説明

抗ATBF1抗体及びその用途

【課題】癌の悪性度を判定する手段として極めて有用な新規抗体及びその用途を提供する。
【解決手段】ATモチーフ結合因子1(ATBF1)の、特定のアミノ酸配列を認識するウサギ由来ポリクローナル抗体。および、当該抗体を用いた癌細胞の悪性度判定試薬と、悪性度判定方法。ATBF1が核主体に存在していれば悪性度が低いと判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗ATBF1(ATモチーフ結合因子1)抗体及びその用途に関する。詳しくは、癌細胞の悪性度判定に有用な抗ATBF1抗体及びその用途(癌の悪性度判定用試薬及びキット、並びに癌の悪性度判定法など)に関する。
【背景技術】
【0002】
ATBF1はAFP遺伝子プロモーター上流の発現調節領域にあるA(アデニン)とT(チミン)に富む(AT-rich)DNA配列に結合するDNA結合タンパク質(AT-rich binding factor 1)として1991年にクローニングされた(非特許文献1)。最初に9 kbのATBF1 mRNAがクローニングされ、1995年には主要な遺伝子転写産物として全長12 kbのATBF1 mRNAがATBF1-Aと命名された。ATBF1-Aについては神経細胞の分化に関連する機能が明らかにされた(非特許文献2、3)。ごく最近になってATBF1の名称はヒトゲノム国際機構(Human Genome Organization)によりZFHX3(zinc finger homeobox 3)と改名された。
【0003】
前立腺癌、胃癌、肝臓癌でATBF1の遺伝子変異の存在が報告され(非特許文献4〜10)、癌の悪性度との関連が指摘されている。遺伝子変異の検出はATBF1全長のDNA塩基配列決定が必要で、一般施設での臨床応用には技術的な限界がある。本発明者らの研究グループは、変異検出ではなく、抗ATBF1抗体を使用し、癌の悪性度を判定出来る方法を考案した。変異を起こした可能性のあるATBF1蛋白が、細胞の核ではなく細胞質に貯留する現象に着目し、癌の悪性度を予測しようという試みである(特許文献1)。また、病理診断試薬としての実用化に向け、抗体のモノクローナル化も試みた(特許文献2)。
【0004】
ところで、悪性腫瘍全般を指す癌は、それが形成される組織、患者の遺伝的素因、環境要因などによって様々な病態を呈する。癌の治療では一般に、化学療法や放射線療法或いは外科的手術などの中から有効性の最も高いと考えられる療法が優先的に選択される。癌の治療方針の決定にあたっては癌細胞の悪性度を正確に把握することが極めて重要である。癌の悪性度は一般に癌細胞の増殖能と化学療法または放射線療法の効果により決定される。悪性度が低い癌とは増殖能が低く外科的切除が容易であるか、化学療法又は放射線療法が有効であり予後が良好となる。悪性度が高い癌は増殖能が高く、外科的切除が困難か、化学療法や放射線療法が無効であり予後が不良となる。悪性度が特に高い癌の場合には迅速、的確な外科的摘出が望まれるし、的確な補助治療(放射線療法又は化学療法)が必須となる。もし悪性度の判定を誤れば、期待される治療効果が得られず、病態の悪化や、重篤な副作用の発生、或いは再発が引き起こされる。実際、癌の特性、とくに悪性度を判定する有効な手段がないために誤った治療方針の下で治療が実施され、有効な治療効果が得られないまま不幸な結果に至った症例報告も多い。本発明に関連する報告を以下に列挙する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2006/011587号パンフレット
【特許文献2】特開2010−241783号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Mol. Cell. Biol. 11: 6041-6049, 1991
【非特許文献2】J. Biol. Chem. 270: 26840-26848, 1995
【非特許文献3】Development 132: 5137-5145, 2005
【非特許文献4】Nat. Genet 37: 407-412, 2005
【非特許文献5】Prostate 66: 1082-1085, 2006
【非特許文献6】Oncogene 20: 869-873, 2001
【非特許文献7】Clic. Cancer Res. 13: 4355-4359, 2007
【非特許文献8】Histopathology 52: 552-559, 2008
【非特許文献9】Clin. Cancer Res. 11: 193-198, 2005
【非特許文献10】BMC Cancer 8: 262, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、癌の悪性度を判定する手段として極めて有用な新規抗体及びその用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
ここ数年間は、実用化に向けた試みは容易には進展していないのが現状であった。しかしながら、研究開発過程でATBF1分子の解析結果が集積され、従来は1つの巨大蛋白と考えられていたATBF1が、蛋白レベルでプロセシングされる現象が疾患病態と関連する大きな研究成果を得た。本発明者らは、これらの研究成果を活かしつつ、使用する抗ATBF1抗体の種類を増やすことで、悪性細胞内におけるATBF1蛋白の細胞内局在様式を一層明らかにする方針をとることにした。具体的には、抗ATBF1全長を網羅するように、20種以上の抗ATBF1抗体(それぞれ異なる抗原ペプチドを認識する)を用意し、それらの特性(特異性や病理診断薬への応用可能性など)を詳細に検討した。その結果、ATBF1蛋白の1504番アミノ酸〜1520番アミノ酸を抗原ペプチドとして調製した抗体(以下、「MB0039抗体」と呼称する)を用いた免疫染色の評価と膀胱癌の生存率との間に相関を認めた。換言すれば、当該抗体による染色性が膀胱癌の予後因子(予後推定用のバイオマーカー)になることが明らかとなった。
