説明

抗癌剤の効果増強剤

本発明の課題は、癌に対して優れた治療効果を得るための抗癌剤の効果増強剤を提供することである。そしてその解決手段である本発明の抗癌剤の効果増強剤は、一酸化窒素供与剤を有効成分としてなることを特徴とする。本発明によれば、外科手術ができなくて、化学療法が最も難しい癌の一つである進行癌については未だ有効な治療方法が確立されていないと言わざるを得ない現状にある非小細胞肺癌に対して優れた治療効果を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌に対して優れた治療効果を得るための抗癌剤の効果増強剤に関する。
【背景技術】
【0002】
古くから抗癌剤の研究開発が精力的に行われてきた結果、今日、各種の抗癌剤が種々の癌に対する化学療法において用いられ、治療効果を得ていることは周知の通りである。しかしながら、全ての癌に対して有効な抗癌剤は存在せず、抗癌剤による癌の治療効果には限界があることもまた周知の通りである。
【0003】
抗癌剤による癌の治療効果に限界があることの一因として、固形癌内部の低酸素状態がその治療に対する抵抗性に関与していることが報告されている。例えば、非特許文献1(Matthews NE, Adams MA, Maxwell LR, Gofton TE, Graham CH. Nitric oxide-mediated regulation of chemosensitivity in cancer cells. J. Natl. Cancer Inst., 2001; 93: 1879-1885)では、実際に多種の癌細胞株を用いた実験において、低酸素状態が癌の抗癌剤に対する抵抗性を亢進させることが示されている。この文献においては、抗癌剤を癌細胞株の培養液に混入することで、癌細胞が抗癌剤に直接暴露されても、低酸素状態で暴露された場合には、通常の酸素状態で暴露された場合よりも、その生存率が2倍以上も高いことが明らかにされている。また、低酸素状態は、内因性の一酸化窒素(NO)産生を抑制することで、癌細胞の抗癌剤に対する抵抗性を増強し、外因性のNO供与剤を投与することで、低酸素状態による抗癌剤に対する抵抗性が改善されることが明らかにされている。その他、非特許文献2(Jordan BF, Misson PD, Demeure R, Baudelet C, Beghein N, Gallez B. Changes In tumor oxygenation/perfusion induced by the NO donor, Isosorbide dinitrate, In comparison with carbogen: monitoring by EPR and MRI. Int. J. Radiation Oncology Biol. Phys., 2000; 48: 565-570)では、NO供与剤である二硝酸イソソルビドは、血流の増加によって癌内部の酸素分圧を改善することが示唆されている。非特許文献3(Liang BC. Effects of hypoxia on drug resistance phenotype and genotype in human glioma cell lines. J. Neurooncol., 1996; 29: 149-155)では、神経膠腫細胞株を低酸素状態に置くと、抗癌剤に対して抵抗性を示すことが明らかにされている。非特許文献4(Sanna K, Rofstad EK. Hypoxia-induced resistance to doxorubicine and methotraxate in human melanoma cell lines in vitro. Int. J. Cancer, 1994; 58: 258-262)では、ヒトメラノーマ細胞株を低酸素状態に置くと、抗癌剤に対して抵抗性を示すことが明らかにされている。即ち、これらの報告によれば、抗癌剤が癌細胞にただ単に多く分配されても、腫瘍組織内の低酸素状態が改善されなければ、癌細胞死が促進されないということである。そして、非特許文献1や非特許文献2は、NO供与剤が固形癌内部の低酸素状態の改善に有効に機能しうることを示唆している。
【0004】
