説明

指紋読取りセンサ

【課題】指紋読取りセンサにおける残留指紋の原因となるその表面に付着する汗腺より吹き出る汗の水滴を散逸させ取り去る。
【解決手段】その最小構成単位であるエレクトロード2を縦方向と横方向のグリッド1で区切られた半導体センサをコーティング層で覆って構成される指紋読取りセンサにおいて、グリッド1上のコーティング層32表面にグリッド1に沿って溝30を刻設し、汗腺より吹き出る汗の水滴を溝より排出するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、残留指紋の原因となるその表面に付着する汗腺より吹き出る汗の水滴を散逸または取り去るようにした指紋読取りセンサに関するものである。
【背景技術】
【0002】
本人確認手段として指紋を用いる場合、フェイク指紋(擬似指紋)を用いた犯罪の存在が、今後の克服すべき課題の一つとして指摘されている(非特許文献1)。近年わが国の空港においても外国人訪問者に対して指紋による犯罪歴等の紹介システムが導入されたが、指に他人の指紋を複製した膜を貼り付けた女性が、空港の税関を易々と通り抜けたニュースは、広く海外でも紹介された。
【0003】
一方、他人の指紋の盗撮方法としては、残留指紋の採取が知られている(非特許文献2)。
【0004】
指の接触式指紋読取りセンサを用いて指紋を読取らせ、そのデータを照合して本人確認する場合、指紋読取りセンサの表面には、指から放出された汗が付着するが、指の汗腺は、指紋を形成する隆線上に配列されているため(図4参照)、センサの表面に残された付着物は、その指固有の指紋(隆線)と同じ紋様を呈する。このセンサの表面に残された紋様が「残留指紋」と呼ばれるものである。
【0005】
この「残留指紋」を油紙のような吸湿性の高いシートに転写し、これを版下として擬似指の膜を成形することにより、前述の悪用された擬似指紋膜が作られる。
【0006】
「残留指紋」の盗用を防ぐ装置として、指紋が残留しないように例えば指紋認識センサに対して指の滑動方向の一部または装置の指が置かれる部分を開口又は凹状にすることにより指が当る面を欠落させる工夫が提案されている(特開2008-117086)。
【0007】
しかし、固定されたセンサ表面に指を当てることにより照合用の指紋画像を採取する従来の技術では、この「残留指紋」の問題は、克服すべき大きな課題である。また、指からの放出、転写物がセンサの表面に付着して残った状態で次の被験者が、指を乗せること事態が、衛生上問題となり、利用者の受容性を著しく損なうことになる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本願発明者は、残留指紋を散逸、消去するための色々な実験を試みた。残留指紋は指から発散された汗の水滴の集合から構成されるので、汗の水滴が接触する固体表面の濡れにくさ(撥水性が高く、界面張力が大きい)と濡れやすさ(吸水性、浸透性が高く、界面張力が小さい)について検討した。
【0009】
図6(a)は、濡れにくい(撥水性が高く、界面張力が大きい)固体3表面で液滴4が、ほぼ球状または楕円状になり、大きい濡れ角θ5が、大きいまま維持される様子を示す。一方図6(b)は、濡れやすい(吸水性、浸透性が高く、界面張力が小さい)固体3表面では、液滴4の形状は保たれず、広がって濡れ角θ5が、小さくなる様子を表す。
【0010】
半導体指紋読取りセンサの表面の強度を保証するためのコーティングとしてしばしば用いられるシリコンナイトライドやシリコンオキシナイトライドの表面は濡れやすいことが知られているが、このような固体表面に液体が付着した場合にも、濡れ角(接触角θ5)は小さくはなるが、図2.(b)でも明らかなように、形状がそのまま維持され、残留指紋はセンサ表面に残り続けることが明らかになった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特願平7−340509
【特許文献2】特開2008-117086
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】宇根正志・松本勉,「生体認証システムにおける脆弱性について:身体的特徴の偽造に関する脆弱性を中心に」,『金融研究』第24 巻第2 号,日本銀行金融研究所,35 〜84頁,2005 年7 月
【非特許文献2】「指紋認証装置によるテスト環境構築および偽造指紋への耐性試験」www.cac.co.jp/softechs/pdf/st2601_10.pdf
【非特許文献3】表面科学 Vol. 26, No. 11, pp. 700―703, 2005,T.Anzaki,「汚れない窓ガラス」
