説明

抗癌剤

【課題】安全性および安定性に優れ、低濃度で抗癌作用を有する抗癌剤を提供すること。
【解決手段】本発明の抗癌剤は、S−ニトロソ基含有アルブミン2量体を有効成分として含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗癌剤に関し、より詳細には、S−ニトロソ基含有アルブミン2量体を有効成分として含有する抗癌剤に関する。
【背景技術】
【0002】
高濃度の一酸化窒素(NO)はアポトーシスを誘導することが知られている。この現象を利用し、化学修飾によりNOを多量にヒト血清アルブミン(HSA)に付加して得られたS−ニトロソ基含有HSA(SNO−HSA)を癌細胞に投与することにより、癌を治療する試みが報告されている(特許文献1)。HSAは内因性の物質であるため、SNO−HSAを体内に投与しても、副作用が少なく、ニトロソ基も安定して存在することから、SNO−HSAは有効な抗癌剤として期待されている。しかし、癌を効果的に治療するには10〜150mg/mLのSNO−HSAが必要とされる(特許文献1)。
【0003】
ところで、特許文献2および3ならびに非特許文献1には、少なくとも2つのHSA分子を遺伝子組換え法により結合したHSA多量体およびその製造方法が記載されている。また、HSA多量体を薬物投与担体として用いた場合、HSA単量体と比較して薬物の血中半減期が長くなることが記載されている。
【0004】
一方、癌細胞を含む腫瘍組織では、正常組織に比べ血管透過性が著しく亢進しているため高分子などが血管から流出しやすい反面、リンパ系が発達していないため腫瘍組織に到達した物質は蓄積するというEPR(Enhanced Permeation and Retention effect)効果が知られており、癌細胞に対する受動的ターゲティングを行う上で重要な因子となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−57318号公報
【特許文献2】特開2005−245269号公報
【特許文献3】特開2006−238788号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】S. Matsushitaら、「Recombinant human serum albumin dimer has high blood circulation activity and low vascular permeability in comparison with native human serum albumin」、Pharm Res、2006年、第23巻、p. 882-891
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、安全性および安定性に優れ、低濃度で抗癌作用を有する抗癌剤を提供することを目的とする。また、他の抗癌剤の癌細胞ターゲティングを増強するEPR(Enhanced Permeation and Retention effect)効果促進剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、S−ニトロソ基含有アルブミン2量体が優れた抗癌作用および他の抗癌剤に対するEPR効果促進作用を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明は、S−ニトロソ基含有アルブミン2量体を有効成分として含有する抗癌剤を提供する。
【0010】
1つの実施態様では、上記アルブミンは、ヒト血清アルブミンである。
【0011】
1つの実施態様では、上記アルブミン2量体は、遺伝子組換え法により製造される。
【0012】
1つの実施態様では、上記アルブミン2量体をコードする遺伝子は、配列番号1の塩基配列で示される。
【0013】
1つの実施態様では、上記S−ニトロソ基含有アルブミン2量体は、5〜10mg/mLの濃度で含有される。
【0014】
