説明

押込試験方法および押込試験装置

【課題】新規な押込試験装置を提供することを目的とする。
【解決手段】押込試験装置は、試料7に球圧子6を押込む押込試験装置である。この押込試験装置は、押込位置を変化させるアクチュエータ2と、試料厚さを用いて試料7の相当押込ひずみを算出し、前記相当押込ひずみを用いて前記試料7のヤング率を算出するヤング率算出部と、前記試料厚さと前記ヤング率のいずれかまたは双方を補正する試料厚さ・ヤング率補正部を有する。ここで、試料厚さを同定する試料厚さ同定部を有することが好ましい。また、試料は生体軟組織であることが好ましい。また、試料厚さとヤング率の補正情報から病変部の位置を同定する病変部位置同定部を有することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な押込試験方法に関する。また、本発明は、前記の押込試験方法を用いる、新規な押込試験装置に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料の変形などの特性を調べるため用いられる引張試験は、客観性を有する評価方法として一般的であるが、試料などから試験片を切り出す必要性があり、この侵襲性の高さから製品中の素材や生きたままの生体組織への適用が困難である。
【0003】
一方、同様に材料の硬さ計測で一般に使用されている押込試験は、試験片を切り出す必要がないことなどから低侵襲計測が可能となる。この押込試験は、金属材料に対してはHertzの弾性接触理論が高い信頼性を持っている事が知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
また、押込試験は生体軟組織のような大変形を伴う軟材料の構成関係の計測に使用される例がいくつかある(例えば、非特許文献2〜5参照)。
【0005】
しかしながら、上述した押込試験による生体軟組織のような大変形を伴う軟材料の構成関係の計測では、Hertzの弾性接触理論の高信頼性が沢俊行によって示されているが微小変形の範囲内であり、また高谷治らによる生体軟組織への適用はHertzの弾性接触理論と本質的に等価なN値による手法である。また、N値と併せて負荷・除荷過程のエネルギー損失から同定する有馬義貴らの手法も、Hertzの弾性接触理論と同様に半無限体を仮定するもので厚さの影響は考慮されていない。この厚さに関しては、N.E.WATERSの研究報告があるがその影響を示したものであって、応力-ひずみ関係と対応付けた評価には至っていない。さらに非可逆挙動に着目した石橋達弥らによる高分子材料への適用報告があるものの、可逆性の高い軟材料への適用は困難であるという問題がある。
【0006】
一方、近年乳ガンとその診療技術についての進歩が急速になっている。乳ガンの進行と治療乳ガンは、乳腺やその周囲の乳房組織に発生する癌腫であり、その進行の過程で石灰化やしこり等の組織変化を伴う疾患である。このため、その診療においては視触診や超音波検査、さらにはX 線を用いたマンモグラフィ検査が行われ、より進行したケースでは外科療法が施されることとなる。
【0007】
乳ガンの診療技術は、乳ガンの定期検診に観られるように、すでに先述の視触診や超音波検査などが広く実施されており、さらにはマンモグラフィ検査について乳ガンの疑いが高い受診者ばかりか全ての受診者に施すよう働きかけを強めている自治体も出てきている。
【0008】
しかしながら、このような状況においても乳ガンの定期検診の受診率は必ずしも高くなく、この理由として視触診や超音波診断の精度の低さ、あるいは高額かつ場合によっては痛みを伴うマンモグラフィ検査が敬遠されている点が挙げられている。
【0009】
触診は、組織の微妙な状態の違いを術者が指先で感じ取ることにより様々な所見を得ることができる方法であり、その簡便性から初期診断の最も基本的は手段の1つとなっている。
【0010】
なお、発明者は、本発明に関連する技術内容を開示している(特許文献1および非特許文献6〜11参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開第WO/2010/084840号
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】T. Sawa, Practical Material Mechanics, (2007), pp.258-279, Nikkei Business Publications, Inc.(in Japanese)
【非特許文献2】O. Takatani, T. Akatsuka, The Clinical Measurement Method of Hardness of Organism, Journal of the Society of Instrument and Control Engineers, Vol.14, No.3, (1975), pp.281-291. (in Japanese)
