説明

排ガス脱硝触媒用金属基材の製造方法

【課題】価格が低く安定供給され易いSUS430基材の耐食性を高め、SUS304と同様に腐食することなく使用できる排ガス脱硝触媒用金属基材を提供する。
【解決手段】フェライト系ステンレス帯状鋼板をメタルラス加工した帯状メタルラス基材を、(1)該基材に付着した加工油を脱脂する工程、(2)燐酸と界面活性剤とを含む溶液内に基材を潜らせて該溶液を担持する工程、(3)余剰の前記溶液を液切りする工程、および(4)前記溶液を担持した基材を乾燥および加熱し、燐酸と基材とを反応させる工程を連続して行ない、前記基材表面に耐食性の燐酸化合物皮膜を形成しめる排ガス脱硝触媒用金属基材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、排ガス脱硝触媒用金属基材の製造方法に係り、特に触媒成分を担持した板状触媒に用いる金属製網状基材表面に、安価で量産に適した方法で硫黄酸化物(SO3)による腐食を防止できる皮膜を形成する前記基材の製造方法および該基材を用いた排煙脱硝触媒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
還元剤にアンモニアや尿素を用いて酸化チタン系触媒で窒素酸化物を無害化する所謂排煙脱硝装置は、ボイラ排ガスの処理を中心に世界中で広く用いられている。その触媒形状は、金属やセラミックス製網状物に触媒を担持して板状にしたものと、触媒成分をハニカム状に形成したもの、粒状などがあるが、排煙脱硝の分野では前2者で市場を二分する状況にある。
【0003】
この板状触媒に用いる基材には、不錆鋼(SUS)が用いられ、その帯板を網状にメタルラス加工して用いることが一般に行われている。不錆鋼として、具体的にはフェライト系ステンレス鋼板(SUS430)やオーステナイト系ステンレス鋼板(SUS304)などが用途によって使い分けながら使用されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来技術では、排ガス脱硝用触媒の基材として高価なSUS304は腐食の著しい用途に、またSUS430は比較的穏やかな腐食環境で用いる用途に使用するなどの使い分けが図られているが、近年、レアメタルを始めとする金属材料の需要が高まり、それに伴ってSUS材が高騰して使い分けをすることが難しくなっている。特にSUS304は金属材料の高騰の影響を受け易く、触媒価格への影響が大きいという問題がある。他方、米国では高S炭を燃料とするボイラが多く、排ガス中の硫黄酸化物(SO3)が50乃至100ppmになることも少なくなく、排ガス脱硝用の触媒に用いるSUS430基材の腐食が無視できない場合が発生している。
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、上記状況に鑑み、価格が低く安定供給され易いSUS430基材の耐食性を高め、SUS304と同様に腐食することなく使用できる排ガス脱硝触媒用金属基材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を達成するため、本願で特許請求される発明は、以下のとおりである。
(1)フェライト系ステンレス帯状鋼板をメタルラス加工した帯状メタルラス基材を、(1)該基材に付着した加工油を脱脂する工程、(2)燐酸と界面活性剤とを含む溶液内に基材を潜らせて該溶液を担持する工程、(3)余剰の前記溶液を液切りする工程、および(4)前記溶液を担持した基材を乾燥および加熱し、燐酸と基材とを反応させる工程を連続して行ない、前記基材表面に耐食性の燐酸化合物皮膜を形成させることを特徴とする排ガス脱硝触媒用金属基材の製造方法。
(2)フェライト系ステンレス帯状鋼板をメタルラス加工した帯状メタルラス基材を、(1) 該基材に付着した加工油を脱脂する工程を行った後、(2)該基材をロール状に巻き取り、(3)得られたロールを燐酸と界面活性剤とを含む溶液に浸漬して溶液を担持し、(4)エアーブロー又は遠心力により前記溶液を液切りし、(5)次いでロール状のまま乾燥、加熱して該基材表面に燐酸と基材との反応による耐食性皮膜を形成することを特徴とする排ガス脱硝触媒用金属基材の製造方法。
(3)前記フェライト系ステンレス帯状鋼板はSUS430ステンレス帯状鋼板である(1)または(2)に記載の方法。
(4)前記加熱の温度が300℃以上である(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)(1)ないし(4)のいずれかに記載の方法により得られた基材に、酸化チタンを主成分とする触媒成分のペーストを置き、上下一対のローラの間を通すことにより、前記メタルラス基材の開口部および表面を触媒ペーストが埋めるように塗布後、乾燥、焼成することを特徴とする排煙脱硝触媒の製造方法。
