説明

抗ALS剤

【課題】 摂取するヒトへの副作用がなく、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の予防、発症抑制、および/または治療に有効な抗ALS剤を提供すること。
【解決手段】 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の予防、発症抑制、および/または治療に有効な、抗ALS剤が開示されている。本発明の抗ALS剤は、ロズマリン酸およびカルノシン酸からなる群から選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含有する。
本発明の抗ALS剤は、運動機能異常の発生予防、異常発生後の進行抑制、および異常発生後の改善を通じてALSの予防、発症抑制、および/または治療を達成し得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋萎縮性側索硬化症(ALS;Amyotrophic Lateral Sclerosis)の予防および/または治療に有用な抗ALS剤に関し、より詳細には、ALSの発症および/または進行を予防または遅延を達成し得る抗ALS剤に関する。
【背景技術】
【0002】
難病の1種である筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動ニューロンの変性に起因する難病である。すなわち、ALSは、上位および下位運動神経細胞の選択的変性をもたらす慢性進行性変性疾患である。
【0003】
ALSの症例は単純ではない。ALS 患者の大部分は孤発性であるが、約10%の症例は血縁者にALS患者が存在し、家族性ALS(FALS)と呼ばれている。ALSは、神経病理学的には脊髄や脳幹運動核の運動ニューロンの変性消失が認められ、一部の症例では大脳運動野の大型錐体細胞の脱落も認められる。また、ALSの初期病変として、脊髄前角運動ニューロンの軸索近位部の病的腫大(スフェロイド)が認められ、運動ニューロン死の病態に関与すると考えられている。
【0004】
当該疾患は、上肢遠位筋の障害で初発することが多い。発症後は、舌の萎縮と繊維束性攣縮、嚥下困難、言語障害、四肢遠位筋の筋萎縮・筋力低下・繊維束性収縮、四肢腱反射亢進、病的反射などの症状が表れる。さらに、初期には非対称性の発症が多いが、次第に全身に及ぶようになる疾患である。
【0005】
この疾患では、脊髄、特に頚髄では前根の萎縮が目立ち、脊髄の割面では錐体側索路の変色が認められ、頚髄前角は背腹方向に萎縮している。また、組織学的には、下位運動ニューロンの著しい脱落がみられ、この傾向は脊髄では頚髄で、脳神経運動核では舌下神経核で最も強い。
【0006】
発症の原因としては、グルタミン酸代謝異常、特に高親和性グルタミン酸トランスポーターの減少、欠損による細胞外(シナプス間隙)のグルタミン酸濃度の上昇などが考えられている。しかし、当該原因は必ずしも明らかではなく、このALSに対する発症の予防および治療に関する方法は現在のところ皆無であるということができる。
【0007】
他方、ALSを病理組織学的な観点から見た場合、当該疾患には運動神経細胞の著しい減少および脱落が認められている。このため、運動ニューロンの死滅を可及的に防止することができれば、その疾患の進行を阻止しうるとも考えられる。
【0008】
このようなALSにおける運動神経系の観点からの研究は、マウス脊髄運動神経細胞とマウス神経芽細胞とを融合することにより不死化した運動神経細胞(アセチルコリンを合成し、筋細胞とシナプスとを形成し得る)NSC−19またはNSC−34が作製されたことにより、かなり進展するようになった(非特許文献1)。また、家族性ALSの発症に関与されていると考えられているSOD−1遺伝子のG93A変異導入により、ALSのマウスモデルが作製され、より客観的な病態進行の解析、さらにより組織学的な発症機構の解析が行われるようになった。
【0009】
