説明

抗肥満薬のスクリーニング方法及び肥満モデル動物

アンジオポエチン関連増殖因子(AGF)プロモーター、該プロモーターを含むベクター、及び前記プロモーターを含む形質転換体、並びに該形質転換体を使用する、抗肥満薬、糖尿病治療薬、及び/又は抗高脂血症治療薬のスクリーニング方法を開示する。また、肥満、糖尿病、及び/又は高脂血症のモデル動物として有用な、AGFノックアウト動物を開示する。更に、肥満、糖尿病、及び/又は高脂血症の治療薬、並びに/又は創薬標的分子の同定に有用な、AGFトランスジェニック動物を開示する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗肥満薬のスクリーニング方法、及び肥満モデル動物、並びにアンジオポエチン関連増殖因子(Angiopoietin−Related Growth Factor;以下、AGFと称する)のプロモーターに関する。
【背景技術】
【0002】
肥満の有害性は広く知られているにもかかわらず、近年肥満が顕著に増加している。肥満つまり脂肪組織の過剰蓄積が多彩な疾患の原因となっていることは周知の事実であり、疾患としての肥満症を治療対象にすることが提唱されている。肥満によって発症する疾患として、例えば、腰痛、膝関節痛、及び変形性関節症があり、これらの整形外科学的疾患は肥満による体重増加が直接の原因となる。肥満に伴う脂肪の過剰蓄積は、糖尿病、高脂血症、高血圧、又は動脈硬化性疾患の原因となっている。特に内臓脂肪の蓄積がこれらの疾患の発症に関与していることが明らかにされている(非特許文献1)。
【0003】
基本的な肥満改善方法としては、運動療法と食事療法があるが、どちらも継続的な実施が困難である。また、運動又は食事療法以外の改善方法としては医薬品の使用があり、現時点では、世界的に見ると、シブトラミンとオルリスタットが主に使用されている。しかし、それらの効果は弱く、どちらも副作用の問題がある。日本ではマジンドールのみが認可されているが、適用が高度肥満者に限定されており、投与期間も限定されている(非特許文献2)。
【0004】
社会の近代化に伴い、日本のみならず世界的に糖尿病患者は急増している。特に、患者数の多いII型糖尿病は、肥満や脂肪の過剰蓄積が発症に関与していることが知られている。II型糖尿病の治療としては、肥満症と同様に運動療法と食事療法があるが、継続的な実施が困難であり、医薬品が使用されている。重度の糖尿病患者ではインスリン療法が行なわれている。しかし、インスリン療法には低血糖の副作用が常にある。経口血糖降下薬として、チアゾリジン系薬剤又はスルホニルウレア(SU)薬等が多く使用されている。しかしながら、チアゾリジン系薬剤には、肝障害・浮腫・心不全という副作用があり、SU薬には肥満を助長する副作用が危惧され、安全で、体重増加を伴わないインスリン抵抗性改善薬が強く求められている(非特許文献3)。
【0005】
肥満の糖尿病患者の内臓脂肪に多く含まれる肥大化した脂肪細胞からは、インスリン抵抗性を惹起するようなアディポサイトカイン類が産生及び分泌され、近傍の脂肪細胞及び/又は筋細胞に作用して、インスリン抵抗性を引き起こしていると考えられる。このように、脂肪組織は、糖尿病病態では脂肪細胞が肥大化し、インスリン抵抗性を増強する方向に関わる組織へと変化する(非特許文献4及び5)。
【0006】
肥満や糖尿病の原因となる脂肪組織の蓄積に関与する因子としてはレプチンがよく知られている。レプチンは、体重増加抑制ホルモンであり、レプチンを欠失することで食欲が亢進し、エネルギー消費が減少して肥満となることが知られている。このような脂肪組織の蓄積、及び脂肪細胞の肥大化に関与する因子の発見は、肥満症、糖尿病、又は高脂血症等の疾患の治療薬開発に非常に有用である(非特許文献6)。
【0007】
肥満症又は糖尿病の創薬標的分子を同定したり、治療薬を開発するためには、病態に関与する遺伝子の、遺伝子改変マウスの作製とその表現型解析が重要である。レプチン欠損マウスであるob/obマウスは、肥満とインスリン抵抗性が生じ、高インスリン血症と軽度の血糖値上昇を示す。レプチン受容体欠損マウスであるdb/dbマウスは、肥満、高インスリン血症、高レプチン血症、及びインスリン血症を生じ重篤な糖尿病状態となる。これらのマウスは何れもレプチン作用不全によって摂食亢進、及び末梢でのエネルギー消費低下が起こり、肥満となり糖尿病を発症した(非特許文献7)。肥満II型糖尿病モデルマウスとして、KKAマウスが汎用されている。KKAマウスはインスリン感受性の低下と肥満を伴い、高血糖を発症するため、糖尿病治療薬の開発研究に利用されている。しかし、KKAマウスのこれらの表現型の原因となっている遺伝子は同定されていない(非特許文献8)。肥満や糖尿病には多くの未知の遺伝子が関与していると考えられている(非特許文献9)。従って、疾患関連遺伝子を見つけ、遺伝子改変マウスを作製して表現型解析することが、肥満症又は糖尿病の医薬品開発、更に、病態解明のために切望されていた。
【0008】
アンジオポエチン関連増殖因子(AGF)は、N末端側にコイルドコイル(Coiled−coil)ドメインを、C末端側にフィブリノーゲン様(Fibrinogen−like)ドメインを持つ分泌タンパク質である。AGFは特許文献1で報告されたNL8と同一であり、NL8をCHO細胞に安定発現させて、ヌードマウスに皮下移植すると、CHOが腫瘍形成能を持つようになることが報告されている。また、AGFと同一又は類似の配列が、特許文献2〜16に記載されている。これらの文献には、発現分布(特許文献4及び特許文献5)、血管内皮増殖因子(VEGF)刺激による増殖阻害活性(特許文献5)、又は増殖因子処理したヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)における過剰発現の検出(特許文献6及び特許文献7)が示されており、血管組織等での発現、腫瘍形成能、及び/又はファミリー分子との相同性から、AGFと同一又は類似のアミノ酸配列からなるポリペプチドが血管新生に関与すると記載されている。
非特許文献10には、K14プロモーターを用いて表皮細胞にAGFを強制発現させたトランスジェニックマウスでは過剰な血管新生が起こっており、皮膚の微細血管が増加、ケラチノサイトの増殖が活性化されたことが示されている。非特許文献11には、AGFは表皮細胞の増殖活性があることが記載されている。
【0009】
AGFレセプターは同定されていないことから、内在性のAGFが作用する組織が不明であり、前記以外のAGFの生理機能に関しては何ら知見がなかった。AGFの抗肥満、抗糖尿病、又は抗高脂血症の作用に関しても、全く知られてなかった。一方、AGFプロモーター領域に関する報告はこれまでになかった。
【0010】
【非特許文献1】「メタボリズム(Metabolism)」,(米国),1987年,36巻,p.54−59
【非特許文献2】「日本臨床」,2003年,61巻,増刊号6,肥満症,p.649−654
【非特許文献3】「日本臨床」,2002年,60巻,増刊号9,新時代の糖尿病学3,p.310−331
【非特許文献4】「医学のあゆみ」,2000年,192巻,p.513−518
【非特許文献5】「医学のあゆみ」,2000年,192巻,p.541−545
【非特許文献6】「トレンズ・イン・モレキュラー・メディスン(Trends inMolecular Medicine)」,(オランダ),2002年,8巻,9号,p.442−447
【非特許文献7】ケージーエムエム・アルベルティ、ポール・ズィミット、及びアールエー・デフロンゾ(K.G.M.M.Alberti,Paul Zimmet,and R.A.DeFronzo)編,シージェー・ベイリー(C.J.Bailey)著,「インターナショナル・テキストブック・オブ・ダイアビーティーズ・メリタス(INTERNATIONAL TEXTBOOK OFDIABETES MELLITUS)」,第2版,(米国),ジョン・ワイリー・アンド・ソンズ・インク(John Wiley & Sons,Inc.),1997年,p.23.1−23.25
【非特許文献8】「日本臨床」,2002年,60巻,増刊号18,p38−44
【非特許文献9】「最新医学」,2002年,57巻,3月増刊号,p536−544
【非特許文献10】「サーキュレーション(Circulation)」,(米国),2002年11月5日,106巻,19号,p.II−276−277
【非特許文献11】血管新生・抑制因子2種−癌増殖・転移防止,「日刊工業新聞」,2002月10月2日,p.5
【特許文献1】国際公開第99/15653号パンフレット
【特許文献2】特開2000−300263号公報
【特許文献3】特表2001−517437号公報
【特許文献4】国際公開第00/32221号パンフレット
【特許文献5】国際公開第00/53753号パンフレット
【特許文献6】国際公開第02/00690号パンフレット
【特許文献7】国際公開第02/08284号パンフレット
【特許文献8】米国特許出願公開第2003/0105011号明細書
【特許文献9】米国特許出願公開第2003/0105012号明細書
【特許文献10】米国特許出願公開第2003/0105013号明細書
【特許文献11】米国特許第5972338号明細書
【特許文献12】米国特許第6057435号明細書
【特許文献13】米国特許第6350450号明細書
【特許文献14】米国特許第6413770号明細書
【特許文献15】米国特許第6368853号明細書
【特許文献16】米国特許第6420542号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、抗肥満薬のスクリーニング方法及び肥満モデル動物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは鋭意検討した結果、AGFノックアウト(KO)マウス及びAGFトランスジェニック(Tg)マウスの解析から、AGFを亢進する物質は抗肥満、抗糖尿、及び/又は抗高脂血症の作用を有することを明らかにした。すなわち、AGFノックアウトマウスが顕著な肥満を示すことを見出し、前記マウスが肥満モデル動物になることを見出した(実施例4)。AGFノックアウトマウスは脂肪組織の重量が増加しており(実施例5)、脂肪細胞が肥大化(実施例6)、骨格筋及び肝臓組織中トリグリセリド量が増加することを見出した(実施例7)。一方、AGFトランスジェニックマウス(AGFを強制発現したマウス)は体重増加が抑制されており(実施例4)、脂肪組織の重量増加が抑制され(実施例5)、脂肪細胞の肥大化は抑制(実施例6)、骨格筋及び肝臓組織中トリグリセリド量は減少(実施例7)することを見出した。更に、AGFノックアウトマウスは糖負荷試験により糖尿病症状を示した(実施例8)。これらの知見から、AGFを亢進する物質は抗肥満、抗糖尿、及び/又は抗高脂血症の作用を有することを明らかにした。
【0013】
更に、本発明者らは、様々な長さのヒトAGF遺伝子上流配列を取得し試行錯誤した結果、約400bp〜約3kbpの配列ではプロモーター活性を示さなかったにもかかわらず、予想外に約300bpという短い配列のみがプロモーター活性を有することを見出した。また、前記プロモーター活性を有するDNAを利用したAGFの発現を亢進する物質をスクリーニングする方法を構築した。前記知見からAGFの発現を亢進する物質をスクリーニングする方法が抗肥満薬、抗糖尿病薬、及び/又は抗高脂血症薬をスクリーニングする方法として利用することができることを見出した。
これらの知見により、AGFノックアウトマウス、AGFトランスジェニックマウス、AGFプロモーター、及びAGF亢進物質をスクリーニングする方法を提供し、本発明を完成させた。
【0014】
すなわち、本発明は、
[1](a)配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列において、1〜10個の塩基が置換、欠失、付加、及び/又は挿入された塩基配列からなり、かつアンジオポエチン関連増殖因子のプロモーター活性を有するDNA、又は
(b)配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列との相同性が90%以上である塩基配列からなり、かつアンジオポエチン関連増殖因子のプロモーター活性を有するDNA、
[2]配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列からなるDNA、
[3][1]又は[2]に記載のDNAを含み、かつアンジオポエチン関連増殖因子のプロモーター活性を有することを特徴とする、組換えベクター、
[4][1]又は[2]に記載のDNAを含み、かつアンジオポエチン関連増殖因子のプロモーター活性を有することを特徴とする、形質転換体、
[5]i)[4]に記載の形質転換体に試験物質を接触させる工程、及び
ii)アンジオポエチン関連増殖因子プロモーター活性を測定し、試験物質依存的な前記活性の変化を分析する工程
を含むことを特徴とする、抗肥満薬、糖尿病治療薬、及び/又は抗高脂血症治療薬をスクリーニングする方法、
[6][4]に記載の形質転換体が、[1]又は[2]に記載のDNAの下流にレポーター遺伝子を保持し、アンジオポエチン関連増殖因子プロモーター活性を測定する工程がレポーター遺伝子の発現を分析する工程である、[5]に記載のスクリーニングする方法、
[7]アンジオポエチン関連増殖因子をコードするポリヌクレオチドの遺伝子機能が染色体上で欠損していることを特徴とする、非ヒトノックアウト動物、並びに
[8](a)配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列を含み、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチド、
(b)配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列において、1〜10個のアミノ酸残基が置換、欠失、及び/又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列をコードするDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされ、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチド、並びに
