説明

挿入配列を含まない細菌

ゲノムおよび非ゲノムIS因子を欠く細菌を提供する。本細菌は、アミノ酸、ポリペプチド、核酸、およびその他の産物の生産にとって、より安定しており、かつより有用であり得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、2006年4月7日に出願された米国特許出願第11/400,711号の一部継続出願であり、この出願は参照により本明細書に組み入れられる。
【0002】
発明の分野
本発明は、微生物の菌株、およびこれらの微生物を含む工程に関する。より具体的には、本発明は、挿入配列因子を全て欠く微生物の改良菌株およびその使用に関する。
【背景技術】
【0003】
発明の背景
細菌を用いて、様々な市販製品が生産されている。例えば、多くのストレプトマイセス(Streptomyces)株およびバチルス(Bacillus)株を用いて、抗生物質が生産されており;シュードモナス・デニトリフィカンス(Pseudomonas denitrificans)および多くのプロピオニバクテリウム(Propionibacterium)株を用いて、ビタミンB12が生産されており;いくつかの他の細菌を用いて、リボフラビンなどのビタミンが生産されており;ブレビバグテリウム・フラバム(Brevibacterium flavum)およびコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)を用いて、それぞれ、食品添加物としてのリジンおよびグルタミン酸が生産されており;他の細菌を用いて、食品添加物として用いられる他のアミノ酸が生産されており;アルカリゲネス・ユートロファス(Alcaligenes eutrophas)を用いて、生分解性微生物プラスチックが生産されており;さらに、多くのアセトバクター(Acetobacter)株およびグルコノバクター(Gluconobacter)株を用いて、食酢が生産されている。より最近では、実験室および工業設定において、大腸菌(Escherichia coli;E. coli)などの細菌が遺伝子操作され、タンパク質および核酸などの生物学的試薬の生産用の宿主細胞として用いられている。製薬業界では、発酵槽で培養した大腸菌培養物中で製造されたヒトタンパク質といった、成功した製品のいくつかの例が立証されている。
【0004】
大腸菌K-12は、クローニングおよびその他の分子生物学技法に最も一般的に用いられる宿主であり、治療上または商業上関心のある、アミノ酸および多くのタンパク質のような代謝産物の生産に最適な基盤である。最近では、大腸菌K-12は、遺伝子治療、DNAワクチン、およびRNA干渉の用途で用いるための治療用DNAの生産に用いられているか、または提案されている。2つの近縁の大腸菌K-12株であるMG1655およびW3110の完全ゲノムの配列が決定され、それぞれアクセッション番号U00096およびAP009048として、米国立バイオテクノロジー情報センター微生物ゲノムデータベース(NCBIデータベース)(www.ncbi.nih.gov/genomes/lproks.cgi)から入手可能である。大腸菌K-12の遺伝子の87パーセントは、ある程度の信頼度を伴って機能が割り当てられており、そのため最も理解された生物の1つとなっている。
【0005】
基盤微生物の望ましい特性には、生産効率、産物の純度、ならびに実験操作中、生産中、および保存中のゲノムの安定性が含まれる。大腸菌の染色体には、挿入配列(IS)、トランスポゼース、欠陥ファージ、インテグラーゼ、および部位特異的リコンビナーゼを含む、遺伝子の水平伝播を媒介する可動遺伝因子が散乱している。これらの因子は、感染病原体のようにゲノム内で転座する、複製する、維持されることが可能であり、その上プラスミド内に移動することが知られている。IS因子は、相同組換えによって媒介される逆位、重複、および欠失を引き起こし得る。これは、トランスポゼース機能が不活性となった場合でさえ起こり得る。同様の再編成はrRNAおよびRhs反復配列によっても起こるが、活性のあるトランスポゼースが関与する場合に不安定性が拡大する。
【0006】
IS転座に起因するゲノム変化は驚くほど頻繁に起こり、この理由から、一般的に用いられる多くの実験用および工業用菌株は、認識されていないゲノム変化を有している。例えば、共通の実験室祖先から約50年間分離されている、配列決定された2つの大腸菌K-12株間の相違の多くは、IS移動によるものである。プラスミドへのIS移動もまた、実験室操作の時間規模で普通に見られるという十分な証拠が、配列データベースから提供される。公的データベースにおける真核生物配列の1000例に約1つには、クローニングされた真核生物DNA中に移動したらしい細菌IS因子が、配列決定前に大腸菌内で短期間増やしているうちに気付かずに混入している。
【0007】
IS因子はまた、実験室操作によって菌株内に気付かずに導入され得る。その好例は大腸菌K-12派生物のDH10BおよびDH5αを含み、これらは祖先のK-12ゲノム中には存在しないIS10を有する。残存したIS10因子は、DH10BおよびDH5αのようなrecA株において転位突然変異誘発を示さないという報告にもかかわらず、真核生物データベースのIS10混入が顕著であることから、これが引き続き問題であることが示される。したがって、IS因子は重要な生産宿主に予測できない結果をもたらし、大腸菌におけるアミノ酸、タンパク質、および核酸生産の効率および正確性に多大な障害をもたらす可能性がある。
【発明の開示】
【0008】
発明の概要
ゲノムおよび非ゲノム挿入配列を欠く非天然細菌を提供する。細菌は大腸菌であってよい。細菌のゲノムは、4.41 Mb、4.27 Mb、4.00 Mb、3.71 Mb、2.78 Mb、または1.86 Mb未満であり得る。細菌は、菌株大腸菌K-12に由来し得る。細菌はまた、大腸菌DH10Bまたは大腸菌DH5αに由来し得る。細菌は、形質転換される能力を有し得る。
【0009】
細菌は、挿入配列を欠き得る付加的核酸を含んでもよい。付加的核酸はベクターであってよく、ベクターはプラスミドであってよい。付加的核酸は、ポリペプチドをコードする別の核酸を含み得る。ポリペプチドコード核酸は、発現制御配列に機能的に連結されてよい。
【0010】
核酸を増やす方法もまた提供する。核酸は毒性であってよい。ゲノムおよび非ゲノム挿入配列を欠く細菌と付加的核酸を、核酸による細菌の形質転換を可能にする条件下でインキュベートしてもよく、これを次に核酸の複製を可能にする条件下で培養してもよい。形質転換は、エレクトロポレーションによって起こしてもよい。核酸は、核酸が増幅される場である細菌を増殖させることによって増幅してもよい。
【0011】
詳細な説明
生物学的に有用な分子を生産するための宿主生物としての大腸菌の使用は、IS因子などの可動遺伝因子に起因するゲノムの不安定性に悩まされてきた。例えば、IS因子は宿主ゲノム核酸からプラスミドなどのクローニングベクターに移動することができ、よってクローニングの安定性および効率に支障を来す。ISミニサークルならびにその他の複製および非複製IS派生物などの染色体外IS因子の役割は十分に理解されておらず、宿主細菌中にこれらが存在することによって同様の問題が生じる。ゲノムおよび非ゲノムIS因子を全て欠く細菌を提供する。本細菌の遺伝的安定性の増大は、クローニングされた核酸の完全性の維持といった目的に有用である。本細菌は、核酸、ポリペプチド、アミノ酸、およびその他の有用な産物の生産にとって、より安定した遺伝的環境を提供する。