このように、ALSは、現在では未だ、その複雑な病理解析の研究が着手され始めたのみであり、その成果の1つであるALSに対する発症の予防および治療のための有効な特効薬が見出される段階にまでは至っていない。特にALSのような複雑な疾患に対する特効薬の研究は、一般に莫大な研究開発費の投入とともに長期にわたる開発期間が必要であると考えられているからである。
【0010】
【非特許文献1】デベロップメンタル・ダイナミックス(Developmental Dynamics),1992年,第194巻,pp.209−221
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記問題の解決を課題とするものであり、目的とするところは、摂取するヒトへの副作用がなく、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の予防、発症抑制、および/または治療に有効な抗ALS剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、ロズマリン酸およびカルノシン酸からなる群から選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含有する、抗ALS剤である。
【0013】
1つの実施形態では、上記酸はローズマリーまたはセージ由来である。
【0014】
本発明はまた、ALSに起因する運動機能異常の発生予防、異常発生後の進行抑制、および異常発生後の改善を達成するための食品である旨の表示を付した飲食物であって、ロズマリン酸およびカルノシン酸からなる群から選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含有する、飲食物である。
【0015】
1つの実施形態では、上記酸はローズマリーまたはセージ由来である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の予防、発症抑制、および/または治療に有効な薬剤組成物を提供することができる。特に、本発明の抗ALS剤は、その有効成分であるロズマリン酸およびカルノシン酸がともに、食品材料としても日常的に使用される植物ハーブ(例えば、ローズマリーおよびセージ)に含有される成分であることから、摂取するヒトへの副作用が少ない。また、一般食品等と一緒に摂取することも可能となり、ALSに対する上記効果とともに摂取するヒトのQOL(quality of life)を向上させることもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明について詳述する。
【0018】
1.抗ALS剤
本発明の抗ALS剤は、ロズマリン酸およびカルノシン酸からなる群から選択される少なくとも1種の化合物を含有する。
【0019】
ここで、本明細書中に用いられる用語「抗ALS剤」とは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対する当該疾患の発症予防、発症後の病態(重篤度)の進行抑制、および発症後の治療に有効に機能し得る組成物を包含して言い、より具体的にはALSに起因して起こると考えられている各種の運動機能異常の発生予防、異常発生後の進行抑制、および異常発生後の改善を達成し得る組成物を包含して言う。
【0020】
本発明に用いられるロズマリン酸は、以下の式(I):
【0021】
【化1】

【0022】
で表される化合物であり、ポリフェノール類に包含されるタンニンの一種である。
【0023】
他方、本発明に用いられるカルノシン酸は、以下の式(II):
【0024】
【化2】

【0025】
で表される多環式化合物である。
【0026】
本発明に用いられるロズマリン酸およびカルノシン酸は、天然物から抽出して得られたもの、化学的に合成されたもの、およびそれらの組合わせのいずれを用いてもよい。
【0027】
次に、本発明に用いられるロズマリン酸およびカルノシン酸を天然物から抽出して得る場合について説明する。
【0028】
