説明

抗菌加工方法

【課題】 長期保存や洗浄、洗濯に対しても良好な抗菌性を維持する耐久抗菌性を簡便かつ安価に高分子素材に付与する抗菌加工方法。
【解決手段】高分子素材に放射線を照射することにより抗菌加工をする。放射線によって抗菌性が発現するメカニズムの詳細は明らかでないが,放射線照射によって高分子素材にアルデヒド基が生成し,アルデヒド基が持つ抗菌性が発現されるものと考えられる。この方法は架橋剤やバインダー等を用いないので,繊維製品等の生地に適用しても風合いが損なわれることが無く,また環境や人体の皮膚に対する安全性が高い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗菌加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年では抗菌性を有する各種製品の需要が高くなっている。またそれに応じて様々な抗菌加工方法が知られている。例えば、高分子材料に抗菌性を付与する方法として、高分子材料に抗菌剤を練り込む方法が知られている。繊維分野においてはポリエステルやアクリル等の化学繊維は、紡糸する前にあらかじめ抗菌剤を添加し、繊維に抗菌性を付与する方法が一般的に行われている。しかしながら、上記技術は繊維の内部に練りこまれた抗菌剤は直接微生物に接触しないため、抗菌剤の添加量に対する抗菌性発現の効果が低く、抗菌剤を多量に使用する必要があった。また衣料品等は、化学繊維とセルロース等の混紡素材が大半であり、最終製品で抗菌性を発現するために必要な化学繊維の混紡率によっては用途が限定されるという問題があった。
【0003】
繊維の抗菌加工に電子線を応用した例としては、抗菌剤を含有する化学繊維を用いた繊維製品に電子線を照射することにより、制菌効果を向上させる技術が開示されている(特許文献1)。しかしながら、上記技術では抗菌剤を含有する化学繊維の調製が煩雑であり、また製造コストが問題であった。
【0004】
また、セルロース系繊維等の天然素材に抗菌性を付与する方法として、各種の抗菌加工薬剤を架橋剤やバインダーを介して、またはイオン結合によって繊維と結合させる方法が知られている。しかしながら、洗濯によって徐々に抗菌剤が脱落し、抗菌性が低下する問題があった。また架橋剤やバインダーを用いると、風合いが硬くなり、本来の風合いを損ねる問題があった。特に架橋剤にはホルマリンが含まれているものが多く、環境や人体の皮膚に対する安全性に問題があった。
【特許文献1】特開2004−84153号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、長期保存や洗浄、洗濯に対しても良好な抗菌性を維持する耐久抗菌性を簡便かつ安価に高分子素材に付与する抗菌加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は高分子素材に放射線を照射することを特徴とする抗菌加工方法に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の抗菌加工方法によれば、高分子素材に対して簡便かつ安価に抗菌性を付与でき、しかも付与された素材は長期保存や洗浄、洗濯に対しても初期の抗菌性を維持できる。
本発明の方法は抗菌加工薬剤を用いないので、安価である。
また本発明の方法は架橋剤やバインダー等を用いないので、繊維製品等の生地に適用しても風合いが損なわれることがなく、また環境や人体の皮膚に対する安全性が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の抗菌加工方法は高分子素材に対して放射線を照射することを特徴とする。放射線照射によって抗菌性が発現するメカニズムの詳細は明らかではないが、放射線照射によって高分子素材にアルデヒド基が生成し、当該アルデヒド基がもつ抗菌性が発現されるものと考えられる。
【0009】
本明細書中、抗菌性とは黄色ブドウ球菌、肺炎桿菌、大腸菌、緑膿菌、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌等の微生物の増殖を抑制し、減菌し得る特性をいうものとする。また耐久抗菌性とは、長期保存や洗浄、洗濯に対してもそのような抗菌性を維持できる特性をいうものとする。
【0010】
