説明

抗生物質産生微生物及びそれが産生した抗生物質

【課題】抗生物質を産生することができる新規な微生物を提供することにあり、また、抗生物質の製造方法に用いられる新規な微生物を提供することにあり、特に、少なくともMRSAとVREの両者に有効性を示す多剤耐性菌に有効な新規な抗生物質を産生することができる新規な微生物を提供することにある。
【解決手段】リソバクター(Lysobacter)属に属する受託番号NITE P−870の微生物又はその自然的若しくは人工的に変異した微生物であって、抗菌活性を有する抗生物質を産生する能力を有する微生物であり、また、配列表の配列番号1で示される16S rRNA領域の塩基配列を有する微生物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗生物質を産生する微生物、その微生物の培養による新規抗生物質の製造方法及びその新規抗生物質に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(以下、「MRSA」と略記することがある)、バンコマイシン耐性腸球菌(以下、「VRE」と略記することがある)等の多くの抗生物質に対して耐性を有する多剤耐性細菌が臨床の現場から分離される例が多くなり、深刻な問題となっている。特に、MRSAに有効なバンコマイシンに対して耐性を示すVREの出現は、より深刻に受け止められている。なぜならば、腸球菌自体が腸管内に常在している菌であるため潜在的な保菌者を発生させ易く、長期間、患者の体内に存在することによって他の菌に耐性遺伝子が伝播して、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)等を発生させる危険性が高まると予想されるからである。
【0003】
また、耐性菌出現の問題とは別に、バンコマイシン等に比べて安全性の点でも優れ、実質的に治療効果の高い抗生物質を求める声も大きく、そのため、MRSAやVREに有効であると共に既存薬に比べて副作用等が少なく安全性も高い新規抗生物質を得るための検討が進められている。
【0004】
先の目的の為に、新規な化学構造を有する抗生物質の創出や既存の抗生物質の改良等の合成による探索と共に、これまで報告されていない新規で有用な抗生物質を産生する能力を有する新規微生物の探索も幅広く行われている。微生物の産生する抗生物質は生体内で産生される天然物であるため、化学合成品に比べて生体に対する安全性の高いものが多いと考えられるからである。
【0005】
例えば、特許文献1と特許文献2にはリソバクター(lysobacter)属、特許文献3にはフラボバクテリウム(Flavobacterium)属、特許文献4にはストレプトマイセス(streptomyces)属に属する新規微生物とその微生物から産生され、製造される新規抗生物質が記載されている。
【0006】
一方、本発明者は、抗生物質の探索に有用に用いられる、カイコを実験動物とするカイコ感染モデル(特許文献5)を構築し、その検討を進めてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3339235号公報
【特許文献2】特許第4054576号公報
【特許文献3】特開2003−113192号公報
【特許文献4】特開2007−131552号公報
【特許文献5】特開2007−327964号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
先の特許文献に記載されている抗生物質は、共に多剤耐性菌がそのターゲットとなっており、主にMRSAに対する有効性が謳われている。そのうち特許文献1と特許文献3に記載の抗生物質は、バンコマイシンに比べて低毒性で作用時間が早いということを特徴とし、特許文献4に記載の抗生物質は、既存の抗菌薬とは異なる化学構造を有することから、耐性菌の出現が少ないことが期待できることを特徴としている。また、特許文献2に記載の抗生物質の中には、MRSAだけでなくVREにも抗菌性を示す抗生物質も含まれている。しかしながら、この抗生物質は、主にインビトロにおける抗菌性が評価されたものである。以下、特に付記がない場合、「抗菌活性」はインビトロの評価系で評価されたものを示し、「治療効果」は実験動物を用いたインビボの評価系で評価されたものを示す。
【0009】
MRSAとVREに対して治療効果を示し、既に実用化されている抗生物質は、オキサゾリジノン系抗生物質であるリネゾリド(linezolid)がよく知られているが、これは完全化学合成によって創出されたものである。
【0010】
一方、微生物の産生する物質から得られる抗生物質は生体に対する安全性に関し合成品より優れている可能性が高いと予想され、そのような抗生物質は医薬品とするための開発ステップを軽減できると考えられる。例えば、製造方法においても化学合成の場合よりも生体に優しい原材料を用いることができ、工程や設備も、製造条件が常温常圧に近いので、より簡便で安全な工程・設備により行うことができるというメリットを有する。そのため、化学合成により創出された抗生物質より医薬品開発ステップを軽減できる可能性が高い。
【0011】
しかし、MRSAに対して有効性を示すだけでなく、VREに対しても抗菌性を示す抗生物質を産生する微生物については、特許文献2のような例はあるものの、実際の治療における治療効果や耐性菌の出現等を考慮すると、更に検討を進める必要があった。つまりMRSAだけでなくVREに対しても抗菌活性を有し、実際に治療効果を示す抗生物質を産生するという特徴を有する微生物を新たに見出すと共に、その微生物を用いたMRSAとVREの両者に有効性を示す新たな抗生物質とその製造方法の提供が望まれていた。
【0012】
また、MRSA、VRE等に対する抗菌活性の有無にかかわらず、広く新規な抗生物質を得るためには、新規な微生物の提供が望まれていた。
【0013】
本発明は上記に鑑みてなされたものであり、その課題は、抗生物質を産生することができる新規な微生物を提供することにあり、また、抗生物質の製造方法に用いられる新規な微生物を提供することにある。特に、少なくともMRSAとVREの両者に有効性を示す多剤耐性菌に有効な新規な抗生物質を産生することができる新規な微生物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、上記の事情に鑑み、抗生物質を産生することができる新規な微生物を提供することを課題として微生物の探索を行った。特に、多剤耐性菌に対しても有効性を示す抗生物質である新規な微生物を提供することを更なる課題として微生物の探索を開始した。そしてその探索方法として、カイコの幼虫を実験動物として用いたカイコ黄色ブドウ球菌感染モデル(特許文献5参照)を用い、抗菌活性を確認した各種微生物の産生物に対して、この感染モデルを用いて、その治療効果を指標とするスクリーニングを行うことで、上記の課題を解決することのできる微生物の探索を進めた。
