説明

捲縮性ポリエステル繊維およびその製造方法

【課題】産業資材用途、特にタイヤコードなどのゴム補強用途、ベルト用途およびロープ用途等の処理剤などによる含浸処理を必要とする用途に適した捲縮性ポリエステル繊維とその製造方法を提供すること。
【解決手段】強度が8.0cN/dtex以上、かつ、捲縮数が3個/25mm以上である捲縮性ポリエステル繊維であり、その製造方法は、固有粘度0.8dl/g以上のポリエステルを溶融吐出し、紡糸口金面より紡糸線に沿って50mmまでの間で、かつ冷却開始位置より上流で、該溶融吐出されたポリエステルに対して強度I(W/cm)が下記範囲であるレーザを照射した後、冷却固化させて未延伸糸を得、引き続き該未延伸糸を加熱下で延伸および熱処理することを特徴とする捲縮性ポリエステル繊維の製造方法である。
50/D≦I≦150/D
D:口金孔径(φmm)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は捲縮性ポリエステル繊維に関し、さらに詳しくは、特に、産業資材用途、特にタイヤコードなどのゴム補強用途、ベルト用途およびロープ用途等の処理剤などによる含浸処理を施す必要がある用途に適した捲縮性を有しつつも、高い強度を有する捲縮性ポリエステル繊維およびその製造方法に関するものである。
なお、本発明において「捲縮性繊維」とは、該繊維が、天然繊維が有するような3次元的な捲縮を有する繊維のことをいい、本発明はそのような捲縮についての特質を持つポリエステル繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリエステル繊維は、力学的特性、寸法安定性においてバランスがよく優れた特性を持ち、かつ溶融紡糸・延伸、更には高速紡糸法等より、安定した工業的な生産ができるため、衣料用途のみならず産業資材用途にも広く使用されている。
【0003】
そうした中、口金孔から紡糸された本来はストレートなポリエステル繊維に対して、天然繊維が持つ捲縮と呼ばれる如き3次元構造を付与させることが要請される場合がある。
溶融紡糸方法において繊維に3次元的捲縮を付与された繊維は、従来から種々提案されている。
【0004】
例えば、収縮性の異なる2種類以上の樹脂をサイドバイサイド型に配置させたサイドバイサイド型複合繊維、あるいは芯成分を偏心させて鞘成分中に配置させた芯鞘型複合繊維がある。
【0005】
しかし、これらの複合繊維は異種成分に基づいて繊維断面構造が異なるため、断面積方向で大幅に変形機構が異なる繊維であり、高荷重下では成分ごとに負担する応力が異なり、応力集中が起こりやすい構造であることから該繊維の強度は低くなる。更に、該繊維はその製造工程において特定の組合せでの複数の樹脂を使用するため、コストが高くなることに加え製糸状況が不安定となるという問題がある。確かに該繊維にも特殊な延伸処理を行うことにより、強度が改善されたものは存在する(特許文献1参照)。しかし、該特許文献1の実施例に記載された強度は高々6.7g/d(5.9cN/dtex)程度であり、産業資材用途に適した繊維でないことは明らかなことである。
【0006】
一方、捲縮性が付与された単成分からなる繊維を開示したものも存在する。しかし、一般に、該繊維はその紡糸工程あるいは延伸工程において融点近傍にまで加熱された熱板や熱ピンによって片面接触加熱処理を行い、繊維軸方向あるいは断面方向に周期的な繊維構造変化を付与することで、捲縮性を発現させるものである。このような方法で得られた繊維は、過剰な加熱による劣化および分子鎖配向を阻害する結晶の生成、更には必然的に繊維軸方向に太細斑を生起することとなるため、高荷重下では捲縮部分(山もしくは谷)への応力集中が起こりやすく、強度は極めて低くなる。この問題を改善するために溶融紡糸工程において、レーザ光を片側から照射することにより繊維に潜在的捲縮性を付与する方法の開示がある(特許文献2参照)。
【0007】
この特許文献2の技術では前述したような繊維の形状変化による問題は解消されるが、製造方法において溶融樹脂に片面から強制的冷却、もう片面から非常に強力なレーザ(特許文献2の実施例では100〜300W)を照射することによって断面方向に構造差を付与しており、前述したような加熱による劣化あるいはその過剰な構造差から繊維強度は低くなる。また、実施例に記載される原料樹脂の固有粘度が高々0.63dl/gであることや強度の値が高々5.2g/d(4.6cN/dtex)であることなどから、これも産業資材用途に耐え得るような繊維でない。