本発明に用いられるロズマリン酸は、植物、特にシソ科植物に多く含有されていることが知られている。当該ロズマリン酸は、こうしたシソ科植物から抽出することが好ましい。シソ科植物の例としては、ローズマリー、シソ、バジル、ミント、セージ、マジョラム、オレガノ、タイム、レモンバームなどが挙げられる。本発明に用いられるカルノシン酸は、シソ科の中でもローズマリーおよびセージに多く含有されていることが知られている。特に、食品としても多用されており、ロズマリン酸およびカルノシン酸の含有量が比較的多く含まれているということから、ローズマリーまたはセージを用いることが好ましい。
【0029】
上記シソ科植物において、用いられ得る部位は特に限定されず、根、茎、葉、葉柄、枝、花または全草、あるいはこれらの組合せのいずれを用いてもよい。本発明においては、特に限定されないが好ましくは葉を用いる。また、上記植物は生の状態のもの、あるいは当業者に周知の方法で所定に乾燥されたもののいずれを用いてもよい。
【0030】
本発明においては、ロズマリン酸またはカルノシン酸を得るために、上記シソ科植物を、水、極性または非極性の溶媒、あるいはこれらの混合物を抽出溶媒として用い適切な条件で抽出することにより得ることができる。
【0031】
すなわち、本発明に用いられるロズマリン酸およびカルノシン酸は、例えば、ローズマリーまたはセージを用いて以下のようにして得ることができる。
【0032】
まず、上記植物の所定部位が抽出溶媒に浸漬される。抽出溶媒の量は、上記植物が浸漬し得る量であれば、特に限定はされないが、上記植物の重量に対して2倍量から100倍量の割合の抽出溶媒が好ましい。使用され得る抽出溶媒の種類としては、特に限定されないが、例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、t−ブタノールのような低級アルコール類、アセトン等のケトン類、酢酸エチル等のエステル類、エーテル類、クロロホルム、およびジクロロメタンのような有機溶媒、ならびに水が挙げられる。これらは単独または組合わせて用いられ得る。本発明においては、メタノール、エタノール、酢酸エチル、またはこれら溶媒と水との組合わせが好ましく、毒性が低いという安全性を考慮すれば、エタノール、または水とエタノールとの混合溶媒がさらに好ましい。水とエタノールとの混合溶媒を用いる場合において、好ましい当該溶媒のエタノール濃度は、50(v/v)%以上100(v/v)%未満であり、さらに好ましくは80(v/v)%以上100(v/v)%未満である。上記植物の浸漬時間もまた、各種条件によって変動し得るため特に限定されず、当業者により適切に設定され得る。また、抽出温度も各種条件により変動し得るため特に限定されず、当業者により適切に設定され得る。
【0033】
上記浸漬後、得られたローズマリーおよび/またはセージ由来の抽出物は、必要に応じて水分を蒸発させた乾固物またはペースト状物の形態に加工され、当業者が通常用いる手段(例えば、カラムクロマトグラフィー)で精製することにより得ることができる。生成した物質は、例えば、1H−NMR、13C−NMRなどの周知の分析手段により、ロズマリン酸またはカルノシン酸であることが当業者によって容易に同定され得る。
【0034】
本発明においては、上記ロズマリン酸および/またはカルノシン酸を、抗ALS剤中に有効成分として含有する。実質的に有効成分となる上記酸の含有量は、抗ALS剤を100重量%とした場合、好ましくは0.0001重量%〜100重量%、より好ましくは0.1重量%〜100重量%である。上記酸の含有量が0.00001重量%未満では、ALSに起因して起こると考えられている各種の運動機能異常の発生予防、異常発生後の進行抑制、および異常発生後の改善を充分に達成することができない場合がある。
【0035】
本発明の抗ALS剤は、上記ロズマリン酸および/またはカルノシン酸が有する抗ALS作用(すなわち、ALSに起因して起こると考えられている各種の運動機能異常の発生予防、異常発生後の進行抑制、および異常発生後の改善)を妨げない範囲において、任意の適切な添加物を含有し得る。