【0009】
ここで、癌の悪性度を診断するためにはヘマトキシリン・エオジン染色による病理組織学的診断法が有効である。膀胱癌ではまず深達度を粘膜内(pTa, pTis)とそれ以下への進展(pT1, pT2, pT3, pT4)で分類し、同じ粘膜内に限局する腫瘍(pTa)でも形態学的に低グレード(Low grade)と高グレード(High grade)にWHO分類することでかなり明確な予後診断までできる。しかしながら、pTa, low gradeの中でもWHO分類では選びだせない悪性度の高い癌症例が見落とされ、早期に適切な治療時期を逃してしまうことが指摘されていた。癌細胞の形態学的異常が進み、癌が進行して悪性度が明らかになれば、その悪性度の診断は容易であるが、きわめて早期には形態学的に低悪性度と思われる中から、悪性度の高い癌症例を見つけ出す適当なバイオマーカがなかった。本発明者らが取得に成功した上記MB0039抗体による核染色性の評価方法はこの問題に対する解決策を提供し得るものであり、その価値は極めて高い。
【0010】
一方、遺伝子変異の大規模疫学調査報告(Nature 455: 971-974, 2008など)を総合すれば、神経芽細胞腫等の悪性度判定にもMB0039抗体を適用可能であるといえる。
【0011】
以下に示す本発明は以上の成果ないし考察に基づく。
[1]抗原ペプチドSPTGSDSGSVQEDSGSEC(配列番号1)を認識する抗ATBF1(ATモチーフ結合因子1)抗体。
[2]ウサギ由来の抗体である、[1]に記載の抗ATBF1抗体。
[3]ポリクローナル抗体である、[1]又は[2]に記載の抗ATBF1抗体。
[4][1]〜[3]のいずれかに記載の抗ATBF1抗体からなる、被検癌細胞の悪性度判定用試薬。
[5]癌の予後推定に用いられる、[4]に記載の悪性度判定用試薬。
[6]癌が膀胱癌である、[5]に記載の悪性度判定用試薬。
[7][4]〜[6]のいずれか一項に記載の試薬を含む、被検癌細胞の悪性度判定用キット。
[8](1)[1]〜[3]のいずれか一項に記載の抗ATBF1抗体、[4]〜[6]のいずれか一項に記載の試薬、又は[7]に記載のキットを用い、生体から分離された被検癌細胞内のATBF1量を検出するステップと、
(2)検出結果に基づいて被検細胞の悪性度を判定するステップと、
を含む、被検癌細胞の悪性度判定法。
[9]ATBF1が核主体に存在していれば悪性度が低いとの判定基準に従い、ステップ(2)の判定を行う、[8]に記載の悪性度判定法。
[10]ステップ(2)の判定結果に基づき癌の予後を推定するステップ、を更に含む、[8]又は[9]に記載の悪性度判定法。
[11]癌が膀胱癌である、[10]に記載の悪性度判定法。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】ペプチド抗体作製に使用した抗原ペプチドのリスト。ATBF1蛋白におけるアミノ酸の位置とその配列を示した。
【図2】全長3703アミノ酸のATBF1蛋白に対する抗ATBF1抗体リスト。抗体の名称と、使用した抗原ペプチドのアミノ酸番号を示した。●印のNLSはNuclear Localization Signal(核移行シグナルのアミノ酸配列)を表す。D1-120とAT-6は既存の抗体。
【図3】膀胱癌細胞株に対するMB0039抗体の反応性。A:MB0039抗体による免疫染色の結果。B:全細胞抽出タンパク質をサンプルとしたウエスタンブロット(左)並びに核分画(レーン7〜9)及び細胞質分画(10〜12)をサンプルとしたウエスタンブロット(右)の結果。
【図4】膀胱癌の臨床検体に対する各種抗体の反応性。A:低悪性度(左)のサンプルと高悪性度(右)のサンプルのHE(ヘマトキシリン・エオジン)染色像。B:低悪性度のサンプル(上)と高悪性度のサンプル(下)の免疫染色像。
【図5】臨床検体(No.1〜21)に対するMB00033抗体(No.33)、MB0034抗体(No.34)、MB0039抗体(No.39)、D1-120抗体、MB0043抗体(No.43)、MB0044抗体(No.44)、MB0047抗体(No.47)、MB0049抗体(No.49)の反応性。実線:核主体の染色性(核>細胞質)。点線:細胞質主体の染色性(核<細胞質)。
【図6】初回の経尿道的膀胱腫瘍切除術(TUR)で採取した組織をサンプルとした免疫染色の結果。A:MB0039抗体を使用して染色し、顕微鏡観察した。核染色性が細胞質染色性と比較して有意に強い場合に核染色性(陽性)と判断し、核染色性(陽性)と、核染色性(陰性)の2群に分けて生存率をKaplan-Mayer解析に供した。B:p53の過剰発現の有無で2群に分けて生存率をKaplan-Mayer解析した結果。C:p21の発現の有無で2群に分けて生存率をKaplan-Mayer解析した結果。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(用語)
