説明

抗変異原性剤、その製造方法並びに利用

【課題】変異原物質による変異原性を強力に抑制し得る成分を含有する抗変異原性剤を開発し、これを産業上有効に活用できる態様の組成物を提供する。
【解決手段】アガリクス茸の熱水抽出物を含水エタノールで分別した可溶物を、イオン交換クロマト分画処理して得られる両性電解質含有画分、より望ましくは分子量が120から280の範囲に属する物質、又は、糖類及び酸性物質含有画分を有効成分として含む抗変異原性剤。又、該抗変異原性剤を含有してなる飲食品、飼料及び医薬品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の抗変異原性成分を含有してなる抗変異原性剤、その製造方法並びに利用に関する。
【背景技術】
【0002】
生物の遺伝子や染色体に変異を生じさせ、生体の細胞や組織の異常、癌などの疾病をもたらす因子を変異原、変異原物質、変異原性物質あるいは遺伝毒性物質といい、その変異又は遺伝毒性の性質や作用を変異原性という。日常生活環境の中には数多くの変異原が存在し、例えば、自然界には放射線、紫外線、活性酸素等があり、化学物質としてダイオキシンやフタル酸エステル類等があり、又、食品原料の加工や調理、食品の摂取、喫煙等によって生じるニトロソ化合物、ベンツピレン、トリプトファン分解物等が知られている。
【0003】
一方、このような変異原物質の変異原性の発現を抑制ないしは防止する作用のある物質や成分の開発は従来から検討されており、日常的に摂取する食品や食材の中にそのような有用成分が含まれていることも公知である。野菜や果物のビタミンC、β−カロテン、クエルセチン等が一例であり、又、食用キノコ類に代表される担子菌類にも変異原性抑制効果のある成分が存在するといわれている。すなわち、アガリクス・ブラジー子実体から抽出した遊離不飽和脂肪酸がベンゾ〔a〕ピレンに対して抗変異原性作用を有すること(特許文献1)、霊芝等の食用担子菌類又はその抽出物と補助物質との組み合せがTrp−P2(3−アミノ−1−メチル−5H−ピリド〔4,3−b〕インドール)に対して抗変異原性を有すること(特許文献2)、又、カワリハラタケの子実体の熱水抽出物を透析した外液をクロマトグラフィー分画して得られる画分が発癌物質であるウレタン(カルバミン酸エチル)、NNK〔(4−N−メチル−N−ニトロソアミノ)−1−(3−ピリジル)−1−ブタノン〕の変異原性を抑制し、AOM(アゾキシメタン)による腫瘍を抑制すること(特許文献3)等が提案されている。
【0004】
アガリクス茸はハラタケ科のキノコの一種であり、アガリクス属(Agaricus)に属し、代表的な例としてアガリクス ブラゼイ ムリル(Agaricus blazei Murill)、マッシュルーム(Agaricus bisporus)等がある。アガリクス ブラゼイ ムリルはブラジル原産の茸で、カワリハラタケ、ヒメマツタケ等ともよばれ、近年、我国でも人工栽培されるようになり、栄養補助食品等の原料として利用されて食用に供されている。その含有成分である多糖体(β−グルカン)や多糖蛋白複合体は抗腫瘍増殖抑制、免疫増強、血糖値低減等の作用を有することが知られている。マッシュルームはツクリタケ、シャンピニオン等の別名をもち、一般の食材として利用されており、その抽出物は活性酸素消去能を有するといわれている。
【特許文献1】特開平6−90773号公報
【特許文献2】特開平8−266246号公報
【特許文献3】再公表WO2004/004748号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述の変異原性抑制作用を有するものは、一般的に、ある特定の変異原物質に対してその変異原性を抑制する効果を奏するが、他種の変異原物質については所望の効果を発現しないことが多く、変異原物質の変異原性を阻害する作用機序も普遍的に解明されているとはいえず、抗変異原物質の変異原性抑制効果の汎用性を予測することは困難であるとされていた。又、野菜、果物、キノコ類等の食品原料に抗変異原性を示す有用成分が存在することは知られていても、該原料に含有される変異原性抑制成分は通常極微量であり、該成分が特定されている知見は少なく、しかも天産物であるがゆえに産地や収穫時期による前記有用成分のばらつきが大きく、抽出物や精製物に加工処理する場合でも製造コストが高くなる等、前記有用成分は必ずしも産業的に有効活用されていなかったのが実情である。
【0006】