(d)配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列との相同性が95%以上であるアミノ酸配列を含み、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチド
からなる群から選んだポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを、CAGプロモーターと共に導入した全能性細胞を個体発生して得られる非ヒト動物又はその子孫であって、染色体上に前記ポリヌクレオチドを保有し、体細胞において前記ポリペプチドを発現することを特徴とする、非ヒトトランスジェニック動物
に関する。
【0015】
また、AGFのcDNAの上流にCAGプロモーターを連結させたDNAコンストラクトをES(Embryonic Stem)細胞に導入する工程、AGFが導入されたクローンを選択する工程、選択したクローンを胚盤胞へ導入する工程、該操作卵を偽妊娠雌性非ヒト哺乳動物(好ましくはマウス)の子宮へ移植する工程、及び該非ヒト哺乳動物(好ましくはマウス)を飼育し、生まれた仔からAGFをコードする、導入したDNAをゲノム中に有する個体を選択する工程を含む、非ヒトトランスジェニック動物(好ましくはマウス)の作製方法も本発明に含まれる。
更に、AGF遺伝子のORF(Open Reading Frame)を含むゲノム配列において、その一部を薬剤耐性遺伝子(例えば、ネオマイシン耐性遺伝子)と置換したDNAコンストラクトをES細胞に導入する工程、該細胞を薬剤(例えば、G418)の存在下で培養し薬剤耐性株を選択する工程、該薬剤耐性株を胚盤胞へ導入する工程、該操作卵を偽妊娠雌性非ヒト哺乳動物(好ましくはマウス)の子宮へ移植する工程、生まれたキメラ動物(好ましくはマウス)を正常動物(好ましくはマウス)と交配させることによりヘテロ接合体動物(好ましくはマウス)を得る工程、及び得られたヘテロ接合体マウス同士を交配させてホモ接合体動物(好ましくはマウス)を得る工程を含む、非ヒトノックアウト動物(好ましくはマウス)の作製方法も本発明に含まれる。
【0016】
本明細書において、用語「トランスジェニック動物」は、プロモーター及び遺伝子を染色体に導入して、遺伝子を所望の個所で強制発現させた動物を意味し、用語「ノックアウト動物」は、染色体に遺伝子操作することで特定の遺伝子の発現を欠失させた動物を意味するものとして使用する。
【0017】
本発明のトランスジェニック動物作製に用いることのできる配列番号3又は配列番号5に記載のアミノ酸配列であるヒト又はマウスAGFと同一又は相同性のあるポリペプチドが、特許文献1〜16に記載されている。これらの文献中には、血管組織等での発現、腫瘍形成能、及び/又はファミリー分子との相同性から、配列番号3又は配列番号5に記載のアミノ酸配列であるヒト又はマウスAGFと同一又は相同性のあるポリペプチドが血管新生に関与すると記載されている。特許文献4〜9には、多数列挙された疾患に糖尿病が含まれるが、何ら具体的裏付けはなく、根拠のない記載である。また、非特許文献10には、K14プロモーターを用いて表皮細胞にAGFを強制発現させたトランスジェニックマウスの機能解析が示され、非特許文献11には、AGFは表皮細胞の増殖活性があることが記載されている。AGFをK14プロモーターを用いて表皮細胞に強制発現させたトランスジェニックマウス等を用いて、AGFに、血管新生活性、表皮細胞増殖活性、軟骨細胞増殖活性、創傷治癒促進活性、及び組織再生活性があることが、本願優先日後に公開された国際公開第03/083114号パンフレット(特許文献17)及び「プロシディング・オブ・ザ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス・オブ・ザ・ユナイティッド・ステート・オブ・アメリカ(Proceedings of the national academy of sciences of the United States of America)」,(米国),2003年,100巻,p.9494−9499(非特許文献12)に示されている。しかしながら、AGFレセプターは同定されていないことから、内在性のAGFが作用する組織が不明であり、前記以外のAGFの生理機能に関しては何ら知見がなかった。AGFの抗肥満又は抗高脂血症の作用に関しても、全く知られていなかった。
【0018】
一方、配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列を含む129048塩基長の配列が配列データベースGenbankのアクセッション番号AC020931に収載されている。しかしながら、該配列がAGFプロモーター活性を有するという記載はおろか、該配列の活性又は用途は全く記載されていない。
【0019】
K14プロモーターを用いて表皮細胞に強制発現させたトランスジェニックマウスに関する報告はあるが(非特許文献10、非特許文献12、及び特許文献17)、AGFノックアウト動物及びAGFを全身性に発現するトランスジェニック動物を作製し、機能解析した報告はこれまでになかった。
【0020】
本発明者らは、AGFノックアウトマウス及び全身性にAGFを過剰発現するAGFトランスジェニックマウスを初めて作製し、意外にもAGFノックアウトマウスが肥満、糖尿病、及び/又は高脂血症のモデル動物として有用であること、全身性にAGFを過剰発現するAGFトランスジェニックマウスが肥満、糖尿病、及び/又は高脂血症の治療薬並びに創薬標的分子の同定に有用であることを見出した。
【0021】
更に、本発明者らは、AGFノックアウトマウス及びAGFを全身性に発現するトランスジェニックマウスの解析から、AGF又はAGFを亢進する物質が抗肥満、抗糖尿、及び/又は抗高脂血症の作用を有することを初めて明らかにした。AGFプロモーター活性を有するAGF遺伝子上流配列を初めて取得し、該配列を利用したAGFの発現を亢進する物質をスクリーニングする方法を構築した。すなわち、AGF非ヒトノックアウト動物、AGF非ヒトトランスジェニック動物及びAGFプロモーター並びにAGF亢進物質(すなわち抗肥満薬、糖尿病治療薬、及び/又は抗高脂血症治療薬)をスクリーニングする方法は本発明者らによって初めて提供されたものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明のAGFプロモーターによれば、抗肥満薬、抗糖尿病薬、及び/又は抗高脂血症薬のスクリーニング系を提供することができる。
本発明のスクリーニング方法により得られるAGFの発現を亢進する物質は、抗肥満薬、抗糖尿病薬、及び/又は抗高脂血症薬の有効成分として有用である。
本発明の非ヒトAGFノックアウト動物は、肥満、糖尿病、及び/又は高脂血症のモデル動物として有用である。
本発明の非ヒトトランスジェニック動物は、肥満、糖尿病、及び/又は高脂血症の治療薬、並びに/又は創薬標的分子を同定することに使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
[1]本発明のDNA、組換えベクター、及び形質転換体
本発明者らは、ヒトゲノムライブラリーを用いてhAGF遺伝子上流の部分配列約200bp、約300bp、約400bp、約600bp、約800bp、約1kbp、約1.3kbp、及び約3kbpを得て、それらの塩基配列を決定した(配列番号1で表される塩基配列における2790番〜3001番、2705番〜3001番、2604番〜3001番、2406番〜3001番、2206番〜3001番、2021番〜3001番、1640番〜3001番、及び1番〜3001番の塩基からなる各配列)。これらのDNA断片を適当なプラスミド、具体的には、レポーター遺伝子としてルシフェラーゼ遺伝子を含むプラスミドpGV−B2内にサブクローニングした。これらの融合プラスミドのレポーター遺伝子の発現、すなわち、活性によりルシフェラーゼの発現を検出することによって、得られた上流DNA領域がプロモーター活性を有しているかを確認した。この結果、約400bp〜約3kbpの長さのDNAはプロモーター活性を有していなかったが、予想外にもそれより短い約300bpのDNAがプロモーター活性を有していることを見出した。更に、約300bpよりも短い約200bpのDNAはプロモーター活性を有していないことを見出した。前記約300bpのDNAを使用することによりAGFプロモーター活性を調節する物質のスクリーニングが可能であり、AGFプロモーター活性を調節する物質、すなわち、抗肥満薬、糖尿病治療薬、及び/又は抗高脂血症治療薬の探索を行うことができる。
【0024】
本発明のDNAには、例えば、
1)配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列からなるDNA、
2)配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列において、1〜10個(好ましくは1〜7個、より好ましくは1〜5個、更に好ましくは1〜3個)の塩基が置換、欠失、付加、及び/又は挿入された塩基配列からなり、かつアンジオポエチン関連増殖因子のプロモーター活性を有するDNA、
3)配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列との相同性が90%以上(好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上)である塩基配列からなり、かつアンジオポエチン関連増殖因子のプロモーター活性を有するDNAが含まれる。
【0025】
本明細書において「アンジオポエチン関連増殖因子(AGF)プロモーター活性」とは、AGF遺伝子のプロモーター活性を意味し、より具体的には、配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列からなるDNAの有するプロモーター活性を意味する。或るDNAが「AGFプロモーター活性」を有するか否かの判定方法は、特に限定されるものではないが、既知の通常の方法、例えば、前記DNAの3’下流に適当なレポーター遺伝子DNAを連結させ、これを有核細胞(好ましくは動物細胞株)に導入して培養し、前記細胞内のレポーター遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。より具体的には、実施例12に記載の方法で確認することができる。
【0026】
本発明のDNAは下記の方法で製造することができるが、これらの方法に限定されない。
(1)PCR法を用いた製造
配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列の5’側に該当する塩基配列からなるプライマーと3’側の配列の相補鎖に該当する塩基配列からなるプライマー、好ましくは配列番号47及び配列番号46で表される塩基配列からなるプライマーセットを合成し、これらのプライマーとヒトゲノムDNAを用いてPCRを行い、配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列からなるDNAを製造することができる。ヒトゲノムDNAは、通常用いられる方法によりヒトの適当な組織から調製することができる。あるいは、市販品を用いることができる。本発明のDNAは、より具体的には実施例11に記載の方法で製造することができるが、この方法に限定されず、例えば、用いるプライマーは配列番号47及び配列番号46とは異なる制限酵素認識部位を付加することもでき、異なる長さの物を用いることもできる。
【0027】
(2)DNA合成を用いた製造
配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列の一部分に該当する配列及びその相補鎖を、何本かに分割して化学合成法によって製造し、これらのDNA断片を結合することによっても製造できる。各DNA断片は、DNA合成機[例えば、Oligo 1000M DNA Synthesizer(Beckman社)、あるいは、394 DNA/RNA Synthesizer(Applied Biosystems社)など]を用いて合成することができる。
【0028】
当業者であれば、天然型に存在するプロモーター配列の塩基配列の一部を他の塩基への置換や塩基の欠失、及び/又は付加などの改変により、天然型のプロモーターDNAと同等のプロモーター活性を有するDNAを調製することが可能である。このように天然型の塩基配列において塩基が置換、欠失、付加、及び/又は挿入した塩基配列を有し、天然型のプロモーターDNAと同等のプロモーター活性を有するDNAもまた本発明のDNAに含まれる。塩基の改変は、例えば、制限酵素又はDNAエキソヌクレアーゼによる欠失導入、部位特異的変異誘発法による変異導入[Nucleic Acid Res.10,6487(1982)]、変異プライマーを用いたPCR法によるプロモーター配列の改変、あるいは、合成変異DNAの直接導入などの方法により行うことができる[Maniatis,T.et al.(1989):“Molecular Cloning−A Laboratory Manual 2nd Edt.”Cold Spring Harbor Laboratory,NY]。
【0029】
上述のように製造したDNAがプロモーター活性を有するか否かは、既知の通常の方法、例えば前記DNAの3’下流に適当なレポーター遺伝子DNAを連結させ、これを有核細胞(好ましくは動物細胞株)に導入して培養し、前記細胞内のレポーター遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。より具体的には、実施例12に記載の方法で確認することができる。
【0030】