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願第1発明は、上述の事情に鑑みて、その最小構成単位であるエレクトロードを縦方向と横方向のグリッドで区切られた半導体センサをコーティング層で覆って構成される指紋読取りセンサにおいて、上記グリッド上のコーティング層表面に該グリッドに沿って溝を刻設した指紋読取りセンサを提案するものである。
【0014】
本願第2発明は、その最小構成単位であるエレクトロードを縦方向と横方向のグリッドで区切られた半導体センサをコーティング層で覆って構成される指紋読取りセンサにおいて、コーティング層の表面に超親水性として知られるアナターゼ型の酸化チタンの薄膜を積層させ、上記格子上の酸化チタンの薄膜表面に該格子に沿って溝を刻設した指紋読取りセンサを提案するものである。
【0015】
以上の構成により、残留指紋を形成する汗の水滴を溝に流し去り、残留指紋の相対的な図形の痕跡を崩すことができ、残留指紋の痕跡の悪用を防ぐことができる。
【0016】
また、汗の水滴を排出する溝は電位零に保たれ、即ちセンサの不感部分であるグリッド上に形成されるため、排出される汗の水滴は電気的に検出されず、次の指紋画像採取の際の画像に影響を与えることもない。
【0017】
本願第2発明では、コーティング層表面に界面張力の小さな超親水性を持つアナターゼ型の酸化チタン薄膜を積層した後、この薄膜に汗の水滴排出溝を刻設するため、残留指紋の痕跡をより速やかに散逸、消去できる。
【0018】
なお、溝は縦方向、横方向何れの方向の格子上に刻設しても良いが、縦方向または横方向の格子何れか一方向のみに刻設することにより汗の水滴の拭き取りを容易に行うことができる。
【0019】
以上本願発明によれば、残留指紋を形成する汗の水滴を溝に流し去り、残留指紋の相対的な図形の痕跡を崩すことができ、残留指紋の痕跡の悪用を防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】指紋読取り部に指を当てた状態における一般的な静電容量検知方式の半導体指紋読取りセンサ
【図2】指紋読取り部11の一部の拡大図
【図3】本願第1発明の実施例を示す図2におけるA―A線方向の断面図
【図4】半導体指紋読取りセンサで読取られた指紋の画像(a)、その一部を拡大した画像(b)
【図5】本願第2発明の実施例を示す図3と同様の断面図
【図6】固体表面に付着した液体の濡れ角度θの説明図、(a)は固体表面が濡れにくい場合、(b)は固体表面が濡れやすい場合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
その最小構成単位であるエレクトロードを縦方向と横方向のグリッドで区切られた半導体センサをコーティング層で覆って構成される指紋読取りセンサにおいて、上記グリッド上のコーティング層表面に該グリッドに沿って溝を刻設し、汗腺より吹き出る汗の水滴を該溝より排出するようにしたことを特徴とする指紋読取りセンサ。
【実施例1】
【0022】
以下、本発明による半導体指紋センサの実施方法について図を参照して説明する。
図1は指紋読取り部11に指15を当てた状態における一般的な静電容量検知方式の半導体指紋読取りセンサ1を示すものであり、13は制御回路部、14は外部回路との接続端子列である。
【0023】
図2は指紋読取り部11の一部12の拡大図であり、2はディジタル指紋画像の最小構成単位である画素(ピクセル)に対応する信号出力を司る半導体センサ上の最小構成単位エレクトロードであり、エレクトロード2間の境界に電位零に保持されるグリッド1が縦方向と横方向に配置される。なお、特別な仕様の指紋センサを除き1つのエレクトロードの大きさは、凡そ40μm×40μm程で、グリッドのピッチは50μm×50μmが用いられている。
【0024】
図3は、本願第1発明の実施例を示す図2におけるA―A線方向の断面図であり、本願第1発明の実施例半導体の基材31(機能に合わせて複数のレイヤーが配置される)の上にエレクトロード2とグリッド1が積層され、その上をコーティング層32で覆い、コーティング層32の表面にレーザーやサンドブラストを用いて各グリッド1の中心に幅10μmの溝30を刻設する。
【0025】
一方、図4aは、図3のようにして読取られた指紋の画像20、図4bはその一部を拡大した際の画像21を示す。図4bの21の中で隆線23と谷線24が指紋を構成する。隆線23の上にほぼ周期的に並んで白く見える点列が、汗腺22である。この汗腺22から吹き出る汗の水滴が、残留指紋を形成する。ここで、隆線のピッチ(隆線に垂直な方向の周期)は、統計的に平均0.6mm(600μm)、汗腺のピッチは、平均的に約20μmとされている。
【0026】
したがって、一組の隆線と谷線当り約12個のエレクトロード2が、その凹凸の変化を測定し電気的信号として出力する。また、一つの汗腺から放出される汗は、水滴が結合して増大化する経時変化を考慮から除外しても凡そ1本以上のグリッド1に接触することになる。
【0027】