しかしながら、いずれの報告においても、ヒト臨床医学において抗癌剤による癌の治療効果を実際にNOが高めることは実証されていない。それどころか、NOには腫瘍を増大させ、その進展を促進させる作用があることを示唆する報告も数多く存在する。例えば、非特許文献5(Gallo O, Masini E, Morbidelli L, Franchi A, et al. Role of nitric oxide in angiogenesis in head and neck cancer. J. Natl. Cancer Inst., 1998; 90: 587-596)では、ヒト頭頚部癌組織標本においてNO産生に関与するNO合成酵素(NOS)を調べ、リンパ節転移を伴う進行癌症例ではNOSの発現量が高く、リンパ節内の血管密度がリンパ節転移陽性群で高いことが示されている。この文献では、さらにウサギの角膜を用いて、ヒト頭頚部癌症例から得た癌組織に対するNOの腫瘍血管新生効果についても検討がされている。これによると、対照群に比較してNOS抑制剤であるL-NAME投与群では、腫瘍新生血管は有意に少なく、癌の進展が抑えられることが示唆されており、NOには腫瘍新生血管を介して癌組織の増大と進展を促す作用があることが示されている。また、非特許文献6(Edwards P, Cendab JC, Topping DB, Moldawer LL, Mackay S, Copeland EM, Lind DS. Tumor cell nitric oxide inhibits cell growth in vitro, but stimulates tumorigenesis and experimental lung matastasis in vivo. J. Surg. Res., 1996; 63: 49-52)では、EMT-6細胞(マウス乳癌細胞株)を用いてLPS/IFN-γによる刺激でNO産生を促進させるという培養細胞を用いた実験を行うと腫瘍細胞の増殖は抑制されるが、同じ細胞をBALB/cマウスに移植してLPS/IFN-γで刺激すると対照群に比較して腫瘍組織と肺転移が2倍に増加し、培養細胞を用いた実験(in vitro実験)と動物実験(in vivo実験)との間で実験結果が全く正反対になることを示している。また、非特許文献7(Ambs S, Merriam WG, Ogunfusika MO, Bennett WP, Ishibe N, et al. p53 and vascular endothelial growth factor regulate tumor growth of NOS2-expressing human carcinoma cells. Nature Med., 1998; 4: 1371-1376)では、恒常的にNO合成を行うようにNOS遺伝子を導入したヒト癌細胞株を無胸腺のヌードマウスに移植した動物実験において、血管新生と癌の進展に対するNOの影響を調べている。ここでは、癌抑制遺伝子p53の活性の有無との関係について検討されており、p53活性がある(wild type p53)癌細胞株をヌードマウスに移植した腫瘍組織では、内因性NOは腫瘍細胞の増殖を抑制する一方、p53活性が乏しい(mutant p53)癌細胞株をヌードマウスに移植した腫瘍組織では、内因性NOはVEGF発現と血管新生を促し、腫瘍細胞の増殖を促進することが示されている。また、非特許文献8(DC Jenkins, IG Charles, LL Thomsen, DW Moss, LS Holmes, SA Baylis, P Rhodes, K Westmore, PC Emson, S Moncada. Roles of Nitric Oxide in Tumor Growth. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 1995; 92: 4392-4396)では、ヒト乳癌や婦人科領域の癌においては、NOの産生と癌の増殖が正の相関を示すことが示されている。また、非特許文献9(Lala PK, Chakraborty C. Role of nitric oxide in carcinogenesis and tumour progression. Lancet Oncol., 2001; 2: 149-156)では、誘導型NOSが結腸、肺、咽頭の腫瘍のp53の変異に関与し、NOがシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)活性化を介して腫瘍の増殖を刺激することが示されている。即ち、これらの報告によれば、ヒト臨床医学において、抗癌剤による癌の治療を行う際に、NOを使用することは、患者にとって癌の増大、進展といったマイナス要因となる可能性を強く示唆している。
