説明

抗菌剤に対する微生物のMICを予測する方法。

【課題】
抗菌剤に対する微生物のMICを、長時間の培養を行うことなく、迅速に決定または予測する方法を提供すること。
【解決手段】
抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値を算出する方法であって、被験微生物のr及びrを、蛍光偏光解消法によって測定する被験微生物測定工程、予め決定された予測式に、被験微生物のF(ただし、F=r/rである)を代入して、被験微生物のMICの予測値を算出する工程、を含んでなる方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌剤に対する微生物のMICを予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種の病原性の微生物の薬剤耐性(薬物耐性)は、大きな問題となっている。特に、真菌類は、カンジダ症やクリプトコッカス脳症、水虫等の病気を引き起こす一方で、バクテリアよりも使用可能な抗生物質が限られている。微生物、特に真菌類を制圧するために、薬剤耐性を評価することは、医療現場において重要な課題となっている。
【0003】
抗菌剤に対する病原菌の薬剤耐性は、実験的に培養を行って、その増殖の有無を基準として、その抗菌剤のMIC(最小生育阻止濃度)を測定して、その測定値によって判定がなされる。このMIC(最小生育阻止濃度)の実験的な測定には、菌の増殖の有無を調べるという原理から、少なくとも24〜48時間の培養時間を必要とする。MICの決定に要する作業量や試薬量あるいは費用については、これを減らすべく様々な手法や器具が提案されている(例えば、特許文献1参照)が、培養時間の短縮は原理的に不可能であった。
【0004】
しかし、医療現場においては、投与すべき薬剤の決定のために、24〜48時間という長時間を待つことができない緊急の事態も多く、結果として見れば、薬剤耐性の観点から適切とはいえない薬剤が投与されてしまう事態も生じていた。
【特許文献1】特表2002−516660号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように、抗菌剤に対する微生物の薬剤耐性を、長時間の培養を行うことなく、迅速にMIC(最小生育阻止濃度)を決定して、薬剤耐性の観点から適切な薬剤を投与可能とすることが求められていた。
【0006】
従って、本発明の目的は、抗菌剤に対する微生物のMICを、長時間の培養を行うことなく、迅速に決定または予測する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、抗菌剤に対する微生物のMICの迅速な決定または予測の方法を鋭意探求してきたところ、微生物に蛍光分子を投与して細胞膜における蛍光偏光解消法によって最大異方性(r)及び無限異方性(r)の測定を行い、その測定値から導かれる値が、微生物の株、変異体、属、種を越えて、抗菌剤のMICと極めてよく相関することを発見して、本発明に到達した。蛍光偏光解消法による最大異方性(r)及び無限異方性(r)の測定は、約10分間程度という短時間で、その測定を完了することができるので、本発明によれば、極めて迅速なMICの予測が可能となっている。蛍光偏光解消法による最大異方性(r)及び無限異方性(r)の測定は、例えば、時間分解蛍光偏光解消法、及び位相変調方式蛍光偏光解消法によって行うことができる。
【0008】
本発明は、抗菌剤に対する被験微生物のMICの値を、被験微生物に蛍光分子を投与して細胞膜における最大異方性(r)及び無限異方性(r)を蛍光偏光解消法によって測定した値から、予測する方法にあり、その予測値の算出は、対照とする微生物群に蛍光分子を投与して細胞膜における最大異方性(r)及び無限異方性(r)を蛍光偏光解消法によって測定した値とその対照とする微生物群を培養して得られたMICの実測値を用いて、行われる。
【0009】
従って、本発明は、抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値を、蛍光偏光解消法による測定した被験微生物についてのr (最大異方性:偏光解消が起こる前の異方性)、r(無限異方性:完全に偏光解消したときの異方性)の値を使用して、予測式によって算出する方法にあるので、本発明は、次の[1]〜[3]にある。
【0010】
[1]
抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値を算出する方法であって、
被験微生物のr(最大異方性)及びr(無限異方性)を、蛍光偏光解消法によって測定する被験微生物測定工程、
予め決定された予測式に、被験微生物のF(ただし、F=r/rである)を代入して、被験微生物のMICの予測値を算出する工程、
を含んでなる方法。
[2]
予測式が、次の工程:
対照微生物群の各微生物について、抗菌剤に対するMICを、それぞれ実験的に測定するMIC実測工程、
対照微生物群の各微生物について、r及びrを、蛍光偏光解消法によってそれぞれ測定する対照微生物群測定工程、
対照微生物群の各微生物について測定して得られたMICとF(ただし、F=r/rである)との組み合わせから、FとlnMIC(ただし、lnは自然対数を表す)との回帰直線を決定して、FとlnMICとの回帰直線から、FからMICの値を算出する予測式を決定する工程、
が行われることによって予め決定される、[1]に記載の方法。
[3]
予測式が、次の式I:
MIC = A×exp(B×F) (式I)
(ただし、F = r/r であり、expは指数関数を表し、
A及びBは、FとlnMICとの回帰直線から決定される係数である)
で表される式である、[1]〜[2]の何れかに記載の方法。
[4]
抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値を算出する方法であって、
対照微生物群の各微生物について、抗菌剤に対するMICを、それぞれ実験的に測定するMIC実測工程、
対照微生物群の各微生物について、r(最大異方性)及びr(無限異方性)を、蛍光偏光解消法によってそれぞれ測定する対照微生物群測定工程、
対照微生物群の各微生物について測定して得られたMICとF(ただし、F=r/rである)との組み合わせから、FとlnMIC(ただし、lnは自然対数を表す)との回帰直線を決定して、FとlnMICとの回帰直線から、次の式I:
MIC = A×exp(B×F) (式I)
(ただし、F = r/r であり、expは指数関数を表し、
A及びBは、FとlnMICとの回帰直線から決定される係数である)
の係数A及びBを決定することによって、FからMICの値を算出する予測式を決定する工程、
被験微生物のr及びrを、蛍光偏光解消法によって測定する被験微生物測定工程、
予め決定された予測式に、被験微生物のF(ただし、F=r/rである)を代入して、被験微生物のMICの予測値を算出する工程、
を含んでなる方法。
【0011】
また、本発明に使用される予測式は、MICの算出に有用なものであるので、本発明は、次の[5]に示される予測式の決定方法にもある。
