説明

抵抗素子、ニューロン素子、及びニューラルネットワーク情報処理装置

【課題】 ニューロン素子の出力部が簡単な回路で構成され、かつ、アナログ型の出力特性を有するニューロン素子、及びそれを用いたニューラルネットワーク情報処理装置を提供すること。
【解決手段】 複数の入力信号xiを受け取り、各入力信号に対し、入力信号とその入力信号に対する結合荷重wiとの積である重み付け信号xiwiを作り出す入力部10と、複数の重み付け信号xiwi(i=1〜n)の総和Xを求める加算部20と、総和Xの関数として出力信号Y(X)を出力する出力部30とを有するニューロン素子1において、出力信号Y(X)を定める素子として、その素子を流れる電流が、印加電圧に対し、変曲点を有する関数として表される電流電圧特性を有する機能性分子素子31を用い、この素子の前記変曲点を含む領域の電流電圧特性に基づいて、出力信号Yを総和Xの関数として定める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抵抗素子、その抵抗素子を入力部に備えたニューロン素子、及びそのニューロン素子を用いたニューラルネットワーク情報処理装置に関するものであり、詳しくは、抵抗素子が示す履歴現象に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ナノテクノロジーは、大きさが10-8m(=10nm)程度の微細構造を観察・作製・利用する技術である。1980年代後半に、走査型トンネル顕微鏡が発明され、原子や分子を観察できるばかりでなく、1個ずつ操作することができようになった。例えば、結晶の表面に原子を並べて文字を書いた例などが報告されている。
【0003】
しかし、原子や分子を操作できると言っても、莫大な個数の原子や分子を1個ずつ操作して、新しい材料やデバイスを組み立てるのは実際的ではない。原子や分子やその集団を操作して、目的の構造体を形成するには、それを可能にする新しい加工技術が必要である。そのような分子レベルの加工技術として、原子や分子やその集団を部品としてみたて、これらの部品を自己組織化などの方法で構造体に組み上げるボトムアップ方式が注目されている。
【0004】
金属やセラミックスや半導体についても、ボトムアップ方式でナノメートルサイズの構造体を作る研究は行われている。しかし、分子は、1個1個が独立していて、形の違い、機能の違いなど数100万種類に及ぶ多様性があるので、それを生かせば、従来とはまったく異なる特徴を持つ分子デバイスを作製することができると期待される。
【0005】
例えば、導電性分子の幅はわずか0.5nmである。この分子の線材は、現在の集積回路技術で実現されている100nm程度の線幅に比べて、数千倍の高密度の配線を実現できる。また、例えば、1個の分子を記憶素子として使うと、DVDの1万倍以上の記録密度が可能となる。
【0006】
1986年、三菱電機社の肥塚裕至は、ポリチオフェン(高分子)からなる世界初の有機トランジスタを開発した。その後、有機薄膜トランジスタ、分子スイッチ、分子論理回路、分子ワイヤなど、様々な機能をもつ分子デバイスが盛んに研究されている。
【0007】
分子デバイスの課題の1つは、構成分子と電極との接続部分が大きな電気抵抗をもち、これが分子デバイスの特性を制限してしまうことである。例えば、有機電界効果トランジスタでは、チャネル領域の有機分子に作用する電界の変化によって、有機分子中のキャリア移動が変調されが、この際、構成分子と電極との界面での接触抵抗が非常に大きく、その接触抵抗がトランジスタの動作特性に強く影響する。
【0008】
また、本発明者の一人は、特開2004−221553号公報において、電界の作用によって分子構造を変化させ、電流をON、OFFする分子スイッチとして機能する、新しい原理に基づく機能性分子素子を提案したが、この分子素子においても、構成分子と電極との界面での接触抵抗が大きい場合には、その接触抵抗が分子素子の動作特性に影響を与える。
【0009】
また、有機太陽電池のように、電子を流すための分子層が対向電極間に配置されている場合でも、有機分子と電極との界面での接触抵抗をできるだけ小さくすることが求められる。
【0010】
そこで、後述の特許文献1において、本発明者の一人は、構成分子と電極との界面での接触抵抗を低減できる新規な構造を有する機能性分子素子及びその製造方法、並びに機能性分子装置を提案した。
【0011】
この機能性分子素子は、例えば、
π電子共役系からなる平面形又は略平面形構造を有する骨格部に側鎖部が結合してな るπ電子共役系分子が、前記側鎖部において電極に吸着されることによって、前記骨格 部の前記平面形又は前記略平面形構造が前記電極に対してほぼ平行になるように配置さ れた被吸着分子を形成しており、
少なくとも前記被吸着分子と前記電極とからなる構造体が、前記平面形又は前記略平 面形構造に交差する方向に電流を流す機能を有する、
機能性分子素子である。
【0012】
一方、半導体ウェーハ上にリソグラフィやエッチングなどによって微細な半導体チップを作製する半導体技術をベースにして、ノイマン型コンピュータは著しい発展をとげてきたが、近年、パターン認識など、ノイマン型コンピュータが不得意とする分野があることが明らかになり、これらの分野では、生物の脳を模倣したニューロコンピュータが注目されている。
【0013】
生物の脳は、多数の神経細胞(ニューロン)がネットワーク状に複雑につながり合って形成されている(脳の計算理論、川人光男、産業図書、1996年)。
【0014】
図7は、神経細胞100の構成を示す概略説明図である。神経細胞100は、細胞体101、樹状突起102、軸索103、神経終末端104、およびシナプス105などからなる。細胞体101は、核101aなどを含み、神経細胞100の本体部分である。樹状突起102は、細胞体101から伸び出した多数の枝のような構造をもち、神経細胞100の入力端子にあたる部分である。軸索103は、細胞体101から長く伸び出した一本の太い索状の構造をもち、神経細胞100の出力を発生する部分である。その先端は複数に分岐して、他の出力側神経細胞109に信号を送り出す神経終末端104を形成する。
【0015】