【0005】
以上の通り、NOの癌に対する作用については、癌を抑制する方向に関与するという報告と、癌を増悪させる方向に関与するという報告が、それぞれ科学的裏付けを伴って数多く存在し、その学術的評価は混沌とした状況にある。また、非特許文献6で示された通り、培養細胞を用いた実験と動物実験との間で実験結果が全く正反対になることは、決して珍しいことではない。このような事情に鑑みれば、例えば、非特許文献1において、培養細胞を用いた実験では、癌細胞株の低酸素状態によって誘導された抗癌剤に対する抵抗性がNO供与剤によって改善されることが示されているが、この知見は、今後の研究の一つの方向性を示すものとしては、価値があるのは間違いないものの、この知見をもってして、NO供与剤に癌組織を縮小させる作用や抗癌剤の効果を増強させる作用があると結論付けることは不可能である。ましてや、ヒト臨床医学において、NO供与剤が抗癌剤の効果を増強すると結論付けることはできないし、してはいけないことである。
【0006】
また、特許文献1(特表2004-508279号公報)では、癌細胞に血液を送る血管の抗癌剤に対する透過性を高めることで、抗癌剤を癌に選択的に送達する方法として、カリウムチャンネル活性化剤としてのNO供与剤を投与する方法が提案されている。しかしながら、動物実験においてですら、癌組織に対する抗癌剤の作用をNO供与剤が増強することを実際に確認せずに、血管透過性増加による抗癌剤の腫瘍組織への移行性増加のみを訴えることによって、NO供与剤が抗癌剤の効果を増強するという飛躍した結論に到達することは、上述したようなNOの癌に対する作用の学術的評価が混沌としている現状においては全く説得力が無い。特許文献1は、実際にヒト臨床医学においてNO供与剤が抗癌剤の効果の増強をもたらすことを結論付けるものには到底及ばない。事実、特許文献1には、この方法によって癌の治療効果の改善を図ることができたことを示すデータは、動物実験のデータすら存在しない。
【0007】
そこで本発明は、癌に対して優れた治療効果を得るための抗癌剤の効果増強剤を提供することを目的とする。
【発明の開示】
【0008】
動物実験でさえ、NO供与剤の投与が癌組織に対してどのような効果があるのか結論がついていない中、この度、本発明者らは、NO供与剤が、化学療法が最も難しい癌の一つであるとされている非小細胞肺癌(non-small cell lung cancer)に対する抗癌剤の治療効果を劇的に改善することを見出した。その背景には、後ろ向き臨床研究が先ず1つにある。それは、狭心症や陳旧性心筋梗塞を既往歴に持ち、NO供与剤を使用している症例で、進行性非小細胞肺癌に罹患し、化学療法(MVP療法)を受けた群(NO併用群、67±8歳、男性比80%)では、オッズ比=30.6(95% CI:3.5-270.4、p<0.0001、Chi-square test)で、圧倒的有意に、同様のMVP療法を受けたNO供与剤非併用群(対照群、65±9歳、男性比76%)より化学療法奏効率が高かったというデータ解析が根拠にあったからである。このデータでは、NO併用群の奏効率は90%(CR; 20%, 2/10、PR; 70%, 7/10、NC; 10%, 1/10、PD; 0%, 0/10)であり、対照群の奏効率は23%(CR; 0%, 0/44、PR; 23%, 10/44、NC; 50%, 22/44、PD; 27%, 12/44)であった(判定方法は後述の実施例を参照のこと)。
【0009】
本発明は、上記の知見に基づいてなされたものであり、本発明の第1の観点と特徴に従えば、NO供与剤を有効成分としてなることを特徴とする抗癌剤の効果増強剤が提供される。
また、本発明の第2の観点と特徴に従えば、第1の特徴に加え、治療対象となる癌が固形癌である。
また、本発明の第3の観点と特徴に従えば、第2の特徴に加え、固形癌が非小細胞肺癌である。
また、本発明の第4の観点と特徴に従えば、第1の特徴に加え、NO供与剤が有機硝酸塩化合物である。