【非特許文献3】Y. Arima, T. Yano, Basic Study on Objectification of Palpation, Japanese Journal of Medical Electronics and Biological Engineering, Vol.36, No.4, (1998), pp.321-336. (in Japanese)
【非特許文献4】N. E. Waters, The Indentation of Thin Rubber Sheets by Spherical indentors, British Journal of Applied Physics, Vol.16, Issue 4, (1965), pp.557-563.
【非特許文献5】T. Ishibashi, S. Shimoda, T Furukawa, I. Nitta and H. Yoshida, The Measuring Method about Young’s Modulus of Plastics Using the Indenting Hardness Test by a Spherical Indenter, Transactions of the Japan Society of Mechanical Engineers, Series A, Vol.53, No.495, (1987), pp.2193-2202. (in Japanese)
【非特許文献6】M. Tani, A. Sakuma, M. Ogasawara, M. Shinomiya, Minimally Invasive Evaluation of Mechanical Behavior of Biological Soft Tissue using Indentation Testing, No.08-53, (2009), pp.183-184.
【非特許文献7】M. Tani, A. Sakuma, Measurement of Thickness and Young’s Modulus of Soft Materials by using Spherical Indentation Testing,No.58, (2009), pp.365-366.
【非特許文献8】A. Sakuma, M. Tani, Spherical Indentation Technique for Low-invasive Measurement for Young’s Modulus of Human Soft Tissue,No.09-3, (2009), pp.784-785.
【非特許文献9】M. Tani and A. Sakuma, Evaluation of Thickness and Young's Modulus of Soft Materials by using Spherical Indentation Testing, Transactions of the Japan Society of Mechanical Engineers, Series A, Vol.75, No.755, (2009),pp.901-908.(in Japanese)
【非特許文献10】A. Sakuma, Softness Evaluation of Human Skin by Spherical Indentation imitating Palpation, The 36th Annual Meeting of Japan Cosmetic Science Society, Vol.36, (2011), p.79. (in Japanese)
【非特許文献11】A. Sakuma, K. Tanabe, K. Kawagoe and M. Ogasawara, Evaluation of Thin Soft Tissues by Indentation System imitating Palpation, JSME Annual Meeting, Vol.2011, No.11-1 (DVD-ROM edition), p.J022054. (in Japanese)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述したように、触診は、組織の微妙な状態の違いを術者が指先で感じ取ることにより様々な所見を得ることができる方法であり、その簡便性から初期診断の最も基本的は手段の1つとなっている一方で、術者の経験の差異により同じ症状でも違った診断が下されることが解決すべき課題となっている。
【0014】
そこで、触診のような押込みにより検査対象を変形させる過程で得られる計測データについて、これを数理的に処理することによって、客観的かつ定量的に計測する方法および装置の開発が望まれている。また、上記乳ガンの診療技術ばかりでなく、試料中に異物が存在する場合の定量的な計測にも応用するできる方法および装置の開発が望まれている。