シナプス105は、神経細胞と神経細胞とをつなぐ結合部である。他の入力側神経細胞106からの入力信号107は、その神経終末端と、神経細胞100の樹状突起102や細胞体101との間の入力側シナプス105aを介して、神経細胞100へ伝えられる。また、神経細胞100の軸索103からの出力信号108は、神経終末端104と、出力側神経細胞109の樹状突起や細胞体との間の出力側シナプス105bを介して、神経細胞109へ伝えられる。
【0016】
例えば、人間の脳では、1つの神経細胞100は数千個以上のシナプス105aを介して入力側神経細胞106から入力信号107を受け取ることができ、その多数の入力信号107を情報処理して、結果を1本の軸索103から多数の出力側神経細胞109へ向けて出力する。
【0017】
シナプス105を介する神経細胞間の信号伝達は電位の変化によって行われる。このときの神経細胞の動作を、興奮発生を例として説明すると、次の通りである。すなわち、神経細胞100の外側の液体の電位を基準電位とすると、軸索103における細胞膜の膜電位は、通常−60mV程度の負電位(静止電位)に保たれている。神経細胞100がシナプス105aを介して入力側神経細胞106から入力信号107を受け取ると、軸索103の膜電位は上昇する。各入力信号107による電位上昇は加算され、多数の入力信号107による電位上昇の和がしきい値(静止電位より15mV程度高い電位)を超えると、その瞬間に軸索103は高さ115mV程度、持続時間0.5ms程度の出力パルス108を発生する。出力パルス108は、神経終末端104からシナプス105bを介して出力側神経細胞109へ送り出される。
【0018】
上記のように、神経細胞間の信号伝達は、ほぼ一定の波形のパルス電圧によって行われ、脳の活動が活発な場合には単位時間当たりのパルス数が多くなる。この際、信号伝達は必ずシナプス105を介して行われる。例えば、出力側神経細胞109の細胞体は、出力パルス108そのものではなく、シナプス105bによって変更されたパルスを信号として受け取ることになる。従って、シナプス105bにおける信号伝達特性の違いによって、出力側神経細胞109における出力パルス108の作用には、次の(1)〜(4)のような違いが生じる。
【0019】
(1)信号は興奮性であるか、抑制性であるか。
(2)信号によって引き起こされる電圧変化の大きさ
(3)信号によって引き起こされる効果の持続時間
そしてその結果、
(4)信号は学習効果を生じるか。
【0020】
このように、神経細胞間の関係は、シナプス結合の有無と、シナプスにおける信号伝達特性とによって決定される。1個の神経細胞は単純な機能しかもたないが、人間の脳では神経細胞が100億個以上もあり、これらの神経細胞が多数、同時に並列的に動作して分散処理を行うことにより、高度な情報処理能力が発揮される。また、シナプス結合の形成と、シナプスにおける信号伝達特性の変更によって、学習効果が発揮される。
【0021】
ニューラルネットワーク(神経回路網)は、上述した脳における情報処理の特徴を模倣した情報処理回路網であり、神経細胞(ニューロン)を模倣したニューロン素子によって構成される(ニューラルネットの基礎と応用,馬場則夫,小島史男,小澤誠一,共立出版(1994)、実践ニューラルネット,宮沢丈夫,月刊アスキー,第12巻,1988年9月号,p.237〜第13巻,1989年4月号,p.341)。ニューロコンピュータは、ニューラルネットワークによって構成され、並列分散処理を特徴とするコンピュータである。
【0022】
図8(a)は、ニューロン素子の機能をモデル的に示す概略説明図である。図8(a)に示すように、ニューロン素子200は入力部210と、加算部220と、出力部230とからなる。
【0023】
入力部210はシナプス105の機能に対応して、他のニューロン素子からの各入力信号xi(i=1〜n)に対し、入力信号xiと、その入力に対応する結合荷重wi(i=1〜n)との積である重み付け信号wixi(i=1〜n)を作り出す。結合荷重wiはシナプス105における信号伝達特性に対応する。
【0024】
加算部220は細胞体101の機能に対応して、すべての入力信号xi(i=1〜n)に対して次式
X=w1x1+w2x2+・・・+wnxn
で定義される重み付け信号wixiの総和(ネット値)Xを求め、出力部230へ出力する。総和(ネット値)Xは入力信号によって生じる軸索電位の上昇に対応する。
【0025】
このモデルでは、結合荷重wiを大きくすれば、入力信号xiを与える入力側ニューロン素子がニューロン素子200に対して強い影響を与えることを表現することができる。また、結合荷重wiを0にすれば、入力信号xiを与えるニューロン素子がニューロン素子200に対する有効な作用をもたないことを表現することができ、結合荷重wiを負にすれば、入力信号xiを与えるニューロン素子が、ニューロン素子200に対して抑制的に作用することを表現することができる。
【0026】
出力部230は、総和(ネット値)Xの関数として出力信号Y(X)を定め、出力する。図8(b−1)は、出力関数Y(X)がθをしきい値とするしきい値型関数(ステップ関数)である例を示している。これは、マカロックとピッツが初めて神経細胞の動作をモデル化し、多入力1出力の関数として形式ニューロンを定義したときに採用したもので、出力部230は、
X<θの場合、Y=0
X=θまたはX>θの場合、Y=1
を出力する。
【0027】
図8(b−2)は、出力関数Y(X)がシグモイド型関数
Y=1/(1+exp(−aX))
である例を示している。シグモイド型関数は、入力Xに対して非線形な特性をもつが、Xの増加によって0から1まで単調に増加する関数である。式中のaは関数の傾きの急峻さを決めるパラメータであり、aが大きくなるほど、関数Yはステップ関数に近づく。また、上式を
Y=1/(1+exp(−a(X−θ)))
に変更すれば、シグモイド型関数にしきい値θを導入することができる。
【0028】
上述したニューロン素子200を複数個組み合わせることによって論理演算が可能になり、多数個接続することによってニューラルネットワークを形成することができる。この際、ニューロン素子の接続の仕方によってネットワークの構造と特徴が決まる。ニューラルネットワークは、ネットワーク構造の違いによって階層型ネットワークと相互結合型ネットワークとに大別される。
【0029】
