説明

捕捉法を用いたRNAの測定方法

【課題】 試料中の標的RNAを迅速、簡便、高感度に測定すること。
【解決手段】(1)標的RNAと捕捉プローブとのハイブリダイゼーションにより、捕捉プローブを通じて標的RNAを固体支持体に結合する工程、(2)リボヌクレアーゼH(RNaseH)活性を有する酵素により捕捉された標的RNAとDNAプローブのRNA−DNA2本鎖のRNAを分解し、標的RNAを捕捉プローブから分離する工程、及び、(3)分離したRNAを増幅・測定する工程からなる、RNAの測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中に存在するRNAを簡便かつ迅速に測定するための方法に関し、詳しくは、当該RNAの固体支持体への捕捉及び断片化による遊離の後、断片化された当該RNAを測定することからなる、臨床検査、公衆衛生、食品検査の分野で有用なRNAの測定方法である。
【背景技術】
【0002】
臨床検査、公衆衛生、食品検査の分野では、試料中に含まれる細胞、細菌、真菌、ウイルス等のRNA(標的RNA)を測定するための検査が実施される。試料中に含まれる標的RNAは微量であるため、検査では標的RNAを増幅するのが普通であるが、そのためには試料から標的RNAを抽出し精製する操作(前処理)が必要となる。
【0003】
標的RNAの前処理には、AGPC法(非特許文献1)、BOOM法(特許文献1)、固体支持体を用いる捕捉法(標的RNAにハイブリダイズするプローブを固定化した固体支持体と試料を接触させて標的RNAのみを捕捉する方法、特許文献2)等がある。特に、固体支持体を用いる捕捉法は、標的RNAのみを精製することができ、有用である。ただし、RNAは二次構造を形成しやすく、その影響で、前記プローブがハイブリダイズする標的RNAの位置によっては、ハイブリダイゼーション効率が低下し、回収量が著しく低下するという問題があった。
【0004】
RNAの増幅法には、逆転写(RT)反応を行い、RNAに相補的なDNA鎖を合成した後、該DNA鎖を鋳型としてPCR反応を行なうRT−PCR法や、NASBA法(特許文献3及び4)及びTMA法(特許文献5)のように、一定温度でRNAのみを増幅する方法が知られている。しかし、前者は、一般的には逆転写(RT)工程及びPCR工程の二段階の工程が必要であり、このことは操作を煩雑にして再現性を悪化させる要因となるだけでなく、コンタミネーションの危険性をも増加させることになる。また、コンタミネーションの危険性が極めて高い操作である、増幅産物の電気泳動による測定操作が必要である。さらに、前記RT工程及びPCR工程、さらには増幅産物の測定工程を合わせると通例4から5時間以上の時間を要し、迅速であるとはいえず、また、多数検体処理や検査コストの低減には不向きであった。RT工程に引き続いて実施されるPCR工程で、TaqManプローブといったハイブリダイゼーションプローブを用いるReal−time RT−PCR法も提案されている。この方法では、PCR工程と増幅産物の測定工程が同時に行なわれるため、増幅産物の電気泳動によるコンタミネーションリスクを回避し、かつ、検査時間の短縮を実現した優れた測定方法である。しかし、該方法でも一般的にはRT工程及びPCR工程の二段階の工程が必要であり、操作の煩雑性とコンタミネーションのリスクが完全に解決されてはいない。また、検査時間は短縮できるものの、RT工程及びPCR工程を合わせると通例3時間以上の時間を要し、迅速検査とはいえない。
【0005】
これに対して後者(RNAのみを増幅する方法)は、標的となるRNAに対してプロモーター配列を含むプライマー、逆転写酵素及び必要に応じてリボヌクレアーゼH(RNaseH)により、プロモーター配列を含む2本鎖DNAを合成し、この2本鎖DNAを鋳型としRNAポリメラーゼによって標的RNA由来の特定塩基配列を含むRNAを生産し、このRNAが引き続きプロモーター配列を含む2本鎖DNA合成の鋳型となる連鎖反応を行うものである。そして、RNA増幅後、電気泳動又は測定可能な標識を結合させた核酸プローブを用いたハイブリダイゼーション法等により増幅されたRNAを測定する。この方法は一定温度、一段階でRNAのみを増幅することから簡便なRNA測定に適しているが、ハイブリダイゼーション法等による測定は煩雑な操作を必要とするため、多数検体処理や自動化に不適であるばかりでなく、結果として再現性不良や増幅核酸の二次汚染を招きやすいという課題がある。また、結果が出るまでに通常、NASBA、TMA共に90分以上必要であり、迅速な結果を得るには至っていない。さらに、増幅工程は一定温度であるものの、通例は増幅工程前に変性のための加温(例えば、65℃)が必要であり(特許文献4実施例1及び特許文献5実施例1に記載)、反応装置の省力化や低コスト化のための課題となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許2680462号公報
【特許文献2】特許2817926号公報
【特許文献3】特許2650159号公報
【特許文献4】特許3152927号公報
【特許文献5】特許3241717号公報
【特許文献6】特開2000−14400号公報
【特許文献7】特開2001−37500号公報
【特許文献8】特開2001−353000号公報
【特許文献9】特開平8−211050号公報
【特許文献10】特開2001−13147号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Chomczynski,P.,et al.(1987)Anal. Biochem.,162,156−159.