【0008】
また、溶融紡糸過程において、吐出繊維に対してレーザ光を照射し、未延伸糸を得る技術が本発明者らは既に開示している(特許文献3参照)。
【0009】
しかし、この技術においては断面方向において構造が均一な繊維、いわゆるフラットヤーンを製造する方法であり、延伸性に優れるポリエステル繊維を、優れた製糸性かつ省エネルギーで製造することは可能であっても、捲縮性を付与することは困難なものであった。
【0010】
以上のように優れた捲縮性を有しつつも、産業資材用途に適した高い強度を有する捲縮性ポリエステル繊維に関する技術は存在していない。
【特許文献1】特開平9−228154号公報(第1頁、実施例)
【特許文献2】特公昭56−11762号公報(第2頁)
【特許文献3】特開2004−324017号公報(第1頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、産業資材用途、特に、タイヤコードなどのゴム補強用途、ベルト用途およびロープ用途等の処理剤などによる含浸処理を必要とする用途に適した捲縮性ポリエステル繊維と、該捲縮性ポリエステル繊維の製造方法を提供することにある。なお、本発明において、含浸処理とは、例えばタイヤコードなど他素材との接着が必要となる用途において繊維からなる構造材にエポキシやRFLなどの処理液を含浸させる処理のことを意味し、この際、構造材を構成する単繊維間に適度な空隙が存在すれば処理剤がより構造材内部にまで入り込むこととなり、該構造材はより強固なものとなるのである。従って、このような含浸処理を必要とする用途においては、一般に産業資材用途に必須となる高い強度を有することに加え、捲縮性を有するポリエステル繊維の実現が望まれることになるのである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述した目的を達成する本発明のポリエステル繊維は、下記の(1)と(2)を同時に満足することを特徴とする捲縮性ポリエステル繊維である。
【0013】
(1)強度が8.0cN/dtex以上
(2)捲縮数が3個/25mm以上
かかる本発明のポリエステル繊維において、さらにより好ましくは、弾性率が130cN/dtex以上であることを特徴とするものである。
【0014】
また、上述した目的を達成する本発明のポリエステル繊維の製造方法は、固有粘度0.8dl/g以上のポリエステルを溶融吐出し、紡糸口金面より紡糸線に沿って50mmまでの間で、かつ冷却開始位置より上流で、該溶融吐出されたポリエステルに対して強度I(W/cm)が下記範囲であるレーザを照射した後、冷却固化させて未延伸糸を得て、引き続き該未延伸糸を加熱下で延伸および熱処理することを特徴とする捲縮性ポリエステル繊維の製造方法である。
50/D≦I≦150/D
D:口金孔径(φmm)
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、産業資材用途、特にタイヤコードなどのゴム補強用途、ベルト用途およびロープ用途等の処理剤などによる含浸処理を必要とする用途に適した捲縮性ポリエステル繊維が提供される。また、本発明によれば、該産業資材用途とに適した捲縮性ポリエステル繊維を製造する方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明にかかる捲縮性ポリエステル繊維とその製造方法を実施するための最良の形態について説明する。
【0017】
本発明でいうポリエステルは、エステル結合を繰り返し構造にもつ直鎖状高分子であり、特に限定されるものではないが、好ましくはポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、あるいはポリエチレンナフタレートであり、特にポリエチレンテレフタレートがより好ましい。本発明の捲縮性ポリエステル繊維には、本発明の効果が損なわれない範囲で他の成分が共重合されていてもよい。さらに、本発明の捲縮性ポリエステル繊維には、艶消剤、難燃剤、あるいは滑剤等の各種の適宜な添加剤を少量含有していてもよい。
【0018】
本発明の捲縮性ポリエステル繊維は、下記(1)と(2)を同時に満足すること捲縮性ポリエステル繊維であり、かかる本発明のポリエステル繊維は、以下に説明する作用効果を奏することになる。
