説明

抗真菌剤の評価法

【課題】 組織における抗真菌剤の有効濃度を鑑別する手段を提供することができる。特に、静菌的有効濃度と殺菌的有効濃度とをともに鑑別する。
【解決手段】 動物より採取した組織片を複数の薄片を切り出し、複数の濃度の抗真菌剤水溶液に浸漬し、しかる後、前記組織片の薄片より溶剤によって抽出される抗真菌剤の濃度を測定し得られた定量値と、別途同一性の高い組織片に真菌を播種し、組織片における、真菌の生育に対する作用を鑑別して得られる抗真菌活性値とを対照させて、組織における抗真菌剤の有効濃度を鑑別する。前記組織片が爪であることが好ましく、真菌の生育を、爪組織片における真菌の性状が菌糸を形成しているか、分生子の状態であるかで判定することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗真菌剤の鑑別法に関し、更に詳細には、組織における抗真菌作用を鑑別するのに有用な抗真菌剤の鑑別法に関する。
【背景技術】
【0002】
真菌症、取り分け、白癬症においてin vitroの系で生育阻害を最小発育阻止濃度(MIC)値等の値で評価することが多く行われている。しかしながら、この様なin vitroの系とは異なり、実際の治療の場では投与された抗真菌剤の一部は組織中で蛋白質などと結合し、効果を喪失することが知られており、in vitroの値ほど真菌の生育を阻害しないことが常識となっている。この様な過程でどの程度の薬剤が効力を失うのかは全く知られていないし、その様な特性を特定する手段も存しない。この様な効力の喪失は、抗真菌剤の種類によって異なる一種の特性値と考えられ、この値を知ることは、真菌症の治療における薬剤の選択に大きな恩恵をもたらすと考えられる。この様な特性値を求める試みの一つに、薬剤をモルモットの皮膚に投与し、皮膚を取り出して水平方向に切片を切り進め、切片における薬剤濃度を放射化ラベル体によって測定する技術が開発されている。(例えば、非特許文献1を参照)しかしながら、この論文では、薬効は一般的な感染モデルで、濃度は未感染の動物で実施しており、同一条件ではないため、濃度的にも相関を取るのが難しいと言う欠点が存したし、加えて、蛋白などのトラップにより不溶化して、不活性化しているのか、抗真菌剤が皮膚内で抗真菌作用を発揮せず不活性化しているのかは不明であるし、抗真菌剤の作用が、静菌的抑制作用であるか、殺菌的抑制作用であるかも不明である。又、実際の生体に投与した抗真菌剤がどの様に組織に分配してゆくかの要因についても何ら考察できない。
更に、抗真菌剤の抗真菌活性が組織により異なることも全く知られていなかった。この様な抗真菌活性の対象組織による現れ方の差が、実際の臨床での実態と、評価におけるMIC等の評価値との乖離の原因となっていることも知られていないし、その様な示唆も存しない。
【0003】
抗真菌剤を評価・鑑別する方法として、爪などの部位をパンチで打ち抜き、連続薄片切片を作成し、該薄片における、投与した抗真菌剤の濃度を測定し、薬剤のディストリビューションを求める方法は既に知られている(例えば、特許文献1を参照)が、この方法に於いてはディストリビューションはわかるものの、それが有効であるか否かは判らない。又、爪のみを栄養源として真菌を培養し、その条件下、爪を通過してくる薬剤の効果を鑑別する方法も既に知られている。(例えば、特許文献2を参照)しかしながら、動物より採取した組織片を複数の薄片を切り出し、複数の濃度の抗真菌剤水溶液に浸漬し、しかる後、前記組織片の薄片より溶剤によって抽出される抗真菌剤の濃度を測定し得られた定量値と、別途同一組織片に真菌を播種した後に培養し、培養後の組織片を培地に移植し、真菌の生育に対する作用を鑑別して得られる抗真菌活性値とを対照させる、抗真菌剤の有効濃度の鑑別法は全く知られていない。有効濃度が組織によって異なることも全く知られていなかった。
【0004】
【特許文献1】特開2002−65695号公報
【特許文献2】特開2001−133449号公報
【非特許文献1】Tadashi Arika et. al., Antimicrob. Agen. Chemotherap., 1993;363-365