本発明において「被検癌細胞」とは、本発明の方法において悪性度を判定する対象の細胞である。被検癌細胞は生体より分離される。即ち、生体より分離された状態の被検癌細胞に対して本発明が適用される。「生体より分離された」とは、被検癌細胞が存在する生体組織の一部を摘出することによって、被検癌細胞がその由来の生体と完全に隔離されている状態をいう。被検癌細胞は通常、生体で存在していた状態、即ち周囲の細胞と結合した状態で調製され、本発明の方法に使用される。尚、被検癌細胞を周囲の細胞から分離(単離)した後に本発明の方法に使用してもよい。
【0014】
本発明における被検癌細胞には、他の診断法によって癌であると判断される細胞、癌である蓋然性が高いと判断される細胞、及び癌である可能性を有する細胞が含まれる。好ましくは、他の診断法によって癌であると判断される細胞、又は癌である蓋然性が高いと判断される細胞が用いられる。ここでの他の診断法としては例えば、X線造影検査、内視鏡検査、超音波検査、CT検査、MRI検査、PET検査、腫瘍マーカーを用いた診断法などが該当する。通常は、これらの一つ以上によって癌が疑われる組織から被検癌細胞が採取される。
【0015】
本発明において「癌」は広義に解釈することとし、癌腫及び肉腫を含む。また、本発明において用語「癌」は「腫瘍」と互換的に使用される。また、病理学的に診断が確定される前の段階、すなわち腫瘍としての良性、悪性のどちらかが確定される前には、良性腫瘍、良性悪性境界病変、悪性腫瘍を総括的に含む場合もあり得る。
【0016】
「ATBF1」とは、AT motif binding factor 1(ATモチーフ結合因子1)をいう。ATBF1は、AFP(アルファフェトプロテイン)調節因子のATリッチドメインに結合し、AFP遺伝子の発現を下方調節する転写因子であることが知られている(非特許文献2を参照)。ATBF1については、異なったプロモーターの使用及び選択的スプライシングにより形成される、分子量の異なった2つのアイソフォームであるATBF1-A(404kDa、アミノ酸配列を配列番号2に示す。また、ATBF1-Aをコードする塩基配列(GenBank accession number:L32832を参照)を配列番号3に示す。)とATBF1-B(306kDa、アミノ酸配列を配列番号4に示す。また、ATBF1-Bをコードする塩基配列(GenBank accession number:L32833を参照)を配列番号5に示す。)の存在が知られている(非特許文献2を参照)。ATBF1-Aはタンパク質N末端側がATBF1-Bよりも920アミノ酸長い構造を有している。本明細書では用語「ATBF1」をこれら2つのアイソフォームを包括する表現として使用する。従って、特に言及しない限り、「ATBF1量」とは各アイソフォームの存在量の総和を意味する。本発明の方法では原則として当該総和を検出対象とする。但し、いずれかのアイソフォームの量のみを検出対象にすることを妨げるものではない。尚、単に「ATBF1」と記載した場合、その他の意味であることが明らかであるときを除いて、それはATBF1蛋白を意味する。
【0017】
「被検癌細胞内のATBF1量」とは、被検癌細胞の核内および細胞質におけるATBF1の存在量の総計をいう。本明細書において、「被検癌細胞内のATBF1量」のことを「被検癌細胞の細胞全体のATBF1量」ともいう。一方「被検癌細胞の核内のATBF1量」とは、被検癌細胞の核内におけるATBF1の存在量をいう。同様に、「被検癌細胞の細胞質内のATBF1量」とは、被検癌細胞の細胞質内におけるATBF1の存在量をいう。
【0018】
「ATBF1量を検出する」とは、ATBF1の存在量を絶対量として又は相対量として把握することをいう。ここでの相対量の基準は例えば、悪性度に応じて用意した標準試料のATBF1量とすることができる。或いは核内のATBF1量が検出対象のときに、細胞質内のATBF1量を基準とし、同様に細胞質内のATBF1量が検出対象のときに核内のATBF1量を基準とすることもできる。尚、「ATBF1量を検出する」は、ATBF1が存在するか否かを調べることも含む。通常は、ATBF1の存否及び、存在する場合にはその量が調べられることになる。厳密にATBF1量を定量することは必須でなく、例えば、悪性度の指標となる対照のATBF1量と比較することによって、被検癌細胞の悪性度を判定することが可能な程度にATBF1量を測定できればよい。
【0019】
1.抗ATBF1抗体及びその調製法
本発明の第1の局面は抗ATBF1抗体(以下、「本発明の抗体」と略称する)に関する。本発明の抗体は、ATBF1蛋白の1504番アミノ酸〜1520アミノ酸からなる抗原ペプチドSPTGSDSGSVQEDSGSEC(配列番号1)を認識する。換言すれば、当該ペプチド部分に本発明の抗体のエピトープが存在する。
【0020】
本発明の抗体の調製法は特に限定されない。免疫学的手法、ファージディスプレイ法、リボソームディスプレイ法などを利用して本発明の抗体を調製することができる。尚、本発明の抗体を調製する方法の具体例は後述の実施例の欄に示される。
【0021】
一態様では本発明の抗体は、ウサギを免疫動物として用いた免疫学的手法によって調製される。本明細書では、当該抗体のことを「ウサギ由来の抗体」と呼ぶ。
【0022】
本発明の抗体はポリクローナ抗体、オリゴクローナル抗体又はモノクローナル抗体として提供される。
【0023】
免疫学的手法による本発明の抗体の調製は次の手順で行うことができる。まず、上記抗原ペプチドを調製し、これを用いて動物(ウサギ、ヤギ、ニワトリ、マウス、ラットなど)に免疫を施す。
【0024】