かかる現状に鑑み、本発明者らは、とりわけ飲食物に関連する変異原物質による変異原性を顕著に抑制ないし防止することができる変異原性抑制剤を開発し、これを産業上有効に活用できる態様の組成物を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を達成するために、本発明者らは、アガリクス茸に含まれる抗変異原性成分について鋭意検討を重ねた結果、アガリクス茸を特定の方法で処理することによって顕著な変異原性抑制効果を奏する成分が得られることを知見し、又、これを飲食品、飼料、医薬品等の産業分野において有効利用できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の課題は、(a)アガリクス茸を熱水で抽出する第1工程、(b)第1工程で得られる熱水抽出物を含水率が10〜60質量%の含水エタノールで抽出する第2工程、(c)第2工程で得られる含水エタノール可溶物をイオン交換クロマトグラフィーで分画する第3工程、及び、(d)第3工程で分取した両性電解質含有画分、又は、糖類及び酸性物質含有画分を採取する第4工程を経て得られる、両性電解質、又は、糖類及び酸性物質を有効成分とする抗変異原性剤を提供することによって達成される。
【0009】
ここで、前記第2工程における含水エタノールの含水率は20〜40質量%であることが望ましい。又、前記第4工程における両性電解質含有画分の主成分は分子量が120から280の範囲に属するものであることが望ましい。さらには、前記抗変異原性剤が対象とする変異原物質はN−ニトロソジメチルアミン(以下、NDMAと略記する)又はN−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(以下、MNNGと略記する)であることが望ましい。
【0010】
また、本発明によれば、上記課題を達成するために、次の(a)〜(d)に示す工程、すなわち、(a)アガリクス茸を熱水で抽出する第1工程、(b)第1工程で得られる熱水抽出物を含水率が10〜60質量%の含水エタノールで抽出する第2工程、(c)第2工程で得られる含水エタノール可溶物をイオン交換クロマトグラフィーで分画する第3工程、次いで(d)第3工程で分取した両性電解質含有画分、又は、糖類及び酸性物質含有画分を採取する第4工程を経て得られる両性電解質含有画分、又は、糖類及び酸性物質含有画分を有効成分として含有させて製造することを特徴とする抗変異原性剤の製造方法が提供される。
【0011】
この製造方法においては、前記第2工程における含水エタノールの含水率は20〜40質量%であることが望ましく、前記第4工程における両性電解質画分の主成分は分子量が120から280の範囲に属するものであることが望ましく、又、前記抗変異原性剤が対象とする変異原物質はNDMA又はMNNGであることが望ましい。
【0012】
更に、本発明によれば、前記の抗変異原性剤を含有してなることを特徴とする飲食品、飼料又は医薬品が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、従来から飲食に供されているアガリクス茸を原料として、これに含まれる両性電解質を含有する画分、より好適には分子量が120から280の範囲に属するもの、さらに望ましくは分子量が123及び/又は137、242、又は、260であり、最も望ましくは分子量が260の成分、又は、糖類及び酸性物質を含有する画分を有効成分として含む抗変異原性剤が提供される。この抗変異原性剤は、その有効成分が前記両性電解質含有画分であるとき、とりわけ、畜肉類や魚介類の焼き焦げ部分に含まれ、継続的に多量摂取すれば肝臓や腎臓の発癌イニシエーターとして作用するNDMAの変異原性を顕著に抑制する効果を奏する。又、有効成分が前記糖類及び酸性物質含有画分であるとき、とりわけ、NDMAと同じくニトロソ化合物の一種であり、胃癌や大腸癌を誘発する発癌物質であることが知られているMNNGの変異原性を阻害する作用を有する。このため、本発明の抗変異原性剤は、飲食品、飼料、医薬品等の分野において、これをそのままの形態又は従来の各種製品に含有せしめた形態にして、とくにNDMAあるいはMNNGによって誘発される変異原性の抑制や染色体異常、身体器官の異常、発癌等を予防するために有効利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に本発明を詳細に説明する。先ず、本発明の抗変異原性剤は、次に示す工程(a)〜(d)を経て採取される両性電解質含有画分、又は、糖類及び酸性物質含有画分を有効成分として含むことに特徴がある。