【0015】
その結果、土壌細菌14346株の内、その培養液に抗菌活性を認めた菌株が3487株あり、それらの菌の培養液の示す「カイコ黄色ブドウ球菌感染モデルにおける治療効果」を検討したところ、その内45株について治療効果が認められた。その後、抗菌活性を有し、更に上記感染モデルで治療効果を認めた45株の微生物の中に、リソバクター属に属する微生物が含まれていることを確認した。
【0016】
そして、そのリソバクター属に属する微生物の培養液中から精製した抗生物質の抗菌スペクトルを詳細に検討したところ、この抗生物質は、MRSAとVREの両者に抗菌活性を示し、また、先のカイコ黄色ブドウ球菌感染モデルだけでなく、マウス黄色ブドウ球菌感染モデルに対しても、既存薬のバンコマイシンと比較して高い治療効果を有することを確認した。更に、この抗生物質は構造的に新規であることも見出したこと等から、本発明の「抗生物質を産生するリソバクター属に属する微生物」は、課題の解決を可能とする有用性の高い新規な微生物であることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0017】
すなわち、本発明は、以下に存する。
(1)リソバクター(Lysobacter)属に属する受託番号NITE P−870の微生物又はその自然的若しくは人工的に変異した微生物であって、抗菌活性を有する抗生物質を産生する能力を有する微生物。
(2)上記抗生物質が、少なくともメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)及びバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に対して抗菌活性を有するものである(1)に記載の微生物。
(3)配列表の配列番号1で示される16S rRNA領域の塩基配列を有する(1)又は(2)に記載の微生物。
【0018】
(4)(1)ないし(3)の何れかに記載の微生物の培養液から、該微生物の産生した抗生物質を得ることを特徴とする抗生物質の製造方法。
(5)(1)ないし(3)の何れかに記載の微生物の培養液から、該微生物の産生した、少なくともメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)及びバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に対して抗菌活性を有する抗生物質を得ることを特徴とする抗生物質の製造方法。
(6)(1)ないし(3)の何れかに記載の微生物の培養液から得られる、該微生物の産生した抗生物質であって、少なくともメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)及びバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に対して抗菌活性を有することを特徴とする抗生物質。
(7)下記式(1)で示される化合物又はその製薬学的に許容される塩である(6)の抗生物質。
【化1】

[式(1)中、Rは水酸基を1つ有する炭素数が7、8又は9のアシル基を示し、Rはメチル基又は水素原子を示し、Rはエチル基又はメチル基を示す。]
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、抗菌活性を有する抗生物質を産生することのできる新規な微生物を提供することができる。特に、本発明の微生物が産生した抗生物質には、MRSAやVREに抗菌活性を有し、治療効果も高いことが確認されているものが存在するので、多剤耐性菌に対して有効性の高い新規な抗生物質を産生することができる新規な微生物を提供することができるという効果を有している。
【0020】
また、本発明の抗生物質の製造方法は、特に新規な抗生物質を製造することができ、更には、抗菌活性を有するのみならず治療効果も高い抗生物質を製造することができる。また、本発明の抗生物質の製造方法は、化学合成法に比べてより簡単である微生物の培養という製造方法であるため、有機溶媒、金属触媒、試薬類、多くの化学合成ステップ、高温、高圧等を必要としないので、コストが安く環境にもやさしいという効果を有している。
【0021】
また、本発明の抗生物質は、新規な抗生物質であり、少なくともMRSA及びVREに対して抗菌活性を有し高い治療効果も確認されているので、多剤耐性菌による疾患の治療に有効となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】RH2180−5の培養物から得られた治療効果を示す抗生物質含有画分のODSカラムによる分画結果を示す図である。縦軸は吸収強度、横軸は溶出時間(分)を示す。また、別枠で表示した各ピークの欄上の数字は各ピーク物質の分子量を示す。
【図2】RH2180−5Peak5物質のアミノ酸組成解析結果を示す図である。
【図3】RH2180−5Peak5物質の1H、13C−NMR解析結果を示す図である。縦軸はシグナル強度、横軸は化学シフト値(ppm)を示す。
【図4】RH2180−5Peak5物質のTOF(Time of Flight:飛行時間型)MSのMS−MS解析結果を示す図である。
【図5】各解析結果から導き出されたRH2180−5Peak5物質の化学構造を示す図である。
【図6】各解析結果から導き出されたRH2180−5Peak5物質のアミノ酸の立体構造も明らかにした化学構造を示す図である。
【図7】RH2180−5Peak5物質の溶菌活性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の微生物は、リソバクター(Lysobacter)属に属する受託番号NITE P−870の微生物又はその自然的若しくは人工的に変異した微生物であって、抗菌活性を有する抗生物質を産生する能力を有する微生物である。リソバクター属に属する新規な微生物であることは、後述する本菌株の性質と16S rRNA領域の配列から同定された。
【0024】
