説明

抗体作製方法

【課題】免疫原に含まれている背景抗原に対して免疫寛容を有する非ヒト動物を標的抗原と背景抗原を含む免疫原で免役する工程を含む、標的抗原を認識する抗体の作製方法の提供。
【解決手段】標的抗原と背景抗原を含む免疫原を、背景抗原をコードする遺伝子を導入したトランスジェニック動物に投与する工程を含む、トランスジェニック非ヒト動物および当該トランスジェニック非ヒト動物を用いた抗体の製造方法、および当該抗体を元にして作製した非ヒト動物−ヒトキメラ抗体の提供。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体の作製方法に関する。また本発明は、本発明の抗体作製方法により得られた抗体に関する。さらに本発明は、本発明の抗体作製に有用な、トランスジェニック非ヒト動物に関する。
【背景技術】
【0002】
抗体は様々な疾患の治療薬、診断薬、あるいは試薬などとして有用である。現在までに多くの抗体が取得されてきた。抗体を作製するための一般的な方法としては、抗原をマウスなどの哺乳動物に投与して、該動物の血清から抗体を取得する方法が用いられている。抗体の作製において、たとえば次のような場合には、目的とする抗体を効率的に得られないことがある。
・哺乳動物に免疫する抗原の量が少い
・抗原が十分に精製されていない
【0003】
したがって、免疫に当たっては、十分に精製された多量の抗原を用意することが望ましい。しかし現実には、抗原の中には精製が困難なものや、十分な量を用意することが困難なものも多い。つまり抗原の調製工程が、しばしば抗体作製における障害となっていた。
【0004】
免疫原の調製が困難な抗原の一つとして、膜蛋白質を示すことができる。一般に、膜蛋白質を大量に発現させることや十分に精製することは困難な場合が多い。このことが膜蛋白質に対する抗体の取得における障害となっていた。
【0005】
膜蛋白質を大量に発現させる方法として、バキュロウイルスを利用する方法が注目されている。目的の膜蛋白質をコードする遺伝子をバキュロウイルスゲノムに導入することによって、出芽バキュロウイルスの膜上に目的の膜蛋白質が発現される(WO98/46777、特開2001-333773)。これらの方法を用いるとバキュロウイルスの膜上に目的とする膜蛋白質を大量に発現させることができる。
【0006】
ところが、こうして得られるバキュロウイルスの膜上には、外来性の膜蛋白質以外にもバキュロウイルス由来の膜蛋白質が発現している。そのため、出芽バキュロウイルスを免疫原として抗体を作製した場合には、バキュロウイルス由来の膜蛋白質に対する抗体も産生される。その結果、公知の免疫方法によって効率よく目的の膜蛋白質に対する抗体を作製することは困難であった。
【0007】
たとえば、出芽バキュロウイルスによる免疫は、しばしばgp64を認識する抗体を誘導する。gp64は、バキュロウイルスの膜蛋白質に大量に含まれている。加えて、gp64は、抗原性が高いため免疫動物において非自己と認識されやすい。結果的に、出芽バキュロウイルスは、抗gp64抗体を優先的に誘導すると考えられる。
【0008】
したがって、バキュロウイルス膜上に発現した目的の膜蛋白質を抗原として使用するためには、該膜蛋白質を十分に精製する必要がある。ところが、一般に出芽バキュロウイルスから外来性の膜蛋白質を精製することは難しい。したがって、免疫に十分な量の、高度に精製された膜蛋白質を得ることは、現実にはできないといってよい。このような精製が困難な抗原については、通常の方法によって目的とする抗体を得ることは困難であった。
【発明の開示】
【0009】
本発明は上記の問題点を解決することを目的とする。すなわち本発明は、目的とする抗体を容易に得ることができる抗体の製造方法の提供を課題とする。また本発明は、目的とする抗体を効率良く産生するトランスジェニック非ヒト動物の提供を課題とする。
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するために、免疫原に含まれる目的とする抗体の取得を妨げる抗原の存在に着目した。そして、この種の抗原に対する免疫応答を抑制した免疫動物を用いることによって、目的とする抗体を容易に得ることができると考えた。更に、目的とする抗体の取得を妨げる抗原に対する免疫寛容を利用して免疫動物の免疫応答を調節すれば、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち本発明は、以下の抗体作製方法、該方法に有用なトランスジェニック非ヒト動物、並びに該非ヒト動物の製造方法に関する。
〔1〕免疫原に含まれている背景抗原に対して免疫寛容を有する非ヒト動物を、標的抗原と背景抗原を含む免疫原で免疫し、標的抗原に対する抗体または抗体をコードする遺伝子を取得する工程を含む標的抗原を認識する抗体の作製方法。
〔2〕免疫寛容を人為的に誘導することを特徴とする〔1〕に記載の方法。
〔3〕非ヒト動物がトランスジェニック非ヒト動物である〔1〕に記載の方法。
〔4〕以下の工程を含む、標的抗原に対する抗体の作製方法。
(a)標的抗原と背景抗原を含む免疫原を調製する工程、
(b)背景抗原をコードする遺伝子を発現可能に保持したトランスジェニック非ヒト動物を作製する工程、
(c)(a)の免疫原を(b)のトランスジェニック非ヒト動物に投与する工程、および
(d)トランスジェニック非ヒト動物から標的抗原に対する抗体を採取する工程
〔5〕免疫原がウイルス粒子、またはその一部である〔4〕に記載の方法。
〔6〕ウイルスがバキュロウイルスである〔5〕に記載の方法。
〔7〕標的抗原が膜蛋白質である〔4〕に記載の方法。
〔8〕背景抗原がgp64である〔6〕に記載の方法。
〔9〕非ヒト動物がマウスである〔4〕に記載の方法。
〔10〕〔1〕〜〔9〕のいずれかに記載の方法により作製された抗体。
〔11〕〔10〕に記載の抗体を元にして作製した非ヒト動物−ヒトキメラ抗体、またはヒト型化抗体。
〔12〕ウイルス由来膜蛋白質をコードする遺伝子が導入されたトランスジェニック非ヒト動物。
〔13〕ウイルスがバキュロウイルスである〔12〕に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
〔14〕ウイルス由来膜蛋白質がgp64である〔13〕に記載の非ヒト動物。
〔15〕非ヒト動物がマウスである〔12〕に記載の非ヒト動物。
〔16〕ウイルス由来蛋白質を含む抗原に対する抗体製造用である〔12〕に記載の非ヒト動物。
〔17〕背景抗原をコードする遺伝子を導入したトランスジェニック非ヒト動物を作製する工程を含む非ヒト免疫動物の製造方法。
〔18〕〔17〕に記載の方法によって製造された、背景抗原を含む標的抗原に対する抗体を得るための非ヒト免疫動物。
〔19〕次の工程を含む、PepT1に対する抗体の製造方法。
a)PepT1またはその断片をコードするDNAを発現可能に保持したバキュロウイルスを調製する工程
b)a)のバキュロウイルスを宿主細胞に感染させ、PepT1またはその断片を発現した出芽ウイルスを得る工程
c)バキュロウイルスの膜蛋白質gp64をコードする遺伝子を発現可能に保持したトランスジェニック非ヒト動物を作製する工程
d)c)のトランスジェニック非ヒト動物にb)の出芽ウイルスまたはPepT1またはその断片を含む分画を免疫する工程、および
e)免疫動物から、PepT1を認識する抗体を回収する工程
【0012】
本発明は、免疫原に含まれている背景抗原に対して免疫寛容を有する非ヒト動物を、標的抗原と背景抗原を含む免疫原で免疫する工程を含む標的抗原を認識する抗体の作製方法に関する。
【0013】
本発明において、標的抗原とは、目的とする抗体が認識する抗原を言う。標的抗原は、抗原性を有する任意の物質から選択することができる。具体的には、蛋白質、糖鎖、脂質、あるいは無機物質などが抗原性を示す物質として知られている。標的抗原は、天然に存在するものであることもできるし、人工的に合成されたものであっても良い。人工的に合成されたものには、遺伝子工学技術を利用して作製された組み換え蛋白質や、化学的に合成された様々な有機物質が含まれる。
【0014】
一方、本発明において、背景抗原(back ground antigens)とは、抗体の産生を希望しない抗原決定基を有する物質、またはその抗原決定基そのものを言う。たとえば、標的抗原に混在する標的抗原以外の抗原性物質は、背景抗原である。代表的な背景抗原は、粗精製状態の標的抗原に混在する蛋白質である。より具体的には、組み換え蛋白質に含まれる宿主に由来する蛋白質を、背景抗原として示すことができる。背景抗原とは、目的とする抗体産生を誘導するための免疫原に含まれ、目的としない抗体の産生を誘導する原因となる抗原と定義することもできる。