本発明の組換えベクターは、目的に応じ適宜選択したベクターに、本発明のDNAを組み込むことにより製造することができる。ベクターにおいては、発現させる目的の構造遺伝子を含むDNAは本発明のDNAの3’下流に挿入することができる。ここで、構造遺伝子とは、タンパク質をコードしているDNAであれば特に限定されるものではなく、ORF(Open Reading Frame)の全部であっても一部であっても良い。例えば、実施例11に記載したように、ルシフェラーゼ等のレポーター遺伝子を組み込んだベクターに本発明のDNA(すなわちAGFプロモーター活性を有するDNA)を組み込んで製造することが好ましい。「レポーター遺伝子」は、一般に用いられるものであれば特に限定されないが、定量的測定が容易な酵素遺伝子などが好ましい。例えば、バクテリアトランスポゾン由来のクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子(CAT)、ホタル由来のルシフェラーゼ遺伝子(Luc)、又はクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質遺伝子(GFP)等が挙げられる。好ましくは実施例11に記載の方法により製造することができる。製造した組換えベクターがAGFプロモーター活性を有するか否かは、既知の通常の方法に従って確認することができ、具体的には、組換えベクターを有核細胞(好ましくは動物細胞株)に導入して培養し、前記細胞内のレポーター遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。より具体的には、実施例12に記載の方法で確認することができる。
【0031】
本発明の形質転換体は、目的に応じ適宜選択した宿主細胞に、本発明のDNAを含む組換えベクターを導入することにより製造することができる。例えば、hAGFプロモーター活性を調節する物質のスクリーニング系構築を目的とする場合には、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、又はラットなど)由来の細胞、より好ましくはヒト由来の細胞を用いることができる。細胞株としては、通常の細胞内に存在する転写制御因子等を有する細胞であればよく、より具体的には、例えば、市販されている293EBNA、HT−1080、又はHepG2などを用いることができる。
【0032】
宿主細胞への導入方法としては、以下に限定されないが、例えば、DEAE−デキストラン法[Luthman,H.and Magnusson,G.(1983)Nucleic Acids Res.,11,1295−1308]、リン酸カルシウム−DNA共沈殿法[Graham,F.L.and van der Ed,A.J.(1973)Virology,52,456−457]、FuGENE6(日本ロシュ社製)を用いた方法、又は電気パルス穿孔法[Neumann,E.et al.(1982)EMBO J.,1,841−845]等が挙げられる。
【0033】
製造した形質転換体がAGFプロモーター活性を有するか否かは、細胞内のレポーター遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。より具体的には、実施例12に記載の方法で確認することができる。本発明のDNAを含まない組換えベクターを導入した場合と比較することによって、AGFプロモーター活性を有する形質転換体を選択することができる。
【0034】
[2]本発明のスクリーニング方法
後述の実施例4〜実施例10に示すように、AGFは抗肥満、抗糖尿、及び/又は抗高脂血症の作用を有する。従って、AGFプロモーター活性を促進する物質をスクリーニングすることにより、抗肥満薬、抗糖尿病薬、及び/又は抗高脂血症に有効な物質を取得することができる。
具体的には、i)本発明の形質転換体に試験物質を接触させる工程、及び、ii)hAGFプロモーター活性を測定し、試験物質依存的な前記活性の変化を分析(検出又は測定)する工程を含むことを特徴とする、本発明のスクリーニング方法により、抗肥満薬、糖尿病治療薬、及び/又は抗高脂血症治療薬をスクリーニングすることができる。
より好ましくは、i)本発明のDNA(好ましくは、配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列からなるhAGFプロモーター領域)と融合されたレポーター遺伝子により形質転換された細胞に試験物質を接触させる工程、及び、ii)レポーター遺伝子の発現を指標として試験物質依存的なレポーター活性の変化を分析する工程を含むことを特徴とする、本発明のスクリーニング方法により、抗肥満薬、糖尿病治療薬、及び/又は抗高脂血症治療薬をスクリーニングすることができる。
【0035】
レポーター遺伝子アッセイ(田村ら、転写因子研究法、羊土社、1993年)は、レポーター遺伝子の発現をマーカーとして遺伝子の発現調節を分析(検出又は測定)する方法である。一般に遺伝子の発現調節はその5’上流域に存在するプロモーター領域と呼ばれる部分で制御されており、転写段階での遺伝子発現量はこのプロモーターの活性を測定することで推測することができる。試験物質がプロモーターを活性化すれば、プロモーター領域の下流に配置されたレポーター遺伝子の転写を活性化する。このようにプロモーター活性化作用すなわち発現亢進作用をレポーター遺伝子の発現に置き換えて検出することができる。従って、AGFプロモーター領域を用いたレポーター遺伝子アッセイにより、AGFの発現調節に対する試験物質の作用はレポーター遺伝子の発現に置き換えて検出することができる。本発明のDNA(好ましくは配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列からなるhAGFのプロモーター領域)と融合される「レポーター遺伝子」は、一般に用いられるものであれば特に限定されないが、定量的測定が容易な酵素遺伝子などが好ましい。例えば、バクテリアトランスポゾン由来のクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子(CAT)、ホタル由来のルシフェラーゼ遺伝子(Luc)、又はクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質遺伝子(GFP)等が挙げられる。レポーター遺伝子は、本発明のDNA(好ましくは配列番号1の第2705番目〜3001番目で表される塩基配列からなるhAGFのプロモーター領域)と機能的に融合されていればよい。本発明のDNA(好ましくはhAGFのプロモーター領域)と融合されたレポーター遺伝子を細胞(例えば、動物細胞又は酵母)に安定あるいは一過性に発現させる。ついで形質転換された細胞に試験物質を培養液中で接触した場合と接触しなかった場合のレポーター遺伝子の発現量を比較することにより、試験物質依存的なプロモーター活性の変化を分析することができる。
【0036】
形質転換細胞の作製方法は前記[1]に記載のものを用いることができる。また、レポーター遺伝子の発現量の解析方法としては、前記レポーター遺伝子がコードするタンパク質により適宜選択される。例えば、レポーター遺伝子が蛍光タンパク質(例えば、ルシフェラーゼ)をコードする場合、導入細胞を適当な方法により溶解し、この細胞溶解液の上清中に基質となるルシフェリンを添加した後、適当な蛍光検出器(例えば、ML3000;ダイナテックラボラトリーズ社等)を用いて蛍光を測定し、レポーター遺伝子の発現量とすることができる。また、この反応は適当な市販の検出キット、具体的には、例えば、ルシフェラーゼアッセイシステム(プロメガ社)等を用いて行うこともできる。
【0037】
前記工程を実施することにより、AGFの発現を亢進する物質、すなわち、抗肥満薬、糖尿病治療薬、及び/又は抗高脂血症治療薬のスクリーニングを実施することができる。具体的なスクリーニング法としては、実施例12に記載の方法が好ましく、プロモーター活性を促進する物質としては、化合物無添加時の1.5倍以上のプロモーター活性化能を有する物質を選択することが好ましい。
【0038】
本発明のスクリーニング法で使用する試験物質としては、特に限定されるものではないが、例えば、市販の化合物(ペプチドを含む)、ケミカルファイルに登録されている種々の公知化合物(ペプチドを含む)、コンビナトリアル・ケミストリー技術(Terrettら,J.Steele.Tetrahedron,第51巻,第8135−8173頁,1995年)によって得られた化合物群、微生物の培養上清、植物や海洋生物由来の天然成分、動物組織抽出物、あるいは、本発明のスクリーニング法により選択された化合物(ペプチドを含む)を化学的又は生物学的に修飾した化合物(ペプチドを含む)を挙げることができる。
【0039】
[3]本発明の非ヒトノックアウト動物及び非ヒトトランスジェニック動物
本発明の非ヒトノックアウト動物は、AGFをコードするポリヌクレオチドの遺伝子機能が染色体上で欠損している限り、特に限定されるものではなく、ノックアウト動物の製造において一般に使用される方法[例えば、『最新動物細胞実験マニュアル』LIC発行,第7章第361〜408頁(1990)等参照]に従って、AGF遺伝子のORFを含むゲノム配列又はAGF遺伝子の周辺の配列を含むゲノム配列を利用し、作製することができる。前記ゲノム配列としては、作製する動物(種)に応じた配列を利用することができ、例えば、マウスの場合、ジーンバンク(GenBank)アクセッション番号AC073775.2の配列を利用することができる。又は、ランダムミュータジェネシスの方法(例えば、Nature,392,608−611,1998参照)によって作製されたマウスから、AGF遺伝子機能が欠損したマウスを選択することで、AGFノックアウト動物を得ることもできる。
【0040】
本発明の非ヒトノックアウト動物は、具体的には、例えば、実施例1に記載の方法に従って作製することができる。すなわち、AGF遺伝子のORFを含むゲノム配列において、その一部を薬剤耐性遺伝子(例えば、ネオマイシン耐性遺伝子)と置換したDNAコンストラクトを作製し、得られたDNAコンストラクトをES細胞へ導入し、適当な薬剤(例えば、G418)の存在下で培養することにより、耐性株を取得する。続いて、例えば、サザンブロット解析により、所望の相同組換えが起きているクローンを選択し、それを胚盤胞へマイクロインジェクションし、その操作卵を子宮へ移植することにより、キメラマウスを出産させることができる。前記キメラマウスを正常マウスと交配させることによりヘテロ接合体マウスを得る。更に、得られたヘテロ接合体マウス同士を交配することにより、メンデルの法則に従いホモ接合体マウスが得られる。
【0041】
ES細胞を用いず、遺伝子と卵を混合してリン酸カルシウムで処理する方法、位相差顕微鏡下で前核期卵の核に微小ピペットで遺伝子を直接導入する方法(マイクロインジェクション法;米国特許第4,873,191号公報)、レトロウイルスベクターに遺伝子を挿入し卵に感染させる方法、あるいは、精子を介して遺伝子を卵に導入する精子ベクター法[M.Lavitrano et al.,Cell 57(5):717−723(1989)]等も公知であり、本発明の非ヒトノックアウト動物(又は後述の本発明の非ヒトトランスジェニック動物)の作製に当たって利用することができる。
【0042】
本発明の非ヒトノックアウト動物(又は後述の本発明の非ヒトトランスジェニック動物)は、ヒト以外のあらゆる脊椎動物を利用して作製することができる。具体的には、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ミニブタ、ヤギ、ヒツジ、又はウシ等の脊椎動物において様々な遺伝子の導入や発現レベルを改変されたノックアウト動物が作り出されており、本発明の非ヒトノックアウト動物もこれらの種を含む。本発明の非ヒトノックアウト動物(又は後述の本発明の非ヒトトランスジェニック動物)としては、げっ歯類が好ましく、特にマウスが好ましい。
【0043】
本発明の非ヒトノックアウト動物は、実施例に示すように、顕著な肥満を示し(実施例4)、脂肪組織の重量が増加しており(実施例5)、脂肪細胞が肥大化し(実施例6)、骨格筋及び肝臓組織中トリグリセリド量が増加し(実施例7)、糖負荷試験により糖尿病症状を示す(実施例8)。このような表現型は、肥満者、糖尿病患者、又は高脂血症患者の症状と類似していることから、本発明の非ヒトノックアウト動物は肥満、糖尿病、及び/又は高脂血症のモデル動物として有用である。すなわち、本発明の非ヒトノックアウト動物は、肥満、糖尿病、及び/又は高脂血症等の治療又は予防のための医薬品のスクリーニングに加えて、これらの疾患のメカニズムの解明、及びスクリーニングされた医薬品の安全性試験にも使用することができる。AGF非ヒトノックアウト動物の肥満、糖尿病、及び/又は高脂血症モデル動物としての使用も本発明に含まれる。
【0044】
本発明の非ヒトトランスジェニック動物は、導入遺伝子として、下記(a)〜(d):
(a)配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列を含み、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチド、
(b)配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列において、1〜10個のアミノ酸残基が置換、欠失、及び/又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列をコードするDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされ、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチド、並びに
(d)配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列との相同性が95%以上であるアミノ酸配列を含み、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチド
からなる群から選んだポリペプチド(以下、トランスジェニック動物作製用ポリペプチドと称する)をコードするポリヌクレオチドを、CAG(modified chicken beta−actin promoter with CMV−IE enhancer)プロモーター[GENE,108(1991)193−200]が連結された状態で用いること以外は、本発明の非ヒトノックアウト動物と同様にして作製することができる。
【0045】
前記トランスジェニック動物作製用ポリペプチドとしては、配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列からなるヒトAGF、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列からなるマウスAGFが好ましい。
【0046】