【0012】
1. 定義
本明細書で使用する専門用語は、特定の態様を説明する目的のためのみに用いられ、限定を意図するものではない。本明細書および添付の特許請求の範囲で使用する単数形「1つの(a)」、「1つの(an)」、および「その(the)」とは、文脈上明らかに単数形である場合を除き、その対象物の複数形も含む。
【0013】
本明細書で使用する「塩基対」とは、例えば、二本鎖DNA分子中のアデニン(A)とチミン(T)またはシトシン(C)とグアニン(G)の水素結合したヌクレオチドを指し得る。RNAでは、ウラシル(U)がチミンと置き換わる。塩基対は、DNAの長さの測定単位としても用いられ得る。
【0014】
挿入配列およびベクターに関して使用する「クローニング、クローン」とは、挿入配列のベクターへの連結、または相同な、部位特異的な、もしくは場合によっては非正統的な組換えによるその導入を意味し得る。挿入配列、ベクター、および宿主細胞に関して使用する場合、この用語は所与の挿入配列のコピーを作製することを意味し得る。この用語はまた、クローニングされた挿入配列を有する宿主細胞、またはクローニングされた挿入配列自体も指し得る。
【0015】
本明細書で使用する「相補体」、「相補的」、または「相補性」とは、核酸分子のヌクレオチド間またはヌクレオチド類似体間のワトソンクリックまたはフーグスティーン塩基対形成を意味し得る。例えば、配列5'-A-G-T-3'は配列3'-T-C-A-5'と相補的である。相補性は「部分的」であってよく、この場合、ヌクレオチドの一部のみが塩基対形成規則に従って一致する。または、核酸間には、「完全な」もしくは「全体的な」相補性が存在してもよい。核酸鎖間の相補性の程度は、核酸鎖間のハイブリダイゼーションの効率および強度に影響を及ぼし得る。
【0016】
核酸に言及する場合の、本明細書で使用する「コードする(encoding)」または「コードする(coding)」とは、RNAへの転写およびその後のタンパク質への翻訳に際して、所与のタンパク質、ペプチド、またはアミノ酸配列の合成をもたらす、ヌクレオチドの配列を意味し得る。そのような転写および翻訳は、インビトロもしくはインビボで実際に起こり得るか、または標準的な遺伝暗号に基づいて厳密に理論的であり得る。
【0017】
本明細書で使用する「発現制御配列」とは、これに機能的に連結されている核酸の転写を導くプロモーターまたは一連の転写因子結合部位を意味し得る。
【0018】
本明細書で使用する「核酸」とは、DNAまたはRNAを含むがこれらに限定されない分子を含む任意の核酸を意味し得る。この用語は、4-アセチルシトシン、8-ヒドロキシ-N-6-メチルアデノシン、アジリジニルシトシン、シュードイソシトシン、5-(カルボキシヒドロキシルメチル)ウラシル、5-フルオロウラシル、5-ブロモウラシル、5-カルボキシメチルアミノメチル-2-チオウラシル、5-カルボキシメチルアミノメチルウラシル、ジヒドロウラシル、イノシン、N6-イソペンテニルアデニン、1-メチルアデニン、1-メチルシュードウラシル、1-メチルグアニン、1-メチルイノシン、2,2-ジメチルグアニン、2-メチルアデニン、2-メチルグアニン、3-メチルシトシン、5-メチルシトシン、N6-メチルアデニン、7-メチルグアニン、5-メチルアミノメチルウラシル、5-メトキシアミノメチル-2-チオウラシル、γ-D-マンノシルキューオシン、5'-メトキシカルボニルメチルウラシル、5-メトキシウラシル、2-メチルチオ-N6-イソペンテニルアデニン、ウラシル-5-オキシ酢酸メチルエステル、ウラシル-5-オキシ酢酸、オキシブトキソシン(oxybutoxosine)、シュードウラシル、キューオシン、2-チオシトシン、5-メチル-2-チオウラシル、2-チオウラシル、4-チオウラシル、5-メチルウラシル、N-ウラシル-5-オキシ酢酸メチルエステル、ウラシル-5-オキシ酢酸、シュードウラシル、キューオシン、2-チオシトシン、および2,6-ジアミノプリンを含むがこれらに限定されない、DNAおよびRNAの任意の塩基類似体を含む配列を包含する。
【0019】
本明細書で使用する「機能的に連結された」とは、ポリヌクレオチドの生産的転写が発現制御配列において開始されるような、発現制御配列および下流のポリヌクレオチドを指し得る。
【0020】
本明細書で使用する「過剰発現する」とは、遺伝子によってコードされるタンパク質の全細胞活性が増加することを意味し得る。タンパク質の全細胞活性は、タンパク質の細胞内含量(cellular amount)の増加、またはタンパク質の半減期の延長に起因し得る。タンパク質の全細胞内含量は、該タンパク質をコードする遺伝子の増幅、該タンパク質をコードする遺伝子への強力なプロモーターの機能的連結、または例えばプロモーターの変異による、遺伝子の天然プロモーターの強度の増加を含むがこれらに限定されない方法によって増加し得る。
【0021】
本明細書で使用する「プラスミド」とは、染色体の一部ではないが、細胞内でそれ自体で自律的に増やすことができる、DNAまたはRNAから構成される染色体外遺伝因子を意味し得る。プラスミドとは、細胞から単離される天然プラスミドのみならず、細胞内でそれ自体で自律的に増える能力を保持する限りは、任意の改変型またはキメラ型(例えば、欠失、付加、もしくは置換を有するか、または異なるプラスミドの機能的部分から構築された)も指し得る。
【0022】
本明細書で使用する「ファージ」とは、バクテリオファージP1など、細胞内で増殖できる染色体外バクテリオファージを意味し得、また、宿主染色体に組み込まれその中で増殖し得る、λなどの溶原性バクテリオファージも含む。ファージとは、天然のバクテリオファージのみならず、自律的に、または例えばヘルパーファージによって提供されるヘルパー機能により、細胞内で増殖する能力を保持する限りは、任意の改変型またはキメラ型(例えば、欠失、付加、もしくは置換を有するか、または異なるファージの機能的部分から構築された)も指し得る。
【0023】
本明細書で使用する「タンパク質」とは、天然であろうと組換え体であろうと、ペプチド、ポリペプチド、およびタンパク質を意味し得るほか、それらの断片、誘導体、相同体、変種、および融合物も意味し得る。
【0024】
本明細書で使用する「比較領域」は、ゲノムに言及する場合、1 x 107、1.5 x 107、2 x 107、2.5 x 107、3.5 x 107、4 x 107、またはそれ以上のヌクレオチドまたは塩基対であってよく、核酸配列に言及する場合、50、100、250、500、103、5 x 103、104、5 x 104、105、5 x 105、106、またはそれ以上のヌクレオチドまたはそれ以上の塩基対であってよい。
【0025】