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、この様な状況下為されたものであり、組織における抗真菌剤の有効濃度を鑑別する手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この様な状況に鑑みて、本発明者らは、組織における抗真菌剤の有効濃度を鑑別する手段を求めて、鋭意研究努力を重ねた結果、動物より採取した組織片を複数の薄片を切り出し、複数の濃度の抗真菌剤溶液に浸漬し、しかる後、前記組織片の薄片より溶剤によって抽出される抗真菌剤の濃度を測定し得られた定量値と、別途同一性の高い組織片に真菌を播種し、しかる後に組織片における真菌の生育に対する作用を鑑別して得られる抗真菌活性値とを対照させることにより、この様な鑑別が行えることを見出し、発明を完成させるに至った。ここで、同一性が高い切片とは、同一組織から切り出された切片に同一処理を施したもののように、極力個体やサンプリング部位による差等の影響を受けない調製方法により調製された切片を意味する。即ち、本発明は以下に示すとおりである。(1)動物より採取した組織片を複数の薄片を切り出し、複数の濃度の抗真菌剤水溶液に浸漬し、しかる後、前記組織片の薄片より溶剤によって抽出される抗真菌剤の濃度を測定し得られた定量値と、別途同一性の高い組織片に真菌を播種し、組織片における、真菌の生育に対する作用を鑑別して得られる抗真菌活性とを対照させることを特徴とする、組織における抗真菌剤の有効濃度の鑑別法。
(2)前記組織片が爪又は皮膚であることを特徴とする、(1)に記載の鑑別法。
(3)真菌の生育を、爪組織片又は皮膚組織片における真菌の性状が菌糸を形成しているか、分生子の状態であるかで判定することを特徴とする、(1)又は(2)に記載の鑑別法。
(4)更に、真菌を播種した組織片において、真菌の生育抑制が認められた場合、培地に移植した組織片を、真菌の生育状況の判定後、リン脂質とポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルとを含む培地に再度移植し、前記組織片より真菌が生育するか否かを調べ、生育する場合には前記有効濃度は静菌的有効濃度であると鑑別し、生育しない場合には殺菌的有効濃度であると鑑別することを特徴とする、(1)〜(3)の何れか1項に記載の鑑別法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、組織における抗真菌剤の有効濃度を鑑別する手段を提供することができる。特に、静菌的有効濃度と殺菌的有効濃度とをともに鑑別することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、組織における抗真菌剤の有効濃度の鑑別法であって、動物より採取した組織片より複数の薄片を切り出し、複数の濃度の抗真菌剤水溶液に浸漬し、しかる後、前記組織片の薄片より溶剤によって抽出される抗真菌剤の濃度を測定し得られた定量値と、別途同一組織片に真菌を播種し、培地における真菌の生育に対する作用を鑑別して得られる抗真菌活性値とを対照させることを特徴とする。組織片としては、生体を構成する組織であれば特段の限定はないが、前記動物がヒトである場合には、爪や毛髪及び角質などの採取に多大の苦痛や、負担の伴わないものが好ましい。動物がヒト以外の動物である場合には、前記組織は特段の限定はされないが、抗真菌剤の到達が困難で、抗真菌剤の投与による治療終了後再発などが起こりやすい、皮膚、爪、毛髪などのケラチン組織であることが好ましい。これらの組織に於いては、同一の組織内濃度であっても、組織が異なると有効性が異なる場合が存する。従って、組織ごとに有効性を鑑別することが必要となる。この様な対象組織としては爪が特に好ましい。これは、薬剤の浸透、真菌の残存、再発などが爪では特に大きな問題であるためである。即ち、in vitroでのMIC等の抗真菌活性の指標と、組織内有効濃度との間に乖離が存する蓋然性が高いためである。
【0009】
本発明の鑑別法では、前記組織をミクロトーム、コールドトーム、クライオトームなどの切片切り出し装置で切り出し、これを検体とする。前記組織が軟組織であれば、凍結状態で切り出すことも出来る。前記切片の厚さは、抗真菌剤を担持出来る程度の厚さがあれば良く、具体的には、1〜20μmであることが好ましく、3〜10μmであることがより好ましい。
【0010】
斯くして切り出された切片は、各種の濃度の抗真菌剤の水溶液に浸漬される。浸漬は前記切片と溶液との間に平衡が成立する程度に行うことが好ましく、具体的には12〜36時間程度であることが好ましく、この時温度は、体温付近の温度、具体的には30〜40℃に維持することが好ましい。又、一つの溶液に対して、同一性の高い、少なくとも2つの組織片を浸漬することが好ましい。これは、薬剤の定量を行うための切片と、真菌に対する作用を鑑別するための切片とを確保するためである。
【0011】
組織切片における薬剤の含有量の測定は、常法に従って行うことが出来、例えば、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、メタノール、エタノール、水などの溶媒で抽出し、しかる後、ガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、LC/Mass/Mass等の手段により、定量することが出来る。かかる測定における回収率より、組織にトラップされて不溶化している抗真菌剤の量が逆算できる。又、下記に示す手技で鑑別された生育抑制作用のドーズデペンデンスより、有効に組織中で働いている抗真菌剤の濃度を鑑別することが出来る。この真菌の生育抑制作用の鑑別は特許文献2に記載の方法に準じて行ってもよい。
