説明

排水処理性能の高い新規活性汚泥

【課題】排水処理性能の高い新規活性汚泥の提供。
【解決手段】
複数の製紙工場から採取した活性汚泥を比較することで排水処理性能の高い新規活性汚泥を特定するとともに、該新規活性汚泥の生物学的な特徴を見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、排水処理性能の高い新規活性汚泥に関する。さらに詳しくは、特定の塩基配列を有するプライマーのセットを使用するポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって、増幅される遺伝子断片を有する、排水処理性能の高い新規活性汚泥に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、工業排水、家庭排水等の様々な排水や下水等を細菌の力で浄化する処理方法が広く利用されている。この処理方法には、生育に酸素を必要とする細菌を用いる好気性処理と、生育に酸素を必要としない細菌を用いる嫌気性処理とがあり、好気性処理技術である活性汚泥法は特に広範に用いられている代表的な技術である。
活性汚泥法は、細菌の酸化的有機物分解能を利用する生物学的な排水処理法であり、曝気槽において有機汚濁物質を主にバイオマスまたは二酸化炭素に変換することにより、排水中の汚濁物質を除去する方法である。さらに、この方法では、細菌のフロック形成能を利用し、活性汚泥バイオマスが沈殿槽において沈降分離されるため、処理後の上澄み液を処理水として得ることができるという利点もある。
【0003】
排水に含まれる有機物は多様であり、その種類によっては細菌が容易に処理できない場合もあった。そこで、排水や、排水中に含まれる有機物の種類によって、活性汚泥に作用させる前に特定の細菌を作用させる前処理をしたり、微生物製剤を利用したり、使用する活性汚泥の種類や順番を変えたり、活性汚泥に含まれる細菌群を最適化する試み等が近年なされている。
例えば、アルカリゲネス属菌、シュウドモナス属菌、バチルス属菌、アエロバクター属菌、フラボバクター属菌などの好気性細菌で有機物を酸化分解する前処理をした後、活性汚泥を作用させる方法(特許文献1、2参照)や、オゾンや過酸化水素から生成したヒドロキシラジカルで有機物を酸化分解する方法(特許文献3参照)などが開示されている。しかし、これらの方法では、前処理のための新規な設備投資が必要となる。また、操業条件が煩雑になるため処理コストが高くなるという問題もある。
【0004】
また、排水が硝化槽、脱窒槽、再曝気槽、沈殿槽等を経て処理される生物処理方法において、硝化槽にはニトロソモナス(Nitorosomonas)、ニトロソコッカス(Nitrosococcus)等のアンモニア酸化細菌等を含む活性汚泥を収容し、脱窒槽にはアルカリジェネス(Alcaligenes)属細菌、アゾアーカス(Azoarcus)属細菌等の脱窒活性に関する細菌を含有させた活性汚泥を収容する方法等も開示されている(例えば、特許文献4参照)。
しかし、活性汚泥に含有されるアゾアーカス(Azoarcus)属細菌等の脱窒活性に関する細菌は、微生物製剤として活性汚泥に加えられるものである。微生物製剤は加えたからといって、必ずしも活性汚泥の排水処理性能を向上できるとは限らず、また効果が出ても最低数日間はかかる上に、コストが高いという問題もある。
【0005】
アゾアーカス(Azoarcus)属細菌は、嫌気的条件下で芳香族炭化水素を分解する能力を有することが知られており、ベンゼン等の揮発性芳香族炭化水素により汚染された環境を浄化するために利用することが開示されている(例えば、特許文献5参照)。
また、活性汚泥から単離したアゾアーカス(Azoarcus)属細菌の特定の菌株をセレン酸還元菌として、金属精錬工業排水、ガラス工業排水、石炭または石油系燃焼非ガス処理プロセスからの排水等、セレン化合物を多く含む排水の処理に利用できること等も開示されており(例えば、特許文献6〜8参照)、この菌株を活性汚泥中に添加し、この菌株がどの程度含まれるかをFISH法により定量する方法等も開示されている(たとえば、特許文献9参照)。しかし、この菌株も微生物製剤と同様に利用されるだけであり、必ずしも排水処理において効果があるとはいえなかった。
【0006】
製紙工場では、KP系排水、DIP系排水、マシン系排水などあるが、それらの中で主として、KP系排水とDIP系排水の二種類の排水処理に活性汚泥法が利用されている。KP系排水には、リグニン、リグニン分解物、糖や有機酸等を主成分とする漂白系排水と、メタノール等を主成分とするドレン系排水があり、DIP系排水はリグニン、デンプン、脂肪酸系界面活性剤や高級アルコール系界面活性剤を主成分とするものである。このうち、特に漂白系排水は、ドレン系排水やDIP系排水と比較して分解されにくい。