配列番号3で表されるアミノ酸配列は、ヒトAGF前駆体のアミノ酸配列である。ヒトAGFは、N末端にシグナル配列(−20〜−1)を持ち、細胞外に分泌発現される際にシグナル配列が切断される。シグナル配列が切断された配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列からなるヒト成熟AGFが、生理活性を有する。
同様に、配列番号5で表されるアミノ酸配列は、マウスAGF前駆体のアミノ酸配列である。マウスAGFは、N末端にシグナル配列(−24〜−1)を持ち、細胞外に分泌発現される際にシグナル配列が切断される。シグナル配列が切断された配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列からなるマウス成熟AGFが、生理活性を有する。
【0047】
トランスジェニック動物作製用ポリペプチドとして用いることのできる前記ポリペプチド(b)、すなわち、配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列において、1〜10個(例えば、1〜数個)のアミノ酸残基が置換、欠失、及び/又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチドとしては、前記各配列において、好ましくは1〜7個、より好ましくは1〜5個のアミノ酸残基が置換、欠失、及び/又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチドを挙げることができる。
【0048】
ポリペプチドの機能を維持するために、置換されるアミノ酸は、置換前のアミノ酸と似た性質を有するアミノ酸であることが好ましい。例えば、以下に示すような各グループに属するアミノ酸は、そのグループ内で互いに似た性質を有するアミノ酸である。これらのアミノ酸をグループ内の他のアミノ酸に置換しても、タンパク質の本質的な機能は損なわれないことが多い。このようなアミノ酸の置換は、保存的置換と呼ばれ、ポリペプチドの機能を保持しつつアミノ酸配列を変換するための手法として公知である。
非極性アミノ酸:Ala、Val、Leu、Ile、Pro、Met、Phe、及びTrp
非荷電性アミノ酸:Gly、Ser、Thr、Cys、Tyr、Asn、及びGln
酸性アミノ酸:Asp及びGlu
塩基性アミノ酸:Lys、Arg、及びHis
【0049】
或るポリペプチドが体重増加抑制活性を有するか否かの判定方法は、特に限定されるものではないが、例えば、実施例4に記載の方法によって確認することができる。すなわち、前記ポリペプチドをコードする遺伝子を用いて作製したトランスジェニック動物を、標準食又は高脂肪食で飼育し、その体重変動を野生型動物と比較することによって確認することができる。
【0050】
トランスジェニック動物作製用ポリペプチドとして用いることのできる前記ポリペプチド(c)における「ストリンジェントな条件」としては、ハイブリダイゼーションのための条件として、「5xSSPE、5xデンハート(Denhard’s)液、0.5%ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、40%ホルムアミド、200μg/mLサケ精子DNA、37℃オーバーナイト」程度の条件であり、より厳しい条件としては「5xSSPE、5xデンハート液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、200μg/mLサケ精子DNA、42℃オーバーナイト」程度の条件である。また、洗浄のための条件として、緩い条件としては「5xSSC、1%SDS、42℃」であり、通常の条件として「0.5xSSC、0.1%SDS、42℃」程度の条件であり、より厳しい条件としては「0.2xSSC、0.1%SDS、65℃」程度の条件である。なお、5XSSPEの組成は、50mmol/Lリン酸ナトリウム(pH7.4)、0.75mol/L NaCl、及び5mmol/L EDTAであり、5XSSCの組成は、0.75mol/L NaCl及び75mmol/Lクエン酸ナトリウム(pH7.0)である。
【0051】
トランスジェニック動物作製用ポリペプチドとして用いることのできる前記ポリペプチド(d)における前記相同性は、少なくとも95%以上であるが、97%以上の相同性を示すことが好ましい。なお、アミノ酸配列の相同性は、BLAST検索アルゴリズムを用いて決定することができる。具体的には、BLASTパッケージ(sgi32bit版、バージョン2.0.12;NCBIより入手)のb12seqプログラム[Tatiana A.Tatusova,Thomas L.Madden,FEMS Microbiol Lett.174:247−250(1999)]を用い、デフォルトパラメーターに従って算出することができる。ペアワイズ アラインメント パラメーターとして、プログラム名blastp、Gap挿入Cost値を0、Gap伸長Cost値を0、Query配列のフィルターとしてSEG、MatrixとしてBLOSUM62を使用することができる。
【0052】
トランスジェニック動物作製用ポリペプチドとしては、前記ポリペプチド(a)〜(d)のN末端側にシグナル配列を含むものが好ましい。シグナル配列としては、ポリペプチドの膜通過を先導する配列であれば限定されず、例えば、Biochemistry,28(3),923−930,1989に記載のシグナル配列を用いることができる。より好ましくは、前記ポリペプチド(a)〜(d)のN末端側に、配列番号3で表されるアミノ酸配列におけるシグナル配列(−20〜−1)又は配列番号5で表されるアミノ酸配列におけるシグナル配列(−24〜−1)を含むものが好ましく、配列番号3で表されるアミノ酸配列又は配列番号5で表されるアミノ酸配列が最も好ましい。
【0053】
前記トランスジェニック動物作製用ポリペプチドの起源は、ヒト又はマウスに限定されない。前記ポリペプチド(a)〜(d)のいずれかに該当する限り、例えば、ヒト又はマウス以外の生物由来のポリペプチドも、また、配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列を基にして、遺伝子工学的に人為的に改変したポリペプチドも、トランスジェニック動物作製用ポリペプチドとして用いることができる。
【0054】
前記ポリペプチド(a)〜(d)をコードするポリヌクレオチド、すなわち、本発明の非ヒトトランスジェニック動物の作製に用いることのできるポリヌクレオチドには、DNA及びRNAが含まれ、DNAであることが好ましい。前記ポリヌクレオチドとしては、例えば、配列番号2で表される塩基配列における61番〜1410番の塩基からなる配列、又は配列番号4で表される塩基配列における73番〜1371番の塩基からなる配列を含み、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを挙げることができる。好ましくは、配列番号2で表される塩基配列又は配列番号4で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、あるいは、配列番号2で表される塩基配列における61番〜1410番の塩基からなる配列、又は配列番号4で表される塩基配列における73番〜1371番の塩基からなる配列からなるポリヌクレオチドである。
【0055】
本発明の非ヒトトランスジェニック動物は、具体的には、例えば、実施例2に記載の方法に従って作製することができる。すなわち、AGFのcDNAの上流にCAGプロモーターを連結させたDNAコンストラクトを作製し、得られたDNAコンストラクトをES細胞へ導入し、例えば、ウエスタンブロット解析によりAGFが発現しているクローンを選択し、それを胚盤胞へマイクロインジェクションし、その操作卵を子宮へ移植することにより、キメラマウスを出産させることができる。前記キメラマウスを正常マウスと交配させることによりトランスジェニックマウスを得ることができる。
【0056】
本発明の非ヒトトランスジェニック動物は、肥満、糖尿病、及び/又は高脂血症の治療薬、並びに/又は創薬標的分子を同定することに使用することができる。より具体的には、任意の遺伝子Xを改変した動物(例えば、マウス)と、本発明の非ヒトトランスジェニック動物(例えば、AGFトランスジェニックマウス)とを交配させることにより、両遺伝子が改変した産仔を作出することができ、その産仔の表現型解析を行うことができる。両遺伝子改変動物に抗肥満、抗糖尿病、及び/又は抗高脂血症作用がなくなっていた場合、前記遺伝子Xに抗肥満、抗糖尿病、及び/又は抗高脂血症作用があることが判り、遺伝子X及び/又は遺伝子Xに対する機能促進剤が肥満、糖尿病、及び/又は高脂血症の治療薬となることが判る。
【0057】
また、本発明の非ヒトトランスジェニック動物で発現変動している遺伝子は、肥満、糖尿病、及び/又は高脂血症の創薬標的分子となり、前記遺伝子又はそのアゴニスト若しくはアンタゴニストは、抗肥満薬、抗糖尿病薬、及び/又は抗高脂血症薬となる。本発明の非ヒトトランスジェニック動物は、新たな創薬標的分子を同定するための材料(例えば、組織や血液)の供給源として有用である。
【実施例】
【0058】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。なお、特に断りがない場合は、公知の方法(「Molecular Cloning」,Sambrook,J.ら,Cold Spring Harbor Laboratory Press,1989年など)に従って実施可能である。また、市販の試薬やキットを用いる場合には、市販品の指示書に従って実施可能である。
【0059】
ノックアウト動物及びトランスジェニック動物の作製については、特に断りがない場合は、Manipulating the Mouse Embryo.A Laboratory Manual.2nd Edition,B.Hogan,R.Beddington,F.Costantini,E.Lacy,Cold Spring Harbor,New York,Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994に従って、ES細胞を用いたキメラマウス作製については、AL Joyner:Gene Targeting,A Practical Approach,OXFORD UNIVERSITY PRESS,1993又はバイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング ES細胞を用いた変異マウスの作製,相沢慎一/著,羊土社,1994に従って実施可能である。
【0060】
《実施例1:AGF KOマウスの作製》
(1)ターゲッティングベクターの作製
マウスAGF遺伝子の5’側のゲノム配列(5’long arm)、pgkプロモーター、ネオマイシン耐性遺伝子、マウスAGF遺伝子のエクソン(exon)2の一部とエクソン3を含むゲノム配列(3’short arm)、及びHSV−tk遺伝子を順にもつターゲッティングベクターを以下の方法で作製した。
【0061】
すなわち、WO03/083114号公報の実施例1と同様に作製したマウスAGFのタンパク質コード領域全長に対応するcDNAをプローブとして、添付マニュアルに従ってマウスゲノミックライブラリー(Mouse Genomic,129 SVJ Library;ストラタジーン社)のスクリーニングを行い、約17.9kbpの配列(AGF遺伝子を含む、mouse−pub−genome配列ACO73775.2の90644〜108544)を持つファージクローンを単離し、プラスミドpBluescript(ストラタジーン社)にサブクーニングした。このプラスミドクローン(pBN2)を制限酵素SalI及びMfeIで切断することで、約6.2kbpの5’ロングアーム(mouse−pub−genome配列ACO73775.2の90664〜96900を含む)を切り出した。また、前記プラスミドpBN2を鋳型にして、配列番号6(CTAGACTAGTTGCAAAGGCGTGCGGCGG人工配列)及び配列番号7(CTAGACTAGTGGATCCGCAGGCTTGCTTTGACTTAC人工配列)で表される塩基配列からなるプライマーセットを用いてPCRを行い、約2.0kbpの3’ショートアーム(mouse−pub−genome配列ACO73775.2の105903〜107914を含む)を得た。5’ロングアーム及び3’ショートアームを、それぞれ、プラスミドpPNT(Cell,1991,65(7),1153−1163)のXhoIサイト及びXbaIサイトへ挿入してターゲッティングベクターを完成した。
【0062】
(2)相同組み換えES細胞の取得
得られたターゲッティングベクターを制限酵素NotIで切断し、ES細胞株R1(Proceedings of the National Academy of Sciences,Vol 90,8424−8428,1993)へ電気穿孔法で導入した。G418を含んだ培地でES細胞を培養し、耐性株を得た。ES細胞からDNAを抽出し、相同組み換えのみが起きているクローンをサザンブロット解析によって同定した。具体的には、AGFのエクソン4とエクソン5を含む、配列番号8(GCCCATGGAGGGATTGTGCAGAGGCTCACGGGGCAGGTCACTGGCAGAGTGGAGTGTATGACCTGCGGCTGGGCCGTCGTGTAGTAGCCGTGTGGTGTGAACAGCAGCAGGAAGTGGAGGCTGGACTGTCATCCAGAGACGGCAGGACGGCTCTGTCAACTTCTTCACCAACTGGCAGCACTACAAGGTGTGTGCTTGTGGTGGGGGTGTCAGAGACTGCTGGGCAGAGAGGACGCCCCCACCCTCTTCCTCCTACCCTTCCAGGCGGGCTTTGGGCGTCCAGAAGGAGAATACTGGCTGGGCCTGGAACCTGTGCATCAGGTGACAAGCCGTGGGGACCACGAGCTGCTGATACTCCTAGAGGACTGGGGGGGCCGTGCAGCACGCGCCCACTACGACAGCTTCTCCTTGGAGCCTGAGAGTGACCACTACCGTCTGCGGCTTGGCCAGTACCACGGCGATGCCGGAGACTCCCTCTCTTGGCACAATGACAAAACCTTTCAGCACTGTGGATAGGGACAGAGACTCATATTCTGマウス)で表される塩基配列からなるDNAをプローブとして、制限酵素HindIIIで切断したDNAを用いてサザンブロット解析を行った。その結果、野生型の4.6Kbに対して相同組換えでは6.5KbのDNA断片を検出することができた。