本明細書で使用する「実質的に相補的」とは、第1配列が、第2配列の相補体と比較領域にわたって少なくとも60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、97%、98%、もしくは99%同一であること、または2つの配列がストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズすることを意味し得る。
【0026】
本明細書で使用する「実質的に同一」とは、第1配列と第2配列が、比較領域にわたって少なくとも60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、97%、98%、または99%同一であるかまたは実質的に相補的であることを意味し得る。手動で、またはコンピュータアルゴリズム(例えば、GAP、BESTFIT、FASTA、およびTFAST)により、参照配列と試験配列を整列させてもよく、「同一残基の総数」を「参照配列内の残基の総数」で割り、これに100をかけることによって、同一性率を計算してもよい。
【0027】
本明細書で使用する「ベクター」とは、核酸配列が複製され場合によっては発現され得る、新たな宿主細胞内に導入するための、核酸配列を挿入できる担体DNA分子を意味し得る。ベクターは、プラスミド、バクテリオファージ、植物ウイルス、動物ウイルスなどに由来し得る。ベクターは染色体外因子として宿主細胞内で増殖し得るか、または、ベクターは宿主細胞ゲノム内に組み込まれ、宿主細胞が複製する際に核酸分子のさらなるコピーを生成し得る。
【0028】
2. 挿入配列を欠く細菌
ゲノムおよび非ゲノムIS因子を欠く非天然細菌を提供する。IS因子およびその関連トランスポゼースは、細菌内に頻繁に見出され、標準的な工業的実施または実験室実施を妨げ得る不安定性と関連しており、費用がかかりかつ厄介な品質管理手順を必要とし得る。IS因子は、ゲノム宿主核酸のみならず、非ゲノム宿主核酸内にも含まれ得る。
【0029】
IS因子は、直線状または環状であってよい。例えば、IS因子はISミニサークルを形成するように環状化し得る。ISミニサークルの生成は、IS因子の転位過程の第1段階であると考えられる。例えば、ISミニサークルの生成は、IS2ファミリーに属するIS因子の転位過程における第1段階である。IS因子は大腸菌でよく見られ、その全てを欠失させてもよい。
【0030】
IS因子は、現在、保存モチーフに基づいてファミリーに分類されている。ISファミリーには、非限定的に、IS、IS3、IS4、IS5、IS6、IS2J、IS30、IS66、IS91、IS110、IS200/605、IS256、IS481、IS630、IS982、IS1380、ISAs1、ISL3、Tn3、およびこれらの変種が含まれる。変種は、ISファミリーのいずれかを規定する保存領域のいずれかを含み得る。代表的な保存領域には、限定されないが、大部分のIS因子ファミリーで保存されているDDEモチーフ、およびIS3ファミリーのメンバーで保存されているN末端ヘリックス・ターン・ヘリックスモチーフが含まれる。ISFinderデータベース(www-is.biotoul.fr)は、ISファミリーの種々のメンバーの配列を含む。各ISファミリーの各メンバーを欠失させてもよい。
【0031】
a. 親
IS除去細菌の親は、IS因子を含む任意の細菌株、および本細菌が導出される中間株であってよい。親株の代表例には、これらに限定されないが、K-12もしくはBなどの大腸菌株、またはそれらと実質的に同一のゲノム配列を有する菌株が含まれる。大腸菌K-12株は、MG1655、DH1OB、DH5α、Invα、Top10、Top10F、JM103、JM105、JM109、MC1061、MC4100、XL1-Blue、EC1OO、またはEC300を含むがこれらに限定されない派生株であってよい。親株のゲノムのヌクレオチド配列は、部分的または完全に公知であり得る。大腸菌、および一般的に用いられる他の実験室微生物のいくつかの菌株の完全なゲノム配列は、公知である(例えば、それぞれ参照により本明細書に組み入れられる、Blattner et al., Science, 277:1453-74, 1997;GenBankアクセッション番号U0096;NCBIデータベース、アクセッション番号AP009048、Perna et al., Nature, 409, 529-533, 2001;Hayashi et al., DNA Res., 8, 11-22, 2001;Welch et al., Proc. Natl. Acad. Sci., USA 99:17020-17024, 2002、およびGenBankアクセッション番号AE014075を参照されたい)。DH10Bのゲノム配列は、部分的に公知である(www.hgsc.bcm.tmc.edu/projects/microbial/EcoliDH10B)。
【0032】
大腸菌株MG1665およびW3110は配列が決定されており、それぞれ、IS1ファミリーのメンバーであるIS1;IS3ファミリーのメンバーであるIS2、IS3、およびIS150;IS4ファミリーのメンバーであるIS4およびIS 186;IS5ファミリーのメンバーであるIS5;IS30ファミリーのメンバーであるIS30を含む、種々のIS因子を含む。加えて、IS3ファミリーのメンバーであるIS600およびIS911の部分配列が、各菌株に見出される。IS因子の出現頻度を表1に示す。DH10Bは大腸菌K12派生物であるため、MG1665およびW3110と類似のIS組成を有すると予想される。
【0033】
(表1)選択された大腸菌K-12株におけるIS因子の頻度

【0034】
総サイズ4,639,675ヌクレオチドまたは塩基対を有する大腸菌MG 155の核酸配列(注釈付きm56型)、(NCBIアクセッション番号U00096.1)を、SEQ ID NO:1に記載する。大腸菌MG1655のゲノム配列の最初の公開は、注釈付きのm54型、(NCBIアクセッション番号U00096.1)(4,639,221ヌクレオチドまたは塩基対)であった。大腸菌MG1655(注釈付きm54型)のゲノムマップ上のIS因子の位置は、本出願の図1B、ならびにその内容が参照により本明細書に組み入れられる米国特許出願公開第20030138937号およびWO 2003/070880の表2に示されている。
【0035】
b. ゲノムの欠失
ゲノムまたは非ゲノム核酸を欠失させるための当業者に公知のいくつかの方法のいずれかを用いてIS因子を欠失させることによって、本細菌を作製することができる。核酸配列は、ゲノム遺伝物質から、または非ゲノム遺伝物質から欠失させてもよい。
【0036】