製紙工場ごとにこれらの排水の比率が異なっており、この排水の処理は、各工場の経験則に負うところが大きく、排水の生分解性と活性汚泥中の細菌の関係についての知見はほとんどないのが現状である。しかし、いずれの製紙工場においても、より安価で簡便かつ確実にこれらの排水が処理できる、排水処理性能の高い新規活性汚泥の提供が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−210692号公報
【特許文献2】特開2006−051414号公報
【特許文献3】特開2001−239280号公報
【特許文献4】特開2009−131848号公報
【特許文献5】特開2007−222004号公報
【特許文献6】特開2001−347292号公報
【特許文献7】特開2002−18482号公報
【特許文献8】特開2001−104989号公報
【特許文献9】特開2001−346584号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、排水処理性能の高い新規活性汚泥の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、複数の製紙工場から採取した活性汚泥を比較することで排水処理性能の高い新規活性汚泥を特定するとともに、この排水処理性能の高い新規活性汚泥を遺伝子診断することにより、排水処理性能の高い新規活性汚泥の生物学的な特徴を見出した。さらに、該活性汚泥を作用させることにより、高効率に製紙工場排水を処理できる方法を確立するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、次の(1)〜(7)に示される活性汚泥、該活性汚泥を作用させることによる製紙工場排水の処理方法等に関する。
(1)次のa〜cから選択される少なくとも1組のプライマーセットを用いたポリメラーゼ連鎖反応によって、増幅される遺伝子断片を有する活性汚泥。
a.配列表配列番号7に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号8に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
b.配列表配列番号9に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号10に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
c.配列表配列番号11に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号12に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
(2)次のbおよびcのプライマーセットを用いたポリメラーゼ連鎖反応によって、増幅される遺伝子断片を有する活性汚泥。
b.配列表配列番号9に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号10に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
c.配列表配列番号11に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号12に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
(3)次のaおよびcのプライマーセットを用いたポリメラーゼ連鎖反応によって、増幅される遺伝子断片を有する活性汚泥。
a.配列表配列番号7に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号8に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
c.配列表配列番号11に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号12に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
(4)次のbのプライマーセットを用いたポリメラーゼ連鎖反応によって、増幅される遺伝子断片を有する活性汚泥。
b.配列表配列番号9に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号10に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
(5)遺伝子断片がβプロテアバクテリア綱ロドサイクルス目のデクロロモナス属に属する細菌の遺伝子またはアゾアーカス属に属する細菌の遺伝子である上記(1)〜(4)のいずれかに記載の活性汚泥。
(6)製紙工場排水に上記(1)〜(5)のいずれかに記載の活性汚泥を作用させる製紙工場排水の処理方法。