高分子素材は、放射線照射によってアルデヒド基を生成し得るものであれば特に制限されず、例えば、多糖類素材、ポリビニルアルコール系素材、ポリ乳酸系素材が挙げられる。多糖類素材としては、例えば、天然セルロース、セルロースジアセテート(単にジアセテートということがある)、セルローストリアセテート(単にトリアセテートということがある)、再生セルロースなどのセルロース系物質、デンプン系物質、アルギン酸、κ−カラギーナン、キチン・キトサン系物質などからなる素材が挙げられる。
【0011】
これらの高分子素材のうち、天然セルロース、セルロースジアセテート、再生セルロースなどの物質、デンプン系物質、アルギン酸、κ−カラギーナン、キチン・キトサン系物質からなる素材、ポリビニルアルコール系素材などは、構成分子の繰り返し単位構造中に比較的多くの水酸基を含有するので、当該水酸基が放射線照射によって酸化されアルデヒド基が有効に生成するものと考えられる。
【0012】
またセルローストリアセテートからなる素材、ポリ乳酸系素材は構成分子の繰り返し単位構造中に水酸基を有しないが、構成分子が放射線照射によって適度に切断され、切断片の末端に水酸基が生成するので、当該水酸基が酸化されアルデヒド基が有効に生成するものと考えられる。なお放射線照射による素材の構成分子の切断が過剰に起こると、素材の強度が顕著に低下するので好ましくない。また構成分子が繰り返し単位構造中に水酸基を有さず、しかも放射線照射によって切断され難い素材は、アルデヒド基が有効に生成しないので好ましくない。例えば、6−ナイロン、ポリプロピレン、塩化ビニールなどからなる素材はその繰り返し単位構造中に水酸基を有さず、放射線照射しても、抗菌性は全く発現しない。ポリエチレンテレフタレートはポリ乳酸同様、エステル結合を有しているが、芳香環を有するため、放射線耐性が高く、放射線照射によって適度に切断されないため、抗菌性をほとんど発現しないものと考えられる。
【0013】
高分子素材は、いかなる形態を有していても良く、例えば、繊維またはそれらの集合体、フィルム、またはボードの形態、またはそれらの複合形態であってよい。
繊維の集合体として、例えば、綿塊状、紙、スライバー、紡績糸、フィラメント糸、織物、編物、不織布、縫製品等が挙げられる。
アルデヒド基をより有効に生成させる観点から、高分子素材は繊維またはそれらの集合体の形態を有することが好ましい。それらの形態は比較的大きな比表面積を確保でき、生成したアルデヒド基の抗菌性がより有効に発現できるためである。
【0014】
高分子素材は、前記した多糖類、ポリビニルアルコール、ポリ乳酸等の高分子成分を本発明の目的を達成できる範囲内で含有すればよく、通常は素材を構成する全成分に対して当該高分子成分が10重量%以上含まれていればよい。
【0015】
高分子素材の具体例として、例えば、綿、麻、竹、その他紡績可能な植物繊維の天然セルロース、セルロースジアセテート、セルローストリアセテート、再生セルロースなどのセルロース系繊維、キトサン繊維、ポリビニルアルコール繊維、ポリ乳酸繊維等からなる糸またはそれらの繊維の混紡糸(例えば、綿とレーヨンの混紡糸)、上記繊維と化学繊維との混紡糸(例えば、綿とポリエステルとの混紡糸)、それらの糸を用いた織物および編物、上記繊維からなる糸と化学繊維からなる糸との交織織物、上記繊維を用いた不織布や紙類、セロファン等のセルロースフィルム、木製ボード等が挙げられる。
【0016】
好ましい高分子素材は構成分子の繰り返し単位構造中に水酸基を有するものである。より有効にアルデヒド基を生成させ得るためである。
【0017】
高分子素材はそのまま放射線を照射しても良いが、放射線の照射に先立って、高分子素材に添加されている油剤や糊剤が除去されていても、アルデヒド基の生成に影響を与えない限り特に問題はない。
【0018】
放射線は、照射によって高分子素材にアルデヒド基を生成させることができれば特に制限されず、例えば、電子線、ベータ線、アルファ線などのような粒子線、紫外線、エックス線、ガンマ線などのような電離放射線等が挙げられる。中でも、装置の取り扱いやすさ、安全性、照射条件の設定の利便性等の観点から、電子線を採用することが好ましい。
【0019】