(1)強度が8.0cN/dtex以上
(2)捲縮数が3個/25mm以上
【0019】
すなわち、近年のハイテクノロジー化の流れの中にあって、産業資材用途の構造材として要求される品質水準を考慮すれば、強度は少なくとも8.0cN/dtex以上は必要である。更に高度な要求を満たし、産業資材における用途拡大を可能とするためには10.0cN/dtex以上であることが好ましい。上限は、好ましくは、生産性の良さなどを考慮すれば、本発明者等の知見によれば20.0cN/dtexまでが現実的である。
【0020】
近年、製造工程および廃棄工程における環境に対する負荷に対する注目が集まる中、比較的容易かつ安価にリサイクルが行うことができるポリエステル繊維の産業資材用途における用途拡大が強く望まれている。産業資材用途において、ポリエステル繊維の使用が制限される要因のひとつとして、処理剤による含浸処理を行った場合に構造材内部まで処理剤が入りにくいために、処理剤の含浸率が低く、他素材との接着性が低い、更には使用することで他素材からの剥離等が起こりやすいという問題が挙げられる。本発明者らはこの問題に対して、鋭意検討を重ね、ポリエステル繊維に捲縮性を付与することにより、織布とした場合に単繊維間に適度な空隙ができ、例えば、タイヤコードに用いるエポキシやRFLなどの処理剤で含浸処理した場合には該空隙に処理剤が入り込みやすくなるために、ゴムとの接着性が向上することを見出した。更に、処理剤が単繊維を補強することとなるため、タイヤコードとしての性能は大きく向上することとなる。この効果を得るためには単繊維が少なくとも3個/25mm以上の捲縮数を有している必要があり、この効果を更に顕著化させるためには、6個/25mm以上とすることが好ましい。捲縮数の上限としては、前述した強度レベルを同時に満足するために、好ましくは実質的に製造困難な20個/25mmであり、前述した性質を同時に満足するために、15個/25mm以下とすることがより好ましい。また、捲縮伸長率としては、40%以上であることが好ましく、より好ましくは50%以上である。本発明では、生産性の良さを考慮すれば、該捲縮伸長率の上限は70%程度である。なお、本発明における捲縮伸長率とは、サンプルを周長約1.0mのカセとし、0.2mg/dtex荷重下での長さおよび200mg/dtex荷重下での長さを測定し、下記式で求められる値のことをいう。
K(%)={(L−L)/L}×100
K:捲縮伸長率(%)、
:0.2mg/dtex荷重時の長さ(mm)、
:200mg/dtex荷重時の長さ(mm)、
【0021】
また、産業資材用途では伸長圧縮が繰り返しかかることが多く、弾性率が低い、つまり弾性変形領域が狭い繊維は経時的に繊維の塑性変形が進み、力学的特性の低下や破断が起こり、構造材としての劣化が進行する。優れた弾性率を有する繊維であれば伸長圧縮の応力を弾性変形で担うことができるため、塑性変形が少なく、繊維および構造材の劣化を最小限にすることができる。したがって、本発明の捲縮性ポリエステルの弾性率は130cN/dtex以上であることが好ましく、150cN/dtex以上とすることがさらに好ましい。上限は、生産性の良さなどを考慮すれば、本発明者らの知見によれば250cN/dtexまでである。更に、産業資材用途に用いる繊維としては高応力下においてもエネルギー吸収率が大きいものことが必要とされる。これは一般的にタフネスとされる特性であり、強度×(伸度)1/2で表される。ベルト用補強材、タイヤコード、ロープ等の産業資材用途では、単繊維が負担する応力が瞬間的に増大する場合があり、これに起因する構造材内の単繊維の破断が構造材の品質の低下を招く。更にロープなどの高応力下で伸長圧縮が繰り返しかかるような条件下では、単繊維のタフネスが低いと擦過や変形などにより容易に構造材の劣化が進行する。このような劣化を抑制するためにはタフネスが30以上であることが好ましく、この特性を顕著なものとするためにはタフネスを35以上とすることがさらに好ましい。上限は、生産性の良さなどを考慮すれば、好ましくは60付近までである。
【0022】
本発明の捲縮性ポリエステル繊維の具体的な製造方法を以下に説明する。
