説明

抗真菌性評価方法

【課題】爪真菌症の実態に即し、かつ客観的で定量性のある、爪用抗真菌剤又は爪用抗真菌剤を含む組成物の効果の評価法を提供する。
【解決手段】爪試料に真菌を感染させた後、この爪試料に抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物を作用させ、ついで、当該爪試料を生体色素で処理した後、爪試料中の生体色素の量を測定することを特徴とする抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物の抗真菌性の評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗真菌剤又はこれを含む組成物の抗真菌性評価方法に関し、更に詳細には、特に爪真菌症に対する抗真菌剤またはこれを含む組成物の抗真菌性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
爪真菌症は、白癬菌によって引き起こされる、爪の混濁、肥厚、および変形などを来たす真菌感染症であり、難治性の疾患として知られている。この爪真菌症の治療法として、外用剤または経口剤による治療が行われているが、経口剤による治療は副作用や薬物相互作用の問題があり、治療できない患者も多く、そのような患者に対しては、外用剤による治療が行われている。
【0003】
しかしながら、爪甲は皮膚角質層に比べ薬物透過性に影響を与える脂質成分の含有量が著しく少ない等の特殊性を有しているため、爪真菌症に対する外用剤を評価する方法は、かかる爪の特殊性を考慮しなければ、適切に評価することが困難である。したがって、この様な爪の特殊性に鑑み、爪の真菌症用の抗真菌剤の評価法がいくつか提案されている。
【0004】
例えば、真菌を接種した平板培地上に、これに接して爪試料を配置し、該爪の非接面に、平板培地上に漏れることなく抗真菌剤を含有する組成物をチャージし、爪と培地間の真菌の生育状況を指標とし、抗真菌剤を評価する方法が報告されている(特許文献1)。この方法によれば、爪真菌症の実態に即したものとなっているものの、評価に当たっては、抗真菌剤の薬効を、真菌の生育状況についてスコア化したり、爪と接する部分の培地の透過度を測定することによって評価するものであるため、客観的な定量性があるとはいい難く、また、わずかな薬効の差異を判別しづらいものであった。
【0005】
また、真菌で感染させ、抗真菌剤を含む組成物で処置した爪を削り取り、これを細片と為した後、平板培地へ移植、培養し、生育する菌の密度を指標とすることを特徴とする、爪用の抗真菌剤及び/又は爪真菌症用の医薬組成物の評価法が報告されている(特許文献2)。しかしながら、この方法においても、真菌の生育を目視により評価するものであるため、客観的な定量性がある方法とはいえなかった。
【0006】
このように、爪真菌症に対する抗真菌剤あるいはこれを含有する組成物の抗真菌効果を正確に評価しうる方法がないというのが実情であった。
【特許文献1】特開2001−128696
【特許文献2】特開2001−133449
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、爪真菌症の実態に即し、客観的な定量性をもって評価できる爪用抗真菌剤又は爪用抗真菌剤を含む組成物の評価方法の開発が求められており、本発明はこのような爪用抗真菌剤又は爪用抗真菌剤を含む組成物を、爪真菌症の実態に即し、かつ客観的で定量性をもってその抗真菌性を評価する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、真菌を感染させた爪試料中に生存する真菌は、生体色素により染色可能であることに思い至った。そして、爪試料中に存在する生体色素量は、生存する真菌の数に比例するものであり、この色素量を指標とすることにより、爪真菌症の実態に即し、かつ客観的で定量性のある評価が可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は、爪試料に真菌を感染させた後、この爪試料に抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物を作用させ、ついで、当該爪試料を生体色素で処理した後、爪試料中の生体色素の量を測定することを特徴とする抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物の抗真菌性評価方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の抗真菌性評価方法は、抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物を、爪真菌症の実態に即し、かつ客観的な定量性をもって評価することができるものである。