【非特許文献2】Ishiguro,T.,et al.(2003)Anal. Biochem.,314,1247−1252.
【非特許文献3】Ishiguro T.et al.(2003)Anal.Biochem.,314,77−86
【非特許文献4】Ishiguro T.et al.(1996)Nucleic Acids Res.,24,4992−4997
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
臨床検査、公衆衛生、食品検査の分野では試料中のRNAを抽出・精製し、増幅操作を行った後、測定操作を行う遺伝子検査が実施されている。前述したTMA法、NASBA法は一定温度、一段階でRNAのみを増幅することから簡便なRNAに適しているが、ハイブリダイゼーション法等による測定は煩雑な操作を必要とするため、多数検体処理や自動化に不適であるばかりでなく、結果として再現性不良や増幅核酸の二次汚染を招きやすいという課題がある。また、結果が出るまでに、通常、NASBA法及びTMA法では90分以上必要であり、迅速に測定結果を得るには至っていない。さらに、増幅工程は一定温度であるものの、通例は増幅工程前に変性のための加温(例えば、65℃)が必要であり(特許文献4(実施例1)及び特許文献5(実施例1)参照)、反応装置の省力化や低コスト化のための課題となっている。
【0009】
一定温度・一段階でRNAを増幅・測定する他の方法として、TRC法(特許文献6から8、非特許文献2)が挙げられる。当該方法は、インターカレーター性蛍光色素で標識され、標的核酸と相補的に2本鎖を形成するとインターカレーター性蛍光色素部分が前記2本鎖部分にインターカレートすることによって、蛍光特性が変化するように設計されたオリゴヌクレオチドプローブ存在下、前記RNA増幅法を実施し、蛍光特性の変化を測定するものである。さらに、切断用オリゴヌクレオチド及びRNaseH活性を有した酵素により、標的RNAを切断し、標的RNAの高次構造形成を抑制するのに加え、プライマー等の結合領域を標的RNAの(二次構造を計算して推定した)高次構造フリー領域に設定することで、一定温度、一段階かつ密閉容器内でRNA増幅及び測定を、同時にかつ迅速(30分以内)・簡便に実施することが可能である(非特許文献2)。
【0010】
TRC法は、以上に述べてきたRNA測定法の中で、迅速性、簡便性、信頼性の点から、特に好適な方法といえる。しかし、TRC法は、比較的低温度(35から60℃)の一定温度で実施し、変性工程をまったく行わないため、前述したAGPC法(非特許文献1)、BOOM法(特許文献1)で抽出・精製されたRNAを増幅・測定する場合、多量に含まれる非標的RNAの競合阻害の影響で、標的RNAに対する測定感度が低下してしまうという課題があった。
【0011】
従って本発明は、RNAの高次構造の影響を軽減しつつ、簡便に試料中の標的RNAを非標的RNAが含まれないように抽出・精製する前処理し、迅速かつ高感度なRNAの測定方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、RNAの高次構造の影響を軽減しつつ、簡便に試料中の標的RNAを非標的RNAが含まれないように抽出・精製する前処理することにより、迅速かつ高感度なRNAの測定方法を実現するに至った。かかる課題を解決した本発明は、以下の各工程からなる、RNAの測定方法である。以下に本発明を詳細に説明する。
(1)標的RNAと捕捉プローブとのハイブリダイゼーションにより、捕捉プローブを通じて標的RNAを固体支持体に結合する工程、
(2)リボヌクレアーゼH(RNaseH)活性を有する酵素により捕捉された標的RNAとDNAプローブのRNA−DNA2本鎖のRNAを分解し、標的RNAを捕捉プローブから分離する工程、及び、
(3)分離したRNAを増幅・測定する工程。
【0013】
本発明中の試料とは、食品、飲料水、環境水、糞便及び嘔吐物、鼻腔及び咽頭等のぬぐい液、血液、その他の分泌液、体液、組織洗浄液等である。
【0014】
本発明中の特定塩基配列とは、標的RNA、即ち測定されるべきRNA上に存在する部分で、第一のプライマーとの相同領域の5’末端から第二のプライマーとの相補領域の3’末端までの塩基配列と相同なRNA又はDNAの塩基配列をいう。すなわち、本発明では前記特定塩基配列又はその相補配列に由来するRNA転写産物が増幅されることになる。該RNA転写産物を転写するための鋳型となる2本鎖DNAは、RNAポリメラーゼのプロモーター配列下流のセンス鎖又はアンチセンス鎖に特定塩基配列を有する。また、本発明中の部分配列とは、標的RNA上で、前記特定塩基配列を含まない塩基配列を意味する。