【0012】
[5]
抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値を算出するための予測式を決定する方法であって、
対照微生物群の各微生物について、抗菌剤に対するMICを、それぞれ実験的に測定するMIC実測工程、
対照微生物群の各微生物について、r(最大異方性)及びr(無限異方性)を、蛍光偏光解消法によってそれぞれ測定する対照微生物群測定工程、
対照微生物群の各微生物について測定して得られたMICとF(ただし、F=r/rである)との組み合わせから、FとlnMIC(ただし、lnは自然対数を表す)との回帰直線を決定して、FとlnMICとの回帰直線から、FからMICの値を算出する予測式を決定する工程、
を含んでなる方法。
[6]
予測式が、次の式I:
MIC = A×exp(B×F) (式I)
(ただし、F = r/r であり、expは指数関数を表し、
A及びBは、FとlnMICとの回帰直線から決定される係数である)
で表される式である、[5]に記載の方法。
【0013】
また、本発明による予測値の算出は、極めて広範な抗菌剤に対して利用可能なものであり、新しい抗菌剤が開発された場合であっても、その抗菌剤に応じたその目的とする抗菌剤が、本発明による予測値の算出に適しているか否かを、被験微生物での測定に先立って、予め判定しておくために、次の方法によって相関係数を求めることができる。この相関係数によって、抗菌剤が予測値の算出に適しているか否かを判定することができる。すなわち、本発明は、次の[7]に示される相関係数の決定方法にもある。
【0014】
[7]
抗菌剤が、抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値を算出するための次の予測式(式I):
MIC = A×exp(B×F) (式I)
(ただし、F = r/r であり、expは指数関数を表し、
A及びBは、FとlnMICとの回帰直線から決定される係数である)
によって予測値の算出に適した抗菌剤であるか否かを判定するために、抗菌剤についての相関係数を求める方法であって、
対照微生物群の各微生物について、抗菌剤に対するMICを、それぞれ実験的に測定するMIC実測工程、
対照微生物群の各微生物について、r(最大異方性)及びr(無限異方性)を、蛍光偏光解消法によってそれぞれ測定する対照微生物群測定工程、
上記対照微生物群の各微生物について測定して得られたMICと、F(ただし、F = r/r である)とについて、相関係数を求める工程、
を含む方法。
【0015】
本発明における係数A及びBは、対照微生物群の各微生物について測定して得られたMICとr及びrとの組み合わせから算出することができる。すなわち、本発明は、次の[8]にもある。
【0016】
[8]
抗菌剤に対する予測式(式I)の係数A及びBが、それぞれ次の式II及び式III:

(ただし、対照微生物群に含まれるn個の対照微生物のうちのi番目の微生物について、蛍光偏光解消法によって測定されたそれぞれの値が、MIC、F(ただし、F= r∞i/r0iである)であり、lnは、自然対数を表す)
によって算出される、[3]〜[4]及び[6]〜[7]の何れかに記載の方法。
【0017】
本発明における相関係数は、対照微生物群の各微生物について測定して得られたMICとr及びrとの組み合わせから算出することができる。すなわち、本発明は、次の[9]にもある。
【0018】
[9]
MICとFとの相関係数が、次の式IV:

(ただし、対照微生物群に含まれるn個の対照微生物のうちのi番目の微生物について、蛍光偏光解消法によって測定されたそれぞれの値が、MIC、F(ただし、F= r∞i/r0iである)であり、mはn個の対照微生物のFの平均値を表し、mMICはn個の対照微生物のMICの平均値を表す)
によって算出される、[7]に記載の方法。
【0019】
このように決定された相関係数Rによって、抗菌剤が本発明による予測値の算出に適しているか否かを判定することができる。すなわち、本発明は、次の[10]にもある。
【0020】
[10]
抗菌剤が、抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値を算出するための次の予測式(式I):
MIC = A×exp(B×F) (式I)
(ただし、F = r/r であり、expは指数関数を表し、
A及びBは、FとlnMICとの回帰直線から決定される係数である)
によって予測値の算出に適した抗菌剤であるか否かを判定する方法であって、
[7]または[9]に記載の方法によって求められた相関係数Rが、0.5よりも大きい場合に、抗菌剤が、式IによるMICの予測値の算出に適していると判定する工程、
を含む、判定方法。
【0021】
蛍光偏光解消法による最大異方性(r)及び無限異方性(r)の測定は、例えば、時間分解蛍光偏光解消法、及び位相変調方式蛍光偏光解消法によって行うことができる。時間分解蛍光偏光解消法による測定は、複雑な系を対象とする場合にも精度よく測定できる点で特に好ましい。従って、本発明は次の[11]にもある。
【0022】
[11]
蛍光偏光解消法が、時間分解蛍光偏光解消法である、[1]〜[10]の何れかに記載の方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、従来行われていたような24〜48時間といった長時間の培養を行うことなく、抗生物質等の抗菌剤に対する、微生物、特に真菌類のMIC(最小生育阻止濃度)の値を、予測することができる。本発明で使用される蛍光偏光解消法での測定は、約10分間程度という極めて短時間に測定を完了することができ、これによって、従来不可能であったほどの短時間の間に、対象とする微生物、特に真菌類の薬剤耐性(薬物耐性)を判定することができる。すなわち、本発明によれば、医療現場において、24〜48時間という長時間を待つことができない緊急の事態であっても、抗菌剤のMICを短時間に予測し、薬剤耐性の観点から適切な抗菌剤を選択して、投与することができる。
【0024】
また、本発明によれば、いったん決定された抗菌剤ごとのMIC予測式は、異なる真菌類に対しても、異なる微生物に対しても、十分な精度でそれぞれのMICの予測を可能とするために、予め抗菌剤ごとにMIC予測式を用意しておけば、被験微生物となる微生物または真菌の属や種の同定が不十分な段階であっても、その被験微生物のFを実測するだけで、抗菌剤ごとのMICを予測して、その被験微生物に適した抗菌剤を選択することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下に具体的な実施の態様を例示して、本発明を詳細に説明する。本発明は、以下に例示される実施の態様に限定されるものではない。
【0026】
本発明による、抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値の算出は、次の工程:
被験微生物のr及びrを、蛍光偏光解消法によって測定する被験微生物測定工程、