1つの実施態様では、上記S−ニトロソ基含有アルブミン2量体は、ヒトに対して50〜100mg/kg・回の量で投与される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、安全性および安定性に優れ、低濃度で抗癌作用を有する抗癌剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】HSA2量体、HSA単量体のSDS−PAGE電気泳動写真(A)、キャピラリーゾーン電気泳動の結果を示すグラフ(B)、CDスペクトル解析の結果を示すグラフ(CおよびD)である。
【図2】SNO−HSA2量体、SNO−HSA単量体、HSA2量体、HSA単量体をC26癌モデルマウスに静脈投与後、投与量に対する腫瘍組織への移行量(%)の経時変化を示すグラフである。
【図3】HSA2量体(A)、HSA単量体(A)、SNO−HSA2量体(B)、SNO−HSA単量体(B)で処理したC26細胞の細胞死の割合(%)を示すグラフである。
【図4】NO−HSA2量体、SNO−HSA単量体、GSNOをC26癌モデルマウスに静脈投与して6時間後の腫瘍(A)、肝臓(B)、腎臓(C)、血漿(D)のNO(NO+NO)濃度を示すグラフである。
【図5】SNO−HSA2量体、SNO−HSA単量体をC26癌モデルマウスに静脈投与し、6時間後にエバンスブルーを静脈投与し、24時間後の腫瘍、筋肉のエバンスブルーのT/B比を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の抗癌剤は、S−ニトロソ基含有アルブミン2量体を有効成分として含有する。
【0018】
本発明のS−ニトロソ基含有アルブミン2量体とは、アルブミンの2量体であって、各アルブミンに対して少なくとも1つ、好ましくは2つ以上、より好ましくは3つ以上のS−ニトロソ基が導入されているアルブミン2量体をいう。
【0019】
本発明におけるアルブミン2量体は、天然のアルブミンを化学架橋剤によって2量体化したものであってもよいし、遺伝子組換え法によって2量体化したものであってもよい。
【0020】
天然のアルブミンとは、ヒトや哺乳動物などの体内に存在するアルブミンのほか、卵白アルブミンや筋アルブミン(ミオゲン)も含み、これらと同一のアミノ酸配列からなるアルブミンも含む。ヒト体内に存在するアルブミンとしては、例えば、ヒト血清中に存在するヒト血清アルブミン(HSA)が挙げられる。
【0021】
化学架橋剤としては、特に限定されず、例えば、BMH(1, 6-Bismaleimidohexane)、DMS(Dimethyl Suberimidate, Dihydrochloride)、EMCA(N-ε-Maleimidocaproic Acid)、EMCS(N-[ε-Maleimidocaproyloxy]Succinimide Ester)、SIA(N-Succinimidyl Iodoacetate)、SMCC(Succinimidyl trans-4-(N-Maleimidylmethyl)-Cyclohexane-1-Carboxylate)、SPDP(N-Succinimidyl-3-(2-Pyridyldithio) Propionate)が挙げられる。
【0022】
遺伝子組換え法によって2量体化する方法では、一方のアルブミンポリペプチドのC末端に他方のアルブミンポリペプチドのN末端を結合する。N末端、C末端のアミノ酸残基は、天然のアルブミンと同等の機能を有する限り、1もしくは複数個の残基が置換、欠失および/または付加されてもよい。一方のC末端と他方のN末端とは直接結合してもよいし、リンカーポリペプチドを介して結合してもよい。リンカーポリペプチドの長さは、特に限定されないが、好ましくは5〜20残基である。リンカーポリペプチドとしては、特に限定されず、例えば、N末端−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)−C末端、N末端−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)−C末端、N末端−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)−C末端)、N末端−Pro−Val−Gly−Leu−Ile−Gly−C末端が挙げられる。
【0023】