図9(a)は、階層型ニューラルネットワークの一例を示す説明図である。この例は、階層型ネットワーク300が入力層310、中間層320、および出力層330の3層からなる例である。入力信号は入力層310のニューロン素子301に加えられ、それに対する出力信号が出力層330のニューロン素子301から取り出される。この例のように、階層型ネットワークは、ニューロン素子301が複数の層に配置され、ニューロン素子301同士が層間で結合されることによって構成され、信号は入力層310から出力層330へ向かって層から層へと一方向にのみ伝えられる。
【0030】
階層型ニューラルネットワークでは、ある入力信号に対する実際の出力信号と望ましい出力信号との誤差に基づいて、各ニューロン素子の結合荷重wi、および出力関数のしきい値θを変更することによって、より好ましい出力信号が得られるようにすることができる。これが階層型ニューラルネットワークが有する学習機能である。階層型ニューラルネットワークは、このような学習機能をもつので、ノイマン型コンピュータが不得意な、PDP(Parallel Distributed Processing;並列分散処理)による画像認識や文字認識や音声認識などのパターン認識、並びに自律的学習が必要とされる様々な分野に効果的に応用されている。
【0031】
この際、ネットワーク300を構成するニューロン素子301として、出力関数Y(X)がステップ関数ではなく、アナログ型のシグモイド型関数であるニューロン素子を用いると、学習・判別能力が格段に向上することが知られている。また、学習アルゴリズムとしてバックプロパゲーション法などが有効であることが知られている。
【0032】
図9(b)は、相互結合型ニューラルネットワークの一例であるホップフィールドネットワークを示す説明図である。ホップフィールドネットワーク400では、すべてのニューロン素子401は互いに結合され、1つの層を形成する。従って、信号の流れる方向は1方向でなく、互いにフィードバックされる。
【0033】
ホップフィールドネットワーク400では、結合荷重wijは系をモデル化する際にパラメータとして固定され、計算過程で自律的な学習が行われることはない。しかし、wij=wjiを満たすように結合荷重wijを設定すると、各ニューロン素子401の値は最適値に収束するとされている。ここで、結合荷重wijは、j番目のニューロン素子401からi番目のニューロン素子401への入力に対する結合荷重である(図9(b)において、結合荷重wij402を示す長方形の中の数字は、iとjの組みijである。)。ホップフィールドネットワークは、連想記憶の分野や、ノイマン型コンピュータでは計算不可能な、変数の多い巡回セールスマン問題などの組み合わせ最適化問題や逆行列計算などで、アナログ的な近似解を求める分野に応用される。
【0034】
さて、ニューラルネットワークの研究では、ハードウェアとしてはノイマン型コンピュータを用い、ソフトウェアでその動作をシミュレーションする場合が多い。しかし、この構成では、並列アナログネットワークとしてのニューラルネットワークの高速性を真に生かすことができない。従って、ニューラルネットワーク情報処理装置を実用化するには、ニューロン素子200の各部分を電子回路化することが求められる。
【0035】
そこで後述の特許文献2には、ニューロン素子として、ニューロン素子間を不揮発性メモリであるEEPROM(Electrically Erasable Programmable Read-Only Memory)を介して結合したものが提案されている。このニューロン素子では、ニューロンへの各入力信号に、EEPROMのトラップに蓄積された電荷量又はフローティングゲートに蓄積された電荷量で保持される、それぞれの信号に与えるべき荷重に応じた係数を乗算する。
【0036】
【特許文献1】特開2006−351623号公報(第11−15頁、図1−5)
【特許文献2】特開平3−144785号公報(第2−4頁、図1−3)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0037】
図10は、従来のニューロン素子の入力部と加算部の構成の一例を示す説明図である。図10に示すように、入力部510にはシナプスに相当する入力回路511が設けられており、他のニューロン素子からの各入力信号xi(i=1〜n)に対し、入力信号xiと、その入力に対応する結合荷重wi(i=1〜n)の積である重み付け信号wixi(i=1〜n)を作り出す。結合荷重wiはシナプスにおける信号伝達特性に対応する。
【0038】
具体的には、入力信号xi(i=1〜n)は、入力回路511のトランジスタ512のソース電極に電圧信号として印加される。トランジスタ512のゲート電極513には、図示省略したメモリ回路の働きによって、結合荷重wiに対応したゲート電圧が印加されている。この結果、トランジスタ512の導電性はゲート電圧によって制御され、重み付け信号wixiに相当する電流信号がトランジスタ512のドレイン電極から加算部20へ送り出される。
【0039】
図10に示すように、加算部20はOPアンプ(演算増幅器)21からなる電流電圧変換回路である。入力部510の各入力回路511からの出力電流はOPアンプ21の反転入力端子に集められ、帰還抵抗22から流れ出すことによって、次式
X=w1x1+w2x2+・・・+wnxn
で定義される総和(ネット値)Xに対応する電圧信号を出力回路30へ出力する。
【0040】
上記のニューロン素子では結合荷重wiに対応したゲート電圧を保持しなければならないので、図示省略したメモリ回路および電圧発生手段などを必要とする。ニューラルネットワークを形成するには多数のニューロン素子を集積する必要があり、そこにはそれよりもはるかに多数の結合荷重が含まれることを考えると、上記のニューロン素子の構成は現実的ではない。
【0041】
そこで特許文献2には、ニューロン素子間を不揮発性メモリであるEEPROMを介して結合することが提案されているのであるが、EEPROMには熱履歴にともない記憶が損傷したり、長期記憶特性が不十分になったりするという問題がある。例えば、熱履歴にともないEEPROMのアナログ値記憶性能は4ビット程度であり、結合荷重を精度よく設定するには不十分である(特開平5−12466参照。)。
【0042】
