説明

抗炎症剤及び抗炎症性医療材料

本発明は、優れた抗炎症効果があり、かつ安全性の高い抗炎症剤及び抗炎症性医療材料を提供することを目的とする。 本発明は、ポリリン酸、特に一般式Hn+2(P3n+1)(式中、nは3〜800の整数を表す)で表される直鎖状リン酸の1種又は2種以上の混合物を有効成分として含有する抗炎症剤及び抗炎症性医療材料に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明はポリリン酸を有効成分として含有する抗炎症剤及び抗炎症性医療材料に関する。
【背景技術】
ポリリン酸はもともと多くの生物種の組織内及び細胞内に含有されており、生体内で常に合成されている物質である(H.C.Schroder et al.,Inorganic polyphosphate in eukaryotes:Enzymes,metabolism and function,Progress in Molecular and Subcellular Biology,Vol.23,45−81,1999参照)。また、ポリリン酸の生体に対する安全性は古くから確かめられており、生体内で無毒なリン酸に分解される生分解性物質であることがわかっている。ポリリン酸の生理機能は未知の部分が多いが、本発明者らのポリリン酸に関する一連の研究によって、ポリリン酸にはFGF等の細胞増殖因子のような生理活性タンパク質を安定化し、細胞の生理活動をコントロールする機能があることが見出された。具体的には培養細胞増殖促進作用、組織再生促進作用(特開2000−069961号公報;T.Shiba et al.,Modulation of Mitogenic activity of fibroblast growth factors by inorganic polyphosphate,The Journal of Biological Chemistry,Vol.278,pp.26788−26792,2003参照)や、石灰化促進作用、骨分化誘導促進作用(特開2000−79161号公報参照)が確認されている。また、さらなる研究の結果、ポリリン酸の組織再生促進作用を有効に発揮させるために、コラーゲンとの複合体にすることが提案されている(特開2004−000543号公報参照)。また、ポリリン酸には防カビ、変色防止、ビタミンC分解防止、缶の腐食・黒変防止、食味向上、濁り防止などの多岐にわたる効果が知られており、醤油、ジュース類、缶詰類などに食品添加物としても利用されている。
一方、サイトカインは、感染や組織障害などの外からの刺激に反応して白血球やマクロファージなどから放出され、細胞膜表面の特異的な受容体(サイトカイン受容体)に結合し、細胞の増殖分化や免疫応答の制御、細胞間の情報伝達、炎症反応の惹起、抗腫瘍作用などといった生体の恒常性維持に重要な役割を担っているタンパク質の総称である。サイトカインにはインターフェロン(IFN)、インターロイキン(IL)、腫瘍壊死因子(TNF)、コロニー刺激因子(CSF)等多くの種類が存在し、その働きの点からIL−1,IL−2,IL−4,IL−5など免疫反応を調整するもの(免疫調節性サイトカイン)、IL−6,TNF−αなど炎症反応を誘導するもの(炎症性サイトカイン)に大別される。サイトカインは互いにその産生を調節し合い、それぞれのサイカインの機能を増幅するためのネットワークを構成している。例えば、IL−1,IL−6及びTNF−αは互いにその産生を増強し、逆にIL−4やIL−10は単核球からのこれらの炎症性サイトカインの分泌を抑制する。
炎症とはさまざまな侵襲に対する生体の反応である。また、多岐にわたる疾患の病因あるいは症状の亢進には炎症反応が関与しており、従来炎症性疾患としては分類されていなかった疾患、例えば動脈硬化やアルツハイマー病なども、最近の分子生物学的研究により、その発症過程において炎症反応が重要な役割を担うことが明らかとなってきている。炎症反応には数多くのメディエーターが関与しており、これまでヒスタミン、セロトニンなどのアミン類、プラジキニンなどのキニン類、補体成分、ロイコトリエン、プロスタグランジン等のメディエーターが知られているが、近年サイトカインやケモカインなどの蛋白液性因子の炎症反応惹起及び制御における重要性が明らかになってきている。例えば、IL−1、IL−2、IL−6、IL−8、TNF−α、IL−α、IL−βなどの炎症性サイトカイン、MCP−1などの白血球走化性サイトカインなど様々なサイトカインが炎症の病態の成立に関与するとされている。また、自己免疫疾患は、自己抗原に対する過剰な免疫応答の結果生ずる病態であり、このような病態形成にもサイトカインが深く関与している。