該添加物としては、例えば、水;アルコール;食肉加工品;米、小麦、トウモロコシ、ジャガイモ、スイートポテト、大豆、コンブ、ワカメ、テングサなどの一般食品材料およびそれらの粉末;デンプン、水飴、乳糖、グルコース、果糖、スクロース、マンニトール、ラクトース、デキストリン、コーンスターチ、ソルビトール、結晶性セルロースなどの糖類;香辛料、甘味料、食用油、ビタミン類などの一般的な食品添加物;注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、注射用植物油などの希釈剤;界面活性剤;賦形剤;着色料;保存料;コーティング助剤;ポリビニルピロリドン;油分;保湿剤;増粘剤;防腐剤;香料;殺菌剤;安定剤ならびにこれらの組合せが挙げられる。上記抗ALS剤は、必要に応じて、他の薬剤(漢方薬を包含する)をさらに含有していてもよい。このような添加物および/または他の薬剤の含有量は、上記ロズマリン酸および/またはカルノシン酸が有する抗ALS作用を妨げない範囲であればよい。
【0036】
上記抗ALS剤は、例えば、医薬組成物、食品組成物または飼料組成物として用いられ得る。例えば、医薬品、医薬部外品などの医薬組成物として、そのまま、または他の医薬組成物と組み合わせて用いられてもよく;一般の食品、健康食品(機能性食品)などの食品組成物として、そのまま、または他の食品と組み合わせて用いられてもよい。
【0037】
上記抗ALS剤が医薬組成物として使用される場合、経口組成物または非経口組成物のいずれの形態で使用されてもよい。また、その投与剤形としては、日本薬局方に記載の方法にしたがって、任意の適切な剤形に加工され得る。投与剤形のより具体的な例としては、経口投与を目的とする医薬組成物の場合、カプセル剤、錠剤、粉剤、顆粒剤、細粒剤、徐放剤などの剤形が挙げられる。非経口投与を目的とする医薬組成物の場合、静脈注射、皮下注射または筋肉注射を目的とした注射剤、輸液剤、軟膏などの塗布剤、直腸内投与のための坐剤などの剤形が挙げられる。該医薬組成物は、当業者に公知の方法によって目的の形態に加工され得る。
【0038】
上記抗ALS剤が、食品組成物として使用される場合、その形態は、固形食品に限定されず、飲料(例えば、液体飲料)のようなものも包含される。具体的には、食品組成物は、液状、ペースト状、固形状などの形態であり得る。食品組成物の具体例としては、茶飲料、コーヒー飲料、清涼飲料、乳飲料、菓子類、シロップ類、果実加工品、野菜加工品、漬物類、畜肉製品、魚肉製品、珍味類、缶・ビン詰類、即席飲食物、内服液、肝油ドロップ、口中清涼剤、ゼリーなどが挙げられる。該食品組成物は、当業者に公知の手法によって製造され得る。
【0039】
上記抗ALS剤の用量は、摂取者の状況(性別、年齢、ALSの重篤度の程度など)に応じて、適切に設定され得る。経口摂取する場合の用量としては、成人1日当たり、ロズマリン酸またはカルノシン酸の摂取量換算で、好ましくは0.01mg/kg体重〜1000mg/kg体重、より好ましくは0.1mg/kg体重〜100mg/kg体重である。また、非経口摂取する場合の用量としては、成人1日当たり、ロズマリン酸またはカルノシン酸の摂取量換算で、好ましくは0.001mg/kg体重〜100mg/kg体重、より好ましくは0.01mg/kg体重〜10mg/kg体重である。上記抗ALSは、1回で摂取されてもよく、複数回に分けて摂取されてもよい。
【0040】
2.飲食物
本発明の飲食物は、上記抗ALS剤を含有し、抗ALS作用を有する。具体的には、上記ロズマリン酸またはカルノシン酸含有量が、好ましくは0.1〜100重量%、より好ましくは0.5〜99.5重量%、さらに好ましくは2〜99重量%となるように抗ALS剤を含有する。本発明の飲食物が含有し得る他の成分としては、食品添加物として許容され得るものであればよい。例えば、上記添加物が挙げられる。
【0041】
上記飲食物は、抗ALS作用を有することから、ALSに対する発症予防、発症後の病態(重篤度)の進行抑制、および発症後の治療のために用いられる旨の表示がなされ得る。このような機能の表示を付した飲食物の例としては、特定保健用食品、特別用途食品が挙げられる。上記飲食物に対する機能の別の表示としては、例えば、ALSに起因する運動機能異常の発生予防、異常発生後の進行抑制、および異常発生後の改善を達成するための食品である旨の表示;中枢機能を整えるための食品である旨の表示;体の運動機能を維持するための食品である旨の表示;体の運動機能を整えるための食品である旨の表示;などが挙げられる。該表示は、使用者にとって上記のような機能が実質的に理解され得る様式で表されておればよい。例えば、当該飲食物の外装または内装パッケージ、商品カタログ、ポスターなどに対して表示が行われ得る。