【0063】
(3)AGF KOマウスの作製
得られたES細胞株を、C57BL/6マウスとDBA/2マウス交雑第2代であるBDF2マウスより得た胚盤胞へマイクロインジェクションし、操作卵を子宮へ移植した。操作卵を移植し妊娠したマウスより、キメラマウスを出産させた。キメラマウスをC57BL/6マウスと交配することによって、AGFの開始コドンを欠失した変異アレルを持つヘテロ接合体マウス(以下、AGFヘテロKOマウスと称する)を得た。AGFヘテロKOマウス同士の交配によってホモ接合体マウス(以下、AGFホモKOマウスと称する)を得た。仔マウスの尻尾より単離したゲノムDNAを鋳型としてPCRを行い、マウスの遺伝子型を、PCRによって生じるDNA断片のサイズによって確かめた。尻尾をプロテイナーゼKで処理し、DNAをフェノール・クロロホルム抽出した。抽出したDNAは、イソプロパノール沈殿及びエタノール沈殿によって回収し、トリス−EDTA緩衝液(以下、TE溶液と称する)に溶解した。ネオマイシン耐性遺伝子配列及びターゲッティングによって欠失するゲノム配列に基づいて次の塩基配列からなるプライマーをデザインした。
(ネオマイシン耐性遺伝子)

(ゲノムDNA)

【0064】
得られた仔マウス由来ゲノムDNAについて、前記プライマーを用いてPCRを行った。PCRはDNAポリメラーゼ(ExTaq;Takara社)を用いて、95℃(5分間)の熱変性を行った後、95℃(1分間)、60℃(1分間)、及び72℃(1分間)からなるサイクルを30サイクル実施し、更に72℃(7分間)の伸長反応を行い、増幅される断片のサイズを調べた。変異アレルがある場合は、ネオマイシン耐性遺伝子を検出するPCRにおいて545bpのバンドが検出され、野生型アレルがある場合は、マウスAGFエクソン1を含むゲノムDNAを検出するPCRにおいて322bpのバンドが検出される。これらの結果より、マウスの遺伝子型を判定した。その結果、AGFホモKOマウスでは、変異アレルのバンドが検出され、野生型アレルのバンドが検出されず、AGFヘテロKOマウスでは、変異アレルのバントと野生型アレルのバンドが共に検出され、野生型マウス[以下、リターメイト(Littermate)WTマウスと称する]では変異アレルのバンドが検出されず、野生型アレルのバンドが検出された。
【0065】
また、前記実施例1(2)のサザンブロット解析を行なうことでも、マウスの遺伝子型を調べた。その結果、AGFホモKOマウスでは、変異アレルの6.5kbpのバンドが検出され、AGFヘテロKOマウスでは、変異アレルの6.5kbpのバントと野生型アレルの4.6kbpのバンドが共に検出され、リターメイトWTマウスでは野生型アレルの4.6kbpのバンドが検出された。
【0066】
更に、AGF KOマウスから採血した血液を37℃に30分間静置後、遠心し、その上清から血清を得た。血清をリシス(lysis)バッファー[0.5mol/L HEPES(pH7.2),1%TritonX−100,10%グリセロール,10mmol/L Na,0.1mol/L NaF,0.1mmol/L NaVO,4mmol/L EDTA(pH8),0.05mg/mLアプロチニン,1mmol/L PMSF,0.1mmol/Lロイペプチン,0.025mmol/LペプスタインA]で20倍希釈したものを2×SDSサンプルバッファーで倍量希釈した。1レーン当たり20μLを10%アクリルアミドゲルにて電気泳動を行い、ウエスタンブロッティングを行なった。ウエスタンブロッティングは、ブロッキング剤として5%ウシ血清アルブミン(BSA)含有TBS−T[20mmol/L Tris−HCl(pH7.5),150mmol/L NaCl,0.05%(w/v)Tween20]を、1次抗体として抗マウスAGF抗体(WO03/083114号公報)を、2次抗体として抗ラビット抗体(ALI3404;BIO SourCE社)を3%BSA含有TBS−Tで5000倍に希釈したものを各々使用した。AGFホモKOマウスでは、AGFのバンドが欠失していることよりAGFの欠損を確認した。
【0067】
《実施例2:CAG−AGF Tgマウスの作製》
本実施例では、CAG(modified chicken beta−actin promoter with CMV−IE enhancer)プロモーター[GENE,108(1991)193−200]制御下に全身にマウスAGFを強制発現させたAGFトランスジェニックマウス(以下、CAG−AGF Tgマウスと称する)を作製した。プラスミドpBluescriptII KS(+)(ストラタジーン社)のマルチクローニングサイトに、CAGプロモーター(1.7kb)、lox71配列、ブラストサイジン遺伝子(bsr)、ポリAシグナル配列(0.5kb)、lox P配列、マウスAGF cDNA配列、及びIRES(internal ribosomal entry site)−β−geo−ポリA配列(4.5kb)を順に挿入したプラスミドを以下の方法で作製した。
【0068】
WO03/083114号公報と同様に作製したマウスAGF全長cDNAを鋳型に、配列番号13(AGAAGCTTCACCATGGGGACCGCCAGGCTAC人工配列)及び配列番号14(CCGTCGACATTAGATCTTCACAAGCGCACAAGCCGGGTC人工配列)で表される塩基配列からなるDNAをプライマーセットとしてPCR(95℃で10分間の反応後、94℃で15秒間、60℃で30秒間、及び72℃で2分間からなる反応を45サイクル実施)を行い、得られたPCR産物をpZErO−2クローニングベクター(インビトロジェン社)にサブクローニングした。得られたプラスミドを制限酵素HindIIIとSalIで切断し、プラスミドpBluescriptII SK(ストラタジーン社)のHindIIIとSalIサイトへ挿入してマウスAGF全長遺伝子をもつプラスミドpBS−mAGFを作製した。次に、プラスミドpBS−mAGFにIRES−β−geo−ポリA遺伝子を導入するために、この遺伝子を持つプラスミドpU−San(Hum Mol Genet 8:387−396 1999)を制限酵素SalIとBglIIで切断してIRES−β−geo−ポリA遺伝子を切り出し、pBS−mAGFのBglIIとSalIサイトへ挿入し、マウスAGF cDNA配列及びIRES−β−geo−ポリA配列を持つプラスミドpBS−mAGF−βgeoを作製した。
【0069】
CAGプロモーター、lox71配列、bsr、及びポリAシグナル配列を持つプラスミドpCAGlox71bsr(Nucleic Acids Res.1997;25(4):868−872)の、ポリAシグナルの3’側に、loxP配列を挿入して、bsrとpolyAシグナルをlox71配列とloxP配列で挟んだ構造を持つプラスミドを作製した。すなわち、loxPを含むリン酸化(kination)処理した81bpの断片(配列番号15:GATCCGGAACCCTTAATATAACTTCGTATAATGTATGCTATACGAAGTTATTAGGTCCCTCGACCTGCAGCCCGGGGGATC:人工配列)を、制限酵素SmaIでの切断後BAP(bacterial alkaline phosphatase)処理したプラスミドpCAGlox71bsrへ挿入し、プラスミドloxP−lox71を作製した。プラスミドloxP−lpx71に挿入されたloxP配列を確認するために、T3プライマー(配列番号16:AATTAACCCTCACTAAAGGG)を用いてシークエンシングを行い、挿入したloxP配列を含む領域の塩基配列を調べた。その結果、T3プライマーで読んだ塩基配列が、前記配列番号15で表される塩基配列と一致し、loxPとlox71が同じ方向であることを確認した。プラスミドloxP−lox71を制限酵素SpeIで切断し、得られたCAGプロモーター、lox71配列、bsr、ポリAシグナル配列、及びloxP配列を含む断片を、プラスミドpBS−mAGF−βgeoのSpeIサイトへ挿入し、目的のプラスミドpBS−loxP−lox71−mAGF−βgeoを作製した。得られたプラスミドpBS−loxP−lox71−mAGF−βgeoの構造を図1に示す。このプラスミドを制限酵素NotIで切断し、直鎖DNA断片[CAGプロモーター(promoter)、lox71配列、bsr、ポリAシグナル配列(pA)、lox P配列、マウスAGF cDNA配列、及びIRES−β−geo−ポリA配列(pA)を含む]を得た。
【0070】
TT2 ES細胞[Anal.Biochem.,1993,214(1):70−76]に電気穿孔法で前記直鎖DNA断片を導入した(0.8V,3μF)。4μg/mLブラストサイジン存在下でES細胞を培養して、遺伝子が導入された細胞を選択し、20クローンを樹立した。これらの細胞にCAG−Creベクター(Blood,1326−1333,Vol100,2002)をサークルのまま電気穿孔法で導入した(0.8V,3μF)。
【0071】
CAGプロモーターによって発現したCreリコンビナーゼが、lox71−loxP間の遺伝子を除去すれば、AGF及びβ−geoがCAGプロモーター活性によって発現する。そこで、β−geo発現クローンを選択するために、G418(200μg/mL)存在下でES細胞を培養し、lox71−loxP間が除去された遺伝子構造を持つ細胞を選択した。この段階で選ばれた15クローンの細胞は、CAGプロモーター(1.7kb)、lox71配列、マウスAGF cDNA配列、及びIRES−β−geo−ポリA配列(4.5kb)をもち、CAGプロモーターの制御下にAGFが恒常的に発現しているES細胞となる。CAG−Creベクターを導入する前のlox71−loxP間が除去されていない各クローンのES細胞をネガティブコントロールとして、選ばれた15クローンのES細胞でAGFが発現していることを、実施例1(3)と同様の抗AGF抗体を用いたウエスタンブロッティングで確認した。すなわち、ES細胞をリシスバッファー及び2×SDSサンプルバッファーで2倍希釈したものをサンプルとしてウエスタンブロッティングを行い、AGFが発現していることを確認した。AGFの発現を確認したES細胞の中から、8−1、8−2、及び9−1の3ラインを選び、これを胚盤胞へマイクロインジェクションし、操作卵を子宮へ移植した。操作卵を移植し妊娠したマウスより、キメラマウスを出産させた。キメラマウスをC57BL/6マウスと交配することによってCAGプロモーターの制御下にAGFが恒常的に発現しているトランスジェニックマウスを得た。トランスジェニックマウスを同定するため、仔マウスの尻尾より単離したゲノムDNAを鋳型としてPCRを行った。尻尾をプロテイナーゼKで処理し、DNAをフェノール・クロロホルム抽出した。抽出したDNAは、イソプロパノール沈殿及びエタノール沈殿によって回収し、TE溶液に溶解した。
【0072】
マウスAGF cDNA配列及びLacZ配列に基づいて次の塩基配列からなるプライマーをデザインした。
(AGF)

(LacZ)

このプライマーを用いてPCRを行うと、導入遺伝子からは、AGF cDNAを検出するPCRにおいて325bp断片が増幅され、LacZを検出するPCRにおいては320bp断片が増幅され、マウスゲノムDNAからはこれらのサイズの断片は増幅されないはずである。前記プライマーを用いて、得られた仔マウス由来ゲノムDNAについてPCRを行った。PCRはDNAポリメラーゼ(ExTaq;Takara社)を用いて、94℃(5分間)熱変性を行った後、94℃(1分間)、62℃(1分30秒間)、及び72℃(1分30秒間)からなるサイクルを28サイクル実施し、更に72℃(7分間)の伸長反応を行い、増幅される断片のサイズを調べた。その結果、3ラインとも、AGF cDNAを検出するPCR及びLacZを検出するPCR共にバンドが確認された。すなわち、3ラインともジャームライントランスミッションを確認し、それぞれCAGプロモーターの制御下にAGFが恒常的に発現しているトランスジェニックマウスであることが確認された。
【0073】
《実施例3:CAG−AGF TgマウスのAGF遺伝子発現》
実施例2で作製したCAG−AGF Tgマウスで、AGF遺伝子がどの程度発現しているかを調べた。CAG−AGF Tgマウス及び同腹の野生型マウス(リターメイトWTマウス)の白色脂肪(WAT)、褐色脂肪(BAT)、大脳、小脳、視床下部、心臓、肝臓、腎臓、脾臓、骨格筋、及び膵臓の各組織よりトリゾール試薬(Invitrogen社)を用いて総RNAを調製した。市販のRNA精製試薬(RNeasy;キアゲン社)及びDNアーゼ(キアゲン社)を用いて総RNAをDNアーゼ処理及びクリーンアップした。DNアーゼ処理した総RNA0.5μgを、スーパースクリプト・ファーストストランドシステム(RT−PCR用)(LIFE TECHNOLOGIES社)を用いてcDNAに変換した。
【0074】
AGF及び内部標準の18SリボゾーマルRNA(18SrRNA)の発現量は定量PCR法で行なった。定量PCRは、シークエンスディテクションシステム(ABI PRISM 7900HT Sequence Detection System;Applied Biosystems社)を用いて、リアルタイムの蛍光量を計測することで測定した。鋳型としてcDNAを、プライマーとして各遺伝子毎にデザインしたプライマー及びタックマンプローブ(Taq Man probe)を使用した。AGF遺伝子の発現量測定には、プライマーとして配列番号21(TCGTGTAGTAGCCGTGTGGTGTマウス)と配列番号22(CACCTGATGCACAGGTTCCAマウス)を用い、PCR試薬として市販の試薬(SYBR Green PCR Master Mix;アプライドバイオシステムズ社)を用いてPCRを行った。18S rRNAの発現量測定には、プライマーとして配列番号23(TGGTTGATCCTGCCAGTAGマウス)と配列番号24(CGACCAAAGGAACCATAACTマウス)を、タックマンプローブとして配列番号25(CCGGTACAGTGAAACTGCGAATGマウス)を用い、PCR試薬として市販の試薬(TaqMan Universal PCR Master Mix;アプライドバイオシステムズ社)を使用してPCRを行った。