指紋センサの表面に接触した指の隆線上の汗腺から排出される汗の水滴が接し、指が離された際に残った水滴は、確実に上述の各グリッド1の中心位置に刻設された幅10μmの溝30に触れ、滲み込むことになり、隆線に沿って排出された水滴の列の形状を滲ませることになる。その結果、残留指紋としての痕跡は、悪用出来ないほど散逸する事になる。勿論、幅10μmのドレーンに流された汗は、電位零に保持されたグリッド1上に設けられた溝30を流れるため、電気的に検知されず、したがって次の指紋画像採取の際の画像に影響を与えることはない。
【0028】
グリッド1上に刻設された溝30は、縦または横の一方にしても良い。すなわち、格子状に溝を刻設せずに、例えばセンサに対して縦方向にのみ溝30を設ける。これにより、センサの表面を清掃のために拭く行為が、簡便でしかも容易になる。
【0029】
なお、上述のコーティング層32に溝30を彫る工程は、センサICをチップに切り出す(ダイシング)前のウェハーの状態で実施される。
【実施例2】
【0030】
図5は、本願第2発明の実施例を示す指紋読取りセンサであって、実施例1と同様に半導体の基材31の上にエレクトロード2とグリッド1を積層し、その上をコーティング層32で覆った後、アナターゼ型の酸化チタンの薄膜33を積層し、酸化チタン薄膜の表面に実施例1と同様に汗の水滴排出溝30を刻設したものである。
【0031】
コーティング層32の上にアナターゼ型の酸化チタンを積層する方法としては、化学気相成長法(CVD)がある。すなわち、原料となる有機チタン化合物をガス状態で減圧した反応炉に供給し、外部ヒーターで加熱、分解する(熱CVD)かまたは高周波コイルからの電磁波を放射することでプラズマ化しこれにより励起させ(プラズマCVD)コーティング層32に衝突させてコーティング層32の表面にアナターゼ型の酸化チタンを堆積させる。原料となる有機チタン化合物としては、Ti(OEt)(エチルチタニル)、Ti(OiPr)(イソプロピルチタニル)、Ti(OBu)(ブチルチタニル)などが有り、約200℃〜300℃で分解される。
【0032】
コーティング層32に溝30を彫る工程同様、アナターゼ型の酸化チタンを積層させる工程もセンサICをチップに切り出す(ダイシング)前のウェハーの状態で実施される。その際、ウェハーの表面温度を500℃から700℃に加熱しておくことにより、アナターゼ型の結晶が積層される。
【0033】
指紋センサ表面に溝30を彫る前工程として、コーティング層32の上にアナターゼ型の酸化チタンを積層することにより、水滴の溝30への水捌けは一層潤沢になる。
【0034】
半導体指紋センサの製造工程で、コーティング層を積層したウェハーの段階で、そのセンサの表面にアナターゼ型の酸化チタンを積層、堆積させる工程を実施し、その後にセンサの解像度に相当するエレクトロードの境界を構成するグリッドに沿って格子状に彫った溝を設けることにより、残留指紋形成の原因となる汗の水滴がこの溝を通して排出され、半導体指紋センサの表面に残る残留指紋が悪用されることを回避可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明によれば、残留指紋を消去し、その悪用を防ぐことができる指紋読取りセンサを提供できる。
【符号の説明】
【0036】
1はグリッド
2はエレクトロ−ド
3は固体
4は水滴
5は濡れ角度
13は制御回路部
14は外部回路との接続端子列
20は読み取られた指紋画像
21は拡大された読取り指紋画像
22は汗腺
23は隆線
24は谷線
30は溝
31は基材
32はコーティング層
33はアナターゼ型の酸化チタンの薄膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エレクトロードが縦方向と横方向のグリッドで区切られた半導体センサをコーティング層で覆って構成される指紋読取りセンサにおいて、上記グリッド上のコーティング層表面に該グリッドに沿って溝を刻設し、汗腺より吹き出る汗の水滴を該溝より排出するようにしたことを特徴とする指紋読取りセンサ。
【請求項2】
エレクトロードが縦方向と横方向のグリッドで区切られた半導体センサをコーティング層で覆って構成される指紋読取りセンサにおいて、コーティング層の表面にアナターゼ型の酸化チタンの薄膜を積層させ、上記グリッド上の該酸化チタンの薄膜表面に該グリッドに沿って溝を刻設し、汗腺より吹き出る汗の水滴を該溝より排出するようにしたことを特徴とする指紋読取りセンサ。
【請求項3】
溝を、縦方向または横方向のグリッド上のいずれかにのみに刻設する請求項1又は請求項2記載の指紋読取りセンサ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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