予め決定された予測式に、被験微生物のF(ただし、F=r/rである)を代入して、被験微生物のMICの予測値を算出する工程、
を含む方法を行うことによって、実施することができる。
【0027】
この方法によれば、被験微生物のF(F=r/r)を蛍光偏光解消法によって測定すれば、そのFの値を用いて、抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値を算出することができる。被験微生物のFの値は、異なる抗菌剤に対するMICの予測式に対しても代入してその抗菌剤に対するMICの予測値の算出に使用することができるから、被験微生物のFの値をいったん実測すれば、予め抗菌剤ごとに用意された予測式を使用して、どのような抗菌剤に対してどのようなMICとなるかを、迅速に予測することができる。
【0028】
抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値を算出するための予測式(式I)は、次の工程:
対照微生物群の各微生物について、抗菌剤に対するMICを、それぞれ実験的に測定するMIC実測工程、
対照微生物群の各微生物について、r及びrを、蛍光偏光解消法によってそれぞれ測定する対照微生物群測定工程、
対照微生物群の各微生物について測定して得られたMICとF(ただし、F=r/rである)との組み合わせから、FとlnMIC(ただし、lnは自然対数を表す)との回帰直線を決定して、FとlnMICとの回帰直線から、FからMICの値を算出する予測式を決定する工程、
を含んでなる方法によって、予め求めることができる。
【0029】
好適な実施の態様において、予測式は、次の式I:
MIC = A×exp(B×F) (式I)
(ただし、F = r/r であり、expは指数関数を表し、
A及びBは、FとlnMICとの回帰直線から決定される係数である)
で表される式である。
【0030】
この方法によれば、対照として選んだ微生物群の各微生物について、抗菌剤に対するMICの実測値と、蛍光偏光解消法によって測定されたF(ただし、F=r/rである)とから、FとlnMIC(ただし、lnは自然対数を表す)との回帰直線を決定して、FとlnMICとの回帰直線から、FからMICの値を算出する予測式を決定して、その抗菌剤に対するMICの予測式を予め決定することができる。
【0031】
MICの予測式は、FとMICとの間に、正の相関関係が存在することの発見に基づいて導出したものである。従って、この発見に基づいて導出された如何なるMICの予測式も、本発明の範囲に属する。
【0032】
MICの予測式は、抗菌剤についてのA及びBを、それぞれ次の式II及び式III:

(ただし、対照微生物群に含まれるn個の対照微生物のうちのi番目の微生物について、時間分解蛍光偏光解消法によって測定されたそれぞれの値が、MIC、F(ただし、F= r∞i/r0iである)であり、lnは、自然対数を表す)
によって算出することで決定することができる。これは、Gaussの最小二乗法に基づいて導出したものである。すなわち、相関する2つの変量x及びyについて、回帰直線y=ax+bの係数が、x及びyをF及びlnMICと見たときに、上記予測式の係数A及びBとの間で、a=B、b=lnAの関係にあることを用いて、導出したものである。しかしながら、この方法以外によって導出された予測式であっても、FとMICとの間に、正の相関関係が存在することの発見に基づいて導出された予測式であれば、本発明の範囲に属する。
【0033】
蛍光偏光解消法によるr(最大異方性)及びr(無限異方性)の測定は、この値を測定可能な公知の方法によって行うことができる。この測定法として、時間分解蛍光偏光解消法と、位相変調法を例示することができる。時間分解蛍光偏光解消法による測定は、蛍光分子を細胞膜に導入して、マイクロ秒単位で照射されたレーザー偏光が、蛍光分子のゆらぎを反映して、入射時の偏光が解消された蛍光となって出力されることを、ナノ秒単位で観測する(これを単一光子係数法という)ことによって行われる。後述する実施例の図1で示すような多数のプロットがなされたグラフとして、その結果を得ることができ、この多数のプロットを公知の方法によって数値処理することによって、パラメータr(maximum anisotropy (最大異方性:偏光解消が起こる前の異方性))及びr( r limiting anisotropy (無限異方性:完全に偏光解消したときの異方性))を導出することができる。このように、r及びrは、単一光子計数法を用いた時間分解蛍光偏光解消法によって、測定値として、直接的に得ることができる。位相変調法は、定常光源を変調器で正弦波にし、これを蛍光分子に照射したとき出てくる蛍光の位相のずれと正弦波の振幅から間接的に求める方法である。時間分解蛍光偏光解消法(時間分解法)は、複雑な系に対しても精度よく測定が可能であるという利点があり、位相変調法(位相法)は、測定条件の設定が簡単で多数の試料の測定が容易であるという利点がある。このr及びrは、一般に行われているようなキセノンランプなどの定常光をそのまま照射して行う蛍光偏光解消法による測定によっては得ることができない測定値であり、時間分解蛍光偏光解消法(時間分解法)、及び位相変調法(位相法)は、この点でいわゆる定常光による蛍光偏光解消法とは異なった方法であり、非定常光による蛍光偏光解消法ということができる。
【0034】
r0はmaximum anisotropy(最大異方性)であり、蛍光分子の分子運動が完全に抑制されたときの異方性、すなわち計測において偏光解消が起こる前の蛍光異方性と等価である。具体的には次式で定義される。
r0= 0.4{(3cos2ω−1)/2}
ここでω(オメガ)は、ある蛍光1分子の吸収モーメントと発光モーメントのなす角度であり、0°から90°の範囲の値をとる。従って、
0.4 ≧ r0 ≧ −0.2
となる。ωはそれぞれの蛍光分子の分子構造に依存する値で、偏光解消法に用いられる多くの蛍光試薬では1に近い値を示す場合が多い、従って、r0は0.4に近い値を示す場合が多い。
【0035】
r(無限異方性)は、蛍光1分子が完全に偏光解消したときの異方性、すなわち異方性計測において無限時間経過したときの蛍光異方性と等価である。このr値は蛍光分子の回転ブラウン運動に依存するため、実測によってのみ求められる。
【0036】
r0とrは、次の2つの測定法で算出することができる。
単一光子計数法による時間分解測定(時間分解蛍光偏光解消法)
変調した正弦波を用いる位相法(位相変調蛍光偏光解消法)
【0037】
時間分解蛍光偏光解消法では、偏光したパルスレーザーを蛍光分子に照射した後の異方性の変化を0.1ns単位の時間分解能で計測し、r0とrを算出する。蛍光異方性の時間変化 r(t) は次式で与えられる。
r(t) = (r0 − r) ・exp(− t/θ) + r
従って、具体的には、時間分解測定で得られた計数値を上記の式に適合させ、r0とrを算出する。その結果、後述する図1においてr0はy切片、rはx軸を無限時間に外挿したときのy軸の値として得られる。このように、時間分解蛍光偏光解消法によれば、r0とrを非常に直接的に得ることができる。