放射線の照射条件は、素材にアルデヒド基を生成可能であればよく、例えば、強条件で短時間の照射が行われても、または弱条件で長時間の照射が行われても良い。具体的には、電子線を照射する場合、ジアセテートやトリアセテートでは、1〜200kGy、より好ましくは2〜10kGyの照射量が達成されればよい。天然セルロース、再生セルロースおよびポリビニルアルコールでは、通常は1〜200kGy、好ましくは1〜50kGy、より好ましくは10〜30kGyの照射量が達成されればよい。ポリ乳酸では、1〜200kGy、より好ましくは5〜20kGyの照射量が達成されればよい。
【0020】
特に、電子線を照射する場合は、窒素雰囲気下で照射を行うことが好ましく、また透過力があるため、素材の片面に照射するだけでもよい。
電子線照射装置としては市販のものが使用可能であり、例えば、エリアビーム型電子線照射装置(岩崎電気(株)製のEC300/165/800や(株)NHVコーポレーション製のEPS300など)が使用される。
【0021】
本発明の抗菌加工方法においては、抗菌加工薬剤を使用しなくても、抗菌性を高分子素材に対して簡便に付与できる。しかも、照射後、6ヶ月以上経過した素材においても、照射直後と同様の抗菌性を有している。また、本発明の方法によって抗菌加工された素材に対して、洗濯を50回行った後、さらに130℃で30分間の乾熱処理をしても、同様の抗菌性を発現する。
【0022】
本発明の方法によって抗菌加工された高分子素材が抗菌性を有効に発揮するのに要するアルデヒド含量は素材によって異なる。その理由の詳細は明らかではないが以下の理由に基づくものと考えられる。素材が抗菌性を発揮する因子はアルデヒド基に限られるものではなく、他の因子としてカルボキシル基等が挙げられるが、素材自体が本来的に有する全ての因子に基づく抗菌性の程度が素材ごとに異なることに起因するものと考えられる。
また、レーヨンやジアセテート、トリアセテートは天然の綿と異なり、パルプセルロースを溶剤に溶解し、再び繊維状に加工していることから、その過程で酸化反応による水酸基のアルデヒド化も一部起こっているものと考えられ、抗菌性に関与している可能性があるが、分子量が小さいために洗濯等で脱落するため、耐久性は期待できない。
例えば、綿ではアルデヒド含量が0.0015mmol/g以上、特に0.0020mmol/g以上であることが好ましい。
また例えば、トリアセテートではアルデヒド含量が0.0026mmol/g以上、特に0.0028mmol/g以上であることが好ましい。
また例えば、ジアセテートではアルデヒド含量が0.0045mmol/g以上、特に0.0050mmol/g以上であることが好ましい。
また例えば、レーヨンではアルデヒド含量が0.0035mmol/g以上、特に0.0037mmol/g以上であることが好ましい。
また例えば、ポリ乳酸ではアルデヒド含量が0.0010mmol/g以上、特に0.0012mmol/g以上であることが好ましい。
そのようなアルデヒド含量は長期保存や洗浄、洗濯に対しても維持される。
【0023】
本発明の方法によって加工された高分子素材において、アルデヒド基はポリマー鎖に化学的に結合している。そのために上記のような耐久抗菌性が発揮されるものと考えられる。アルデヒド基がポリマー鎖に化学的に結合していることは85℃の熱水中に30分以上浸せき処理した後でも抗菌性を有することによって検証可能である。
【実施例】
【0024】
<実験例1;抗菌性>
(実施例および比較例)
所定の布帛に対して以下に示す前洗浄を行い、熱風乾燥を行った後、布帛の一方の面に対して、エリアビーム型電子線照射装置(エレクトロンビームEC250/15/180L;岩崎電気(株)社製)により窒素ガス雰囲気下、200kVおよび所定の照射線量で電子線照射した。
布帛の種類、前洗浄の有無、洗濯の回数を評価結果とともに以下の表に示した。なお、前洗浄「無」とは、前洗浄を行うことなく、電子線照射を行ったことを意味する。また洗濯回数とは、電子線照射後、行った洗濯の回数を示す。
【0025】
・前洗浄
油剤を除去する目的で、布帛を石油エーテルに浸せきし、超音波処理を2分間行った後、メタノールで洗浄し、さらに、糊剤を除去するため、85℃熱水中で、20分間洗浄し、100℃で2時間乾燥を行った。
【0026】
・洗濯
JIS L 0217 103法に基づく洗濯を所定回数行った。洗剤は抗菌性評価に影響を与えないJAFET標準洗剤(社団法人繊維評価技術協議会指定洗剤)を用いた。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