【0015】
一般に、背景抗原とは、標的抗原以外の抗原性物質である。しかし本発明においては、標的抗原と同じ分子上に存在する抗原決定基を背景抗原と言う場合もある。たとえば標的抗原と同じ分子上に抗体の産生を希望しない抗原決定基がある場合、該抗原決定基は背景抗原である。あるいは背景抗原である抗原決定基を含み、かつ標的抗原を含まない物質は、本発明における背景抗原に含まれる。
【0016】
本発明における好ましい背景抗原として、蛋白質、ペプチド、糖、あるいは糖タンパク質を示すことができる。中でも、蛋白質あるいはペプチドは、本発明における特に好ましい背景抗原である。ペプチドとは、たとえば100以下のアミノ酸残基からなるポリペプチドを言う。ペプチドは蛋白質に含まれる。
【0017】
本発明において免疫寛容(immunotolerance)とは、免疫寛容の対象となる抗原(寛容原;immunotolerance antigens)に対して特異的に免疫応答が失われるか、または低下することを言う。正常な免疫動物の寛容原に対する免疫応答に対して、ある個体の同じ寛容原に対する免疫応答が低下しているとき、この個体は寛容原に対する免疫寛容を有すると言う。たとえば寛容原を投与した場合に産生される寛容原に対する抗体の量が減少していれば、免疫応答が低下していると見なすことができる。免疫寛容のレベルは制限されない。
【0018】
なお寛容原とは、その個体の免疫応答が低下している抗原性物質を言う。また本発明において寛容原に対して特異的な免疫応答の低下とは、他の抗原に対する免疫応答と比較して、寛容原に対する免疫応答の低下のレベルが大きいことを言う。したがって、寛容原以外の抗原に対する免疫応答が低下していても、その低下のレベルが寛容原に対する免疫応答のレベルよりも小さい場合には、免疫寛容が成立している。また本発明における免疫寛容は、背景抗原以外の抗原性物質に対する免疫寛容を伴っている場合も含む。複数の抗原に対する免疫寛容を有する場合であっても、標的抗原に対する免疫応答を有する限り本発明に利用することができる。一方、免疫応答そのものが低下している免疫不全状態は、標的抗原に対する抗体の産生が期待できないので望ましくない。
【0019】
本発明は、背景抗原に対して免疫寛容を有する非ヒト動物を免疫動物として利用する。本発明における免疫寛容を有する非ヒト動物は、人為的に免疫寛容を誘導されていることが好ましい。免疫寛容を有する非ヒト動物は、たとえば次のようにして作製することができる。
【0020】
まず、背景抗原をコードする遺伝子を非ヒト動物に導入し、背景抗原遺伝子トランスジェニック動物を作製することができる。トランスジェニック動物は、導入された遺伝子の発現産物(背景抗原)に対して免疫寛容となる。また、胎児期ないし生後間もない非ヒト動物に寛容原(背景抗原)を複数回投与することにより、免疫寛容を誘導することもできる。
【0021】
胎児期または生後間もない非ヒト動物に寛容原となる抗原を投与する方法としては、抗原となる物質そのものを非ヒト動物に投与する方法を示すことができる。その他、寛容原を間接的に投与することもできる。例えば、生体内で寛容原をコードする遺伝子を発現させることによって、目的とする寛容原を投与することもできる。このような方法の例としては、抗原をコードするDNAを直接投与する方法(naked DNA method)や、抗原を発現する細胞を非ヒト動物に移植する方法、ウイルスベクターを用いる方法、DNAワクチンを用いる方法などを挙げることができる。
【0022】
これらの方法の中でも、寛容原をコードする遺伝子を発現可能な状態で保持したトランスジェニック非ヒト動物は、本発明における免疫寛容を有する非ヒト動物として好ましい。トランスジェニック動物は、免疫機能が成熟する前に、本来は外来性の蛋白質である寛容原を生体内に有している。そのため、免疫機能は、寛容原を完全に自己と見なす可能性が非常に高い。したがって、本発明における免疫寛容を誘導する方法としては、トランスジェニック非ヒト動物を利用することは有利である。寛容原を導入したトランスジェニック動物において、寛容原に対する抗体がほとんど産生されないことは、実施例においても示したとおりである。
【0023】
またトランスジェニック動物は、免疫寛容の形質を子孫に伝えることができる。したがって、本発明のためのトランスジェニック非ヒト動物が樹立されれば、同様の形質を有する免疫動物を安定して供給することができる。
【0024】
本発明はまた、ウイルス由来蛋白質を含む抗原に対する抗体製造用の、ウイルス由来膜蛋白質をコードする遺伝子が導入されたトランスジェニック非ヒト動物に関する。あるいは本発明は、ウイルス由来膜蛋白質をコードする遺伝子発現可能に保持したトランスジェニック非ヒト動物の、ウイルス由来蛋白質を含む抗原に対する抗体を製造するための免疫動物としての使用に関する。更に本発明は、背景抗原をコードする遺伝子を導入したトランスジェニック非ヒト動物を作製する工程を含む非ヒト免疫動物の製造方法に関する。
【0025】
様々な遺伝子が導入されたトランスジェニック非ヒト動物が公知である。しかし背景抗原をコードする外来性遺伝子を導入した動物が、背景抗原を含む標的抗原の免疫動物として有用であることは知られていない。
【0026】
標的抗原蛋白を欠失させた遺伝子欠損動物(いわゆるノックアウト動物)は、標的抗原を先天的に保有していないため、この遺伝子欠損動物に、標的抗原を投与することにより、抗原と投与される動物のそれとの相同性の高い蛋白であっても、標的抗原に対する抗体を得ることができる。この標的抗原欠損動物と当該トランスジェニック動物との交配で標的抗原蛋白欠損・寛容原発現動物も作出可能である。
【0027】
また、胎児期あるいは生後間もない非ヒト動物に、naked DNA法やDNAワクチン、あるいは背景抗原を発現している細胞を移植する方法などにより胎児期以降に遺伝子を導入することも可能である。上記のように作製された非ヒト動物も本発明のトランスジェニック非ヒト動物に含まれる。
【0028】
本発明に用いる免疫寛容を有する非ヒト動物において、免疫寛容を誘導するための背景抗原の数は限定されない。すなわち、少なくとも1つの背景抗原に対して、免疫寛容が誘導された非ヒト動物を本発明の抗体作製方法に利用することができる。あるいは複数種の背景抗原に対して免疫寛容が誘導された非ヒト動物を免疫動物とすることもできる。
【0029】
免疫動物において、免疫原に含まれる可能性のある、全ての背景抗原に対して、抗体の産生が抑制されることは必ずしも重要ではない。標的抗原に対する抗体の産生と取得が妨げられない範囲であれば、背景抗原を認識する抗体の産生は許容される。したがって、たとえば、主要な背景抗原に対してのみ免疫寛容が誘導された免疫動物であっても、本発明の好ましい免疫動物として利用することができる。
【0030】
本発明において、非ヒト動物としては、例えば、サル、ブタ、イヌ、ラット、マウス、ウサギ、などを挙げることができる。たとえば、ラット、マウス、ハムスターなどのげっ歯類は、好ましい非ヒト動物である。トランスジェニック動物とすることで免疫寛容を誘導するには、げっ歯類のような、成熟が早く、遺伝子操作の手法が確立されている非ヒト動物が有利である。特にマウスは、これらの条件を高い水準で満たすことができる非ヒト動物である。
【0031】
本発明は、ウイルス由来の膜蛋白質をコードする遺伝子を導入したトランスジェニック非ヒト動物に関する。本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、ウイルスの膜蛋白質が混在する標的抗原の免疫に有用である。本発明におけるウイルスの膜蛋白質とは、通常、出芽ウイルスの外披を構成する蛋白質を言う。バキュロウイルスであれば、たとえば、gp64と呼ばれる蛋白質が膜蛋白質に相当する。
【0032】
たとえば、バキュロウイルスのgp64に対する免疫寛容を有するトランスジェニック非ヒト動物は、バキュロウイルス発現系で製造した免疫原の免疫動物として有用である。バキュロウイルス発現系は、様々な蛋白質を製造することができる。したがって、このトランスジェニック動物とバキュロウイルス発現系を組み合せて利用することによって、様々な蛋白質抗原を標的抗原として、容易に目的とする抗体を得ることができる。
【0033】
本発明における免疫原は、標的抗原と背景抗原を含む。既に述べたとおり、標的抗原や背景抗原を構成する物質は特に制限されない。免疫寛容を有する免疫動物を、背景抗原をコードする遺伝子の導入によって得る場合には、背景抗原は蛋白質である。免疫原は、標的抗原と背景抗原以外の物質を含むことができる。