【0011】
また、本発明方法は、抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物の爪への浸透性を、客観的な定量性をもって評価することができるものである。
【0012】
さらに、本発明の評価方法は、爪真菌症に対する抗真菌剤の用量依存性についても、客観的かつ定量的に評価できるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の評価方法は、爪試料を真菌に感染させた後、この爪試料に抗真菌剤又はこれを含む組成物を作用させ、残存する真菌を生体色素により染色し、取り込まれた色素の量からその残存真菌数を評価する抗真菌性の評価方法である。
【0014】
本発明で用いる爪試料としては、一般に真菌が増殖する動物の爪であれば、特に制限無く使用でき、例えば、ヒト、ブタ、ウシ、モルモット等の爪が例示できる。これらの爪は、真菌に非感染のものを爪試料として使用することができるが、予めUV照射などにより生育している可能性のある真菌を殺菌して用いることが好ましい。また、爪試料は、定量的な評価を可能とするために、例えば、一定の直径及び厚みの円板状など、所定形状に加工して用いることが好ましい。
【0015】
次いで、上記爪試料に、真菌を感染させる。爪試料に対する真菌の感染方法は、特に限定されるものではないが、定量的な評価を可能とするため、例えば、真菌の分生子数を一定量に調整して接種した平板培地上に爪試料を載置し、一定期間培養する方法によって真菌に感染させることが望ましく、このような爪試料を、本発明で好ましく用いることができる。
【0016】
爪試料に感染させる真菌は、通常爪に感染すると認められているものであれば、特に限定されるものではなく、例えば、トリコフィトン・ルブルム(Trichophyton rubrum)、トリコフィトン・メンタグロファイテス(Trichophyton mentagrophytes)、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)などが例示できる。これらの真菌の爪試料への感染(接種)にあたっては、定量的な評価を可能とするため、真菌を予め他の液体培地で培養し、必要に応じて界面活性剤等を添加した燐酸緩衝生理食塩水などの分散媒を加え、分生子を分散媒中に分散させ、ガーゼなどで濾過して菌糸を除去して、分生子分散液とし、分生子数を、分散媒を加え調整して一定にした後、固化がまだ始まっていない平板培地に、この分生子を分散した液体培地を一定容量均一に混合させた平板培地を用いることが好ましく、こうすることにより、定量的な評価が行える。
【0017】
上記平板培地としては、平板を形成するものであれば特に限定されずに使用することができるが、真菌が爪のみを栄養源とできるように、他に栄養源となる物質を含まず、寒天を固化剤として用いた寒天培地を利用することが好ましい。また、この平板培地には、必要によりクロラムフェニコール等の抗生物質を添加することができる。
【0018】
上記の爪試料に対する真菌の感染は、例えば、27℃程度の温度条件で、7日間程度培養を行えばよく、感染が十分に行われたことは、例えば、爪試料周囲の菌の発育により判断することができる。
【0019】
このようにして、真菌で感染された爪試料に、次いで、抗真菌剤又はこれを含む組成物(以下、「抗真菌製剤」という)を作用させる。この作用させる抗真菌製剤の剤型は、外用剤として通常爪に用いられる剤型であれば特に限定されず、例えば、液剤、クリーム剤、軟膏剤として塗布したり、貼付け剤として貼付ける等により作用させることができる。
【0020】
爪試料に抗真菌製剤を作用させるに当たっては、抗真菌製剤と真菌を接種、培養した平板培地とが直接接触しないようにすることが、定量性ある評価のために好ましい。このためには、例えば、平板培地上に載置した爪試料上に、塗布等した抗真菌性剤が漏出しないよう、漏出防止壁を設けることが好ましい。このような漏出防止壁としては、例えば、ゴム、シリコンゴム、樹脂などでできたOリングを、爪試料の上面に接着することが挙げられる。中でも、シリコンゴム製のOリングが好ましい。Oリングを平板培地に接着する方法としては、Oリングの外周部に、シリコンボンドを厚く塗布して接着させると、爪用抗真菌製剤の漏出をより防止できる。