(a)アガリクス茸を熱水で抽出する第1工程
(b)第1工程で得られる熱水抽出物を含水率が10〜60質量%の含水エタノールで抽出する第2工程
(c)第2工程で得られる含水エタノール可溶物をイオン交換クロマトグラフィーで分画する第3工程
(d)第3工程で分取した両性電解質を含有する画分、又は、糖類及び酸性物質を含有する画分を採取する第4工程
【0015】
第1工程において、アガリクス茸はアガリクス ブラゼイ ムリルやマッシュルーム等のアガリクス属に属する担子菌の子実体あるいは菌糸体を用いることができるが、アガリクス ブラゼイ ムリルの子実体がより好適である。
【0016】
第1工程では、アガリクス茸を熱水抽出して熱水抽出物を製造する。より詳細には、アガリクス茸の子実体の生又は乾燥物を適宜に凍結破砕、裁断、衝撃破壊、酵素による細胞壁分解等の処理に供して破砕、細断、粉砕あるいは細胞壁部分分解し、この質量に対して1〜50倍容量、より好ましくは2〜20倍容量の水を加えて約40℃以上、望ましくは80〜95℃に加熱し、又は、同温の熱水を加えて、常圧下若しくは常圧に0.1〜5気圧を加圧した状態で、より好ましくは常圧に0.5〜3気圧を加圧した状態で、適宜に撹拌しながら、約10分〜24時間、より好ましくは30分〜5時間抽出処理する。このとき、前記条件の加圧下で処理を行えば抽出物の収量が増え、又、中性ないしpH9程度までの水を用いることにより本発明の所望の効果の高い抽出物を得ることが可能となる。かかる抽出処理後、残渣を濾別して抽出液を得る。尚、この抽出残渣に水を加えて同様に処理して二次抽出液を得ることもでき、該操作を数回程度繰り返してもよい。得られた抽出液を併せて、必要に応じて中和処理し、濃縮、噴霧乾燥あるいは凍結乾燥等の処理を施して本発明に係る熱水抽出物を得ることができる。
【0017】
第2工程では、前記熱水抽出物に含水率が10〜60質量%の含水エタノールを加えて抽出処理し、該含水エタノールに可溶の成分を分取する。すなわち、前記熱水抽出物の質量に対して前記含水率の含水エタノール、より好適には含水率が20〜40質量%、更に望ましくは25〜35質量%、最も望ましくは含水率が30質量%の含水エタノールを2〜10倍容量添加し、常圧下、常温〜沸点以下の温度で10分〜12時間、適宜に撹拌して、生じた沈殿物をフィルター濾過、遠心分離等の処理に供して除き、可溶分を採取し、脱溶媒して本発明に係る含水エタノール可溶物を得る。
【0018】
第3工程では、前工程で得られる含水エタノール可溶物をイオン交換クロマトグラフィーに供して分画する。このイオン交換クロマトグラフィーは、陽イオン交換樹脂及び陰イオン交換樹脂を用いて成分を分画することをいい、前記イオン交換樹脂を充填したカラムに原料を供し、溶媒を通液して分画成分を順次溶出させ分取する態様が好適である。この際、陽イオン交換樹脂及び陰イオン交換樹脂は公知のものを用いることができ、それぞれを常法により予め活性化し、硝子製、ステンレス製等の適当なカラムに充填して使用する。
第4工程では、前記工程で分取した画分を溶媒除去、濃縮、凍結乾燥等を行なうことにより、両性電解質含有画分、又は、糖類及び酸性物質含有画分を採取する。
【0019】
第3工程及び第4工程としては、例えば、次のような手段及び手順を採用することができる。すなわち、第2工程で得られる含水エタノール可溶物を0.1〜10質量%濃度に溶解した水溶液とし、これを活性化済みの陽イオン交換樹脂カラムに供し、所定濃度(pH1〜3)の酸性溶媒で溶出する成分を集め、溶媒除去、凍結乾燥して糖類及び酸性物質画分として採取する。次いで、所定濃度の塩基性溶媒(pH10〜13)を用いて上記酸性溶媒で溶出しなかった非溶出成分を溶出させて集め、溶媒除去、濃縮、凍結乾燥して以下の陰イオン交換樹脂による分画のための試料とする。
【0020】
次いで、当該試料を10〜60質量%濃度に溶解した水溶液を活性化済みの陰イオン交換樹脂を充填したカラムに供し、所定濃度(pH10〜13)の塩基性溶媒で溶出する成分を分取し、溶媒除去及び凍結乾燥して塩基性物質画分として採取する。この後、イオン交換水さらに所定濃度(pH1〜3)の酸性溶媒を用いて上記塩基性溶媒で溶出しなかった非溶出成分を溶出させて、同様に溶媒除去及び凍結乾燥して両性電解質画分として採取する。
【0021】