【0007】
フェライト系ステンレス鋼板(SUS430)製メタルラスを触媒基材に用いた触媒をSO3濃度の高い排ガスの処理に用いると、排ガス中のSO3とSUS430とが次式のように反応し、基材表面が徐々に酸化されていく。この酸化鉄の一部が排ガス中のSOXと反応して硫酸塩を形成し、装置停止時などの湿潤環境下では潮解して触媒成分中に移動して、触媒のSO2酸化活性を上昇させる。
【0008】
Fe+SO3 → FeO+SO2 (1式)
本発明者らは、SUS430のSO3による上記酸化腐食を防止するため、粒子状の安定酸化物のコーティングによる皮膜形成、SUS表面のリン酸による不動体化膜の形成などについて検討したが、ガス状のSO3と金属との直接反応を防止するには至らなかった。これは皮膜が多孔質でSO3分子の拡散を完全に防止できなかったり、SO3との反応防止するには膜の厚みが薄すぎたりしたためと推定された。このため、SO3の拡散を防止できるような、緻密で厚く、金属との密着性に優れた皮膜の形成方法について鋭意研究を進めた結果、本発明方法に到達したものである。
【0009】
本発明方法の処理は、一般に言われている金属表面に形成されるリン酸イオンを吸着した薄い不動体膜を形成するものではなく、基材金属の0.1乃至数%をリン酸と反応させ、基材表面にガスの拡散を防止するに足りる、緻密で厚いリン酸鉄またはリン酸クロムの層を形成せしめようとするものである。具体的には、メタルラス加工されたSUS430基材をリン酸と界面活性剤とを含む水溶液に浸した後、エアーブローなどで液切りし、基材表面に溶液の液膜を形成させた後、通気しながら乾燥後、好ましくは300℃以上の温度で熱処理するものである。
【0010】
このようにすると界面活性剤の作用で乾燥過程でも液膜が保持され、リン酸の皮膜が金属表面に形成される。この皮膜は更に加熱され300℃を越えると反応性の極めて高い強リン酸となり、SUS430のFeやCrと反応し、該当する塩類の緻密な皮膜を形成する。その厚みは、金属の0.1乃至数%をリン酸と反応させるため、1μm以上、好ましくは2μm〜数μmと厚く、SO3ガスと金属との接触を効率良く防止することができる。
【0011】
本発明方法のポイントと言うべき点は、水溶液の段階では界面活性剤の作用により均一な液膜を形成し、乾燥過程で粘稠なリン酸、さらには粘稠な強リン酸へと移行させ、そのまま強リン酸とSUS430材とを反応させるため、数μmという大きな膜厚でもヒビ割れの無い、均一なリン酸塩の皮膜を形成し得る点にある。
【発明の効果】
【0012】
以上に示したように、本発明方法によれば、SUS430製触媒基材をSO3による腐食から保護することができるようになり、その結果、安価なSUS430基材をSO3濃度高い腐食環境下で使用される脱硝触媒基材として使用することができ、価格高騰の激しいSUS304基材を用いた用途に向けての触媒のコスト低減を図ることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明を実施するための必要最小限の機器を配した触媒基材の製造フローを示す説明図。
【図2】本発明の他の実施例を示す、触媒基材の製造方法の説明図。
【図3】本発明方法で処理されたメタルラス基材から触媒基材を製造するプロセスを示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1は、本発明を実施するための必要最小限の機器を配した触媒基材の製造フローを示す説明図である。
厚さ0.1乃至0.3mmのSUS430帯鋼1は、メタルラス加工機2で、数mmの開口径を有するメタルラス3に加工され、引き続き脱脂装置4に送られ、加工油が加熱または洗浄により除去(脱脂)される。前記処理されたメタルラスは、リン酸と界面活性剤を含む液5を潜らせ、次いでエアーブロー装置6により圧搾空気を吹き付けられ、余剰な溶液が取り除かれ、表面張力でバランスする、均一な液膜がメタルラス表面に形成される。その後、メタルラスは乾燥・熱処理炉7に送られ乾燥、引き続いて300℃以上に加熱され、リン酸から強リン酸、さらに金属との反応の過程を経て、表面に強固なリン酸塩皮膜が形成された後、ロール13として巻き取られる。図中、12はピンチロールを示す。
【0015】
リン酸と界面活性を含む溶液5におけるリン酸の濃度は、形成する膜の必要厚みにもよるが、1を越えて50重量%以下、望ましくは1〜20重量%が好結果を与えやすい。
