説明

抗菌保存料およびその製造方法

【課題】クランベリーの果実、果汁、搾汁滓の抽出液、あるいはクランベリー以外の安息香酸を含む天然由来の溶液から、優れた抗菌成分である安息香酸を効率よく分離し、食品、医薬品、化粧品、生活用品など広範囲の分野で使用可能な天然系の抗菌保存料を提供する。
【解決手段】抗菌保存料は、クランベリー果実、その果汁または果汁搾汁滓の抽出液から分離された安息香酸を有効成分として含有する。抗菌剤および/または保存料を製造するには、安息香酸と共に糖類又は有機酸(安息香酸を除く)を含む溶液から、RO膜、UF膜又はNF膜を用いて前記安息香酸を分離・精製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は食品、医薬品、化粧品、生活用品などの広範囲の分野で使用可能な天然由来の抗菌保存料(抗菌剤及び/又は保存料)に関し、また、天然由来の保存料成分である安息香酸を簡便に効率よく分離・精製する製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品、医薬品、化粧品、日用雑貨などは、微生物による腐敗や汚染を起こしやすいため、これらを保存するために様々な殺菌剤や、保存料(以下、抗菌保存料とも称する)が使用されている。これらの殺菌剤や保存料は、口や皮膚を経由して体内に入ることが多いため、安全性や皮膚への刺激性などの観点から天然由来のものが好ましい。
【0003】
長期保存可能な食品や化粧品などの微生物汚染で問題となるのは主にカビや酵母などの真菌類である。しかし、これらに対して効果のある天然由来の保存料は少ない。たとえば香辛料抽出物のように、細菌類だけでなく真菌類に対しても効果のある天然由来の保存料は存在するが、これには特有の色や臭気、味があり、また、期待される抗菌作用を得るためには大量に添加しなければならず添加対象物の品質に影響を与える問題があった。
【0004】
上記のような事情で、カビや酵母などに対して化学合成品と同等の抗菌力を持ち、配合しても色調や香味に影響しない天然由来の殺菌剤や保存料が望まれている。
【0005】
ところで、安息香酸は化学合成品が食品や医薬品、化粧品などで使用されており、カビや酵母、好気性の耐熱性細菌に対して十分な効果のある抗菌剤、保存料であることが知られている。また、この安息香酸が多く含まれている天然物としてクランベリー果実が知られている。
【0006】
クランベリー(Cranberry:学名Vaccinium macrocarpon)はツルコケモモ属に属する北米原産の植物で、果実は生食、飲料、ジャム等だけでなく、赤色の色素を含むポリフェノール成分がクランベリー抽出物として着色目的や機能性成分として利用されている。
【0007】
例えば特許文献1には、クランベリーの実の圧搾濾過物及び/又は抽出物と、水不溶性の吸油性粉体とを配合した化粧料が記載されている。
【0008】
またその他の分離・精製方法として、有機溶媒などによる抽出、蒸留や樹脂などへの吸着なども行われている。例えば特許文献2には、クランベリーおよび他の果実または植物のジュースから、イオン交換樹脂などの結合性マトリックスを用いて抗菌性および抗ウイルス性を示す活性物質を抽出する方法が示されている。
【0009】
また、クランベリー以外の安息香酸含有天然物として、リュウゼツラン科の観葉植物として知られるユッカがある。特許文献3の「防カビ剤、防カビ用組成物、及び防カビ性飲食物、並びに飲食物の保存性向上方法」にはユッカ抽出物由来の防かび組成物が記載されている。ユッカ抽出物は、カビや酵母に対する天然由来の保存料・抗菌剤として他の天然由来の保存料と比較しても高い効果が期待できるため現在用いられている数少ない天然由来の保存料の一つでもある。
【0010】
【特許文献1】特開2001−261547号公報
【特許文献2】特表2001−516565号公報
【特許文献3】特開2004−250396号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1のように、クランベリー果実、その果汁、あるいは果汁の搾汁滓の抽出液のような天然由来の素材から安息香酸を分離・精製することは、安息香酸の分子量が単糖や他の有機酸などの分子量と近いため困難である。すなわち、分子サイズによる篩い分けに基づく単純な膜分離技術を用いても単糖や有機酸などと完全に分離することはできない。