【0038】
位相変調蛍光偏光解消法では、キセノンランプなどの通常の定常光源を変調器で正弦波にし、これを蛍光分子に照射したとき出てくる蛍光の位相のずれと正弦波の振幅からr0とrを算出する方法である。
【0039】
蛍光分子(蛍光試薬)としては、細胞膜中に分散して、時間分解蛍光偏光解消法での測定に使用可能な蛍光分子(蛍光試薬)が使用される。蛍光分子(蛍光試薬)としては、次のものを挙げることができる。
(1) TMA-DPH:
1-(4-trimethylammoniumphenyl)-6-phenyl-1,3,5-hexatriene p-toluenesulfonate )
(2) DPH:
1,6-diphenyl-1,3,5-hexatriene
(3) DPH propionic acid:
3-(4-(6-phenyl)-1,3,5-hexatrienyl)phenylpropionic acid
(4) b-DPH HPC:
2-(3-(diphenylhexatrienyl)propanoyl)-1-hexadecanoyl-sn-glycero-3-phosphocholine
(5) FM4-64 (FMR4-64):
N-(3-triethylammoniumpropyl)-4-(6-(4-(diethylamino)phenyl)hexatrienyl) pyridinium dibromide
(6) FM1-43 (FMR1-43):
N-(3-triethylammoniumpropyl)-4-(4-(dibutylamino)styryl)pyridinium dibromide
(7) cis-parinaric acid
(8) trans-parinaric acid
(9) BTBP:
N,N’-bis(2,5-di-ter-butylphenyl)-3,4,9,10-perylenetetracarboximide
(10) Pyrene
【0040】
蛍光分子(蛍光試薬)として、例えば、DPH誘導体が好ましく、DPH誘導体として、TMA-DPH、DPH、DPH propionic acid、及びb-DPH HPCから選択されたDPH誘導体を挙げることができ、特にTMA-DPHが好ましい。
【0041】
抗菌剤としては、例えば、抗真菌剤及び抗細菌剤を挙げることができる。抗真菌剤としては、例えば、ポリエンマクロライド系、ピリミジン誘導体、 イミダゾール系、トリアゾール系、キャンディン系、アリルアミン系、チオカルバメート系、ベンジルアミン系、モルホミン系、グルタルイミド系、などの抗真菌剤を挙げることができる。 具体的には、例えば、ポリエンマクロライド系として、アンフォテリシンB、ナイスタチン、ピリミジン誘導体、フルシトシン、 イミダゾール系として、ミコナゾール、ケトコナゾール、クロトリマゾール、エコナゾール、イソコナゾール、スルコナゾール、オキシコナゾール、クロコナゾール、ビホナゾール、ネチコナゾール、ラノコナゾール、トリアゾール系として、フルコナゾール、イトラコナゾール、ボリコナゾール、キャンディン系として、ミカファンギン、 アリルアミン系として、塩酸テルビナフィン、チオカルバメート系として、リラナフタート、 ベンジルアミン系として、ブテナフィン、アモロルフィン、モルホミン系として、グリセオフルビン、グルタルイミド系として、シクロヘキシミドなどを挙げることができる。好適な実施の態様において、イミダゾール系、トリアゾール系、及びグルタルイミド系から選択された抗真菌剤を使用することができ、好ましくは、ミコナゾール、ケトコナゾール、クロトリマゾール、エコナゾール、イソコナゾール、スルコナゾール、オキシコナゾール、クロコナゾール、ビホナゾール、ネチコナゾール、ラノコナゾール、フルコナゾール、イトラコナゾール、ボリコナゾール、及びシクロヘキシミドから選択された抗真菌剤を使用することができ、特に好ましくは、ミコナゾール、フルコナゾール、またはフルコナゾールを使用することができる。抗細菌剤としては、例えば、ストレプトマイシン、テトラサイクリン、カナマイシン、アンピシリン、などを挙げることができる。
【0042】
抗菌剤として、例えば新規な抗菌剤が本発明に使用できるかどうかを確認するために、次のような方法によって、その抗菌剤についてのMICとFとの相関係数を算出して、これを確認することができる。
【0043】
MICとFとの相関係数は、対照微生物群の各微生物について測定して得られたMICとFとの組み合わせから次の式IVを用いて、算出することができる。
式IV:

(ただし、対照微生物群に含まれるn個の対照微生物のうちのi番目の微生物について、蛍光偏光解消法によって測定されたそれぞれの値が、MIC、F(ただし、F= r∞i/r0iである)であり、mはn個の対照微生物のFの平均値を表し、mMICはn個の対照微生物のMICの平均値を表す)
【0044】
このように決定された相関係数Rによって、抗菌剤が本発明による予測値の算出に適しているか否かを判定することができる。本発明による予測値の算出に適していると判定するためには、相関係数Rは、好ましくは0.4以上、さらに好ましくは0.5以上、さらに好ましくは0.6以上、さらに好ましくは0.7以上、さらに好ましくは0.8以上、さらに好ましくは0.9以上であり、この値が大きいほど、強い正の相関関係があって、本発明による予測に適している。ただし、この値が小さい場合であっても、迅速で簡便なMICの予測値の算出を可能とするという、本発明の優れた特徴がいささかも減殺されるものではない。
【0045】
被験微生物としては、Fの測定が可能である微生物であればよく、例えば、真菌類及び細菌類を挙げることができる。微生物の中でも、真菌類は好適に実施可能であり、真菌類のなかでも、特に酵母は好適に実施可能である。被験微生物としては、各属各種の微生物の野生型に限られることなく、様々な変異体であってもよく、このような様々な変異体に対してMICの予測が可能となることにも、本発明の有利な特徴がある。
【0046】
真菌類として、例えば、Saccharomyces、Zygosaccharomyces 、Schizosaccharomyces、Kluyveromyces、Pichia、Williopsis、Debaryomyces、Candida、Cryptococcus、Malassezia、Trichosporon、Aspergillus、Trichophyton、Fusarium、Scedosporium、Microsporum、Sporothrixなどの属に属する真菌類を例示することができる。
【0047】
