説明

抗腫瘍性アンスラサイクリン系抗生物質の製造法

【課題】
抗腫瘍性アンスラサイクリン系抗生物質エピルビシンを従来より簡便な方法で製造する方法を開発し、工業的で低コストな製造法を提供することにより、医療現場へ安価な製品を供給することを目的とする。
【解決手段】
4’−エピダウノルビシンまたはその塩をケタール化剤存在下、臭素化剤と反応させて、ブロモケタール体を得、次に、酸性条件下、ケトン系溶媒と処理してブロモケトン体を得、さらにカルボン酸金属塩存在下、加水分解してエピルビシンまたはその塩を得ることを特徴とするエピルビシンの製造法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗腫瘍活性を有するアンスラサイクリン系抗生物質エピルビシンの製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
エピルビシンは、抗腫瘍活性を有するアンスラサイクリン系抗生物質に属する。
エピルビシンは、アミノ糖部分のC−4’位の水酸基の立体配置が、天然アンスラサイクリン系抗生物質であるダウノルビシン(5)やドキソルビシン(6)のそれと異なる。すなわち、エピルビシンは天然型のアミノ糖であるダウノサミン(3-アミノ-2,3,6-トリデオキシ-L-リキソ-ヘキソース)が4’-エピ体(3-アミノ-2,3,6-トリデオキシ-L-アラビノ-ヘキソース)へ変換された化合物である。ダウノルビシンやドキソルビシンのC−4’位水酸基はアキシャルであるのに対して、エピルビシンのそれはエクアトリアルであることが知られている。
【0003】
【化1】

【0004】
ドキソルビシン(6)は長年、悪性腫瘍の治療薬として使用されている。また、エピルビシン(1)はドキソルビシンと同等の抗腫瘍活性を有しているにもかかわらず、副作用がより低いという利点を持つことから現在、世界中の医療現場で広く使われている。
エピルビシン(1)の製造法として、従来、以下に示す方法が知られている。

米国特許公報5,874,550号(特許文献1)に記載の製造方法
ダウノルビシンをメタノリシスして糖部分のダウノサミン メチルグリコシドとアグリコン部分のダウノマイシノンに分解する。それぞれを4’−エピダウノサミン保護体、ドキソルビシノン保護体に変換する。得られたドキソルビシノン保護体と4’−エピダウノサミン保護体を縮合してエピルビシン保護体を得、保護基を除去してエピルビシンとする。
【0005】
本法は、多種多数の保護基の着脱工程や化学変換工程、それらにともなう多種多量の化学原料を必要とし、また収率や工程に要する日数の点からも、著しく工業的には不利であると考えられる。
【0006】
米国特許公報5,945,518号(特許文献2)に記載の製造方法
ドキソルビシンならびにダウノルビシンからエピルビシンへ化学変換する方法が記述されている。上記、特許文献1の方法と比較すると、糖部分の脱着工程がなく、工程短縮が実現できる点で有利である。
ドキソルビシンからの変換の場合、4’位の水酸基をエピ化するだけでエピルビシン(1)を取得できるという利点はある。しかし副反応防止のため、アミノ基と複数の水酸基を保護し、一連の化学変換の後、それらを除去する必要があり、効率的な方法をとはいえない。しかも、保護に使用する反応剤の中には高価なシリコン化合物なども含まれており、コストの面でも不利である。
【0007】
ダウノルビシンからの変換の場合、先ず上記のドキソルビシンの場合と同様の手法により4’−エピダウノルビシン(2)へ変換し、得られた4’−エピダウノルビシン(2)をエピルビシン(1)へ変換している。しかし、4’−エピダウノルビシン(2)からエピルビシン(1)への変換については既知の方法によると記述されており、文献(Carbohydrate Research, 98 (1981) c1-c3)(非特許文献1)が引用されているに留まっている。ただしこの文献では、ダウノルビシシンのN-保護体の4’位の水酸基を酸化−還元することによって4’位をエピ化する方法が記述されているだけで、エピルビシンへの変換については全く述べられていない。
【0008】
また上記以外には、新規アンスラサイクリン系化合物に関する特許出願WO2004/011033(特許文献3)の特許請求の範囲に、4’−エピダウノルビシン(2)からブロモケトン体(4)への変換が含まれているが、明細書には化合物(2)からの変換について記述がなく、実施例でも、ダウノルビシン(5)を出発物質とする変換例のみで、4’−エピダウノルビシンからの変換については記述されていない。
以上のように、未だ満足すべき工業的かつ低コストなエピルビシンの製造法がないのが実情であり、新たな製造法の開発が期待されている。
【0009】
また、ダウノルビシンからドキソルビシン誘導体への化学変換で、ブロム体を経由する製造方法については(特公昭62-59719)(特許文献4)に開示されている。
なお、本発明で用いる出発原料である4’−エピダウノルビシン(2)の製造方法としては、ダウノルビシン生産菌の一部遺伝子を変換した4’−エピダウノルビシン生産菌の発酵培養(Nature Biotechnology 16, 69-74, 1998)(非特許文献2)や例えば上記(特許文献2)に化学的手法による製造方法が開示されている。
【0010】
【特許文献1】米国特許5,874,550号公報
【特許文献2】米国特許5,945,518号公報
【特許文献3】国際公開WO2004/011033号公報
【特許文献4】特許公告昭62-59719号公報
【非特許文献1】Carbohydrate Research, 98 (1981) c1-c3
【非特許文献2】Nature Biotechnology 16, 69-74, 1998
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
工業的かつ低コストなエピルビシンの製造技術の開発が本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、エピルビシンの工業的かつ簡易な新規製造法を提供するものである。すなわち、本発明は、ダウノルビシン生産菌の一部遺伝子を変換した4’−エピダウノルビシン生産菌の発酵培養(Nature Biotechnology 16, 69-74, 1998)(非特許文献2)や化学的手法、例えば上記の(特許文献2)に記載されている化学変換により調製される4’−エピダウノルビシン(2)を効率的にエピルビシン(1)に化学変換する方法を提供するものである。
【0013】
本発明は、
・ 式(2)で示される4’−エピダウノルビシンまたはその塩を出発物質とすることを特徴とする、式(1)で示されるエピルビシンまたはその塩の製造法。
【0014】
【化2】