(7)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の活性汚泥を絶乾重量比率が5%以上となるように、他の活性汚泥に混合し、製紙工場排水に作用させる上記(6)に記載の製紙工場排水の処理方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の排水処理性能の高い新規活性汚泥により、製紙工場排水を高効率に処理することが可能となった。本発明の該活性汚泥は、他の活性汚泥と混合し、他の活性汚泥の排水処理性能を高めるために利用することもできる。また、本発明の新規活性汚泥の生物学的な特徴を指標として、他の活性汚泥の排水処理性能を診断することも可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の「活性汚泥」は、次の1.〜4.のいずれかの生物学的特徴を有する「活性汚泥」であれば、いずれのものも含まれる。
1.次のa〜cから選択される少なくとも1組のプライマーセットを用いたポリメラーゼ連鎖反応によって、増幅される遺伝子断片を有する活性汚泥
2.次のbおよびcのプライマーセットを用いたポリメラーゼ連鎖反応によって、増幅される遺伝子断片を有する活性汚泥
3.次のaおよびcのプライマーセットを用いたポリメラーゼ連鎖反応によって、増幅される遺伝子断片を有する活性汚泥
4.次のbのプライマーセットを用いたポリメラーゼ連鎖反応によって、増幅される遺伝子断片を有する活性汚泥
【0013】
本発明のa〜cのプライマーセットには、以下のものが挙げられる。
a.配列表配列番号7に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号8に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
b.配列表配列番号9に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号10に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
c.配列表配列番号11に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号12に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
これらのプライマーセットに含まれるプライマーは、プライマーを特定している配列番号に示される塩基配列を有するプライマーであればよく、該塩基配列からなるプライマーであっても良い。
【0014】
本発明の「ポリメラーゼ連鎖反応」には、PCR、タッチダウン法によるPCR等、従来知られているいずれの「ポリメラーゼ連鎖反応」も含まれる。「活性汚泥」に含まれる遺伝子断片を鋳型として、以下のa〜cのプライマーセットを用いて行う「ポリメラーゼ連鎖反応」であれば良い。
なお、この「ポリメラーゼ連鎖反応」は、本発明の活性汚泥以外の活性汚泥の排水処理性能の診断のためにも使用することができる。
【0015】
本発明のプライマーセットaまたはプライマーセットbを用いたポリメラーゼ連鎖反応によって、増幅される遺伝子断片は、βプロテアバクテリア綱ロドサイクルス目デクロロモナス属に属する細菌の遺伝子であることが好ましく、さらに、βプロテアバクテリア綱ロドサイクルス目デクロロモナス属に属する細菌の16Sリボゾーム遺伝子であることが好ましい。
また、プライマーセットcを用いたポリメラーゼ連鎖反応によって、増幅される遺伝子断片は、アゾアーカス属に属する細菌の遺伝子であることが好ましく、さらに、アゾアーカス属に属する細菌の16Sリボゾーム遺伝子であることが好ましい。
【0016】
βプロテアバクテリア綱ロドサイクルス目デクロロモナス属に属する細菌とアゾアーカス属に属する細菌は易分解有機物から難分解有機物まで幅広く分解できることが知られている(参考文献1〜3参照)。また、これらはいずれも通性嫌気性細菌であり、呼吸のときの電子受容体として酸素だけではなく硫酸イオン、硝酸イオン、塩素酸イオンを利用することが知られている(参考文献1)。
排水処理において利用される曝気槽では、経済的な理由から空気または酸素の曝気量を抑えていることが多く、曝気槽内において、部分的な酸素不足が起きていることがある。しかし、これらの細菌は酸素が不足していても、排水中に比較的多く存在する硫酸イオン、硝酸イオン、塩素酸イオンを電子受容体として利用しながら排水中有機物を分解することが可能である。
従って、本発明の「活性汚泥」が有する生物学的特徴が、βプロテアバクテリア綱ロドサイクルス目デクロロモナス属に属する細菌またはアゾアーカス属に属する細菌のどちらか1種以上が本発明の「活性汚泥」中に存在することによる生物学的特長であればさらに好ましい。
[参考文献1]
Sander A.B.Weelink,
Degradation of benzene and other aromatic hydrocarbons by anaerobic bacteria (2008)
Netherlands Research School for the Socio−Economic and Natural Sciences of the Environment
[参考文献2]