また、生物の脳は、「使えば使うほど賢くなる」、すなわち、同じシナプスを何度も信号が通過すると、そのシナプスの特性が信号を通しやすいように徐々に変化していくという学習機能を有する。一方、EEPROMはピーク電圧を記憶する記憶素子であって、同じ大きさの電圧を繰り返し印加しても、記憶は変化しない。すなわち、EEPROMには「繰り返し」を記憶する機能はない。従って、EEPROMのようにピーク電圧を記憶する記憶素子では、このような生物の脳が有する学習機能を実現することはできない。
【0043】
また、上記のことと関連するが、ホップフィールドネットワークなどの相互結合型ニューラルネットワークに自律的な学習機能を付与する方法は未だ確立されていない。以上のように、ニューラルネットワークに簡易な構成で自律的な学習機能を付与するには、何らかのブレークスルーが必要であることは明らかである。
【0044】
一方、特許文献1に提案されている分子素子の研究は始まったばかりで、研究が進めば、種々の新規な特性を有する分子素子を提供できる可能性がある。
【0045】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであって、その目的は、特異な電気伝導性を有する抵抗素子、入力部が簡単な回路で構成され、かつ、優れた学習能力を有するニューロン素子、及びそのニューロン素子を用いたニューラルネットワーク情報処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0046】
即ち、本発明は、抵抗体の両側に電圧を印加して前記抵抗体中に電流を通じると、前記抵抗体の抵抗が減少する履歴現象を示す、第1の抵抗素子に係わり、また、抵抗体の両側に電圧を印加しないでおくと、前記抵抗体の抵抗が徐々に増加する、第2の抵抗素子に係わるものである。
【0047】
また、複数の入力信号を受け取り、各入力信号に対し、入力信号とその入力信号に対する結合荷重との積である重み付け信号を作り出す入力部と、前記の複数の重み付け信号の総和を求める加算部と、前記総和の関数として出力信号を出力する出力部とを有するニューロン素子において、
前記第1の抵抗素子が、前記入力部において前記入力信号から前記重み付け信号を作 り出す素子として用いられ、
前記入力信号の受信に際し前記抵抗素子を流れた電流によって前記抵抗素子の抵抗が 減少し、この結果、後続の入力信号の受信に際し前記抵抗素子を流れる電流が流れやす くなることによって、学習効果が得られる
ことを特徴とする、第1のニューロン素子に係わり、また、
前記第2の抵抗素子が、前記入力部において前記入力信号から前記重み付け信号を作 り出す素子として用いられ、
前記入力信号の受信がないと、前記抵抗素子の前記抵抗が徐々に増加していく
ことを特徴とする、第2のニューロン素子に係わるものである。
【0048】
また、前記第1又は前記第2のニューロン素子の複数個が接続されて形成されている、ニューラルネットワーク情報処理装置に係わるものである。
【発明の効果】
【0049】
本発明の第1の抵抗素子は、抵抗体の両側に電圧を印加して前記抵抗体中に電流を通じると、前記抵抗体の抵抗が減少する履歴現象を示すユニークな抵抗素子であり、また、第2の抵抗素子は、抵抗体の両側に電圧を印加しないでおくと、前記抵抗体の抵抗が徐々に増加するユニークな抵抗素子である。このような現象の原因として、電流を通じると前記抵抗体中の分子に電流を流しやすい配置又は配向をとり、電流を通じないでおくと上記の分子の配置又は配向が熱運動によって乱雑化することが推測されるが、これはまだ解明されたわけではない。
【0050】
第1の抵抗素子が示す前記履歴現象は、履歴の記録に例えることができる。また、第2の抵抗素子が示す現象は、前記履歴現象と組み合わせると、前記履歴記録の消去(忘却)に相当する。従来、電圧などのピーク値やある時点での値を単一の素子で記録できる素子は種々存在したが、先述したように、繰り返しのような履歴を単一の素子で記録できる素子は存在しなかった。第1の抵抗素子および第2の抵抗素子は、繰り返しのような履歴を記録できる初めての素子である。
【0051】
本発明の第1のニューロン素子は、前記第1の抵抗素子が、前記入力部において前記入力信号から前記重み付け信号を作り出す素子として用いられているため、前記入力信号の受信に際し前記抵抗素子を流れた電流によって前記抵抗素子の抵抗が減少し、この結果、後続の入力信号の受信に際し前記抵抗素子を流れる電流が流れやすくなることによって、学習効果が得られる。また、本発明の第2のニューロン素子は、前記第2の抵抗素子が、前記入力部において前記入力信号から前記重み付け信号を作り出す素子として用いられているため、前記入力信号の受信がないと、前記抵抗素子の前記抵抗が徐々に増加していく。これらは、第1の抵抗素子および第2の抵抗素子の最も効果的な応用例の1つであって、生物の脳がもっている「使えば使うほど賢くなる」という学習機能を簡単な構成で実現することを可能にするニューロン素子である。また、これらのニューロン素子を用いれば、ホップフィールドネットワークなどの相互結合型ニューラルネットワークに自律的な学習機能を自動的に付与することができる。
【0052】
また、本発明のニューラルネットワーク情報処理装置は、上述した本発明のニューロン素子の複数個が接続されて形成されているので、優れた学習能力を簡単な構成で発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0053】
本発明の第1の抵抗素子において、電圧の印加を停止し、電流を通じないでおくと、前記抵抗体の抵抗が通電前の抵抗値に向かって徐々に増加するのがよい。上述したように、前記履歴現象を履歴の記録に例えると、この現象は前記履歴の記録の消去(忘却)に相当する。両方がそろって、生物の脳と同様の学習機能が発揮される。前記履歴の記録が徐々に消去されてしまうことは不都合な面もないではないが、長時間の安定した記憶が必要なら、その部分だけメモリ素子を組み合わせて用いればよい。
【0054】
本発明の第1及び第2の抵抗素子において、前記抵抗体が有機機能性分子によって構成されている機能性分子素子であるのがよい。有機機能性分子は、極めて多種多様であるので適切な機能性分子を容易に見出すことができる。
【0055】
この際、前記機能性分子において、
複数の電極が対向して配置された対向電極が形成されており、π電子共役系からなる 略平面形構造を有する骨格部に側鎖部が結合してなるπ電子共役系分子が、前記側鎖部 において前記電極に吸着されることによって、前記骨格部の前記略平面形構造が前記対 向電極に対してほぼ平行になるように配置された被吸着分子が、前記対向電極のいずれ に対しても形成され、