真菌類として、より具体的には、Saccharomyces barnettii、Saccharomyces bayanus、Saccharomyces cariocanus、Saccharomyces castellii、Saccharomyces cerevisiae、Saccharomyces dairenensis、Saccharomyces exiguus、Saccharomyces humaticus、Saccharomyces kluyveri、Saccharomyces kudriavzevii、Saccharomyces kunashirensis、Saccharomyces martiniae、Saccharomyces mikatae、Saccharomyces naganishii、Saccharomyces paradoxus、Saccharomyces pastorianus、Saccharomyces rosinii、Saccharomyces servazzii、Saccharomyces spencerorum、Saccharomyces transvaalensis、Saccharomyces turicensis、Saccharomyces unisporus、Saccharomyces yakushimaensis、Saccharomycodes ludwigii、Saturnispora dispora、Zygosaccharomyces bailii、Zygosaccharomyces bisporus、Zygosaccharomyces cidri、Zygosaccharomyces fermentati、Zygosaccharomyces florentinus、Zygosaccharomyces mellis、Zygosaccharomyces microellipsoides、Zygosaccharomyces mrakii、Zygosaccharomyces rouxii、Schizosaccharomyces japonicus、Schizosaccharomyces octosporus、Schizosaccharomyces pombe、Kluyveromyces aestuarii、Kluyveromyces africanus、Kluyveromyces bacillisporus、Kluyveromyces blattae、Kluyveromyces delphensis、Kluyveromyces dobzhanskii、Kluyveromyces lactis、Kluyveromyces lodderae、Kluyveromyces marxianus、Kluyveromyces nonfermentans、Kluyveromyces piceae、Kluyveromyces polysporus、Kluyveromyces sinensis、Kluyveromyces thermotolerans、Kluyveromyces waltii、Kluyveromyces wickerhamii、Kluyveromyces yarrowii、Pichia acaciae、Pichia angusta、Pichia anomala、Pichia burtonii、Pichia canadensis、Pichia capsulata、Pichia farinosa、Pichia manshurica、Pichia membranifaciens、Pichia minuta、Pichia ohmeri、Pichia pastoris、Pichia veronae、Williopsis californica、Williopsis pratensis、Williopsis saturnus 、Debaryomyces hansenii、Debaryomyces polymorphus、カンジダ(Candida)属として、C.aaseri(アアセリ)、C.albicans(アルビカンス)、C.guilliermondii(ギリエルモンジイ)、C.humicola(フミコラ)、C.glabrata(グラブラータ)、C.krusei(クルセイ)、C.lambica(ランビカ)、C.lipolytica(リポリチカ)、C.lusitanie(ルシタニエ)、C.parapsilosis(パラプシローシス)、C.paratropicalis(パラトロピカリス)、C.pseudotropicalis(シュードトロピカリス)、C.rugosa(ルゴーサ)、C.stellatoidea(ステラトイデア)、C.tropicalis(トロピカリス)、C.zeylanoides(ゼイラノイデス)、クリプトコッカス(Cryptococcus)属として、C.albidus(アルビズス)、C.gastrics(ガストリクス)、C.laurentii(ラウレンチイ)、C.neoformans(ネオフォルマンス)、C.terreus(テレウス)、C.uniguttulatus(ユニグツラーツス)、マラセチア(Malassezia)属として、M.furfur(フルフル)(癜風菌)、M.pachydermatis(パキデルマチス)、トリコスポロン(trichosporon)属として、T.beigelii(ベイゲリ)、T.capitatum(カピターツム)、T.fermentans(フェルメンタンス)、T.pullulans(プルランス)、アスペルギルス(Aspergillus)属として、A.clavatus(クラバツス)、A.fumigatus(フミガーツス)、A.flavus(フラブス)、A.niger(ニーゲル)、A.nidulans(ニズランス)、A.terreus(テレウス)、トリコフィトン(Trichophyton)属として、T.ajelloi(アジェロイ)、T.mentagrophytes(メンタグロファイテス、毛瘡白癬菌)、T.terrestre(テレストレ)、T.tonsurans(トンスランス)、T.megninii(メグニニイ)、T.equinum(エクイヌム)、T.violaceum(ビオラセウム)、T.shoehleinii(シェーンライニイ)(白癬菌)、T.ruburum(ルブルム)(紅色白癬菌)、T.soudanense(スーダネンセ)、T.yaoundei(ヤウンデイ)、T.verrucosum(ベルコースム)、フサリウム(Fusarium)属として、F.solani(ソラニ)、セドスポリウム(Scedosporium)属として、Scedosporium.apiospermum(アピオスペルムム)、ミクロスポルム(小胞子菌)(Microsporum)属として、M.gallinae (ガリネ)、M.ferrugineum(フェルギネウム、錆色小胞子菌)、M.audouinii(オーズイニイ、オーズアン小胞子菌)、M.distortum(ジストルツム)、M.nanum(ナヌム)、M.canis(カニス、イヌ小胞子菌)、M.gypseum(ギプセウム、石膏状小胞子菌)、M.cookei(クーケイ)、M.vanbreuseghemii(バンブルーゼゲミイ)、スポロトリックス(Sporothrix)属として、スポロトリックス・シェンキイSporothrix schenckii)、などを例示することができる。
【0048】
