説明

抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法

【課題】がんの化学療法において有効な抗腫瘍効果を有する化合物を効率よく同定できる方法を提供すること。
【解決手段】被検化合物と腫瘍細胞とを酸性条件下で接触させ、腫瘍細胞の細胞増殖および/または細胞障害を測定することを含む、抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法、並びに、腫瘍細胞を酸性条件下で抗腫瘍剤と接触させ、腫瘍細胞の細胞増殖および/または細胞障害を測定することを含む、腫瘍細胞の抗腫瘍剤に対する薬剤感受性評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法に関する。具体的には本発明は、被検化合物の抗腫瘍効果を酸性条件下で測定することを含む、抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法に関する。また、本発明は、腫瘍細胞の抗腫瘍剤に対する薬剤感受性評価方法に関する。具体的には本発明は、腫瘍細胞を酸性条件下で抗腫瘍剤と接触させることを含む、腫瘍細胞の抗腫瘍剤に対する薬剤感受性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類において血液および組織は、呼吸および腎臓の酸排出の調節により、通常pH7.4前後の狭い範囲に維持されている。しかしながら、哺乳動物細胞は腫瘍組織内などの疾患部位においてしばしば酸性環境にさらされる。固形腫瘍では、不十分な血管形成や腫瘍細胞の活性増加により酸素供給の不足および代謝除去が生じ、その結果、細胞外pHレベルは6.5にまで低下する(非特許文献1)。また、酸性環境の培養細胞株において、シグナル伝達機能が通常とは異なること(非特許文献2)、酸性環境における細胞増殖に必要な因子(非特許文献3および4)、および酸性環境の培養細胞株におけるいくつかの遺伝子発現の増加が報告されている(非特許文献5)。
【0003】
医薬品の開発においては、これまでに非常に多くの化合物の抽出、合成が行われ、同時にそれら候補物質はさまざまな病態に対するスクリーニングが実施され、選別が行われてきた。
【0004】
抗腫瘍効果を有する化合物についても、多くの化合物を対象にスクリーニングが実施されている。化合物の抗腫瘍効果の評価方法として、培養腫瘍細胞株や初代培養腫瘍細胞などを用いて被検化合物をin vitroで細胞に作用させ、細胞の増殖や障害を測定することにより化合物の抗腫瘍効果を評価する方法が用いられる。このような方法のほとんどは中性条件下(pH7.4付近)で実施されており、低pH条件が薬剤に与える影響についての報告はほとんど知られていない。
【0005】
【非特許文献1】ヘルムリンガー(Helmlinger,G)ら、「Interstitial pH and pO2 gradients in solid tumors in vivo:High−resolution measurements reveal a lack of cerrelation」、ネイチャー メディシン(Nature Medicine)、1997年、第3巻、第2号、p.177−182。
【非特許文献2】フカマチ(Fukamachi,T)ら、「Different proteins are phosphorylated under acidic environments in Jurkat cells」、イムノロジカル レターズ(Immunology Letters)、2002年、第82巻、p.155−158。
【非特許文献3】ラオ(Lao,Q)ら、「An IκB−β COOH Terminal Region Protein Is Essential for the Proliferation of CHO Cells Under Acidic Stress」、ジャーナル オブ セルラー フィジオロジー(Journal of Cellular Physiology)、2005年、第203巻、p.186−192。
【非特許文献4】ラオ(Lao,Q)ら、「Requirement of an IκB−β COOH Terminal Region Protein for Acidic−Adaptation in CHO cells」、ジャーナル オブ セルラー フィジオロジー(Journal of Cellular Physiology)、2006年、第207巻、p.238−243。
【非特許文献5】カトウ(Kato,Y)ら、「Acidic Extracellular pH Induces Matrix Metalloproteinase−9 Expression in Mouse Metastatic Melanoma Cells through the Phospholipase D−Mitogen−activated Protein Kinase Signaling」、ザ ジャーナル オブ バイオロジカル ケミストリー(The Journal of Biological Chemistry)、2005年、第280巻、第12号、p.10938−10944。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