本発明によれば、癌に対して優れた治療効果を得るための抗癌剤の効果増強剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明において、一酸化窒素(NO)供与剤とは、生理条件下でNOを放出することができる薬剤を意味する。例えば、1価又は多価アルコールの硝酸エステルである有機硝酸塩化合物がこの範疇に包含される。その代表例としては、ニトログリセリン(NTG)、ペンタエリスリチル四硝酸塩(PETN)、二硝酸イソソルビド(ISDN)、一硝酸イソソルビド(ISMN)などを挙げることができる。
【0011】
NO供与剤と併用することによって効果が増強される、化学療法に使用する抗癌剤は特段制限されるものではなく、5-フルオロウラシル(5-fluorouracil)、メソトレキセート(methotrexate)、ドキシフルリジン(doxifluridine)、テガフール(tegafur)、シタラビン(cytarabine)、ゲムシタビン(gemcitabine)に例示される代謝拮抗剤、シクロホスファミド(cyclophosphamide)、イホスファミド(ifosfamide)、チオテパ(thiotepa)、カルボコン(carboquone)、塩酸ニムスチン(nimustine hydrochloride)に例示されるアルキル化剤、マイトマイシン(mitomycin)、塩酸ドキソルビシン(doxorubicin hydrochloride)、塩酸アムルビシン(amurubicin hydrochloride)、塩酸ピラルビシン(pirarubicin hydrochloride)、塩酸エピルビシン(epirubicin hydrochloride)、塩酸アクラルビシン(aclarubicin hydrochloride)、塩酸ミトキサントロン(mitoxantrone hydrochloride)、塩酸ブレオマイシン(bleomycin hydrochloride)、硫酸ペプロマイシン(peplomycin sulfate)に例示される抗癌性抗生物質、ドセタキセル(docetaxel)、パクリタキセル(paclitaxel)、ビンクリスチン(vincristine)、ビンデシン(vindesine)、ビノレルビン(vinorelbine)に例示される微小管作用薬、シスプラチン(cisplatin)、カルボプラチン(carboplatin)、ネダプラチン(nedaplatin)に例示される白金製剤、イリノテカン(irinotecan)、塩酸ノギテカン(nogitecan hydrochloride)に例示されるトポイソメラーゼ阻害剤、エトポシド(etoposide)に例示されるアルカロイド系抗癌剤などを挙げることができる。
【0012】
NO供与剤は、例えば、標準化学療法を行う患者に対し、化学療法開始5〜2日前(望ましくは3日前)から投与を開始し、化学療法期間中は投与を継続し、化学療法を終了する時点で投与を中止する。NO供与剤の製剤形態は特段制限されるものではないが、耐性の発現の危険性を加味すれば、血中濃度の制御が容易な経口製剤や経皮製剤であることが望ましい。その投与量は、NO供与剤の本来的な用途である狭心症の治療における投与量に準じればよい。具体的には、ニトログリセリンを用いる場合、錠剤などによる経口投与で1〜50mg/日(1日2分回投与)、貼付剤などによる経皮投与で1〜50mg/日(1日1回貼付)投与すればよい。二硝酸イソソルビドを用いる場合、経口投与で10〜100mg/日(1日2分回投与)、経皮投与で10〜100mg/日(1日1回貼付)投与すればよい。なお、以上の記載は、NO供与剤を抗癌剤と合剤の形態で投与することを否定するものではない。
【0013】
本発明において治療対象となる癌は特段制限されるものではなく、化学療法の対象となる癌であればどのような癌であってもよい。具体的には、頭頚部癌,胃癌,結腸癌,直腸癌,肝臓癌,胆のう・胆管癌,膵臓癌,肺癌,乳癌,膀胱癌,前立腺癌,子宮頚癌などの固形癌や、悪性リンパ腫,白血病などの血液癌を挙げることができる。
【実施例】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の記載によって何ら限定して解釈されるものではない。
【0015】
実施例1:進行性非小細胞肺癌患者に対する化学療法の治療反応性への抗癌剤とNO供与剤の併用効果の前向き無作為化比較試験による検討
(患者の特質)
次の5つの規準に適合する65名の外科手術ができない進行性非小細胞肺癌(NSCLC)患者とした:(a)IIIB期又はIV期である;(b)以前に化学療法や放射線療法を受けていない;(c)イースタン コオペレーティブ オンコロジー グループ(Eastern Cooperative Oncology Group:ECOG)の基準に基づくパフォーマンス ステイタスの評価が0〜2である良好なパフォーマンス ステイタスを持つ;(d)脳転移がない;(e)腎機能、肝機能、血液機能、心機能が十分である。