【0042】
本発明の抗ALS剤は、ALSに起因すると考えられる摂取者の運動機能異常を来たす恐れのある部分または当該異常を来たした部分に的確に作用することにより、ALSの発症予防、発症後の病態(重篤度)の進行抑制、および/または発症後の治療を行うことができる。本発明に使用する有効成分はまた、一般食品としても使用される上記シソ科植物に多く含有されているものであることから、摂取によるヒトへの副作用の懸念も払拭されている。
【実施例】
【0043】
以下、本発明を実施例によって具体的に記述する。ただし、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0044】
<実施例1;変異導入マウスへのロズマリン酸の投与と運動機能の評価>
予めALSが発症することが明らかな、生後8週齢から9週齢の雌のHuman SOD−1 G93A変異導入マウス(未発症;個体群16)に対し、0.13mg/kg体重の量のロズマリン酸(Extrasynthese社製)を1週間に2回の割合で腹腔内投与し、当該マウスがALSを発症して死亡するまで継続した。なお、本実施例では予め、1%(w/v)のカルボキシメチルセルロースを水に溶かしたカルボキシメチルセルロース溶液を用意し、ロズマリン酸を当該溶液に0.003重量%の割合で含有する試験液を使用した。
【0045】
この一連の腹腔内投与において、ALS発症による運動機能の衰退が見出されると言われている生後19週目に該当する該マウスの運動機能の衰退を以下のワイヤーハンギング法を用いて評価した。また、ALSの病態の進行度を生後19週齢、20週齢および21週齢の当該マウスについて以下のように評価した。
【0046】
まずワイヤーハンギング法としては、ワイヤーが所定の密度で編みこまれているマウス飼育用ゲージの蓋を用意した。当該蓋に、飼育ゲージから取り出したマウスを乗せ、マウスがワイヤーをしっかり掴むまで数秒間そのままにしておいた。次いで、マウスが乗った蓋を反転させ、反転してからマウスの後肢が当該蓋から外れるまでの時間を測定した。前後の肢が蓋から外れ、落下した場合はそのときまでの時間を測定した。なお、この解析での保持時間のカットオフ値を20秒とした。
【0047】
上記ワイヤーハンギング法によるマウスの保持時間を、ゲージ内の全ての個体に対して行い、得られた結果からマウスの保持時間(平均値)を算出した。本実施例で得られたマウスの平均保持時間の結果を図1に示す。
【0048】
他方、病態の進行度の評価としては、以下の基準により評点による評価を行った。すなわち、飼育ゲージから取り出したマウスを机の上に乗せて歩行させた。その際、正常な歩行運動が見られると判断できた場合は4点とした。また、歩行運動が正常と思われる場合であっても、当該マウスの尻尾を持ち上げた際、後肢に震えが見られる場合は3点とした(震えが見られない場合はそのまま4点とした)。また、歩行運動において歩行に異常が見られると判断できた場合は2点とし、その中でも特に、少なくとも片方の後肢を引きずっていた場合は2点の代わりに1点とし、さらに30秒以内に自ら起き上がれない状態にあるマウスを1点の代わりに0点とした。なお、この評価方法は、Patric Weydtら、ニューロ・レポート(Neuro Report),2003年,第14号,pp.1051−1054に記載されている。
【0049】
上記病態の進行度の評価を、ゲージ内の全ての個体に対して行い、得られた結果からマウスの臨床スコアを平均値として算出した。本実施例で得られたマウスの臨床スコア(平均値)の結果を図2に示す。
【0050】
<実施例2;変異導入マウスへのカルノシン酸の投与と運動機能の評価>
実施例1で使用したロズマリン酸の代わりに、0.13mg/kg体重の量のカルノシン酸(Chromadex社製)を腹腔内投与し、かつ個体群が15であったこと以外は、実施例1と同様にしてG93A変異導入マウスを死亡するまで飼育した。
【0051】