遺伝子組換え法によって生産されたアルブミン2量体の各アルブミンは、天然のアルブミンと同等の機能を有する限り、天然のアルブミンのアミノ酸配列において1もしくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるアルブミンも含む。例えば、天然のアルブミンのアミノ酸配列中の410番目のアルギニンをシステインに置換したアルブミンを含み得る。2量体の一方と他方とは、同一のアミノ酸配列からなるものであってもよいし、異なるアミノ酸配列からなるものであってもよい。
【0024】
本発明のS−ニトロソ基含有アルブミン2量体は、天然のS−ニトロソ基含有アルブミンを化学架橋剤によって2量体化したものであってもよいし、天然のアルブミンを化学架橋剤によって2量体化したもの、または遺伝子組換え法によって2量体化したものに人為的にS−ニトロソ基を導入して得られたものであってもよい。
【0025】
S−ニトロソ基は、アルブミンを構成するアミノ酸配列のアミノ酸中に存在する硫黄原子、例えば、チオール基における硫黄原子がニトロソ基で置換されることにより、アルブミンに導入される。チオール基を含有するアミノ酸としては、例えば、システイン、シスチン、メチオニンが挙げられる。
【0026】
通常、天然のアルブミンは35個のシステインを含有し、そのうち34個はアルブミンの二次構造の形成のためにジスルフィド結合を形成している。このため、例えば、天然のアルブミンにシステインのチオール基を介してS−ニトロソ基を導入する場合には、ジスルフィド結合に関与しない1個のシステインにS−ニトロソ基を導入することができる。
【0027】
アルブミンのチオール基に人為的にS−ニトロソ基を導入する方法としては、特に限定されず、当該分野で公知の方法が挙げられる。例えば、ニトロソ化試薬(亜硝酸イオン、イソアミルナイトライト、n−ブチルナイトライトなど)を用いる方法が挙げられる。
【0028】
アルブミンに人為的にチオール基を導入して、このチオール基にS−ニトロソ基を導入することもできる。アルブミンに人為的にチオール基を導入する方法としては、特に限定されず、当該分野で公知の方法が挙げられる。例えば、チオール化試薬(2−イミノチオランまたはその塩など)を用いて、リジンのε−アミノ基にチオール基を導入する方法が挙げられる。
【0029】
本発明の抗癌剤の投与経路としては、特に限定されないが、例えば、皮内、皮下、筋肉内、腹腔内、経皮、経粘膜、経口、吸入が挙げられ、好ましくは非経口投与経路、より好ましくは注射による投与経路である。
【0030】
本発明の抗癌剤の剤形としては、特に限定されないが、例えば、注射剤、パッチ剤、パップ剤、点眼剤、点鼻剤、噴霧剤、錠剤、カプセル剤、トローチ、舌下錠、クリーム剤、ローション剤、粉剤が挙げられる。
【0031】
特に、注射剤とする場合には、SNO−HSAを含有する溶液または懸濁液とすればよく、さらに、例えば、pH調整剤、電解質、糖類、ビタミン類、薬理学的に許容される塩もしくは脂肪酸および/またはアミノ酸などの当該分野で通常用いられる添加剤を適宜添加してもよい。
【0032】
溶液または懸濁液とする場合には、例えば、日本薬局方で規定される水(注射用水)、生理食塩水、各種緩衝液(例えば、リン酸緩衝液)などを用いることができる。
【0033】
pH調節剤としては、一般に注射剤のpH調節剤として用いられるものであればよい。例えば、クエン酸、酒石酸、酢酸、乳酸などの有機酸、例えば、塩酸、リン酸などなどの無機酸、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、水酸化ナトリウムなどの無機塩基が挙げられる。
【0034】
電解質としては、従来より輸液に用いられている各種水溶性塩を用いることができる。例えば、生体の機能や体液の電解質バランスを維持するうえで必要とされる各種無機成分(例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン)の水溶性塩(例えば、塩化物、硫酸塩、酢酸塩、グルコン酸塩、乳酸塩)が挙げられる。
【0035】