本発明の微生物は、抗菌活性を有する抗生物質を産生する能力を有する微生物であるが、具体的には、沖縄で採取された土壌中から本発明者らによって分離された受託番号「NITE P−870」として、千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8、独立行政法人製品評価技術基盤機構(National Institute of Technology and Evaluation:以下、「NITE」と略記する)の特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され(寄託日:2010年1月25日)、識別表示「RH2180−5」と命名した微生物である(以下、本菌株を「RH2180−5」と表記する)。
【0025】
「RH2180−5」は、その後、千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の特許微生物寄託センター(NPMD)に、原寄託申請書を提出して、国内寄託(原寄託日:2010年1月25日)から、ブダペスト条約に基づく寄託への移管申請を行ない(移管日(国際寄託日):2011年5月20日)、生存が証明され、ブダペスト条約に基づく寄託(国際寄託)への移管申請が受領された結果、受託番号「NITE BP−870」を受けているものである。
【0026】
RH2180−5(受託番号NITE P−870)の菌株としての性質は次の通りである。
【0027】
形態:本RH2180−5は、グラム陰性の桿菌であり、鞭毛は認められないが滑走性が認められる。子実体の形成は認められない。また抗酸性を示さない。
【0028】
培地における生育状況:
(1)肉汁寒天平板上では薄黄色のコロニーを形成する。拡散性の色素は認められない。
(2)肉汁ゼラチン穿刺培養では内部に渡ってゼラチンを液化しながら生育する。
【0029】
生理学的性質:本RH2180−5の生理学的、化学分類学的性質は以下の通りである
(1)生育pH(最適生育pH):5〜9(6〜8)
(2)生育温度(至適生育温度):10〜40℃(25〜30℃)
(3)酸素に対する態度:好気的
(4)MRテスト(Methyl red test):−
(5)VPテスト(Voges−Proscauer test):+
(6)色素の生成(Pigment):+
(7)オキシダーゼ(Oxidase test):+
(8)カタラーゼ(Catalase test):+
(9)ウレアーゼ(Urease test):−
(10)フォスファターゼ(Phosphatase test):+
(11)カゼイン加水分解(Casein hydrolysis):+
(12)セルロース加水分解(Cellulose hydrolysis):−
(13)ゼラチン加水分解(Gelatin hydrolysis):+
(14)でんぷん加水分解(Starch hydrolysis):−
(15)デオキシリボヌクレアーゼ(Deoxyribonuclease test):+
(16)硝酸塩還元(Nitrate reduction):−
(17)脱窒(Denitrification):−
(18)硫化水素生成(HS production):−
(19)インドール生成(Indole production):−
(20)クエン酸塩の利用(Citrate utilization):+
(21)OF−test:oxidation
(22)下記の糖類等からの酸及びガスの生成能
L−アラビノース(L−arabinose):−
D−キシロース(D−xylose):−
D−グルコース(D−glucose):+
D−マンノース(D−mannose):+
D−フラクトース(D−fructose):+
D−ガラクトース(D−galactose):−
D−マルトース(D−maltose):+
D−スクロース(D−sucrose):+
D−ラクトース(D−lactose):+
D−トレハロース(D−trehalose):+
D−ソルビトール(D−sorbitol):−
グリセロール(glycerol):−
スターチ(starch):−
【0030】
分子生物学的解析結果:分子生物学的な系統分類の指標として用いられている16S rRNAの、RH2180−5の解析結果は以下の通りである。
(12)16S rRNA配列の解析結果
RH2180−5のコロニーから、コロニーPCRにより、16S rRNA領域の塩基配列を増幅し、シーケンサーによる解析を行った結果、5’末端側、3’末端側のいくつかの塩基を除く、配列表の配列番号1に示される16S rRNAのほぼ全長にあたる塩基配列が見出された。この配列表の配列番号1の塩基配列は、16S rRNA全長ではないため、16S rRNA「領域」とした。この塩基配列をNCBIのBLASTで相同性検索を行ったところ、本発明のRH2180−5の16S rRNA領域の塩基配列は、リソバクター属であるLysobacter enzymogenes DSN2043T株と相同率99%を示した。従って、本発明のRH2180−5は、リソバクター属に属する微生物である。
【0031】
上記Lysobacter enzymogenesには、抗生物質産生の報告はないので、本発明のRH2180−5とは異なるものである。
【0032】
以上の本菌株の性質をバージース・マニュアル・オブ・システマティックバクテリオロジー(Bergey’s Manual of Systematic Bacteriology,vol.3 1989)による分類及びその他の文献の記載内容に照らし合わせ、更に、16S rRNA解析の結果を考慮して総合的に判断した結果、本菌株はリソバクター(Lysobacter)属に属する微生物であると判断した。
【0033】
本発明のRH2180−5の16S rRNA領域の塩基配列に一致する16S rRNA領域の塩基配列を有する微生物が存在しないこと、本菌株の産生する抗生物質の示す、VREを含む多剤耐性菌にも有効という新規な抗菌スペクトルの傾向と、これまでに報告されていない有用性の高い新規な抗生物質を産生するという性質から、本菌株は新規微生物株であると判断した。
【0034】
以上の結果から、今回見出された本菌株は、従来報告されていない新規で有用なリソバクター属の菌株と判断し、リソバクター属、「RH2180−5」と命名した。RH2180−5は、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の特許微生物寄託センター(NPMD)に、受託番号:NITE P−870(寄託日:2010年1月25日)として、国内寄託されている。なお、バクテリアの一般的な性状として、その菌株としての性質は変異し易く、上記で示した範囲内に留まらない可能性も有している。しかしながら、RH2180−5(受託番号NITE P−870)から変異した微生物であっても、抗生物質を産生する能力を有している限り、本発明の微生物に含まれるものである。