がん、例えば固形がんの治療において、抗腫瘍剤を用いる化学療法が行われる。しかし、化学療法の奏効率が低いことがしばしば問題となっている。
【0007】
本発明の目的は、がんの化学療法において有効な抗腫瘍効果を有する化合物を効率よく同定できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記目的を達成すべく鋭意研究を行い、生体の腫瘍組織における腫瘍細胞が酸性環境にあることに着目し、腫瘍細胞におけるpHの減少が薬剤の抗腫瘍効果に多大な影響を持つと考えた。そして、抗腫瘍剤の効果を異なるpH条件において検討し、多数の抗腫瘍剤の中に、中性条件下では細胞増殖抑制活性および細胞障害活性を示さないが、酸性条件下でこれら活性を示す抗腫瘍剤が存在することを見出した。この知見から本発明者らは、被検化合物の細胞増殖阻害効果および/または細胞障害効果を酸性条件下で測定することにより、一般的に酸性環境にある腫瘍組織の腫瘍細胞により有効な抗腫瘍効果を有する化合物を同定できること、および、腫瘍細胞の抗腫瘍剤に対する薬剤感受性を評価するできることに想到し、本発明を達成した。
【0009】
すなわち、本発明は、酸性条件下で、被検化合物を細胞に接触させて該細胞の増殖および/または障害を測定することを含む、抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法に関する。
【0010】
また本発明は、酸性条件下で、被検化合物を細胞に接触させて該細胞の増殖および/または障害を測定し、被検化合物が該細胞の増殖を停止または抑制するかを評価すること、および/または、被検化合物が該細胞の細胞障害を惹き起こすかを評価することを含む、抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法に関する。
【0011】
さらに本発明は、酸性条件がpH6.3〜6.8の条件である上記いずれかの抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法に関する。
【0012】
さらにまた本発明は、細胞が腫瘍細胞である上記いずれかの抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法に関する。
【0013】
また本発明は、pH6.3〜6.8の条件下で、被検化合物を腫瘍細胞に接触させて、該細胞の増殖および/または障害を測定することを含む、抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法に関する。
【0014】
さらに本発明は、酸性条件下で、腫瘍細胞を抗腫瘍剤と接触させて該腫瘍細胞の増殖および/または障害を測定することを含む、腫瘍細胞の抗腫瘍剤に対する薬剤感受性評価方法に関する。
【0015】
さらにまた本発明は、酸性条件下で、腫瘍細胞を抗腫瘍剤と接触させて該腫瘍細胞の増殖および/または障害を測定し、該抗腫瘍剤が該腫瘍細胞の増殖を停止または抑制するかを評価すること、および/または、該抗腫瘍剤が該腫瘍剤細胞の細胞障害を惹き起こすかを評価することを含む、腫瘍細胞の抗腫瘍剤に対する薬剤感受性評価方法に関する。
【0016】
また本発明は、酸性条件がpH6.3〜6.8の条件である上記いずれかの腫瘍細胞の抗腫瘍剤に対する薬剤感受性評価方法に関する。
【0017】
さらに本発明は、腫瘍細胞が生体から採取された腫瘍組織検体由来の腫瘍細胞である上記いずれかの腫瘍細胞の抗腫瘍剤に対する薬剤感受性評価方法に関する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、被検化合物の抗腫瘍効果を酸性条件下で測定することを含む、抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法を提供できる。また本発明は、腫瘍細胞を酸性条件下で抗腫瘍剤と接触させることを含む、腫瘍細胞の抗腫瘍剤に対する薬剤感受性評価方法を提供できる。
【0019】
本発明に係る化合物の同定方法は、酸性条件下で行うことを特徴とするため、従来の中性条件下で行う化合物の同定方法と比較して、一般的に酸性環境にある腫瘍組織の腫瘍細胞により有効な抗腫瘍効果を有する化合物を効率よく同定できること、および、中性条件下における化合物の同定方法では効果の検出ができなかった化合物の効果を検出できることなどの利点を有する。
【0020】
本発明に係る腫瘍細胞の薬剤感受性評価方法は、酸性条件下で行うことを特徴とするため、一般的に酸性環境にある腫瘍組織の腫瘍細胞と同様の条件で薬剤感受性を評価でき、その結果、臨床的に有効な抗腫瘍剤の選択が高い精度で実施できるという利点を有する。