【0015】
本発明中の捕捉プローブとは、標的RNAの部分配列にストリンジェントな条件でハイブリダイズ可能なDNAプローブをいう。捕捉プローブと固体支持体の結合にはビオチン/アビジン又はストレプトアビジン、アミノ基/カルボキシル基等の反応が使用可能であるが、ビオチン/アビジン又はストレプトアビジンの反応による結合が好ましい。ここで、固体支持体は、ラテックスビーズ、ガラスビーズ等の使用可能であるが、自動化、簡便化の点から磁性ビーズの使用が好ましい。
【0016】
ストリンジェントな条件とは特に限定されるものではないが、例えば、42℃における50%(v/v)ホルムアミド、0.1%ウシ血清アルブミン、0.1%フィコール、0.1%のポリビニルピロリドン、50mMリン酸ナトリウムバッファー(pH6.5)、150mMの塩化ナトリウム、75mMクエン酸ナトリウム等といった条件下においてハイブリダイズ可能であることを意味する。
【0017】
本発明の(1)の工程では、標的RNAと捕捉プローブとのハイブリダイゼーションにより、捕捉プローブを通じて標的RNAが固体支持体に結合する。捕捉プローブは、標的RNAとのハイブリダイゼーションに先だって固体支持体に結合していても良いし、その最中に固体支持体に結合しても良いし、又は、ハイブリダイゼーション後に固体支持体に結合しても良い。例えば、ビオチンを結合した捕捉プローブと標的RNAとを混合してまずハイブリダイゼーションさせ、後にアビジンを結合した固体指示体を加える等とすることが例示できる。以上の(1)の工程を終了した段階で、少なくとも固体支持体を試料から分離し、好ましくは適当な緩衝液で洗浄して非標的RNAが固体支持体に共存しないようにする。かかる非標的RNAが混入すると、標的RNAの測定感度が低下するからである。
【0018】
上記したハイブリダイゼーションの工程に先立ち、本発明では、好ましくは標的RNAを後の増幅や検出の操作の支障にならない範囲で断片化するものである。断片化の処理としては、例えばアルカリ加水分解処理による断片化が例示できる。具体的には、pH9から12の溶液中で標的RNAを断片化する方法が例示できる(特許第3178014号参照)。なお、断片化の度合いはアルカリ溶液のpHや温度によって調節が可能であり、標的RNAの長さによってアルカリ溶液のpH、温度を任意に設定して断片化を行うことができる。このように、標的RNAを予め断片化しておくことにより、標的RNAを捕捉プローブとハイブリダイゼーションした場合に、標的RNAが高次構造を形成し、後の増幅操作の際のプライマーの結合を妨げるといった減少を抑制し、プライマーを標的RNAに容易に結合させて増幅効率を向上し、結果的に測定感度の向上を図ることが可能となる。
【0019】
続く(2)の工程では、リボヌクレアーゼH(RNaseH)活性を有する酵素により捕捉された標的RNAとDNAプローブのRNA−DNA2本鎖のRNAを分解し、標的RNAを捕捉プローブから分離する。リボヌクレアーゼ活性を有する酵素としては、例えば、AMV逆転写酵素等を例示することができる。またこの酵素は、後述する増幅操作で使用する「リボヌクレアーゼH(RNaseH)活性を有する酵素」の役割も担わせることが可能である。
【0020】
本発明の(3)の工程は、上記(2)で分離した標的RNAを増幅し測定する工程である。標的RNAの増幅法としては、RT−PCR、RT−LAMP、NASBA、TMA、TRC等の種々の増幅方法が使用可能であり、特に限定されないが、DNAの混入があったとしても標的RNAの増幅が影響を受けず、しかも一定温度で実施可能なRNA増幅法であるNASBA、TMA、TRC等が好ましい。そこで、本発明の実施の具体的な一態様を説明すると、(a)分離した標的RNA中の特定塩基配列の一部と相補的な配列を有する第二のプライマーが前記RNAにハイブリダイズし、RNA依存性DNAポリメラーゼ活性を有する酵素により、特定塩基配列に相補的なcDNAを合成し、前記RNAとのRNA−DNA2本鎖を生成する工程、(b)リボヌクレアーゼH(RNaseH)活性を有する酵素により、前記RNA−DNA2本鎖のRNAを分解する工程(1本鎖DNAの生成)、(c)該1本鎖DNAに、前記特定塩基配列の一部と相同的な配列を有する第一のプライマーがハイブリダイズし(ここで前記第二又は第一のプライマーのいずれか一方はその5’末端にRNAポリメラーゼのプロモーター配列が付加されてなる)、DNA依存性DNAポリメラーゼ活性を有する酵素により、特定塩基配列又は特定塩基配列に相補的な配列のRNAを転写可能なプロモーター配列を含む2本鎖DNAを生成する工程、(d)RNAポリメラーゼ活性を有する酵素により前記2本鎖DNAを鋳型とするRNA転写産物を生産する工程、及び、(e)該RNA転写産物が、前記(a)の反応におけるcDNA合成の鋳型となることで、連鎖的にRNA転写産物を生成する工程とを含む、というものである。