【0012】
特許文献2に開示される方法は、高価な薬品類を大量に使用する大型の設備が必要であるなどの理由のため製造に要するコストは一般的に高くなる。したがって、この方法は、天然由来の安息香酸の分離・精製に適しているとは言えない。
【0013】
また、特許文献3の方法を用いて製造したユッカ抽出物やその他の天然由来の保存料は高価であり、クランベリー果実と同様、市場性を高めるためにはより効率的に分離・精製できる技術が必要とされる。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の課題を解決するため、本発明に係る抗菌保存料は、クランベリー果実、その果汁、または果汁の搾汁滓の抽出液から分離された安息香酸、あるいはクランベリー以外の安息香酸を含む天然由来の溶液から分離された安息香酸を有効成分として含有する。
【0015】
本発明の抗菌保存料はどのような方法によって得られたものでもよいのであるが、逆浸透膜(RO膜)、限外濾過膜(UF膜)又はナノ濾過膜(NF膜)を用いて、前記安息香酸が分離・精製されていることが好ましい。
また、前記RO膜、UF膜又はNF膜は、NaCl阻止率が40〜60%であることが好ましい。さらに、前記RO膜、UF膜又はNF膜の素材はポリビニルアルコール系素材、ポリアミド系素材、ポリサルフォン系素材、又はそれらの複合素材からなることが望ましい。
【0016】
また本発明の抗菌保存料の製造方法は、安息香酸と共に糖類又は有機酸(安息香酸を除く)を含む溶液から、RO膜、UF膜又はNF膜を用いて前記安息香酸を分離・精製することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の抗菌保存料は、天然由来の安息香酸を抗菌成分としているため、合成安息香酸と同等の抗菌活性があり、広範囲の食品、医薬品、化粧品、生活用品などの分野で使用することが可能である。特にカビや酵母に対する天然由来の保存料・抗菌剤としては他の天然由来の保存料と比較して、より高い効果が期待できる。
【0018】
本発明の抗菌保存料の製造方法によれば、RO膜、UF膜又はNF膜のいずれか単独、またはこれらの組合わせを用いて、前記安息香酸を分離・精製するため、安息香酸との分離が困難であったグルコース、フラクトースなどの糖類、クエン酸、リンゴ酸、キナ酸などの有機酸を効率よく分離することができる。
【0019】
特にNaCl阻止率が40〜60%の機能を有する分離膜を使用し、また、原料液のpHを2.5〜5.5に設定すれば安息香酸の膜分離が一層容易となる。また、膜の構成素材としてポリビニルアルコール系素材、ポリアミド系素材、ポリサルフォン系素材又はそれらの複合素材を使用すれば、安息香酸は膜分離により透過側に移動しやすくなり、その他の成分である色素や糖類、有機酸などは濃縮側に残りやすくなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
クランベリー液は、安息香酸と分子量がほぼ同等で通常の膜分離技術では分離しにくいグルコース、フラクトースなどの糖類、クエン酸、リンゴ酸、キナ酸などの有機酸を含有する。しかし上記3種類の膜(RO膜、UF膜又はNF膜)の採用により効率よく分離することができる。
【0021】
膜分離に使用するRO膜、UF膜又はNF膜は、NaCl阻止率が40〜60%の機能を有するものを使用することが好ましい。これは安息香酸が膜分離において透過側に移動するために必要な条件である。
【0022】
RO膜、UF膜又はNF膜を構成する素材の種類としては、ポリビニルアルコール系素材、ポリアミド系素材、ポリサルフォン系素材又はそれらの複合素材であることが好ましい。これらの素材を採用することにより、安息香酸は膜分離により透過側に移動しやすくなり、その他の成分である色素や糖類、有機酸などは濃縮側に残りやすくなる。
【0023】