【0021】
本発明は、このように、医薬分野において優れた効果を示すものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明は、被検化合物の抗腫瘍効果を酸性条件下で測定することを含む、抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法に関する。
【0023】
「抗腫瘍効果」とは、腫瘍細胞の増殖を停止する効果、腫瘍細胞の増殖を抑制する効果、および/または腫瘍細胞を障害する効果を意味する。
【0024】
「腫瘍細胞」とは、正常細胞が遺伝子レベルの変化により安定した形質として異常増殖能を獲得した細胞をいう。腫瘍細胞には良性腫瘍細胞および悪性腫瘍細胞が含まれる。良性腫瘍細胞は、その形態およびその配列がその由来する正常細胞に近い形態をとり、浸潤性や転移性のない腫瘍細胞をいう。悪性腫瘍細胞は、その形態およびその配列が種々の点でもとの細胞と異なり、転移性や浸潤性を有する腫瘍細胞をいう。本方法の範囲には、良性腫瘍細胞に対する抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法、および、悪性腫瘍細胞に対する抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法のいずれも含まれるが、本方法は、悪性腫瘍細胞に対する抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法に好ましく使用される。
【0025】
「抗腫瘍効果を有する化合物」とは、腫瘍細胞の増殖を停止する効果、腫瘍細胞の増殖を抑制する効果、および/または腫瘍細胞を障害する効果を有する化合物を意味する。
【0026】
本方法は、酸性条件下で、被検化合物を細胞に接触させて、該細胞の細胞増殖および/または細胞障害を測定することを含む。被検化合物と細胞の接触は、好ましくはin vitroで実施される。また本方法は、被検化合物が該細胞の増殖を停止または抑制するかを評価すること、および/または、被検化合物が該細胞の細胞障害を惹き起こすかを評価することをさらに含み得る。また本方法は、細胞増殖を停止または抑制する効果、および/または、細胞障害を惹き起こす効果を有する被検化合物を、抗腫瘍効果を有する化合物として選択することをさらに含み得る。
【0027】
酸性条件は、一般的に酸性と考えられる条件であって、細胞が死滅せず増殖できる条件であれば特に制限されない。酸性条件が細胞の生存や増殖に与える影響を勘案すると、好ましくはpH6.0〜6.9、より好ましくはpH6.3〜6.8、さらに好ましくはpH6.7の条件が適当である。
【0028】
被検化合物を細胞に接触させる時間は、酸性条件下で細胞を培養したときに細胞が死滅せず、かつ、被検化合物の抗腫瘍効果を検出し得る時間であれば特に制限されず、好ましくは24時間〜168時間、より好ましくは48時間〜144時間、さらに好ましくは72時間〜120時間が適当である。さらにより好ましくは、被検化合物の細胞への作用を細胞増殖の測定により評価する場合は、被検化合物を細胞に接触させる時間は120時間が適当である。また、被検化合物の細胞への作用を細胞障害の測定により評価する場合は、被検化合物を細胞に接触させる時間は76時間または96時間が適当である。
【0029】
酸性条件および被検化合物を細胞に接触させる時間は、細胞によって低pHに対する耐性や増殖速度が異なるため、使用する細胞について簡単な繰り返し実験を行って適宜決定することが好ましい。その際、コントロールとして、抗腫瘍効果が酸性条件下では検出されるが中性条件下では検出されないか検出されにくい抗腫瘍剤を使用することにより、適当な条件を容易に決定できる。このような抗腫瘍剤として、HMG−CoA阻害剤であるロバスタチン(lovastatin)およびプロテインホスファターゼ2A(PP2A)阻害剤であるカンサリジン(cantharidin)を例示できる。これら薬剤は、pH6.7の条件において最終濃度1μMでHeLa細胞に120時間接触させたときに細胞増殖抑制作用を示したが、pH7.7の条件では該作用を示さなかった(実施例1参照)。また、これら薬剤は、pH6.7の条件において最終濃度1μMでHeLa細胞に76時間または96時間接触させたときに細胞障害作用を示したが、pH7.5の条件では該作用を示さなかった(実施例1参照)。
【0030】
抗腫瘍効果の測定は、被検化合物を細胞に接触させて該細胞の増殖および/または障害を測定することにより実施できる。具体的には、細胞を適当な培養培地中で培養し、その後、酸性条件下で、被検化合物を細胞に接触させる。培養は、使用する細胞に適した公知の培地組成条件、培養温度条件、および雰囲気条件など、適宜培養条件を選択して実施する。腫瘍細胞の培養培地として、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)や、RPMI1640培地が挙げられる。培地は、動物由来の血清、例えば牛胎仔血清を1%〜20%程度含んだ培地を使用することもできる。細胞の培養は一般的には中性条件下、例えば、pH7.4〜7.7で行われる。酸性条件下で細胞を被検化合物と接触させることは、培養された細胞の培養培地を、pHを酸性に調整した培地と交換してそこに被検化合物を添加してさらに培養することにより実施できる。細胞を培養する場合、一般的に適当な雰囲気下、たとえば5% CO雰囲気下で培養を行うが、細胞を被検化合物と接触させて培養するときは、COフリーの条件で培養してもよい。