少なくとも前記被吸着分子と前記対向電極とからなる構造体が、前記対向電極間に印 加された印加電圧に応じて、前記略平面形構造に交差する方向に電流を流す機能を有す る
のがよい。
【0056】
従来の機能性分子素子では、機能性分子と電極との接触抵抗が大きく、この結果、素子性能が制限されることが多い。これに対し、上記の機能性分子素子によれば、前記π電子共役系分子が、π電子共役系からなる略平面形構造を有する骨格部に側鎖部が結合して形成されている。このため、前記被吸着分子では、前記側鎖部が電極に吸着されることによって、前記骨格部の前記略平面形構造が前記電極に対してほぼ平行に配置され、前記電極に密着した構造をとることができる。この結果、前記π電子共役系を形成するπ電子と前記電極との電気的な相互作用が良好になり、前記π電子共役系分子と前記電極との接触抵抗が小さく抑えられる。
【0057】
上記の機能性分子素子は、少なくとも前記被吸着分子と前記対向電極とからなる構造体が、前記対向電極間に印加されたバイアス電圧に応じて、前記略平面形構造に交差する方向に電流を流す機能を有する機能性分子素子である。この際、上述したように前記対向電極における接触抵抗が小さく抑えられ、その影響が小さくなっているため、前記機能性分子素子の電流電圧特性は、主として、前記対向電極間に存在する前記被吸着分子および前記π電子共役系分子などの集合体の電気的特性によって決定されることになる。
【0058】
この際、上記の機能性分子素子において、前記構造体の一部として、前記被吸着分子と同種のπ電子共役系分子又は/及び別種のπ電子共役系分子が、前記被吸着分子の前記骨格部に対し、前記骨格部における分子間π−πスタッキングによって一方向に積み重なった配列構造体が、前記対向電極間に形成されており、前記構造体は、前記配列構造体の積層方向に電流を流す機能を有するのがよい。上記のように、前記配列構造体が前記分子間π−πスタッキングによって形成されていると、π電子間の相互作用によって効果的に前記配列構造体の積層方向に電流を流すことができる。
【0059】
また、前記機能性分子において、前記π電子共役系分子の前記側鎖部がフレキシブルな構造を有しているのがよい。このようであれば、前記側鎖部が前記電極上に吸着されやすくなり、前記電極との間の抵抗を減少させることができる。この前記側鎖部は、アルキル基、アルコキシ基、シラニル基、或いはアルキル基、アルコキシ基、又はシラニル基が結合した芳香族環からなるのがよい。
【0060】
また、前記機能性分子において、前記π電子共役系分子、及び/又は前記別種のπ電子共役系分子が、中心金属イオンとリニアテトラピロール誘導体との錯体であるのがよい。特に、亜鉛イオンを中心金属イオンとする錯体からなる前記配列構造体は、作用される電界の有無によって電導性が良好なONとOFFのスイッチング特性を示すのでトランジスタなどを作製することができる。前記中心金属イオンとしては、亜鉛イオン以外に銅イオンやニッケルイオンなどの遷移元素や典型元素の金属イオンを用いることができる。
【0061】
この際、少なくとも前記π電子共役系分子が、下記一般式(1)で表されるビラジエノン誘導体であるのがよい。
一般式(1):
【化1】

(この一般式(1)において、R1、R2、R3、及びR4は、各々互いに独立した同一又は異なった、炭素数が3〜12のアルキル基である。)
【0062】
ここで、R1、R2、R3、及びR4としては、炭素原子数3〜12であればよく、例えば−C1021、−C1225が挙げられる。このような炭素原子数を有する側鎖であれば、前記π電子共役系分子が結晶化することなしに電極上に良好に配向した状態で固定されると共に、合成も容易である。一方、炭素原子数が1又は2であると、前記π電子共役系分子が結晶化しやすくなり、液晶的な物性を示さなくなって配向不良を生じ易くなる。また、炭素原子数が13以上になると、かえって配向し難くなり、合成も困難となる。
【0063】
本発明の第1のニューロン素子は、前記入力信号の受信がないと、前記抵抗素子の前記抵抗が前記学習効果を得る前の抵抗値に向かって徐々に増加し、前記学習効果が失われていくのがよい。上述したように、これは前記学習効果の消失に相当する。必要ならば前記学習効果を蓄積し、不要になれば前記学習効果を失い、両方がそろうことで、生物の脳と同様の学習機能が発揮される。長時間の安定した前記学習効果の保持が必要なら、その部分だけメモリ素子を組み合わせて用いればよい。
【0064】
本発明のニューラルネットワーク情報処理装置は、前記ニューロン素子が複数の層に配置され、前記ニューロン素子同士が前記層間で結合され、階層型ニューラルネットワーク情報処理装置として構成されているのがよい。或いは、すべての前記ニューロン素子が互いに結合され、1つの層を形成する相互結合型ニューラルネットワーク情報処理装置として構成されているのがよい。
【0065】
次に、本発明の好ましい実施の形態を図面参照下に、より具体的に説明する。
【0066】
実施の形態1
実施の形態1では、主として、請求項1〜10に関わる例として、機能性分子素子からなる抵抗素子の例について説明する。
【0067】
図2(a)は、実施の形態1において前記配列構造体4を構成するπ電子共役系分子1の、分子構造の一例を示す構造式である。図2(b)は、図2(a)に示したπ電子共役系分子1の、主として略円盤状骨格部2の立体構造を示すための模式図である。図2(b)中、骨格部2を形成している金属イオンM、窒素原子、炭素原子、および酸素原子は球として示されており、水素原子は図示省略され、側鎖部3はごく簡単に省略して示されている。
【0068】
図2(a)および(b)に示すように、π電子共役系分子1の骨格部2は、ビラジエノン(詳しくは、4,9−ビラジエン−1−オン)を基本構造としている。ビラジエノンは、開環したポルフィリン環に相当する構造を有するリニアテトラピロールの1種である。骨格部2は、π電子共役系によってポルフィリン様のリジッドな略平面形構造を形成しているが、開環したポルフィリン環の開裂部に2つのカルボニル基(C=O基)が形成され、これらが対向し合っているため、平面形から少しねじれ、フレキシビリティを残したらせん巻きの略円盤状の形状になっている。略円盤状構造の中心部にあるMは、亜鉛イオンなどの金属イオンである。
【0069】