細菌のゲノム内に欠失を作製する代表的な方法は、米国特許出願公開第20030138937号およびWO 2003/070880、Posfai, G. et al., J. Bacteriol. 179: 4426-4428 (1997)、Muyrers, J. P. P. et al., Nucl. Acids Res. 27:1555-1557 (1999)、Datsenko K. A. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. 97:6640-6649 (2000)、およびPosfai, G. et al., Nucl. Acids. Res. 27: 4409-4415 (1999)に記載されており、これらはそれぞれ参照により本明細書に組み入れられる。欠失法は、直線状DNAに基づく方法と自殺プラスミドに基づく方法に分類され得る。Muyrers, J. P. P. et al., Nucl. Acids Res. 27: 1555-1557 (1999)、およびDatsenko, K. A., Proc. Natl. Acad. Sci. 97:6640-6649 (2000)に開示されている方法は、直線状DNAに基づく方法であり、Posfai, G. et al., J. Bacteriol. 179: 4426-4428 (1997)、およびPosfai, G. et al., Nucl. Acids Res. 27: 4409-4415 (1999)に開示されている方法は、自殺プラスミドに基づく方法である。
【0037】
IS因子に加えて、さらなる核酸領域を、本細菌から欠失させてもよい。例えば、細菌は、IS因子に加えて、表2に記載される核酸領域の1つもしくは複数、またはそれらに実質的に類似している配列、および参照により本明細書に組み入れられる米国特許仮出願第60/709,960号の表1に記載される配列を欠いてもよい。細菌は、菌株MDS39、MDS41、MDS42、MDS43、またはそれらと実質的に同一であるゲノムを有する菌株であってよい。図1Aは、いずれもIS因子を欠くMDS41、MDS42、およびMDS43のマップである。細菌はまた、MDS42recA、またはこれと実質的に同一であるゲノムを有する菌株であってもよい。細菌は、4.41 Mb、4.27 Mb、4.00 Mb、3.71 Mb、2.78 Mb、または1.86 Mb未満であるゲノムを有し得る。不要な遺伝子を除去することにより、代謝効率が改善され得、おそらくは所望の産物の精製が簡略化され得る。
【0038】
c. コンピテント細菌
本細菌は、核酸などの外来分子によって形質転換される能力を有し得る。細菌は、当技術分野で周知の方法によって、コンピテントにすることができる。細菌をコンピテントにする代表的な方法は、米国特許第4,981,797号および米国特許出願公開第20050032225号に見出すことができ、これらは参照により本明細書に組み入れられる。
【0039】
IS因子を除去することによって、エレクトロポレーション効率が増大し得る。例えば、ゲノムIS因子を全て欠失させた菌株MDS41、MDS42、およびMDS43のエレクトロポレーション効率は、それらのMG1665親よりも2桁分改善され、エレクトロポレーションに関して最良の大腸菌であると通常見なされているDH10Bに匹敵する。
【0040】
d. 第1核酸を含む細菌
本細菌は、IS因子を欠き得る付加的核酸を含んでもよい。付加的核酸はベクターであってよく、ベクターは、とりわけプラスミド、コスミド、BAC、改変YAC、ファージミド、またはファージであってよい。ベクターは、クローニングベクターまたは発現ベクターであってよい。
【0041】
付加的核酸は、ポリペプチドをコードする別の核酸を含み得る。ポリペプチドは、ワクチン成分、診断用産物、または研究用試薬を含むがこれらに限定されない治療用産物であってよい。さらに、ポリペプチドは、インスリン、インターロイキン、サイトカイン、成長ホルモン、増殖因子、エリスロポエチン、コロニー刺激因子、インターフェロン、抗体、および抗体断片を含むがこれらに限定されないタンパク質であってよい。ポリペプチドの発現は、誘導性プロモーター、または細菌内で構成的に発現されるプロモーターの制御下にあってよい。例えば、非代謝性ガラクトース誘導体、IPTGにより誘導可能なlacに基づくプロモーター/リプレッサーを用いてもよい。
【0042】
IS因子を欠く第1核酸は、クローニングに有用であり得る。例えば、十分に許容される関心対象のタンパク質の過剰発現でさえ、IS転位率の上昇をもたらし得る。そのような転位は、関心対象のタンパク質をコードする核酸内へのIS因子の挿入を引き起こし得る。
【0043】
3. 方法
a. クローニング
本細菌を用いて、核酸をクローニングすることができる。簡潔に説明すると、核酸による細菌の形質転換を可能にする条件下で、コンピテント細菌を核酸と共にインキュベートすることができる。形質転換を可能にする条件は当技術分野で周知であり、限定されないが、エレクトロポレーション、塩化カルシウムまたは塩化マンガン沈殿、リポフェクション、マイクロインジェクション、および天然の形質転換を含み得る。
【0044】
ゲノムおよび非ゲノムIS因子を欠く細菌を提供することにより、転位性IS因子によって起こるクローニング人為要素が排除され得る。したがって、本細菌において毒性核酸をクローニングすることができる。「毒性」核酸とは、宿主株内で増やした場合に、IS因子転位率を上昇させる核酸であり得る。毒性核酸は、IS因子を含む細菌宿主においてクローニングすることが難しい。例えば、IS因子転位率が高いために以前はクローニングすることができなかった、コレラ毒素のBサブユニットに融合された、ウサギ出血性疾患ウイルスのVP60のオープンリーディングフレームをコードする核酸のクローニングが、IS除去細菌において成功した。別の例では、IS因子を含む細菌宿主において増えることを妨げるステムループ構造を持つプラスミド、pT-ITRを増やすことが、IS除去細菌において成功した。
【0045】
IS因子転位は検出可能な挿入変異をもたらし得るため、対照核酸を増やす宿主株の変異率との比較により、毒性核酸のIS因子転位の上昇率を決定することができる。核酸を増やす宿主株の挿入変異率は、炭素源としてサリシンを利用する能力を獲得する変異細胞の出現によって測定することができる。大腸菌K-12におけるサリシンの代謝にはbglオペロンの活性化が必要であり、これは主に、参照により本明細書に組み入れられるHall, Mol. Biol. Evol., 15:1-5, 1998に記載されているように、プロモーター領域へのIS因子の組込みによって起こる。毒性核酸はポリペプチドをコードすることがあり、そのような場合には、IS因子転位率を、同じ宿主株における、異なるポリペプチドをコードする類似した大きさの対照核酸が増えることによるIS因子転位率と比較することができる。毒性核酸はベクターであってもよく、そのような場合には、IS因子転位率を、同じ宿主株における、類似した大きさの異なるベクターが増えることによるIS因子転位率と比較することができる。代表的なベクターには、限定されないが、pBR322、pUC18、pGEM、およびpBluescriptが含まれる。
【0046】
b. 発現
ポリペプチドを生産するために、本細菌を用いることも可能である。簡潔に説明すると、上記のような、ポリペプチドをコードする核酸を含む付加的核酸を含む細菌を、ポリペプチド産物の発現を可能にする条件下でインキュベートすることができる。
【0047】
