し、粘膜外免疫によって血清中の抗体価として免疫応答が確認できる動物を、(1)で得られる架橋Bサブユニットを用いて経粘膜免疫する工程からなる抗体の製造方法。
【請求項2】
前記動物がBALB/cマウス、B10.D2マウスまたはDBA/2マウスである請求の範囲第1項記載の方法。
【請求項3】
経粘膜免疫が鼻粘膜を通して行なわれる請求の範囲第1項記載の方法。
【請求項4】
(1)志賀毒素のBサブユニットを架橋する工程、および(2)志賀毒素のBサブユニットに対し、粘膜外免疫によって血清中の抗体価として免疫応答が確認できる動物を、(1)で得られる架橋Bサブユニットを用いて経粘膜免疫する工程からなる免疫グロブリンA抗体の製造方法。
【請求項5】
(1)志賀毒素のBサブユニットを架橋する工程、および(2)志賀毒素のBサブユニットに対し、粘膜外免疫によって血清中の抗体価として免疫応答が確認できる動物を、(1)で得られる架橋Bサブユニットを用いて経粘膜免疫する工程からなる抗体の製造方法により得られる抗体。
【請求項6】
前記動物としてBALB/cマウス、B10.D2マウスまたはDBA/2マウスを用いて得られる請求の範囲第5項記載の抗体。
【請求項7】
経粘膜免疫が鼻粘膜を通して行なわれることにより得られる請求の範囲第5項記載の抗体。
【請求項8】
(1)志賀毒素のBサブユニットを架橋する工程、および(2)志賀毒素のBサブユニットに対し、粘膜外免疫によって血清中の抗体価として免疫応答が確認できる動物を、(1)で得られる架橋Bサブユニットを用いて経粘膜免疫する工程からなる抗体の製造方法により得られる免疫グロブリンA抗体。

【国際公開番号】WO2004/104044
【国際公開日】平成16年12月2日(2004.12.2)
【発行日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−506347(P2005−506347)
【国際出願番号】PCT/JP2004/006827
【国際出願日】平成16年5月20日(2004.5.20)
【出願人】(802000020)財団法人浜松科学技術研究振興会 (63)
【Fターム(参考)】