【0021】
上記の具体的態様において、RNAポリメラーゼ又はRNAポリメラーゼ活性を有する酵素は特定のプロモーター配列が既知のものなら特に限定されないが、分子生物学の分野で汎用されるバクテリアファージ由来の、T7 RNAポリメラーゼ、T3 RNAポリメラーゼ、SP6 RNAポリメラーゼ等を使用することが例示できる。そして当然のことであるが、前記プロモーター配列としては、前記RNAポリメラーゼに対応するプロモーター配列を使用することになる。なおプロモーター配列には、転写効率に影響を及ぼすことが知られている転写開始領域が付加されていても良い。本発明の増幅のために使用する酵素(1本鎖RNAを鋳型とするRNA依存性DNAポリメラーゼ活性を有する酵素(逆転写酵素)、RNase H活性を有する酵素、1本鎖DNAを鋳型とするDNA依存性DNAポリメラーゼ活性を有する酵素、及びRNAポリメラーゼ活性を有する酵素))は、いくつかの活性を合わせ持つ酵素を使用してもよいし、それぞれの活性を持つ複数の酵素を使用してもよい。例えば、1本鎖RNAを鋳型とするRNA依存性DNAポリメラーゼ活性、RNase H活性、及び1本鎖DNAを鋳型とするDNA依存性DNAポリメラーゼ活性を合わせ持つ逆転写酵素が知られている。例えば、分子生物学的実験で汎用されているAMV逆転写酵素、MMLV逆転写酵素、HIV逆転写酵素又はこれらの誘導体が好ましい酵素として例示できるが、中でもAMV逆転写酵素とその誘導体が最も好ましい。当該酵素にRNAポリメラーゼ活性を有する酵素を添加するだけでなく、必要に応じてRNase H活性を有する酵素をさらに添加して補足すること等も可能である。
【0022】
上記した増幅において、第一のプライマーにプロモーター配列が付加されている場合は、標的RNAは、その特定塩基配列の前記5’末端部位で切断されていることが好ましい。特定塩基配列の5’末端部位で切断されることで、cDNA合成後に、cDNAにハイブリダイズした第一のプライマーのプロモーター配列に相補的なDNA鎖を、前記cDNAの3’末端を伸長することにより効率的に合成することができ、結果として機能的な2本鎖DNAプロモーター構造を形成するからである。この目的のため、例えば、前記した捕捉プローブとは異なる切断用プローブを投入し、リボヌクレアーゼH(RNaseH)活性を有する酵素により標的RNAと切断用プローブのRNA−DNA2本鎖のRNAを分解し、標的RNAを所定の位置で切断することが例示できるが、より好ましくは、捕捉用プローブを切断用プローブとして使用することである。即ち、固体支持体へ捕捉した標的RNAはリボヌクレアーゼH(RNaseH)活性を有する酵素によって分解して遊離させるのであるから、標的RNAをその特定塩基配列の前記5’末端部位で切断できる捕捉用プローブを用いれば、固体支持体からの遊離の際、同時に、プロモーター配列が付加された第一のプライマーを使用する場合に必要な標的RNAの切断が完了することになる。
【0023】
試料中の標的RNAと捕捉プローブを接触させ、標的RNAを固体支持体に捕捉し、該標的RNAと捕捉プローブのRNA−DNA2本鎖のRNAをリボヌクレアーゼH(RNaseH)活性を有する酵素により分解することで、固体支持体から標的RNAは分離する。分離した標的RNAを鋳型として前記第一のプライマー及び第二のプライマーの存在下で前記逆転写酵素による逆転写反応を実施すると、第二のプライマーが標的RNA内の特定塩基配列に結合し、前記逆転写酵素のRNA依存性DNAポリメラーゼ活性によりcDNA合成が行われる。得られたRNA−DNAハイブリッドは前記逆転写酵素のRNase H活性によってRNA部分が分解され、解離することによって第一のプライマーが前記cDNAに結合する。引き続いて、前記逆転写酵素のDNA依存性DNAポリメラーゼ活性により特定塩基配列由来で5’末端にプロモーター配列を有する2本鎖DNAが生成される。該2本鎖DNAは、プロモーター配列下流に特定塩基配列を含み、前記RNAポリメラーゼにより特定塩基配列に由来するRNA転写産物を生産する。該RNA転写産物は、前記第一及び第二のプライマーによる前記2本鎖DNA合成のための鋳型となって、一連の反応が連鎖的に進行し、前記RNA転写産物が増幅されていく。