【0034】
また本発明において、免疫原に含まれる背景抗原の種類は制限されない。したがって、標的抗原に対する抗体の産生を妨げる背景抗原が複数種含まれた免疫原を本発明に用いることもできる。免疫動物が各背景抗原に対していずれも免疫寛容を有していれば、これらの背景抗原の存在は問題とならない。あるいは、標的抗原に対する抗体の取得を実質的に妨げることがない背景抗原については、免疫動物の免疫寛容の有無に関わらず、免疫原に含まれることが許される。
【0035】
一般に、標的抗原は生物材料に由来する物質からなる。生物材料は、様々な成分を含む複雑な混合物である。したがって、標的抗原は、通常、多様な混合物を原料として調製されている。その結果、標的抗原を高度に精製することは困難である。言いかえれば、標的抗原を大量に、かつ高度に精製するには、多くの手間と時間を要する。つまり、免疫原が、標的抗原以外の物質を含むことは、事実上、避けられないといって良い。
【0036】
具体的には、本発明の免疫原として、細胞、細胞培養液、細胞溶解物、ウイルス、あるいは未精製の抗原などを挙げることができる。細胞やウイルスなどは、その全体のみならず、その一部分のみを免疫原として用いることもできる。例えば、細胞膜やウイルスエンベロープ部分のみを免疫原として用いることも可能である。細胞やウイルスを用いる場合には、目的の抗原をコードする遺伝子を遺伝子組み換え技術により細胞やウイルスに導入して、目的の抗原を人為的に発現させたものを用いることができる。
【0037】
本発明における望ましい免疫原の一つに、ウイルス粒子、またはその一部を示すことができる。ウイルスは、核酸と、限られた蛋白質や糖等の比較的単純な成分で構成されている。したがって、標的抗原の取得を妨害する背景抗原の種類も限られる。つまり、より少ない背景抗原についてのみ、免疫動物の免疫寛容を誘導すれば、本発明に基づく抗体の作製方法を実施することができる。
【0038】
本発明において、免疫原として用いることができるウイルスの中では、たとえばバキュロウイルス(Baculovirus)が好ましい。バキュロウイルスは、2本鎖DNAからなるゲノムがキャプシド蛋白質に覆われた構造を有する昆虫ウイルスである。中でもバキュロウイルスの一種である核多角体病ウイルス(NPV)を利用した発現系は、外来性遺伝子の発現システムとして有用である。NPVは強力なプロモーター活性を有している。したがって、NPVのゲノムに外来性の遺伝子を組み込むことで、任意の蛋白質を大量に生産させることができる。具体的には、ポリヘドリンと呼ばれる蛋白質をコードする遺伝子を、任意の遺伝子に組み換えることによって、外来性の遺伝子の強力な発現が誘導される。
【0039】
一方、バキュロウイルスに導入する外来性遺伝子には、任意の遺伝子を用いることができる。外来性遺伝子として、たとえば膜蛋白質をコードする遺伝子を用いることもできる。
【0040】
バキュロウイルスを用いることによって、ウイルスの膜蛋白質とともに目的の膜蛋白質を、その構造を維持した状態で発現させることができる。また、発現生成物を出芽ウイルスとして容易に回収できることも、バキュロウイルス発現系の大きな利点である。
【0041】
膜蛋白質には、受容体やトランスポーターなどの、生物学的に重要な分子が多い。しかし、多くの膜蛋白質は、細胞膜に存在することによってその構造を維持している。また、糖鎖や脂質による翻訳後修飾を伴うことも多い。そのため膜蛋白質は、大腸菌などの原核生物を用いた発現系では、しばしば本来の構造を再現できない場合がある。
【0042】
膜蛋白質等の外来性蛋白質のウイルス膜上への発現方法としては、例えば、WO98/46777及びLoiselら(T.P.Loisel et al., Nature Biotech. 15: 1300-1304 (1997))の出芽バキュロウイルスを用いた膜タンパク質の発現方法を挙げることができる。より詳細には、外来性蛋白質をコードする遺伝子を含む昆虫細胞用の組換えベクターを作製し、バキュロウイルスDNAと共にSf9等の昆虫細胞へ導入する。すると、組換えベクターにコードされる外来性蛋白質は、感染細胞が死滅する前に感染細胞より細胞外に放出される成熟ウイルス粒子(ビリオン)上に発現され、外来性蛋白質を発現する組換えウイルスを得ることができる。
【0043】
本発明において、出芽ウイルスとは出芽(budding)により感染細胞から放出されるウイルスのことである。一般に細胞膜を被ったウイルスは細胞が破壊されていない状態でも当該ウイルスに感染した細胞から発芽し、継続的に放出されるのに対し、膜を被らないアデノウイルスや、核膜を被ったヘルペスウイルスは細胞が破壊された時に一斉に放出される。本発明においては、特に出芽ウイルスが好ましい。また、本発明において組換えウイルスを感染させる宿主は、当業者であれば、用いるウイルスの種類に応じて、ウイルスの増殖を可能ならしめる宿主を適宜選択することができる。例えば、バキュロウイルスを用いる場合、Sf9等の昆虫細胞の使用が考えられる。一般に、バキュロウイルス-昆虫細胞を用いたタンパク質発現系は、哺乳動物細胞と同様に脂肪酸アセチル化及び糖鎖付加等の翻訳と同時または翻訳後の修飾が行われること、並びに、哺乳動物細胞系よりも異種タンパク質の発現レベルが高いこと(Luckow V.A. and Summers M.D., Virol. 167: 56 (1988))から有利な系であると考えられている。
【0044】
外来性蛋白質を発現しているウイルスは、例えば、外来性蛋白質をコードする遺伝子を含む組換えウイルスを感染させた宿主を培養することによって得ることができる。または、上述のWO98/46777及びLoiselら(T.P.Loisel et al., Nature Biotech. 15: 1300-1304 (1997))の方法の様に、外来性蛋白質をコードする組換えベクターをバキュロウイルスと共に昆虫細胞に導入することにより、細胞外へ放出されるバキュロウイルスの膜上に外来性蛋白質を発現させることもできる。また、Strehlowら(D.Strehlow et al., Proc.Natl.Acad.Sci.USA. 97: 4209-4214(2000))の方法のように、外来性蛋白質をコードする遺伝子を導入したMoloneyウイルス由来ベクターより作製した組換えウイルスをPA317等のパッケージング細胞に感染させることにより、細胞外へ放出されるMoloney murine leukemiaウイルスの膜上に外来性蛋白質を発現させることができる。しかしながら、本発明の免疫原に用いることができる外来性蛋白質を発現しているウイルスは、これらの方法により調製されたものに限定されない。
【0045】
上述のようにして調製された組換えウイルスは、公知の手法により精製することができる。例えば、増加密度勾配遠心法(augment densitygradient centrifugation)(Albrechtsen et al., J.Virological Methods 28: 245-256 (1990); Hewish et al., J.Virological Methods 7: 223-228 (1983))、サイズ排除(size exclusion)クロマトグラフィー(Hjorth and Mereno-Lopez, J.Virological Methods 5: 151-158 (1982); Crooks et al., J.Chrom. 502: 59-68 (1990); Mento S.J. (Viagene, Inc.) 1994 Williamsburg Bioprocessing Conference)、モノクローナル抗体及びフコース硫酸含有多糖類等を利用したアフィニティークロマトグラフィー(Najayou et al., J.Virological Methods 32: 67-77 (1991); Diaco et al., J.Gen.Virol. 67: 345-351 (1986); Fowler, J.Virological Methods 11: 59-74 (1986); 特再表97/032010)、DEAEイオン交換クロマトグラフィー(Haruna et al., Virology 13: 264-267 (1961))等がウイルスを精製する方法として知られている。したがって、上述の方法、または、これらの方法を組み合せて精製しても良い。
【0046】