John D. Coates and Laurie A .Achenbach,
MICROBIAL PERCHLORATE REDUCTION:ROCKET−FUELLED METABOLISM (2004) p569−578
MICROBIOLOGY VOLUME 2
[参考文献3]
Thomas Hurek,Siegfried Burggraf,Carl R. Woese,and Barbara Reinhold−Hurek,
16S rRNA−Targeted Polymerase Chain Reaction and Oligonucleotide Hybridization To Screen for Azoarcus spp., Grass−Associated Diazotrophs (1993) P3816−3824
APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY
【0017】
本発明のこれらの「活性汚泥」はどのような排水の処理にも利用できるが、特に製紙工場排水を高効率に処理するために利用することが好ましい。特に、セルロース分解物由来の糖類や有機酸、リグニン分解物由来の芳香族や塩素化有機物など、製紙工場排水中の易分解有機物から難分解有機物までを幅広く、かつ高効率に分解できる「活性汚泥」であることが好ましい。
【0018】
本発明の「製紙工場排水の処理方法」は、本発明の「活性汚泥」を「製紙工場排水」に作用させる工程を含む「製紙工場排水の処理方法」であれば、従来知られているいずれの方法も利用することができる。
例えば、本発明の「活性汚泥」を収容した曝気槽に「製紙工場排水」を加えることで作用させてもよい、「製紙工場排水」が入った容器に、本発明の「活性汚泥」を加えることで作用させても良い。
ここで「作用させる」とは、「活性汚泥」と「製紙工場排水」を接触させることにより、「製紙工場排水」中に含まれる物質を分解させることをいう。
【0019】
本発明の「製紙工場排水」は、製紙工場において紙の製造過程において発生するいずれの排水も含まれ、リグニン、リグニン分解物、糖や有機酸等を主成分とする漂白系排水またはメタノール等を主成分とするドレン系排水であるKP系排水や、リグニン、デンプン、脂肪酸系界面活性剤や高級アルコール系界面活性剤を主成分とするDIP系排水が挙げられる。これらの一種類からなる排水であってもよく、これらが複数混合された排水であっても良く、特に限定されるものではない。
ドレン系排水やDIP系排水と比較して、漂白系排水は分解されにくいが、本発明の「活性汚泥」は漂白系排水に対しても高い分解性能を発揮することができる。
【0020】
また、本発明の「活性汚泥」は、排水処理性能が高いため、高効率に排水処理を行うことができる。従来知られている微生物製剤と異なり、「活性汚泥」としてもともと排水に馴化されているため、どのような排水であっても、例えば、異なる製紙工場で発生した製紙工場排水に対しても馴化に時間がかからないためだと予測される。また、微生物製剤と比較して、本発明の「活性汚泥」は細菌種類の多様性があることも、理由の一つであると考えられる。
【0021】
本発明の「活性汚泥」はそのまま利用することもでき、形態はとくに限定されるものではないが、余剰汚泥(汚泥濃度が1%〜5%)として利用されることが好ましい。
本発明の「活性汚泥」は、余剰汚泥の形態でも、常温、曝気無しで輸送することができ、「活性汚泥」の性能は維持されたままである。また、本発明の「活性汚泥」は、自然乾燥あるいは凍結乾燥してもよく、これらにおいても「活性汚泥」の性能は維持されたままである。
【0022】
本発明の「活性汚泥」は、そのまま製紙工場排水に作用させることもできるが、他の活性汚泥に混合し、製紙工場排水に作用させることもできる。この際に、本発明の「活性汚泥」は、混合する他の活性汚泥に対し、絶乾重量比率が5%以上となるように混合すればよく、さらに10%以上、より好ましくは20%以上となるように混合すること好ましい。
【0023】
本発明の「製紙工場排水の処理方法」において、曝気槽や返送汚泥ピットなどで本発明の「活性汚泥」を「製紙工場排水」に作用させることもできる。
曝気槽を使用する場合、MLSS(mixed liquor suspended solids(活性汚泥浮遊物質量);以下、MLSSと示す)は3000mg/L〜10000mg/Lとなるように管理することが好ましい。3000mg/Lより少ないと排水処理が不十分となり、10000mg/Lより多くしても汚泥性能は上がらず、汚泥の単位量あたりの性能が低くなり不経済となる。
その他の活性汚泥(曝気槽)の運転および管理条件については通常通りであれば良く、例えば、pHは7〜8、温度は35℃〜40℃、DO(Dissolved Oxygen(溶存酸素量);以下、DOと示す)は1mg/L〜5mg/Lでコントロールすればよい。
本発明の排水処理性能の高い新規活性汚泥を利用することにより、高効率に排水を処理することができ、処理効率を向上することもできる。
【0024】