【0015】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、新規な押込試験方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、前記の押込試験方法を用いる、新規な押込試験装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決し、本発明の目的を達成するため、本発明の押込試験方法は、試料に球圧子を押込む押込試験方法において、押込位置を変化させ、試料厚さを用いて試料の相当押込ひずみを算出し、前記相当押込ひずみを用いて前記試料のヤング率を算出し、前記試料厚さと前記ヤング率のいずれかまたは双方を補正することを特徴とする。
【0017】
ここで、限定されるわけではないが、試料厚さを同定することが好ましい。また、限定されるわけではないが、試料は、生体軟組織であることが好ましい。また、限定されるわけではないが、試料厚さとヤング率の補正情報から病変部の位置を同定することが好ましい。
【0018】
本発明の押込試験装置は、試料に球圧子を押込む押込試験装置において、押込位置を変化させるアクチュエータと、試料厚さを用いて試料の相当押込ひずみを算出し、前記相当押込ひずみを用いて前記試料のヤング率を算出するヤング率算出部と、前記試料厚さと前記ヤング率のいずれかまたは双方を補正する試料厚さ・ヤング率補正部を有することを特徴とする。
【0019】
ここで、限定されるわけではないが、試料厚さを同定する試料厚さ同定部を有することが好ましい。また、限定されるわけではないが、試料は生体軟組織であることが好ましい。また、限定されるわけではないが、試料厚さとヤング率の補正情報から病変部の位置を同定する病変部位置同定部を有することが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、以下に記載されるような効果を奏する。
【0021】
本発明の押込試験方法は、試料に球圧子を押込む押込試験方法において、押込位置を変化させ、試料厚さを用いて試料の相当押込ひずみを算出し、前記相当押込ひずみを用いて前記試料のヤング率を算出し、前記試料厚さと前記ヤング率のいずれかまたは双方を補正するので、新規な押込試験方法を提供することができる。
【0022】
本発明の押込試験装置は、試料に球圧子を押込む押込試験装置において、押込位置を変化させるアクチュエータと、試料厚さを用いて試料の相当押込ひずみを算出し、前記相当押込ひずみを用いて前記試料のヤング率を算出するヤング率算出部と、前記試料厚さと前記ヤング率のいずれかまたは双方を補正する試料厚さ・ヤング率補正部を有するので、新規な押込試験装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】球圧子と平面試料の接触状態を示す図である。
【図2】荷重と押込量の関係を示す図である。
【図3】(a)球圧子押込係数と押込量の関係を示す図であり、(b) 試料厚さと球圧子押込係数の2 次導関数との関係を示す図である。
【図4】楕円体形状の圧縮領域を示す図である。
【図5】試料厚さと接触時のYoung 率の2次導関数の関係を示す図である。
【図6】押込試験機の概略を示す図である。
【図7】押込試験装置の構成を示す図である。
【図8】(a)押し込む圧子の位置を変化させた一様な厚さの試料への押し込み試験の概念図であり、(b)押し込む圧子の位置を変化させた厚さに変化がある試料への押し込み試験の概念図である。
【図9】底に病変部がある試料に対する測定の概念図である。(a)試料の厚さhの分布および初期Young率E0の分布の測定結果であり、(b)試料の厚さhを補正した同定結果である。
【図10】表面に病変部がある試料に対する測定の概念図である。(a)試料の厚さhの分布および初期Young率E0の分布の測定結果であり、(b)試料の初期Young率E0を補正した同定結果である。
【図11】中位に病変部がある試料に対する測定の概念図である。(a)試料の厚さhの分布および初期Young率E0の分布の測定結果であり、(b)試料の厚さhおよび初期Young率E0を補正した同定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、押込試験方法および押込試験装置にかかる発明を実施するための形態について説明する。
【0025】
押込試験方法は、試料に球圧子を押込む押込試験方法において、試料厚さを同定し、前記試料厚さを用いて試料の相当押込ひずみを算出し、前記相当押込ひずみを用いて試料のヤング率を算出する方法である。
【0026】
押込試験装置は、試料に球圧子を押込む押込試験装置において、試料厚さを同定する試料厚さ同定部と、前記試料厚さを用いて試料の相当押込ひずみを算出する相当押込ひずみ算出部と、前記相当押込ひずみを用いて試料のヤング率を算出するヤング率算出部を有する装置である。
【0027】
なお、本明細書の文章において、英文字記号にハット記号を付すものを「(英文字記号)ハット」と記載し、英文字記号にオーバーラインを付すものを「(英文字記号)オーバーライン」と記載し、英文字記号に2次微分係数を付すものを「(英文字記号)2次微分係数」と記載する。
【0028】
押込試験の評価法について説明する。まず、有限体試料の接触変形について説明する。
半無限体試料に対して十分に硬い球圧子を押込むとき、Hertz の弾性接触理論を用いると、図1に示す押込荷重Fと押込量δの関係が以下のように表現される。
【0029】
【数1】