しかしながら、これまでポリリン酸によるサイトカイン産生抑制、抗炎症効果については報告がない。
本発明の課題は、優れた抗炎症効果があり、かつ安全性の高い抗炎症剤及び抗炎症性医療材料を提供することにある。
【発明の開示】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、生体適合性があり、安全性の高いポリリン酸が炎症性サイトカインの産生を有意に抑制し、抗炎症効果を発揮することを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)ポリリン酸を有効成分として含有する抗炎症剤。
(2)ポリリン酸が、下記一般式:
n+2(P3n+1
(式中、nは3〜800の整数を表す)で表される直鎖状リン酸の1種又は2種以上の混合物である、上記(1)の抗炎症剤。
(3)式中のnが50〜150の整数である、上記(2)の抗炎症剤。
(4)ポリリン酸がポリリン酸塩である、上記(1)から(3)のいずれかの抗炎症剤。
(5)皮膚、粘膜の炎症の治療及び/予防のための上記(1)から(4)のいずれかの抗炎症剤。
(6)皮膚、粘膜の炎症が、病原性細菌、免疫反応、又は外傷に起因する上記(5)の抗炎症剤。
(7)病原性細菌が口腔内有害細菌であって、該菌の増殖防止によって炎症を抑制する上記(6)の抗炎症剤。
(8)炎症性サイトカインの産生亢進に起因する疾患の治療及び/又は予防のための上記(1)から(4)のいずれかの抗炎症剤。
(9)炎症性サイトカインの産生亢進に起因する疾患が、癌、自己免疫疾患、アレルギー疾患、及び炎症性疾患から成る群から選択される疾患である上記(8)の抗炎症剤。
(10)上記(1)から(4)のいずれかの抗炎症剤を含有する抗炎症性医療材料。
(11)ポリリン酸が、下記一般式:
n+2(P3n+1
(式中、nは3〜800の整数を表す)で表される直鎖状リン酸の1種又は2種以上の混合物である、上記(10)の抗炎症性医療材料。
(12)式中のnが50〜150の整数である、上記(11)の抗炎症性医療材料。
(13)ポリリン酸がポリリン酸塩である、上記(10)から(12)のいずれかの抗炎症性医療材料。
【図面の簡単な説明】
図1は、ヒト好中球をGMDP及び各濃度のポリリン酸で処理した場合の各時間におけるIL−1β産生量を示す。図中、ポリリン酸濃度はリン酸残基単位で換算したものであり、その分子量は1モルあたり約102gである。
図2は、処理群(ポリリン酸処理)及び比較群(リン酸処理)の組織染色写真を示す。Eは上皮組織、Odは象牙質を示す。円で囲った部分は処置部位及びその周辺を示す。
図3(A)は、ポリリン酸のS.mutans対する増殖抑制効果を示す。
図3(B)は、ポリリン酸のP.gingivalisに対する増殖抑制効果を示す。
図4は、創傷モデルを示す。
図5は、術後3日目の(A)処理群(ポリリン酸処理)及び(B)比較群(リン酸処理)の組織染色写真を示す(図中、a−1−L及びa−2−Lはaの拡大写真、a−1−L及びa−2−Lは異なる視野からの染色像(強拡大像);b−1−L及びb−2−Lはbの拡大写真、b−1−L及びb−2−Lは異なる視野からの染色像(強拡大像))。
図6は、術後7日目の(A)処理群(ポリリン酸処理)及び(B)比較群(リン酸処理)の組織染色写真を示す(図中、a−1−L及びa−2−Lはaの拡大写真、a−1−L及びa−2−Lは異なる視野からの染色像(強拡大像);b−1−L及びb−2−Lはbの拡大写真、b−1−L及びb−2−Lは異なる視野からの染色像(強拡大像))。