【0030】
【表4】

【0031】
【表5】

【0032】
【表6】

【0033】
綿、ジアセテート、トリアセテート、レーヨン、ポリ乳酸の各布帛はそれぞれの繊維のみからなる織物であり、市販品を使用した。またポリエステル/綿混紡布帛は重量率(65/35)のものを用いた。なお本方法では、生地密度や目付けなどが抗菌性に影響を与えることはない。
【0034】
(抗菌性試験)
試験方法:JIS L 1902(繊維製品の抗菌試験方法)に準じて行った。
試験菌種:黄色ブドウ球菌、肺炎桿菌
判定基準:社団法人繊維評価技術協議会の定める基準では、抗菌防臭加工繊維製品の場合は静菌活性値が2.2以上、制菌加工(一般用途)繊維製品の場合は、殺菌活性値が0以上であれば効果ありと判定される。
【0035】
(アルデヒド含量の測定)
電子線照射高分子素材のアルデヒド含量を次の方法により測定した。
下記反応式に示すように亜硫酸水素イオンはアルデヒドのカルボニル基と可逆的に反応して、α−ハイドロキシスルホン酸塩を生じる(文献:官能基別有機化合物定量法の実際、江島昭訳、発行:廣川書店)。ただし、ケトンは一般的にこの反応で検出できない。この反応を利用する。すなわち、電子線照射した布帛を亜硫酸水素ナトリウム(和光純薬(株))の0.5%水溶液に、20℃で1時間浸せきした後、温純水で10分間浸せき洗浄した後、40℃で真空乾燥を20分間行った。次いで、蛍光X線分析装置((株)リガク、ZSX100e)を用いて、この布帛中の硫黄含量の測定を行った。蛍光X線分析で得られた値(mass%)から、アルデヒドの生成モル数(mmol/g)を換算した。
【0036】
【化1】

【0037】
<実験例2;電子線照射および湿熱処理によるアルデヒド含量の変化>
所定の布帛に対して実験例1と同様の前洗浄を行い、布帛の一方の面に対して、エリアビーム型電子線照射装置(エレクトロンビームEC250/15/180L;岩崎電気(株)社製)により窒素ガス雰囲気下、200kVおよび所定の照射線量で電子線照射し、アルデヒド含量を測定した。その後、所望により、オートクレーブで129℃30分間の湿熱処理後、湯洗浄を行い、アルデヒド含量を測定した。測定結果を以下に示す。
【0038】
【表7】

【0039】
【表8】

【0040】
綿布、トリアセテート布、ジアセテート布、レーヨン布およびポリ乳酸布は実験例1と同様のものを用いた。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の抗菌加工方法は高分子素材、特に放射線照射によってアルデヒド基を生成し得る物質からなる素材であれば、いかなる素材に対しても有効に抗菌性を付与できる。そのような素材の用途として、例えば、繊維素材の場合は臭いの原因となる微生物の増殖を抑制する肌着、靴下、医療機関で院内感染に関与する微生物の増殖を抑制するシーツ、布団カバー、白衣、介護衣、病衣、不織布の形態で各種フィルターに使用できる。また、微生物による劣化を防ぐために抗菌性が必要な紙類、フィルム等が挙げられる。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子素材に放射線を照射することを特徴とする抗菌加工方法。
【請求項2】
高分子素材が、多糖類素材、ポリビニルアルコール系素材またはポリ乳酸系素材であることを特徴とする請求項1に記載の抗菌加工方法。
【請求項3】
高分子素材が、繊維またはそれらの集合体、フィルム、またはボードの形態を有することを特徴とする請求項1または2に記載の抗菌加工方法。
【請求項4】
放射線が電子線であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の抗菌加工方法。
【請求項5】
抗菌加工薬剤を使用しないことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の抗菌加工方法。



【公開番号】特開2006−241615(P2006−241615A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−56271(P2005−56271)
【出願日】平成17年3月1日(2005.3.1)
【出願人】(000001096)倉敷紡績株式会社 (296)
【出願人】(592029256)福井県 (122)
【出願人】(000182247)サカイオーベックス株式会社 (35)
【Fターム(参考)】