かかる手法によって得られる両性電解質含有画分は、糖類や脂質類を全く含まず、試験例2で後述するように、その主成分の分子量が120から280の範囲に属するものであって、より望ましくは分子量が123及び/又は137、242、又は、260であり、最も望ましくは分子量が260であり、とりわけNDMAによって誘発される変異原性を強く抑制する作用を発現する。又、糖類及び酸性物質含有画分は、とくにMNNGに対して抗変異原性作用を発現する。
【0022】
かくして得られる両性電解質含有画分、又は、糖類及び酸性物質含有画分は、これらをそのまま又は公知の安定剤、賦形剤、結合剤等の添加物質に混合、吸着、乳化、分散あるいは溶解して含有せしめて本発明の抗変異原性剤とすることができる。この添加物質は本発明の趣旨に反しないものであれば差し支えなく用いることができ、通常の飲食品、飼料、医薬品等に利用されるデンプン、化工デンプン、デキストリン、難消化性デキストリン、粉末セルロース、結晶セルロース、セルロース誘導体、多価アルコール脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、乳糖、アラビアガム、マンニトール、トレハロース、グルコース、ゼラチン、ステアリン酸カルシウム、微粒二酸化ケイ素、精製水、生理食塩水等を単独で又は組み合わせて使用することができる。本発明の抗変異原性剤における前記両性電解質含有画分、又は、糖類及び酸性物質含有画分の含有量は、該剤の利用面を考慮して約0.01質量%以上であることが好ましい。
【0023】
本発明の抗変異原性剤は、これ自体を飲食品、医薬品、飼料その他産業分野の様々な形態の製品とすることができ、あるいは、かかる製品の配合原料の一部とする態様でも利用することができる。実用的な用途としては飲食品がよい。
【0024】
本発明の抗変異原性剤を適用し得る飲食品の態様はとくに限定されるものではなく、例えば、粉末状、顆粒状、丸剤状、錠剤状、ソフトカプセル状、ハードカプセル状、ペースト状又は液体状の栄養補助食品、特定保健用食品、栄養機能食品、健康食品や、茶、果汁飲料、野菜ジュース、清涼飲料、発酵乳飲料等の飲料類及びこれらの粉末製品、パン、ケーキ、クッキー、キャンディー、ガム、チョコレート、グミ等の菓子類、うどん、そば、スパゲッティ、マカロニ等の麺パスタ類、ジャム、スプレッド、ふりかけ、佃煮、みそ、醤油、ソース、トマトケチャップ、たれ、つゆ、だしのもと、マヨネーズ、ドレッシング等の調味料又は調味製品、ハム、ソーセージ等の畜肉魚肉製品等の一般加工飲食品、流動食や嚥下障害用食品の治療食品等を挙げることができる。とりわけ顆粒、タブレット、カプセル、ドリンク等の形状に加工して栄養機能食品、栄養補助食品、健康食品等として利用することは好適である。
【0025】
これらの飲食品を製造するには、本発明の抗変異原性剤と公知の原材料を用い、あるいは公知の原材料の一部を本発明の抗変異原性剤で置き換え、常法によって製造すればよい。
前記飲食品において、本発明の抗変異原性剤の配合比率は、該剤中の有効成分すなわち前記両性電解質含有画分、あるいは、糖類及び酸性物質含有画分の濃度、飲食品の種類や形態等の要因により一概に規定し難いが、前記両性電解質含有画分、又は、前記糖類及び酸性物質含有画分の含量として約0.01質量%〜約90質量%、より望ましくは約1質量%〜約50質量%である。0.01質量%を下回るような微量の場合は、本発明の所望の効果を発現させるために多量の飲食品を摂取しなければならず、90質量%を上回る場合は、飲食品の風味を変性させることがあり、通常の加工飲食品の形態を作成することが困難になることがある。本発明に係る飲食品の摂取の目安は、成人の場合、前記両性電解質含有画分、又は、前記糖類及び酸性物質含有画分の1日あたり摂取量が約10mg〜約1,000mg、望ましくは約30mg〜約500mg、さらに望ましくは約50mg〜約200mgとなるように、経口摂取あるいは経管投与するのがよい。
【0026】
本発明の抗変異原性剤を医薬品の態様で利用する場合は、前記の抗変異原性剤を薬学的に許容される担体とともに組み合わせることが好ましく、公知の賦形剤や添加剤を併用して常法により錠剤、丸剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、注射剤等の製剤となし、経口投与、経管投与あるいは皮内投与するのがよい。この医薬品組成物における本発明の抗変異原性剤の含量は、その有効成分である前記両性電解質含有画分、又は、前記糖類及び酸性物質含有画分を基準として概ね0.001〜50質量%である。両性電解質含有画分を主たる成分とする場合は変異原物質としてNDMAを対象にし、又、糖類及び酸性物質含有画分を主たる成分とする場合は変異原物質としてMNNGを対象にし、それぞれの変異原物質により誘発される変異原性の抑制、遺伝子や染色体の損傷や異常の防止、該変異原性と関連する癌、その他の疾患の予防等のために適用することが望ましい。