【0030】
ただし、係数Aは次の関係である。
【0031】
【数2】

【0032】
ここで、φ,Eおよびνはそれぞれ球圧子の直径、試料のヤング率(以下、「Young率」ともいう)およびポアソン比(以下、「Poisson比」ともいう)である。さらに、図1の半径aの接触面に対して試料の荷重面上で半径r方向にp(r)で示される荷重分布が仮定されることにより、接触面中央の応力σは以下の式で表現される。
【0033】
【数3】

【0034】
また、押込荷重Fとひずみεの関数として、Young率E が式(3)とHooke則σ=Eεから次式のように導出される。
【0035】
【数4】

【0036】
ここで、これら式(1)と(4)の関係から、半無限体試料と剛体球の接触によるひずみが圧子直径φおよび押込量δによって次式;
【0037】
【数5】

【0038】
で一意に求めることができる。このεHオーバーラインをHertzひずみ(Hertz strain) と称する。
【0039】
剛体上に置かれた様々な厚さhi(i=1,2,--,∞)の試料上へ球圧子の押込試験を考えるとき、圧子の荷重面と反対にある剛体の影響で、図2に示すような荷重F-押込量δ曲線が得られる。無限厚さhを有する半無限体試料に対する押込試験では、Hertzの弾性接触理論で説明できるような破線で示される荷重Fの曲線を得られるが、有限体試料では一般に荷重Fハットが半無限体試料の結果より大きい次の関係の結果となる。
【0040】
【数6】

【0041】
この試料厚さhiの違いによる荷重Fハットへの影響について、Hertzの弾性接触理論が適用できると仮定して考えると、式(1) から
【0042】
【数7】

【0043】
となる関係が得られるので、押込量δに関する係数A,Aハットについて次の関係を得られる。
【0044】
【数8】

【0045】
さらに、圧子直径φおよび試料のPoisson比νに変化がないものとすれば、式(2)より次式の関係が得られることから、有限体試料の押込試験結果へのHertzの弾性接触理論の適用によって求めたYoung率Eハットは本来の値Eより高くなる。
【0046】
【数9】

【0047】
このようにして得たYoung率Eハットを、球圧子押込係数(spherical indentation modulus)と呼ぶこととする。
【0048】
式(9)に示したように、半無限体試料を前提とするHertzの弾性接触理論による式(1)を有限体試料に適用すると、球圧子押込係数Eハットに厚さhiの影響が表れるため、この現象を利用した試料厚さhiの同定を考える。
【0049】
この球圧子押込係数Eハットの同定に関して、変形量が微小である接触した瞬間については試料厚さhiの差異による影響が小さいと考えられる。つまり接触した瞬間では、任意の厚さhiに対して式(1)の適用条件から次式の関係を考えることができる。
【0050】
【数10】

【0051】
一方、試料厚さhiが小さいほど試料の下にある剛体の影響が早期に表れるため、図3(a) の実線に示すように、押込みに伴う球圧子押込係数Eハットの同定結果の上昇が顕著になる。この上昇は試料の厚さがhi<hi+1の関係を持つ場合に次の関係で表される。
【0052】
【数11】

【0053】
このことから、試料厚さhiと球圧子押込係数の2次導関数Eハット・2次微分係数には次式の関係
【0054】
【数12】

【0055】
を考えることが可能となり、図3(b)に示すような関数f(Eハット・2次微分係数)を得ることができれば、接触開始時の情報から試料厚さhiの演繹が可能となる。
【0056】
押込変形の評価法について説明する。軟材料の押込過程においては、荷重面における表面形状の大きな変化のように、圧子の押込みによって試料中の変形領域が著しく変化する現象が観られる。このことから、押込変形を球圧子による接触変形に圧縮変形の効果を重ね合わせることを考える。
【0057】
このとき、まず接触の効果はHertzひずみεHオーバーラインで表現し、さらに圧縮は軟らかさによる圧縮変形の領域体積の変化率εVオーバーラインで表すものとして、次の関係を定義する。
【0058】
【数13】