【0031】
細胞の増殖および/または障害の測定は、公知の細胞増殖測定方法や細胞障害測定方法を使用して実施できる。公知の測定法として、光学的測定や放射科学的測定が挙げられる。例えば、細胞培養中に添加した合成基質の分解に伴う発色、蛍光、発光の量的変化や、酸化還元反応に伴う酸化還元指示薬の変化、核酸量の変化などを測定する。具体的には、細胞増殖の測定は、例えば、鏡顕下で目視により細胞数を計数する方法や、放射性同位体で標識したヌクレオチドを細胞に取り込ませてDNA合成を測定する方法などにより実施できる。細胞障害の測定は、例えば、MTTアッセイを用いて実施できる。MTT法はミトコンドリア内に存在し細胞の呼吸に関与する還元酵素の解媒によりMTT(3−(4,5−ジメチルチアゾール−2イル)−2,5−ジフェニルテトラゾリウムブロミド)がホルマザンへ開裂することを利用して、生成されたホルマザン色素を比色定量することにより細胞傷害を評価する方法である。
【0032】
被検化合物を細胞に接触させたときに、被検化合物を細胞に接触させなかったときと比較して、細胞増殖が低下したとき、および/または、障害細胞が増えたときに、被検化合物は細胞増殖の抑制効果および/または細胞障害効果を有すると判定でき、さらに、抗腫瘍効果を有すると判定できる。
【0033】
本方法で使用される細胞は、哺乳細胞由来の細胞であればいずれも使用できる。好ましくはヒト由来の細胞を使用する。また、使用される細胞は、好ましくは初代培養腫瘍細胞や培養腫瘍細胞株などの腫瘍細胞であり、より好ましくは簡便に使用できることから培養腫瘍細胞株が適当である。また、本方法において細胞と被検化合物の接触を酸性条件下で行うために、培養細胞の培養培地を酸性培地に変換するとき、培養細胞が接着性であれば、交換が容易に実施できるため、接着性細胞を使用することが好ましい。具体的には、ヒト培養腫瘍細胞株として、HeLa細胞やJurkat細胞など、好ましくはHeLa細胞を例示できる。
【0034】
被検化合物は、いかなる公知化合物および新規化合物であってもよく、例えば、有機低分子化合物、タンパク質、ペプチド、糖質、脂質、核酸、または微生物、動植物、海洋生物など由来の天然成分などが挙げられる。あるいは、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作成された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリーなどを被検化合物として用いてもよい。被検化合物の添加濃度は、適宜決定できるが、最終濃度0〜10000μg/mL、好ましくは、0〜1000μg/mLの範囲内の濃度とすることが適当である。
【0035】
本方法は、具体的には、例えば、HeLa細胞をpH7.5のDMEM培地を用いて37℃、5% CO雰囲気下で24時間前培養し、その後、pH6.7のDMEM培地と交換して被検化合物を添加し、さらに37℃、COフリーで120時間培養した後、細胞数を測定し、被検化合物無添加で同様に培養した細胞の細胞数と比較することにより実施できる。また、本方法は、例えば、HeLa細胞を上記同様に前培養し、その後、pH6.7のDMEM培地と交換して被検化合物を添加し、さらに37℃、COフリーで76時間または96時間培養した後、細胞障害を測定し、細胞障害の程度を被検化合物無添加で同様に培養した細胞と比較することにより実施できる。
【0036】
本発明はまた、腫瘍細胞を酸性条件下で抗腫瘍剤と接触させて、該腫瘍細胞の該抗腫瘍剤に対する薬剤感受性を評価する方法に関する。
【0037】
本方法は、酸性条件下で、抗腫瘍剤を腫瘍細胞に接触させて、該腫瘍細胞の細胞増殖および/または細胞障害を測定することを含む。抗腫瘍剤と腫瘍細胞の接触は、好ましくはin vitroで実施される。また本方法は、該抗腫瘍剤が該腫瘍細胞の増殖を停止または抑制するかを評価すること、および/または、該抗腫瘍剤が該腫瘍剤細胞の細胞障害を惹き起こすかを評価することをさらに含み得る。また本方法は、該腫瘍細胞において、細胞増殖の停止または抑制、および/または、細胞障害が認められたときに、該腫瘍細胞は該抗腫瘍剤に対して薬剤感受性を有すると評価することをさらに含み得る。
【0038】
本方法において、腫瘍細胞は生体から採取された腫瘍組織検体由来の腫瘍細胞である。生体から採取された腫瘍組織検体は、例えば、腫瘍か否かの判定のために採取された試験用検体や、腫瘍切除手術により採取された腫瘍組織検体が挙げられる。
【0039】