本発明の捲縮性ポリエステル繊維は、産業資材用途に適した力学的特性を保持させることが必要であるため、使用するポリエステル樹脂の固有粘度は高いものほど好ましく、少なくとも0.8dl/g以上、好ましくは1.0dl/g以上のものを用いることが肝要である。更に強度を増加させるためには樹脂の固有粘度は1.2dl/g以上とすることがより好ましい。その上限は特に限定されるものではないが、溶融紡糸工程における製糸限界を考えれば、5.0dl/g程度である。
【0023】
溶融紡糸工程は、常法によって溶融、計量された溶融樹脂を紡糸口金より溶融吐出するものである。なお、本発明における口金孔とは口金に穿設された吐出孔の出口径のことであり、異形孔であっても良い。
【0024】
紡糸口金から溶融吐出された樹脂は紡糸口金面から50mmまでの間で、かつ冷却開始位置よりも上流側でレーザ光を照射される。本発明において紡糸口金面とは吐出された樹脂が自由表面を持って伸長変形可能となる位置を意味し、レーザ光照射位置は、該紡糸口金面から50mmの間である必要がある。レーザ光の照射が紡糸口金から50mmを超えての下流位置となった場合には樹脂温度が一般に250℃以下にまで低下するため、レーザ光照射位置の樹脂温度を融点以上にすることが困難となり、後述するレーザ照射の効果が大幅に低下するので避けるべきなのである。
【0025】
本発明におけるレーザ光とは単色光であり、平行光線であり、コヒーレントである光線を示す。レーザの種類は特に限定されないが、大出力が得られること、安価なことから炭酸ガスレーザを用いることが好ましい。
【0026】
なお、本発明における冷却とは、クエンチチャンバーなどの冷却風発生装置によって片面あるいは周辺から冷風を溶融樹脂に吹き付け、樹脂温度を強制的に低下させることを意味し、本発明の製造方法ではこの冷却の開始位置よりも上流側で、前述レーザ光を溶融樹脂に照射するのである。本発明では、溶融樹脂は、レーザ照射を受けた後、積極的に冷却を受けて冷却固化されることとなる。なお、もしも、本発明における該レーザ照射位置で冷却を行った場合には、製糸性が極めて悪化することに加え、溶融樹脂温度が大幅に低下することとなるため、後述するレーザ照射の効果が低下し、本発明の捲縮性ポリエステル繊維を得ることが困難となる。
【0027】
溶融樹脂に照射するレーザの強度I(W/cm)は、下記の範囲を満足する必要がある。
50/D≦I≦150/D
D:口金孔径(φmm)
【0028】
レーザ強度がこの範囲より低い場合には断面方向への構造差が得られなくなるために捲縮性が付与されなくなり、この範囲より高い場合にはレーザ強度が過剰であるために、強度が低下するとともに製糸性が極めて悪化する。したがって、製糸性良く本発明の捲縮性ポリエステルを得るためには、レーザ強度は130/D以下であることが好ましく、捲縮性と強度をバランスよくするためには110/D以下とすることが更に好ましい。
【0029】
レーザ光の断面形状は、レンズ光学系を利用することにより丸、あるいは四角形等に変更することが可能であり、ビームエキスパンダによってレーザ照射スポット面積を調整することができる。なお、本発明における口金孔径とは口金に穿設された吐出孔の出口径ことであり、異形孔で紡糸する場合には、吐出孔断面積を丸孔と換算した値を用いる。口金孔径は得られる繊維の強度を高めるために強度保持の理由からφ0.6mm以下とすることが好ましく、φ0.3mm以下とすることがより好ましい。
【0030】
レーザ照射された樹脂は冷却固化された後、引き取られ未延伸糸となる。引取方法に関しては特に限定されるものではなく、いわゆる2工程法あるいは直接延伸法などの任意の方法を採用することができる。本発明のポリエステル繊維の捲縮性および強度保持のためには加熱下で延伸した後に熱処理することが必要である。延伸工程における加熱手法は、加熱ローラ、熱板、あるいは熱ピンなどのうちで、得られる糸特性、機械構成や作業性なども考慮していずれかの加熱手法をとるのがよい。
【0031】
延伸方法としては、例えば回転速度を変更した一対以上のローラ間で延伸する手法がある。強度を発現させるためには高倍率延伸を安定して行う必要があるとともに延伸工程における処理温度を段階的に変更できることが好ましいため、延伸段数は2段以上で行うことが好ましい。
【0032】