十分に許容される関心対象のタンパク質の過剰発現であっても、IS転位率の上昇をもたらし得る。そのような転位は、関心対象のタンパク質をコードする核酸内へのIS因子の挿入を引き起こし得る。ポリペプチドをコードする核酸を含み、かつゲノムおよび非ゲノムIS因子を欠く細菌は、タンパク質の生産の増加を提供し得る。
【0048】
組換えタンパク質は、ペリプラズムまたは細胞質内に発現させてもよい。ペリプラズムでのタンパク質の発現は、工業用に日常的に用いられ、それぞれ参照により本明細書に組み入れられるHanahan, J. Mol. Biol., 166:557-80, 1983;Hockney, Trends Biotechnol., 12:456-632, 1994;およびHannig et al., Trends Biotechnol., 16:54-60, 1998に概説されている。細胞周辺腔への分泌を引き起こすシグナルペプチドに組換えタンパク質が結合した融合タンパク質を発現させることにより、組換えタンパク質をペリプラズム内に産生させることができる。そこで、シグナルペプチドは、特異的シグナルペプチダーゼによって切断され得る。細胞周辺腔に輸送されたタンパク質は、生物学的に活性を有し得る。
【0049】
組換えタンパク質はまた、組換えタンパク質の適切な折りたたみをもたらし得るシャペロン/ジスルフィド結合形成酵素と同時発現させることもできる。組換えタンパク質のペリプラズム発現に有用なそのようなタンパク質の核酸配列には、限定されないが、それぞれ参照により本明細書に組み入れられる米国特許第5,747,662号;第5,578,464号;第6,335,178号;および第6,022,952号;Thomas et al., Mol-Micro, (2001) 39 (1) 47-53;Weiner et al., Cell, (1998) 93, 93-101;ならびにCurrent Protocols in Molecular Biology (1994) 16.6.1-16.6.14 (copyright 2000 by John Wiley et al. and Sons)に記載されているものが含まれる。
【0050】
c. 増幅
ゲノム縮小株を用いて、核酸を増幅することも可能である。簡潔に説明すると、IS因子を欠く第1核酸を含む細菌を、IS因子を欠く第1核酸が増えることを可能にする条件下でインキュベートすることができる。
【0051】
本発明は、以下の非限定的な例によって例証される複数の局面を有する。
【0052】
実施例1‐MDS39の作製
ゲノム縮小株MDS39は、参照により本明細書に組み入れられるWO 2003/070880に記載される通りに作製した。簡潔に説明すると、親株大腸菌MG1655(注釈付きm56型)(SEQ ID NO:1)から核酸配列の一連の累積的欠失を構築することにより、一連のゲノム縮小株(MDS01〜MDS39)を作製した。
【0053】
実施例2‐MDS40〜MDS43の作製
K-12配列およびISデータベース中の全配列を含むゲノムスキャニングチップ(NimbleGen Systems、ウィスコンシン州、マディソン)へのハイブリダイゼーションから、全IS因子を欠くように設計された最初の菌株であるMDS39が、予想外にも、その作製中に新たな位置に移動したIS因子の付加的コピーを含むことが明らかになった。これらのIS因子を欠失させて、MDS40を作製した。MDS40からfhuACDB(tonA遺伝子座)を欠失させて、MDS41を作製した。tonA遺伝子座を欠く菌株は、実験室でよく起こる問題であるバクテリオファージT1による感染に耐性である。MDS41からendA遺伝子を欠失させて、MDS42を作製した。endAにコードされるエンドヌクレアーゼの喪失により、プラスミド調製が容易になる。lacオペロンをカバーするさらなる45 kbを親株MDS42から欠失させることにより、MDS43を作製した。得られたMDS株を、DNAチップハイブリダイゼーションにより再度特徴づけた。図1Aに示されるように、MDS43に関して(ならびにMDS41およびMDS42に関して;データ非表示)、いかなる混入IS因子の証拠も存在しない。環は、外側の環に番号づけられた親大腸菌K-12株MG1655のゲノムに位置づけられた特徴を示す。中央から外側に向かって、環1〜5(灰色)は、配列決定された他の大腸菌ゲノム:RS218、CFT073、S. フレックスネリ(S. flexneri) 2457T、EDL933、およびDH10Bには存在しない、K-12の領域を示す。環6は、欠失の標的とされた領域:MDS12(赤色)、MDS41(黄色)、MDS42(青色)、およびMDS43(紫色)を示す;半分の高さの黒いバーは、菌株の構築中に検出され、きれいに除去された4つのローグ(rogue)IS因子を示す。環7:天然IS因子(緑色)およびRhs因子(薄青色)。環8:NimbleGenタイリングチップによる、MDS43における欠失の実験的確認;意図した欠失に対応するプローブを緑色で示し、その他のプローブを赤色で示す。外側の環に、複製の開始点および終点の位置、ならびにrRNA(青色)、tRNA(青緑色)、およびその他の低分子安定RNA(黒色)の遺伝子の位置を示す。新たなMDS株MDS41〜43のゲノム特性を表3に要約する。
【0054】
(表3)MG1655および関連する複数の欠失株のゲノム統計値

【0055】
実施例3‐プラスミド調製物のIS混入の検出
製造業者によるとDH10Bで増やした、pBR322プラスミドDNAの市販調製物を、MDSで増やしたプラスミドと比較した。IS1、IS2、IS3、IS5、IS10、およびIS186に特異的な内向きおよび外向きのプライマーを用いて、PCR増幅を行った(図2、それぞれレーン1〜6;Mは1 kb+サイズ標準物質)。外向きプライマー(図2、パネルe〜h)は環状構造を検出し、一方、内向きプライマー(図2、パネルa〜d)は直線状および環状IS型の両方を検出する。陽性対照は、各IS型(可動化を妨げるために、その末端から約20塩基対を差し引いた)をpBR322にクローニングすることによって構築した(図2、パネルbおよびf)。図2のパネルaおよびeは、DNAを含まない陰性対照である。いずれのプライマーセットも、DH10Bで増やした調製物においてIS因子を検出した(図2、パネルcおよびg)。環状型には、ISのプラスミド内への単純な挿入に関して予測される大きさを有するものが含まれるが、他のものは、因子自体の大きさの環と一致する。クローニングおよび配列決定により、外向きプライマー反応の産物をさらに特徴づけた。IS1、IS2、IS5、およびIS10は、プラスミド内の様々な位置での単純な挿入の例を示した。IS因子のミニサークル型を検出するため、外向きプライマーによるPCR反応物を、そのプライマーの一方で直接配列決定した。IS2は、ミニサークルの存在と一致する配列結果を示した。一方、MDS42で増やしたプラスミドは、混入IS因子を含んでいなかった(図2、パネルdおよびh)。このことより、宿主核酸からIS因子を除去することによって、クローニング中の宿主核酸からプラスミド核酸へのIS因子の移動が排除されることが示される。
【0056】
実施例4‐IS因子を欠く菌株の増殖速度およびその菌株における組換えタンパク質生産