化学合成した抗原や組換え抗原などを用いることが可能である。免疫惹起作用を増強するためにキャリアタンパク質を結合させた抗原を用いることにしてもよい。キャリアタンパク質としてはKLM(Keyhole Light Hemocyanin)、BSA(Bovine Serum Albumin)、OVA(Ovalbumin)などが使用される。キャリアタンパク質の結合にはカルボジイミド法、グルタルアルデヒド法、ジアゾ縮合法、MBS(マレイミドベンゾイルオキシコハク酸イミド)法などを使用できる。一方、上記抗原ペプチドをGST、βガラクトシダーゼ、マルトース結合タンパク、又はヒスチジン(His)タグ等との融合タンパク質として発現させた抗原を用いることもできる。このような融合タンパク質は、汎用的な方法により簡便に精製することができる。
【0025】
必要に応じて免疫を繰り返し、十分に抗体価が上昇した時点で採血し、遠心処理などによって血清を得る。得られた抗血清をアフィニティー精製し、ポリクローナル抗体とする。
【0026】
一方、モノクローナル抗体を得るためには、上記と同様の手順で免疫操作を実施し、十分に抗体価が上昇した時点で免疫動物から抗体産生細胞を摘出する。次に、得られた抗体産生細胞と骨髄腫細胞とを融合してハイブリドーマを得る。続いて、このハイブリドーマをモノクローナル化した後、抗原ペプチドに対して高い特異性を有する抗体を産生するクローンを選択する。選択されたクローンの培養液を精製することによって目的の抗体が得られる。一方、ハイブリドーマを所望数以上に増殖させた後、これを動物(例えばマウス)の腹腔内に移植し、腹水内で増殖させて腹水を精製することにより目的の抗体を取得することもできる。上記培養液の精製又は腹水の精製には、プロテインG、プロテインA等を用いたアフィニティークロマトグラフィーが好適に用いられる。また、抗原を固相化したアフィニティークロマトグラフィーを用いることもできる。更には、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、硫安分画、及び遠心分離等の方法を用いることもできる。これらの方法は単独ないし任意に組み合わされて用いられる。
【0027】
本発明の抗体に要求される特性、即ち、上記抗原ペプチドに対応するATBF1蛋白の部位(1504番アミノ酸〜1520アミノ酸)を特異的に認識するという特性を保持することを条件として、得られた抗体に種々の改変を施すことができる。このような改変抗体も本発明の一つである。
【0028】
低分子化合物、タンパク質、標識物質などを融合又は結合させた融合抗体又は標識化抗体を構成することができる。このような修飾抗体も本発明の一つである。標識物質としては例えば、フルオレセイン、ローダミン、テキサスレッド、オレゴングリーン等の蛍光色素、ホースラディッシュペルオキシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、アルカリ性ホスファターゼ、β−D−ガラクトシダーゼ等の酵素、ルミノール、アクリジン色素等の化学又は生物発光化合物、32P、131I、 125I等の放射性同位体、及びビオチンを挙げることができる。
【0029】
2.癌細胞の悪性度判定用試薬及びキット
本発明の第2の局面は本発明の抗体の用途に関する。先の特許出願(国際公開第2006/011587号パンフレット)で報告した通り、抗ATBF1抗体は癌細胞の悪性度判定に極めて有用である。当該知見に基づき、この局面では、本発明の抗体からなる、被検癌細胞の悪性度判定用試薬が提供される。また当該試薬を構成要素とした、被検癌細胞の悪性度判定用キットが提供される。
【0030】
本発明の試薬及びキットは、様々な癌細胞に適用され得る。即ち、本発明の試薬及び用キットによって悪性度が判定される癌種は特に限定されない。但し、MB0039抗体を用いた免疫染色の評価を膀胱癌の生存率との間に相関を認めた事実に鑑みれば、本発明の試薬及びキットは膀胱癌の細胞の悪性度を判定する目的において特に有用である。その一方で、 遺伝子変異の大規模疫学調査報告(Nature 455: 971-974, 2008など)を総合すれば、神経芽細胞腫等の悪性度判定にもMB0039抗体を適用可能であるといえる。
【0031】
Fab、Fab'、F(ab')2、scFv、dsFv抗体などの抗体断片を用いて本発明の試薬を構成してもよい。
【0032】
本発明のキットは、主要構成成分として本発明の試薬を含む。本発明のキットを用いることによって、後述の判定法(即ち、被検癌細胞の悪性度判定法)をより簡便に且つより短時間で実施することが可能となる。抗ATBF1抗体の結合量を直接検出する方法用のキットの場合には、標識化された抗ATBF1抗体からなる試薬が用いられる。一方、間接的検出方法用のキットの場合には、未標識の抗ATBF1抗体からなる試薬が用いられる。この場合には、標識物質で標識化された二次抗体(標識二次抗体)をキットに含めてもよい。二次抗体と標識物質を結合させたポリマーを利用した検出法用のキットとする場合には、当該ポリマーをキットに含めてもよい。
【0033】
一方、抗原ペプチド(典型的にはSPTGSDSGSVQEDSGSEC)やヒトATBF1等を更に含めることにしてもよい。ここでのヒトATBF1は全長であっても断片であってもよい。尚、抗原ペプチドやヒトATBF1の由来、調製法は特に限定されない。例えば、組み換えDNA技術によって調製した組換え抗原ペプチドを用いることができる。抗原ペプチドは、典型的には、キットを使用して得られた染色性が抗ATBF1抗体とそのエピトープとの特異的結合に基づくものであることを確認するために使用される。具体的にはまず、抗原ペプチドで抗ATBF1抗体を処理する。処理後の抗ATBF1抗体を用いて免疫染色を行う。得られた染色像と、未処理の抗ATBF1抗体を使用して得られた染色像とを比較する。後者の染色像の方に強い染色性が認められれば、その染色性は抗ATBF1抗体とそのエピトープの特異的結合に基づくものであることを確認できる。