本発明の抗菌剤・保存料の製造方法は、安息香酸と共に糖類又は有機酸(安息香酸を除く)を含む溶液から、上記RO膜、UF膜又はNF膜を用いて前記安息香酸を分離・精製するものである。ここで、安息香酸と他の有機酸とを含む溶液(以下、「原料液」という。)としては、既述のクランベリー液を含め、その他、ユッカ抽出液等を挙げることができる。
【0024】
上記原料液のpHは、得られたそのままのpHでも分離を行うことができるが、好ましくはpH2.5〜5.5、より効率よく分離するためには、3.5〜4.5であることが好ましい。
【0025】
以上の条件で膜分離を行うことで、色素、糖類、有機酸類は膜によって阻止され安息香酸は膜を透過するが、特に原料液のpHが3.0〜5.0の範囲においては透過率が100%以上となる。ここで、透過率とは、原料液中の安息香酸濃度に対する透過液中の安息香酸濃度の比を意味する。
透過率が100%以上となる理由は明確にはなっていないが、膜の素材と安息香酸との親和性が極めて高く、このため、溶媒よりも高い速度で安息香酸が膜を透過するものと考えられる。しかも、この親和性はpHにより変化するために、安息香酸の透過速度が極大となるpHが存在するものと考えられる。こうした溶質と膜素材との親和性に基づく分離とUF膜、NF膜およびRO膜の本来の分離機構である分子サイズによる篩い分けとが組み合わさることにより、安息香酸だけが選択的に透過し透過液中での濃度が高まるものと考えられる。
【0026】
通常の膜処理においては、原料液中の安息香酸濃度は処理が進むにつれて増加するが、pHが3.0〜5.0の条件においては透過液の方が原料液よりも安息香酸の濃度が高いため原料液中での濃度が減少していくという現象が起きる。このため、透過液中に選択的に安息香酸を取り入れ、効率的に分離・精製することが可能となる。
【0027】
上記現象は、クランベリー液だけでなく他の原料液でも同様に見られる。このため、本発明の製造方法は、有機酸や糖等と安息香酸とを含むクランベリー液以外の原料液からの安息香酸の分離・精製にも適用することができる。また、効率良く分離を行うことができるため、膜の透過は1段で十分である。場合によってはリンゴ酸等が少量残ることがあるが、そのまま食品や化粧品などに使用しても問題ない程度の濃度である。
【0028】
本発明の製造方法によって得られたクランベリー由来等の安息香酸液は、そのまま使用するには濃度が薄いため、保存料として使用する際には濃縮あるいは結晶化が必要である。その方法については、保存料としての効果に影響を与えないものであれば制限はないが、上記分離・精製に続けて、NaCl除去率が90%以上のRO膜による濃縮を行えば、連続した工程で安息香酸を含む抗菌剤・保存料の濃縮液の製造が可能となる。
【0029】
製造原料であるクランベリー液等の原料液としては既述の通りであるが、特に、クランベリー搾汁滓のような廃液を使用すればコストがかからないと言う利点がある。本発明の製造方法によって安息香酸を取り除いた後のクランベリー搾汁滓には、色素やポリフェノールが多く含まれているため、これを利用して、さらにクランベリー抽出物(ポリフェノール・着色料)を製造しバイオマスの有効利用を行うこともできる。
【0030】
また、本発明の製造方法によって得られる透過液から製造される抗菌剤・保存料は植物由来のものであって有機溶媒を含まない。したがって化粧品などに配合することにより、化学合成品が皮膚への刺激性などから合わない、肌の弱い人であっても安心して使用することができる。
【0031】
本発明による天然由来の保存料の抗菌作用は、抗菌成分が安息香酸であるため合成の安息香酸と同等の抗菌活性があり、広範囲の食品、医薬品、化粧品、生活用品などの分野で使用することが可能である。特にカビや酵母に対する天然由来の保存料・抗菌剤としての使用は、安息香酸を含有しない他の天然由来の保存料と比較して高い効果が期待できる。
【0032】
以下に本発明の具体的実施例を説明する。
実施例1
Brix(糖度)10%に調整したクランベリー濃縮果汁(pH2.5)を、DDS式逆浸透/限外濾過テスト装置(LAB20-0.36/三井東圧機工株式会社製)を用いて回分処理した。NF膜としてNFT−50(DDS社製、膜面積0.072m2/組を3組)を使用し、温度25℃、クロス・フロー流速6リットル/分、操作圧力4MPaの条件で、初発量が12リットルであった原料液が約5リットルに減るまで(容量減少率約2.4)膜濾過を実施した。