π電子共役系分子1は、上記骨格部2に、p−アルキルフェニル基からなる側鎖部3が結合して形成されている。側鎖部3は、C−C軸まわりの分子内回転によってフレキシブルな鎖状構造を形成している。
【0070】
図1(a)は、実施の形態1に基づく機能性分子素子10の構造をモデル的に示す概略図であり、図1(b)は、分子素子10を構成する配列構造体4の第1層のπ電子共役系分子1(電極表面に吸着されている前記被吸着分子9)の、電極に対する配向構造を示す説明図である。
【0071】
図1(a)は、略円盤状の骨格部2を有するπ電子共役系分子1が、ナノスケールのギャップをもつ、例えば金からなる2つの電極5および6の間に、その円盤面を電極5および6の表面に平行に配向させて一方向に配列し、カラム状配列構造体4を形成した機能性分子素子10を示している。
【0072】
従来から、π電子共役系分子1のように、リジッドな円盤または略円盤状の骨格部を有するπ電子共役系分子を用いて配列構造体を形成すると、各分子の円盤または略円盤状の骨格部はπ-π電子相互作用によって互いに平行に(face-to-faceに対向するように)スタックし、π電子はスタックした骨格部の間に非局在化することが知られている。特に、長鎖(炭素数6以上)のアルキル基側鎖を有する分子(ディスコティック液晶など)の場合には、π電子共役系分子はカラム状に積層され、積層方向に高い導電性を示すことができる(Y. Shimizu,T. Higashiyama and T. Fuchita,“Photoconduction of a mesogenic long-chain tetraphenylporphyrin in a symmetrical sandwich-type cell”,Thin Solid Films,331 (1998),279-284参照。)。
【0073】
また、円盤または略円盤状の骨格部の中心付近に金属イオンを配位させていてもよいとされている(Y. Shimizu,“Phtoconductivity of Discotic Liquid Crystals: a Mesogenic Long-Chain Tetraphenylporphyrin and Its Metal Complexes”,Molecular Crystals and Liquid Crystals,370 (2001),83-91、S.T.Trzaska,H-F.Hsu and T.M.Swager,“Cooperative Chirality in Columnar Liquid Crystals:Studies of Fluxional Octahedral Metallomesogens”,J. Am. Chem. Soc.,121 (1999),4518-4519、及び、清水 洋,“カラムナー液晶 その多様な分子構造と分子間相互作用”,液晶,6 (2002),147-159参照。)。
【0074】
上記のように、リニアテトラピロールなどの略円盤状のπ電子共役系分子がπ-πスタッキングして形成された配列構造体の機能の一例として、積層方向に電子の流れを通すパイプ(channel chain)としての機能が考えられる。通常の導電性鎖状分子に比べて、電流通路の径が大きく、電流を多く流すことが可能であり、太陽電池の電子チャンネルとして利用するような研究が活発である。
【0075】
ただし、上記の配列構造体を導電体として用いる場合、図1(a)に示すように、電流を流そうとする方向(電極5と電極6とを結ぶ方向)に配列構造体4の積層方向を一致させ、かつ、電極5および6における接触抵抗が小さくなるように、配列構造体4の端部が電極5および6の表面に密着するように配置することが必要である。
【0076】
配列構造体を構成するπ電子共役系分子として側鎖のない分子を用いると、電極表面上での吸着状態を制御して、円盤面を選択的に電極表面に平行に配向させる作用を有する基が存在しないため、電極表面に対するπ電子共役系分子の配向や分子の積層方向を制御することができない。
【0077】
そこで、本実施の形態では、π電子共役系分子として、図2(a)に示したフレキシブルな側鎖部3を有するπ電子共役系分子1を用いる。そして、π電子共役系分子1の濃度を適切に調節したπ電子共役系分子1の溶液を調製し、この溶液をキャスト法などの塗布法などで電極5または6に被着させ、溶液から溶媒を蒸発させた後、必要ならアニール処理を施し、前記被吸着分子である被吸着分子9を電極5または6の表面に密着させて配置し、この被吸着分子9の上にπ-πスタッキングによってπ電子共役系分子を積み重ね、配列構造体4を形成する。ここで積層するπ電子共役系分子は、π電子共役系分子1に対してπ-πスタッキングを形成できる分子であること以外に特に制限はない。図1(a)には、π電子共役系分子1と同種の分子を積層する例を示したが、前記別種のπ電子共役系分子を積層してもよい。
【0078】
この際、図1(b)に示すように、配列構造体4の第1層を形成するπ電子共役系分子1(被吸着分子9)は、フレキシブルな側鎖部3が電極5(または6)の表面に吸着され、この結果、骨格部2の略円盤面が電極5(または6)の表面にほぼ平行に密着するように固定されることが重要である。このため、骨格部2のπ電子が電極上に非局在化することができ、配列構造体4と電極5(または6)との界面での接触抵抗が小さく抑えられる。
【0079】
また、配列構造体4の第2層以後の分子層の積層方向は、電極面に平行に配置された、被吸着分子9の骨格部2の略円盤面を基準として、下層分子層の骨格部の略円盤面の上に、上層分子層の骨格部の略円盤面が平行に重なるように、π-π相互作用によって制御される。配列構造体4は、π電子間の相互作用によって効果的に積層方向に電流を流すことができる。
【0080】
以上のようにして、電極との界面での接触抵抗が非常に小さく、配列構造体4の積層方向(電流を流す方向)が制御された、堅牢な機能性分子素子10を得ることができる。
【0081】
<機能性分子素子31の作製>
図3(a)は、機能性分子素子10の作製に用いた、π電子共役系分子1の構造式であり、図3(b)は、機能性分子素子10の作製の際に用いた溶媒であるテトラヒドロフラン(THF)の構造式である。図3(a)に示したπ電子共役系分子は、フレキシブルな側鎖部43として、パラ位にドデシル基−C1225が結合したフェニル基を有するビラジエノン誘導体の亜鉛錯体である。