【実施例】
【0027】
次に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。各例において、%、部及び比率はとくに明示しない限りいずれも質量基準である。尚、本発明の技術的範囲は以下の各例によって限定されるものではない。
【0028】
〔製造例〕
撹拌機付ステンレス製耐圧釜(50L容)に、アガリクス ブラゼイ ムリルの乾燥子実体を約1cm角以下のサイズに粗砕したもの1kgを仕込み、水(pH8)10Lを加え、適宜にかき混ぜながら、常圧下、95℃で3時間抽出した後、残渣を濾別して抽出液を採取した。又、前記残渣に水(pH8)5Lを加えて同様に処理して抽出液を採取した。この両抽出液を合わせて減圧濃縮、凍結乾燥してアガリクス茸の熱水抽出物を得た。次に、この熱水抽出物に3倍量(容量/質量)の70%エタノール(=含水率30質量%)を加え、35℃に加温して10分間撹拌後、沈殿物を濾別して上清を採取し、濃縮及び凍結乾燥して粉末状の含水エタノール可溶物(上清画分とする)215gを得た。
【0029】
次に、イオン交換クロマトグラフィーによる分画処理を分析レベルで行うために、陽イオン交換樹脂及び陰イオン交換樹脂を以下に述べる方法で予め活性化した。すなわち、ガラス製円管(φ10mm×12cm)に強酸性陽イオン交換樹脂(ムロマチテクノス(株)製、ダウエックス50WX4(H型))を詰め、2N水酸化ナトリウム水溶液、純水、2N塩酸、純水及び0.01N塩酸を順次流して活性化陽イオン交換カラムを作成し、又、ガラス製円管(φ10mm×12cm)に強塩基性陰イオン交換樹脂(ムロマチテクノス(株)製、ダウエックス1X8(Cl型))を詰め、5%アンモニア水、純水及び5%アンモニア水を順次流して活性化陰イオン交換カラムを作成した。
【0030】
上記の含水エタノール可溶物(上清画分)の水溶液(100mg/mL)5mLに2N塩酸25μLを加えて終濃度0.01N塩酸水溶液とし、これを作成した活性化陽イオン交換カラムに供して、0.01N塩酸50mLで溶出したものをフラクション1(糖類及び酸性物質含有画分)とした。同カラム中の残存物は純水50mL、次いで5%アンモニア水70mLを用いて溶出させ、減圧濃縮、凍結乾燥した。この凍結乾燥物に純水10mL及び25%アンモニア水2.5mLを添加して終濃度が5%アンモニア水溶液とし、これを作成した活性化陰イオン交換カラムに供して、5%アンモニア水で溶出したものをフラクション2(塩基性物質含有画分)とした。さらに同カラムに純水50mL次いで0.05N塩酸70mLを流して溶出したものをフラクション3(両性電解質含有画分)とし、この後に0.2N塩酸50mLを用いて溶出したものをフラクション4(その他成分含有画分)とした。各フラクションは常法により減圧濃縮及び凍結乾燥して粉末状固形物とした。収率はフラクション1:62.4%、フラクション2:12.8%、フラクション3:22.3%、フラクション4:2.5%であった。
【0031】
〔試験例1〕
前述のイオン交換カラム分画処理を10倍スケールで同様に実施して分取した各フラクションの固形物(フラクション1〜4の固形物に相当するものをそれぞれ試料1〜4とする)について、それらの変異原性抑制作用を復帰突然変異試験法(エイムス試験法)を用いて試験評価した。すなわち、試料1〜4の各々を滅菌水に溶解し、その終濃度がアガリクス茸上清相当量(各試料の収率を勘案して上清画分に換算した量)で1、2、5又は10mg/mLとなるように各溶液を調製し、各々の0.1mLを試験管に分注した。次いで、これに変異原物質としてNDMAをジメチルスルホン酸アミドに溶解した溶液を0.1mL、NDMAが代謝活性化を必要とする変異原物質であるために薬物代謝酵素を含むS9mix(ラット肝臓S9、0.4mol/L塩化マグネシウム水溶液、1.65mol/L塩化カリウム水溶液、1.0mol/Lグルコース−6−リン酸水溶液、0.1mol/L還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸水溶液及び0.2mol/Lリン酸ナトリウム緩衝液の混合溶液。pH7.4)を0.5mL、及び、ネズミチフス菌(Salmonella typhimurium)TA−100株の培養液を0.1mLそれぞれ添加して混合溶液を調製した。