【0024】
本発明では、標的核酸を増幅した後に測定する。測定は、既知の核酸測定法により測定することが可能であるが、具体的には電気泳動や液体クロマトグラフィーを用いた方法、FRET(蛍光共鳴エネルギー移動)等の蛍光標識をはじめとする、測定可能な標識で標識された核酸プローブによるハイブリダイゼーション法等を例示することができる。これらの手法の中でも、操作工程が少なく、増幅産物を反応系から取り出して分析する必要がないために二次汚染の原因となる増幅産物の環境への飛散の危険性が少ない核酸プローブを用いる方法が好ましく、特に好ましい方法として、インターカレーター性蛍光色素で標識された核酸プローブで、かつ標的核酸と相補的2本鎖を形成するとインターカレーター性蛍光色素部分が前記相補的2本鎖部分にインターカレートすることによって蛍光特性が変化するように設計された核酸プローブを使用する方法を例示することができる(特許文献7及び非特許文献3)。標的RNAを増幅し測定する工程における最も好適な方法は、他法に比して顕著に迅速で、一定温度・一段階でRNAを増幅し、同時に増幅産物をモニタリングする特許文献6に記載の方法である。RNA転写産物上の特定塩基配列のうち、前記プライマーとの相同又は相補領域以外の配列に、インターカレーター性蛍光色素で標識された核酸プローブとの相補的結合が可能である。よって、インターカレーター性蛍光色素で標識された核酸プローブは、本発明中のRNA転写産物上の特定塩基配列の一部と相補的な配列を有しているものが使用可能であるが、この核酸プローブもまた、RNA転写産物上の特定塩基配列のうち、前記プライマーとの相同又は相補領域以外の配列の一部に相同な配列に対して、ストリンジェントな条件でハイブリダイズ可能である。
【0025】
前記インターカレーター性蛍光色素としては特に限定されないが汎用されているオキサゾールイエロー、チアゾールオレンジ、エチジウムブロマイド、及びこれらの誘導体等が利用できる。前記蛍光特性の変化としては蛍光強度の変化があげられる。たとえばオキサゾールイエローの場合、2本鎖DNAにインターカレートすることによって510nmの蛍光(励起波長490nm)が顕著に増加することが既知である。前記インターカレーター性蛍光色素で標識された核酸プローブは、前記RNA転写産物上の標的RNAに対してストリンジェントな条件でハイブリダイズ可能なオリゴヌクレオチドで、末端あるいはリン酸ジエステル部あるいは塩基部分に適当なリンカーを介してインターカレーター性蛍光色素が結合され、さらに、3’末端の水酸基からの伸長を防止する目的で該3’末端の水酸基が適当な修飾をなされている構造を有する(特許文献9及び非特許文献4)。
【0026】
オリゴヌクレオチドへのインターカレーター性蛍光色素の標識は、既知の方法でオリゴヌクレオチドに官能基を導入し、インターカレーター性蛍光色素を結合させることが可能である(特許文献10及び非特許文献4)。また、前記官能基の導入方法としては、汎用されているLabel−ON Reagents(Clontech製)等を用いることも可能である。
【0027】
本発明は、上述した事項に加え、以下のような条件で実施することが特に好ましい。即ち、試料から標的RNAを捕捉する場合、試料中に存在するRNaseの影響を軽減するために、捕捉プローブと標的RNAをハイブリダイズするための反応液は、グアニジン塩酸塩やグアニジンチオシアネートといったカオトロピック塩を添加することが好ましい。また試料中に含まれる非標的RNAやRNA増幅反応阻害物、更にはカオトロピック塩といった増幅操作を妨害する可能性のある物質を除去するために、標的RNAを捕捉した固体支持体をナトリウム、カリウム又はリチウム塩を含んだ洗浄液で洗浄することが特に好ましい。
【0028】
前記した増幅の操作においては、連鎖反応を進行させるために、本発明で使用する各酵素に必須な既知の要素として、緩衝剤、マグネシウム塩、カリウム塩、ヌクレオシド−三リン酸及びリボヌクレオシド−三リン酸を含む反応液を使用することが好ましい。更に好ましくは、反応効率を向上するために、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジチオスレイトール(DTT)、ウシ血清アルブミン(BSA)及び糖を添加することが好ましい。