【0059】
このεIオーバーラインは、押込過程で試料中に生じる3次元的なひずみ分布を等価的な単軸ひずみで表そうとしたもので、これを相当押込ひずみ(equivalent indentation strain) と呼ぶこととする。
【0060】
軟材料の球圧子による押込過程において、試料中でも特に著しい荷重による変形を伴う圧縮領域Vを考える。この領域Vについて、図4の網掛け部で示すように、試料の初期表面と圧子表面の相貫線上で圧子球表面に直交し、かつ試料の下部境界面にも直交する楕円体を考える。このとき、荷重軸zから下部境界面における交線までの距離βと楕円体の高さαを用いて表される楕円の関数
【0061】
【数14】

【0062】
を用いると、圧縮領域の体積Vは次の式で表現できる。
【0063】
【数15】

【0064】
圧縮領域に生じるひずみはその領域変化dVから求めることができるが、この領域変化dVを圧縮領域の上面の移動量dδで簡易的に表す方法を検討する。このとき、領域変化dVは移動量dδを用いて次式で表すことができる。
【0065】
【数16】

【0066】
さらに、圧縮領域Vの変化率εVオーバーラインの増分dεVオーバーラインが次式で定義できる。
【0067】
【数17】

【0068】
したがって、圧縮領域に生じたひずみεVオーバーラインは次式で表現できる。
【0069】
【数18】

【0070】
これより、式(13)の相当押込ひずみεIオーバーラインは次式となる。
【0071】
【数19】

【0072】
この相当押込ひずみεIオーバーラインは、圧子直径φを無限大とすれば
【0073】
【数20】

【0074】
となり、単軸の公称ひずみとなる。一方で、これは厚さhを無限大とすれば
【0075】
【数21】

【0076】
となってHertzひずみεHオーバーラインと一致する。
これらのことから、式(19)で表される相当押込ひずみεIオーバーラインは接触変形と圧縮変形の両方を表現できる特性があることがわかる。
【0077】
式(19)の相当押込ひずみεIオーバーラインが単軸変形を等価的に表現できるとすれば、試料中に生じた応力σとの関係で次式を想定できる。
【0078】
【数22】

【0079】
さらに、この接触部における応力σと荷重Fハットの関係で式(3)が成立するならば、試料のYoung率Eは相当押込ひずみεIオーバーラインを用いて次式で導出可能となる。
【0080】
【数23】

【0081】
この式(23)と相当押込ひずみεIオーバーラインを表す式(19)、さらに上述した試料厚さhiを求める方法を併用することによっては、球圧子の直径φと荷重Fハット、押込量δの関係から試料のYoung率Eの評価が原理的に可能となる。
【0082】
つぎに、試料厚さhiが小さくなるにつれて荷重曲線の傾きが大きくなる図2の実線で示す現象について、これを押込量δの関数形あるいは見かけのYoung率Eハットで考慮することで、Hertzの理論式(1)を拡張した次式を考える。
【0083】
【数24】

【0084】
ここで、本来のYoung率Eと見かけのYoung率Eハットとの間には次の関係が成立する。
【0085】
【数25】

【0086】
これは、図3(a)で示すように、接触開始時では本来のYoung率Eと見かけのYoung率Eハットが同値E0であるのに対して、押込みが進行するにつれて見かけのYoung率Eハットが本来のYoung率Eより高く計測される現象を表している。
【0087】
この現象の試料厚さhと接触時のYoung率の2次導関数Eハット・2次微分係数の関係は、図5に示すような指数的関係で近似できることが分かっており、これを次式で表す。
【0088】
【数26】