【0012】
真菌に対する作用は、組織片に真菌を播種し、真菌の種類に応じた条件で培養し、組織片上での真菌の生育に及ぼす影響を観察することにより、真菌に対する生育抑制効果として鑑別することが出来る。培養条件としては、例えば、日数1〜10日間、温度30〜40℃、湿度80〜100%で培養するような条件が例示できる。組織片への真菌の播種は常法に従えば良く、例えば、分生子数10〜1010個/mlの播種が好ましい。前記培養の終了後、組織片上の真菌又は/及び組織全体を染色し、顕微鏡下観察し、菌糸の形成が認められた場合には、真菌に対する生育抑制効果が存しなかったと鑑別し、分生子のみ認められる場合には生育抑制効果が存した鑑別する。染色としては、この様な生育状況が鑑別できる染色法であれば特段の限定無く適用することが出来、例えば、グロコット染色、ファンギフローラYによる染色、FUN−1による染色、クリスタルバイオレットによる染色、ニュートラルレッドによる染色、PAS染色などが例示でき、PAS染色がより好ましい。PAS染色は、(1)サンプルを固定(2)流水洗浄(3)過ヨウ素酸処理(4)蒸留水洗浄(4)シッフ試薬処理(6)亜硫酸溶液処理(7)流水洗浄の7つの工程を経て行われる。この時、組織片のみを栄養源とし、培養し、抗真菌活性値を測定することが好ましい
【0013】
前記生育抑制の鑑別において、生育抑制が認められた場合には、組織切片を回収し、これをリン脂質とポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルとを含む培地に移植し、再び12〜72時間培養し、組織切片より真菌が生育するか否かを観察する。リン脂質としてはレシチン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジン酸、ホスファチジルセリンなどを用いることが出来、その含有量は培地中0.1〜5質量%が好ましく、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルとして、POE(20)ソルビタンモノオレート、POE(20)ソルビタンセスキオレート、POE(20)ソルビタントリオレートなどが好適に例示でき、その含有量は培地中0.1〜5質量%が好ましい。この場合、真菌が生育しない場合には、前記生育抑制作用は殺菌的作用によるものであると鑑別し、真菌が生育した場合には、前記生育抑制作用は静菌的作用であると鑑別する。又、生育抑制の鑑別はPCRを用いた方法によって確認することも出来る。この様なリン脂質とポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルとを含有する真菌培養用の培地には市販されているものが存し、かかる市販品を購入し利用することもできる。この様な市販の培地としては、例えば、和光純薬株式会社から販売されている「SCDLP培地“ダイゴ”」、「SCDLP寒天培地“ダイゴ”」等が存する。通常、抗真菌剤には真菌にタイする生育阻止作用が存することは明らかなので、有効性にのみ注目する場合には、前記の「サブローデキストロース培地」での検討を略することもできる。
【0014】
この様な鑑別が出来る、真菌としては、病原菌として知られている真菌であれば特段の限定無く適用することが出来、例えば、トリコフィトン・メンタグロファイテス、トリコフィトン・ルブルム、アスペルギルス・ニガー、カンディダ・アルビカンス、マラセチア・ファーファー、マラセチア・グロボーサ、マラセチア・レストリクタ等が好適に例示できる。
【0015】
以下に、実施例を挙げて本発明について更に詳細に説明を加えるが、本発明がかかる実施例にのみ限定されないことは言うまでもない。
【実施例1】
【0016】
(1)ヒトの爪を組織として用いて、抗真菌剤であるシクロピロクスの有効濃度を鑑別を、本発明の鑑別法により鑑別した。健常人ボランティアより提供された手指の遊離縁をφ2mmの生検用パンチで打ち抜いた。コールドトームを用いて10μmの厚さに薄切した。この薄切した爪(以下爪スライス)をシクロピロクス溶液に37℃で24時間浸漬した。この爪スライスの半数をLC/MS/MSで薬物量の定量、半数を抗真菌活性の測定に供した。LC/MS/MSの高速液体クロマトグラフィーの条件は、使用カラム:SUPELCO Discovery HS C18f2.1mm×150mm、カラム温度:45℃、移動層:アセトニトリル/水=45/55、流量:0.3mL/min、注入量:5uL、検出波長:300nmであった。真菌としては、トリコフィトン・メンタグロファイテスを用いた。播種はスライドガラス上に静置した爪スライスに107分生子/mlの液を薄片上に1μL滴下して行った(104分生子/爪スライス)。培養は湿度100%、35℃、7日間の条件で行い、培養後PAS染色して、顕微鏡下生育状況を観察した。この結果を表1に示す。これより30μg/mlが生育抑制効果を奏する最低濃度であることが判る。