抗腫瘍剤は、公知の抗腫瘍剤、好ましくは臨床的に使用されている抗腫瘍剤であればよく、例えば、代謝拮抗剤、アルキル化剤、白金製剤、抗がん性抗生物質、分子標的治療薬などが挙げられる。
【0040】
本方法により、様々な抗腫瘍剤に対する腫瘍細胞の薬剤感受性を、一般的に酸性環境にある腫瘍組織の腫瘍細胞と同様の条件で評価できるため、臨床的に有効な抗腫瘍剤の選択が高い精度で実施できる。
【0041】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0042】
酸性条件下および中性条件下における抗腫瘍剤の細胞増殖抑制効果および細胞障害活性を、ヒト培養子宮頚癌細胞株であるHeLa細胞を用いて検討した。抗腫瘍剤として、HMG−CoA阻害剤であるロバスタチン(lovastatin)、PP2A阻害剤であるカンサリジン(cantharidin)、およびDNAポリメラーゼ阻害剤であるアフィディコリン(aphidicolin)を使用した。
【0043】
(1)細胞増殖抑制効果の測定
HeLa細胞を1.44mm正方形のスタンプが押された24wellプレートに3000cells/wellで播種し、pH7.5の培地で24時間培養した。その後、1.44mm正方形内の細胞数を測定し、15cells/1.44mm正方形の正方形を3点確認し、印をつけた。次に、培養培地を、pH7.7の培地、pH6.7の培地、またはこれら培地に阻害剤を添加した培地に交換した。アフィディコリンについては、pH6.6の培地で検討を行った。さらに24wellプレートをCOフリーインキュベーターで120時間培養した後、印をつけた1.44mm正方形内の細胞数を計数した。ここで使用したpH7.7の培地の組成は、DMEM、10% FBS、10mM HEPES、NaHCO不含であり、pH6.7またはpH6.6の培地の組成は、DMEM、10% FBS、10mM PIPES、NaHCO不含である。抗腫瘍剤は、いずれも最終濃度1μM(溶媒であるジメチルスルホキシド(DMSO)またはメタノールは最終濃度1%)になるように添加した。120時間培養後の培地pHを測定したところ、pH7.7の培地を添加した場合は培地のpHが7.4付近まで低下したが、pH6.7の培地を添加した場合は培地のpHに変化は認められなかった。
【0044】
(2)細胞障害活性の測定
HeLa細胞を96wellプレートに500cells/wellで播種し、pH7.5の培地50μLで24時間培養した。その後、培養培地を、pH7.5の培地、pH6.7の培地、またはこれら培地に阻害剤を添加した培地に交換した。さらに96wellプレートをCOフリーインキュベーターで76時間または96時間培養した後、MTTアッセイを行った。ここで使用したpH7.5の培地の組成は、DMEM、10% FBS、10mM HEPES、NaHCO不含であり、pH6.3の培地の組成は、DMEM、10% FBS、10mM PIPES、NaHCO不含である。抗腫瘍剤は、いずれも最終濃度100nM、1μM、および10μMの3種類の濃度で検討した。抗腫瘍剤の各濃度における細胞障害活性は、抗腫瘍剤無添加で培養した細胞のMTTアッセイの値を1としたときの相対値で表した。相対値が1より低くなる程、細胞障害活性が強い。
【0045】
(3)結果
ロバスタチン(lovastatin)およびカンサリジン(cantharidin)は、1μMの濃度において、pH7.7の培地では細胞増殖に影響を及ぼさなかったが、pH6.7の培地では細胞増殖を抑制した(それぞれ図1−Aおよび図1−B)。一方、アフィディコリン(aphidicolin)は逆に、pH7.7の培地では細胞増殖を抑制したが、pH6.6の培地では細胞増殖に影響を及ぼさなかった(図1−C)。
【0046】
また、ロバスタチン(lovastatin)およびカンサリジン(cantharidin)は、10μMの濃度においては、pH7.5の培地およびpH6.7の培地のいずれにおいても細胞障害活性を示したが、1μMの濃度においては、pH7.5の培地では細胞障害活性を示さず、pH6.7の培地で細胞障害活性を示した(それぞれ図2−Aおよび図2−B)。一方、アフィディコリン(aphidicolin)は逆に、pH7.5の培地では細胞障害活性を示したが、pH6.7の培地では細胞障害活性を示さなかった(図2−C)。
【0047】
このように、ロバスタチン(lovastatin)およびカンサリジン(cantharidin)の細胞増殖抑制活性および細胞障害活性は、中性条件下で測定するよりも、酸性条件下で検出するほうが高い感度で検出できることが明らかになった。
【0048】
上記結果から、酸性条件下で被検化合物を培養細胞と接触させ、細胞増殖および/または細胞障害を測定することにより、中性条件下では検出できなかった細胞増殖抑制活性および/または細胞障害活性を有する化合物の同定が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1−A】HeLa細胞の増殖に対するロバスタチン(lovastatin)の作用を、pH7.7およびpH6.7にて検討した結果を示す図である。横軸は、pH7.7の培地またはpH6.7の培地における薬剤添加後の培養時間を示す。縦軸は細胞数を示す。