また、実施例1と同様にして、生後19週目に該当する該マウスの運動機能の衰退をワイヤーハンギング法を用いて評価し、得られた結果からマウスの保持時間(平均値)を算出した。本実施例で得られたマウスの平均保持時間の結果を図1に示す。
【0052】
さらに、実施例1と同様にして、生後19週齢、20週齢、および21週齢に該当する該マウスの病態の進行度の評価を行い、得られた結果からマウスの臨床スコア(平均値)を算出した。本実施例で得られたマウスの臨床スコア(平均値)の結果を図2に示す。
【0053】
<比較例1;変異導入マウスの運動機能の評価(コントロール)>
ロズマリン酸を含有する実施例1に示す試験液の代わりに、ロズマリン酸を含まない、実施例1に示した1%(w/v)カルボキシメチルセルロース溶液を偽薬として用いたこと、かつ個体群が24であったこと以外は、実施例1と同様にしてG93A変異導入マウスをコントロールとして死亡するまで飼育した。
【0054】
また、実施例1と同様にして、生後19週目に該当する該マウスの運動機能の衰退をワイヤーハンギング法を用いて評価し、得られた結果からマウスの保持時間(平均値)を算出した。本比較例で得られたマウス(コントロール)の平均保持時間の結果を図1に示す。
【0055】
さらに、実施例1と同様にして、生後19週齢、20週齢、および21週齢に該当する該マウスの病態の進行度の評価を行い、得られた結果からマウスの臨床スコア(平均値)を算出した。本比較例で得られたマウス(コントロール)の臨床スコア(平均値)の結果を図2に示す。
【0056】
<比較例2;野生型マウスへのロズマリン酸の投与と運動機能の評価>
実施例1で使用したALS未発症のHuman SOD−1 G93A変異導入マウスの代わりに、生後8週齢から9週齢の雌の野生型マウス(未発症;個体群10)を用いたこと以外は実施例1と同様にして所定量のロズマリン酸(Extrasynthese社製)を当該マウスに腹腔内投与し、そして、実施例1と同様にして、生後19週目に該当する該マウスの運動機能の衰退をワイヤーハンギング法を用いて評価し、得られた結果からマウスの保持時間(平均値)を算出した。本比較例で得られたマウスの平均保持時間の結果を図1に示す。
【0057】
さらに、実施例1と同様にして、生後19週齢、20週齢、および21週齢に該当する該マウスの病態の進行度の評価を行い、得られた結果からマウスの臨床スコア(平均値)を算出した。本実施例で得られたマウスの臨床スコア(平均値)の結果を図2に示す。
【0058】
<比較例3;野生型マウスへのカルノシン酸の投与と運動機能の評価>
実施例1で使用したALS未発症のHuman SOD−1 G93A変異導入マウスの代わりに、生後8週齢から9週齢の雌の野生型マウス(未発症;個体群10)を用い、かつ実施例1で使用したロズマリン酸の代わりに、0.13mg/kg体重の量のカルノシン酸(Chromadex社製)を腹腔内投与したこと以外は、実施例1と同様にして所定量のカルノシン酸を当該マウスに腹腔内投与し、そして、実施例1と同様にして、生後19週目に該当する該マウスの運動機能の衰退をワイヤーハンギング法を用いて評価し、得られた結果からマウスの保持時間(平均値)を算出した。本比較例で得られたマウスの平均保持時間の結果を図1に示す。
【0059】
さらに、実施例1と同様にして、生後19週齢、20週齢、および21週齢に該当する該マウスの病態の進行度の評価を行い、得られた結果からマウスの臨床スコア(平均値)を算出した。本実施例で得られたマウスの臨床スコア(平均値)の結果を図2に示す。
【0060】
<比較例4;野生型マウスの運動機能の評価(コントロール)>
実施例1で使用したALS未発症のHuman SOD−1 G93A変異導入マウスの代わりに、生後8週齢から9週齢の雌の野生型マウス(未発症;個体群10)を用い、かつロズマリン酸を含有する実施例1に示す試験液の代わりに、ロズマリン酸を含まない、実施例1に示した1%(w/v)カルボキシメチルセルロース溶液を偽薬として用いたこと以外は、実施例1と同様にしてマウス(コントロール)を飼育し、そして、実施例1と同様にして、生後19週目に該当する該マウスの運動機能の衰退をワイヤーハンギング法を用いて評価し、得られた結果からマウスの保持時間(平均値)を算出した。本比較例で得られたマウスの平均保持時間の結果を図1に示す。
