説明

抗菌性ペプチドの分泌誘導剤

【課題】新たなディフェンシン等の抗菌性ペプチドの分泌誘導剤を提供することを課題とする。
【解決手段】発芽玄米及び/又は玄米糠由来のステロール配糖体を有効成分とするα−ディフェンシン等の抗菌性ペプチドの分泌誘導剤

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌性ペプチドの分泌誘導剤に関する。
【背景技術】
【0002】
細菌感染症や真菌感染症は人類の寿命を左右する大きな疾患であり、抗生物質や合成抗菌剤など種々の薬剤が開発されてきた。しかし抗生物質や抗菌剤は常に抵抗性微生物が出現する。ひとたびこのような抗生物質耐性菌が出現すると、従来の抗菌剤では治療の手段がなく、耐性菌に対する対策は新たな抗菌剤を開発するしかなかった。
近年高齢者の間で、免疫の低下に伴う常在菌による感染症が問題となっている。常在菌は所謂多剤耐性株が多く、いったん老人介護施設などで多剤耐性菌の感染患者が発生すると効果的な治療手段がなく、施設内で多数の患者が連鎖的に発生し、状況によっては施設の閉鎖や患者の隔離などが必要になってくる。このため、多剤耐性菌に対する対策は大きな社会問題となっている。
このため、インターフェロン類やインターロイキン類の分泌を誘導する多糖や糖タンパク質などを投与して生体の免疫システムを増強する治療や予防方法が提案されているが、あまり効果はあがっていない。
ところで動物、植物、昆虫、酵母、乳酸菌などのさまざまな生物には、外界からの病原微生物の侵入に対して自己防御するための自己生体防御機構が本来備っている。このような外来からの進入を防御するために、アミノ酸が10数個〜50数個程度からなる抗菌ペプチドを生物自らが産生していることが明らかになっている。これらの抗菌ペプチドは、細菌、真菌などに対してはば広い範囲の抗菌スペクトルを有しているとともに、生物自らが産生していることから生体に対しては副作用も阻害作用も有していない。
【0003】
このような抗菌ペプチドのうち、ヒト由来の抗菌ペプチドとしては、例えば、ディフェンシン・ファミリー(α−ディフェンシン、β−ディフェンシン等)、カセリシジン(LL-37)、ダームシジン(dermcidin)、LEAP-1(ヘプシジン)、LEAP-2などが知られている。また、ウシ好中球から単離された、トリプトファンリッチな13アミノ酸からなる広域スペクトル抗菌活性を示す抗菌ペプチドであるインドリシジンの類似体の合成カチオン性抗菌ペプチド、オミガナン(Ominagan pentahydrochloride) が、カテーテル用局所感染予防薬として開発されている(例えば、非特許文献1参照)。さらに、乳酸菌が産生する抗菌ペプチドであるナイシンが、食品添加物としてすでに使用されている。
【0004】
この抗菌ペプチドを人為的に人に発現増強または分泌促進することができれば多剤耐性菌などの感染により一層大きな効果が期待できる。このような技術として、例えば、有機酸をヒトβ−ディフェンシンの分泌促進剤の有効成分として使用する技術(特許文献1)、酵母由来の多糖類含有組成物によってディフェンシン遺伝子を発現誘導する技術(特許文献2)、酵母由来の不溶性画分によってディフェンシン遺伝子を発現誘導する技術(特許文献3)、酵母由来のマンナン含有成分を用いて抗菌ペプチドを発現誘導する技術(特許文献4)、イソロイシン、ロイシンまたはバリンから選ばれた分岐鎖必須アミノ酸の有効成分による抗菌ペプチドの発現誘導に関する技術(特許文献5)、ヨーグルト、甘酒の抽出物、焼酎もろみ、糠味噌濃縮物などの有効成分を使用した抗菌ペプチドの発現誘導技術(特許文献6)などが提案されている。
現在も日常で簡便に使用できる抗菌ペプチドの誘導剤の探索が行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2005/027893号
【特許文献2】特開2003−197号公報
【特許文献3】特開2003−262号公報
【特許文献4】特開2006−241023号公報
【特許文献5】特開2003−95938号公報
【特許文献6】特開2005−270117号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Selsted, et al.; J.Biol.Chem.267:4292,1992
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ヒトに備わっている自己生体防御機構を発揮する抗菌性ペプチドの一種であるα−ディフェンシン等の抗菌性ペプチドの誘導剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明の主な構成は、次のとおりである。