【0034】
一方、タグやキャリアタンパク質(以下、タグ等という)との融合タンパク質を抗原として作製した抗ATBF1抗体をキットに使用する場合には、用いたタグ等をキットに更に含めることにしてもよい。キットを構成する抗ATBF1抗体中に、その作製過程で使用したタグ等に反応性を有する抗体が混在しているおそれのある場合に当該タグ等が必要となる。以下のように当該タグ等を利用すれば、キットを使用して得られた染色性が抗ATBF1抗体とATBF1抗体との特異的結合に基づくものであることを確認することができる。まず、このタグ等で抗ATBF1抗体を処理する。処理後の抗ATBF1抗体を用いて検体の免疫染色を行う。得られた染色像と、未処理の抗ATBF1抗体を使用して得られた染色像とを比較する。両者の間で染色性に相違がなければ、後者の染色像における染色性は抗ATBF1抗体とATBF1との特異的結合に基づくものであることを確認できる。
【0035】
本発明のキットに、抗原抗体反応や染色等、免疫染色を実施する上で必要な一以上の試薬(例えば、組織固定・包埋用のホルマリンやパラフィン、非特異的結合を阻害するためのBSA、DAB等の発色試薬、核染色用のヘマトキシリン溶液など)や器具などを更に含めてもよい。また、通常、本発明のキットには取り扱い説明書が添付される。
【0036】
3.被検癌細胞の悪性度判定法
本発明の更なる局面は、被検癌細胞の悪性度を判定する方法(悪性度判定法)に関する。本発明において「悪性度判定法」とは、被検癌細胞の悪性度を判定する方法をいう。癌の悪性度は一般に細胞異型、細胞、組織構築の異形性、増殖性、浸潤性、転移性などを基準に分類(判定)される。一般に悪性度が低い癌では細胞の増殖速度が遅く、浸潤転移を来し難いため外科的切除が容易である場合と、化学療法や放射線療法が有効であるが故に腫瘍を容易に縮小させ得る場合が考えられ、これらが組み合わさって予後が良好となる。これに対して悪性度が高い癌では細胞の増殖速度が早く、浸潤転移を来し易いため外科的切除が困難となりやすい場合と、化学療法や放射線療法が無効であるが故に腫瘍を縮小させるのが困難な場合が考えられ、これらが組み合わさって予後が不良となる。悪性度が特に高い癌の場合には迅速、的確な外科的摘出が望まれるし、的確な補助治療(放射線療法又は化学療法)を含む集学的治療が必須となる。
【0037】
本発明では、(1)生体から分離された被検癌細胞内のATBF1量を検出するステップと、(2)検出結果に基づいて被検細胞の悪性度を判定するステップを実施する。ステップ(1)には、本発明の抗体又は本発明の試薬(本発明のキットを構成する試薬の場合も含む)が用いられる。
【0038】
被検癌細胞は、被疑癌組織から採取することができる。具体的には、被疑癌組織の一部をバイオプシー(生検)で採取し、被検癌細胞を含む試料としてそれを本発明の方法に供することができる。
【0039】
本発明においてATBF1量の検出は、これに限定されるものではないが、好ましくは免疫組織化学的染色法を利用して行う。免疫組織化学的染色法によれば、迅速に且つ感度よくATBF1量等を検出できる。また、操作も簡便である。従って、ATBF1量等の検出に伴う被検者(患者)への負担も小さくなる。免疫組織化学的染色法では通常、まず被検癌細胞に対して、検出対象に特的な抗体(例えば抗ATBF1抗体)を接触させる。その後、細胞全体、核、及び/又は細胞質に対する当該抗体の結合量を測定する。そして測定結果から、被検癌細胞の細胞全体、核内、及び/又は細胞質内の検出対象の存在量を算出する。具体的には、以下に示す免疫組織化学的染色法に従って本発明の方法を実施することができる。
【0040】
生体組織の免疫組織化学的染色は一般に以下の手順(1)〜(9)で実施される。尚、生体組織の免疫組織化学的染色法については様々な文献及び成書を参照することができる(例えば、「酵素抗体法、改訂第3版」、渡辺慶一、中根一穂編集、学際企画)。
(1)固定・パラフィン包埋
外科的に生体より採取した組織をホルマリンやパラフォルムアルデヒド、無水エチルアルコール等によって固定する。その後パラフィン包埋する。一般にアルコールで脱水した後キシレンで処理し、最後にパラフィンで包埋する。パラフィンで包埋された標本を所望の厚さ(例えば3〜5μm厚)に薄切し、スライドガラス上に伸展させる。尚、パラフィン包埋標本に代えてアルコール固定標本、乾燥封入した標本、凍結標本などを用いる場合もある。
(2)脱パラフィン
一般にキシレン、アルコール、及び精製水で順に処理する。
(3)前処理(抗原賦活)
必要に応じて抗原賦活のために酵素処理、加熱処理及び/又は加圧処理等を行う。本発明者らが取得に成功したMB0039の場合、この抗原賦活処理を省略し、操作の簡便化を図ることが可能である。また、当該前処理を省略することは、信頼性や感度の向上等の観点からむしろ好ましいともいえる。即ち、当該処理を省略すれば、細胞膜が破砕してATBF1が漏出するおそれが小さくなり、本来の存在状態でATBF1を検出できることになる。
(4)内因性ペルオキシダーゼ除去
染色の際の標識物質としてペルオキシダーゼを使用する場合、過酸化水素水で処理して内因性ペルオキシダーゼ活性を除去しておく。
(5)非特異的反応阻害
切片をウシ血清アルブミン溶液(例えば1%溶液)で数分から数十分程度処理して非特異的反応を阻害する。尚、ウシ血清アルブミンを含有させた抗体溶液を使用して次の一次抗体反応を行うこととし、この工程を省略してもよい。