【0035】
すなわち、本発明は、リソバクター(Lysobacter)属に属する受託番号NITE P−870の微生物又はその自然的若しくは人工的に変異した微生物であって、抗菌活性を有する抗生物質を産生する能力を有する微生物である。また、配列表の配列番号1で示される16S rRNA領域の塩基配列を有する上記の微生物である。
【0036】
更に好ましくは、本発明は、産生される抗生物質が、少なくともメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)及びバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に対して抗菌活性を有するものである上記の微生物である。すなわち、少なくともMRSA及びVREに抗菌活性を有する抗生物質を産生する能力を有しているNITE P−870の微生物や、NITE P−870から変異した微生物は、更に好ましい本発明の微生物に含まれるものである。また言うまでもなく、その変異には自然的な変異と人工的な変異を含むものである。
【0037】
(本発明微生物の培養方法)
本発明のRH2180−5の培養方法は、リソバクター属の微生物に対して行われる一般的な培養方法に準じて行えばよい。具体的には、RH2180−5を、YME培地、SGM培地、CDY培地等の栄養源含有培地に接種し、好気的条件下で培養を行う。培地中の炭素源としては、例えば、D−グルコース、D−フラクトース、シュクロース、デンプン、デキストリン、グリセリン、糖蜜、水飴、油脂類等の有機炭素化合物が用いられ、窒素源としては、肉エキス、カゼイン、ペプトン、酵母エキス、乾燥酵母、胚芽、大豆粉、尿素、アミノ酸、アンモニウム塩等の有機・無機窒素化合物を用いることができる。また、塩類は、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、リン酸塩、鉄塩、銅塩、亜鉛塩、コバルト塩等の無機塩類を必要に応じて適宜添加する。更に、ビオチン、ビタミンB1、シスチン、オレイン酸メチル、ラード油等の生育促進物質を添加することが、目的物の産生量を増加させる点で好ましい。また、シリコン油や界面活性剤等の消泡剤を添加してもよい。
【0038】
培養条件は、先に記したように好気的条件下で培養するのが好ましく、液体培養法であれば通気攪拌培養が望ましい。小規模であればフラスコによる振とう培養法を用いてもよい。培養温度は20℃〜40℃で可能であるが、25℃〜35℃間に保つことが好ましく、27℃〜32℃で行うことがより好ましい。培養pHは、6〜8が好ましく、7付近で行うことが特に好ましい。培養期間は、用いた培地組成、培養温度等により変動するファクターであるが、RH2180−5の場合、通常は1〜20日間程度、好ましくは4〜7日間程度の短期間に充分な量の目的物を確保することができる。
【0039】
(抗菌活性成分の精製方法)
RH2180−5の培養物からの抗菌活性成分の回収は、通常の微生物培養物から生理活性物質を回収し精製する方法で行えばよい。ここで培養物とは、培養上清、培養菌体、培養菌体破砕物を含むものである。例えば、培養物に抽出処理としてアセトン等の適当な有機溶媒を加えて懸濁した後に、遠心分離やろ過膜分離等を行って菌体と分離した抽出上清に対して、通常用いられる単離精製処理を加えればよい。また必要に応じて残った菌体残渣を摩砕処理等してから再度抽出処理を行ってもよい。
【0040】
通常単離精製に用いられる溶媒や分離手法は、最小生育阻止濃度(以下、「MIC」と略記する)で判定された抗菌活性を指標として、その取捨選択が行われる。単なる抗菌活性の分離、濃縮であれば基本的にそのような手法でも問題はない。しかしながら、本発明のRH2180−5の産生する抗生物質の単離精製に当たっては、MICの結果だけでなく、特許文献5で示したカイコ黄色ブドウ球菌感染モデルに対する治療効果を指標とした選択を行っている。その結果、MICの結果だけでは濃縮・単離することが困難であったと考えられる「本発明のRH2180−5」の産生する新規な抗生物質の濃縮・精製が成し遂げられたのである。そこで、その点に関し次に記載する。
【0041】
(カイコ黄色ブドウ球菌感染モデルにおける治療効果を指標とした抗生物質の単離精製)
多くの菌株から有用菌株の絞込みを行う一次スクリーニングは、抗菌活性を評価する方法であれば何れの方法でも行うことができるが、例えば、MICを指標として各種菌株の培養上清中に黄色ブドウ球菌に対して抗菌活性の認められた検体をピックアップすることができる。その後、各精製工程で得られた検体は、カイコ黄色ブドウ球菌感染モデルに供することで、その検体の治療効果を検討することができる。
【0042】
カイコ黄色ブドウ球菌感染モデルに対して治療効果の認められた検体については、更に単離精製操作を行い、カイコ黄色ブドウ球菌感染モデルに、各精製段階の検体を投与して、行った単離精製操作の種類や手法による治療効果の濃縮度を確認する。このような「治療効果を指標にした検体や精製操作方法の取捨選択方法」は、カイコ黄色ブドウ球菌感染モデルを利用することによって始めて成し遂げられたものである。
【0043】
表1の結果は、RH2180−5の培養液から精製される各精製段階の検体の抗菌活性MICと、カイコ感染モデルの治療効果ED50をまとめたものである。表1中、全活性「unit」とは、体重1gの黄色ブドウ球菌に感染したカイコの、50%の確率で生存に必要な活性量と定義される。
【0044】
表1に示すように、極めて興味深いことに、行った単離精製操作によって、抗菌活性の濃縮度と、治療効果の濃縮度は、必ずしも一致しないことが明らかとなった。表1の結果は、ED50が300倍に濃縮されているのに対し、MICは、この場合に行った単離精製方法では、5倍に濃縮されているに過ぎないことを示している。
【0045】
【表1】

【0046】
つまり、本発明のRH2180−5は、カイコ黄色ブドウ球菌感染モデルを用いた治療効果を指標とした単離精製方法を用いることによって効果的に見出されたものと考えることができる。なぜならば、従来から行われている抗菌活性のみを指標として目的物の単離精製を行った場合には、治療効果の点では有効でない抗菌活性成分が濃縮されてしまい、生体内で治療効果の高い抗生物質を見逃してしまう可能性が高かったと、表1の結果から考えられるからである。そしてその場合には、本発明のRH2180−5の有用性を確認することはできずに、RH2180−5の存在自体を見逃してしまった可能性が高いのである。従って、本発明の新規微生物(RH2180−5)を世の中に提供するにあたり、カイコ黄色ブドウ球菌感染モデルを用いる治療効果を指標とした取捨選択が行われ、新規な抗生物質が得られたことは非常に重要と考えられる。