【図1−B】HeLa細胞の増殖に対するカンサリジン(cantharidin)の作用を、pH7.7およびpH6.7にて検討した結果を示す図である。横軸は、pH7.7の培地またはpH6.7の培地における薬剤添加後の培養時間を示す。縦軸は細胞数を示す。
【図1−C】HeLa細胞の増殖に対するアフィディコリン(aphidicolin)の作用を、pH7.7およびpH6.6にて検討した結果を示す図である。横軸は、pH7.7の培地またはpH6.6の培地における薬剤添加後の培養時間を示す。縦軸は細胞数を示す。
【図2−A】HeLa細胞に対するロバスタチン(lovastatin)の細胞障害活性を、pH7.5およびpH6.7にて検討した結果を示す図である。細胞障害活性はMTTアッセイにて測定した。横軸は、薬剤濃度を示す。縦軸は、薬剤無添加で培養した細胞のMTTアッセイの値を1としたときの相対値を示す。相対値が1より低くなる程、細胞障害活性が強い。
【図2−B】HeLa細胞に対するカンサリジン(cantharidin)の細胞障害活性を、pH7.5およびpH6.7にて検討した結果を示す図である。細胞障害活性はMTTアッセイにて測定した。横軸は、薬剤濃度を示す。縦軸は、薬剤無添加で培養した細胞のMTTアッセイの値を1としたときの相対値を示す。相対値が1より低くなる程、細胞障害活性が強い。
【図2−C】HeLa細胞に対するアフィディコリン(aphidicolin)の細胞障害活性を、pH7.5およびpH6.7にて検討した結果を示す図である。細胞障害活性はMTTアッセイにて測定した。横軸は、薬剤濃度を示す。縦軸は、薬剤無添加で培養した細胞のMTTアッセイの値を1としたときの相対値を示す。相対値が1より低くなる程、細胞障害活性が強い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性条件下で、被検化合物を細胞に接触させて該細胞の増殖および/または障害を測定することを含む、抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法。
【請求項2】
前記被検化合物が前記細胞の増殖を停止または抑制するかを評価すること、および/または、前記被検化合物が前記細胞の細胞障害を惹き起こすかを評価することをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
酸性条件がpH6.3〜6.8の条件である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
細胞が腫瘍細胞である請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
pH6.3〜6.8の条件下で、被検化合物を腫瘍細胞に接触させて、該細胞の増殖および/または障害を測定することを含む、抗腫瘍効果を有する化合物の同定方法。
【請求項6】
酸性条件下で、腫瘍細胞を抗腫瘍剤と接触させて該腫瘍細胞の増殖および/または障害を測定することを含む、腫瘍細胞の抗腫瘍剤に対する薬剤感受性評価方法。
【請求項7】
前記抗腫瘍剤が前記腫瘍細胞の増殖を停止または抑制するかを評価すること、および/または、前記抗腫瘍剤が前記腫瘍剤細胞の細胞障害を惹き起こすかを評価することをさらに含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
酸性条件がpH6.3〜6.8の条件である請求項6または7に記載の方法。
【請求項9】
腫瘍細胞が生体から採取された腫瘍組織検体由来の腫瘍細胞である請求項6から8のいずれか1項に記載の方法。

【図1−A】
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【図1−B】
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【図1−C】
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【図2−A】
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【図2−B】
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【図2−C】
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【公開番号】特開2010−68746(P2010−68746A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−238871(P2008−238871)
【出願日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】