【0015】
2.式(2)で示される4’−エピダウノルビシンまたはその塩を出発物質とし、式(4)で示される14-ブロム体を中間体として経由することを特徴とする、式(1)で示されるエピルビシンまたはその塩の製造法。
【0016】
【化3】



【0017】
3.式(2)で示される4’−エピダウノルビシンをケタール化剤存在下、臭素化剤と反応させて、式(3)で示されるブロモケタール体を得、次に、酸性条件下、ケトン系溶媒と処理して式(4)で示されるブロモケトン体を得、さらにカルボン酸金属塩存在下、加水分解して式(1)で示されるエピルビシンを得ることを特徴とするエピルビシンの製造法に関する。
【0018】
【化4】

【0019】
本発明の一連の化学変換には、多工程変換の原因となる水酸基やアミノ基といった官能基への保護基の導入工程、および必要な化学変換を行なった後のそれら保護基の除去工程がほとんど含まれてない。唯一13位ケトンをケタールとして保護する必要があるが、単一工程としてではなく、14位のブロム化反応に組み込まれた形で行なうことができ、その除去も極めて簡便な処理により円滑に行なうことができる。また、全工程は様々な反応を含むが、これらのほとんどを連続的かつ特殊な工程条件を使用せずに行なうことができる点、また、唯一ブロモケタール体(3)を一旦沈殿として取り出すが、この沈殿物は乾燥させずに次工程に供することができる点でも工業的には極めて有利な方法である。しかも、工程で使用する原料は全て汎用性の安価な化学品である。
【0020】
本化学変換は、ダウノルビシンからドキソルビシン誘導体への化学変換(特公昭62-59719)(特許文献4)と類似しているが、異なる基質である4’−エピダウノルビシンからエピルビシンへの化学変換にも応用できることを本発明者らが初めて見出した。
本発明により、これまで多段階の工程により合成されていたエピルビシンを従来より簡便な方法で工業的に製造し供給することが可能となった。
【発明の効果】
【0021】
医療ニーズの高いエピルビシンを従来より簡便な方法で製造し、医療現場へ供給することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明の製造法を詳細に解説する。本製造法の出発物質は4’−エピダウノルビシン(2)またはその塩、好適には塩酸塩である。これを不活性有機溶媒、好適にはメタノールと1,4−ジオキサンの混合溶媒中で、オルト蟻酸アルキル、好適にはオルト蟻酸メチル存在下、臭素化剤、好適には臭素を作用させブロモケタール体(3)とする。反応終了後、反応液に存在する過剰の酸(臭化水素や塩化水素)を除くため酸補足剤、例えば酸化プロピレンを添加して反応後処理中の分解反応を防止する。酸補足剤を添加した後、濃縮し、濃縮液に不活性貧溶媒、好適にはイソプロピルエーテルを添加してブロモケタール体(3)を沈殿として単離する。
このブロモケタール体(3)の沈殿を乾燥することなく臭化水素酸の水溶液とケトン系溶媒、好適にはアセトンとの混合液に溶解して処理し、ブロモケトン体(4)とする。なお、4’−エピダウノルビシン(2)を不活性溶媒中、臭素などの臭素化剤と反応させて一挙にブロモケトン体(4)に変換することも可能であるが、対応するジブロモ体を副生成する過反応をはじめとする種々の副反応を起こし、結果として精製の困難性ならびに低収率を招く。
次いでブロモケトン体(4)を単離することなく、上記反応液をカルボン酸金属塩、好適には蟻酸ナトリウムの水溶液と混合処理し、次いで水酸化ナトリウム水溶液で弱酸性から中性(好適には約pH5)に調整する。この溶液には所望のエピルビシン(1)が主成分として含有している。
この溶液からエピルビシンを塩酸塩として単離するため、溶液を水で希釈した後、塩酸を加えて酸性(好適には約pH3)にし、イオン交換樹脂(塩素陰イオン型)に通してエピルビシン塩酸塩の水溶液を得る。
この水溶液にさらに塩酸を加え(好適には約pH2とする)、吸着性樹脂を用いたクロマトグラフィー(好適な溶離溶媒は水−メタノールの混液)で精製する。
エピルビシン塩酸塩の主分画を濃縮し、濃縮液にエタノールを加えてさらに濃縮し、最終的にエタノール−水の溶液として、これを濃縮乾固してエピルビシン塩酸塩を粉末として得る。