【0029】
本発明の各工程を実施する温度条件は特に制限されないが、増幅の工程は特に温度に敏感であるため、例えばAMV逆転写酵素及びT7 RNAポリメラーゼを用いる場合、35から65℃の範囲で反応温度を設定することが好ましく、40から50℃の範囲で設定することが特に好ましい。
【0030】
本発明の具体的態様として、(1)の工程を捕捉プローブ、固体支持体、カオトロピック塩を含む反応液により実施し、(2)の工程で塩類を含む洗浄液を用いて試料中の標的RNAを遊離させ、(3)の工程で標的RNAに対し、5’末端にT7プロモーター配列を有する第一のプライマー、第二のプライマー、インターカレーター性蛍光色素で標識された核酸プローブ、AMV逆転写酵素、T7 RNAポリメラーゼ、緩衝剤、マグネシウム塩、カリウム塩、ヌクレオシド−三リン酸、リボヌクレオシド−三リン酸、ジメチルスルホキシド(DMSO)を含む増幅試薬を添加し、反応温度35から65℃(好ましくは40から50℃)の一定温度で反応させると同時に反応液の蛍光強度を経時的に測定する方法が包含される。この態様においては、標的RNAを固体支持体に捕捉し遊離させ、増幅し、測定する、という一連の操作が単一の容器内で実施可能である。また、標的RNAの増幅・測定に必要な試薬と試料を単一の容器に封入可能であるから、一定量の試料をかかる単一の容器に分注するという操作さえ実施すれば、その後は自動的にRNAを増幅し測定することができることになる。この容器は、例えば蛍光色素が発する信号を外部から測定可能なように、少なくともその一部分が透明な材料で構成されてさえいれば良く、試料を分注した後に密閉することが可能なものはコンタミネーションの防止のうえで特に好ましい。
【0031】
さらに、蛍光強度を経時的に測定することから有意な蛍光増加が認められた任意の時間で測定を終了することが可能であり、核酸増幅及び測定をあわせて通例30分以内で終了することが可能である。
【0032】
前記態様のRNAの測定方法は、単一の容器で実施可能であるため、簡便で自動化に適した方法であるといえる。本発明により、標的RNAを高感度、迅速、かつ簡便に測定することが可能となった。
【発明の効果】
【0033】
本発明は、以下の工程からなることを特徴とする。
(1)標的RNAと捕捉プローブとのハイブリダイゼーションにより、捕捉プローブを通じて標的RNAを固体支持体に結合する工程、
(2)リボヌクレアーゼH(RNaseH)活性を有する酵素により捕捉された標的RNAとDNAプローブのRNA−DNA2本鎖のRNAを分解し、標的RNAを捕捉プローブから分離する工程、及び、
(3)分離したRNAを増幅・測定する工程。
ここで、上記(1)の構成を採用したことにより、その終了段階に適当な緩衝液で洗浄すれば、非標的RNAが固体支持体と共存しないようにして、標的RNAの測定感度が低下することを防止できるという効果を達成することができる。また、その後に標的RNAをアルカリ加水分解等するという構成を採用すれば、標的RNAが高次構造を形成し、後の増幅操作の際のプライマーの結合を妨げるといった減少を抑制し、プライマーを標的RNAに容易に結合させて増幅効率を向上し、結果的に測定感度の向上を図れるという効果を達成できる。そしてその後の(3)の工程でTRC法を採用すれば、RNAのみを増幅する増幅方法を採用すれば、DNAの混入があったとしても標的RNAの増幅が影響を受けず、しかも一定温度で実施可能となるという効果を達成することができる。特に、測定の操作を前記したインターカレーター性蛍光色素で標識された核酸プローブを採用して実施すれば、一定量の試料をかかる単一の容器に分注するという操作のみでその後は自動的にRNAを増幅し測定することができる増幅方法を提供することが可能となる。
【0034】
このように、アルカリ加水分解によるRNAの高次構造形成の抑制、プロモーター配列を有する第一のプライマー及び第二のプライマーを用いたRNA転写産物の生成、標的RNAと相補的2本鎖を形成するとシグナル特性が変化するように設計された核酸プローブを共存させ、増幅されたRNA転写産物に由来する蛍光強度の増加を経時的に測定することにより、標的RNAの測定を簡便、迅速、かつ高感度に行なうことが可能となる。ちなみに、本発明の測定方法を用いたRNAの測定は、従来技術と比較すると圧倒的に迅速かつ高感度である、という特徴を有しているため、臨床検査、公衆衛生、食品検査の分野等の迅速検査に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例により限定されるものではない。