対照微生物群は、被験微生物のMICの予測に使用されるMICの予測式を予め決定しておくために使用される。上述した被験微生物となる微生物であれば、対照微生物群の微生物として、使用することができる。対照微生物群として選択された微生物がどのような微生物であっても、その抗菌剤に対して決定されたMICの予測式は、抗菌剤に依存して特定されるものであるために、未同定の微生物も含めたどのような微生物を被験微生物とした場合にも、そのMICの予測式によって被験微生物のMICが予測可能となっているところにも、本発明の有利な特徴がある。しかし、MICの予測を極めて精密に行いたいという要望がある場合には、被験微生物と近縁である微生物を、対象微生物群として選択して、その予測精度を高めることも可能である。予測精度を高めるために、例えば、被験微生物と同属の微生物を対象微生物群の微生物として選択することもでき、あるいは、被験微生物と同属かつ同種の微生物を対象微生物群の微生物として選択することもできる。このような予測精度の指標として、相関係数Rを算出して使用することができる。
【0049】
対照微生物群として使用される微生物の数は、好ましくは3以上、さらに好ましくは5以上、さらに好ましくは7以上、さらに好ましくは、さらに好ましくは9以上、さらに好ましくは11以上、さらに好ましくは13以上、さらに好ましくは15以上の数とすることができる。対照微生物として使用される微生物の数は、一般に多いほど信頼性が高いものとなる点で好ましい。しかし、対照微生物として使用される微生物の数は、MICの実測の作業負担の観点からは、より少ない数で予測可能となることが好ましく、例えば、好ましくは300以下、さらに好ましくは200以下、さらに好ましくは100以下、さらに好ましくは50以下、さらに好ましくは30以下、さらに好ましくは20以下の数とすることができる。
【実施例】
【0050】
以下に実施例をあげて、本発明を詳細に説明する。本発明は、以下の実施例によって限定されるものではない。
【0051】
[微生物]
次の真菌類を試験対象とした。
[真菌類]
(1) Saccharomyces cerevisiae BY4742 (wild-type)
(2) Saccharomyces cerevisiae erg2株
(3) Saccharomyces cerevisiae erg4株
(4) Saccharomyces cerevisiae erg5株
(5) Saccharomyces cerevisiae erg6株
(6) Saccharomyces cerevisiae Sake yeast kyokai no.7 NBRC 2347
(7) Candida glabrata NBRC 0622T
(8) Cryptococcus albidus NBRC 0378T
(9) Kluyveromyces marxianus JCM 1630
(10) Debaryomyces hansenii JCM 2104
(11) Pichia minuta JCM 3622
(12) Williopsis saturnus JCM 3624
(13) Candida boidinii JCM 9604
【0052】
[時間分解蛍光偏光解消法による測定]
真菌類の細胞をYPD (1% Bacto yeast extract, 2% Bacto peptone, 2% D-glucose)培地またはSC(0.67 % yeast extract nitrogen base w/o amino acids, adenine sulfate 20 mg/L, uracil 20 mg/L, tryptophan 40 mg/L, histidine-HCl 20 mg/L, leucine 90 mg/L, lysine-HCl 30 mg/L, arginine-HCl 20 mg/L, methionine 20 mg/L, tyrosine 30 mg/L, isoleucine 30 mg/L, phenyalanine 50 mg/L, glutamic acid 100 mg/L, aspartic acid 100 mg/L, threonine 200 mg/L, serine 400 mg/L, 2 % D-glucose)培地で25℃にて振盪培養した。遠心操作(3,500 rpm, 2min)により集菌し、TE buffer (10 mM Tris-Cl, 1 mM EDTA, pH 7.0)で2回洗浄した。これを0.5 μMのTMA-DPH(Invitrogen)で10分間、暗黒下で蛍光標識後TE bufferで2回洗浄し、測定までの間氷中で保持した。
【0053】
TMA-DPHで標識された細胞を石英キュベットに保持し、蛍光寿命測定装置FluoroCube (Horiba Jobin Yvon)を用い、25℃で時間分解蛍光偏光解消法を行った。励起光源には375 nmのバルスレーザー (1 MHz)を用い、460 nmにおける蛍光を時間分解計測した。データ解析は、装置付属のソフトDAS6.3を用いて行った。
【0054】
蛍光異方性の時間変化 r(t) は次式(式V)で与えられる。
r(t) = (r0 − r) ・exp(− t/θ) + r (式V)
ここで、 r0はmaximum anisotropy (最大異方性:偏光解消が起こる前の異方性), r limiting anisotropy (無限異方性:完全に偏光解消したときの異方性)、θは rotational correlation time(回転相関時間)である。このr及びrは、測定値から上記式によって求めた。具体的には、時間分解測定で得られた計数値を式Vに適合させ、r0とrを算出した。これによって、例えば、図1においてr0はy切片、rはx軸を無限時間に外挿したときのy軸の値として得られる。
【0055】
[時間分解蛍光偏光解消法による測定結果]
時間分解蛍光偏光解消法による測定結果の一例として、S. cerevisiae BY4742株(Wild-type)及びerg2変異株の測定結果を、図1に例示して示す。図1は、横軸を時間(ナノ秒)、縦軸を異方性として、各測定値をプロットしたグラフの例である。例示したグラフでは、最大異方性(r)及び無限異方性(r)は、それぞれ矢印で示した位置に相当する。これらの値は、一般的に行われるようなキセノンランプなどの定常光による蛍光偏光解消法による測定では得ることができない値である。
【0056】
[最小生育阻止濃度(MIC, minimum inhibitory concentration)の決定]
96穴プレートで下記の抗菌剤を段階希釈し、真菌類の細胞をそれぞれ25℃で2日間で1日間培養した。プレートリーダー(コロナ電気製、MTP−450)によって600nmの波長での濁度を計測して、細胞増殖が見られない最小の薬剤濃度をMICとした。
真菌用として、Fluconazole, Cycloheximide, Miconazole Nitrate を使用した。
【0057】
[MICとFとの相関の分析]
このようにして微生物(変異株)ごとに得られたr及びrから、予測式におけるFを求め、同じく微生物(変異株)ごとに得られたMICとの間で、その相関を検討した。
【0058】