本発明において、免疫動物を免疫寛容とするための寛容原となる背景抗原は、特に制限されない。免疫原中に含有量の多い物質や抗原性の強い物質などを寛容原とすることが好ましい。例えば、バキュロウイルスを免疫原として用いる場合には、gp64を寛容原とすることが好ましい。gp64は、ウイルス膜上に大量に発現しており、かつ免疫動物によって非自己と認識されやすい主要な背景抗原である。
【0047】
バキュロウイルスは、外来性蛋白質の発現系としては望ましい特徴を有している。しかし一方で、発現産物を免疫原として用いる場合には、背景抗原の産生を伴うという問題点を有しているといえる。特に免疫原に用いるための膜蛋白質をバキュロウイルス発現系によって作製した場合には、gp64の存在が大きな問題となる。gp64はウイルスの膜蛋白質に大量に含まれている。そのため、外来性の膜蛋白質には、gp64の混入が避けられない。
【0048】
本発明の抗体作製方法によれば、背景抗原による標的抗原に対する抗体取得の妨害作用を抑制することができる。したがって、本発明を用いれば、バキュロウイルス発現系の外来性蛋白質の発現システムとしての利点を、免疫原の作製においても十分に生かすことが可能となる。
【0049】
本発明において、天然のウイルスやその部分を免疫原とすることもできる。天然のウイルスにおいても、ウイルスの特異的な検出や、感染の予防または治療において、特定の抗原決定基を認識する抗体は、重要である。そして、主要な抗原に対する抗体が生成されやすいのに対して、特定の抗原決定基を認識する抗体を得ることがしばしば困難であることも、先に述べたバキュロウイルス発現産物を免疫原に利用する場合と共通している。
【0050】
天然のウイルスを本発明の免疫原として用いる場合には、ウイルスを構成する蛋白質のうち、背景抗原として作用する蛋白質をコードする遺伝子を非ヒト動物に導入してトランスジェニック動物とする。一方、免疫原としては、ウイルス粒子そのもの、あるいは標的抗原を含むウイルスの部分を用いる。こうして、標的抗原を認識する抗体を、効率的に得ることができる。
【0051】
たとえばインフルエンザウイルスの表面抗原は、ウイルスの株を決定する重要な抗原である。インフルエンザの株ごとに、その株に固有の表面抗原を認識する抗体を容易に得ることができれば、ウイルスの同定や、感染の予防または治療に有用である。しかしウイルス粒子をそのまま免疫原とした場合には、ウイルスに共通する構造を認識する抗体も多く産生される。
【0052】
本発明を利用して、インフルエンザウイルスに共通するエンベローブ蛋白質に対して免疫寛容としたトランスジェニック非ヒト動物を利用すれば、各株に固有の表面抗原を認識する抗体を効率的に得ることができる。すなわち、ウイルス株に固有の表面抗原を標的抗原とし、ウイルスに共通の構造を背景抗原として、本発明を応用することができる。
【0053】
本発明の抗体作製方法の好ましい態様を次に述べる。この態様においては、膜蛋白質を標的抗原として用いる。膜蛋白質としては、ヒト由来の膜蛋白質などを用いることができる。
【0054】
まず標的蛋白質をバキュロウイルス膜上に発現させ、該バキュロウイルスを免疫原として用いる。バキュロウイルスを用いた膜蛋白質の発現方法としては、例えば、WO98/46777、特開2001-333773及びLoiselら(T. P. Loisel et al., Nature Biotech. 15: 1300-1304 (1997))の出芽バキュロウイルスを用いた膜蛋白質の発現方法を利用することができる。
【0055】
より詳細には、膜蛋白質をコードする遺伝子を含む昆虫細胞用の組換えベクターを作製し、バキュロウイルスDNAと共に昆虫細胞へ導入する。昆虫細胞には、Sf9細胞等が利用される。組換えベクターにコードされる膜蛋白質は、感染細胞が死滅する前に感染細胞より細胞外に放出される成熟ウイルス粒子(ビリオン)上に発現される。したがって成熟ウイルス粒子の回収によって、膜蛋白質(標的抗原)を発現している出芽バキュロウイルスを得ることができる。培養細胞から出芽バキュロウイルスを回収する方法も公知である。このようにして得た膜蛋白質(標的抗原)を発現している出芽バキュロウイルスを本発明における免疫原として用いる。
【0056】
バキュロウイルス膜上には膜蛋白質(標的抗原)以外にもバキュロウイルス由来の膜蛋白質が発現していることは既に述べたとおりである。特にgp64はバキュロウイルス膜上に大量に発現しており、かつ抗原性が高い。したがって出芽バキュロウイルスを免疫すると抗gp64抗体が産生されてしまい、膜蛋白質(標的抗原)に対する抗体を効率よく取得できない。
【0057】
そこで本発明においては、免疫動物として、gp64を発現する動物を用いる。具体的には、gp64をコードする遺伝子を含むベクターの導入によってgp64を発現するトランスジェニック動物を作製する。トランスジェニック動物としては、非ヒト動物が用いられる。たとえば、gp64遺伝子を導入したトランスジェニックマウスが本発明における免疫動物に用いられる。
【0058】
本発明においては、該トランスジェニックマウスが、先に取得した出芽バキュロウイルスで免疫される。gp64発現トランスジェニックマウスはgp64をEndogenousに発現するので、背景抗原であるgp64に対して免疫寛容になっている。つまり出芽バキュロウイルスで免疫したときの、抗gp64抗体の産生が抑制される。その結果、標的抗原である膜蛋白質に対する抗体を効率よく産生することができる。
【0059】
トランスジェニックマウスの作製方法は公知である。例えば、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 77:7380-7384(1980)に記載の方法により、トランスジェニックマウスを得ることができる。具体的には、目的の遺伝子を哺乳動物の全能細胞に導入し、この細胞を個体へと発生させる。得られた個体のうち、体細胞および生殖細胞中に導入遺伝子が組み込まれてた個体を選別することによって、目的とするトランスジェニックマウスを作製することができる。遺伝子を導入する全能細胞としては、受精卵や初期胚のほか、多分化能を有するES細胞のような培養細胞などが挙げられる。
【0060】
より具体的には、たとえば後で述べる実施例の方法により作製できる。
本発明の抗体の作製方法は、モノクローナル抗体やポリクローナル抗体の作製に利用することができる。免疫動物から標的抗原に対する抗体を採取することによって、ポリクローナル抗体を得ることができる。あるいは、免疫動物の抗体産生細胞をクローン化することによって、モノクローナル抗体を産生する抗体産生細胞を得ることもできる。
【0061】
更に、マウスなどの免疫動物に由来する抗体、あるいはその遺伝子を利用して、免疫動物とヒトのキメラ抗体や、ヒト型化抗体を得ることもできる。これらの改変された構造を有する抗体の作製方法も公知である。
【0062】
更に本発明は、本発明の方法によって得ることができる抗体に関する。本発明の抗体は、上記のような方法を含む工程によって得ることができるあらゆる抗体を含む。したがって、たとえばモノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、免疫動物とヒトのキメラ抗体、ヒト型化抗体、あるいはヒト抗体は、いずれも本発明に含まれる。たとえば、免疫システムをヒトの免疫システムに置換されたトランスジェニックマウスが公知である。このようなマウスに免疫することによって得ることができる抗体は、ヒト抗体である。
【0063】
本発明における好ましい抗体として、ヒト膜蛋白質を認識する抗体を示すことができる。膜蛋白質は、創薬ターゲットとして重要なものが多く含まれる。一方で、精製が困難なために、特異的な抗体を得ることが難しいとされていた。しかし本発明によって、遺伝子組み換えによって作製された、背景抗原と共存した状態にある膜蛋白質であっても、目的とする抗体を効率良く得ることが可能となった。膜蛋白質としては、たとえばPepT1は重要な分子である。PepT1の塩基配列、アミノ酸配列は既に知られている(ヒトPepT1:GenBank XM_007063、J.Biol.Chem. 270(12): 6456-6463 (1995); マウスPepT1:GenBank AF205540、Biochim. Biophys. Acta. 1492: 145-154 (2000))。
【0064】