【0089】
ここで、GはYoung率の2次導関数を無次元化する係数であり、Hは試料厚さの係数となる。
【0090】
したがって、接触時のYoung率2次導関数Eハット・2次微分係数から式(26)により試料厚さhが求められ、これにより式(13)の相当押込ひずみεIオーバーラインも求められる。さらにこれと押込荷重Fハットから、様々な厚さの試料のYoung率Eを式(23)で求めることができる。
【0091】
この式(23)で求められるYoung率は、様々な厚さの試料に対する実験的検証から、厚さに依らないことが確認されている[1]。さらに多様な硬さや形状への適用性も確認できれば、この計測法によって生体軟組織などの複雑な変形特性や形状を有する試料の評価も可能となる。
【0092】
つぎに、評価法の検証について説明する。まず、押込試験装置とその条件について説明する。評価法の検証のため、図6 に示す押込試験機を用いる。この押込試験機は、垂直アクチュエータ1が水平アクチュエータ2に取り付けられており、この垂直アクチュエータ1にはステージ3が取り付けられている。ステージ3には荷重軸5が取り付けられており、垂直アクチュエータ1と水平アクチュエータ2をパーソナルコンピュータ(PC)で操作することで荷重軸5の位置を制御する形式となっている。荷重軸5の先に取り付けられた球圧子6に作用する荷重は荷重軸5に取り付けたロードセル4から取得し、押込量は荷重軸5を取り付けたステージ3の移動量として、これを垂直アクチュエータ1および水平アクチュエータ2から取得する。
【0093】
図7に示すように、押込試験システム20は、押込試験機19のロードセル4から送られてきた荷重値Fおよび垂直アクチュエータ1の中にある垂直ポテンショメータ9から送られてきた押込量δからヤング率を算出するもので、同時に押込試験機19の動きも押込位置・押込量制御部18で制御している。このとき、送られてきた押込量δと算出されたヤング率からは、試料厚さが同定されることとなり、この同定され算出された試料厚さを基に試料厚さの影響を考慮したひずみが算出され、試料厚さの影響を考慮したヤング率が算出されることとなる。さらに、試料厚さ同定部12とヤング率算出部14で求められる試料厚さとヤング率の情報は、水平アクチュエータ2の中にある水平ポテンショメータ10から得られる押込位置の情報を用いて試料厚さ・初期ヤング率補正部15において補正される。この補正情報から病変部位置同定部16で病変部の位置が同定されることとなる。これらCPU部11で扱われたデータに関しては、全て記憶装置部17で記録される仕組みとなっている。
【0094】
圧子の押し込む位置を変化させた試験について説明する。試験方法は、検査対象へ球圧子を押し込み、この押し込んだ際の押し込み量と反力の関係を数理的に処理するものである。この押し込みによる試験装置としては、上述したように、球圧子を試料へ押し込む機構と反力を計測する部分、および演算する部分を備え、さらに押し込む球圧子の位置を変化させられる機構を備えたものを用いる(図8(a))。
【0095】
この図8(a)に示す球圧子の押し込む位置を変化させた試験方法を用いると、試料の厚さhおよび初期Young率E0の分布を図8(a)中のグラフのように求めることができる。さらに表面が平坦であっても試料の厚さに変化がある場合は、図8(b)のグラフのように試料の厚さhおよび初期Young率E0の分布を求めることができる。
【0096】
本発明による病変部の評価方法について説明する。最初に、底に病変部がある試料の測定について説明する。
図9(a)に示すような試料の底に病変部がある場合には、試料の厚さhおよび初期Young率E0の分布は図8(b)と同様に図9(a)中のグラフのような厚さhに変化がある結果として測定できる。
【0097】
ここで、この測定された試料の厚さhの分布を図9(b)中のグラフのように補正すると、この補正によっては図9(b)中の最上部のグラフに示すように試料の底には病変部があると解釈することができる。すなわち、図9(a)中の最上部に示すように試料内部の力学的構造分布を同定できる。
【0098】
つぎに、表面に病変部がある試料の測定について説明する。
図10(a)に示すような試料の表面に病変部がある場合には、試料の厚さhおよび初期Young率E0の分布は図10(a)中のグラフのような初期Young率E0に変化がある結果として測定できる。
【0099】
ここで、この測定された試料の初期Young率E0の分布を図10(b)中のグラフのように補正すると、この補正によっては図10(b)中の最上部のグラフに示すように試料の表面には病変部があると解釈することができる。すなわち、図10(a)中の最上部に示すように試料内部の力学的構造分布を同定できる。
【0100】
中位に病変部がある試料の測定について説明する。