糖類としては、従来より各種の輸液に用いられているものを用いることができる。例えば、グルコース、フルクトース、ガラクトースなどの単糖類、ラクトース、マルトースなどの二糖類、グリセロールなどの多価アルコール、キシリトール、ソルビトール、マンニトールなどの糖アルコール、デキストラン40またはデキストラン80などのデキストラン類、蔗糖が挙げられる。
【0036】
ビタミン類としては、水溶性/脂溶性の各種ビタミンを用いることができる。例えば、ビタミンA、プロビタミンA、ビタミンD、プロビタミンD、ビタミンE、ビタミンK、ビタミンB1、ビタミンB2、ナイアシン、ビタミンB6群、パントテン酸、ビオチン、ミオ−イノシトール、コリン、葉酸、ビタミンB12、ビタミンC、ビタミンPまたはビタミンUが挙げられる。
【0037】
薬理学的に許容される塩もしくは脂肪酸としては、例えば、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属、カルシウム、マグネシウムなどのアルカリ土類金属、ギ酸、酢酸、シュウ酸、酒石酸、マレイン酸、クエン酸、カプリル酸、コハク酸、リンゴ酸などの有機酸、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ピリジン、ピコリン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ジシククロヘキシルアミンなどの有機塩基が挙げられる。
【0038】
アミノ酸としては、例えば、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、ヒドロキシプロリン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリンが挙げられる。また、N−アセチルメチオニンなどのアミノ酸誘導体を添加してもよい。
【0039】
本発明の抗癌剤は、通常の製剤学的方法に従って製造することができる。すなわち、水、各種緩衝液、一般に市販されている輸液(例えば、総合アミノ酸輸液、電解質輸液)またはそれらと同様の成分を含む水溶液などに、pHが4.5〜8.7程度となるように、SNO−HSAを希釈および/または溶解することによって製造することができる。
【0040】
本発明の抗癌剤に含有されるS−ニトロソ基含有アルブミン2量体の濃度は、通常1〜20mg/mL、好ましくは5〜10mg/mLである。
【0041】
本発明の抗癌剤が適用される癌としては、特に限定されないが、例えば、悪性リンパ腫、肺癌、消化器癌、乳癌、膀胱腫瘍、骨肉腫、脳腫瘍、皮膚癌が挙げられる。
【0042】
本発明の抗癌剤は、有効成分のS−ニトロソ基含有アルブミン2量体がヒトに対して通常5〜200mg/kg・回、好ましくは50〜100mg/kg・回の量となるように投与される。
【実施例】
【0043】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0044】
(調製例1:遺伝子組換えヒト血清アルブミン2量体および単量体の調製)
遺伝子組換えヒト血清アルブミン(HSA)2量体(配列番号1:塩基配列;配列番号2:アミノ酸配列)を20mg/mLの濃度で含有する水溶液を非特許文献1に記載の方法により調製した。同様にして、HSA単量体(配列番号3:塩基配列;配列番号4:アミノ酸配列)を20mg/mLの濃度で含有する水溶液を調製した。
【0045】
(調製例2:S−ニトロソ基含有ヒト血清アルブミン2量体および単量体の調製)
調製例1で得られたHSA2量体を含有する水溶液にDTTを添加し(最終濃度3mM)、37℃にて5分間インキュベートした。この水溶液をセファデックスG−25(φ1.6×2.5cm;GEヘルスケア社)のゲル濾過に供してDTTを除去し、0.5mMのDTPA(Diethylenetriaminepentaacetic Acid:ジエチレントリアミン五酢酸;ナカライテスク株式会社)を含有する0.1Mリン酸緩衝液(pH7.4)でHSA2量体を溶出した。HSA2量体の濃度を20mg/mLに調整し、この水溶液にIAN(Isoamyl nitrite:亜硝酸イソアミル;和光純薬工業株式会社)を添加し(最終濃度3mM)、遮光下37℃にて1時間インキュベートした。この水溶液をセファデックスG−25のゲル濾過に供し、0.5mMのPBS(pH7.4)でS−ニトロソ基含有ヒト血清アルブミン(SNO−HSA)2量体を溶出した。SNO−HSA2量体の濃度を調整し、SNO−HSA2量体を20mg/mLの濃度で含有する水溶液を調製した。同様にして、SNO−HSA単量体を20mg/mLの濃度で含有する水溶液を調製した。これらの水溶液は使用するまで−80℃にて保存した。