【0082】
機能性分子素子10は、下記のようにして作製する。まず、中心金属イオンのないビラジエノンに酢酸亜鉛を反応させて、π電子共役系分子1を形成する。これをTHFに溶解させ、濃度2mMの溶液を作製する。一方、シリコンなどの基板上に厚さ5nmのクロム層と、厚さ20nmの金層を積層して形成し、電子ビームリソグラフィによって16nmのギャップを有する対向電極5および6を形成する。次に、溶液1μLを対向電極間のギャップの位置に滴下し、このまま7日間保存する。その後、室温で真空下においてTHF溶媒分子を蒸発させ、機能性分子素子10から除去する。
【0083】
<電気的測定>
機能性分子素子10は、電気的測定を行う前に、π電子共役系分子1に所定の配向状態をとらせるための前処理として、−2Vから+2Vまでのバイアス電圧を2時間以上をかけて印加する。この際、π電子共役系分子1を所定の配向状態に導くためには、印加するバイアス電圧を50mVずつ増加させていくのが重要である。そこで、初めに−2Vのバイアス電圧を印加し、1ステップにつき50mVずつバイアス電圧を増加させ、80ステップ後に+2Vのバイアス電圧になるようにする。この後、室温下において機能性分子素子10の電流電圧特性を測定する。
【0084】
図4は、本発明の本実施の形態に基づく機能性分子素子10が、室温下で示す電流電圧特性を示すグラフである。図4は、電流を流す前のグラフ(a)、上記−2Vから+2Vの電圧を20分間印加し続けた後のグラフ(b)、上記−2Vから+2Vの電圧を60分間印加し続けた後のグラフ(c)を示しており、電圧を印加して電流を流し続けることによって、機能性分子素子10の抵抗が減少することがわかる。
【0085】
図5は、印加する電圧を種々に変え、機能性分子素子10を流れる電流の時間変化を調べたグラフである。各グラフに付した電圧は印加電圧(V)である。図5から以下の傾向が読み取れる。
(1)電流の絶対値は、ある時間を経過した後に、時間とともに上昇を開始する。
(2)上昇後の電流値は、電圧の正負に対して非対称となる。
(3)上昇後の電流値の時間依存性は、概ね線形である。ただし、この上に時間ととも に増減する成分が加わっている。
【0086】
実施の形態2
実施の形態2では、主として、請求項11〜13に関わる例として、入力部に前記抵抗素子として機能性分子素子を備えたニューロン素子の例について説明する。
【0087】
図6は、本発明の実施の形態2に基づくニューロン素子の入力部と加算部の構成を示す説明図である。
【0088】
図6に示すように、入力部10にはシナプスに相当する機能性分子素子11が設けられており、他のニューロン素子からの各入力信号xi(i=1〜n)に対し、入力信号xiと、その入力に対応する結合荷重wi(i=1〜n)の積である重み付け信号wixi(i=1〜n)を作り出す。結合荷重wiはシナプスにおける信号伝達特性に対応する。
【0089】
具体的には、入力信号xi(i=1〜n)は、機能性分子素子11の一方の電極に電圧信号として印加される。機能性分子素子11の他方の電極は、加算部20のOPアンプ(演算増幅器)21の反転入力端子に接続され、実効的に接地電位に保たれている。この結果、機能性分子素子11の抵抗に反比例した電流が重み付け信号wixiに相当する電流信号として加算部20へ送り出される。
【0090】
機能性分子素子11の抵抗は、入力信号の受信に際し機能性分子素子11を流れた電流によって減少する。この結果、後続の入力信号の受信に際し機能性分子素子11を流れる電流が流れやすくなることによって、学習効果が得られる。また、入力信号の受信がないと、機能性分子素子11の抵抗は徐々に増加していき、学習効果が得られる。この学習の蓄積と消失によって、機能性分子素子11の抵抗値はその時点で最適な値に常に維持される。
【0091】
このニューロン素子50を用いて例えば、ホップフィールドネットワークなどの相互結合型ニューラルネットワークを構成すれば、自律的な学習機能を自動的に付与することができ、ホップフィールドネットワークを流れる電流のパターンとして最適値が与えられる。
【0092】
図6に示すように、加算部20はOPアンプ(演算増幅器)21からなる電流電圧変換回路である。入力部10の各入力回路11からの出力電流はOPアンプ21の反転入力端子に集められ、帰還抵抗22から流れ出すことによって、次式
X=w1x1+w2x2+・・・+wnxn
で定義される総和(ネット値)Xに対応する電圧信号を出力回路へ出力する。
【0093】
図6では省略したが、出力部はOPアンプなどからなり、例えばシグモイド型関数を出力として発生できる回路などで構成する。
【0094】
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、本発明はこれらの例に何ら限定されるものではなく、発明の主旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能であることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明は、ノイマン型コンピュータが不得意な、並列分散処理によるパターン認識、変数の多い組み合わせ最適化問題や逆行列計算、連想記憶、並びに自律的学習が必要とされる様々な分野に効果的に応用されるニューラルネットワーク情報処理装置の高性能化に寄与できる。
【図面の簡単な説明】
【0096】
【図1】本発明の実施の形態1に基づく抵抗素子である機能性分子素子の説明図(a)、および配列構造体の第1層のπ電子共役系分子(被吸着分子)の配向構造を示す説明図(b)である。
【図2】同、配列構造体を構成するπ電子共役系分子の分子構造の一例を示す構造式(a)、および、π電子共役系分子の略円盤状骨格部の立体構造を示すための模式図(b)である。
【図3】同、機能性分子素子の作製に用いたπ電子共役系分子および溶媒の分子構造を示す構造式である。
【図4】同、機能性分子素子の電流電圧特性を示すグラフである。
【図5】同、印加する電圧を種々に変え、機能性分子素子を流れる電流の時間変化を調べたグラフである。
【図6】本発明の実施の形態2に基づくニューロン素子の入力部と加算部の構成を示す説明図である。
【図7】神経細胞の構成を示す概略説明図である。
【図8】ニューロン素子の機能をモデル的に示す概略説明図(a)、および、従来の出力関数の例を示すグラフである。