65名の進行性NSCLC患者の内訳は、扁平上皮癌31名(IIIB期19名、IV期12名)、腺癌29名(IIIB期9名、IV期20名)、大細胞癌5名(IIIB期4名、IV期1名)であり、前向きコホート研究において、化学療法期間中に抗癌剤がNO供与剤と併用又は非併用のもとで投与されるように全ての患者を無作為に振り分けた。
65名の進行性NSCLC患者のうち、32名の患者に対してはNO供与剤と併用のもとで化学療法を施した。NO供与剤は、ニトログリセリン経皮製剤(商品名ニトロダームTTSテープ)25mg/body、1日1回、又は、二硝酸イソソルビド経口製剤(商品名ニトロールR錠)40mg/body、1日2分回のいずれかを化学療法開始3日前から抗癌剤投与終了まで投与した。NO供与剤併用療法群においては、32名の患者のうち21名の患者に対してはMVP療法(シスプラチンCDDPを80mg/m2の量で治療第1日目に、ビノレルビンVNRを25mg/m2の量で治療第1日目と第8日目に、マイトマイシンmitomycinを8mg/m2の量で第1日目に、21日間を化学療法1クールとして投与)を、6名の患者に対してはCDDPとドセタキセル(DOC)を用いた化学療法(CDDPを80mg/m2の量で治療第1日目に、DOCを75mg/m2の量で治療第1日目に、21日間を化学療法1クールとして投与)を、5名の患者に対してはCDDPとVNRを用いた化学療法(CDDPを80mg/m2の量で治療第1日目に、VNRを25mg/m2の量で治療第1日目と第8日目に、21日間を化学療法1クールとして投与)を施した。他方、65名の進行性NSCLC患者のうち、33名の患者に対してはNO供与剤と非併用のもとで化学療法を施した。NO供与剤非併用療法群においては、33名の患者のうち18名の患者に対してはMVP療法(CDDPを80mg/m2の量で治療第1日目に、VNRを25mg/m2の量で治療第1日目と第8日目に、mitomycinを8mg/m2の量で第1日目に、21日間を化学療法1クールとして投与)を、8名の患者に対してはCDDPとDOCを用いた化学療法(CDDPを80mg/m2の量で治療第1日目に、DOCを75mg/m2の量で治療第1日目に、21日間を化学療法1クールとして投与)を、7名の患者に対してはCDDPとVNRを用いた化学療法(CDDPを80mg/m2の量で治療第1日目に、VNRを25mg/m2の量で治療第1日目と第8日目に、21日間を化学療法1クールとして投与)を施した。NO供与剤併用の有無による2群の患者の特質について表1に示す。
【0016】
【表1】

【0017】
(方法)
NO供与剤は、化学療法開始3日前から抗癌剤投与終了まで使用した。抗癌剤の感受性に対するNO供与剤の効果を評価するために、抗癌剤による治療の前後で胸部コンピュータ断層撮影(CT)を行い、腫瘍の大きさを比較した。また、肺癌のリンパ節転移の期別分類を胸部CTと胸部クエン酸ガリウム67シンチグラムで決定した。脳、腹部、骨への転移については、脳CT、腹部CT、テクネシウム99mを用いた骨シンチグラムで決定した。完全寛解(complete response:CR)は、認められていた腫瘍が消失し、少なくとも2週間以上継続した場合とした。部分寛解(partial response:PR)は、病巣における腫瘍の大きさが治療前の大きさの50%以下にまで縮小し、少なくとも4週間以上継続した場合とした。不変(no change:NC)は、1以上の検査可能な病巣において、腫瘍の大きさが治療前の大きさの50%以下にまで縮小しなかった場合、又は、治療前の大きさの25%以上に増大しなかった場合とした。病勢進行(progressive disease:PD)は、1以上の検査可能な病巣において、腫瘍の大きさが治療前の大きさの25%以上に増大した場合、又は、新たな病巣が現れた場合とした。PR又はCRの患者を治療反応性があると分類し、NC又はPDの患者を治療反応性がないと分類した。また、化学療法奏効率を100×(CR+PR)/(CR+PR+NC+PD)の計算式で算出した。生存期間は化学療法の第1クールの開始第1日目を起算日とし、その日から対象患者が死亡した日までの期間、又は、観察期間終了時に患者が生存していた場合にはその日までの期間とした。