【0046】
(参考例:S−ニトロソ基含有アルブミン2量体の物理化学的特性の評価)
調製例1で得られたHSA2量体の分子量を評価するために、還元条件下でSDS−PAGE(8%)を行った。調製例1で得られたHSA単量体を比較に用いた。結果を図1Aに示す。
【0047】
図1Aから明らかなように、HSA2量体は、HSA単量体の分子量66.5kDaの約2倍に相当する分子量130kDaの1本のバンドを示した。これは、HSA2量体が分子構造から予想される分子として均一に調製されたことを示す。
【0048】
次いで、HSA2量体の全電荷を評価するために、キャピラリーゾーン電気泳動を行った。HSA単量体を比較に用いた。キャピラリーゾーン電気泳動の条件は次のとおりである。結果を図1Bに示す。
【0049】
P/ACE MDQシステム(ベックマン社製)
検出器:フォトダイオードアレイ検出器(214nm)
キャピラリー:60cm(検出器まで50cm)
注入圧:0.5psi(5分間)
電気泳動用緩衝液:リン酸ナトリウム系
【0050】
図1Bから明らかなように、HSA2量体はHSA単量体と同様の全電荷を示した。
【0051】
次いで、HSA2量体の立体構造を評価するために、円二色性分散計(日本分光株式会社製J−720型)を用いてCDスペクトル解析を行った。HSA単量体を比較に用いた。結果を図1CおよびDに示す。
【0052】
図1CおよびDから明らかなように、HSA2量体はHSA単量体と同様のCDスペクトルを示した。
【0053】
次いで、調製例2で得られたSNO−HSA2量体が含有するS−ニトロソ基の数を評価するために、T. Akaikeら、「Mechanism of biological S-nitrosation and its measurement」、Free Radic Res、2000年、第33巻、p. 461-469に記載の方法に従い、HPLCフローリアクターシステムを用いてSNO−HSA2量体のS−ニトロソ基を定量した。調製例2で得られたSNO−HSA単量体を比較に用いた。結果を表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
表1から明らかなように、SNO−HSA2量体は1分子あたり平均1.48分子のS−ニトロソ基を含有していた。これは、SNO−HSA単量体の1分子あたり平均0.52分子のS−ニトロソ基の2倍以上であり、SNO−HSA2量体はSNO−HSA単量体と比較してHSA1分子あたり多くのS−ニトロソ基を含有することを示す。
【0056】
次いで、SNO−HSA2量体が含有するS−ニトロソ基の安定性を評価するために、SNO−HSA2量体を5mg/mLの濃度で含有するPBS溶液を遮光下25℃にて保持し、上記と同様にして経時的にSNO−HSA2量体のS−ニトロソ基を定量した。SNO−HSA単量体を比較に用いた。結果を表1に示す。
【0057】
表1から明らかなように、SNO−HSA2量体のS−ニトロソ基の半減期は約39日であり、SNO−HSA単量体のS−ニトロソ基の半減期の約21日よりも長かった。
【0058】
(実施例1:S−ニトロソ基含有ヒト血清アルブミン2量体の薬物動態)
2官能性キレート剤としてDTPA無水物を用い、放射性インジウム同位体(111In)の化合物として111InCl(日本メジフィジックス株式会社より提供を受けた)を用いて、SNO−HSA2量体を111Inで標識した(111InSNO−HSA2量体の調製)。得られた111InSNO−HSA2量体を生理食塩水に溶解し、SNO−HSA2量体を5〜10mg/mLの濃度で含有する水溶液を調製した。
【0059】