【0047】
以下に、本発明の上記微生物の培養液から、該微生物の産生した抗生物質を得ることを特徴とする抗生物質の製造方法と、本発明の上記微生物の培養液から、該微生物の産生した、少なくともMRSA及びVREに対して抗菌活性を有する抗生物質を得ることを特徴とする抗生物質の製造方法の具体的な内容について記載する。
【0048】
(抗生物質の単離精製方法)
カイコ黄色ブドウ球菌感染モデルにおける治療効果を指標として選択される単離精製方法としては特に限定はないが、培養物の溶媒抽出、転溶、水沈殿、ODSカラム等によるクロマトグラフィー、ODSカラム等を用いたRP−HPLCによる分取等が挙げられる。上記溶媒抽出の溶媒や転溶の溶媒としては特に限定はないが、アセトン等の水溶性溶媒;ブタノール等の親水性溶媒;それらの混合溶媒;水と親水性溶媒との混合溶媒;水と水溶性溶媒との混合溶媒;等が好ましい。また、ODSカラムの代わりに、オクチル基やブチル基で修飾した担体、ポリスチレン系のポリマー担体等を充填したカラムを用いてもよい。表1参照。
【0049】
なお、上記した単離精製方法は一例に過ぎず、最終的に目的とする抗生物質が得られる方法であれば、如何なる単離精製方法であってもよい。
【0050】
(単離精製された抗生物質の構造解析)
以上のRP−HPLCによって、RH2180−5の培養物から9つのピークに分けられる化合物を分取することができた(図1)。これらはUV吸収パターンが類似していることから互いに類似する化合物であり、RP−HPLCより前段階の単離精製方法によっては単一の成分となっている。
【0051】
これらの9つのピークのうち主要なピークであるピーク5のRP−HPLC精製標品の構造解析は次の解析手段により行われた。すなわち、精密質量分析による分子量測定、酸加水分解処理後のアミノ酸分析(図2)、H−NMR解析や13C−NMR解析(図3)、TOF(Time of Flight:飛行時間型)MS解析(図4)等を実施した結果、Thr、Glu、Glu、Argがそれぞれ2分子、Ser、Gly、Ileがそれぞれ1分子検出され(図2)、図5に示す新規骨格構造を有する新規抗生物質(以下、「RH2180−5Peak5物質」と表記する)であることが判明した。
【0052】
(抗菌スペクトル)
上記各ピークの抗生物質の示す抗菌スペクトルは、微量液体希釈法等で得られたMICによって検討することができる。それによって、例えば、RH2180−5Peak5物質は、表2に示すように、黄色ブドウ球菌、腸球菌等のグラム陽性細菌に対して抗菌活性を示すことを確認することができた。更に、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)だけでなくバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に対しても通常の細菌と同様の抗菌活性を有し、多剤耐性細菌にも有効であることを確認することができた。表2、後述の表6参照。
【0053】
以上から、本発明の抗生物質は、前記の微生物の培養液から得られる、該微生物の産生した抗生物質であって、少なくとも、MRSA及びVREに対して抗菌活性を有することを特徴とする抗生物質である。
【0054】
【表2】

【0055】
(マウス黄色ブドウ球菌感染モデルにおける治療効果)
RH2180−5の産生する抗生物質は、各精製工程においてカイコ黄色ブドウ球菌感染モデルにおいてその治療効果を有することが確認されている。前記特許文献5において、カイコ黄色ブドウ球菌感染モデルに治療効果を示す物質は、マウス感染モデルに対しても治療効果を示すことが確認されている。そこで、RH2180−5Peak5物質に対しても同様の確認を行ったところ、RH2180−5Peak5物質はマウス感染モデルにおいても治療効果を示し、そのED50値は0.6mg/kgとなりバンコマイシンの1.6mg/kgよりも明確に低く治療効果の高いことが確認された。表3参照。
【0056】
また、マウスに対する急性毒性試験の結果は、50mg/kgの投与量ではマウスは殺傷されなかったことから、RH2180−5Peak5物質は低毒性であることが期待できる。
【0057】
【表3】

【0058】
以上の結果から、本発明のRH2180−5の産生する抗生物質RH2180−5Peak5物質は、MRSAに対してバンコマイシンに比べて優れたED50値を示し高い治療効果を示すと共に、臨床上非常に問題となっているMRSAだけでなくVREにも有効性を示すという優れた特徴を有していることが確認できた。また、治療効果を示す他の画分中の物質も、RH2180−5Peak5物質と同様のUVスペクトルを示すことから類似する化合物と考えられ、従って、抗菌スペクトルも同様の傾向を示すと予想される。以上の結果は、発明者が見出したRH2180−5が有用性の高い新規微生物であることを示すものである。
【0059】
RH2180−5の産生する化合物が、上記したように、新規な環状ペプチド構造を基本骨格とする新規な化合物であること、また、その化合物がMRSAだけでなくVREにも抗菌活性を示し、MRSAによる感染症に対しマウスにおいて治療効果が確認され、このような抗菌スペクトルは知られていなかったこと等を含め総合的に判断した結果、RH2180−5は、新規な微生物株であると判断した。
【0060】
9つのピークのうちの主要なピークであるピーク5からのRP−HPLC精製標品と同様に、その他のピークも、精密質量分析による分子量測定、酸加水分解処理後のアミノ酸分析、H−NMRと13C−NMRによる解析、TOF型MS解析、UVスペクトル、赤外線吸収スペクトル(IR)で構造解析した結果、9つのピークを与える化合物は、下記式(1)と表4で示される化合物であった。
【0061】
【化2】

[式(1)中、Rは水酸基を1つ有する炭素数が7、8又は9のアシル基を示し、Rはメチル基又は水素原子を示し、Rはエチル基又はメチル基を示す。]
【0062】
【表4】

表4中、「高分解能質量分析」は、HR TOF MS m/z(M+H)
【0063】