以下、本発明を詳細に説明する。本願は、2003年2月26日に出願された日本国特許出願2003−048460号の優先権を主張するものであり、該特許出願の明細書及び/又は図面に記載される内容を包含する。
本発明において使用されるポリリン酸は、代表的にはオルトリン酸の脱水縮合によって2個以上のPO四面体が頂点の酸素原子を共有して直鎖状に連なった構造を有する直鎖状ポリリン酸であるが、側鎖に有機基が導入された側鎖状ポリリン酸、環状ポリリン酸、枝分かれ状のリン酸重合体であるポリリン酸(ウルトラポリリン酸)であってもよい。
本発明において特に好適に使用されるポリリン酸は、一般式:
n+2(P3n+1
(式中、nは3〜800の整数を表す)で表される直鎖状リン酸から選ばれる1種又は2種以上の混合物が挙げられる。
上記一般式中のnは3〜800、好ましくは30〜500、より好ましくは50〜150の整数である。
なお、鎖長が1000以上のポリリン酸は水溶液の形で存在することが確認できておらず、水に難溶性であると考えられるので好ましくない。また、生体内でポリリン酸の鎖長は約800であるから、鎖長が800以下のポリリン酸が、生体内で種々の生理機能に関する高い有効性を持つと考えられる(K.D.Kumble and A.Kornberg,Inorganic polyphosphate in mammalian cells and tissues,The Journal of Biological Chemistry,Vol.270,pp.5818−5822,1995)。
また、本発明においては、上記のポリリン酸の水酸基の水素が金属と置換した分子構造を有するポリリン酸塩を使用してもよく、金属としては、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム等が挙げられる。
本発明に使用するポリリン酸又はその塩は、1種類であってもよいが、複数種の混合物であってもよい。複数種のポリリン酸又はその塩には、重合度の異なるポリリン酸又はその塩、分子構造の異なるポリリン酸又はその塩、及び金属イオンの異なるポリリン酸塩を包含する。またポリリン酸とその塩とを両方包含してもよい。
上記のポリリン酸は、リン酸を加熱する方法、リン酸に五酸化リンを添加溶解する方法など、通常用いられる製法により製造することができる。
また、特に鎖長が20以上の中長鎖ポリリン酸は、本発明者らにより開発された以下の方法により製造することができる。まず、ヘキサメタリン酸塩を0.1〜10重量%、好ましくは10重量%となるように水に溶解する。このヘキサメタリン酸水溶液に、87〜100%エタノール、好ましくは96%エタノールを、ヘキサメタリン酸溶液とエタノールとの混合後の全体液量の1/10〜1/3量で、すなわちヘキサメタリン酸水溶液:エタノールが2:1〜9:1の体積比となる量で添加する。この混合溶液を十分に攪拌し、その結果析出する沈殿物を、限定するものではないが、遠心分離またはフィルター濾過等の分離方法を用いて水溶液成分と分離する。このようにして分離した沈殿物が中長鎖ポリリン酸である。このポリリン酸を続いて70%エタノールにより洗浄し、その後乾燥させる。このような分離操作で得られるポリリン酸の平均鎖長は60から70であり、10以下の短鎖ポリリン酸はほとんど含まれていない。従って、その分子量分布はリン酸残基数で10から150程度である。
本発明の抗炎症剤におけるポリリン酸の含有量は、特に限定はされないが、例えば0.001〜20重量%、好ましくは0.01〜10重量%、より好ましく0.1〜5重量%、最も好ましくは0.2〜2重量%とすればよい。
ポリリン酸又はその塩は、それ単体で、あるいは薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物と混合し、錠剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、カプセル剤、内用液剤(懸濁剤、シロップ剤、乳剤など)、外用液剤(注入剤、含嗽・洗口剤、噴霧・エアゾール剤、吸入剤、塗布剤など)、軟膏剤、注射剤、点滴剤、坐剤等の各種剤型の経口・非経口用製剤にすることができる。
薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物としては、例えば、賦形剤、崩壊剤又は崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤又は溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、及び粘着剤等を用いることができる。
経口投与用製剤には、添加物として、例えば、ブドウ糖、乳糖、D−マンニトール、デンプン、又は結晶セルロース等の賦形剤;カルボキシメチルセルロース、デンプン、又はカルボキシメチルセルロースカルシウム等の崩壊剤又は崩壊補助剤;ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、又はゼラチン等の結合剤;ステアリン酸マグネシウム又はタルク等の滑沢剤;ヒドロキシプロピルメチルセルロース、白糖、ポリエチレングリコール又は酸化チタン等のコーティング剤;ワセリン、流動パラフィン、ポリエチレングリコール、ゼラチン、カオリン、グリセリン、精製水、又はハードファット等の基剤など用いることができる。
非経口投与用製剤には、蒸留水、生理食塩水、エタノール、グリセリン、プロピレングリコール、マクロゴール、ミョウバン水、植物油等の溶剤;ブドウ糖、塩化ナトリウム、D−マンニトール等の等張化剤;無機酸、有機酸、無機塩基又は有機塩基等のpH調節剤などを用いることができる。
また、本発明の抗炎症剤は、さらに強い抗炎症作用を得る目的で、ポリリン酸を既存の抗生物質や抗炎症剤と混合して使用することもできる。この場合、混合する薬剤としては、テトラサイクリン、キノロン系抗炎症剤、クロラムフェニコール、ペニシリン系抗生物質等が挙げられる。
本発明の抗炎症剤は、有効成分であるポリリン酸が炎症性サイトカインの産生を抑制する作用、口腔内有害細菌の増殖抑制作用を有するので、皮膚、粘膜の炎症の治療及び/予防のための、あるいは炎症性サイトカインの産生亢進に起因する疾患の治療及び/又は予防のための医薬として有効である。
本発明において、「皮膚、粘膜の炎症」とは、病原性細菌、免疫反応、又は外傷等に起因する皮膚、粘膜、特には口腔粘膜の炎症をいい、具体的には、口腔内有害細菌(例えばう蝕菌(Streptococcus mutans等)、歯周病菌(Porphyromonas gingivalis等)など)、アクネ桿菌、ブドウ球菌などの病原性細菌による炎症、創傷や火傷等による炎症、アトピー性皮膚炎や花粉症による狭範囲の炎症、臓器移植時の拒絶反応による広範囲の炎症などが挙げられるがこれらに限定はされない。
また、「炎症性サイトカイン産生亢進に起因する疾患」としては、胃癌、大腸癌、乳癌、肺癌、食道癌、前立腺癌、肝癌、腎臓癌、膀胱癌、皮膚癌、子宮癌、脳腫瘍、骨肉種、骨髄腫瘍等の癌;慢性関節リウマチ、多発性硬化症、重症筋無力症、甲状腺炎、多発性筋炎、強皮症、皮膚筋炎、結節性多発性動脈炎、全身性エリテマトーデス、ベーチェット病、バセドー病等の自己免疫疾患;気管支喘息発作、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、花粉症、蕁麻疹等のアレルギー疾患;炎症性腸疾患(IBD)、潰瘍性大腸炎、クローン病、敗血症、関節炎、ブドウ膜炎、角膜炎、SIRS(全身性炎症反応症候群)等の炎症性疾患等が挙げられるがこれらに限定はされない。
また、炎症性サイトカインとしては、IL−1、IL−2、IL−4、IL−5、IL−6、IL−8、IL−13、IL−16、IL−17、IL−18/IGIF、IL−12p35、IL−12p40、MIF、IL−1α、IL−1β、GM−CSF、TNF−α、TGF−β、EGF、FGF、PDGF、IFN−α、IFN−β、IFN−γ、MCP−1、PANTESから選ばれる少なくとも1種以上をいう。
本発明の抗炎症剤の投与方法としては、経口的又は非経口的方法のいずれでもよい。例えば、塗布剤・軟膏剤等であれば、歯周病組織、口内炎、皮膚炎、痔の患部に直接塗布したり、また噴霧剤等であれば、鼻腔内、口腔内、気管内に噴射することにより投与できる。あるいは、点眼剤として眼に適用することもできる。