【0032】
前記混合溶液を37℃にて20分間振とうした後、軟寒天液2mLを加え、エイムス・プレート(1LあたりD−グルコース20g、寒天15g、Vogel−Bonner培地100mL、ヒスチジン0.62mg及びビオチン0.98mgを含む)にまき、37℃で48時間インキュベートし、該プレート上に出現した復帰突然変異コロニー数を計測した。各試料による変異原物質の変異原性抑制率は、変異発生率(%)=(変異原物質及び試料添加時の変異数−自然発生変異数)/(変異原物質添加時の変異数−自然発生変異数)×100の計算式から求めた数値を比較することにより評価した。ここに、自然発生変異数とは試料のみを添加したときに発生する変異コロニー数である。これらの試験結果の一部を表1に示す。表1において、試料添加量は各試料の収率から換算して上清画分の添加量(2.0mg/plate)に相当する量を用い、変異発生率の数値はNDMAが0.2mmolのみの場合(対照試験)を100としたときの相対値である。又、同条件下で、試料3について、その添加量を変化させた場合の試験結果を表2に示す。
【0033】
表1のデータから、NDMAによる変異発生率は試料3すなわち両性電解質含有画分を添加したときに顕著に抑制され、これ以外の分画試料では該効果が認められないことが確認された。又、表2から、試料3は濃度依存的にNDMAの変異活性を阻害することも確認した。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
〔試験例2〕
前記試料3の実質的な有効成分を解明するために、次の条件で高速液体クロマトグラフィーに供して分画処理を行った。装置:(株)日立ハイテクノロジーズ製L−7100シリーズ、カラム:(株)ワイエムシイ製HydrosphereC18(10×250mm)、溶離液:0.5%ギ酸及び10%メタノール、流速:2mL/min、250nmにおけるUV検出。前記試料3を滅菌水で溶解した溶液20μL(アガリクス茸上清相当量として5mg含有)をインジェクトして9種類のフラクション(Fr1〜Fr9)に分取して各々凍結乾燥後、各フラクションについて試験例1と同様に試験してNDMA変異原性抑制作用を評価した。この結果を表3に示す。表3において、試料添加量は各試料の収率から換算して上清画分の添加量(5.0mg/plate)に相当する量を用い、変異発生率の数値はNDMAが0.2mmolのみの場合(対照試験)を100としたときの相対値である。
【0037】
【表3】

【0038】
表3から、フラクション3(試料3のHPLC分画物Fr3)を添加するとNDMAの変異原性を強く抑制することが明らかになり、該フラクション中に有効成分が含まれることが推測された。なお、このフラクション3はHPLCチャート上では2種類のピーク成分からなるものであった。
【0039】
そこで、前記の試料3のフラクション3について、溶離液を0.5%ギ酸及び5%メタノールにおきかえることを除いて同条件下で前記HPLC分画処理に供し、6種類のフラクション(fr1〜fr6)を分取した。各々を凍結乾燥した後、試験例1と同様に試験してNDMA変異原性抑制作用を評価した結果、表4に示すように、第3番目に溶出したフラクション3(試料3の分画物Fr3のHPLC分画物fr3)を添加した場合に最も強力な効果を発現した。なお、このフラクション3はHPLCチャート上では単一ピーク成分からなるものであった。
【0040】
【表4】

【0041】
前記の単一ピークからなる分画物(試料3の分画物Fr3のHPLC分画物fr3)について、高速液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析装置(LC/MS/MS)を用いて分子量の解析を行い、m/z124及び138のイオンピークが検出された。
装置:(株)アプライドバイオシステムズ製AP13000LC/MS/MSシステム、溶離液:1mMギ酸アンモニウム/メタノール(20/80)、流速:0.2mL/min、イオン化法:エレクトロスプレーイオン化法、ポジティブイオンモード。