本発明は、リソバクター(Lysobacter)属に属する受託番号NITE P−870の微生物又はその自然的若しくは人工的に変異した微生物の培養液から得られる、該微生物の産生した抗生物質であって、少なくともメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)及びバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に対して抗菌活性を有する上記式(1)で示される化合物又はその製薬学的に許容される塩である抗生物質でもある。
【0064】
検討例2に示すように、各ピーク物質の示すMIC値自体は、従来報告されている抗菌剤に比べると大きい値となっているものの、通常の菌とその多剤耐性菌との比較においては、MIC値はほとんど同等の値を示し、各ピーク物質の抗菌活性は多剤耐性の影響を受けていないことが確認された。
【実施例】
【0065】
以下、実施例、検討例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0066】
実施例1
<RH2180−5Peak5物質の単離精製>
(1)抗菌活性を有する微生物のMICによる探索
各地から採取した土壌を生理食塩水に懸濁し、その上清をGA培地及びHV培地に塗布し、30℃でインキュベート後に生育した菌を分離し、YME培地又はSGM培地、CDY培地にて30℃で5日間培養した。アセトンを等量加え、懸濁後に遠心分離しその上清をエバポレーションした。得られた残存物を生理食塩水で希釈後に黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性を微量液体希釈法によるMICにて評価した。その結果、14346株中、3487株の培養上清に抗菌活性が認められた。
【0067】
(2)カイコ黄色ブドウ球菌感染モデル(以下、「カイコモデル」と略記する)を用いた治療活性物質を産生する微生物株の検討
先の抗菌活性が認められた3487株の検体を、カイコモデルに供してその治療効果を検討したところ、45株の培養上清に治療効果が認められた。
【0068】
(3)カイコモデルを用いた治療効果を指標とした治療活性物質の精製
上記45株中、沖縄で採取された土壌から分離されたRH2180−5について、培養上清からの治療活性物質の精製を実施した。RH2180−5は、後述する16S rRNA配列の解析、酸性物質の傾向等から、新規リソバクター(Lysobacter)属の微生物と判定された。
【0069】
RH2180−5を、YME培地1200mLに接種して培養し、培養物の50%アセトン抽出物からカイコモデルにおける治療効果を指標に治療効果を示す抗生物質の精製方法を検討した。その結果、ブタノール転溶、水沈殿、ODSカラムによるクロマトグラフィー、更にODSカラムを用いたRP−HPLC(逆相HPLC)により、治療効果を示す抗生物質が精製された。
【0070】
表1に示したように、以上の精製工程により、治療効果(ED50値)の比活性は、アセトン抽出物の300倍に上昇した。一方、抗菌活性(MIC)の上昇は5倍に留まった。これは、精製の出発材料である培養上清のアセトン抽出物の示す抗菌活性には最終精製物の治療効果を示す抗生物質以外の物質も関与し、今回選択された精製工程によりそれらの物質が除去されたためと推定される。
【0071】
また、上記RP−HPLCにおいて、UV吸収パターンの類似した9つの化合物が検出されていることから、RH2180−5は少なくとも9つの関連化合物を産生していると考えられた。
【0072】
実施例2
<RH2180−5の培養とRH2180−5Peak5物質の製造>
RH2180−5の斜面培養から白金耳で菌を掻き取り、100mLのYME培地を入れた500mL容の三角フラスコに接種し、30℃で3日間振とう培養を行い種培養液とした。次いで、この種培養液1.0mLを、先の液体培地100mLを入れた500mL容の三角フラスコ12本に接種し、30℃で5日間振とう培養を行った。
【0073】
このようにして得た培養液にアセトンを等量混合し、この混合液を充分に攪拌した後に遠心分離を行い、遠心上清をエバポレーションしてアセトンを除去した。次いで、この試料をブタノール転溶に供した。ブタノール転溶はアセトン抽出物を80mLの水に懸濁し、等量のブタノールを添加して充分に振とうした後、静置、分液ロートにてブタノール層を分取し、減圧乾固後水沈殿に供した。水沈殿は先の試料を80mLの水に懸濁し、遠心後に水を取り除き、沈殿物を分取した。
【0074】
ブタノール抽出物残渣75mgのサンプルを60%メタノールに溶解し、Waters、Sep−paK(登録商標)C18、25mLを用いて、0.1%TFAを含む60%−100%メタノールで10%ごとに20mLの液で溶出させた。その結果、70%−80%メタノール画分で治療効果を示す抗生物質含有画分が溶出された。
【0075】
先の治療効果を示す抗生物質含有画分をプールして乾固させ、内22mgを50%メタノールに溶解し、Senshu PaK SP−100 ODSカラム(直径20mmX長さ250mm)を用いて、75%−95%メタノール+0.1%TFAにて溶出させた。この条件のPR−HPLCにより治療効果を示す抗生物質含有画分は、それぞれ単一物質からなる9つのピークを示す物質に分画された。
【0076】
以上のRP−HPLCにおいて、治療効果を示す抗生物質含有画分は、ピーク5を主要成分とする9つの類似したUV吸収パターン(UV装置Waters2996 photo diode array)を有する化合物群からなっていることが確認された。図1参照。以上の操作により、RH2180−5Peak5物質を5.3mg得た。
【0077】
<RH2180−5Peak5物質の構造解析>
RH2180−5Peak5物質を、ブルカー・ダルトニクス社(BrukerDaltonics)BioTOF−Q質量分析器による精密質量分析に供した結果、分子量は1616.9[ESI−TOF−MSで、(M+H)が、m/z=1617.8755]であることが分かった。また、6N塩酸下、105℃で一晩加水分解処理をした後に、日立アミノ酸分析機によりアミノ酸分析を行ったところ、各々2分子のThr、Glu、Argと、各々1分子のSer、Gly、Ileが検出された(図2)。更に、日本電子ECA−500NMRによるH、13C−NMR解析(図3)、TOF−MS解析(図4)の結果、RH2180−5Peak5物質は、図5に示す新規骨格を有する化合物であることが明らかとなった。
【0078】
更に、酸加水分解を行ったRH2180−5Peak5物質について、キラルカラムによるD,L体の決定を行ったところ、Ile,Ser,Leu,2個のThrはL体で、N−MePhe,2個のArg,TrpはD体であることが明らかになった。