本発明の抗炎症剤の投与量は特に限定はされず、患者の年齢、性別、症状、体重等により適宜調整されるが、例えば成人に経口投与する場合、10〜1000mg/kg体重/日、好ましくは50〜500mg/kg体重/日を、1日1回から数回に分けて投与すればよい。
また、本発明の抗炎症剤は、医薬のみならず、抗炎症効果を付与することを目的とする医薬部外品や化粧品等の組成物にも配合できる。例えば医薬部外品や化粧品等としては、化粧水、乳液、クリーム、洗顔料、練歯磨剤、口内洗浄液、含嗽剤などを挙げることができ、これらの組成物には界面活性剤、保湿剤、紫外線吸収剤、香料、防腐剤等の当分野で通常使用される薬剤を適宜配合してもよい。
また、前述のようにポリリン酸はそれ自体組織再生促進作用(特開2000−69961号公報)、骨再生促進作用(特開2000−79161号公報)をもつが、ポリリン酸以外の生体適合材料や再生医療足場材料などの医療材料に混合もしくはコーティングすることによってそれらの材料に抗炎症性を付与することができる。かかる材料としては、例えば、バイオセラミックス(アルミナ、酸化チタン、ジルコニア、カーボン、アパタイト、A−W結晶化ガラス、リン酸カルシウム系結晶化ガラス、第三リン酸カルシウム(TCP)など)、天然高分子材料(コラーゲン、ゼラチン、キチン、キトサン、セルロース、ヒアルロン酸など)、医療用金属材料(チタン及びチタン合金など)、合成高分子材料(グリコール・ジカルボン酸系、ポリエステルカーボネート、ポリカプロラクトン、ポリ乳酸、ポリグリコール酸など)が挙げられる。得られた抗炎症性医療材料は、人工臓器、人工皮膚、人工関節、人工義歯、人工歯根、人工血管、人工骨、手術用縫合糸などの医療器具として生体内で炎症を誘発することなく安全に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
(製造例)ポリリン酸(中長鎖ポリリン酸)の製造
食品添加物規格のヘキサメタリン酸ナトリウム20gを精製水200mlに溶解し、これに96%のエタノール32mlを徐々に加えた。これをよく攪拌し室温で30分ほど放置した後,遠心分離(10,000×g、20分、25℃)を行い、水溶液成分と沈殿物とを分離した。水溶液成分を廃棄し、回収した沈殿物に70%エタノールを加えて洗浄し、真空乾燥した。このようにして、9.2gの中長鎖(平均鎖長60以上)ポリリン酸塩を沈殿物として得た(収量46.0%)。
(実施例1)ポリリン酸による炎症性サイトカインの産生抑制
上記製造例に従って取得したポリリン酸による炎症性サイトカインの産生抑制効果を確認する目的で、ヒト好中球を用いてIL−1βの産生を観察する実験を行った。ヒト血液25mlより好中球を分離し、ダルベッコ変法イーグル培地に懸濁した。分離した好中球に30μgのグリコペプチドアジュバンドであるGMDP[N−Acetyl−D−Glucosaminyl−β(1−4)−N−acetylmuramyl−L−alanyl−D−isoglutamine]または各濃度(0.2mM,1mM,5mM)のポリリン酸、及びその両者を添加して37℃にて最大5時間処理を行った。比較群として何も添加しなかったもの、各濃度のポリリン酸のみを添加したものについても同様に処理を行った。各時間におけるIL−1β産生量をELISA Kitを用いて測定した。
図1にヒト好中球をGMDP及び各濃度のポリリン酸で処理した場合の各時間におけるIL−1β産生量を示す。GMDP単独で処理した場合、IL−1β産生量は経時的に増加するが、GMDPとポリリン酸の両者で処理した場合にはGMDP単独処理の場合と比較してIL−1β産生量は処理後3時間までは比較群(無処理好中球)と同様まで抑制されており、処理後5時間においてもポリリン酸の濃度に依存してIL−1β産生量が減少した。またポリリン酸単独で処理した場合、いずれの濃度においてもIL−1β産生量は比較群(無処理好中球)の場合とほとんど変わらなかった。このことは、GMDPによって惹起された好中球によるIL−1β産生亢進がポリリン酸により有意に抑制されることを示す。
(実施例2) ポリリン酸による歯周組織の炎症抑制