菌株MDS41、MDS42、およびMDS43を、標準的な微生物培地中での増殖について特徴づけた。図3(a)は、最少培地での流加発酵(fed-batch fermentation)において、MDS株がそれぞれ高い細胞密度まで増殖し得ることを示す。MDS41を最少培地で培養した。3つの増殖期を用いた結果、乾燥細胞重(DCW) 44 g/lまで到達した。第1期は、単純なバッチ工程であった。第2期は、増殖速度を0.15 h-1に制御した流加工程であった。第3増殖期(同様に流加工程)は、発酵槽の酸素移動速度の限度を超えるのを防ぐために、顕著に低い制御増殖速度を有した。標的細胞密度のために、制御増殖速度0.03 h-1を用いた。図3(b)は、37℃のMOPS最少培地において、MDS42の増殖速度が親株MG1655に対して本質的に変わらなかったことを示す。バッフルフラスコ中で37℃で培養した培養物のOD600を測定することにより、倍加時間を得た。増殖曲線の対数直線部分を用いて、プレート上の6回の繰り返しから平均倍加時間および標準偏差を算出した。MDS42の倍加時間が69.07分であるのに対して、MG1655の倍加時間は61.3分であった。図3(b)から、モデルタンパク質、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)の発現に基づいて、組換えタンパク質の発現が、MDS株とMG1655株で同様であることが示される。
【0057】
実施例5‐IS因子を欠く菌株の形質転換効率
菌株MDS42を、形質転換効率に関してMG1655およびDH10Bと比較した。標準的な増殖条件下で、細胞を600 nmでの吸光度2.0まで培養した。参照により本明細書に組み入れられるDower et al., Nucleic Acids Res (1988) 16, 6127-6145の方法に従って、エレクトロコンピテント細胞を調製し、600 nmでの最終吸光度200で、15%グリセロール中の凍結一定分量として保存した。Eppendorfモデル2510装置でのエレクトロポレーションは、コンピテント細胞0.1 mlに対して添加した0.1 pgのpUC 19 DNAまたは50 pgのpCC145 DNAを用いて、18 kv/cmで行った。それぞれ異なるバッチのコンピテント細胞を用いた、5回のエレクトロポレーションの中央値を示す。DH10Bの市販のコンピテント細胞については、同じバッチの異なるチューブから5回の測定を行った。その製造業者によって推奨される20 kV/cmを用いた場合、市販の細胞は、pUC19 DNAについて82.3 x 108およびpCC145 DNAについて6.1 x 106というわずかに高い値をもたらした。t検定(p=0.002)から、大型および小型プラスミドDNAのいずれを用いたエレクトロポレーションに関しても、MDS42の形質転換効率が、MG1655を上回って有意に向上したことが示される。表4に示されるように、MDS42は、MG1655と比較して、実質的により高い形質転換効率を有する。市販のコンピテント細胞を*で示す。
【0058】
(表4)エレクトロポレーション効率(形質転換体/μg DNA)

【0059】
実施例6‐IS因子を欠く菌株におけるDNA安定性
図4(a)は、IS因子を欠く菌株においてIS移動がゼロまで下がったことによる、測定された変異の頻度を示す。簡潔に説明すると、MDS41および親MG1655の集団を、炭素源としてサリシンを利用する能力を獲得した変異細胞の出現に関してモニターした。大腸菌K-12におけるサリシンの代謝にはbglオペロンの活性化が必要であり、これは主に、プロモーター領域へのIS因子の組込みによって起こる。細胞集団をグルコース/最少培地中で飽和するまで培養し、次に唯一の炭素源としてサリシンを含む最少プレート上に広げた。新たなコロニー(適応変異体)に印をつけ、9日間毎日計数した。図4(a)に示すデータは、3回の独立した実験の平均値である。2〜5つの平行した培養物の適切な希釈物を富栄養培地上にプレーティングすることにより、プレーティングした全細胞数を算出した。平均コロニー数を、2.5 x 109個細胞に対して標準化した。ポストホック(post hoc)(t検定)を伴う二元配置ANOVA解析(α≦0.05)を用いて、適応率(変異体数/日)が菌株または時間に関して有意であるかどうかを判定した。時間および菌株/プラスミドはいずれも、有意であると判定された(p≦0.001)。時間と菌株/プラスミドとの相互作用は、有意でないと判定された。MDS41はMG1655と比較して、bglオペロンの活性化率の>92%の減少を示した。適応変異体のPCR解析から、この減少が、ISによって生じる変異がMDS41において完全に欠如しているためであることが示される。図4(b)は、9日目の、サリシン/最少培地に適合化したMG1655細胞およびMDS41細胞のbglR領域における変異のスペクトルを示す。
【0060】
実施例7‐IS因子を欠く菌株におけるBACライブラリーの安定性
医学的および商業的に重要な多くの大規模配列決定プロジェクトは、一般に細菌人工染色体(BAC)と称される大型挿入物ライブラリーに依存している。これらの組換え構築物は、選択マーカー、および細菌宿主において分子の複製を可能にするための安定した低コピー数複製開始点と組み合わせて、対象DNAのおよそ100 kbまたはそれ以上の非常に大きな連続した配列から構成される。これらの分子はIS因子挿入の大きな標的であり、電子工学的なバイオインフォマティクスの手法による検出が難しい、欠失および逆位を含むIS媒介性再編成を頻繁に受けやすい。細菌DNAの混入(IS因子移動による)の最小化は、ゲノムを配列決定するためのBAC法の有用性の多大な向上を示す。大腸菌のIS除去株により、IS因子がBAC DNAライブラリーに混入する程度の正確な測定が可能になる。
【0061】
大腸菌DH10Bで作製され維持されるヒトBACライブラリーを用いて、BAC DNA中のIS因子取り込みの程度を試験した。32,000クローンの積み重ねた(tiled)ヒトライブラリー収集物から45個の無作為クローンを選択し、クロラムフェニコールを添加したLB培地1 ml中で一晩培養した。Autogen 9600ロボットを用いて、BAC DNAを調製した。続いて各精製BAC DNAをIS除去MDS42recA宿主に形質転換し、各形質転換体のコロニー約384個を、トランスポゾン特異的プローブによるハイブリダイゼーションスクリーニングのために、何枚かの2枚組ナイロン膜に転写した。
【0062】