化学療法の治療反応性に関わる各要因の寄与度を単変量解析(Chi-square test)及び多変量解析(Logistic regression analysis)によって評価した。患者の生命予後に関わる各要因の寄与度を評価するためにCox回帰分析を行った。Kaplan-Meire法により生存率を分析し、抗癌剤とNO供与剤を投与した患者と抗癌剤だけを投与した患者の間の生存曲線のp値をログランク検定によって求めた。そして0.05未満のp値を統計学的に有意差ありとした。
【0018】
(用語解説その1)
ECOGパフォーマンス ステイタス(PS)
評価0:完全に自立しており、制限を受けることなく発病前と同等にふるまえる。
評価1:肉体的に激しい活動は制限を受けるが、歩行、軽い家事や事務などの軽労働や座業はできる。
評価2:歩行や全ての身の回りのことはできるが、いかなる労働もできない。日中の50%以上は起居している。
評価3:ごく限られた身の回りのことはできるが、日中の50%以上は就床しているか椅子に座っている。
評価4:何もできない。いかなる身の回りのこともできない。終日就床しているか椅子に座っている。
評価5:死亡。
Am. J. Clin. Oncol., 1982; 5: 649-655
【0019】
(用語解説その2)
ブリンクマン インデックス(Brinkman Index)
1日の喫煙本数(箱数)×喫煙期間(年)によって計算される喫煙経歴。
【0020】
(結果)
治療反応性がある患者と治療反応性がない患者の特質を表2と表3に示す。また、Kaplan-Meier分析によって計算したNO供与剤併用群とNO供与剤非併用群の生存曲線を図1に示す。
【0021】
【表2】

【0022】
【表3】

【0023】
抗癌剤とNO供与剤を投与した進行性NSCLC患者と抗癌剤だけを投与した患者の間には、年齢、性別、パフォーマンス ステイタス、喫煙経歴、病期、化学療法については統計学的に有意差がなかった(表1)。進行性NSCLC患者に対する化学療法奏効率についてのNO供与剤を抗癌剤と組み合わせて使用することによる顕著な増強効果が、表2と表3において示すように認められた。化学療法期間中にNO供与剤を投与した患者の奏効率(81%、32名中26名)は、NO供与剤を投与しなかった患者の奏効率(39%、33名中13名)に比較して有意に高かった[オッズ比=6.7(95% CI:2.2-20.7)、p=0.0006、Chi-square test](表2)。NO供与剤の使用は、進行性NSCLC患者における抗癌剤の治療反応性に有意に関与していた(Logistic regression analysis:p<0.01)(表2)。Kaplan-Meier分析は、抗癌剤とNO供与剤を投与した患者の生存期間が抗癌剤だけを投与した患者の生存期間よりも有意に長いことを示した(ログランク検定:p<0.05)。表2と表3における結果は、ニトログリセリンや二硝酸イソソルビドなどのNO供与剤の使用が、進行性NSCLCのIIIB期やIV期にある患者の化学療法の治療反応性を改善することを示すものである。
【0024】
(結論)
抗癌剤とともにNO供与剤を投与した場合、NO供与剤を投与することなく抗癌剤だけを投与した場合に比較して、進行性NSCLC患者の化学療法奏効率と生存期間の改善に多大な付加的効果があることがわかった。
進行性NSCLC、扁平上皮癌、腺癌、大細胞癌の治療は、今なお非常に難しい。なぜならば、進行性NSCLCは外科手術ができないし、最も新しい第3世代の抗癌剤であっても奏効率が非常に低いからである。一方、小細胞肺癌(small cell lung cancer)に対する化学療法奏効率は約70〜80%であり、NSCLCに対する奏効率に比較して有意に高い。世界の多くの国では、胃癌患者の数が年々減少しているのに対し、肺癌患者の数は年々増加している。さらに、肺癌患者の多くはNSCLCである。それ故、進行性NSCLCに対して現存する治療法よりもより効果的な新しい治療法の確立が急務である。この点において、本発明は、NSCLCのみならず他の進行固形癌に対しても奏効率を改善する点においてたいへん意義深いものである。
【0025】
実施例2:マウス肺癌モデルに対する抗癌剤の感受性についてのNO供与剤であるニトログリセリンの併用による改善
(方法)