各段の延伸倍率は、本発明にかかる捲縮性ポリエステル繊維の前述した(1)および(2)の要件を満足するように決定することが重要であり、本発明者らの知見によれば、通常の場合は、特に限定されるものではないが、総倍率で4.0〜7.0倍とすること、特に、強度および捲縮性が良好な捲縮性ポリエステル繊維を得るには、総倍率で5.0〜6.0倍とすることが良く、また、用途に応じて、より高い強度が必要となる場合には、第2段目の延伸倍率を1.3〜1.8倍程度とすることが良い。
【0033】
熱処理は最終冷却工程(例えば冷ロール)前に行われ、該熱処理温度は(使用する樹脂の融点−80)℃以上、(使用する樹脂の融点−20)℃以下で行うことが好ましい。該熱セット処理を行うことにより、捲縮構造が固定される。
【0034】
本発明の捲縮性ポリエステル繊維は捲縮性を持ちつつも、強度が8.0cN/dtex以上という高い強度を有した従来にはないポリエステル繊維であり、本発明者らの溶融紡糸により製造される繊維に関する検討の結果、該強度の高さは、分子鎖の絡み合い構造の制御によって達成されることを見出した。該構造が制御された未延伸糸は、分子鎖の絡み合い状態の均質性が向上し、これを配向および構造固定することにより、優れた繊維構造が形成され、強度が8.0cN/dtex以上という高い強度を有した繊維となるのである。なお、本発明における分子鎖の絡み合い構造とは、分子鎖の絡み合いによりできるネットワーク構造のことを意味し、一般に(融点−20)℃において固定するとされている。また、いったん固定された絡み合い構造は変化することなく、延伸工程においてはこの構造がネットワークを保持したまま伸長するために最終的な繊維構造に大きな影響を与える。つまり、高い強度を有する繊維とするためには分子鎖の絡み合い構造を均質化し、実質的な分子鎖配向を向上させる必要があり、本発明者らはレーザ光照射による樹脂の溶融粘度低下を利用し、高温時の細化を促進させることでこれを達成したのである。
【0035】
一方、捲縮性発現はレーザ強度I(W/cm)を特定の範囲とすることが重要である。レーザ光は輻射エネルギーであるために、一般に溶融樹脂の断面方向において瞬間的かつほぼ均一に樹脂を加熱することができるが、紡糸口金から50mm以内にある、溶融樹脂の径が大きくかつ高温状態にある樹脂に50/D以上の強度でレーザを照射した場合にはレーザ照射側の吸収が大きく、レーザ照射側の温度が先に増加し、繊維断面方向に分子鎖の絡み合い構造差が生まれるために、単繊維に潜在的捲縮性を付与することが可能となる。このような処理を受けた未延伸糸は、延伸工程後に熱セット工程を受けることにより、分子鎖の絡み合い構造変化に伴う捲縮性を発現することとなる。なお、捲縮性はレーザ強度を増加させることにより顕著化するが、150/Dより高くなると、溶融粘度の低下が過剰となるため、伝熱の効果から細化開始点が上流シフトし、スポット内の溶融樹脂の径が細くなる。これにより加熱効果が低下するが、このために細化開始点が下流シフトし、再び溶融樹脂の径が太くなる。この繰り返しにより、繊維軸方向に径の変動を有した繊維となるため、捲縮性としては顕著化する傾向であるが、強度が本発明の範囲を満足することが困難になることに加え、製糸性が著しく悪化するため、好ましくないのである。
【0036】
以上のように、本発明者らは紡糸口金近傍におけるレーザ光照射条件について鋭意検討した結果、前述した分子鎖の絡み合い構造制御の効果を単繊維の断面方向に段階的に変化させることにより、未延伸糸段階で潜在的な捲縮性を付与できることを見出した。また、これを加熱下で延伸および熱セットすることにより捲縮性を顕著化できることを発見し、本発明の捲縮性ポリエステル繊維のような捲縮性を持ちつつも高い強度を有するポリエステル繊維を得ることに成功した。
【0037】
以上のようなメカニズムの組合せにより、本発明の捲縮性ポリエステル繊維が有する如くの従来技術では得ることができない特性を両立させることが可能となるのである。
【0038】
なお、本発明の技術により得られた分子鎖の絡み合い構造が制御された繊維は優れた特性を有するも、紡糸工程において配向結晶化による構造工程が行われた場合には、延伸による強度発現には限界があるため、未延伸糸の引取速度は実質的に配向結晶化が起こらない速度とすることが好ましく、具体的には1000m/min未満とすることが好ましい。更に好ましくは700m/min以下とすることである。引取速度の下限としては、生産性を考えて好ましくは300m/minである。
【0039】