45個の独立したBACクローンに加えて、3種類の対照もまた膜にハイブリダイズさせた。これらには、プラスミドもBAC DNAも含まない個々の大腸菌DH10Bコロニー384個からなる陽性対照(a)が含まれる。2つのさらなる対照は、IS除去MDS42recA株へのBAC DNAの直接的な形質転換を含み、したがってこれらのBACは、IS因子を含む細菌宿主内で増えたことがない。これらの対照の1つめ(b)は、MDS42recAから単離されその後同じ細菌宿主に再形質転換された約150 kb BACクローンからなり、次にこれらのコロニー384個を、ハイブリダイゼーション解析のためにナイロン膜に転写した。最後の対照(c)は、同じBAC DNAを含むが、このDNAをIS除去宿主に直接形質転換するのではなく、BAC DNAを、宿主染色体DNA断片のみを含む、Autogenロボットにより作製されたDH10Bの抽出物と混合した。次にこの混合物をIS除去宿主に形質転換し、得られた形質転換体384個を、ハイブリダイゼーション解析のためにナイロン膜上に配置した。これら3つの対照により、BACまたはプラスミドDNAに対する、宿主染色体DNA中に存在するIS因子を識別する解析の能力(対照a)、IS含有宿主で増えたことがないBAC DNAにおけるIS因子の欠如(対照b)、およびIS因子がインビトロで、またはIS因子を含む直線状染色体DNAとの同時形質転換によって移行し得るのかどうか(対照c)が試験される。各BACの形質転換体約384個をナイロン膜上に配置することにより、全部で18,046個のハイブリダイゼーション標的に関して、試料45例および対照3例を含む全部で48のBACの組み合わせを試験した。
【0063】
BAC DNA内のIS因子の存在に関してナイロン膜を試験するために、大腸菌DH 10B中に存在することが知られている6つのIS因子クラスのそれぞれに対するプローブを設計した。これらのプローブは、アニールした際に一本鎖オーバーハングを残し、これを次に放射標識ヌクレオチドの存在下でDNAポリメラーゼのクレノウ断片を用いて埋めて、6つのISクラスそれぞれの最も高い保存領域に特異的な高比活性二本鎖プローブを生成することができる、2つの重複する相補的オリゴヌクレオチドを合成することによって作製した。オリゴヌクレオチド配列および対応するプローブ配列を表5に示す。
【0064】
(表5)IS1、IS2、IS3、IS5、IS10、およびIS186ファミリー検出のためのプローブ設計

【0065】
ハイブリダイゼーション、洗浄、およびプローブ剥離の手順は、標準的条件下(Current Protocols in Molecular Biology (1994) sections 2.9-2.10)で行った。各膜を、全6つの標識プローブの混合物で、および各プローブにより個々にプロービングした。結果を表6に要約する。
【0066】
(表6)個々のBACライブラリークローンにおけるIS混入の頻度



【0067】
対照ハイブリダイゼーション(上記の表6におけるクローン23、38、および48)のいずれにおいてもハイブリダイゼーションシグナルが欠如していることから、(a) IS因子を含むDH 10B染色体DNAは、膜上で検出可能な量存在しないこと、(b) IS除去株MDS42recAのみで増やしたDNA中にはIS因子が存在しないこと、および(c) 形質転換手順の過程で、IS因子がDH10B染色体DNAからBAC DNAに移行しないことが示される。DH10Bから単離されたBACの1つ(クローン17、BAC C10_RP_3_V2(62)C1)を除いた全てにIS因子が存在することから、ハイブリダイゼーション法がこれらの膜上のIS因子を検出するのに効果的な方法であること、およびIS因子を含む菌株で増やしたBACではIS混入がよく起こることが示される。これらのデータを考え合わせると、IS除去細菌宿主中で維持されたBACライブラリーはIS因子を含まないままであることが実証され、したがって、BACライブラリーを作製および維持するための優れた技術であることが示される。
【0068】
加えて、本実施例に概説した形質転換、配置、およびプロービング法により、IS除去細菌宿主を用いて、既存のライブラリーからISを含まないBACを同定し単離することもできる。例えば、表6に記載したDH10B由来クローン45個はそれぞれ、IS混入子孫と共にISを含まない子孫も含み、本明細書に記載したハイブリダイゼーションスクリーニング法と共にIS除去宿主を用いることで、IS因子が混入したクローンからISを含まないクローンが同定されるばかりでなく、単離もされる。得られたIS除去ライブラリーは、IS含有細菌から作製された混入変種よりも明らかに優れていると考えられる。
【0069】
実施例8‐IS因子を欠く菌株におけるクローニングが難しい配列のクローニング
細菌の標準菌株を用いて、コレラ毒素のBサブユニットに融合された、ウサギ出血性疾患ウイルスのVP60をコードするオープンリーディングフレーム(「CTXVP60融合構築物」)をクローニングする試みは、成功していない。IS因子を欠く菌株を提供することにより、CTXVP60融合構築物をクローニングすることができた。IS因子を欠く菌株においてCTXVP60融合構築物がクローニングされた驚くべき効率から、宿主染色体核酸または染色体外核酸中のIS因子の存在が、このような毒性遺伝子のクローニングの主な障害であり得ることが示される。MDS42を用いて、CTXVP60オープンリーディングフレームを有するpCTXVP60を調製した。次に種々の宿主内でプラスミドDNAを増やし、単離し、次いでNcoIおよびEcoRIで消化した。図5は、代表的な制限パターンを示す。次に、断片を精製し、配列決定した。MDS41(レーン1)およびMDS42(レーン2)は、いかなる挿入配列も含んでいなかった。DH10B由来のプラスミドDNAはIS1挿入を含み(レーン3)、IS10挿入/欠失もまた含んでいた(レーン4)。菌株C600由来のプラスミドDNAは、IS5挿入(レーン5)およびIS1挿入(レーン6および7)を含んでいた。このことから、IS因子を欠く菌株を用いて、他の菌株ではクローニングが難しいと考えられる配列(例えば、毒性遺伝子)をクローニングできることが示される。
【0070】
実施例9‐毒性遺伝子を有する宿主のゲノムのIS混入の検出
pCTXVP60で形質転換したMG1655において、バイスタンダー(bystander)変異試験を行った。簡潔に説明すると、CTXオープンリーディングフレームを有するpCTX(MG1655(pCTX))または毒性構築物pCTXVP60(MG1655(pCTXVP60))をMG1655細胞にエレクトロポレーションし、培養物を飽和するまで培養し、その後サリシン/最少プレート上に広げた。新たなコロニー(適応変異体)に印をつけ、毎日計数した。図6に示したデータは、5回の反復実験による。2〜5つの平行した培養物の適切な希釈物を富栄養培地上にプレーティングすることにより、プレーティングした全細胞数を算出した。平均コロニー数を、2.5 x 109個細胞に対して標準化した。ポストホック(t検定)を伴う二元配置ANOVA解析(α≦0.05)を用いて、適応率(変異体数/日)が菌株または時間に関して有意であるかどうかを判定した。時間および菌株/プラスミドはいずれも、有意であると判定された(p≦0.001)。時間と菌株/プラスミドの相互作用は、有意でないと判定された。プレート上に出現する変異体コロニーの計数から、pCTXVP60に起因する変異率の>4倍の増加が明らかになった(図6)。MG1655(pCTXVP60)のbgl変異体の大部分はまた、プラスミド内にも挿入を有する。
【0071】
実施例10‐変異スペクトルに及ぼすタンパク質過剰発現の影響