PepT1に対する抗体の中でも、PepT1の細胞外領域に結合する抗体は有用である。特にPepT1の細胞外領域に特異的に結合する抗体は、本発明による望ましい抗体である。本発明において、細胞外領域に対する特異的な結合とは、PepT1の細胞外領域とそれ以外の領域を免疫学的に識別しうることを言う。より具体的には、細胞外領域には結合するが、細胞内領域等や膜貫通ドメインとは結合しない抗体を、PepT1の細胞外領域に特異的に結合する抗体と言うことができる。本発明において、好ましいPepT1は、ヒトPepT1である。ヒトPepT1は、ヒトに由来のみならず、ヒトPepT1をバキュロウイルス発現系で発現させて得ることができる組み換え体であることもできる。
【0065】
免疫原に用いられるヒトPepT1は、標的抗原の構造を維持していれば、必ずしも完全な分子である必要はない。たとえば、PepT1の細胞外領域を含む断片を免疫原とすることもできる。本発明における免疫原として好ましいPepT1は、トランスポート活性を有するヒトPepT1、または全長ヒトPepT1である。中でも、トランスポート活性を有する全長ヒトPepT1は特に好ましい。ヒトPepT1のトランスポート活性は、基質を細胞内に取り込む作用を指標として検知することができる。PepT1はグリシルザルコシン等を基質として取りこむことが知られている。グリシルザルコシンの取りこみは、[14C]グリシルザルコシン等を利用することにより評価することができる。
【0066】
ヒトPepT1は膜上(例えば、ウイルス膜や細胞膜など)に発現していることが好ましい。ウイルス膜上に発現させたPepT1のトランスポート活性は、ウイルス溶液と基質とを接触させ、ウイルスによる基質の取りこみを観察することによって検出することができる。
【0067】
免疫から抗体取得までの方法は公知の方法を用いることができる。免疫原による動物の免疫は、公知の方法にしたがって行われる。一般的方法としては、感作抗原を哺乳動物の腹腔内又は皮下に注射する。具体的には、免疫原をPBS(Phosphate-Buffered Saline)や生理食塩水等で適当量に希釈、懸濁したものに対し、所望により通常のアジュバントを適量混合し、乳化後、哺乳動物に投与する。アジュバントには、たとえばフロイント完全アジュバントが用いられる。さらに、その後、フロイント不完全アジュバントに適量混合した免疫原を、4〜21日毎に数回投与することが好ましい。
【0068】
また、免疫原の免疫時に適当な担体を使用することができる。このように免疫し、血清中に所望の抗体レベルが上昇するのを常法により確認する。
【0069】
目的の抗体を得るためには、血清中の所望の抗体レベルが上昇したことを確認した後、免疫した動物の血液を採取する。そして採取した血液から公知の方法により血清を分離する。ポリクローナル抗体としては、ポリクローナル抗体を含む血清を使用してもよいし、必要に応じこの血清からポリクローナル抗体を含む画分をさらに単離して、これを使用してもよい。
【0070】
例えば、目的の抗原をカップリングさせたアフィニティーカラムを用いて、目的の抗原のみを認識する画分を得て、さらにこの画分をプロテインAあるいはプロテインGカラムを利用して精製することにより、免疫グロブリンGあるいはMを調製することができる。
【0071】
モノクローナル抗体を得るには、上記抗原を感作した哺乳動物の血清中に所望の抗体レベルが上昇するのを確認した後に、哺乳動物から抗体産生細胞を採取してクローニングする。抗体産生細胞としては、たとえば脾細胞を用いることができる。抗体産生細胞のクローニングには、細胞融合法を用いることができる。前記抗体産生細胞と融合される他方の親細胞としては、たとえば哺乳動物のミエローマ細胞が用いられる。より好ましくは、融合細胞(ハイブリドーマ)の選択マーカーとなる、特殊な栄養要求性や薬剤耐性を有するミエローマ細胞が挙げられる。
【0072】
前記抗体産生細胞とミエローマ細胞は、基本的には公知の方法に準じて細胞融合させることができる。細胞融合を利用したモノクローナル抗体の作製方法は、たとえばミルステインらによって確立されている(Galfre, G. and Milstein, C., Methods Enzymol. (1981) 73, 3-46)。
【0073】
細胞融合により得られたハイブリドーマは、選択培養液で培養することにより選択される。選択培養液は、細胞融合に用いたミエローマ細胞の特性などに応じて選択される。選択培養液としては、たとえば、HAT培養液(ヒポキサンチン、アミノプテリンおよびチミジンを含む培養液)が用いられる。ハイブリドーマは、目的とするハイブリドーマ以外の細胞(非融合細胞)が死滅するのに十分な時間、当該HAT培養液で培養される。通常、数日〜数週間培養を継続することにより、ハイブリドーマを選択することができる。次いで、通常の限界希釈法を実施し、目的とする抗体を産生するハイブリドーマのスクリーニングおよびクローニングを行う。
【0074】
次いで、得られたハイブリドーマをマウス腹腔内に移植し、同マウスの腹水としてモノクローナル抗体を回収することができる。腹水からモノクローナル抗体を精製することもできる。モノクローナル抗体の精製には、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、目的の抗原をカップリングしたアフィニティーカラムなどを利用することができる。
【0075】
ハイブリドーマを用いて抗体を産生する以外に、抗体を産生する感作リンパ球等の抗体産生細胞を癌遺伝子(oncogene)やウイルスなどを用いること等により不死化させた細胞を用いることもできる。細胞を不死化するためのウイルスとしては、エプスタインバーウイルス(EBV)などを用いることができる。
【0076】
このように得られたモノクローナル抗体はまた、遺伝子組換え技術を用いて産生させた組換え型抗体とすることができる(例えば、Borrebaeck, C. A. K. and Larrick, J. W., THERAPEUTIC MONOCLONAL ANTIBODIES, Published in the United Kingdom by MACMILLAN PUBLISHERS LTD, 1990 参照)。組換え型抗体は、それをコードするDNAをハイブリドーマ、または抗体を産生する感作リンパ球等の抗体産生細胞からクローニングし、適当なベクターに組み込んで、これを宿主に導入し産生させる。本発明は、この組換え型抗体を包含する。
【0077】
さらに、本発明の方法により得られた抗体は、その抗体断片や抗体修飾物であってよい。たとえば、抗体断片としては、Fab、F(ab')2、Fv又は重鎖と軽鎖のFvを適当なリンカーで連結させたシングルチェインFv(scFv) (Huston, J. S. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. (1988) 85, 5879-5883)が挙げられる。具体的には、抗体を酵素、例えば、パパイン、ペプシンで処理し抗体断片を生成させることによって、抗体断片を得ることができる。または、これら抗体断片をコードする遺伝子を構築し、これを発現ベクターに導入した後、適当な宿主細胞で発現させる(例えば、Co, M. S. et al., J. Immunol. (1994) 152, 2968-2976 ; Better, M. and Horwitz, A. H., Methods Enzymol. (1989) 178, 476-496 ; Pluckthun, A. and Skerra, A., Methods Enzymol. (1989) 178, 497-515 ; Lamoyi, E., Methods Enzymol. (1986) 121, 652-663 ; Rousseaux, J. et al., Methods Enzymol. (1986) 121, 663-669 ; Bird, R. E. and Walker, B. W., Trends Biotechnol. (1991) 9, 132-137参照)。
【0078】
抗体修飾物として、ポリエチレングリコール(PEG)等の各種分子と結合した抗体を使用することもできる。本発明の「抗体」にはこれらの抗体修飾物も包含される。このような抗体修飾物を得るには、得られた抗体に化学的な修飾を施すことによって得ることができる。これらの方法はこの分野において既に確立されている。
【0079】
また、ヒト抗体の取得方法も知られている。ヒト抗体遺伝子の全てのレパートリーを有するトランスジェニック動物を目的の抗原で免疫することで目的のヒト抗体を取得することができる(国際特許出願公開番号WO 93/12227, WO 92/03918,WO 94/02602, WO 94/25585,WO 96/34096, WO 96/33735参照)。