以下に、実施例にて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0025】
活性汚泥の評価
製紙工場排水の処理における性能を調べるとともに、遺伝子診断により各活性汚泥に含まれる細菌を推定することで各活性汚泥の評価を行った。
1.材料
1)活性汚泥
製紙工場A〜Eにおいて、製紙工場排水を処理するための曝気槽から汚泥懸濁液50mlを採取した。これを2000rpm、2分間遠心分離し、上澄み液を除去した後、残存した沈殿をそれぞれ本発明の実施例に用いる活性汚泥A〜Eとした。製紙工場A〜Eにおいて、処理されている排水の種類と曝気槽におけるMLSSを表1に示した。
【0026】
【表1】

【0027】
2)製紙工場排水
製紙工場Fで採取した漂白系排水(L材)を本発明の実施例に用いる製紙工場排水とした。
【0028】
3)原核生物用プライマーセット
配列表配列番号1および同配列番号2に示される塩基配列からなる原核生物用プライマーセット(参考文献4、参照)を(オペロンバイオテクノロジー株式会社)に委託して作製した。この原核生物用プライマーセットは、16Sリボゾーム遺伝子上に存在する、全ての原核生物共通の塩基配列を増幅対象とするものである。
[参考文献4]
石井浩介、中川達功、福井学
微生物生態学への変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法の応用
Microbes and Environments Vol.15, No.1, 59−73, 2000
【0029】
2.活性汚泥の性能評価
上記1.1)にて調製した活性汚泥A〜Eに、それぞれ上記1.2)の排水を加えて全量が50mlの汚泥懸濁液とした。この汚泥懸濁液を25℃ 6時間で曝気処理した後、2000rpm、2分間遠心分離し、得られた上澄み液(処理水)を採取した。上澄み液(処理水)を0.45μm孔のフィルターで濾過した後、TOC(全有機炭素量)測定器で測定し、処理水中のDOC(Dissolved Organic Carbon(溶存有機炭素);以下、DOCと示す)を調べた。処理水中のDO(Dissolved Oxygen(溶存酸素量))は1〜2ppmであった。
DOC分解率は以下の式1に従って算出し、各活性汚泥が排水中の有機物をどの程度分解したかを調べることにより、各活性汚泥の性能を評価した。DOC分解率が高いほど、活性汚泥の排水処理性能が高いことを示す。
【0030】
[式1]
DOC分解率(%)=(排水DOC−処理水DOC)/排水DOC×100
排水DOC:上記1.2)の製紙工場排水を2000rpm、2分間遠心分離し、上澄み液を0.45μm孔のフィルター濾過した後、TOC(全有機炭素量)測定器で測定した製紙工場排水中のDOC(溶存有機物)を指す。
【0031】
その結果、表2に示したように、活性汚泥A〜Cは、DOC分解率(%)が50%以上と高く、活性汚泥D,Eと比べて排水処理性能が高い活性汚泥であることが確認された。
【表2】

【0032】
3.遺伝子診断
1)遺伝子診断用プライマーセットの作製
工程1:PCR−DGGE解析
上記1.1)にて調製した活性汚泥A〜Eに含まれるDNAをDNA抽出キット(Ultra CleanTM Soil DNA Isolation Kit(MO BIO Laboratories,Inc.製)を用いて抽出した。このDNAを鋳型として、上記1.3)の原核生物用プライマーセットを用いて、PCRによって活性汚泥A〜Eに含まれると推定される細菌の16SrRNA遺伝子をターゲットとし、それぞれ増幅させた。
PCR反応液の組成は、1.25units Taq DNA polymerase、10mM Tris−HCl(pH 8.3)、50mM KCl、1.5mM MgCl2、0.001%(wt./vol.) gelatin、200mM dNTP、50pmol プライマーおよび10ngの鋳型となるDNAを含むものであり、このPCR反応液を用い、タッチダウン法によりPCRの遺伝子増幅プログラムを行った。PCRの反応条件は以下のとおりであった。
反応条件:
ステップ1(1サイクル):95℃−5分
ステップ2(19サイクル):95℃−1分、62℃−1分、72℃−1分
このとき62℃のアニーリング温度を1サイクルごとに0.8℃ずつ下げていった。
ステップ3(9サイクル):95℃−1分、52℃−1分、72℃−1分
ステップ4(1サイクル1):72℃−10分
【0033】
増幅したPCR産物を、変性剤(8Mの尿素を含むアクリルアミド100%)を含むアクリルアミドゲル(変性剤濃度幅20〜50%)中で電気泳動した。このうちシグナルの強いバンドをアクリルアミドゲルから切り出し、200μLのTEバッファーでDNAを抽出した。
抽出したDNAを鋳型として、原核生物用プライマーセットを用い、上記と同様の組成のPCR反応液を作成し、PCRによって16SrRNA遺伝子を増幅させた。PCRの反応は以下のとおりであった。
反応条件:
ステップ1(1サイクル):95℃−10分