GlnとGluについては、酸加水分解の結果では両方ともGluとなり、D,L体が1:1で検出されたため、グルタミンおよびグルタミン酸を含むペプチドに対して、ビス(1,1―トリフルオロアセトキシ)ヨードベンゼンを反応させることにより、グルタミンをジアミノ酪酸に変換し、加水分解後、反応しなかったグルタミン酸について、キラルカラムによる絶対配置の決定を行ったところ、GlnがD体、GluがL体であることが明らかになった。(この分解法によるペプチドのD,L体の決定法は本願において初めて行われた新規の方法である。)
脂肪酸鎖の水酸基については、改良モッシャー法により絶対配置Rを決定した。
その結果、RH2180−5Peak5物質は、各アミノ酸が図6に示す立体構造を有する新規な環状ペプチド化合物であることが分かった。
【0079】
<RH2180−5Peak5物質の抗菌スペクトル>
RH2180−5Peak5物質の各種細菌に対する抗菌スペクトルを微量液体希釈法によるMICにより検討した。その結果を表2に示す。MICの結果から、本物質は黄色ブドウ球菌、腸球菌に抗菌活性を示すことからグラム陽性細菌に対して抗菌活性を示すことが明らかとなった。またメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)だけでなくバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に対しても抗菌活性を示したことから、多剤耐性菌に対しても有効であると考えられた。今回の結果で示されたMICの値は、従来報告のある抗生物質と比べて低い値でなく、特に高い抗菌活性を示したものではないが、治療効果については、後述する治療効果の検討により、バンコマイシンと比べた場合、バンコマイシン以上の治療効果を有することが確認された。
【0080】
<RH2180−5Peak5物質のマウス黄色ブドウ球菌感染モデル(マウスモデル)における治療効果と毒性の検討>
7%ムチン+0.2mMクエン酸鉄(III)アンモニウム(Ferric ammonium citrate)に、黄色ブドウ球菌Smith株を懸濁し、6.2×10個(20×LD50)を一群5匹のマウス(ICR雌4週齢)の腹腔に投与した。各薬剤は、以下に示す方法で先の菌株投与2時間後に皮下注射した。
【0081】
上記マウスモデルに対してPBSに溶解したRH2180−5Peak5物質を25mg/kg、12.5mg/kg、6.3mg/kgとなるよう皮下注射し、投与後、翌日の生存数を測定することでその治療効果(ED50値)を検討した(1群5匹)。同様にしてバンコマイシンについても、今回用いたマウスモデルに対するED50値を検討した。RH2180−5Peak5物質の場合、PBS投与で生存なしの条件で、25mg/kgの投与量でマウス全匹の生存が確認された。また、ED50値はプロビット法により求めた。
【0082】
得られた結果を表3に示す。RH2180−5Peak5物質はマウスモデルに対して治療効果を示し、そのED50値は0.6mg/kgとなり、同時に検討したバンコマイシンのED50値1.6mg/kgより明確に低く、黄色ブドウ球菌に対して治療効果の高い抗生物質であることが確認された。
【0083】
また、RH2180−5Peak5物質をマウスに皮下投与し、投与後翌日の観察によりマウスに対するRH2180−5Peak5物質の急性毒性についても検討した。急性毒性は、ED50値の80倍量に相当する50mg/kgの投与量では毒性を認めなかったことから、RH2180−5Peak5物質は低毒性であることが示唆された。
【0084】
検討例1
<16S rRNA解析>
RH2180−5の16S rRNAの塩基をコロニーPCR法によって増幅し、増幅できたRNA断片についてシーケンサーによって解析した。その結果、5’末端側、3’末端側のいくつかの塩基を除く、配列表の配列番号1に示すほぼ16S rRNA領域全長に相当する塩基配列を決定した。この塩基配列を元にNCBIのBLASTを用いて既存菌株との相同性検索を行った。その結果RH2180−5は、Lysobacter enzymogenes DSM 2043T株と99%の相同性を示したことから、Lysobacter属に属する微生物であると考えられた。
【0085】
<RH2180−5の新規性について>
RH2180−5は、Lysobacter enzymogenes DSM 2043T株と化学的性質について相似する点が多いが、産生する生理活性物質の抗菌スペクトルが異なること、これまで報告されていない新規で有用なRH2180−5Peak5物質を産生していることが確認されている点が異なっている。よって、以上の結果から、RH2180−5は、リソバクター(Lysobacter)属に属する新規な菌株であると判定した。
【0086】
検討例2
<各ピーク物質の多剤耐性菌と薬剤耐性を有さない菌に対する抗菌活性の比較検討>
試料量の少ないピーク1物質を除くピーク2物質からピーク9物質の8つの本発明の新規な環状ペプチド化合物について、多剤耐性菌と薬剤耐性を有さない菌に対する抗菌活性の比較検討を行った。
【0087】
試験対象菌には、黄色ブドウ球菌と腸球菌を選択し、微生物も同じMSSA1とEF1、MRSA3とMRSA4及びVREについて各ピーク物質の示すMIC値をCLSI(旧NCCLS米国臨床検査標準委員会)に基づく微量検体希釈法によって測定した。その結果を表5に示す。
【0088】
【表5】

MIC(μg/mL)
【0089】
MSSA1:黄色ブドウ球菌
MRSA3:OX,FL,KM,TC,EM耐性黄色ブドウ球菌
MRSA4:OX,FL,KM,CP,CPLX耐性黄色ブドウ球菌
EF1 :腸球菌
VRE :バンコマイシン耐性腸球菌
【0090】
OX:オキサシリン、FL:フロモキエフ、KM:カナマイシン、
TC:テトラサイクリン、CP:クロラムフェニコール、EM:エリスロマイシン
CPLX:シプロフロキサシン
【0091】
その結果、各ピーク物質の示すMIC値自体は従来報告されている抗菌剤に比べると大きい値となっているものの、通常の菌とその多剤耐性菌(MSSA1とMRSA3,MRSA4との間、EF1とVRE間)の比較においては、MIC値はほとんど同等の値を示し、各ピーク物質の抗菌活性は多剤耐性の影響を受けていないことが確認された。
【0092】
なお、抗菌活性と治療効果は必ずしも一致していないことが確認されている。例えば、MSSAに対するMIC値が表5の場合で6.3μg/mL、表2の場合で5μg/mLを示したRH2180−5Peak5物質は、マウス黄色ブドウ球菌感染モデルに対する治療効果(ED50値)の検討結果ではバンコマイシンの1/3程度のED50値を示しており、高い治療効果を示すことが確認されている。