【0080】
また、本発明の方法により得られた抗体は、免疫動物に由来する非ヒト抗体由来の可変領域とヒト抗体由来の定常領域からなるキメラ抗体とすることができる。また免疫動物に由来する非ヒト抗体のCDR(相補性決定領域)とヒト抗体由来のFR(フレームワーク領域)および定常領域からなるヒト型化抗体とすることもできる。
【0081】
これらの改変抗体は、既知の方法を用いて製造することができる。具体的には、たとえばキメラ抗体は、免疫動物の抗体の重鎖、および軽鎖の可変領域と、ヒト抗体の重鎖および軽鎖の定常領域からなる抗体である。免疫動物由来の抗体の可変領域をコードするDNAを、ヒト抗体の定常領域をコードするDNAと連結し、これを発現ベクターに組み込んで宿主に導入し産生させることによって、キメラ抗体を得ることができる。
【0082】
ヒト型化抗体は、再構成(reshaped)ヒト抗体とも称される改変抗体である。ヒト型化抗体は、免疫動物由来の抗体の相補性決定領域(CDR; complementarity determining region)を、ヒト抗体の相補性決定領域へ移植することによって構築される。その一般的な遺伝子組換え手法も知られている。
【0083】
具体的には、マウス抗体のCDRとヒト抗体のフレームワーク領域(framework region;FR)を連結するように設計したDNA配列を、末端部にオーバーラップする部分を有するように作製した数個のオリゴヌクレオチドからPCR法により合成する。得られたDNAをヒト抗体定常領域をコードするDNAと連結し、次いで発現ベクターに組み込んで、これを宿主に導入し産生させることによりヒト型化抗体を得られる(欧州特許出願公開番号EP 239400 、国際特許出願公開番号WO 96/02576参照)。CDRを介して連結されるヒト抗体のFRは、相補性決定領域が良好な抗原結合部位を形成するものが選択される。必要に応じ、再構成ヒト抗体の相補性決定領域が適切な抗原結合部位を形成するように抗体の可変領域のフレームワーク領域のアミノ酸を置換してもよい(Sato, K.et al., Cancer Res. (1993) 53, 851-856)。
【0084】
更に、免疫動物の抗体産生細胞から、抗体をコードする遺伝子を取得することができる。抗体をコードする遺伝子を取得する方法は、制限されない。たとえば、可変領域やCDRをコードする遺伝子を鋳型として、PCR法によって当該遺伝子を増幅することによって抗体をコードする遺伝子を得ることができる。抗体遺伝子をPCR法によって増幅するためのプライマーが公知である。得られた遺伝子を適当な発現系を用いて発現させることによって、目的とする抗体を製造することができる。あるいは、本発明によって得られた遺伝子を、先に述べた種々の改変抗体を製造するために利用することもできる。
【0085】
前記のように得られた抗体は、均一なイムノグロブリン分子にまで精製することができる。精製方法は、特に限定されない。本発明で使用される抗体の分離、精製は通常のポリペプチドで使用されている分離、精製方法を使用すればよい。例えば、アフィニティークロマトグラフィー等のクロマトグラフィーカラム、フィルター、限外濾過、塩析、透析、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動、等電点電気泳動等を適宜選択、組み合わせれば、イムノグロブリンを分離、精製することができる(Antibodies : A Laboratory Manual. Ed Harlow and David Lane, Cold Spring Harbor Laboratory, 1988) 。上記で得られた抗体の濃度は、吸光度の測定、または酵素結合免疫吸着検定法(Enzyme-linked immunosorbent assay;ELISA)等により測定することができる。
【0086】
アフィニティークロマトグラフィーに用いるカラムとしては、プロテインAカラム、プロテインGカラムが挙げられる。例えば、プロテインAを用いたカラムとして、Hyper D, POROS, Sepharose F. F. (Pharmacia)等が挙げられる。
【0087】
アフィニティークロマトグラフィー以外のクロマトグラフィーとしては、例えば、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、ゲル濾過、逆相クロマトグラフィー、吸着クロマトグラフィー等が挙げられる(Strategies for Protein Purification and Characterization : A Laboratory Course Manual. Ed Daniel R. Marshak et al., Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1996)。これらのクロマトグラフィーはHPLC、FPLC等の液相クロマトグラフィーを用いて行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】構築したgp64遺伝子の塩基配列を表す図である。
【図2】図1の続きを表す図である。
【図3】実施例において構築したpCAG-gp64ベクターの構造を表す図である。
【図4】Founderマウスの精巣を示す写真である。
【図5】ノーザンブロット法によるmRNA発現解析の結果を示す写真である。図中のHは心臓、Bは脳、Iは腸、Mは筋肉を表す。
【図6】Anti-Mouse IgGによるウェスタンブロット解析の結果を示す写真である。図中、preは免疫前採血、2ndは2回免疫後採血を表す。gp64TgM:トランスジェニックマウス、wtBALB/c:non-トランスジェニックマウス
【図7】Anti-Mouse IgMによるウェスタンブロット解析の結果を示す写真である。gp64TgM:トランスジェニックマウス、wtBALB/c:non-トランスジェニックマウス
【図8】マウス血清中のpepT1特異的抗体の抗体価をFACSによって解析した結果を表す図である。図中、縦軸は細胞数(対数)を、また横軸は蛍光強度を示す。(上)マウス#1、(下)マウス#2
【図9】図8と同じ実験の結果を表す図である。(上)マウス#3、(下)抗体なし
【発明を実施するための最良の形態】
【0089】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【0090】
1) gp64トランスジェニックベクターの構築
gp64の塩基配列を配列番号:3に、またgp64遺伝子によってコードされるアミノ酸配列を配列番号:4に示す(GenBank Acc No.9627742)。gp64の遺伝子配列を鋳型としEcoRI認識配列とKOZAK配列を5'末端に有する5'primer 64F1(配列番号:1)とEcoRI認識配列を5'末端に有する3'primer 64R1(配列番号:2)を用い(図1および図2)、以下の条件でPCRを行った。
【0091】
PCR反応溶液の組成は、x10 ExTaq buffer 5μL, ExTaq付属dNTP 4μL, 10μmole/L 64F1 1μL, 10μmole/L 64R1 1μL, 500 pg/μL pBac-N-blue 1μL, 5 unit/μL ExTaq 0.5μL, diw 37.5μLとした。反応シーケンスは次のとおりである。
94℃ 5min →
(94℃ 15sec, 57℃ 30sec, 72℃ 30sec) x 25 cycles →
72℃ 7min. →
4℃ forever
【0092】
増幅されたバンドをpGEM-Teasyにサブクローニング後、E.coli DH5αをトランスフォームした。T7およびSP6プライマーを用いてcolony PCRを行い、インサートが確認されたクローンを用いてABI Prism377 DNA sequencerとBigDye Cycle Sequence kitとT7プライマーあるいはSP6プライマーにより塩基配列を解析し目的の遺伝子を含むクローンを確認した。このクローンから塩基配列に変異が入っていないことを確認したgp64を含む断片をEcoRIにより切り出し、同じくEcoRIカットしたpCAGGS1に挿入し、E.coli DH5αをトランスフォームした。設計通りのクローンを250 mLのLB培地を用い37℃で一晩培養し、Endofree MAXI kitを用いて精製し581.6μgのプラスミドを得た。