【0075】
PCRの反応は、95℃(10分間)の初期変性反応を実施した後、94℃(15秒間)と60℃(60秒間)からなるサイクル反応を45回繰り返すことにより実施した。遺伝子発現量算出の標準曲線は、上記cDNA又はマウスゲノムDNAを鋳型として用いて同様の反応を行ない、遺伝子の発現量はサンプル間の相対値で算出した。
その結果、CAG−AGF Tgマウスの組織では、WTマウスの組織に比べてAGF遺伝子の発現量が上昇していることが判った。特に、骨格筋、BAT、心臓での発現上昇が顕著であった。
【0076】
《実施例4:遺伝子改変マウスの体重変化》
(1)CAG−AGF Tgマウスの体重変化
CAG−AGF TgマウスをC57BL/6に2世代戻し交配し、F2のCAG−AGF Tgマウスを得た。CAG−AGF Tgマウス及びリターメイトWTマウスを標準食(CE−2;日本クレア社)で通常に飼育した。6週齢の雌マウスの体重を比較したところ、CAG−AGF Tgマウスは15.7g±0.8g(SD)、WTマウスは17.8g±0.5g(SD)であり、12週齢の雌マウスの体重を比較したところ、CAG−AGF Tgマウスは19.5g±0.7g(SD)、WTマウスは23.5g±2.5g(SD)であり、CAG−AGF Tgマウスの方が体重が少ないことが判った。
【0077】
次に、同じマウスを引き続き高脂肪食負荷して体重の変動を調べた。高脂肪食(HFD−32;日本クレア社)で通常に12週間飼育し、体重の変動を調べた。その結果、12週間での体重増加量が、CAG−AGF Tgマウスは、7.1g±1g(SD)であったのに対して、WTマウスは21.8g±4g(SD)であった。これらのことより、CAG−AGF Tgマウスでは、標準食での体重増加抑制、高脂肪食での顕著な体重増加抑制があることが判り、AGFに体重増加抑制作用があることが判った。
【0078】
(2)AGF KOマウスの体重変化
AGFホモKOマウス、AGFヘテロKOマウス、及びリターメイトWTマウスを標準食で通常に飼育した。1週間毎に24週齢まで各マウスの体重を測定した。結果を図2に示す。図2に示すように、AGFホモKOマウスでは、約12週齢より、WTマウスに比べて体重が重くなり始め、その後も体重増加が続き、顕著な肥満となることが判った。AGFヘテロKOマウスでは、AGFホモKOマウスとリターメイトWTマウスの中間的な表現型となった。
【0079】
《実施例5:遺伝子改変マウスの臓器重量変化》
(1)CAG−AGF Tgマウスの臓器重量変化
CAG−AGF Tgマウスでは体重増加が抑制されていることが判ったが、その原因を明らかにするために、臓器の重量を測定した。CAG−AGF Tgマウス及びリターメイトWTマウスの、生殖器脂肪(WAT)、褐色脂肪(BAT)、肝臓、心臓、腎臓、及び脾臓の各組織を採取し、体重当たりの組織重量を計測した。標準食で飼育した12週齢のマウスと、高脂肪食で12週齢〜24週齢の12週間飼育したマウスで調べた。その結果、褐色脂肪、肝臓、心臓、腎臓、及び脾臓では、標準食飼育及び高脂肪食飼育共に、CAG−AGF TgマウスとWTマウスで組織重量の変化はなかった。一方、生殖器脂肪(白色脂肪組織)は、標準食飼育及び高脂肪食飼育共に、CAG−AGF Tgマウスの方が、WTマウスよりも体重当たりの組織重量が減少していた。すなわち、CAG−AGF Tgマウスで体重増加が抑制されていたのは、白色脂肪組織の重量増加が抑制されていたためであることが示された。すなわち、AGFは、他の臓器重量には何ら影響を与えず、肥満などに伴う脂肪組織重量の増加を抑制する作用があることが判った。白色脂肪組織に関する結果を図3(標準食)及び図4(高脂肪食負荷)に示す。
【0080】
(2)AGF KOマウスの臓器重量変化
AGF KOマウスでは体重が増加していることが判ったが、その原因を明らかにするために、臓器の重量を測定した。標準食で飼育した20週齢雌のAGFホモKOマウス、AGFヘテロKOマウス、及びリターメイトWTマウスの、生殖器脂肪(WAT)、褐色脂肪(BAT)、肝臓、心臓、腎臓、及び脾臓の各組織を採取し、体重当たりの組織重量を計測した。その結果、褐色脂肪、肝臓、心臓、腎臓、及び脾臓は、AGFホモKOマウス、AGFヘテロKOマウス、及びWTマウスで組織重量の変化はなかった。一方、生殖器脂肪は、AGFホモKOマウスの方が、WTマウスよりも、マウス個体当たり及び体重当たりの組織重量が増加していた。AGFヘテロKOマウスは、AGFホモKOマウスとWTマウスの中間的な組織重量となった。すなわち、AGF KOマウスで体重が増加していたのは、生殖器脂肪組織等の白色脂肪組織の重量が増加していたためであることが示された。このことより、AGF KOマウスは、CAG−AGF Tgマウスと逆の表現型となることが明らかとなり、AGFの生理活性として他の臓器重量には影響を与えずに脂肪組織の重量増加抑制作用があることが明らかとなった。生殖器脂肪組織(白色脂肪組織)に関する結果を図5(白色脂肪組織重量)及び図6(白色脂肪組織重量/体重)に示す。
【0081】
《実施例6:遺伝子改変マウスの脂肪細胞形態変化》
(1)CAG−AGF Tgマウスの脂肪細胞形態変化
高脂肪食負荷することで白色脂肪組織の重量が増大し、更に脂肪細胞が肥大化することが知られている。脂肪細胞の肥大化は糖尿病の悪性化と関連があることが知られている(医学のあゆみ,192,513−518,2000;医学のあゆみ,192,541−545,2000)ため、CAG−AGF Tgマウスの脂肪細胞の形態を調べた。高脂肪食で12週齢〜24週齢の12週間飼育したCAG−AGF Tgマウス及びリターメイトWTマウスの生殖器脂肪組織を採取し、10%中性緩衝ホルマリン液(Wako)で固定し、パラフィン包埋後、薄切切片の作製及びヘマトキシレンーエオジン(H&E)染色を行なった。結果を図7に示す。リターメイトWTマウス(NTG)では、脂肪細胞が肥大化していたが、CAG−AGF Tgマウス(TG)では、脂肪細胞の肥大化が抑制されて、ほぼ正常の大きさに維持されていた。
【0082】
(2)AGF KOマウスの脂肪細胞形態変化
糖尿病モデルマウスや肥満モデルマウスでは、脂肪組織の重量増大に伴って脂肪細胞が肥大化していることが知られている[Diabetologia,14(3),141−148,1978]。脂肪細胞の肥大化は糖尿病の悪性化と関連があることが知られているため、AGF KOマウスの脂肪細胞の形態を調べた。AGFホモKOマウス及びリターメイトWTマウスの生殖器脂肪組織(WAT)及び褐色脂肪組織(BAT)を採取し、10%中性緩衝ホルマリン液で固定し、パラフィン包埋後、薄切切片の作製及びヘマトキシレンーエオジン(H&E)染色を行なった。結果を図8(AGFホモKOマウス)及び図9(リターメイトWTマウス)に示す。リターメイトWTマウスのWATは、脂肪細胞が正常の大きさであったが、AGFホモKOマウスのWATは、脂肪細胞が肥大化していることが判った。更に、AGFホモKOマウスではリターメイトWTマウスに比べてBATでの脂肪の蓄積が観察された。
【0083】
《実施例7:遺伝子改変マウスの組織中トリグリセリド含量変化》
(1)CAG−AGF Tgマウスの組織中トリグリセリド含量変化
肥満では、脂肪組織の増大に加えて、骨格筋や肝臓中でのトリグリセリド(TG)含量の増加が起きることが知られている(日本臨床、1995年、53巻、1995年特別号、肥満症、p354−p358)。そこでCAG−AGF Tgマウスの骨格筋(腓腹筋)及び肝臓組織中のTG含量を調べた。CAG−AGF Tgマウス(Tg)及びリターメイトWTマウス(WT)を高脂肪食(HFD−32;日本クレア社)で1箇月間及び3箇月間飼育し、各マウスの骨格筋及び肝臓組織から、クロロホルム−メタノール溶液を用いて、組織中のTGを抽出した(生化学実験講座3、脂質の化学、東京化学同人)。抽出したTGの濃度をキット(トリグリセライドEテストワコー;和光純薬工業社)を用いて測定し、組織中のTG含量を求めた。結果を図10(肝臓)及び図11(骨格筋)に示す。骨格筋と肝臓共にCAG−AGF TgマウスはWTマウスに比べて、組織中のTG含量が減少していることが判った。このことより、肥満によって増加することが知られている骨格筋や肝臓中のTG含量を、AGFが減少させる活性があることが明らかとなった。
【0084】
(2)AGF KOマウスの組織中TG含量
AGF KOマウスの骨格筋(腓腹筋)及び肝臓組織中のTG含量を調べた。AGF KOマウス及びリターメイトWTマウスの骨格筋及び肝臓組織から前記(1)の方法で、組織中のTGを抽出した。抽出したTGの濃度をキット(トリグリセライドEテストワコー;和光純薬工業社)を用いて測定し、組織中のTG含量を求めた。結果を図12に示す。AGF KOマウスはWTマウスに比べて、骨格筋及び肝臓組織中のTG含量が顕著に増加していることが判った。AGF KOマウスはCAG−AGF Tgマウスと逆の表現型となることが判り、AGFの生理活性として、骨格筋や肝臓中のTG含量を減少させる活性があることが明らかとなった。
【0085】
《実施例8:AGF KOマウスの血糖値及び血中インスリン濃度変化》
AGFホモKOマウス及びリターメイトWTマウスの糖負荷試験を行い、血糖値及び血中インスリン濃度を調べた。マウスを16時間絶食後、1g/kgのD−グルコースを腹腔内注射(ip)による投与し、投与前、並びに投与後15、30、60、及び120分後に眼静脈より採血した。グルテストエース(三和化学研究所)を用いて血糖値を、RIA2抗体法(SRL社)を用いて血中インスリン濃度を測定した。結果を図13(血糖値)及び図14(血清インスリン)に示す。
【0086】
WTマウスは、糖負荷により上昇した血糖値が投与後30分後から減少し始めるのに対して、AGFホモKOマウスは、糖負荷によって血糖値がより大きく上昇し、投与後60分後でも血糖値は減少し始めなかった。これらのことより、AGFホモKOマウスでは耐糖能異常が起きていることが判った。血中インスリン濃度は、WTマウスでは、糖負荷によりインスリン濃度が上昇したが、AGFホモKOマウスでは、糖負荷前から血中インスリン濃度が顕著に高値であり、高インスリン血漿の状態にあることが判った。これらのことより、AGF遺伝子を欠失したAGFホモKOマウスでは、糖尿病が惹起されることが判り、AGFに抗糖尿病作用があることが明らかとなった。
【0087】
《実施例9:CAG−AGF Tgマウスの酸素消費量》
CAG−AGF Tgマウス及びリターメイトWTマウスの酸素消費量を測定した。酸素消費量測定装置(OXYMAX;Columbus Instruments社)を用いて、絶食下で、マウスの酸素消費量を24時間に渡り計測した。計測方法は酸素消費量測定装置に添付の取扱説明書に従った。CAG−AGF Tgマウス及びリターメイトWTマウス各14匹の、酸素消費量を計測し、明期の12時間(7:00〜19:00)、暗期の12時間(19:00〜7:00)、及び24時間の酸素消費量を求め、CAG−AGF TgマウスとWTマウス間で比較した。結果を図15に示す。何れの時間帯においても、CAG−AGF Tgマウスの酸素消費量(VO)がWTマウスに比較して多いことが判った。この結果、AGFには酸素消費量を亢進する活性があることがわかった。酸素消費量とエネルギー消費量は相関するので、酸素消費量が亢進することで、抗肥満の作用がある[FEBS Letters,491(1−2):154−158,2001]。AGFには酸素消費量を亢進する活性があることが判ったので、AGFには抗肥満作用があることが裏付けられた。
【0088】
《実施例10:CAG−AGF Tgマウスの組織中の遺伝子発現変動》
CAG−AGF Tgマウスの褐色脂肪組織(BAT)及び骨格筋での、UCP(Uncoupling Protein)遺伝子及びPPAR(Peroxisome Proliferator−Activated Receptor)遺伝子の発現変動を調べた。CAG−AGF Tgマウス及びリターメイトWTマウスのBAT及び骨格筋組織から、実施例3と同様の方法で、総RNAを調製し、DNアーゼ処理後、cDNA合成した。UCP1、UCP3、PPAR−α、PPAR−δ、及びβ−アクチンの発現量は定量PCR法で行なった。定量PCRは、実施例3に記載の方法と同様の方法で実施した。各遺伝子の定量PCRで用いたプライマーとしては表1に記載のプライマーを用いた。また、市販のPCR試薬として、β−アクチンについてはSYBR Green PCR Master Mix(アプライドバイオシステムズ)を、UCP1、UCP3、PPAR−α、及びPPAR−δについては、TaqMan Universal PCR Master Mix(アプライドバイオシステムズ)を使用した。
【0089】


【0090】
その結果、CAG−AGF TgマウスのBATではUCP1が発現誘導していること、CAG−AGF Tgマウスの骨格筋ではUCP3、PPAR−α、及びPPAR−δが発現誘導していることが判った。すなわち、AGFは、BATではUCP1を発現誘導させ、骨格筋ではUCP3、PPAR−α、及びPPAR−δを発現誘導させることが判った。このことより、AGFによる熱消費を亢進させるUCPの発現亢進、熱消費や脂質代謝を亢進させるPPARの発現亢進が、AGFによる酸素消費量の亢進、体重増加抑制、及び脂肪組織重量増加抑制等の作用のメカニズムの一つであることが明らかとなった。
【0091】
《参考例1:マウスAGFとヒトAGFの発現及び精製》
ヒトAGF及びマウスAGFをWO03/083114号公報(実施例19)に記載の方法に従って発現し、精製した。すなわち、PCRにより得られた約1.4kbp(ヒト)又は約1.3kbp(マウス)のDNA断片をプラスミドpcDNA−Signal−FLAGに挿入して得られた発現プラスミドをHEK293細胞に導入した。ヒトAGF及びマウスAGFの発現細胞株の培養上清を、抗FLAG−M2モノクローナル抗体アガロースアフィニティーゲル(ANTI−FLAG M2 Monoclonal Antibody Agarose Affinity Gel;Sigma社)を用いてアフィニティー精製してヒト及びマウスのリコンビナントAGFタンパク質を得た。
【0092】
《参考例2:骨格筋分化C2C12細胞へのAGF刺激による遺伝子発現変動》