【0093】
MIC値5μg/mLや6μg/mLは、バンコマイシンでは耐性菌の示すMIC値とされている水準であるにもかかわらず、前記式(1)で示される化合物が充分な治療効果を示す理由の一つとして本化合物が既存薬とは異なった作用機序で抗菌活性を示し、それが治療効果に反映している可能性が考えられる。既存薬と異なった作用機序で抗菌活性を示している場合は、少なくとも現時点での耐性菌の分離頻度が低いことが予測され、前記式(1)で示される化合物の有利な点と考えられる。
【0094】
検討例3
<RH2180−5Peak5物質の抗菌スペクトルの検討>
先のRH2180−5Peak5物質の、MRSA、VREを含む各種の微生物に対する抗菌スペクトルの検討を行った。10%血清を添加した場合と血清を添加しなかった場合それぞれのMIC値をCLSI(旧NCCLS米国臨床検査標準委員会)に基づく微量検体希釈法によって測定した。測定結果を表6に示す。
【0095】
【表6】

【0096】
表6の結果より、RH2180−5Peak5物質は、グラム陽性菌に対し有効であり、血清の添加によって活性が上昇することが確認できた。
【0097】
検討例4
<RH2180−5Peak5物質の殺菌活性の検討>
CA−Mueller Hinton Broth培地に1.8x10個の黄色ブドウ球菌を摂取し、先のRH2180−5Peak5物質(25μg/mL)、バンコマイシン(VM、5μg/mL)、ゲンタマイシン(GM、2.5μg/mL)を添加し、15分後、30分後、60分後、120分後の生存細胞数をCFU(colony forming unit/mL)として求めた。結果を表7に示す。
【0098】
【表7】

【0099】
表7の結果より、RH2180−5Peak5物質を添加すると、バンコマイシン、ゲンタマイシンを添加した場合と比較して直ちに黄色ブドウ球菌が減少することが確認できた。
【0100】
検討例5
<RH2180−5Peak5物質の溶菌活性の検討>
CA−Mueller Hinton Broth培地に黄色ブドウ球菌液を希釈し、RH2180−5Peak5物質、バンコマイシン、ダプトマイシンを試験例1で用いたときの5倍の濃度で添加し、37℃で培養した。吸光度計(島津製作所社製)を用いて、添加後の600nmにおける吸光度(OD600)を経時的に測定した。結果を図7に示す。
【0101】
図7の結果より、RH2180−5Peak5物質が、バンコマイシン、ダプトマイシンと比較して吸光度(OD600)の減少が大きかったことから、溶菌活性を示すことが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明の新規微生物株RH2180−5は、新たな抗生物質の製造方法とその抗生物質を提供することができるという産業上の利用可能性を有している。
【受託番号】
【0103】
国内寄託:NITE P−870
ブダペスト条約に基づく寄託:NITE BP−870
【配列表フリーテキスト】
【0104】
配列表の配列番号1は、リソバクター(Lysobacter)属に属する未知の菌株の、16S rRNAのほぼ全長にあたる塩基配列である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リソバクター(Lysobacter)属に属する受託番号NITE P−870の微生物又はその自然的若しくは人工的に変異した微生物であって、抗菌活性を有する抗生物質を産生する能力を有する微生物。
【請求項2】
上記抗生物質が、少なくともメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)及びバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に対して抗菌活性を有するものである請求項1に記載の微生物。
【請求項3】
配列表の配列番号1で示される16S rRNA領域の塩基配列を有する請求項1又は請求項2に記載の微生物。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3の何れかの請求項に記載の微生物の培養液から、該微生物の産生した抗生物質を得ることを特徴とする抗生物質の製造方法。
【請求項5】
請求項1ないし請求項3の何れかの請求項に記載の微生物の培養液から、該微生物の産生した、少なくともメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)及びバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に対して抗菌活性を有する抗生物質を得ることを特徴とする抗生物質の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし請求項3の何れかの請求項に記載の微生物の培養液から得られる、該微生物の産生した抗生物質であって、少なくともメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)及びバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に対して抗菌活性を有することを特徴とする抗生物質。
【請求項7】
下記式(1)で示される化合物又はその製薬学的に許容される塩である請求項6記載の抗生物質。
【化1】

[式(1)中、Rは水酸基を1つ有する炭素数が7、8又は9のアシル基を示し、Rはメチル基又は水素原子を示し、Rはエチル基又はメチル基を示す。]

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−5480(P2012−5480A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−116486(P2011−116486)
【出願日】平成23年5月25日(2011.5.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人医薬基盤研究所、基礎研究推進事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501481492)株式会社ゲノム創薬研究所 (25)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】