(1)発芽玄米及び/又は玄米糠由来のステロール配糖体を有効成分とする抗菌性ペプチドの誘導剤。
(2)(1)に記載された抗菌性ペプチドの誘導剤を含有する飲食品(発芽玄米及び玄米を除く)。
(3)(1)に記載された抗菌性ペプチドの誘導剤を含有するペットフード(発芽玄米及び玄米を除く)。
【発明の効果】
【0009】
この発明に係る抗菌ペプチドの発現誘導剤または分泌促進剤は、経口投与によって腸管内に抗菌ペプチドの発現を誘導または分泌を促進できることから、医薬、飲食品、ペット用飼料して使用できるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明による抗菌性ペプチドの分泌促進効果を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に使用する発芽玄米及び/又は玄米から抽出されたステロール配糖体画分(以下「ASG」と称する場合がある)は、発芽玄米及び/又は玄米から得た糠をヘキサンで中性脂質を除去し、得られた残渣をさらに有機溶媒にて抽出した脂質画分に含まれ、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分離・濃縮することが出来る。
本発明は、この発芽玄米及び/又は玄米由来のステロール配糖体を有効成分とするα−ディフェンシン誘導剤である。摂取方法は、経口、注射により行うことができ、医薬、飲食品、食品添加剤、ペット用の医薬剤、ペット用飼料の添加剤として活用することができる。通常食用にしている発芽玄米及び/又は玄米由来の成分であるので、安全性が高い。
ASGは、発芽玄米及び/又は玄米の糠成分から極微量抽出される成分であるので、ASGを医薬 あるいは飲食品、ペット用医薬や飼料に応用する場合は、抽出されたASGそのものを使用する。発芽玄米及び/又は玄米そのものあるいは発芽玄米及び/又は玄米の粉末などASGを抽出する前の状態で使用することは発明の対象外である。
【0012】
本発明は、α−ディフェンシン等の抗菌性ペプチドの誘導剤、 食品添加物、食品およびペットフード、動物用医薬として利用することができる。剤型は、公知の方法により助剤とともに任意の形態に製剤化して、経口摂取(投与)することができる。カプセル剤又は錠剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、液状として摂取(投与)できる。
摂取(投与)量は、摂取(投与)方法と、対象者の年齢、病状や一般状態等によって変化し得るが、成人では体重1kg当たり通常、1日当たり有効成分として0.1〜600mgが適当である。
【0013】
本発明のα−ディフェンシン等抗菌性ペプチドの誘導剤は、一般食品や健康食品に配合することができ、また、食品添加物の成分とすることもできる。配合する食品は特に限定されず、例えば食パン、菓子パン、パイ、デニッシュ、ドーナツ、ケーキ等のベーカリー食品、うどん、そば、中華麺、焼きそば、パスタ等の麺類、天ぷら、コロッケ等のフライ類、カレー、シチュー、ドレッシング等のソース類、ふりかけ類、かまぼこ等の練り製品、ジュース等の飲料、スナック菓子、米菓、飴、ガム等の菓子類を挙げることができる。
ペットには、犬、猫、ハムスター、リス等の哺乳類の飼料として適している。本発明のペットフードの形態は特に限定されるものではなく、例えばドライタイプ、ウェットタイプ、セミモイストタイプ、ビスケットタイプ、ソーセージタイプ、ジャーキータイプ、粉末、顆粒、カプセルなどが挙げられる。
【0014】
<発芽玄米及び又は玄米由来のステロール配糖体>
1.糠成分を採取する発芽玄米は、公知の方法により調製することができる。本出願人は、発芽玄米について多数の提案をしており、例えば、特許第3423927号公報、特許第3611804号公報、特許第3738025号公報等に開示された発芽玄米の製法によって得ることができる。
発芽玄米及び/又は玄米を5〜15%程度搗精して糠成分を採取する。この糠成分を最初に、ヘキサンにて脱脂する。この脱脂工程は、一般の糠を脱脂して米糠油を採取する方法と同様である。本発明では、この脱脂糠を原料として、さらに、有機溶媒を用いてステロール配糖体画分を抽出する。
【0015】
2.本願発明で使用するASGは、以下の化学式で特定されるステロール配糖体である。
【0016】
【化1】