得られた111InSNO−HSA2量体をC26癌モデルマウス(特許文献1の実施例1に記載の方法により作製した)72匹に1mg/kgの投与量で経尾静脈投与し、投与後一定時間経過ごとに1匹ずつマウスを屠殺し、背部皮下より腫瘍組織を回収した。回収した腫瘍組織について、ウェル形NaIシンチレーションカウンター(アロカ株式会社製ARC−2000)を用いて放射活性を計測した。投与後の経過時間と投与量に対する腫瘍組織への移行量の結果を図2に示す。
【0060】
(比較例1:S−ニトロソ基含有ヒト血清アルブミン単量体などの薬物動態)
SNO−HSA2量体の代わりにSNO−HSA単量体、HSA2量体またはHSA単量体を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、放射活性を計測した。結果を図2に示す。
【0061】
図2から明らかなように、SNO−HSA2量体は、HSA単量体の2.9倍、HSA2量体の1.6倍腫瘍組織に蓄積した。これは、ニトロソ化および2量体化することによって相乗的にHSAが腫瘍組織に蓄積しやくなったことを示す。
【0062】
(実施例2:S−ニトロソ基含有ヒト血清アルブミン2量体の細胞毒性)
マウス結腸癌由来細胞株C26(東北大学加齢医学研究所より提供を受けた)をSNO−HSA2量体の存在下で培養し、細胞死の際に細胞から培養上清に放出されるLDH(Lactate Dehydrogenase:乳酸脱水素酵素)の活性を定量することによりSNO−HSA2量体の細胞毒性を評価した。
【0063】
C26細胞を培地(RPMI−1640,10%FBS,100単位/mLペニシリン,100μg/mLストレプトマイシン)に懸濁し、1×10細胞を96穴プレートの各穴に播種し、5%COインキュベーター内で37℃にて21時間培養した。次いで、各穴の培養上清を新鮮な培地に交換し、各穴に種々の濃度でSNO−HSA2量体を添加し、さらに細胞を5%COインキュベーター内で37℃にて24時間培養した。LDH−細胞毒性テストワコーキット(和光純薬工業株式会社299−50601)を用いて各穴の培養上清のLDH活性を定量した(処理群)。SNO−HSA2量体を添加しなかったこと以外は、同様にして培養上清のLDH活性を定量した(コントロール群)。細胞死の割合は、(T−L)/(H−L)×100(%)(ここで、T:処理群の吸光度;L:コントロール群の吸光度;H:細胞をTritonで溶解した場合の培養上清の吸光度(LDH活性100%);吸光度は490nm(参照:630nm)にて測定)により求めた。結果を図3Bに示す。
【0064】
(比較例2:S−ニトロソ基含有ヒト血清アルブミン単量体などの細胞毒性)
SNO−HSA2量体の代わりにSNO−HSA単量体、HSA2量体またはHSA単量体を用いたこと以外は、実施例2と同様にして、細胞毒性を評価した。結果を図3に示す。
【0065】
図3Aから明らかなように、S−ニトロソ基を含有しないHSA2単量体およびHSA単量体で処理した細胞は、20mg/mLの高濃度でも有意なLDH放出を示さなかった。また、図3Bから明らかなように、SNO−HSA2量体はSNO−HSA単量体の1/3〜1/2のモル濃度で細胞を処理しても同等のLDH放出を示した。これは、1分子あたりの一酸化窒素(NO)の量が、SNO−HSA2量体では理論上SNO−HSA単量体の2倍であるためと考えられ、HSAではなくNOが細胞毒性を有することを示す。
【0066】
(実施例3:S−ニトロソ基含有ヒト血清アルブミン2量体による一酸化窒素の腫瘍組織への送達)
SNO−HSA2量体(20mg/mL)100μLをC26癌モデルマウス40匹に経尾静脈投与し(1.3μmolNO/kg)、6時間後にマウスを屠殺し、下大静脈より血液を回収し、肝臓および腎臓を回収し、背部皮下より腫瘍組織を回収した。回収した血液を遠心分離し、上清の血漿100μLをNO(NO+NO)濃度の定量に用いた。肝臓、腎臓および腫瘍組織は、BioMashaer(登録商標)を用いてホモジナイズし、10mgをNO(NO+NO)濃度の定量に用いた。NO(NO+NO)濃度の定量にはGriess法に基づく酸化窒素分析システム(株式会社エイコム製ENO−20)を用いた。結果を図4に示す。
【0067】
(比較例3:S−ニトロソ基含有ヒト血清アルブミン単量体などによる一酸化窒素の腫瘍組織への送達)