【0021】
上記のようにして、一定時間爪培地に抗真菌剤を作用させた後、爪試料から抗真菌製剤と付着した真菌を除去し、これを生体染料により染色する。
【0022】
本発明で用いる生体色素は、真菌の生菌に取り込まれるものであれば、特に制限なく用いることができるが、好ましくはニュートラルレッドである。ニュートラルレッドは、水溶性色素で正常な原形質膜を通り生細胞のリソゾームに蓄積され、生細胞のみに取り込まれ、リソゾーム膜や原形質膜の損傷した細胞には取り込まれないという性質を有する。このため、抗真菌製剤の効果が高いほど、爪試料中のニュートラルレッドの取り込み量は少なくなるため、この取り込み量を測定することによって、抗真菌製剤の効果を定量的に評価することができる。
【0023】
上記生体色素により爪試料を染色した後、固定液によって、染色された真菌細胞を固定化する。固定液としては、例えば、ホルマリン・塩化カルシウム水溶液が例示できる。
【0024】
このように染色され、上記固定液によって、固定化処理された爪試料は、次いで適切な抽出液により処理され、真菌内に取り込まれた生体色素が抽出される。この場合、添加する抽出液の量を一定とすることが定量的な測定のために便利ではある。また、抽出液としては、例えば、酸性エタノール溶液が例示できる。
【0025】
以上のようにして上記抽出液中に抽出された生体色素の量は、例えば、分光光度計を用いて吸光度を測定することによって、定量することができ、これから爪試料中の真菌数を求めることができる。
【実施例】
【0026】
以下に、実施例を挙げて、本発明について更に詳細に説明を加えるが、本発明がこれら実施例にのみ限定を受けないことは言うまでもない。
【0027】
実施例1
1.爪試料の調製
直径5mmの円板型に加工したヒトの爪に、シリコンゴム製Oリングを、Oリングの外周側にシリコンボンドを塗布し接着させた。これを、消毒用アルコールで洗浄した後、滅菌済みプラスティックシャーレに入れ、UV照射して滅菌して爪試料とした。
【0028】
2.真菌の調製
K培地は、バクト・ペプトン0.1%、グルコース0.1%、KHPO0.1%、MgSO・7HO0.1%、バクト・アガー1.5%となるように蒸留水に添加、攪拌後、オートクレーブで滅菌(120℃、15分)し作製した。培地の温度が70℃程度まで低下したら75cm培養フラスコに100mlずつ分注し、斜面平板培地を調製した。トリコフィトン・メンタグロファイテス(Trichophyton mentagrophytes)(TIMM1189株)の分生子をK培地に播種し、27℃で2週間培養した。この培養フラスコ内に10mlの0.05%ツィーン80を加えた生理食塩水を添加した。軽くピペッティングして分生子を遊離させた後、4重ガーゼで濾過し菌糸を除去した。3000rpm、5分間遠心で分生子を集め、0.05%ツィーン80−生理食塩水で3回洗浄し、4mlの0.05%ツィーン80−生理食塩水に懸濁した。この懸濁液を血球計算板にて菌量を測定した。0.05%ツィーン80−生理食塩水で濃度が2×10個/mlになるよう調整し、接種菌液とした。
【0029】
3.平板培地の調製
バクト・アガー6.0g、シクロヘキシミド200mg、蒸留水400mlを加熱溶解した後、三角フラスコに200mlずつ2本に分注した。これをオートクレーブで120℃、15分間滅菌し、ウォーターバスで50℃に保温した。この寒天液200mlあたりに100mg/mlクロラムフェニコール200μlと50mg/ml硫酸シソマイシン200μlを添加し、すばやく撹拌した。
【0030】
上記2.で調製した接種菌液を培地200mlあたり2ml添加し、すばやく撹拌した後、50mlずつシャーレに注ぎ、静置して固めた。陰性コントロールとして、菌液を含まない平板プレートを調製した。
【0031】
4.爪試料及び被験物質の設置
寒天培地上に1.で調製したヒト爪試料を、Oリング側を上にして設置し、27℃で8日間培養した。培養8日目に、Oリング内に、被験物質を漏れないように添加した。被験物質は、市販品(アスタットクリーム;1%ラノコナゾール製剤、(株)ツムラ製)10mg、5%ピリチオンナトリウム(シグマアルドリッチ社製)10μl、表1の処方及び下記製法により製造した抗真菌組成物1、並びに対照品各10mgを用いた。対照品は、抗真菌剤を含有しない基材のみの処方とした。
【0032】
5.ニュートラルレッド染色と吸光度測定