(i) 一般式(1)中のXは以下の群から選択され、かつ、Yは5α-cholest-8(14)-en3β-olであるパルミチン酸(16:0)、ステアリン酸(18:0)、2-ヒドロキシ-オクタデカン酸(18:0 (2h))、オレイン酸(18:1)、リノール酸(18:2)、又は、リグノセリン酸(24:0)
(ii) 一般式(1)中のXは2-ヒドロキシ-オクタデカン酸(18:0 (2h))であり、かつ、Yは以下の群から選択されるCampesterol、Stigmasterol、5α-cholest-8(14)-en-3β-ol、又は、β-Sitosterol
【実施例】
【0017】
以下に実施例、試験例を示し、本発明をさらに説明する。
<ASGの調製例>
発芽玄米糠をヘキサンで脂質成分中の中性脂質を除去後、それぞれの残渣につき、ヘキサン、クロロホルム及びメタノールを用いてASGの粗抽出液を調製した。このASG粗抽出液からクロロホルム:メタノール(2:1)混合液で抽出し、シリカゲル担体カラムクロマトグラフィーによって、ASGの調製を行った。
試験に用いたASGの抽出は発芽玄米約2,000kgを搗精して得られた糠200kg(搗精度10%)を用いて行った。
米糠(500g)が浸る量のヘキサンを加え十分に撹拌した後ガーゼでろ過を行い、脱脂糠を得た。その後、ヘキサンを揮発させた脱脂糠を1.5 kgに対してクロロホルム:メタノール2:1を(3L)加えて総脂質画分を抽出し、抽出液をエバポレーターで乾固させ乾固物を得た。
【0018】
乾固物は300mlのクロロホルム:ヘキサン=1:1に溶解し、クロロホルムで膨潤させた直径10cm×長さ100cm(メルク社製シリカゲル60を80cm充填)のカラムに全溶解液をアプライした。溶液がイアトロビーズに全てしみ込んだ後、クロロホルム:ヘキサン=1:1(7,840ml)、クロロホルム(20,160ml)、クロロホルム:メタノール=9:1(10,080ml)の順でそれぞれを通液した。クロロホルム:メタノール=9:1の通液により分離した暗緑色の溶液だけを全て採取した。
採取した暗緑色の溶液はエバポレーターで乾固させ試験に供した。表1に各ポイントでの収量を示す。
【0019】
【表1】

【0020】
<ASG分析>
抽出したASGの分析は以下の条件で行った。この分析の結果、最終乾固物には、ASGが72.6%含まれていることが判明した。
分析条件
検出器 :CoronaTM CADTM Charged Aerosol Detector
カラム :LiChrospher Si 60(5μm,125×4mm i.d.,Merck)
カラム温度:40度
流 速 :1mL/min.
注入量 :10μL
サンプル溶媒:クロロホルム:メタノール(2:1,vol/vol)
検量線濃度 :10,20,40,60及び80μg/mL
移動相、グラジェント条件(表2参照)
【0021】
【表2】