図2は、シクロヘキシミドについて得られたFの測定値とMICの実測値との相関を表すグラフである。左側のグラフは、S.cerevisiaeの野生型及びその変異株のデータをプロットしたグラフであり、R=0.981で正の相関を示した。右側のグラフは、これらのS.cerevisiaeを含めた多種多属の酵母によって得られたデータをプロットしたグラフであり、R=0.732で正の相関を示した。S.cerevisiaeの野生型及びその変異株のデータから得られたMICの予測式、及びS.cerevisiaeを含めた多種多属の酵母によって得られたデータから得られたMICの予測式を、図2のそれぞれグラフの上部に示す。Fの値から予測されるMICの値は、S.cerevisiaeの野生型及びその変異株から得られたデータを元にした場合でも、S.cerevisiaeを含めた多種多属の酵母によって得られたデータを元にした場合でも、近似したものとなっていた。このように、Fの値からMICの値を予測できること、その予測式は酵母の種類によらずに成立すること、すなわち、シクロヘキシミドに対するMICの予測式をいったん決定すれば、異なった種類の酵母や変異体のMICを、Fの値から予測式によって予測できることがわかった。
【0059】
図3は、フルコナゾールについて得られたFの測定値とMICの実測値との相関を表すグラフである。左側のグラフは、S.cerevisiaeの野生型及びその変異株のデータをプロットしたグラフであり、R=0.990で正の相関を示した。右側のグラフは、これらのS.cerevisiaeを含めた多種多属の酵母によって得られたデータをプロットしたグラフであり、R=0.712で正の相関を示した。S.cerevisiaeの野生型及びその変異株のデータから得られたMICの予測式、及びS.cerevisiaeを含めた多種多属の酵母によって得られたデータから得られたMICの予測式を、図3のそれぞれグラフの上部に示す。Fの値から予測されるMICの値は、S.cerevisiaeの野生型及びその変異株から得られたデータを元にした場合でも、S.cerevisiaeを含めた多種多属の酵母によって得られたデータを元にした場合でも、近似したものとなっていた。このように、Fの値からMICの値を予測できること、その予測式は酵母の種類によらずに成立すること、すなわち、フルコナゾールに対するMICの予測式をいったん決定すれば、異なった種類の酵母や変異体のMICを、Fの値から予測式によって予測できることがわかった。
【0060】
図4は、ミコナゾールについて得られたFの測定値とMICの実測値との相関を表すグラフである。左側のグラフは、S.cerevisiaeの野生型及びその変異株のデータをプロットしたグラフであり、R=0.858で正の相関を示した。右側のグラフは、これらのS.cerevisiaeを含めた多種多属の酵母によって得られたデータをプロットしたグラフであり、R=0.611で正の相関を示した。S.cerevisiaeの野生型及びその変異株のデータから得られたMICの予測式、及びS.cerevisiaeを含めた多種多属の酵母によって得られたデータから得られたMICの予測式を、図4のそれぞれグラフの上部に示す。Fの値から予測されるMICの値は、S.cerevisiaeの野生型及びその変異株から得られたデータを元にした場合でも、S.cerevisiaeを含めた多種多属の酵母によって得られたデータを元にした場合でも、近似したものとなっていた。このように、Fの値からMICの値を予測できること、その予測式は酵母の種類によらずに成立すること、すなわち、ミコナゾールに対するMICの予測式をいったん決定すれば、異なった種類の酵母や変異体のMICを、Fの値から予測式によって予測できることがわかった。
【0061】
以上から、次の式VI:
MICdrug = A × eBF (VI)
で表される予測式を使用すれば、TMA−DPHを用いた時間分解蛍光偏光解消測定による実測値として得られたその菌種のF(ただし、F=r/r)から、その菌種のMICを予測できることがわかった。式VIで表される予測式は、式Iで表される予測式と同一の式である。Fは、菌種によって定まる値であり、培養条件等にはほとんど依存しない値であった。A及びBの組み合わせは、その薬剤(例えば、シクロヘキシミド、フルコナゾール、及びミコナゾール)によって定まる値であり、この係数A及びBの組み合わせから予測式が規定される。薬剤ごとに規定された予測式によるMICの予測は、その菌種が、S.cerevisiaeの野生型及びその変異株である場合のみならず、多種多属の酵母である場合においても成立すること、さらに同一の薬剤に対しての予測であれば、どのような属やどのような種の真菌類にも適用できることがわかった。
【0062】
S.cerevisiaeの野生型及びその変異株に加えて多種多属の菌種を実測して決定した、各抗菌剤の係数A及びBの組み合わせを、次の表1に示す。
【0063】
【表1】

【0064】
例えば、フルコナゾールの場合に、上記のA及びBの値から、MICの予測式は、次の式VII:
MICFLC = 5 x 10-31 x e79.014F (式VII)
となる。そこで、被験微生物である菌種について、F=0.910と実測されれば、上記式から、フルコナゾールについて、MIC=8.4μg/mlと予測される。また、別な被験微生物である菌種について、F=0.950と実測されれば、上記式から、フルコナゾールについて、MIC=199μg/mlと予測される。
【0065】
例えば、このフルコナゾールは、薬剤の耐性(感受性)を判定するためのNCCLS M27−Aガイドラインによれば、MIC < 8 μg/mL であれば感受性、 MICが16~32 μg/mL の範囲にあれば用量依存的感受性、MIC > 64 μg/mL であれば耐性とされているので、Fの測定値から得られたMICの予測値から、確立された既存のガイドラインに従った薬剤耐性(薬剤感受性)の判定が、どのようなものになるかを簡単に予測することができる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明によれば、従来行われていたような24〜48時間といった長時間の培養を行うことなく、抗生物質等の抗菌剤に対する、微生物、特に真菌類のMIC(最小生育阻止濃度)の値を、予測することができる。本発明で使用される時間分解蛍光偏光解消法での測定は、約10分間程度という極めて短時間に測定を完了することができ、これによって、従来不可能であったほどの短時間の間に、対象とする微生物、特に真菌類の薬剤耐性(薬物耐性)を判定することができる。従って、本発明は、産業上極めて有用な発明である。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】図1はS.cerevisiae 野生型株とerg2変異体株を比較した時間分解蛍光偏光解消法による測定結果を示す図である。
【図2】図2はシクロヘキシミドのFの測定値とMICの実測値との相関を表すグラフである。
【図3】図3はフルコナゾールのFの測定値とMICの実測値との相関を表すグラフである。
【図4】図4はミコナゾールのFの測定値とMICの実測値との相関を表すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗菌剤に対する被験微生物のMIC(最小生育阻止濃度)の予測値を算出する方法であって、