上記製造例に従って取得したポリリン酸の抗炎症効果を確認する目的で、ラットを用いて、組織の炎症状態を観察する実験を行った。Wister系雄ラット(8週齢、計10匹)を麻酔し、上顎第一臼歯歯槽部の骨膜を剥離し、1/2ラウンドバーを使用して、上顎第一、第二臼歯の頬側歯槽骨頂より約2mmを削除し、人工的な歯周ポケット(歯肉溝)を形成した。処理群(5匹)においては、歯肉溝にシリンジを用いて1%ポリリン酸溶液を約0.1ml注入した。また、比較群(5匹)には、1%リン酸緩衝液のみを注入した。この注入操作は歯肉溝作製のための手術翌日から毎日行い、10日間続行した。
一定期間処理したラットを吸入麻酔法(エーテル)にて安楽死させ、上顎骨を切断し、10%中性緩衝ホルマリン液(pH7.4)を用いた浸漬固定により1日間組織の固定を行った。その後、室温で約2日間酸脱灰した。脱灰終了後、第二臼歯で切除することによって標本のトリミングを行い、割面を下にしてパラフィン包埋した。組織切片を作製し、HE染色して観察した。
図2にポリリン酸処理群とリン酸緩衝液で処理した比較群より抜粋した組織標本の染色像を示した(図中、Eは上皮組織、Odは象牙質を示す。円で囲った部分は処置部位及びその周辺を示す)。ポリリン酸処理群の処置部位周辺では炎症性細胞はほとんど見られないのに対し、比較群(リン酸処理群)の処置部位周辺では炎症細胞が多数見られ、細菌の繁殖も確認された。このことは、ポリリン酸が歯周病菌増殖を抑制し、顕著に炎症を抑制することを示す。
(実施例3) ポリリン酸による口腔内細菌の増殖抑制試験
口腔内細菌であるStreptococcus mutans(S.mutans)、Porphylomonas gingivalis(P.gingivalis)を用いて上記製造例に従って取得したポリリン酸による細菌増殖抑制試験を行った。S.mutans JC2株はハートインフュージョン培地を用いて37℃で嫌気培養を行った。処理群には培養液に各濃度(0,0.06,0.5%)のポリリン酸、比較群には培養液に各濃度(0,0.06,0.5%)のリン酸緩衝液を添加して最大で2日間培養し、菌体の増殖を595nmにおける吸光度を測定することにより経時的に観察した。一方、P.gingivalis ATCC33277株はブレインハートインフュージョン培地を用いて培養液に各濃度(0,0.015,0.03,0.06,0.12,0.25,0.5%)のポリリン酸を添加し、上記と同期間37℃で嫌気培養を行い、菌体の増殖を595nmにおける吸光度を測定することにより経時的に観察した。
図3(A)は24時間後の処理群及び比較群におけるS.mutansの増殖、図3(B)は48時間後の処理群及び比較群におけるP.gingivalisの菌体増殖の結果を示す。S.mutansはリン酸濃度0.5%でも菌体増殖に大きな変化はみられなかったが、ポリリン酸濃度0.06%で顕著な菌体増殖抑制がみられた。またP.gingivalisにおいてもポリリン酸濃度0.01%で顕著な菌体増殖抑制がみられた。このことは、ポリリン酸が口腔内細菌の増殖を抑制したことを示す。
(実施例4) ポリリン酸による創傷部位における炎症抑制試験
上記製造例に従って取得したポリリン酸を用いてラット創傷部位の抗炎症試験を行った。
生後6週齢のWistar系雄性ラットを用い、エーテル麻酔下に背部を剃毛し、体の長軸に沿って筋膜に達する深さで20mm切開を行った後、創中央の両端を5mmの幅になるように筋膜と1糸ずつ縫合して紡錘形の創傷モデルを作成した(図4)。処理群には創部に1%ポリリン酸溶液を、比較群には1%リン酸緩衝液を週5日間局所注入した。3日目、7日目に安楽死させ、創の中央から5mmの距離の組織を図4の如く筋膜上で皮膚を切除し、HE染色して病理組織学的観察を行った。
図5に術後3日目の(A)ポリリン酸処理群と(B)リン酸緩衝液で処理した比較群より抜粋した組織標本の染色像を示した。比較群の創面は依然として好中球を中心とした炎症性細胞浸潤が認められたが(a;a−1−Lはaの拡大写真)、ポリリン酸処理群では好中球の割合が減少し、リンパ球やマクロファージが出現した。全体的には炎症性細胞浸潤が減少し、比較的細胞質に富む紡錘形の線維芽細胞が多数認められた(b;b−1−Lはbの拡大写真)。また、比較群では、上皮の伸長(矢印)はわずかしか認められないが(a−2−L)、ポリリン酸処理群では、創の中心に向かって顕著な上皮の伸長(矢印)が認められた(b−2−L)。