(5)一次抗体反応
適当な濃度に希釈した抗体をスライドガラス上の切片に滴下し、その後数十分〜数時間反応させる。反応終了後、リン酸緩衝液など適当な緩衝液で洗浄する。
(6)標識試薬の添加
標識物質としてペルオキシダーゼが頻用される。ペルオキシダーゼを結合させた2次抗体をスライドガラス上の切片に滴下し、その後数十分〜数時間反応させる。反応終了後、リン酸緩衝液など適当な緩衝液で洗浄する。
(7)発色反応
トリス緩衝液にDAB(3,3'-diaminobenzidine)を溶解する。続いて過酸化水素水を添加する。このようにして調製した発色用溶液を数分間(例えば5分間)切片に浸透させ、発色させる。発色後、切片を水道水で十分に洗浄し、DABを除去する。
(8)核染色
マイヤーのヘマトキシリンを数秒〜数十秒反応させて核染色を行う。流水で洗浄し色出しする(通常、数分間)。
(9)脱水、透徹、封入
アルコールで脱水した後、キシレンで透徹処理し、最後に合成樹脂やグリセリン、ゴムシロップなどで封入する。
【0041】
本発明におけるステップ(2)では、ステップ(1)での検出結果に基づいて悪性度を判定する。この際、典型的には、「ATBF1が核主体に存在していれば悪性度が低い」との判定基準を用いる。「ATBF1が核主体に存在する」とは、細胞質内のATBF1量よりも核内のATBF1量の方が多いことを意味する。従って、ステップ(1)の検出に免疫染色法を用いた場合においては、核主体の染色性が認められれば悪性度が低いと判定されることになる。当然のことであるが、「ATBF1が核主体に存在していれば悪性度が低い」との判定基準と表裏の関係にある判断基準、即ち「ATBF1が細胞質主体に存在していれば悪性度が高い」との判定基準を採用することにしてもよい。尚、ここでの評価・判定は、その判定基準から明らかな通り、医師や検査技師など専門知識を有する者の判断によらずとも自動的/機械的に行うことができる。
【0042】
一方、核内のATBF1量と細胞質内のATBF1量に差を認めない場合には、通常、悪性度が高いと判断されることになる。「核内のATBF1量と細胞質内のATBF1量に差を認めない場合」には、細胞質内にも核内と同程度のATBF1量を認める場合の他、核内及び細胞質内のいずれにもATBF1が検出されない場合が含まれる。
【0043】
臨床検体を用いた場合においては、本発明による判定結果を例えば治療方針の決定(効果的な治療法の選択など)に利用できる。判定結果を利用することによって治療成績の向上、予後改善、患者の生活の質(QOL)の向上などがもたらされる。このように本発明の悪性度判定法は、がん治療に極めて有用な情報を提供する。
【0044】
本発明の一態様では判定結果を癌の予後推定に用いる。この態様では、ステップ(2)の判定の結果に基づき癌の予後を推定する。典型的には、悪性度が高いとの判定結果の場合に予後は悪い(予後不良)と推定し、悪性度が低いとの判定結果の場合に予後は良い(予後良好)と推定する。予め悪性度のレベルに対応させて予後のレベルを設定しておき(例えば、1:非常によい、2:よい、3:比較的よい、4:比較的悪い、5:悪い、6:非常によい、のように複数のレベルを設定する)、いずれのレベルに該当するかを決定することにしてもよい。
【0045】
本発明が対象とする癌の種類は特に限定されない。例えば、膀胱癌、胃癌、皮膚腫瘍、舌癌などを含む各種の腫瘍の悪性度を判定することに本発明を適用することができる。但し、膀胱癌の悪性度を判定する目的において本発明は特に有用である。
【実施例】
【0046】
1.ヒトATBF1を認識する新規抗体の作製
ATBF1の配列から抗原性を予測した上で、ATBF1の全長を網羅するように約20種類の抗原ペプチドを設定した(図1)。これらの抗原ペプチドを用い、免疫学的手法によってヒトATBF1を認識するポリクローナル抗体の調製を試みた。例として、抗原ペプチド(SPTGSDSGSVQEDSGSEC:配列番号1)を免疫原とした場合のプロトコールを以下に示す。他の抗原を使用した場合のプロトコールもこれに準ずる。
【0047】
(1)抗原調製
固相法ペプチド合成装置(AAPPTec/Apex 396-DC)により「ATBF1の1504番アミノ酸〜1520アミノ酸に相当するアミノ酸配列SPTGSDSGSVQEDSGSEC(配列番号1)を合成した。TFA法により樹脂から切り離してエーテル沈殿による粗ペプチドを回収した。回収した粗ペプチド画分をHPLCで精製し、MALDI TOF-Mass(PerSeptive Biosystems/Voyager-DE STR)による分子量確認後に分取し、凍結乾燥した。MBS法に準じた方法により、合成したペプチド末端のシステインを介してキャリアー蛋白KLHを結合し、免疫原とした。
【0048】
(2)免疫
ウサギ(NewZealand White Rabbit)を免疫動物とした。免疫原(KLH結合合成ペプチド)を1% DMSO-PBSで0.5mg/mLに調整した。まず、免疫原400μLとアジュバント400μL(初回のみcomplete adjuvant (FREUND) (Sigma)、2回〜6回 Incomplete adjuvant (Sigma))を混合してエマルジョンを形成し、ウサギの背部皮内に免疫した。14日後に2回目、7日おきに3〜6回目(最終免疫)の免疫を行った後、耳静脈および心臓より採血した。血清を分離、採取した後、抗原ペプチドを固定したアフィニティークロマトグラフィーで精製し、ポリクローナル抗体MB0039(No.39)を得た。