【0093】
2) 遺伝子の導入
インジェクション用DNAフラグメントは、次のようにして調製した。まずgp64遺伝子を挿入したpCAGGSベクター(pCAG-gp64;図3)を、SalIおよびPstIで処理した後、gp64遺伝子を含む断片(約3.8kb)を切り出した。この断片(約3.8kb)を、Gel Extraction Kit (QIAGEN)により回収し、3ng/μlになるようにPBS-で希釈してインジェクション用DNAフラグメントとした。
【0094】
DNAフラグメントを注入するマウス前核期卵は、次のようにして回収した。すなわち、まずBALB/c系雌マウス(日本クレア)に5 i.uのPMSGを腹腔内投与、さらに48時間後5 i.uのhCGを腹腔内投与することによって、過排卵処理した。この雌マウスを同系統の雄マウスと交配させた。交配の翌朝、プラグを確認したマウスの卵管を潅流してマウス前核期卵を回収した。
【0095】
インジェクション用DNAフラグメントは、マイクロマニピュレーターを用いて前核期卵へ注入した(ジーンターゲティングの最新技術(羊土社)、190-207 2000)。DNAフラグメントを373個のBALB/c胚へ注入し、翌日、2細胞期に発生していた胚216個を、偽妊娠1日目の受容雌の卵管に片側当たり10個前後(1匹あたり20個前後)を移植した。
【0096】
分娩予定日に至っても産仔を娩出しなかった受容雌については、帝王切開を施し里親に哺育させた。結果を表1にまとめた。50例の産仔が得られ、そのうちの4例がgp64遺伝子が導入されたトランスジェニックマウス(以下、Tgmと記載する)であった。以下、最初に得られたマウスをFounderと記載する。
【0097】
【表1】

【0098】
Founderは全て雄マウスで、これら4ラインの内2ライン(No.30, No.31)から、それぞれ4匹、20匹の産仔(F1マウス)が得られた。得られたF1マウスの遺伝子型解析を行ったところ、ライン30ではTgmが3例存在しており、gp64遺伝子の次世代への伝達を確認した。しかしながら、ライン31では20例全例においてgp64遺伝子が確認されない野生型のマウス(non-Tgm)であったことから、ライン31のFounderマウスはgp64遺伝子がモザイク状態で挿入されたマウスであったと思われた。また、ライン34、46のFounderマウスは繁殖能がなく、全く産仔が得られなかった。ライン30のFounderマウスについても、交配開始直後の1腹分のみ相手雌を妊娠させることができたが、これ以降全く産仔が得られなくなってしまった(表2)。
【0099】
【表2】

【0100】
そこで、体外受精を行うため、ライン30、34、46のFounderマウスの精子採取を試みたが、これら3例とも精巣が異常に小さく(図4)、精巣上体尾部には精子が存在せず、体外受精を行うことはできなかった。以上の結果から、gp64蛋白質が、マウス造精能に影響を与えることが発見された。従ってgp64は避妊等に応用できる可能性があると考えられる。
【0101】
3) 導入遺伝子の確認
3週齢になった時点でマウスの尾からDNAを、核酸自動分離装置(KURABO)を用い抽出し、サザンブロット法およびPCR法による導入遺伝子の確認を行った。サザンブロット法による導入遺伝子の確認は、15μgのgenome DNAをEcoRI処理、泳動後、ナイロンメンブレンへトランスファーし、EcoRI処理したpCAG-gp64ベクターのgp64を含む約1.5kbの断片をプローブに用い、トランスファーしたDNAとハイブリダイズさせることにより行った。また約100ngのDNAをテンプレートとし、次のプライマーを用いたPCR法によって導入遺伝子を確認した。
センスプライマー64F1(配列番号:1):
GAATTCCACCATGGTAAGCGCTATTGTT
アンチセンスプライマー64R1(配列番号:2):
GAATTCTTAATATTGTCTATTACGGT
【0102】
PCRの反応シーケンスは次のとおりである。
94℃ 5min →
(94℃ 15sec, 57℃ 30sec, 72℃ 30sec) x 35 cycles →
72℃ 7min →
4℃ forever
PCR産物を泳動し、約1.5kbのバンドの有無に基づいて導入遺伝子を確認した。
【0103】
4) gp64Tgmにおけるgp64遺伝子の発現確認
gp64遺伝子の次世代への伝達が確認できたライン30のFounderマウスにおいて、ノーザンブロット法によってgp64遺伝子の発現を確認した。Total RNAを、ISOGEN(ニッポンジーン)を用いて、心臓、脳、小腸、大腿筋の4臓器より回収した。20μgのtotal RNAを電気泳動し、ナイロンメンブレンへトランスファーした。EcoRI処理したpCAG-gp64ベクターのgp64を含む約1.5kbの断片をプローブとした。ベクターコンストラクトから予想されるバンドは1.5k程度である。
結果を図5に示した。少なくとも心臓、脳、大腿筋でその発現が確認できた。バンドが3本見られたが、その原因は不明である。
【0104】
5) ライン30雌Tgmの繁殖能(マウスの交配)
8週齢になった時点で同系統のマウスとの交配を開始した。
その結果、3匹のF1雌マウスから各2産の産仔、合計で31匹(♀14、♂17)の産仔(F2)が得られた(表3)。得られた産仔のうち、14匹(♀5、♂9)がTgmであった。また、3産目の産仔も得られており、雌Tgmの繁殖能は正常であった。
【0105】
【表3】

【0106】
6) PepT1発現出芽バキュロウイルスの調製
免疫原として用いる、PepT1発現出芽バキュロウイルスを次のようにして調製した。PepT1は、膜蛋白質であるトランスポーターである。PepT1の構造は公知である(GenBank XM_007063、J.Biol.Chem. 270(12): 6456-6463 (1995))。
【0107】
ヒト腎臓ライブラリーからPCRを用いて完全長のPepT1遺伝子を単離した。完全長のヒトPepT1遺伝子をpBlueBacHis2A (Invitrogen) に挿入することでトランスファーベクターpBlueBacHis-PepT1を作製した後、Bac-N-Blue transfection kit (Invitrogen) を用いてBac-N-Blue DNAと共にトランスファーベクターをSf9細胞に導入することでヒトPepT1発現用組換えウイルスを調製した。即ち、4μgのpBlueBacHis-PepT1をBac-N-Blue DNAに加え、さらに1mLのGrace's培地(GIBCO)20μLのCell FECTIN試薬を加え、混和し、室温で15分間静置した後、Grace's培地で1回洗浄した2×106個のSf9細胞に滴下した。室温で4時間静置した後、さらに2mLの完全培地(10%ウシ胎児血清(Sigma社製)、100units/mLのペニシリン、及び100μg/mLストレプトマイシン(GIBCO-BRL社製)を含むGrace's培地)を加え、27℃で培養した。相同組換えにより作製されたヒトPepT1発現用組換えウイルスはキット添付の指示書に従い二度の純化を行った後、組換えウイルスのウイルスストックを得た。
【0108】
ヒトPepT1を発現する出芽型ウイルスの調製は以下のようにして行った。すなわち、上記により調製した組換えウイルスをMOI=5となるように500mLのSf9細胞(2×106/mL)に感染させた。27℃で3日間培養した後、培養液を800×gで15分間遠心分離し、細胞ならびに細胞破砕物を除去した。遠心分離により回収した上清は45,000×gで30分間遠心した後、沈殿物をPBSに懸濁し、さらに800×gで15分遠心することで細胞成分を除去した。上清は再度45,000×gで30分間遠心した後、沈澱物をPBSに再懸濁したものを出芽型ウイルス画分とした。ウイルスならびにSf-9細胞膜上でのPepT1発現は抗His抗体を用いたウエスタン解析で確認した。また、タンパク質濃度はDc Protein Assay kit (Bio-Rad) を用い、BSAを標準物として測定した。
【0109】
7) マウスの免疫
Difcoのフロイント完全アジュバントと不完全アジュバントを用いて常法に従ってエマルジョンを作製した免疫原を皮下投与して免疫した。初回免疫量は1mg/miceで、2回免疫量は0.5mg/miceとした。また2回免疫は初回免疫から14日後に行った。初回免疫から17日後に眼窩採血し、血清を採取した。
【0110】
8) Western blotによるgp64に対するトレランスの確認