【0017】
(2)次に、(1)で真菌を播種した組織片(爪)をリン脂質とポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸(オレイン酸)エステルとを含む培地(1Lの純水当たり、Sabouraud Dextrose Agar: 6g, lecithin:10g, Polysorbate 80: 7g)に再度移植し、前記組織片より真菌が生育するか否かを調べた。リン脂質とポリオキシエチレン脂肪酸エステルとは抗真菌剤の抗真菌作用をキャンセルする作用を有しており、菌が抗真菌剤により、生育をするのが妨げられているだけの場合には、抗真菌剤を無力化することにより再度成長を始める。この場合には静菌的生育抑止作用であったと鑑別する。殺菌的に抗真菌剤が働く濃度では、再度培養しても菌の生育は認められない。結果を表1に示す。シクロピロクスはSDA培地では通常2〜4μg/cm3がMICであると言われているが、爪内ではその100倍でもまだ有効とは言えず、組織による有効濃度の差が存することがわかる。従って、本発明の方法により、組織内での有効濃度を求めておくことが、治療を考える上では重要なことと言える。
【0018】
【表1】

【実施例2】
【0019】
実施例1と同様に、組織を皮膚に変えて検討を行った。モルモット後肢足底部をφ4mmの生検用パンチで打ち抜いた。コールドトームを用いて10μmの厚さで150μmまで薄切した(モルモット後肢足底部の角層は約150μm)。この薄切した角層(以下角層スライス)をビホナゾール溶液に37℃で48時間浸漬した。この角層スライスの半数をLC/MS/MSで薬物量の定量、半数を抗真菌活性の測定に供した。この抗真菌活性と薬物濃度の関係を表2に示す。これより、ビホナゾールは角層中では約3.8μg/cm3以上で有効性を示すことがわかった。SDB培地を用いたMICの測定では、ビホナゾールは通常は2μg/cm3がMICであるが、皮膚組織内ではそれよりも高い濃度でないと静菌作用を発揮しないことがわかる。即ち、組織に於いてはin vitroとは、有効濃度が異なっており、組織ごとに、薬剤濃度と、その有効性を明らかにする必要があることがわかる。又、PAS染色像での観察結果が発芽分生子乃至は分生子であっても、SDA培地上での再培養結果が陽性であることから、抗真菌効果の発現にも、組織の影響が存することがわかる。
【0020】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明は、抗真菌剤の抗真菌作用の鑑別に応用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物より採取した組織片を複数の薄片を切り出し、複数の濃度の抗真菌剤水溶液に浸漬し、しかる後、前記組織片の薄片より溶剤によって抽出される抗真菌剤の濃度を測定し得られた定量値と、別途同一性の高い組織片に真菌を播種し、組織片における、真菌の生育に対する作用を鑑別して得られる抗真菌活性
【請求項2】
前記組織片が爪又は皮膚であることを特徴とする、請求項1に記載の鑑別法。
【請求項3】
真菌の生育を、爪組織片又は皮膚組織片における真菌の性状が菌糸を形成しているか、分生子の状態であるかで判定することを特徴とする、請求項1又は2に記載の鑑別法。
【請求項4】
更に、真菌を播種した組織片において、真菌の生育抑制が認められた場合、培地に移植した組織片を、真菌の生育状況の判定後、リン脂質とポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルとを含む培地に再度移植し、前記組織片より真菌が生育するか否かを調べ、生育する場合には前記有効濃度は静菌的有効濃度であると鑑別し、生育しない場合には殺菌的有効濃度であると鑑別することを特徴とする、請求項1〜3の何れか1項に記載の鑑別法。

【公開番号】特開2007−89565(P2007−89565A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−192247(P2006−192247)
【出願日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【出願人】(000113470)ポーラ化成工業株式会社 (717)
【Fターム(参考)】