【0049】
取得に成功した抗体のリストを図2に示す。既存の抗体(D1-120及びAT-6)も併せて示した。
【0050】
2.既存の抗ATBF1抗体の作製
(1)D1-120抗体
マウスATBF1(Ido et al., (1996). Gene, 168, 227-231)の41アミノ酸残基(2114〜2154:LQTLPAQLPPQLGPVEPLPADLAQLYQHQLNPTLLQQQNKR:配列番号6)をグルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)に融合した組み換えペプチドを抗原として使用する。尚、上記の41アミノ酸残基は、ヒトATBF1のアミノ酸残基(2170〜2147)と完全に一致する。
【0051】
具体的には、以下の手順で当該抗原を調製する。尚、抗原調製、抗体作製の詳細は既報(J. Compartive Neurology (2003) 465: 57-71)に記載される。
【0052】
まず、上記のごとく標的アミノ酸部分をマウスcDNAより切り出し、GST融合タンパク質作製用のベクターpGEX-K に組換え(サブクローニング)を行う。大腸菌 AD202に遺伝子導入を行い、AD202に発現させたタンパク質をSepharose-glutathione beaded agarose (Sigma社)を使用して常法で精製を行う(例えば、「はじめての組換えタンパク質精製ハンドブック」1999年発行、アマシャム ファルマシア バイオテク株式会社、を参照)。以上のようにして調製した抗原(ATBF1-GST融合タンパク質)を用いて、以下の(a)〜(d)の手順で抗ATBF1抗体(D1-120)を取得する。
(a)PBS(pH7.5)に融解した抗原(1 mg/ml)をTiter Max Gold (CytRx社)と等量混合して、免疫用エマルジョンを作製する。
(b)2mlのエマルジョンをウサギ背部に皮下注射して免疫(0,14,28,49,70日目の5度にわたり)を行う。
(c)91日間経過した時点で、屠殺採血して血清を分離する。
(d)免疫に使用した抗原による抗原カラムを作製し、血清から抗原抗体カラム精製後に抗ATBF1抗体を取得する(例えば、「はじめての抗体精製ハンドブック」2000年発行、アマシャム ファルマシア バイオテク株式会社、を参照)。
【0053】
(2)AT-6抗体(ポリクローナル抗体)
ヒトATBF1-A, B共通のアミノ酸残基(3405〜3549:PGAPSPDKDPAKESPKPEEQKNTPREVSPLLPKLPEEPEAESKSADSLYDPFIVPKVQYKLVCRKCQAGFSDEEAARSHLKSLCFFGQSVVNLQEMVLHVPTGGGGGGSGGGGGGGGGGGGGGSYHCLACESALCGEEALSQHLE:配列番号7)をグルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)に融合した組み換えペプチドを抗原として使用する。調製した抗原を用いて抗体(ポリクローナル)を作製し、精製する(例えば、「酵素抗体法、改訂第3版」、渡辺慶一、中根一穂編集、学際企画)。
【0054】
3.膀胱癌細胞株を用いた評価
ヒト膀胱癌由来の細胞株T24(p53の変異有り、高悪性度)、HT1376(p21の変異有り、中間悪性度)及びRT4(p53, p21の変異無し。低悪性度)に対する各抗体の染色性を以下の手順で調べた。細胞株を10%血清を含むRMI1640培養液で培養し、トリプシン処理で培養ディッシュから遊離させ、サイトスピンによりスライドグラスに細胞を接着させて回収した後に、4%パラフォルムアルデヒド固定、一次抗体MB0039抗体1/1000稀釈で室温1時間実施してDAB染色をした。(ここは川口先生が執筆修正して下さい)
【0055】
MB0039抗体による免疫染色の結果を図3Aに示す。T24、HT1376、RT4に対していずれの培養細胞系でATBF1の染色性が核および細胞質の両方に染まるが、T24は細胞質の染色性が核よりも強く、HT1376は核と細胞質がほぼ同等の染色性であり、RTは核が細胞質よりも強く染色された。
【0056】
一方、各細胞からタンパク質を抽出し、各抗体との反応性をウエスタンブロットで検討した。MB0039抗体で検出した結果を図3B(左:全細胞抽出タンパク質をサンプルとした場合、右:核分画(レーン7〜9)、細胞質分画(10〜12)をサンプルとした場合)に示す。複数のバンドが認められ(図3B左)、抗体MB0039が全長ATBF1と分断化されたATBF1の両者を認識できることがわかる。全細胞抽出タンパク質の検出結果(図3B左)と核分画、細胞質分画の検出結果(図3B右)を比較すると、核分画で全長ATBF1の400 kDaおよび高分子量の断片が230 kDa 160 kDa位置に検出され、より低分子量まで断片化されたATBF1(55kDa、40kDa、15kDa)は主に細胞質に存在することがわかる。
【0057】
4.膀胱癌の臨床検体を用いた評価
新規抗体の病理診断への応用の可能性を検討するため、以下の方法によって、膀胱癌の臨床検体に対する各抗体の反応性を調べた。膀胱癌に対しては診断および治療目的に経尿道的膀胱腫瘍切除術(TUR)が行われる。各症例初回のTUR検体に対してMB0039抗体を含む8種類の抗ATBF1抗体を使用した免疫染色を施行し、各症例に対する染色性の評価を行った。
【0058】