この知見から、NDMAの変異原性を抑制する活性成分は、分子量が120から280の範囲に属するものであって、より確実性が高いものの分子量は123及び/又は137、242、又は、260であり、最も確実性の高いものの分子量は260であることが明らかになった。
【0042】
〔試験例3〕
前記製造例に記載した方法に基づき試験例1で分取した試料1〜4について、変異原物質をN−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(MNNG)とした場合の変異原性抑制作用を試験例1に記載の試験方法に準じて評価した。但し、該試験方法においては、MNNGが代謝活性化を必要としない直接変異原であるため、S9mixの添加を省いた。この結果の一部を表5に示す。表5において、試料添加量は各試料の収率から換算して上清画分の添加量(1.0mg/plate)に相当する量を用い、変異発生率の数値はMNNGが5nmolのみの場合(対照試験)を100としたときの相対値である。又、同条件下で、試料1について、その添加量を変化させた場合の試験結果を表6に示す。
【0043】
【表5】

【0044】
【表6】

【0045】
表5及び表6のデータから、MNNGの変異原性に対して試料1すなわち糖類及び酸性物質含有画分が濃度依存的に抑制作用を発現することが明らかになった。なお、試料3はNDMAの変異原性に対して抑制効果を示したが、MNNGの変異原性に対してはほとんど有効性が認められなかった。
【0046】
〔試作例1〕
製造例及び試験例1に記載の方法で調製したフラクション3(試料3)、すなわち、アガリクス茸を熱水抽出し、該抽出物を70%エタノールで抽出して得た可溶物を、さらにイオン交換クロマトグラフィー分画した両性電解質含有画分(表1の試料3):150部、ミツロウ:40部、及び、食用植物油:60部を約60℃で混合して均質にした後、カプセル充填機に供し、常法により1粒あたり内容量が250mgのゼラチン被覆ソフトカプセル型組成物を試作した。この組成物は経口摂取できる栄養補助食品、ペット用健康食品又は医薬品として利用でき、とりわけNDMAの摂取による変異原性の発現を防止したり、NDMAにより誘発される癌の発生を予防するために適用することが望ましい。
【0047】
〔試作例2〕
製造例及び試験例2に記載の方法で調製したフラクション3(試料3)のHPLC分画物(Fr3)、すなわち、アガリクス茸の熱水抽出物の70%エタノール可溶物をイオン交換クロマトグラフィー分画した両性電解質含有画分を、さらにHPLC分画して得た分画物(表3のFr3):100部、アスコルビン酸:30部、澱粉:50部、ステアリン酸カルシウム:30部、及び、結晶セルロース:50部を混合して均質にした後、直打式打錠機に供して直径7mm、高さ4mm、質量200mg/個の素錠を作成し、次いでコーティング機に供してシェラック被膜を形成させて錠剤型経口用組成物を試作した。この組成物は、栄養補助食品、動物用健康食品又は医薬品として利用でき、とりわけNDMAの摂取による変異原性の発現を防止したり、NDMAにより誘発される癌の発生を予防するために適用することが望ましい。
【0048】
〔試作例3〕
製造例及び試験例1に記載の方法で調製したフラクション1(試料1)、すなわち、アガリクス茸を熱水抽出し、該抽出物を70%エタノールで抽出して得た可溶物を、さらにイオン交換クロマトグラフィー分画した糖類及び酸性物質含有画分(表5の試料1):150部、ミツロウ:40部、及び、食用植物油:60部を約60℃で混合して均質にした後、カプセル充填機に供し、常法により1粒あたり内容量が250mgのゼラチン被覆ソフトカプセル型組成物を試作した。この組成物は経口摂取できる栄養補助食品、ペット用健康食品又は医薬品として利用でき、とりわけMNNGの摂取による変異原性の発現を防止したり、MNNGにより誘発される癌の発生を予防するために適用することが望ましい。
【0049】
〔試作例4〕
試作例2において、製造例及び試験例2に記載の方法で調製したフラクション3(試料3)のHPLC分画物(Fr3)を、製造例及び試験例1に記載の方法で調製したフラクション1(試料1)、すなわち、アガリクス茸を熱水抽出し、該抽出物を70%エタノールで抽出して得た可溶物を、さらにイオン交換クロマトグラフィー分画して得た糖類及び酸性物質含有画(表5の試料1)に置きかえること以外は同様に処理して、錠剤型経口用組成物を試作した。この組成物は、栄養補助食品、動物用健康食品又は医薬品として利用でき、とりわけMNNGの摂取による変異原性の発現を防止したり、MNNGにより誘発される癌の発生を予防するために適用することが望ましい。