図11(a)に示すような試料の中位に病変部がある場合には、試料の厚さhおよび初期Young率E0の分布は図11(a)中のグラフのような厚さhおよび初期Young率E0ともに変化がある結果として測定できる。
【0101】
ここで、この測定された試料の厚さhおよび初期Young率E0の分布を図11(b)中のグラフのように補正すると、この補正によっては図11(b)中の最上部のグラフに示すように試料の中位には病変部があると解釈することができる。すなわち、図11(a)中の最上部に示すように試料内部の力学的構造分布を同定できる。
【0102】
なお、試料厚さの同定方法は、上述の方法に限定されるものではない。このほか試料厚さの同定方法としては、CT、MRI、超音波画像診断、光干渉断層計などを採用することができる。
【0103】
本発明の用途は、上述の乳ガンの診療技術に限定されるものではない。このほか本発明の用途としては、肝硬変、動脈硬化、食品内異物検査、高分子材料内欠陥検査などを採用することができる。
【0104】
本発明によれば、以下のような効果が得られる。
痛み等の侵襲性が低く、しかも簡素かつ安全・安価な乳ガンの診療技術を提供することができる。
触診のような押込みにより検査対象を変形させる過程で得られる計測データについて、これを数理的に処理することによって病変の程度や位置、範囲を客観的かつ定量的に計測する方法および装置を提供することができる。
この効果は、環境変化に敏感な生体軟組織の特性に基づいたものであることから、日常の生活でみられるハリやコリの部位同定、打撲の位置や程度の客観的計測などでも利用することができる。
【0105】
なお、本発明は上述の発明を実施するための形態に限らず本発明の要旨を逸脱することなくその他種々の構成を採り得ることはもちろんである。
【0106】
[参考文献]
[1] M. Tani and A. Sakuma, Evaluation of Thickness and Young's Modulus of Soft Materials by using Spherical Indentation Testing, Transactions of the Japan Society of Mechanical Engineers, Series A, Vol.75, No.755, (2009),pp.901-908.(in Japanese)
【符号の説明】
【0107】
1‥‥垂直アクチュエータ、2‥‥水平アクチュエータ、3‥‥ステージ、4‥‥ロードセル、5‥‥荷重軸、6‥‥球圧子、7‥‥試料、8‥‥テーブル、9‥‥垂直ポテンショメータ、10‥‥水平ポテンショメータ、11‥‥CPU部、12‥‥試料厚さ同定部、13‥‥ひずみ算出部、14‥‥ヤング率算出部、15‥‥試料厚さ・初期ヤング率補正部、16‥‥病変部位置同定部、17‥‥記憶装置部、18‥‥押込位置・押込量制御部、19‥‥、押込試験機20‥‥押込試験システム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に球圧子を押込む、押込試験方法において、
押込位置を変化させ、
試料厚さを用いて、試料の相当押込ひずみを算出し、
前記相当押込ひずみを用いて、前記試料のヤング率を算出し、
前記試料厚さと前記ヤング率のいずれかまたは双方を補正する
ことを特徴とする押込試験方法。
【請求項2】
試料厚さを同定する
ことを特徴とする請求項1記載の押込試験方法。
【請求項3】
試料は、生体軟組織である
ことを特徴とする請求項1記載の押込試験方法。
【請求項4】
試料厚さとヤング率の補正情報から病変部の位置を同定する
ことを特徴とする請求項3記載の押込試験方法。
【請求項5】
試料に球圧子を押込む、押込試験装置において、
押込位置を変化させるアクチュエータと、
試料厚さを用いて試料の相当押込ひずみを算出し、前記相当押込ひずみを用いて前記試料のヤング率を算出するヤング率算出部と、
前記試料厚さと前記ヤング率のいずれかまたは双方を補正する試料厚さ・ヤング率補正部を有する
ことを特徴とする押込試験装置。
【請求項6】
試料厚さを同定する試料厚さ同定部を有する
ことを特徴とする請求項5記載の押込試験装置。
【請求項7】
試料は、生体軟組織である
ことを特徴とする請求項5記載の押込試験装置。
【請求項8】
試料厚さとヤング率の補正情報から病変部の位置を同定する病変部位置同定部を有する
ことを特徴とする請求項7記載の押込試験装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−88212(P2013−88212A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−227519(P2011−227519)
【出願日】平成23年10月16日(2011.10.16)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)