以下に詳細な実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0023】
エピダウノルビシン塩酸塩6.7g力価をメタノール67mLに室温で溶解し、1,4−ジオキサン67mLとオルト蟻酸メチル6mLを加えた後、臭素0.73mLを加えた。1時間後、酸化プロピレン2.16mLを加えて30分間攪拌を続けた。この液を65mLまで濃縮し、濃縮液を予め冷却したジイソプロピルエーテル740mLにゆっくり添加した。生じた沈殿物を濾取し、ジイソプロピルエーテル150mLで洗浄した。
この沈殿物を乾燥することなく、予め調製した水142mL、アセトン146mLおよび臭化水素酸4.2mLの混合液に加えて、室温で18時間攪拌した。これに予め調製した蟻酸ナトリウム10gと水42mLとの溶液を加えて24時間攪拌した後、水酸化ナトリウム水溶液でpH5に調整し、更に24時間攪拌を継続した。
この液に水250mLを加え、塩酸でpH3に調整した後、濃縮し、濃縮液を水で希釈して濾過助剤を用いて濾過した。濾液を濃度し、イオン交換樹脂(塩素アニオン)に通液し、続いて脱イオン水を通液して分画した。主分画を塩酸でpH2にした後、吸着性樹脂に通液し、脱イオン水、次いでメタノール−脱イオン水の混合液の順で通液した。
主分画を濃縮し、濃縮液にエタノール加えて更に濃縮する操作を繰り返し最終的にエタノール−水の混合溶液とした。この溶液を濃縮乾固し、エピルビシンを塩酸塩として4.3g得た。
こうして得られたエピルビシン塩酸塩のHPLCの保持時間と1H-NMRスペクトル(下記)は、市販のエピルビシン塩酸塩(標準品)のそれらと完全に一致した。
1H-NMR (Dimethysulphoxide-d6):δ=1.32 (3H, d, J=6, H-6’), 1.84 (1H, ddd, J=4, 4, 8, H-2’ax), 2.15-2.24 (2H, m, H-2’eq and H-8a), 2.36 (1H, d, J=14, H-8b), 2.96 (1H, d, J=19, H-10a), 3.08 (1H, d, J=19, H-10b), 3.17 (1H, dd, J=10, 10, H-4’), 3.32 (1H, m, H-3’), 4.02 (1H, m, H-5’), 4.03 (3H, s, 4-OCH3), 4.69 (1H, d, J=20, H-14a), 4.75 (1H, d, J=20, H-14b), 5.09 (1H, bs, H-7), 5.43 (1H, bs, H-1’), 7.58 (1H, d, J=8, H-3), 7.84 (1H, dd, J=8,8, H-2), 7.94 (1H, d, J=8, H-1)

【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明であるエピルビシンの製造技術は、特殊な設備機器を必要とせず、通常の化学合成プラントで充分実施でき、また製造コスト面でも有利であることから産業上の大きな利用可能性を有する。















【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(2)で示される4’−エピダウノルビシンまたはその塩を出発物質とすることを特徴とする、式(1)で示されるエピルビシンまたはその塩の製造法。
【化1】



【請求項2】
式(2)で示される4’−エピダウノルビシンまたはその塩を出発物質とし、式(4)で示される14-ブロム体を中間体として経由することを特徴とする、式(1)で示されるエピルビシンまたはその塩の製造法。
【化2】



【請求項3】
式(2)で示される4’−エピダウノルビシンまたはその塩をケタール化剤存在下、臭素化剤と反応させて、式(3)で示されるブロモケタール体を得、次に、酸性条件下、ケトン系溶媒と処理して式(4)で示されるブロモケトン体を得、さらにカルボン酸金属塩存在下、加水分解して式(1)で示されるエピルビシンまたはその塩を得ることを特徴とするエピルビシン(またはその塩)の製造法。
【化3】