また用いる界面活性剤は、リン酸中のような強酸性下でも効力を失わないノニオン系のものを選定すること好ましく、例えばアルキルフェノキシポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤(ロッシュ社製、商品名トリトンX-100)など、通常、強酸性下で用いられる界面活性剤が好ましく用いられる。その添加量は、特に限定されないが、通常0.01重量%以上、0.1重量%以下に選定される。0.01重量%未満では、界面活性剤としての作用が十分ではなく、多すぎると泡立ちやすく望ましくない。なおこの実施例では、各工程を順次帯状のメタルラスで連続的に処理する例を示しているが、工程の処理速度が異なる場合や、設置場所の関係から、工程間で帯状ラスを切断して一旦ロール状に巻き取って保管したり、または移動したりできることは言うまでも無い。
【0016】
図2は、本発明の他の実施例を示す、触媒基材の製造方法の説明図である。図1の実施例とは異なり、メタルラス加工したものをロール状に巻き取り、得られたメタルラスのロールを図2のように脱脂装置4に送って脱脂した後、リン酸と界面活性剤溶液5への浸漬、エアーブロー6などによる液切りを行った後、乾燥・加熱炉7で熱処理を行なうものである。この実施例では、図1の実施例のようにメタルラスを帯状のまま処理する場合に比べ、ロール状に纏めて処理をしたり、保管が容易にできる利点がある。
【0017】
図3は、本発明方法で処理されたメタルラス基材から触媒基材を製造するプロセスを示す説明図である。
メタルラス基材3は公知の方法で得られる脱硝触媒成分ペーストと共に塗布機8に送られ、上下1対の加圧ローラを通過させることにより、ペーストがラス目を埋め、且つ基材表面を覆うように塗布される。得られた帯状薄板触媒は、成形機9で金型により積層した場合にスペーサーとなる波型が付けられ、その後切断機10で矩形のエレメントに切断され、工程11で該エレメントが積層されて触媒ユニットに組み上げられる。得られた触媒ユニットは、通気乾燥後、焼成炉で焼成されて脱硝用触媒として用いられる。
【実施例】
【0018】
以下、具体例を用いて本発明を詳細に説明する。
実施例1
厚さ0.16mm、幅500mmのフェライト系ステンレス鋼板(SUS430)製鋼板をメタルラス加工したものを、400℃に保持した炉内を約1分掛けて通過させ、加工油を脱脂した。
これとは別に10%リン酸に界面活性剤としてアルキルフェノキシポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤(ロッシュ社製、商品名トリトンX-100)を0.025重量%になるように添加して処理溶液を準備し、この中に上記脱脂後のメタルラスを30秒間浸漬した。30秒経過後、メタルラスを取り出し、圧縮空気を吹きかけてメタルラスのラス目間にブリッジしている溶液、および自重によって液垂れする溶液を取り除き、その後150℃で乾燥、次いで350℃に保持した電気炉に10分入れて加熱処理し、表面にリン酸化合物の皮膜を形成したメタルラスを得た。
【0019】
実施例2
実施例1に用いたリン酸溶液の濃度を20重量%に変更すると共に、熱処理温度を450℃に変更した以外は実施例1と同様に処理してメタルラス基材を得た。
実施例3、4
酸化チタンとモリブデン酸アンモニウム,メタバナジン酸アンモニウムとを,原子比でTi:Mo:V=93.5:5:1.5の割合で混合し,水,シリカゾル,シリカ系セラミック繊維を加えてニーダで十分混練して触媒ペーストを得た。本触媒ペーストを実施例1および2の基材の上に置いた状態で一対の加圧ローラに通過させ、触媒ペーストを基材の網目間および表面に圧着塗布した。これを150℃で1時間乾燥後、500℃で2時間焼成して板状触媒を得た(塗布量700g/m2)。
【0020】
比較例1
実施例1に用いた脱脂処理後のSUS430製メタルラス基材をそのまま用いた。
比較例2
実施例1において界面活性剤を使用しない以外、他は同様にして皮膜形成を行い、メタルラス基材を調製した。
比較例3
実施例1の加熱処理温度350℃を250℃に変更する以外は実施例1と同様にしてメタルラス基材を調製した。
比較例4〜6
比較例1〜3の基材を用い、実施例3および4と同様の方法で触媒を塗布した触媒を調製した。
【0021】
試験例1
実施例1および2、比較例1および2で得られたメタルラス基材について、皮膜形成処理による基材の重量増加量を測定した。また、上記基材100mm角のものを100mlの水で洗浄し、その前後の重量変化を調べた。これに加え、電子顕微鏡により皮膜の状態をおよびリン(P)の分布状態を観察した。