pepT1-BVを12% Gelを用いて1μg/laneで還元条件下SDS-PAGEを行った。泳動後PVDF膜にエレクトロブロットした。この膜に1/1000希釈した血清を反応させ、順次洗浄を挟み、1/1000希釈Biotin-Anti-Mouse IgG(γ)(Zymed)とStreptavidin-AlkalinPhosphatase(Zymed)を反応させた。発色はアルカリホスファターゼ染色キット(ナカライ)を用いて行った。gp64検出用の陽性コントロール抗体はNOVAGENから購入して用いた。
【0111】
結果を図6に示す。Anti-Mouse IgGによる染色ではnon-トランスジェニックマウスでは2匹とも強く染色されていた。一方gp64トランスジェニックマウスでは3匹ともgp64が染まるものの染色の度合いは弱く、抗gp64抗体量がnon-トランスジェニックマウスに比べ相当少ないことが確認された。Anti-Mouse IgMによる染色ではnon-トランスジェニックマウスが2匹とも弱く染色されているのに対し、gp64トランスジェニックマウスでは非常に弱いか全く染色されないことが確認された(図7)。
【0112】
8) gp64TgMによる抗pepT1抗体作製
初回免疫は以下の手順で行った。pepT1-BV 1mg及びpertussis toxin 100ngが入ったPBS 200μLを皮下投与した。2回目以降の免疫はPBSに懸濁したpepT1-BV 0.5mgを皮下投与した。
【0113】
細胞表面にpepT1を発現しているBa/F3細胞(以後Ba/F3-pepT1とする)とBa/F3細胞をPBSで2回洗浄した。それぞれの細胞106個にPBSで220倍に希釈したマウス血清100μLを加え、on iceで30分間反応させた。500μLのPBSで1回洗浄後、PBSで200倍に希釈したFITC-抗マウスIgGを100μL加え、on iceで30分間反応させた。遠心後回収した細胞を500μLのPBSに懸濁し、FACSにより解析した。5回免疫後のFACSによる解析の結果を図8および図9に示す。図中、Ba/F3細胞の結果を実線で、Ba/F3-pepT1細胞の結果を点線で示した。
【0114】
以上の結果より、pepT1-BVを免疫したマウスの血清中のpepT1特異的に反応する抗体の抗体価が上昇している事が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明によって、背景抗原をともなった標的抗原を用いて、標的抗原に対する抗体を効率的に得ることができる。本発明の抗体作製方法は、背景抗原の混入を避けることができない免疫原を用いた抗体作製において有用である。
【0116】
たとえばバキュロウイルス発現系として知られる外来遺伝子発現システムは、組み換え蛋白質を容易に、かつ大量に得るための方法として有用である。特に膜蛋白質に応用した場合には、バキュロウイルス発現系は、膜蛋白質とウイルス粒子の膜蛋白質とともに、構造を維持した状態で回収することができる優れた発現システムである。しかし一方でその発現産物を免疫原として用いる場合には、gp64が背景蛋白質となって標的蛋白質に対する抗体の取得を妨げるという問題点を伴っていた。
【0117】
本発明の抗体製造方法を利用すれば、バキュロウイルス発現系によって得られた蛋白質における背景抗原の影響を効果的に抑制することができる。その結果、バキュロウイルス発現系によって大量に得ることができる膜蛋白質抗原を標的抗原に用いて、効率的に抗膜蛋白質抗体を製造することができる。
【0118】
膜蛋白質には、受容体、あるいは細胞接着因子等の、機能的に重要な蛋白質が多い。したがって膜蛋白質を認識する抗体は、その機能解析、局在の解析、定量、診断、あるいは膜蛋白質の活性を制御する治療剤開発において、重要な役割が期待される。
【0119】
一方で、免疫原として利用可能な膜蛋白質を得ることは一般に難しいとされていた。しかし本発明を利用すれば、バキュロウイルス発現系などによって作製された大量の膜蛋白質を、背景抗原を伴ったまま免疫原として利用することができる。その結果、これまで作製が困難とさてきた、様々な膜蛋白質の抗体を容易に、しかも効率的に得ることができる。
【0120】
本発明の抗体作製方法は、抗体を用いた膜蛋白質の機能解析や診断、膜蛋白質の活性の制御に基づく医薬品の開発に貢献する。
【0121】
なお本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
免疫原に含まれている背景抗原に対して免疫寛容を有する非ヒト動物を、標的抗原と背景抗原を含む免疫原で免疫し、標的抗原に対する抗体または抗体をコードする遺伝子を取得する工程を含む標的抗原を認識する抗体の作製方法。
【請求項2】
免疫寛容を人為的に誘導することを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
非ヒト動物がトランスジェニック非ヒト動物である請求項1に記載の方法。
【請求項4】
以下の工程を含む、標的抗原に対する抗体の作製方法。
(a)標的抗原と背景抗原を含む免疫原を調製する工程、
(b)背景抗原をコードする遺伝子を発現可能に保持したトランスジェニック非ヒト動物を作製する工程、
(c)(a)の免疫原を(b)のトランスジェニック非ヒト動物に投与する工程、および
(d)トランスジェニック非ヒト動物から標的抗原に対する抗体を採取する工程
【請求項5】
免疫原がウイルス粒子、またはその一部である請求項4に記載の方法。
【請求項6】
ウイルスがバキュロウイルスである請求項5に記載の方法。
【請求項7】
標的抗原が膜蛋白質である請求項4に記載の方法。
【請求項8】
背景抗原がgp64である請求項6に記載の方法。
【請求項9】
非ヒト動物がマウスである請求項4に記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の方法により作製された抗体。
【請求項11】
請求項10に記載の抗体を元にして作製した非ヒト動物−ヒトキメラ抗体、またはヒト型化抗体。
【請求項12】
ウイルス由来膜蛋白質をコードする遺伝子が導入されたトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項13】
ウイルスがバキュロウイルスである請求項12に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項14】
ウイルス由来膜蛋白質がgp64である請求項13に記載の非ヒト動物。
【請求項15】
非ヒト動物がマウスである請求項12に記載の非ヒト動物。
【請求項16】
ウイルス由来蛋白質を含む抗原に対する抗体製造用である、請求項12に記載の非ヒト動物。
【請求項17】
背景抗原をコードする遺伝子を導入したトランスジェニック非ヒト動物を作製する工程を含む非ヒト免疫動物の製造方法。
【請求項18】
請求項17に記載の方法によって製造された、背景抗原を含む標的抗原に対する抗体を得るための非ヒト免疫動物。
【請求項19】
次の工程を含む、PepT1に対する抗体の製造方法。
a)PepT1またはその断片をコードするDNAを発現可能に保持したバキュロウイルスを調製する工程
b)a)のバキュロウイルスを宿主細胞に感染させ、PepT1またはその断片を発現した出芽ウイルスを得る工程
c)バキュロウイルスの膜蛋白質gp64をコードする遺伝子を発現可能に保持したトランスジェニック非ヒト動物を作製する工程
d)c)のトランスジェニック非ヒト動物にb)の出芽ウイルスまたはPepT1またはその断片を含む分画を免疫する工程、および
e)免疫動物から、PepT1を認識する抗体を回収する工程

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図8】
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【図9】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−124400(P2006−124400A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−369055(P2005−369055)
【出願日】平成17年12月22日(2005.12.22)
【分割の表示】特願2004−511513(P2004−511513)の分割
【原出願日】平成15年6月4日(2003.6.4)
【出願人】(000003311)中外製薬株式会社 (228)
【Fターム(参考)】