本発明のポリエステル繊維はマルチフィラメントでもモノフィラメントでもよい。マルチフィラメントの場合、繊度は10dtexから10000dtex、フィラメント数は2から5000、単糸繊度は0.1dtexから100dtexを取ることが、産業資材用繊維として好適である。
【0040】
本発明の捲縮性ポリエステル繊維は、タイヤなどのゴム補強用繊維として用いられる場合には、通常、マルチフィラメントを得た後に下撚り、上撚りを付与して撚糸コードとした後、必要に応じて製織および/またはエポキシ系の処理液を付与、乾燥後、RFL処理液を付与、乾燥して、ディップコード(織物)を得る。本発明の捲縮性ポリエステル繊維は、エポキシやRFL処理液のコード内への浸透性が高く、ゴムとの接着性に優れたコードとすることができ、このコードにより補強されたゴム製品は耐久性に優れ、かつ強度、弾性率に優れたものとなる。
【0041】
本発明の捲縮性ポリエステル繊維は、タイヤ、ホース、ベルトなどのゴム補強用繊維以外に、樹脂補強用繊維、漁網、陸上ネットなどのネット類、ロープ、シートベルトやスリングなどのベルト類、エアバッグ、ゴムや樹脂のコーティング織物などの織物などに広く用いることができる。
【実施例】
【0042】
以下に実施例および比較例を示し、本発明について具体的かつより詳細に説明する。ただし、本発明は、以下の実施例により制限されるものではない。なお、実施例および比較例中の物性値は以下の方法によって測定したものである。
【0043】
いずれの測定においても、数値を求めるものの場合は、特に説明のないものは、n数は20とし、それを平均化したものである。該n数は、データの出方によっては、更に増加する方法を採用してもよい。
【0044】
A.固有粘度(dl/g)
オルソクロロフェノール25℃で測定した。なお、本実施例では、昭和電工社製Shodex GPC−101を用い、溶離液HFIP、カラムHFIP−806M×2、検出器RI、流速1.0mL/minにて測定し、固有粘度が既知のポリエチレンテレフタレートを用いて換算した。
【0045】
B.繊度(dtex)
株式会社大栄科学精機製検尺機(HD−3)によって試験繊維長100mの小綛とし、その重量から繊度を算出した。
【0046】
C.強度、伸度、弾性率およびタフネス
強度、伸度、弾性率は、島津製作所社製オートグラフを用い、初期試料50mm(未延伸繊維)、100mm(延伸繊維)、引張速度100%/minにて応力−歪曲線を測定して求めた。
【0047】
タフネスは、強度(cN/dtex)、伸度(%)の値から、タフネス=強度×(伸度)1/2により求めた。
【0048】
D.レーザ強度(W/cm
樹脂が走行していない状態で、繊維(吐出樹脂)の走行位置にレーザパワーメータを設置してレーザの照射エネルギーを測定し、これを照射時の繊維直径から求めた断面積で除した。
【0049】
E.捲縮数(個/25mm)
JIS L 1015(1999)「化学繊維ステープル試験方法」の8.12.1けん縮数の測定方法に準じて求めた。なお、該JISは、n数20個のデータの平均をとり、下1けたに数値を丸めるというものであり、その丸めた結果としての捲縮数が2.5個/25mm以上であれば、本件の上述した捲縮数3個/25mm以上に該当するものとしたものである。
【0050】
実施例1
ポリエチレンテレフタレート(固有粘度:1.0dl/g)を2軸エクストルーダによって溶融し、紡糸温度300℃、紡糸口金(孔径φ0.6mm、孔数1)より単孔吐出量3.0g/minで吐出した。この紡糸口金面より下流10mmのところでレーザ強度170W/cmの炭酸ガスレーザを照射し、冷却固化後500m/minの紡糸速度で引き取り、未延伸糸を得た。該未延伸糸を供給ローラに導き、第1延伸ローラ、第2延伸ローラおよび第3延伸ローラ間で2段延伸を行った後、最終ローラを経て、張力制御方式の巻取機によって巻取り、延伸糸を得た。各延伸ローラの温度は90℃、140℃、230℃とし、2段目の延伸倍率は1.6倍、延伸速度は100m/minに設定した。得られた繊維の物性を表1に示す。
【0051】
比較例1
樹脂の固有粘度を0.6dl/g、紡糸温度290℃としたこと以外は全て実施例1と同様の方法で製糸を行い、延伸糸を得た。得られた繊維の物性を表1に示す。
【0052】
実施例2
用いた樹脂の固有粘度を0.8dl/gとしたこと以外は全て実施例1と同様の方法で製糸を行い、延伸糸を得た。得られた繊維の物性を表1に示す。
【0053】
実施例3