SNO−HSA2量体の代わりにSNO−HSA単量体、または従来のNO供与体であるGSNO(S-Nitrosoglutathione:S−ニトロソグルタチオン;株式会社同仁化学研究所N415)を用いたこと以外は、実施例3と同様にして、NO(NO+NO)濃度を定量した。結果を図4に示す。
【0068】
図4から明らかなように、SNO−HSA2量体の静脈投与によりNOレベルは腫瘍組織では顕著に上昇したが、肝臓および腎臓では上昇しなかった。SNO−HSA2量体はSNO−HSA単量体およびGSNOと比較して腫瘍組織のNOレベルを大きく上昇させた。これは、SNO−HSA2量体は、NOを腫瘍に送達する上で、従来のNO供与体であるGSNOやSNO−HSA単量体よりも効率的であることを示す。
【0069】
(実施例4:S−ニトロソ基含有ヒト血清アルブミン2量体のEPR効果)
SNO−HSA2量体がNOを腫瘍組織へ送達することにより、NOがEPR(Enhanced Permeation and Retention effect)効果を促進するかどうかを評価するために、SNO−HSA2量体を投与した腫瘍組織でのエバンスブルーの取り込みを定量した。
【0070】
SNO−HSA2量体(20mg/mL)200μLをC26癌モデルマウス24匹に経尾静脈投与し(1.3μmolNO/kg)、6時間後にエバンスブルー(東京化成工業株式会社E0197)を静脈投与し(10mg/kg)、24時間後にマウスを屠殺し、背部皮下より100〜200mgおよび200〜500mgの固形腫瘍を回収した。回収した固形腫瘍をホルムアルデヒドに浸漬し、腫瘍から滲出したエバンスブルーを紫外吸収(620nm)の測定により定量した。T/B比(tissue/blood ratio:血中の値に対する組織中の値の比)の結果を図5に示す。
【0071】
(比較例4:S−ニトロソ基含有ヒト血清アルブミン単量体のEPR効果)
SNO−HSA2量体の代わりにSNO−HSA単量体を用いたこと以外は、実施例4と同様にして、エバンスブルーを定量した。結果を図5に示す。
【0072】
図5から明らかなように、SNO−HSA2量体およびSNO−HSA単量体の静脈投与によりエバンスブルーの取り込みは腫瘍組織では上昇したが、筋肉では上昇しなかった。SNO−HSA2量体はSNO−HSA単量体と比較してエバンスブルーの取り込みを大きく上昇させた。これは、SNO−HSA2量体がSNO−HSA単量体よりも顕著にEPR効果を促進するためであり、おそらくSNO−HSA2量体によるNOの腫瘍組織への送達の上昇のためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明によれば、安全性および安定性に優れ、低濃度で抗癌作用を有する抗癌剤を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
S−ニトロソ基含有アルブミン2量体を有効成分として含有する抗癌剤。
【請求項2】
前記アルブミンが、ヒト血清アルブミンである、請求項1に記載の抗癌剤。
【請求項3】
前記アルブミン2量体が、遺伝子組換え法により製造される、請求項1または2に記載の抗癌剤。
【請求項4】
前記アルブミン2量体をコードする遺伝子が、配列番号1の塩基配列で示される、請求項1から3のいずれかの項に記載の抗癌剤。
【請求項5】
前記S−ニトロソ基含有アルブミン2量体が、5〜10mg/mLの濃度で含有される、請求項1から4のいずれかの項に記載の抗癌剤。
【請求項6】
前記S−ニトロソ基含有アルブミン2量体が、ヒトに対して50〜100mg/kg・回の量で投与される、請求項1から5のいずれかの項に記載の抗癌剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−67591(P2013−67591A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−208085(P2011−208085)
【出願日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【出願人】(000135036)ニプロ株式会社 (583)
【Fターム(参考)】