C2C12細胞(ATCCより入手)をコンフルエントまで培養後、培養培地を10%ウシ胎児血清(FCS)含有のDMEMから、2.5%ウマ血清含有のDMEMに置換して、8日間培養を継続し、細胞を骨格筋細胞へ分化させた。骨格筋分化したC2C12細胞へ、12時間のスターベーション後、3μg/mLのヒト又はマウスAGFリコンビナントタンパク質を添加又は未添加し、添加後、4、8、12、及び24時間反応した。AGF無刺激及びAGF刺激した細胞から総RNAを調製し、DNアーゼ処理後、cDNA合成した。PPAR−α、PGC−1α(Peroxisome Proliferator−Activated Receptor−coactivator 1 alpha)、及びCYP(cyclophilin)の遺伝子発現量は、前記実施例10に記載した方法で定量PCRを行うことで測定した。定量PCRには、表1及び表2に記載のプライマーを用いた。また、市販のPCR試薬として、CYPについてはSYBR Green PCR Master Mix(アプライドバイオシステムズ)を、PPAR−α及びPGC−1αについては、TaqMan Universal PCR Master Mix(アプライドバイオシステムズ)を使用した。LCAD(long−chain acyl−CoA dehydrogenase)の遺伝子発現量は、市販のアッセイシステム(Assay on demand;アプライドバイオシステムズ社)及びTaqMan Universal PCR Master Mix(アプライドバイオシステムズ)を利用して測定した(Assay ID:Mm00599660_ml)。測定は前記実施例10に記載した方法に準じて行なったが、プライマー及びPCR反応液は、前記アッセイシステムで購入した反応液を使用し、添付のプロトコールに従って実施した。
【0093】

【0094】
その結果、ヒト又はマウスAGF刺激により、PPAR−α、PGC−1α、及びLCADの各遺伝子が発現誘導されることが判った。このことより、AGFにより、骨格筋細胞で、熱消費の亢進及び脂肪酸酸化の亢進が引き起こされることが判った。PPAR−α及びPGC−1αが脂質代謝や熱消費を亢進させることが知られている[Acta Physiologica Scandinavica.178(4):425−434,2003;Endocrine Reviews 24(1):78−90,2003]。AGFが、PPAR−α、LCAD、及びPGC−1αを発現誘導したことから、AGFには抗肥満作用があることが裏付けられた。
【0095】
《実施例11:hAGF mRNA転写領域上流配列のクローニング》
(1)hAGF mRNA転写領域上流の約200、約300、約400、約600、及び約800(bp)のクローニング
ヒトゲノム(Genomic DNA;クロンテック社)を鋳型にし、DNAポリメラーゼ(TaKaRa LA taqTM;宝酒造社)を用い、95℃2分間の後、94℃30秒間、60℃30秒間、及び72℃1分間のサイクルを40回、続いて72℃5分間の条件でPCRを行った。プライマーセットとしては、(配列番号45、配列番号46)、(配列番号47、配列番号46)、(配列番号48、配列番号46)、(配列番号49、配列番号46)、及び(配列番号50、配列番号46)で表される塩基配列からなる5種類のプライマーセットを用いた。それぞれのプライマーセットを用いて得られた約200、約300、約400、約600、及び約800bpの断片をクローニングベクター(pCR2.1−TOPO;インビトロジェン社)に各々サブクローニングした。ここで得られた各サブクローンを制限酵素KpnI及びNheIで処理し、配列番号1で表される塩基配列の2790番〜3001番、2705番〜3001番、2604番〜3001番、2406番〜3001番、及び2206番〜3001番で表される各塩基配列を含む断片を、制限酵素KpnI及びNehIで処理したルシフェラーゼアッセイシステム用ベクターpGV−B2(PicaGene Vector 2ベーシックベクター;東洋インキ社)に挿入し、pGV−hAGFpro200(N6)、pGV−hAGFpro300(N6)、pGV−hAGFpro400(N6)、pGV−hAGFpro600(N6)、及びpGV−hAGFpro800(N6)を得た。
【0096】
このようにして、配列番号1で表される塩基配列の2790番〜3001番、2705番〜3001番、2604番〜3001番、2406番〜3001番、及び2206番〜3001番で表される各塩基配列、すなわち、ヒトAGF mRNA転写領域の上流の約200bp、約300bp、約400bp、約600bp、及び約800bpの領域をクローニングし、そのプロモーター活性の測定が可能なプラスミドを作製した。
【0097】
(2)hAGF mRNA転写領域上流の約1k、約1.3k、及び約3k(bp)のクローニングhAGF mRNA転写領域上流の約1k及び約1.3kのクローニングはPCRを用いて行なった。約1kbの領域のクローニングには、フォワードプライマーとして、配列番号51で表される塩基配列からなるDNAを、リバースプライマーとして、配列番号52で表される塩基配列からなるDNAを使用し、約1.3kbの領域のクローニングには、フォワードプライマーとして、配列番号53で表される塩基配列からなるDNAを、リバースプライマーとして配列番号52で表される塩基配列からなるDNAを使用した。ヒトゲノム(Genomic DNA;クロンテック社)を鋳型にし、これらのプライマーセット並びにDNAポリメラーゼ(TaKaRa LA taqTM;宝酒造社)を用い、95℃2分間の後、94℃30秒間、60℃30秒間、及び72℃3分間のサイクルを45回、続いて72℃5分間の条件でPCRを行った。得られた約1kbp及び1.3kbpの断片をクローニングベクター(pCR−XL−TOPO;インビトロジェン社)にサブクローニングした。各サブクローンをKpnI及びNheI処理し、得られた断片(すなわち、配列番号1で表される塩基配列の2021番〜3028番、及び1640番〜3028番で表される各塩基配列を含む断片)を、KpnI及びNheI処理したpGV−B2に挿入し、pGV−hAGFpro1k(N4)及びpGV−hAGFpro1.3k(N4)を得た。
【0098】
更に、フォワードプライマーとして配列番号54で表される塩基配列からなるDNA、リバースプライマーとして配列番号55で表される塩基配列からなるDNAを使用し、ヒトゲノム(Genomic DNA;クロンテック社)を鋳型にしてDNAポリメラーゼ(TaKaRa LA taqTM;宝酒造社)を用い、95℃2分間の後、94℃30秒間、63℃30秒間、及び72℃2分30秒間のサイクルを45回、続いて72℃5分間の条件でPCRを行った。
【0099】
得られた約2kbの断片を、クローニングベクター(pCR−XL−TOPO;インビトロジェン社)へサブクローニングした。ここで得られたサブクローンをKpnI及びXmaI処理し、配列番号1で表される塩基配列の1番〜1768番で表される塩基配列を含む断片を得た。pGV−hAGFpro1.3k(N4)には、hAGF mRNA転写領域上流配列中とpGV−B2ベクターのクローニングサイト中との2箇所にXmaI制限酵素サイトが存在する。8.7μgのpGV−hAGFpro1.3k(N4)を5ユニットのXmaI制限酵素で1〜10分間処理することで、XmaIが、0、1、又は2箇所切断されたプラスミドを作製した。1箇所のみ切断したプラスミドを電気泳動で分離抽出した。更にKpnI処理を行い、電気泳動により6.1kbpのサイズに分離される断片を得ることで、pGV−B2ベクターのクローニングサイト中のXmaIサイトが切断されず、hAGFプロモーター領域の配列中のXmaIサイトのみが切断されたプラスミドを得た。このプラスミドに、先に述べた方法(KpnIとXmaI処理)で得た、配列番号1で表される塩基配列の1番〜1768番で表される各塩基配列を含む断片を挿入して、pGV−hAGFpro3k(N4)を得た。
【0100】
pGV−hAGFpro800(N6)をSnaBI及びXbaI処理し、約2kbpの断片(N6断片)を得た。pGV−hAGFpro1k(N2)、pGV−hAGFpro1.3k(N4)、及びpGV−hAGFpro3k(N4)をSnaBI及びXbaI処理して、切り出される約2kbpの断片を除去した。これらに、N6断片を挿入することで、pGV−hAGFhAGFpro1k(N6)、pGV−hAGFpro1.3k(N6)、及びpGV−hAGFpro3k(N6)を得た。これらのプラスミドは、レポータープラスミド中に、配列番号1で表される塩基配列の2021番〜3001番、1640番〜3001番、及び1番〜3001番で表されるhAGFのプロモーター領域の塩基配列をそれぞれ持つ。
【0101】
このようにして、配列番号1で表される塩基配列の2021番〜3001番、1640番〜3001番、1番〜3001番で表される塩基配列であるhAGF mRNA転写領域の上流の約1kbp、1.3kbp、及び約3kbpの領域をクローニングし、そのプロモーター活性の測定が可能なプラスミドを作製した。
【0102】
《実施例12:ヒトAGFプロモーター領域DNA配列の解析》
i)pGV−B2(空ベクター)、実施例11で得られたプラスミドpGV−hAGFpro200(N6)、pGV−hAGFpro300(N6)、pGV−hAGFpro400(N6)、pGV−hAGFpro600(N6)、pGV−hAGFpro800(N6)、pGV−hAGFpro1k(N6)、pGV−hAGFpro1.3k(N6)、及びpGV−hAGFpro3k(N6)、並びにii)β−gal発現プラスミド(pCH110;アマシャムファルマシアバイオテック社)を、トランスフェクション試薬(FuGene−6;日本ロッシュ社)を用い、10%ウシ胎児血清、100μg/mLペニシリン、及び100μg/mLストレプトマイシンを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)で培養していた293EBNA細胞(インビトロジェン社)に導入した。通常の培養条件で48時間培養後のルシフェラーゼ活性を、市販の測定キット(PicaGene発色キット;東洋インキ社)を用いて測定した。この際、測定値は同時導入したβ−gal発現プラスミドより発現したβ−galの活性値で補正した。β−gal活性の測定は市販の測定キット(Galacto−Light Plusキット;ロシュ社)を用いた。その結果、約400bp〜約3kbpのDNAを含むプラスミド[pGV−hAGFpro400(N6)、pGV−hAGFpro600(N6)、pGV−hAGFpro800(N6)、pGV−hAGFpro1k(N6)、pGV−hAGFpro1.3k(N6)、及びpGV−hAGFpro3k(N6)]を導入した細胞では、ルシフェラーゼ活性の上昇は観察されなかった。意外にも、それらより短い領域である約300bpのDNAを含むプラスミド[pGV−hAGFpro300(N6)]を導入した細胞では、空ベクターを導入した細胞では認められないルシフェラーゼ活性の明らかな上昇が観察された(図16)。また、更に短い約200bpのDNAを含むプラスミド[pGV−hAGFpro200(N6)]を導入した細胞では、ルシフェラーゼ活性の上昇は観察されなかった(図17)。このことは、配列番号1で表される塩基配列の2705番〜3001番で表される約300bpの領域内にプロモーター活性が存在することを示している。更に、この約300bpのプロモーター活性を持つ領域の上流の配列中に、プロモーター活性を減弱させるサイレンサーが存在することを示している。
【0103】
配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列で表される約300bpのDNA配列を利用したレポーターアッセイを構築することができ、前記領域にAGFプロモーター活性が含まれることを見出した。本アッセイ系において、好ましくはpGV−hAGFpro300(N6)導入後の細胞に試験化合物を添加し、ルシフェラーゼ活性の変化を分析することにより、AGF遺伝子のプロモーター活性を促進しAGFの発現を亢進する物質である抗肥満薬、糖尿病治療薬、及び/又は抗高脂血症治療薬をスクリーニングすることができる。
【0104】
《参考例3:マウスAGFのクローニング》
マウスAGFの増幅には、フォワードプライマーとして配列番号56で表される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを、リバースプライマーとして配列番号57で表される塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを用いた。PCRは、パイロベストDNAポリメラーゼ(Pyrobest DNA polymerase;宝酒造社)を用い、5%ホルムアミド存在下で98℃(20秒)/64℃(30秒)/74℃(3分)のサイクルを35回繰り返した。その結果、約1.5kbpのDNA断片が増幅された。この断片をpCR2.1プラスミド(インビトロジェン社)を用いてクローニングし、プラスミドpCR2.1−mNewを得た。得られたクローンの塩基配列はダイデオキシターミネーション法によりDNAシークエンサー(ABI377 DNA Sequencer;アプライドバイオシステムズ社)を用いて解析した。明らかになった配列を配列番号58に示す。同配列は1374塩基のオープンリーディングフレーム(配列番号58の1番〜1374番)を持っている。オープンリーディングフレームから予測されるアミノ酸配列(457アミノ酸)を配列番号59に示す。マウスAGFは、N末端にシグナル配列(−24〜−1)を持ち、細胞外に分泌発現される際にシグナル配列が切断される。シグナル配列が切断された配列番号59で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなるマウス成熟AGFが、生理活性を有する。
【0105】