用いた樹脂の固有粘度を1.2dl/gとし、紡糸温度を320℃としたこと以外は全て実施例1と同様の方法で製糸を行い、延伸糸を得た。得られた繊維の物性を表1に示す。
【0054】
使用する樹脂の固有粘度の増加に伴い、捲縮性を持ちつつも高い強度を有した本発明のポリエステル繊維が得られる。但し、固有粘度が範囲外の比較例1では、捲縮性は有するも低強度となり本発明の範囲を満足しない。
【0055】
実施例4
レーザ照射位置を紡糸口金から40mm下流に設置したこと以外は全て実施例1と同様の方法で製糸を行い延伸糸を得た。得られた繊維の物性を表1に示す。
【0056】
比較例2
照射位置を100mmとしたこと以外は全て実施例1と同様の方法で製糸を行い、延伸糸を得た。得られた繊維の物性を表1に示す。
【0057】
レーザ照射位置が下流シフトするに伴い、レーザ照射の効果が低下する。本発明の範囲外である比較例2ではとなった場合にはレーザ光照射の効果が見られず、比較的高い強度は得られるものの捲縮性をほとんど保持しなくなる。
【0058】
比較例3
紡糸口金面から200mm下流の位置において、レーザ強度4000W/cmのレーザ光を片面照射したこと以外は全て実施例1と同様の方法で製糸を行い、延伸糸を得た。得られた繊維の物性を表1に示す。
【0059】
レーザ照射位置を下流とし、レーザ強度を増加させた場合には、断面方向の構造差が過剰であり、高い捲縮性は保持するが、強度は著しく低下する。更に製糸工程安定性が低下するため高倍率延伸を行うことができない。
【0060】
比較例4
レーザ強度を60W/cmとしたこと以外は全て実施例1と同様の方法で製糸を行い、延伸糸を得た。得られた繊維の物性を表1に示す。
【0061】
比較例5
レーザ強度を300W/cmとしたこと以外は全て実施例1と同様の方法で製糸を行い、延伸糸を得た。得られた繊維の物性を表1に示す。
【0062】
【表1】

【0063】
この表1からわかるように、レーザ照射強度が本発明の範囲外の場合には、強度が8.0cN/dtex以上、かつ捲縮数が3個/25mm以上である本発明にかかる捲縮性ポリエステル繊維を満足することがない。
【0064】
以上のことから本発明方法で特定した条件範囲外では、捲縮性発現と強度保持が両立されない。
【0065】
一方、本発明の捲縮性ポリエステル繊維は適度な捲縮性を有しているとともに、強度および弾性率がいずれも優れており、従来技術では得ることができなかったポリエステル繊維を実現していることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエステル繊維において下記(1)と(2)とを同時に満足することを特徴とする捲縮性ポリエステル繊維。
(1)強度が8.0cN/dtex以上
(2)捲縮数が3個/25mm以上
【請求項2】
弾性率が130cN/dtex以上であることを特徴とする請求項1記載の捲縮性ポリエステル繊維。
【請求項3】
固有粘度0.8dl/g以上のポリエステルを溶融吐出し、紡糸口金面より紡糸線に沿って50mmまでの間で、かつ冷却開始位置より上流で、該溶融吐出されたポリエステルに対して強度I(W/cm)が下記範囲であるレーザを照射した後、冷却固化させて未延伸糸を得、引き続き、該未延伸糸を加熱下で延伸および熱処理することを特徴とする捲縮性ポリエステル繊維の製造方法。
50/D≦I≦150/D
D:口金孔径(φmm)

【公開番号】特開2007−217818(P2007−217818A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−38813(P2006−38813)
【出願日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構精密高分子技術プロジェクト委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(303046303)旭化成せんい株式会社 (548)
【出願人】(303013268)帝人テクノプロダクツ株式会社 (504)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【出願人】(399065497)ユニチカファイバー株式会社 (190)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】