図6に術後7日目の(A)ポリリン酸処理群と(B)リン酸緩衝液で処理した比較群より抜粋した組織標本の染色像を示した。ポリリン酸処理群、比較群ともに中央の創部の上皮は欠如していた。創の断端においては,比較群に比べ(a;a−1−Lはaの拡大写真)、ポリリン酸処理群で上皮の伸長(矢印)が促進されていた(b;b−1−Lはbの拡大写真)。創の中央においては比較群では依然として深部に炎症性細胞が浸潤していたが(a−2−L)、ポリリン酸処理群では、炎症は上部に一部残存するのみで深部では線維性結合組織による修復が生じ、器質化が進んでいた(b−2−L)。
上記結果より、ポリリン酸処理群では比較群に比べ術後3日目から炎症性細胞浸潤が消退し、皮下組織の基質化が促進され、上皮は早期に伸長し、術後7日目には創面はほぼ完全に上皮化していた。このようにポリリン酸が皮膚組織においても顕著に炎症を抑制し、修復・再生を促進することがわかった。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願をそのまま参考として本明細書に組み入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
本発明によれば、炎症性サイトカインの産生抑制作用を有する抗炎症剤が提供される。本発明の抗炎症剤は、例えば皮膚、粘膜等の炎症部位に直接塗布することにより適用でき、特にう蝕菌や歯周病などの口腔有害細菌の増殖を抑えて抗炎症効果を示すとともに、癌、自己免疫疾患などの炎症性サイトカインの産生亢進に起因する疾患の治療及び/又は予防に有効である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリリン酸を有効成分として含有する抗炎症剤。
【請求項2】
ポリリン酸が、下記一般式:
n+2(P3n+1
(式中、nは3〜800の整数を表す)で表される直鎖状リン酸の1種又は2種以上の混合物である、請求項1に記載の抗炎症剤。
【請求項3】
式中のnが50〜150の整数である、請求項2に記載の抗炎症剤。
【請求項4】
ポリリン酸がポリリン酸塩である、請求項1から3のいずれか1項に記載の抗炎症剤。
【請求項5】
皮膚、粘膜の炎症の治療及び/予防のための請求項1から4のいずれか1項に記載の抗炎症剤。
【請求項6】
皮膚、粘膜の炎症が、病原性細菌、免疫反応、又は外傷に起因する請求項5に記載の抗炎症剤。
【請求項7】
病原性細菌が口腔内有害細菌であって、該菌の増殖防止によって炎症を抑制する請求項6に記載の抗炎症剤。
【請求項8】
炎症性サイトカインの産生亢進に起因する疾患の治療及び/又は予防のための請求項1〜4のいずれか1項に記載の抗炎症剤。
【請求項9】
炎症性サイトカインの産生亢進に起因する疾患が、癌、自己免疫疾患、アレルギー疾患、及び炎症性疾患から成る群から選択される疾患である請求項8に記載の抗炎症剤。
【請求項10】
ポリリン酸を含有する抗炎症性医療材料。
【請求項11】
ポリリン酸が、下記一般式:
n+2(P3n+1
(式中、nは3〜800の整数を表す)で表される直鎖状リン酸の1種又は2種以上の混合物である、請求項10に記載の抗炎症性医療材料。
【請求項12】
式中のnが50〜150の整数である、請求項11に記載の抗炎症性医療材料。
【請求項13】
ポリリン酸がポリリン酸塩である、請求項10から12のいずれか1項に記載の抗炎症性医療材料。

【国際公開番号】WO2004/075906
【国際公開日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【発行日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−502889(P2005−502889)
【国際出願番号】PCT/JP2004/002162
【国際出願日】平成16年2月25日(2004.2.25)
【出願人】(502124248)リジェンティス株式会社 (6)
【Fターム(参考)】