【0022】
<ディフェンシン誘導試験>
I.材料及び方法
特開2011−78318号公報に開示されているマウス小腸陰窩を用いたパネト細胞からのα−ディフェシン分泌アッセイ系を用いてASGがパネト細胞から抗菌性ペプチドであるα−ディフェシンの分泌誘導効果を抗菌活性を指標にして確認した。
1.小腸陰窩材料採取:
ICRマウス(日本チャールズ・リバー社)から、従来法に従ってクリプト(小腸陰窩)を含む小腸の組織を採取し、1mLのPBS(−)に懸濁して、クリプトを含む懸濁液を調製した{Ayabe Tら、Nature Immunol.第1巻、第113-118頁、2000年}。この懸濁液に含まれるクリプト数を血球計算盤(Burker−Turk;サンリード硝子社)を用いて数えたところ、5〜8×104個であった。また、位相差顕微鏡(オリンパス社)を用いて弱拡大視野で観察して、この懸濁液に含まれる組織のうちクリプトが占める割合を求めたところ、その割合は70%以上であった。
2. パネト細胞分泌反応およびex vivo殺菌アッセイ:
回収した小腸陰窩と上記のASG含有組成物をex vivo共培養して粗分泌物を回収した。ASG(以下グラフ中ではPSGと標記している)の濃度は生理食塩水を用いて1:10,000、1:1,000または1:100希釈とした。同時に小腸陰窩のASG非曝露のPBS対照上清も回収した。30%酢酸中でペプチドを抽出、透析に引き続いて真空凍結乾燥した。回収した分泌物および非曝露対照上清抽出物を1μLが小腸陰窩100個由来となるように純水に溶かした。 次に、分泌物のSalmonella Typhimurium phoP-に対する殺菌活性を解析した。
パネト細胞分泌物および非曝露対照上清、抽出物を1×106 colony-forming units (CFU) のS. Typhimurium phoP-と37℃で60分反応させた後、TSAプレート上で一晩培養した。生存CFUをカウンし、殺菌率を図1に示した。
【0023】
II.結果
ASGのパネト細胞からのα−ディフェンシン等の抗菌性ペプチド分泌誘導による S. Typhimurium phoP-に対するex vivoでの殺菌活性を解析した。ASGをマウス小腸陰窩に反応濃度および小腸陰窩数を変えて検討したところ、 図1に示すよう、PSG(1:10,000 1:10,000 )に暴露した小腸陰窩50個由来の分泌物はコントロールと比較して99%以上の有意な殺菌率を認めた。また、この殺菌活性はPSGの濃度に依存性していた。小腸陰窩 100個由来の分泌物はPSG(1:10,000 1:10,000 )でさらに強力な殺菌活性を示した。
小腸陰窩200個および500個由来の分泌物では検討したすべてのPSG濃度で最近数が100分の1以下となった。
以上の結果より、ASGはマウス小腸パネト細胞からのαディフェンシン等抗菌性ペプチドによるex vivo殺菌活性放出を誘導することが明らかになった。また、その殺菌活性は PSG濃度依存性であることが確認できた。
【0024】
以下に本発明のASGを用いた処方例を示す。
処方例1
[カプセル剤]
組成
ASG…100mg
ミツロウ…10mg
ぶどう種子オイル…110mg
上記成分を混合し、ゼラチンおよびグリセリンを混合したカプセル基剤中に充填し、軟カプセルを得た。
【0025】
処方例2
[錠剤]
組成
ASG乾固物…150mg
セルロース…80mg
デンプン…20mg
ショ糖脂肪酸エステル…2mg
上記成分を混合、打錠し、錠剤を得た。
【0026】
処方例3
[飲料]
(組 成) (配合;質量%)
果糖ブトウ糖液糖 5.00
クエン酸 10.4
L−アスコルビン酸 0.20
香料 0.02
色素 0.10
ASG乾固物 1.00
水 82.28

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発芽玄米及び/又は玄米糠由来のステロール配糖体を有効成分とする抗菌性ペプチドの誘導剤。
【請求項2】
請求項1に記載された抗菌性ペプチドの誘導剤を含有する飲食品(発芽玄米及び玄米を除く)。
【請求項3】
請求項1に記載された抗菌性ペプチドの誘導剤を含有するペットフード(発芽玄米及び玄米を除く)。


【図1】
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【公開番号】特開2013−74821(P2013−74821A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−215774(P2011−215774)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(593106918)株式会社ファンケル (310)
【Fターム(参考)】