【実施例】
【0036】
実施例1 RNAの測定
ノロウイルス陽性糞便乳剤の上澄み液をノロウイルス陰性10%糞便乳剤上澄み液にて段階希釈した。各希釈液100μLに10pmolの捕捉プローブ(3’末端をBiotin化したオリゴヌクレオチド 配列番号1)及び100μLの変性・捕捉液(Buffer RLT:QIAGEN)を混合し、室温で5分間、静置した。その後、50μgのストレプトアビジン修飾磁性ビーズ(MAGNOTEX-SA:TAKARA)を添加し、室温で5分間静置した。磁石により個液分離後、洗浄液200μL(10mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0),1mM EDTA,1M KCl)にて洗浄し、ストレプトアビジン修飾磁性ビーズを回収した。回収した磁性ビーズに25μLの切断反応液(A)を添加し、43℃で5分間反応させ、個液分離により反応液を0.5mL容量PCR用チューブ(Individual Dome Cap PCR Tube、SSI製)に回収した。上記の反応液を、43℃で5分間保温後、予め43℃で2分間保温した増幅反応液(B)5μLを添加した。引き続きPCRチューブを直接測定可能な温度調節機能付き蛍光分光光度計を用い、43℃で保温して、励起波長470 nm、蛍光波長520 nmで、反応溶液を経時的に15分間測定した。
【0037】
酵素添加時を0分として、反応液の蛍光強度比(所定時間の蛍光強度値をバックグラウンドの蛍光強度比で割った値)が1.3を超えた場合を陽性判定とし、そのときの時間を測定時間とした結果を表1に示した。
(1)切断反応液(A)の組成:増幅反応時(30μL中)の最終濃度
60mM Tris−HCl緩衝液(pH8.6)
17mM 塩化マグネシウム
100mM 塩化カリウム
1mM DTT
各0.25mM dATP、dCTP、dGTP、dTTP
各3mM ATP、CTP、UTP、GTP
3.6mM ITP
0.75μM 第二のプライマー(塩基番号3)
6U リボヌクレアーゼインヒビター(タカラバイオ製)
6.4U AMV逆転写酵素 (ライフサイエンス製)
13% DMSO
(2)増幅反応液(B)の組成:増幅反応時(30μL中)の最終濃度
0.75μM 第一のプライマー (配列番号1)該プライマーは5’末端にT7プロモーター配列(配列番号5)が付加されている。
【0038】
30nM INAFプローブ(配列番号4)
2.0% ソルビトール
142U T7 RNAポリメラーゼ (インビトロジェン製)
3.6μg 牛血清アルブミン
比較として、上記希釈液を138μLからQIAamp Viral RNAMini Kit(QIAGEN)を用いて、60μLのRNA抽出液を得た。
以下の組成の反応液20μLを0.5mL容量PCR用チューブに分注し、これに前記RNA抽出液5μLを添加した。
(1)反応液の組成:濃度は酵素液添加後(30μL中)の最終濃度
60mM Tris−HCl緩衝液(pH8.6)
17mM 塩化マグネシウム
100mM 塩化カリウム
1mM DTT
各0.25mM dATP、dCTP、dGTP、dTTP
各3mM ATP、CTP、UTP、GTP
3.6mM ITP
0.75μM 第一のプライマー(前記第一のプライマーと同じ配列)
0.75μM 第二のプライマー(前記第二のプライマーと同じ配列)
30nM INAFプローブ(前記INAFのプライマーと同じ配列)
0.16μM 切断用オリゴヌクレオチド:前記捕捉プローブと同じ塩基配列。該オリゴヌクレオチドの3’末端の水酸基はアミノ基で修飾されている。
【0039】
6U リボヌクレアーゼインヒビター(タカラバイオ製)
13% DMSO
上記の反応液を、43℃で5分間保温後、以下の組成で、予め43℃で2分間保温した酵素液5μLを添加した。
(1)酵素液の組成:反応時(30μL中)の最終濃度
2.0% ソルビトール
6.4U AMV逆転写酵素 (ライフサイエンス製)
142U T7 RNAポリメラーゼ (インビトロジェン製)
3.6μg 牛血清アルブミン
引き続きPCRチューブを直接測定可能な温調機能付き蛍光分光光度計を用い、43℃で反応させると同時に反応溶液の蛍光強度(励起波長470nm、蛍光波長520nm)を経時的に15分間測定した。本実施例で使用した配列番号1から配列番号5までの各配列について、表3にその概要を示す。