被験微生物のr(最大異方性)及びr(無限異方性)を、蛍光偏光解消法によって測定する被験微生物測定工程、
予め決定された予測式に、被験微生物のF(ただし、F=r/rである)を代入して、被験微生物のMICの予測値を算出する工程、
を含んでなる方法。
【請求項2】
予測式が、次の工程:
対照微生物群の各微生物について、抗菌剤に対するMICを、それぞれ実験的に測定するMIC実測工程、
対照微生物群の各微生物について、r及びrを、蛍光偏光解消法によってそれぞれ測定する対照微生物群測定工程、
対照微生物群の各微生物について測定して得られたMICとF(ただし、F=r/rである)との組み合わせから、FとlnMIC(ただし、lnは自然対数を表す)との回帰直線を決定して、FとlnMICとの回帰直線から、FからMICの値を算出する予測式を決定する工程、
が行われることによって予め決定される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
予測式が、次の式I:
MIC = A×exp(B×F) (式I)
(ただし、F = r/r であり、expは指数関数を表し、
A及びBは、FとlnMICとの回帰直線から決定される係数である)
で表される式である、請求項1〜2の何れかに記載の方法。
【請求項4】
抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値を算出する方法であって、
対照微生物群の各微生物について、抗菌剤に対するMICを、それぞれ実験的に測定するMIC実測工程、
対照微生物群の各微生物について、r(最大異方性)及びr(無限異方性)を、蛍光偏光解消法によってそれぞれ測定する対照微生物群測定工程、
対照微生物群の各微生物について測定して得られたMICとF(ただし、F=r/rである)との組み合わせから、FとlnMIC(ただし、lnは自然対数を表す)との回帰直線を決定して、FとlnMICとの回帰直線から、次の式I:
MIC = A×exp(B×F) (式I)
(ただし、F = r/r であり、expは指数関数を表し、
A及びBは、FとlnMICとの回帰直線から決定される係数である)
の係数A及びBを決定することによって、FからMICの値を算出する予測式を決定する工程、
被験微生物のr及びrを、蛍光偏光解消法によって測定する被験微生物測定工程、
予め決定された予測式に、被験微生物のF(ただし、F=r/rである)を代入して、被験微生物のMICの予測値を算出する工程、
を含んでなる方法。
【請求項5】
抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値を算出するための予測式を決定する方法であって、
対照微生物群の各微生物について、抗菌剤に対するMICを、それぞれ実験的に測定するMIC実測工程、
対照微生物群の各微生物について、r(最大異方性)及びr(無限異方性)を、蛍光偏光解消法によってそれぞれ測定する対照微生物群測定工程、
対照微生物群の各微生物について測定して得られたMICとF(ただし、F=r/rである)との組み合わせから、FとlnMIC(ただし、lnは自然対数を表す)との回帰直線を決定して、FとlnMICとの回帰直線から、FからMICの値を算出する予測式を決定する工程、
を含んでなる方法。
【請求項6】
予測式が、次の式I:
MIC = A×exp(B×F) (式I)
(ただし、F = r/r であり、expは指数関数を表し、
A及びBは、FとlnMICとの回帰直線から決定される係数である)
で表される式である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
抗菌剤が、抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値を算出するための次の予測式(式I):
MIC = A×exp(B×F) (式I)
(ただし、F = r/r であり、expは指数関数を表し、
A及びBは、FとlnMICとの回帰直線から決定される係数である)
によって予測値の算出に適した抗菌剤であるか否かを判定するために、抗菌剤についての相関係数を求める方法であって、
対照微生物群の各微生物について、抗菌剤に対するMICを、それぞれ実験的に測定するMIC実測工程、
対照微生物群の各微生物について、r(最大異方性)及びr(無限異方性)を、蛍光偏光解消法によってそれぞれ測定する対照微生物群測定工程、
対照微生物群の各微生物について測定して得られたMICと、F(ただし、F = r/r である)とについて、相関係数を求める工程、
を含む方法。
【請求項8】
抗菌剤に対する予測式(式I)の係数A及びBが、それぞれ次の式II及び式III:

(ただし、対照微生物群に含まれるn個の対照微生物のうちのi番目の微生物について、蛍光偏光解消法によって測定されたそれぞれの値が、MIC、F(ただし、F= r∞i/r0iである)であり、lnは、自然対数を表す)
によって算出される、請求項3〜4及び請求項6〜7の何れかに記載の方法。
【請求項9】
MICとFとの相関係数が、次の式IV:

(ただし、対照微生物群に含まれるn個の対照微生物のうちのi番目の微生物について、蛍光偏光解消法によって測定されたそれぞれの値が、MIC、F(ただし、F= r∞i/r0iである)であり、mはn個の対照微生物のFの平均値を表し、mMICはn個の対照微生物のMICの平均値を表す)
によって算出される、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
抗菌剤が、抗菌剤に対する被験微生物のMICの予測値を算出するための次の予測式(式I):
MIC = A×exp(B×F) (式I)
(ただし、F = r/r であり、expは指数関数を表し、
A及びBは、FとlnMICとの回帰直線から決定される係数である)
によって予測値の算出に適した抗菌剤であるか否かを判定する方法であって、
請求項7または請求項9に記載の方法によって求められた相関係数Rが、0.5よりも大きい場合に、抗菌剤が、式IによるMICの予測値の算出に適していると判定する工程、
を含む、判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−63389(P2010−63389A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−231666(P2008−231666)
【出願日】平成20年9月10日(2008.9.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年8月11日酵母遺伝学フォーラム発行の「Yeast Genetics and Molecular Biology News JAPAN No.41(酵母遺伝学フォーラム2008年講演予稿集)」に発表
【出願人】(504194878)独立行政法人海洋研究開発機構 (110)
【Fターム(参考)】