十分に許容されるCAT酵素の発現プラスミドを有するMG1655の培養物を、IPTG誘導がある場合とない場合とで比較した。彷徨試験を用いて、IPTG処理細胞由来の培養物において、cycAへのIS転位率が2.5倍増加することが認められた。IS1、IS2、IS5、およびIS150を含む挿入が認められたが、点突然変異率は実質的に変化しなかった。(図7)。このことから、組換えタンパク質の過剰発現がIS転位を誘導し得ることが示される。したがって、IS因子を欠く菌株は、タンパク質生産のためのより安定した宿主であり得る。
【0072】
実施例11‐IS因子を欠く菌株における、タンパク質産物をコードしない、クローニングが難しいプラスミドのクローニング
熱力学的に非常に安定した「ハンマーヘッド」として知られる1対のG-Cリッチヘアピンを含むプラスミドpT-ITRを、菌株MDS42およびMG1655において、各継代で106希釈する4回の連続した継代にわたって増やした。図8から、9T-ITRが、MDS42において、少なくとも4回の連続した継代にわたって、無傷のまま増えることが可能であることが示される。しかし、非欠失親株MG1655内の9T-ITRは、継代1代目のうちに欠失および再編成を受けやすい。
【0073】
(表2)












【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】図1Aは、IS因子を全て欠く大腸菌多重欠失株(MDS)の構築を示す。同心円状の環は、外側の環に番号づけられた親大腸菌K-12株MG1655のゲノムに位置づけられた特徴を示す。中央から外側に向かって、環1〜5(灰色)は、配列決定された他の大腸菌ゲノムには存在しない、K-12の領域を示す。環6は、欠失の標的とされた領域を示す。環7は、天然IS因子およびRhs因子を示す。環8は、MDS43における欠失の実験的確認を示す。外側の環は、複製の開始点および終点の位置、ならびにrRNA、tRNA、およびその他の低分子安定RNAの遺伝子の位置を示す。図1Bは、大腸菌K-12細菌ゲノムにおける遺伝子および他のIS因子の位置を示す。
【図2】種々のDNA調製物におけるIS因子のPCR検出を示す。各パネルには、同じ順でロードしてある:(1) 陽性対照、(2) 陰性対照、(3) InvitrogenからのpBR322(DH10B中)、および(4) MDS42で生成したpBR322について、1 kB+マーカー、IS1、IS2、IS3、IS5、IS10、IS186、1 kB+マーカー。
【図3】図3aおよび3bは、37℃のMOPS最少培地における菌株MDS41、MDS42、およびMDS43の増殖速度(上図)、ならびに37℃のMOPS最少培地における、MG1655およびMDS42の増殖速度およびCAT発現の比較(下図)を示す。
【図4】炭素源としてサリシンを利用する能力の獲得により測定した、MDS41およびMG1655における、ゲノムへのIS移動による変異の頻度を比較する。
【図5】種々の菌株で増やしたpCTXVP60の制限パターンを示す:(M) 分子量マーカー、1 kbpラダー;(1) MDS41、挿入なし;(2) MDS42、挿入なし;(3) DH10B、IS10挿入;(4) DH10B、IS10挿入/欠失;(5) C600、IS5挿入;(6) C600、IS1挿入;および(7) C600、IS1挿入。CTXVP60リーディングフレームにおけるIS挿入の相対位置を、ゲルの下に図示する。
【図6】炭素源としてサリシンを利用する能力の獲得により測定した、pCTXVP60またはpCTXのいずれかで形質転換したMG1655における、ゲノムへのIS移動による変異の頻度を比較する。
【図7】D-サイクロセリン変異体の出現により測定した、IPTG誘導の存在下および非存在下における、CATの発現プラスミドを有するMG1655でのIS移動率を比較する。D-サイクロセリン変異体は、ほぼ例外なく、cycAにおける機能喪失変異に起因する。
【図8】MDS42およびMG1655で増やしたpT-ITRの制限パターンを示す。
【図1A】

【図1B】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲノムおよび非ゲノム挿入配列を欠く非天然細菌。
【請求項2】
大腸菌(E. coli)である、請求項1記載の細菌。
【請求項3】
そのゲノムが4.41 Mb未満である、請求項2記載の細菌。
【請求項4】
そのゲノムが4.27 Mb未満である、請求項2記載の細菌。
【請求項5】
そのゲノムが4.00 Mb未満である、請求項2記載の細菌。
【請求項6】
そのゲノムが3.71 Mb未満である、請求項2記載の細菌。
【請求項7】
そのゲノムが2.78 Mb未満である、請求項2記載の細菌。
【請求項8】
そのゲノムが1.86 Mb未満である、請求項2記載の細菌。
【請求項9】
菌株K-12に由来する、請求項2記載の細菌。
【請求項10】
DH10B、DH5α、Invα、Top10、Top10F、JM103、JM105、JM109、MC1061、MC4100、XL1-Blue、EC1OO、EC300等に由来する、請求項9記載の細菌。
【請求項11】
形質転換される能力を有する、請求項1記載の細菌。
【請求項12】
挿入配列ミニサークルを欠く、請求項1記載の細菌。
【請求項13】
付加的核酸をさらに含む、請求項1記載の細菌。
【請求項14】
付加的核酸が挿入配列を欠く、請求項13記載の細菌。
【請求項15】
付加的核酸がポリペプチドをコードする別の核酸を含み、該ポリペプチドコード核酸が発現制御配列に機能的に連結されている、請求項14記載の細菌。
【請求項16】
第1核酸がベクターである、請求項14記載の細菌。
【請求項17】
ベクターがプラスミドである、請求項16記載の細菌。
【請求項18】
(a) 請求項2記載の細菌を付加的核酸で形質転換する段階;(b) 段階(a)の形質転換細菌を、該付加的核酸の複製を可能にする条件下で増殖させる段階を含む、核酸を増やす方法。
【請求項19】
形質転換がエレクトロポレーションによる、請求項18記載の方法。
【請求項20】
核酸が不安定である、請求項18記載の方法。
【請求項21】
核酸が毒性である、請求項18記載の方法。
【請求項22】
(a) 請求項15記載の細菌を、ポリペプチドの発現を可能にするための適切な栄養条件下でインキュベートする段階;ならびに(b) 該ポリペプチドを任意に単離および精製する段階を含む、ポリペプチドを生成する方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2009−533027(P2009−533027A)
【公表日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−504480(P2009−504480)
【出願日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際出願番号】PCT/US2007/066087
【国際公開番号】WO2007/118162
【国際公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【出願人】(506042416)ウイスコンシン アラムニ リサーチ ファンデーション (2)
【Fターム(参考)】