マウスルイス肺癌(LLC)細胞(肺腺癌細胞)を東北大学医用細胞資源センターより入手し、実験を行うために十分に細胞が増殖するまでDMEM+10%ウシ胎児血清を用いて培養した。LLC細胞をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いて2×105cell/100μlの濃度に調整し、6週齢の雄のC57BL6マウス[日本チャールスリバー社(東京)及び日本クレア社(東京)より購入]の右季肋部に皮下注射して移植した(2×105cell/100μl/マウス)。マウスは特定病原菌不在条件下において殺菌した食餌と水を与えて飼育した。移植した腫瘍の体積が約100mm3まで大きくなったところで、マウスを4群に等分した(対照群;C, NO供与剤投与群;N, 化学療法群;CTX, NO供与剤投与+化学療法群;N+CTX, いずれもn=6)。腫瘍の体積は0.5×(長軸径:mm)×(短軸径:mm)2で計算した。対照群のC57BL6マウスには、週4日(日曜日、月曜日、水曜日、木曜日)PBS100μlを腹腔注射にて投与し、さらにPBS100μlを週2日(月曜日と木曜日)PBSの腹腔注射の30分後に静脈注射にて投与した。実験は2週間に亘って行った。NO供与剤投与群のマウスには、週4日(日曜日、月曜日、水曜日、木曜日)0.02mg/kgで投与が行えるようにPBSで希釈したニトログリセリン100μlを腹腔注射にて投与し、さらにPBS100μlを週2日(月曜日と木曜日)ニトログリセリンの腹腔注射の30分後に静脈注射にて投与した。実験は2週間に亘って行った。化学療法群のマウスには、週4日(日曜日、月曜日、水曜日、木曜日)PBS100μlを腹腔注射にて投与し、さらに3.5mg/kgで投与が行えるようにPBSに溶解したシスプラチン溶液100μlを週2日(月曜日と木曜日)PBSの腹腔注射の30分後に静脈注射にて投与した。実験は2週間に亘って行った。NO供与剤投与+化学療法群のマウスには、週4日(日曜日、月曜日、水曜日、木曜日)0.02mg/kgで投与が行えるようにPBSで希釈したニトログリセリン100μlを腹腔注射にて投与し、さらに3.5mg/kgで投与が行えるようにPBSに溶解したシスプラチン溶液100μlを週2日(月曜日と木曜日)ニトログリセリンの腹腔注射の30分後に静脈注射にて投与した。実験は2週間に亘って行った。シスプラチンとニトログリセリンは日本化薬社(東京)より入手した。腫瘍の体積とマウスの体重を注射開始の後、2日毎に測定した。
【0026】
(結果)
腫瘍の体積の増加曲線を図2に示す。9日後、NO供与剤投与+化学療法群において、化学療法群に比較して腫瘍の体積の有意な縮小が観察された。一方、NO供与剤投与群では、対照群と同様に、化学療法群とNO供与剤投与+化学療法群に比較して急速な腫瘍増殖が認められた。
以上のデータは、特に化学療法が困難な固形癌に対する抗癌剤の感受性の改善にNO供与剤が優れた効果を発揮することから、NO供与剤の抗癌剤の効果増強剤としての新たな商業的利用の機会の拡大につながることを示唆するものである。
【0027】
実施例3:マウス大腸癌モデルに対する抗癌剤の感受性についてのNO供与剤であるニトログリセリンの併用による改善
(方法)
colon26細胞(マウス大腸癌細胞)を東北大学医用細胞資源センターより入手し、実験を行うために十分に細胞が増殖するまでRPMI1640+10%ウシ胎児血清を用いて培養した。colon26細胞をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いて2×105cell/100μlの濃度に調整し、6週齢の雌のBALB/cマウス[日本チャールスリバー社(東京)及び日本クレア社(東京)より購入]の右季肋部に皮下注射して移植した(2×105cell/100μl/マウス)。マウスは特定病原菌不在条件下において殺菌した食餌と水を与えて飼育した。移植した腫瘍の体積が約100mm3まで大きくなったところで、マウスを4群に等分した(対照群;C, NO供与剤投与群;N, 化学療法群;CTX, NO供与剤投与+化学療法群;N+CTX, いずれもn=6)。腫瘍の体積は0.5×(長軸径:mm)×(短軸径:mm)2で計算した。対照群のBALB/cマウスには、週4日(日曜日、月曜日、水曜日、木曜日)PBS100μlを腹腔注射にて投与し、さらにPBS100μlを週2日(月曜日と木曜日)PBSの腹腔注射の30分後に静脈注射にて投与した。実験は2週間に亘って行った。