配列番号59で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列(マウス)は、ヒトNL8/NEW、アンジオポエチン様6(angiopoietin−like 6)、又はアンジオポエチン関連タンパク質5(angiopoietin−related protein 5)として公知のヒトAGFアミノ酸配列(Genbank accession番号NP_114123における21番〜470番)と76%の相同性を有していた。特に、アンジオポエチンファミリーに属するタンパク質の活性において重要であることが知られるC末端側のフィブリノーゲンドメイン[William N.Procopio et al.,J.Biol.Chem.274:30196−30201(1999)]においては89%という高い相同性を有する。このように活性を維持する上で重要と予想される領域の相同性が高いことから、配列番号58で表されるマウスAGFはヒトAGFのカウンターパートであり、マウスAGFとヒトAGFとは同等の活性を有するものと予測された。なお、アミノ酸配列の相同性は、BLAST検索アルゴリズムを用いて決定した。具体的には、BLASTパッケージ(sgi32bit版、バージョン2.0.12;NCBIより入手)のbl2seqプログラム[Tatiana A.Tatusova,Thomas L.Madden,FEMS Microbiol Lett.174:247−250(1999)]を用い、デフォルトパラメーターに従って算出した。ペアワイズ アラインメント パラメーターとして、プログラム名blastp、Gap挿入Cost値を0、Gap伸長Cost値を0、Query配列のフィルターとしてSEG、MatrixとしてBLOSUM62を使用した。
【0106】
《参考例4:AGF発現OP9細胞株の作製》
参考例3で作製したプラスミドpCR2.1−mNewを制限酵素XbaI及びSpeIで切断し、1.4kbのマウスAGF遺伝子を含む断片を得た。この断片を、XbaIで切断してBAP処理したpEF−BOS−neo[Mizushima,S.,& Nagata,S.Nucleic Acids Res.18:5322(1990)]に挿入して、マウスAGFの発現ベクターpEF−BOS−mAGFを作製した。フュージーン6(Fugene6)(Roche Diagnostics社)を用いて、添付プロトコールに従い、OP9細胞[Nakano T.,Semin.Immunol.7(3),197−203,1995]にpEF−BOS−mAGFをトランスフェクションした。300μg/mLジェネティシン(Geneticin;Roche Diagnostics社)存在下で、トランスフェクションした細胞を培養することで、マウスAGFの安定発現株(OP9/AGF)を得た。更に、ネガティブコントロール用として、マウスAGF遺伝子を含まないpEF−BOS−neoベクターのみをトランスフェクションしたOP9細胞株(OP9/vector)を得た。
【0107】
《参考例5:AGFの軟骨細胞増殖活性》
AGFの軟骨細胞増殖活性をインビトロ(in vitro)で調べた。レトロウイルス発現系で利用することができる緑色蛍光タンパク質遺伝子(green fluorescent protein;GFP)の発現ベクターであるpEGFPMY[Onai N.et al.,Blood,96(6),2074−2080,2000]をマウス前駆軟骨細胞株ATDC5[Atsumi T.et al.,Cell Differ.Dev.30(2),109−116,1990]に導入した。レトロウイルスの作製及びATDC5へのインフェクションは、Miyamotoらの方法[Miyamoto T.et al.,Blood,98(8)、2544−2554、2001]に従って実施した。
【0108】
インフェクションした細胞をATDC5培養培地[DMEM/F−12(Lifetechnologies社)、5%FCS、5μg/mLインスリン、5μg/mLトランスフェリン、3×10mol/L亜セレン酸ナトリウム]で培養し、コンフルエントになる前にトリプシン処理により培養プレートより剥がして細胞を分散した。分散した細胞を、細胞分離装置(FACS vantage;Becton Dickinson社)にかけて、GFPの蛍光を持つATDC5を分離回収して、GFPを発現するATDC5を得た。得られたGFPを発現するATDC5を培養及び増殖させ、もう一度同様に上記の細胞分離装置によるGFPを発現する細胞の分離回収を実施し、安定的にGFPを発現するATDC5(ATDC5/GFP)を得た。参考例4で作製したAGF安定発現OP9細胞株(OP9/AGF)及びコントロール用OP9細胞株(OP9/vector)を12ウエルプレートでコンフルエントになるまで培養した。このプレートに、ATDC5/GFPを50細胞/ウエルとなるように撒き、ATDC5培養培地で14日間培養した。蛍光顕微鏡でATDC5/GFPの増殖を調べた。
【0109】
その結果、コントロール用OP9細胞株(OP9/vector)をフィーダー(feeder)細胞とした場合は、ATDC5/GFPのコロニーは全く形成されておらず、ATDC5/GFPは増殖していなかった。一方、AGF安定発現OP9細胞株(OP9/AGF)をフィーダー細胞とした場合は、ATDC5/GFPのコロニーが、1ウエル当たり約16コロニーと多数形成されており、ATDC5/GFPが顕著に増殖していた。OP9/AGFは、リコンビナントAGFタンパク質を発現するので、リコンビナントAGFにATDC5/GFPの細胞増殖活性があること、すなわち、リコンビナントAGFに軟骨細胞増殖活性があることが判った。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本発明のAGFプロモーター又はスクリーニング方法並びに本発明の非ヒトノックアウト動物は、抗肥満薬、抗糖尿病薬、及び/又は抗高脂血症薬のスクリーニングの用途に適用することができる。また、本発明の非ヒトトランスジェニック動物は、抗肥満薬、抗糖尿病薬、及び/又は抗高脂血症薬の開発の用途に適用することができる。
以上、本発明を特定の態様に沿って説明したが、当業者に自明の変形や改良は本発明の範囲に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0111】
[図1]プラスミドpBS−loxP−lox71−mAGF−βgeoの構造を模式的に示す図面である。記号「pro.」及び「pri.」は、それぞれ、プロモーター及びプライマーを意味する。
[図2]AGF KOマウスの体重変化を示すグラフである。横軸は週齢(週)を、縦軸は体重(g)を示す。また、記号「WT」、「HTR」、及び「HM」は、それぞれ、WTマウス、ヘテロKOマウス、及びホモKOマウスを意味する。
[図3]CAG−AGF Tgマウス(標準食)の生殖器脂肪(白色脂肪組織)重量変化を示すグラフである。縦軸は、白色脂肪組織重量(g)/体重(g)を示す。また、記号「WT」及び「Tg」は、それぞれ、WTマウス及びTgマウスを意味する。
[図4]CAG−AGF Tgマウス(高脂肪食負荷)の生殖器脂肪(白色脂肪組織)重量変化を示すグラフである。縦軸は、白色脂肪組織重量(g)/体重(g)を示す。また、記号「WT」及び「Tg」は、それぞれ、WTマウス及びTgマウスを意味する。
[図5]AGF KOマウスの生殖器脂肪(白色脂肪組織)重量変化(白色脂肪組織重量)を示すグラフである。縦軸は、白色脂肪組織重量(g)を示す。また、記号「WT」、「HTR」、及び「HM」は、それぞれ、WTマウス、AGFヘテロKOマウス、及びAGFホモKOマウスを意味する。
[図6]AGF KOマウスの生殖器脂肪(白色脂肪組織)重量変化(白色脂肪組織重量/体重)を示すグラフである。縦軸は、白色脂肪組織重量(g)/体重(g)を示す。また、記号「WT」、「HTR」、及び「HM」は、それぞれ、WTマウス、AGFヘテロKOマウス、及びAGFホモKOマウスを意味する。
[図7]CAG−AGF Tgマウスの脂肪細胞の形態を顕微鏡で観察した結果を示す図面である。
[図8]AGFホモKOマウスの脂肪細胞の形態を顕微鏡で観察した結果を示す図面である。
[図9]リターメイトWTマウスの脂肪細胞の形態を顕微鏡で観察した結果を示す図面である。
[図10]CAG−AGF Tgマウスの組織(肝臓)中TG含量を示すグラフである。横軸は高脂肪食負荷(箇月間)を、縦軸はTG含量(mg/g組織)を示す。また、記号「WT」及び「Tg」は、それぞれ、WTマウス及びTgマウスを意味する。
[図11]CAG−AGF Tgマウスの組織(骨格筋)中TG含量を示すグラフである。横軸は高脂肪食負荷(箇月間)を、縦軸はTG含量(mg/g組織)を示す。また、記号「WT」及び「Tg」は、それぞれ、WTマウス及びTgマウスを意味する。
[図12]AGF KOマウスの組織中TG含量を示すグラフである。縦軸はTG含量(mg/g組織)を示す。また、横軸の記号「L」及び「SM」は、それぞれ、肝臓及び骨格筋を意味し、記号「WT」、「HTR」、及び「HM」は、それぞれ、WTマウス、ヘテロKOマウス、及びホモKOマウスを意味する。
[図13]AGF KOマウスの糖負荷試験の結果(血糖値)を示すグラフである。横軸は時間(分)を、縦軸は血糖値(mg/dL)を示す。また、記号「WT」及び「HM」は、それぞれ、WTマウス及びホモKOマウスを意味する。
[図14]AGF KOマウスの糖負荷試験の結果(血清インスリン)を示すグラフである。横軸は時間(分)を、縦軸は血清インスリン(ng/mL)を示す。また、記号「WT」及び「HM」は、それぞれ、WTマウス及びホモKOマウスを意味する。
[図15]CAG−AGF Tgマウスの酸素消費量を示すグラフである。横軸において、レーン1は「明期」、レーン2は「暗期」、レーン3は「24時間」であり、縦軸はVO(mL/kg/min)を示す。また、記号「WT」及び「Tg」は、それぞれ、WTマウス及びTgマウスを意味する。
[図16]ルシフェラーゼ活性を示すグラフである。縦軸はルシフェラーゼ/β−galを示す。
[図17]ルシフェラーゼ活性を示すグラフである。縦軸はルシフェラーゼ/β−galを示す。
【配列表フリーテキスト】
【0112】
以下の配列表の数字見出し<223>には、「Artificial Sequence」の説明を記載する。配列番号6、7、9、10、13、14、16、19、20、45〜53、及び56の配列で表される各塩基配列は、人工的に合成したプライマー配列であり、配列番号15の配列で表される各塩基配列は、loxPを含む配列である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】

【図15】

【図16】

【図17】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列において、1〜10個の塩基が置換、欠失、付加、及び/又は挿入された塩基配列からなり、かつアンジオポエチン関連増殖因子のプロモーター活性を有するDNA、又は
(b)配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列との相同性が90%以上である塩基配列からなり、かつアンジオポエチン関連増殖因子のプロモーター活性を有するDNA。
【請求項2】
配列番号1で表される塩基配列における2705番〜3001番の塩基からなる配列からなるDNA。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のDNAを含み、かつアンジオポエチン関連増殖因子のプロモーター活性を有することを特徴とする、組換えベクター。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のDNAを含み、かつアンジオポエチン関連増殖因子のプロモーター活性を有することを特徴とする、形質転換体。
【請求項5】
i)請求項4に記載の形質転換体に試験物質を接触させる工程、及び
ii)アンジオポエチン関連増殖因子プロモーター活性を測定し、試験物質依存的な前記活性の変化を分析する工程
を含むことを特徴とする、抗肥満薬、糖尿病治療薬、及び/又は抗高脂血症治療薬をスクリーニングする方法。
【請求項6】
請求項4に記載の形質転換体が、請求項1又は2に記載のDNAの下流にレポーター遺伝子を保持し、アンジオポエチン関連増殖因子プロモーター活性を測定する工程がレポーター遺伝子の発現を分析する工程である、請求項5に記載のスクリーニングする方法。
【請求項7】
アンジオポエチン関連増殖因子をコードするポリヌクレオチドの遺伝子機能が染色体上で欠損していることを特徴とする、非ヒトノックアウト動物。
【請求項8】
(a)配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列を含み、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチド、
(b)配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列において、1〜10個のアミノ酸残基が置換、欠失、及び/又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列をコードするDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされ、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチド、並びに
(d)配列番号3で表されるアミノ酸配列における1番〜450番のアミノ酸からなる配列、又は配列番号5で表されるアミノ酸配列における1番〜433番のアミノ酸からなる配列との相同性が95%以上であるアミノ酸配列を含み、かつ体重増加抑制活性を有するポリペプチド
からなる群から選んだポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを、CAGプロモーターと共に導入した全能性細胞を個体発生して得られる非ヒト動物又はその子孫であって、染色体上に前記ポリヌクレオチドを保有し、体細胞において前記ポリペプチドを発現することを特徴とする、非ヒトトランスジェニック動物。

【国際公開番号】WO2004/108920
【国際公開日】平成16年12月16日(2004.12.16)
【発行日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−506774(P2005−506774)
【国際出願番号】PCT/JP2004/007692
【国際出願日】平成16年6月3日(2004.6.3)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】