【0040】
酵素添加時を0分として、反応液の蛍光強度比(所定時間の蛍光強度値をバックグラウンドの蛍光強度比で割った値)が1.3を超えた場合を陽性判定とし、そのときの時間を測定時間とした結果を表1に示した。
【0041】
表1に示すように、比較法は10希釈までしか測定ができなかったのに対して、本発明に示す方法では10希釈まで測定が可能であった。以上の結果から、本発明に示す方法は非標的RNAを除去することにより、高感度に標的RNAを測定できることが示された。
【0042】
【表1】

実施例2 アルカリ加水分解処理したRNAを用いた測定
ノロウイルス陽性糞便検体から抽出されたノロウイルスRNA溶液(約7500塩基)5μLに100mM 炭酸ナトリウム緩衝液(pH10.3)50μLを添加して60℃で0、5、15、30、45分間放置した。この溶液に5μLの停止液(1M 酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.0)を添加して、アルカリ加水分解を停止した。この溶液を実施例1と同様の手順でストレプトアビジン修飾磁性ビーズに捕捉、切断、増幅、測定した。各アルカリ加水分解時間における測定時間の結果を表2に示した。
【0043】
【表2】

表2に示したように、5から15分間、アルカリ加水分解処理によるRNAの断片化により、RNAが立体構造を有さなくなり、捕捉効率が向上したことが確認された。
【0044】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の各工程からなる、RNAの測定方法。
(1)標的RNAと捕捉プローブとのハイブリダイゼーションにより、捕捉プローブを通じて標的RNAを固体支持体に結合する工程
(2)リボヌクレアーゼH(RNaseH)活性を有する酵素により捕捉された標的RNAとDNAプローブのRNA−DNA2本鎖のRNAを分解し、標的RNAを捕捉プローブから分離する工程、及び、
(3)分離したRNAを増幅・測定する工程。
【請求項2】
前記RNAの増幅が以下各工程からなることを特徴とする、請求項1のRNAの測定方法。
(1)分離した標的RNA中の特定塩基配列の一部と相補的な配列を有する第二のプライマーが前記RNAにハイブリダイズし、RNA依存性DNAポリメラーゼ活性を有する酵素により、特定塩基配列に相補的なcDNAを合成し、前記RNAとのRNA−DNA2本鎖を生成する工程、
(2)リボヌクレアーゼH(RNaseH)活性を有する酵素により、前記RNA−DNA2本鎖のRNAを分解する工程(1本鎖DNAの生成)、
(3)該1本鎖DNAに、前記特定塩基配列の一部と相同的な配列を有する第一のプライマーがハイブリダイズし(ここで前記第二又は第一のプライマーのいずれか一方はその5’末端にRNAポリメラーゼのプロモーター配列が付加されてなる)、DNA依存性DNAポリメラーゼ活性を有する酵素により、特定塩基配列又は特定塩基配列に相補的な配列のRNAを転写可能なプロモーター配列を含む2本鎖DNAを生成する工程、
(4)RNAポリメラーゼ活性を有する酵素により前記2本鎖DNAを鋳型とするRNA転写産物を生産する工程、
(5)該RNA転写産物が、前記(1)の反応におけるcDNA合成の鋳型となることで、連鎖的にRNA転写産物を生成する工程、及び
(6)前記RNA転写産物量を測定する工程。
【請求項3】
前記捕捉プローブが前記特定塩基配列中の第一のプライマーとの相同領域の5’末端部位と重複して該部位から5’方向に隣接する領域に相補的なオリゴヌクレオチドとRNase Hにより前記特定塩基配列の5’末端部位で前記RNAを切断することを特徴とする請求項1又は2に記載のRNAの測定方法。
【請求項4】
前記RNA転写産物量の測定が、標的RNAと相補的な2本鎖を形成すると蛍光特性が変化するように設計された蛍光色素標識オリゴヌクレオチドプローブ共存下で前記蛍光特性の変化を測定することによってなされることを特徴とする請求項1から3に記載のRNAの測定方法。

【公開番号】特開2011−147412(P2011−147412A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−12911(P2010−12911)
【出願日】平成22年1月25日(2010.1.25)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】