【0050】
〔試作例5〕
豚ロース肉:100部に対して、食塩:5%、リン酸ナトリウム:1.3%、ビタミンC:0.7%,香辛料及び化学調味料:0.7%、発色剤として亜硝酸ナトリウム:0.3%、及び、製造例及び試験例1に記載の方法で調製したフラクション3(試料3)、すなわち、アガリクス茸を熱水抽出し、該抽出物を70%エタノールで抽出して得た可溶物を、さらにイオン交換クロマトグラフィー分画した両性電解質含有画分(表1の試料3):3.5%を含む注射液:30部を注入し、回転式マッサージ機を用いて7℃で24時間マッサージした。この後、11cmのケーシングに充填し、60℃で30分間スモーキング処理、さらに75℃で120分間蒸沸処理を施してハム様食品を試作した。このハム様食品の呈味性及び食感は市販のロースハムと比較して遜色のないものであった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の抗変異原性剤は、NDMAやMNNG等の特定の変異原物質の変異原性の発現を抑制する作用を有するため、前記変異原物質の摂取によって誘発される遺伝子の損傷、染色体の異常、又、これらによって生じる身体の異常や癌等の発生を予防するための飲食品、医薬品、飼料等に有効利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の(a)〜(d)に示す工程を経て得られる両性電解質含有画分、又は、糖類及び酸性物質含有画分を有効成分とする抗変異原性剤。
(a)アガリクス茸を熱水で抽出する第1工程、
(b)第1工程で得られる熱水抽出物を含水率が10〜60質量%の含水エタノールで抽出する第2工程、
(c)第2工程で得られる含水エタノール可溶物をイオン交換クロマトグラフィーで分画する第3工程、
(d)第3工程で分取した両性電解質含有画分、又は、糖類及び酸性物質含有画分を採取する第4工程。
【請求項2】
前記第2工程における含水エタノールの含水率が20〜40質量%である請求項1に記載の抗変異原性剤。
【請求項3】
前記第4工程における両性電解質含有画分の主成分の分子量が120から280の範囲に属するものである請求項1又は請求項2に記載の抗変異原性剤。
【請求項4】
前記両性電解質は、変異原物質としてN−ニトロソジメチルアミンを対象とし、前記糖類及び酸性物質は、変異原物質としてN−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアニジンを対象とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗変異原性剤。
【請求項5】
次の(a)〜(d)に示す工程を経て得られる両性電解質含有画分、又は、糖類及び酸性物質含有画分を有効成分として含有させて製造することを特徴とする抗変異原性剤の製造方法。
(a)アガリクス茸を熱水で抽出する第1工程、
(b)第1工程で得られる熱水抽出物を含水率が10〜60質量%の含水エタノールで抽出する第2工程、
(c)第2工程で得られる含水エタノール可溶物をイオン交換クロマトグラフィーで分画する第3工程、
(d)第3工程で分取した両性電解質含有画分、又は、糖類及び酸性物質含有画分を採取する第4工程。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の抗変異原性剤、又は、請求項5に記載の製造方法により得られる抗変異原性剤を含有してなる飲食品、飼料又は医薬品。

【公開番号】特開2010−30955(P2010−30955A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−195025(P2008−195025)
【出願日】平成20年7月29日(2008.7.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名 日本薬学会第128年会 主催者名 社団法人 日本薬学会 開催日 平成20年3月27日 開催場所 パシフィコ横浜 展示ホール1F P会場 公開者名 天津 ゆかり、野崎 勉、高下 崇、木村 幸子 発明の内容 発がん性ニトロソ化合物に対するアガリクス抽出液の変異原性抑制効果
【出願人】(500081990)ビーエイチエヌ株式会社 (35)
【出願人】(592216384)兵庫県 (258)
【Fターム(参考)】