【0033】
得られた透過液の色素は完全に除去されて透明であった。初発原料液、最終原料液、最終透過液の安息香酸と有機酸、糖類の濃度を表1に示す。最終透過液にはリンゴ酸やクエン酸が若干残っているが、他の成分はほぼ完全に除去することができた。この最終透過液を約27倍に濃縮して安息香酸濃度が2,500mg/kgの抗菌保存料を製造した。





【0034】
【表1】

【0035】
実施例2
Brix10%に調整したクランベリー濃縮果汁(pH4.5)を、実施例1と同じテスト装置およびNF膜を用いて回分処理した。温度25℃、クロス・フロー流速6リットル/分、操作圧力3 MPaの条件で、初発量12リットルであった原料液が約8.5リットルに減るまで(容量減少率約1.4)膜濾過を実施した。
【0036】
得られた透過液の色素は完全に除去されて透明であった。初発原料液、最終原料液、最終透過液の安息香酸と有機酸、糖類の濃度を表2に示す。最終透過液の安息香酸濃度は、初発原料液の濃度に対し2倍近い濃度、すなわち、透過率が200%近くに達しており、リンゴ酸が1/10程度透過している以外、他の成分はほぼ完全に除去されていた。この最終透過液を約10倍に濃縮して安息香酸濃度が2,500mg/kgの抗菌保存料を製造した。
【0037】
【表2】

【0038】
実施例3
1000 ppm安息香酸/50 mMリン酸緩衝液のpHを2.5、3.5、4.5、5.5に調整した4種の試料液を調製し、実施例1と同じテスト装置を用いて全循環試験を実施した。NF膜としてNFT−50(DDS製、膜面積0.072m/組を1組)を使用し、温度25℃、クロス・フロー流速6リットル/分の条件で、操作圧力を段階的に変化させて安息香酸の透過率の変化を測定し、図1に示す透過率−圧力線図を作成した。同図に示すように、安息香酸水溶液がpH2.5の場合は100%前後の透過率を示したが、pH3.5と4.5では100%を超えていた。またpH5.5の時は約0.6 MPa以下の操作圧のときに透過率が100%を越えた。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の抗菌保存料の製造法に係る透過率−圧力線図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クランベリー果実、その果汁、または果汁の搾汁滓の抽出液から分離された安息香酸、あるいはクランベリー以外の安息香酸を含む天然由来の溶液から分離された安息香酸を有効成分として含有することを特徴とする抗菌保存料。
【請求項2】
安息香酸と共に糖類又は有機酸(安息香酸を除く)を含む溶液から、RO膜、UF膜又はNF膜を用いて前記安息香酸を分離・精製することを特徴とする抗菌保存料の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の抗菌保存料の製造方法において、前記溶液のpHを2.5〜5.5に調整して分離・精製することを特徴とする抗菌保存料の製造方法。
【請求項4】
請求項2に記載の抗菌保存料の製造方法において、前記RO膜、UF膜又はNF膜として、NaCl阻止率が40〜60%の範囲にあるものを使用することを特徴とする抗菌保存料の製造方法。
【請求項5】
請求項3または請求項4に記載の抗菌保存料の製造方法において、前記RO膜、UF膜又はNF膜の素材がポリビニルアルコール系素材、ポリアミド系素材、ポリサルフォン系素材、又はそれらの複合素材からなるものを使用することを特徴とする抗菌保存料の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−290992(P2008−290992A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−140163(P2007−140163)
【出願日】平成19年5月28日(2007.5.28)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(591116036)アヲハタ株式会社 (35)
【Fターム(参考)】