【0061】
さらに、実施例1と同様にして、生後19週齢、20週齢、および21週齢に該当する該マウスの病態の進行度の評価を行い、得られた結果からマウスの臨床スコア(平均値)を算出した。本比較例で得られたマウス(コントロール)の臨床スコア(平均値)の結果を図2に示す。
【0062】
図1に示すように、実施例1または実施例2で使用したロズマリン酸またはカルノシン酸は、比較例1に示した偽薬を投与されたコントロールのG93A変異導入マウスの結果(比較例1)と比較して、ワイヤーハンギング法における保持時間が明らかに向上しており、運動機能の衰退が抑制されていることがわかる。さらに、実施例1および実施例2の結果と、比較例2〜4の結果とを比較すると、実施例1または実施例2で使用したロズマリン酸またはカルノシン酸は、ALSを発症するG93A変異導入マウスに対しては、抗ALS作用を有効に示すものの、ALS発症の恐れがない野生型マウスに対しては、少なくともカットオフ値の範囲において偽薬を投与された比較例4のコントロールの野生型マウスと同様の保持時間を達成し得ることがかわる。
【0063】
他方、図2に示すように、実施例1および2と比較例1とのいずれの結果においても、週齢の増加に伴って、運動機能の衰退によるALSの症状が進行し、臨床スコアは低下していくものの、実施例1または実施例2で使用したロズマリン酸またはカルノシン酸は、比較例1で示した偽薬を投与されたコントロールのG93A変異導入マウスの結果(比較例1)と比較して、常に高い臨床スコアを示していることがわかる。
【0064】
このことから、実施例1および2で使用したロズマリン酸およびカルノシン酸は、優れた抗ALS作用を奏する抗ALS剤として有用であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の抗ALS剤は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対する当該疾患の発症予防、発症後の病態(重篤度)の進行抑制、および発症後の治療の目的で使用することができる。本発明の抗ALS剤は、例えば、医薬品分野、食品分野などの技術分野に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】実施例1および2と比較例1〜4とで評価したG93A変異導入マウスと野生型マウスとのワイヤーハンギング法による各マウスの平均保持時間を示すグラフである。
【図2】実施例1および2と比較例1〜4とで評価したG93A変異導入マウスと野生型マウスとの運動機能の衰退変化を表すグラフであって、各マウスの歩行運動について評価した当該衰退変化を表すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロズマリン酸およびカルノシン酸からなる群から選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含有する、抗ALS剤。
【請求項2】
前記酸がローズマリーまたはセージ由来である、請求項1に記載の抗ALS剤。
【請求項3】
ALSに起因する運動機能異常の発生予防、異常発生後の進行抑制、および異常発生後の改善を達成するための食品である旨の表示を付した飲食物であって、ロズマリン酸およびカルノシン酸からなる群から選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含有する、飲食物。
【請求項4】
前記酸がローズマリーまたはセージ由来である、請求項3に記載の飲食物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−256282(P2009−256282A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−109953(P2008−109953)
【出願日】平成20年4月21日(2008.4.21)
【出願人】(000214272)長瀬産業株式会社 (137)
【Fターム(参考)】