被験物質設置後11日目に、爪を寒天上からはぎ取り、Oリングとシリコンボンドを爪から除去した。アルコール綿で爪表面を清拭した。4mlの燐酸緩衝生理食塩水に5mg/mlニュートラルレッドを100μl添加して調製した染色液に、爪を入れて4時間室温で撹拌した。4mlの固定液(4%ホルマリン−1%塩化カルシウム溶液)で液が着色しなくなるまで、繰り返し洗浄及び固定した。2mlの抽出液(1%酢酸−50%エタノール溶液)に交換し、室温で一晩撹拌した。96穴プレートに抽出液を100μlずつ分注し、540nmでの吸光度を測定した。結果を表2及び図1に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
(製法)
ラノコナゾールをN−メチル−2−ピロリドンに溶解させ、これにポリエチレングリコール(平均分子量400)、プロピレングリコールを加えた後、ポリアクリル酸部分中和物、乾燥水酸化アルミニウムゲル、軽質無水ケイ酸を加えて充分に攪拌して分散させた。この分散させた溶液に、あらかじめ半量の精製水に溶解しておいたポリビニルアルコールの水溶液を少量ずつ加えて、充分に練合した。これに、更に残り半量の精製水に溶解した乳酸を少量ずつ加えて、充分に練合し架橋させ、ゲルとし、抗真菌組成物1を得た。
また、ラノコナゾールを使用しない以外は、上記製法と同様にして、対照品を得た。
【0035】
【表2】

【0036】
ピリチオンNa、抗真菌組成物1、アスタットクリームの吸光度は、抗真菌剤を含まない対照品と真菌を含まない陰性コントロールの間の値をとるものであり、それぞれの爪真菌症に対する効果を客観的かつ定量的に評価することができた。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明方法によれば、抗真菌製剤の抗真菌活性を爪真菌症の実態に即し、客観的かつ定量的に評価することができるものである。例えば、新しい抗真菌性物質について、その爪真菌症に対する抗真菌活性を評価することもできるし、あるいは同じ抗真菌性物質について、基材の変化に伴う爪真菌症に対する抗真菌活性の変化を評価することもできる。
【0038】
従って本発明は、抗真菌製剤の開発、特に爪真菌症に対する薬剤の開発に極めて有利に利用できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】実施例1の各被験物質における吸光度を示す図である。 以 上

【特許請求の範囲】
【請求項1】
爪試料に真菌を感染させた後、この爪試料に抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物を作用させ、ついで、当該爪試料を生体色素で処理した後、爪試料中の生体色素の量を測定することを特徴とする抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物の抗真菌性評価方法。
【請求項2】
真菌を接種した平板培地上に爪試料を載置し、爪試料に真菌を感染させる請求項第1項記載の抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物の抗真菌性評価方法。
【請求項3】
抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物と平板培地が直接接触しないように、爪試料に抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物を作用させる請求項1または2記載の抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物の抗真菌性評価方法。
【請求項4】
生体色素がニュートラルレッドである請求項1〜3のいずれかの項記載の抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物の抗真菌性評価方法。
【請求項5】
爪試料を固定化剤により固定化し、ついで固定化された爪試料から生体色素を抽出し、当該抽出液の吸光度を測定することにより爪試料中の生体色素の量を測定する請求項1〜4のいずれかの項記載の抗真菌剤又は抗真菌剤を含む組成物の抗真菌性評価方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−292481(P2007−292481A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−117567(P2006−117567)
【出願日】平成18年4月21日(2006.4.21)
【出願人】(000003665)株式会社ツムラ (43)