検出結果(染色像)を図4に示す。図4AはHE染色の結果である。低悪性度(左)と高悪性度(右)の検体について代表的な染色像を示した。図4Bは各抗体による免疫染色の結果である。低悪性度の検体に対する染色性(上段)と高悪性度の検体に対する染色性(下段)を比較した。MB0039抗体(No.39)を使用した場合、低悪性度と高悪性度で明瞭かつ決定的に染色性が相違する。詳しくは、低悪性度では核主体の染色性を示すのに対し、高悪性度では細胞質主体の染色性を示す。他の抗体の中にも、類似した染色性を呈したものがあったが、MB0039抗体を使用した場合に比較して核と細胞質との境界が不明瞭であったり、発色が十分でなかったりする場合があるなど、その染色性はMB0039抗体を使用した場合よりも格段に劣る。既存の抗体(D1-120)の染色性もMB0039抗体の染色性に遠く及ばない。
【0059】
様々な悪性度の臨床検体に対する各抗体の反応性を図5にまとめた。図5において実線は核主体の染色性を示したこと(核>細胞質)を表し、点線は細胞質主体の染色性を示したこと(核<細胞質)を表す。MB0039抗体を用いると、低悪性度の検体(1〜18)では核主体の染色性となり、高悪性度の検体(19〜21)では核主体の染色性となる。即ち、MB0039抗体によれば、染色性の違い(核主体又は細胞質主体)によって低悪性度と高悪性度を判別できることが示された。MB0039抗体以外の抗体ではこのような判別はできない。
【0060】
一方、初回の経尿道的膀胱腫瘍切除術(TUR)で採取した組織をサンプルとして、MB0039抗体を用いた免疫染色の評価を行った。核染色性が細胞質染色性と比較して有意に強い場合に核染色性(陽性)と判断し、核染色性(陽性)と、核染色性(陰性)の2群に分けて生存率をKaplan-Mayer解析に供した。図6Aに示す通り、核染色性が陽性である群の生存率が高く、有意に予後が良好であった。
【0061】
上記の組織サンプルについて、p53の過剰発現の有無で2群に分けて生存率をKaplan-Mayer解析したところ有意差は認められなかった(図6B)。また、p21の発現の有無で2群に分けて生存率をKaplan-Mayer解析した場合も有意差は認められなかった(図6C)。
【0062】
5.まとめ
(1)MB0039抗体は鮮明な病理組織染色像を与える。このことは、MB0039抗体を利用すれば高い精度での病理組織診断が可能になることを意味する。
(2)MB0039抗体によれば、染色性の違いを指標として癌の悪性度を簡便且つ精度よく判定可能である。また、予後の推定も可能となる。MB0039抗体による染色性を利用した判定・推定は、形態学的観点から癌の悪性度を判定困難な場合などに特に有効である。上述の通り、膀胱癌のグレードIの中にWHO分類では選びだせない悪性度の高い癌症例が見落とされ、早期に適切な治療時期を逃してしまうことが指摘されていた。MB0039抗体による染色性はこのような症例の診断に有用な判断材料を提供し得る。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の抗ATBF1抗体は癌細胞の悪性度を判定するためのツールとして有用である。本発明の抗ATBF1抗体を用いた免疫組織化学によれば、病理診断のための有益な情報が得られる。特に、膀胱癌の病理診断(悪性度の判定や予後の推定)への適用が想定される。
【0064】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗原ペプチドSPTGSDSGSVQEDSGSEC(配列番号1)を認識する抗ATBF1(ATモチーフ結合因子1)抗体。
【請求項2】
ウサギ由来の抗体である、請求項1に記載の抗ATBF1抗体。
【請求項3】
ポリクローナル抗体である、請求項1又は2に記載の抗ATBF1抗体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の抗ATBF1抗体からなる、被検癌細胞の悪性度判定用試薬。
【請求項5】
癌の予後推定に用いられる、請求項4に記載の悪性度判定用試薬。
【請求項6】
癌が膀胱癌である、請求項5に記載の悪性度判定用試薬。
【請求項7】
請求項4〜6のいずれか一項に記載の試薬を含む、被検癌細胞の悪性度判定用キット。
【請求項8】
(1)請求項1〜3のいずれか一項に記載の抗ATBF1抗体、請求項4〜6のいずれか一項に記載の試薬、又は請求項7に記載のキットを用い、生体から分離された被検癌細胞内のATBF1量を検出するステップと、
(2)検出結果に基づいて被検細胞の悪性度を判定するステップと、
を含む、被検癌細胞の悪性度判定法。
【請求項9】
ATBF1が核主体に存在していれば悪性度が低いとの判定基準に従い、ステップ(2)の判定を行う、請求項8に記載の悪性度判定法。
【請求項10】
ステップ(2)の判定結果に基づき癌の予後を推定するステップ、を更に含む、請求項8又は9に記載の悪性度判定法。
【請求項11】
癌が膀胱癌である、請求項10に記載の悪性度判定法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−240942(P2012−240942A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−110788(P2011−110788)
【出願日】平成23年5月17日(2011.5.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 掲載アドレス:http://www.aeplan.co.jp/bmb2010/index.html 掲載日 :平成22年11月19日
【出願人】(506218664)公立大学法人名古屋市立大学 (48)
【Fターム(参考)】