得られた皮膜形成に伴う重量増加量から、皮膜の密度が2g/cm3とした場合の膜厚を計算して表1に示すと共に、電子顕微鏡による皮膜の状態およびPの分布状態の観察結果を併せて示した。
【0022】
表1の結果から、本発明方法によって処理されたメタルラス基材は、1.1〜2.6μmと計算される、均一でクラックのないリン化合物の皮膜が形成されていることがわかる。また、実施例1と比較例2および3との結果を比較してみると、(1)界面活性剤が共存しない比較例2では、厚く均一な皮膜が形成できないこと、また(2)熱処理温度が低い比較例3では、水で皮膜が溶解して除去されていることが分かる。これらのことから、本発明の処理方法が、メタルラス基材に厚くて均一、且つ耐水性の高いリン化合物の皮膜を形成できる優れた方法であることが分かる。
【0023】
実験例2
実施例3および4、比較例4〜6の触媒にSO3の発生源としてフリーの硫酸根を15%有する硫酸アルミニウムの水溶液を硫酸アルミニウムとして5重量%になるように含浸後、150℃で乾燥した。得られた触媒を各々蓋付きの磁製坩堝に入れて450℃で300時間保持する加速腐食試験を実施した。含浸した硫酸アルミニウムが徐々に熱分解し、生成したSO3が触媒基板を腐食して生成する酸化鉄の量を把握するため、上記劣化試験前後の板状触媒から触媒成分を剥離し、触媒基板だけを加熱した15%クエン酸アンモニウム溶液で処理した。その時溶出したFeイオンを定量し、試験前後の定量値の変化から腐食によって生成する酸化鉄量(Fe2O3換算量)を計算した。
【0024】
得られた結果を表2に示す。表2から分かるように、表1で不溶性の燐酸化合物の皮膜が形成されていなかった基材を用いた比較例4〜6の触媒では、腐食による酸化物の生成量が著しく高かったのに対し、本発明になる基材を用いた実施例3および4の触媒では酸化鉄の生成量は極めて小さかった。
【0025】
【表1】

【0026】
【表2】

【符号の説明】
【0027】
1‥SUS430帯板、2‥メタルラス加工機、3‥メタルラス、4‥脱脂装置、5‥燐酸+界面活性剤溶液、6‥エアーブロー装置、7‥乾燥・熱処理炉、8‥塗布機、9‥成型機、10‥切断機、11‥積層工程、12‥ピンチロール、13‥ロール。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェライト系ステンレス帯状鋼板をメタルラス加工した帯状メタルラス基材を、(1)該基材に付着した加工油を脱脂する工程、(2)燐酸と界面活性剤とを含む溶液内に基材を潜らせて該溶液を担持する工程、(3)余剰の前記溶液を液切りする工程、および(4)前記溶液を担持した基材を乾燥および加熱し、燐酸と基材とを反応させる工程を連続して行ない、前記基材表面に耐食性の燐酸化合物皮膜を形成させることを特徴とする排ガス脱硝触媒用金属基材の製造方法。
【請求項2】
フェライト系ステンレス帯状鋼板をメタルラス加工した帯状メタルラス基材を、(1) 該基材に付着した加工油を脱脂する工程を行った後、(2)該基材をロール状に巻き取り、(3)得られたロールを燐酸と界面活性剤とを含む溶液に浸漬して溶液を担持し、(4)エアーブロー又は遠心力により前記溶液を液切りし、(5)次いでロール状のまま乾燥、加熱して該基材表面に燐酸と基材との反応による耐食性皮膜を形成することを特徴とする排ガス脱硝触媒用金属基材の製造方法。
【請求項3】
前記フェライト系ステンレス帯状鋼板はSUS430ステンレス帯状鋼板である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記加熱の温度が300℃以上である請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載の方法により得られた基材に、酸化チタンを主成分とする触媒成分のペーストを置き、上下一対のローラの間を通すことにより、前記メタルラス基材の開口部および表面を触媒ペーストが埋めるように塗布後、乾燥、焼成することを特徴とする排煙脱硝触媒の製造方法。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−11272(P2012−11272A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−147626(P2010−147626)
【出願日】平成22年6月29日(2010.6.29)
【出願人】(000005441)バブコック日立株式会社 (683)
【Fターム(参考)】