【図9】階層型ニューラルネットワークの例を示す説明図(a)、および、相互結合型ニューラルネットワークの例を示す説明図(b)である。
【図10】従来のニューロン素子の入力部と加算部の構成の一例を示す説明図である。
【符号の説明】
【0097】
1…π電子共役系分子、2…略円盤状骨格部、3…フレキシブルな側鎖部、
4…配列構造体、5、6…電極、7…π電子共役系分子、
8…π電子共役系分子7の骨格部の略円盤面、9…被吸着分子、10…入力部、
11…機能性分子素子、20…加算部、21…OPアンプ(演算増幅器)、
22…帰還抵抗、50…ニューロン素子、100…神経細胞(ニューロン)、
101…細胞体、102…樹状突起、103…軸索、104…神経終末端、
105…シナプス、105a…入力側シナプス、105b…出力側シナプス、
106…入力側神経細胞、107…入力信号、108…出力信号、
109…出力側神経細胞、200…ニューロン素子、210…入力部、220…加算部、
230…出力部、300…階層型ネットワーク、301…ニューロン素子、
302…結合荷重w、310…入力層、320…中間層、330…出力層、
400…ホップフィールドネットワーク、401…ニューロン素子、
402…結合荷重wij、550…ニューロン素子、510…入力部、
511…入力回路、512…トランジスタ、513…ゲート端子、
550…ニューロン素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抵抗体の両側に電圧を印加して前記抵抗体中に電流を通じると、前記抵抗体の抵抗が減少する履歴現象を示す、抵抗素子。
【請求項2】
電圧の印加を停止し、電流を通じないでおくと、前記抵抗体の抵抗が通電前の抵抗値に向かって徐々に増加する、請求項1に記載した抵抗素子。
【請求項3】
抵抗体の両側に電圧を印加しないでおくと、前記抵抗体の抵抗が徐々に増加する、抵抗素子。
【請求項4】
前記抵抗体が有機機能性分子によって構成されている機能性分子素子である、請求項1〜3のいずれか1項に記載した抵抗素子。
【請求項5】
前記機能性分子素子において、
複数の電極が対向して配置された対向電極が形成されており、π電子共役系からなる 略平面形構造を有する骨格部に側鎖部が結合してなるπ電子共役系分子が、前記側鎖部 において前記電極に吸着されることによって、前記骨格部の前記略平面形構造が前記対 向電極に対してほぼ平行になるように配置された被吸着分子が、前記対向電極のいずれ に対しても形成され、
少なくとも前記被吸着分子と前記対向電極とからなる構造体が、前記対向電極間に印 加された印加電圧に応じて、前記略平面形構造に交差する方向に電流を流す機能を有す る、
請求項4に記載した抵抗素子。
【請求項6】
前記機能性分子素子において、
前記構造体の一部として、前記被吸着分子と同種のπ電子共役系分子又は/及び別種 のπ電子共役系分子が、前記被吸着分子の前記骨格部に対し、前記骨格部における分子 間π−πスタッキングによって一方向に積み重なった配列構造体が、前記対向電極間に 形成されており、
前記構造体は、前記配列構造体の積層方向に電流を流す機能を有する、
請求項5に記載した抵抗素子。
【請求項7】
前記機能性分子素子において、前記π電子共役系分子の前記側鎖部がフレキシブルな構造を有している、請求項5に記載した抵抗素子。
【請求項8】
前記π電子共役系分子の前記側鎖部が、アルキル基、アルコキシ基、シラニル基、或いはアルキル基、アルコキシ基、又はシラニル基が結合した芳香族環からなる、請求項7に記載した抵抗素子。
【請求項9】
前記機能性分子素子において、前記π電子共役系分子が、中心金属イオンとリニアテトラピロール誘導体との錯体である、請求項5に記載した抵抗素子。
【請求項10】
少なくとも前記π電子共役系分子が、下記一般式(1)で表されるビラジエノン誘導体である、請求項9に記載した抵抗素子。
一般式(1):
【化1】

(この一般式(1)において、R1、R2、R3、及びR4は、各々互いに独立した同一又は異なった、炭素数が3〜12のアルキル基である。)
【請求項11】
複数の入力信号を受け取り、各入力信号に対し、入力信号とその入力信号に対する結合荷重との積である重み付け信号を作り出す入力部と、前記の複数の重み付け信号の総和を求める加算部と、前記総和の関数として出力信号を出力する出力部とを有するニューロン素子において、
請求項1〜10のいずれか1項に記載した抵抗素子が、前記入力部において前記入力 信号から前記重み付け信号を作り出す素子として用いられ、
前記入力信号の受信に際し前記抵抗素子を流れた電流によって前記抵抗素子の抵抗が 減少し、この結果、後続の入力信号の受信に際し前記抵抗素子を流れる電流が流れやす くなることによって、学習効果が得られる
ことを特徴とする、ニューロン素子。
【請求項12】
前記入力信号の受信がないと、前記抵抗素子の前記抵抗が前記学習効果を得る前の抵抗値に向かって徐々に増加し、前記学習効果が失われていく、請求項11に記載したニューロン素子。
【請求項13】
複数の入力信号を受け取り、各入力信号に対し、入力信号とその入力信号に対する結合荷重との積である重み付け信号を作り出す入力部と、前記の複数の重み付け信号の総和を求める加算部と、前記総和の関数として出力信号を出力する出力部とを有するニューロン素子において、
請求項3に記載した抵抗素子が、前記入力部において前記入力信号から前記重み付け 信号を作り出す素子として用いられ、
前記入力信号の受信がないと、前記抵抗素子の前記抵抗が徐々に増加していく
ことを特徴とする、ニューロン素子。
【請求項14】
請求項11〜13のいずれか1項に記載したニューロン素子の複数個が接続されて形成されている、ニューラルネットワーク情報処理装置。
【請求項15】
前記ニューロン素子が複数の層に配置され、前記ニューロン素子同士が前記層間で結合され、階層型ニューラルネットワーク情報処理装置として構成されている、請求項14に記載したニューラルネットワーク情報処理装置。
【請求項16】
すべての前記ニューロン素子が互いに結合され、1つの層を形成する相互結合型ニューラルネットワーク情報処理装置として構成されている、請求項14に記載したニューラルネットワーク情報処理装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図5】
image rotate