NO供与剤投与群のマウスには、週4日(日曜日、月曜日、水曜日、木曜日)0.02mg/kgで投与が行えるようにPBSで希釈したニトログリセリン100μlを腹腔注射にて投与し、さらにPBS100μlを週2日(月曜日と木曜日)ニトログリセリンの腹腔注射の30分後に静脈注射にて投与した。実験は2週間に亘って行った。化学療法群のマウスには、週4日(日曜日、月曜日、水曜日、木曜日)PBS100μlを腹腔注射にて投与し、さらに3.5mg/kgで投与が行えるようにPBSに溶解したシスプラチン溶液100μlを週2日(月曜日と木曜日)PBSの腹腔注射の30分後に静脈注射にて投与した。実験は2週間に亘って行った。NO供与剤投与+化学療法群のマウスには、週4日(日曜日、月曜日、水曜日、木曜日)0.02mg/kgで投与が行えるようにPBSで希釈したニトログリセリン100μlを腹腔注射にて投与し、さらに3.5mg/kgで投与が行えるようにPBSに溶解したシスプラチン溶液100μlを週2日(月曜日と木曜日)ニトログリセリンの腹腔注射の30分後に静脈注射にて投与した。実験は2週間に亘って行った。シスプラチンとニトログリセリンは日本化薬社(東京)より入手した。腫瘍の体積とマウスの体重を注射開始の後、2日毎に測定した。
【0028】
(結果)
腫瘍の体積の増加曲線を図3に示す。6日後、NO供与剤投与+化学療法群において、化学療法群に比較して腫瘍の体積の有意な縮小が観察された。一方、NO供与剤投与群では、対照群と同様に、化学療法群とNO供与剤投与+化学療法群に比較して急速な腫瘍増殖が認められた。
以上のデータは、NO供与剤を抗癌剤と組み合わせて使用することで、NO供与剤が肺癌に対してのみならず大腸癌に対しても抗癌剤の感受性を改善するという優れた効果を発揮することから、NO供与剤の新たな商業的利用の機会の拡大につながることを示唆するものである。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、癌に対して優れた治療効果を得るための抗癌剤の効果増強剤を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】進行性非小細胞肺癌患者の生存率曲線を示す図である。化学療法期間中にNO供与剤を投与した患者:NO(+)は実線で示し、NO供与剤を投与しなかった患者:NO(-)は点線で示す。p値はログランク検定によって求めた。
【図2】C57BL6マウスを用いた肺癌モデル(マウスルイス肺癌;LLC細胞)における腫瘍の体積の増加曲線を示す図である(対照群;C, NO供与剤投与群;N, 化学療法群;CTX, NO供与剤投与+化学療法群;N+CTX, いずれもn=6)。腫瘍の体積は0.5×(長軸径:mm)×(短軸径:mm)2で計算した。p値はスチューデントt検定によって求めた。
【図3】BALB/cマウスを用いた大腸癌モデル(マウス大腸癌細胞株;colon26細胞)における腫瘍の体積の増加曲線を示す図である(対照群;C, NO供与剤投与群;N, 化学療法群;CTX, NO供与剤投与+化学療法群;N+CTX, いずれもn=6)。腫瘍の体積は0.5×(長軸径:mm)×(短軸径:mm)2で計算した。p値はスチューデントt検定によって求めた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一酸化窒素供与剤を有効成分としてなることを特徴とする抗癌剤の効果増強剤。
【請求項2】
治療対象となる癌が固形癌であることを特徴とする請求項1記載の抗癌剤の効果増強剤。
【請求項3】
固形癌が非小細胞肺癌であることを特徴とする請求項2記載の抗癌剤の効果増強剤。
【請求項4】
一酸化窒素供与剤が有機硝酸塩化合物であることを特徴とする請求項1記載の抗癌剤の効果増強剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2008−501630(P2008−501630A)
【公表日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−551137(P2006−551137)
【出願日】平成17年6月10日(2005.6.10)
【国際出願番号】PCT/JP2005/011078
【国際公開番号】WO2005/120493
【国際公開日】平成17年12月22日(2005.12.22)
【出願人】(000004086)日本化薬株式会社 (921)
【Fターム(参考)】