ステップ2(25サイクル):95℃−1分、54℃−1分、72℃−1分
ステップ3(サイクル1):72℃−10分
【0034】
工程2:シークエンス解析
増幅したPCR産物の塩基配列をシークエンサー(3100−Avant Genetic Analyser, ABI‐PRISM)にて解析した。解析した各DNA塩基配列の結果を基にデータベースを利用して相同性(homology)検索を行い、活性汚泥A〜Eに含まれると推定される細菌の近縁種を調べた。相同性検索はNCBI(国際塩基配列データベース)BLAST(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/blast/)を利用した。
その結果、活性汚泥A〜Eにはそれぞれ表3に示された細菌が含まれている可能性が高いことが示された。各細菌に対する相同性が確認されたものについては相同性を示した。また、各細菌の塩基配列を配列表配列番号3〜6に示した(配列番号3:βプロテアバクテリア綱ロドサイクルス目デクロロモナス属、配列番号4:アゾアーカス属、配列番号5:βプロテアバクテリア綱バークホルデリア目、配列番号6:βプロテアバクテリア綱ロドサイクルス目)。
【0035】
【表3】

【0036】
工程3:遺伝子診断用プライマーセットの作製
βプロテアバクテリア綱ロドサイクルス目デクロロモナス属(以下、デクロロモナス属と示す場合がある)、アゾアーカス属およびβプロテアバクテリア綱バークホルデリア目(以下、バークホルデリア目と示す場合がある)において、それぞれ16Sリボゾーム遺伝子上に存在する共通の塩基配列を増幅対象とするプライマーセットを参考文献2,3、5、6より選択し、オペロンバイオテクノロジー株式会社に委託して作製した。作製した遺伝子診断用プライマーセットをそれぞれ表4に示した。
[参考文献5]
Alexander Loy, et. al.,
16S rRNA Gene−Based Oligonucleotide Microarray for Environmental Monitoring of the Betaproteobacterial Order “Rhodocyclales” (2005) P1373−1386
APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY
[参考文献6]
Maria−Soledad Benitez, et. al.,
Linking Sequence to Function in Soil Bacteria: Sequence‐Directed Isolation of Novel Bacteria Contributing to Soilborne Plant Disease Suppression (2009) P915−924
APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY
【0037】
【表4】

【0038】
2)活性汚泥の遺伝子診断
上記1.1)にて調製した活性汚泥A〜EのDNAをDNA抽出キット(Ultra CleanTM Soil DNA Isolation Kit:MO BIO Laboratories,Inc.)を用いて、活性汚泥からDNAを抽出した。このDNAを鋳型として、上記3.2)にて作製した遺伝子診断用プライマーセットを用いて、PCRによって活性汚泥A〜Eに含まれると推定される細菌の16SrRNA遺伝子をそれぞれ増幅させた。
PCR反応液の組成は、1.25unitsTaq DNA polymerase、10mM Tris−HCl(pH8.3)、50mM KCl、1.5mM MgCl2、0.001%(wt./vol.) gelatin、200mM dNTP、50pmol プライマーおよび10ngの鋳型DNAを含むものであり、このPCR反応液を用いて以下の条件でPCRの反応を行った。
反応条件:
ステップ1(1サイクル):94℃−1分
ステップ2(30サイクル):94℃−1分、60℃−2分、 72℃−2分
ステップ3(1サイクル):72℃−10分
【0039】
上記の条件でPCR反応を行った後、アガロースゲル電気泳動により増幅の有無を確認した。
遺伝子診断用プライマーセットaで遺伝子が増幅されれば1150bp、同プライマーセットbで増幅されれば400bp、同プライマーセットcで増幅されれば800bp、同プライマーセットdで増幅されれば400bp、同プライマーセットeで増幅されれば1300bp、同プライマーセットfで増幅されれば400bpまたは同プライマーセットgで増幅されれば400bpのサイズの遺伝子断片がそれぞれ確認される。
【0040】
その結果、表5に示したように、いずれの活性汚泥も遺伝子診断用プライマーセットe、f、gによって増幅されることから、アゾアーカス属とβプロテアバクテリア綱バークホルデリア目の細菌が含まれていると推定された。また、処理後の排水のDOC分解率(%)を50%以上とできる、排水処理性能が特に高い活性汚泥A〜Cは、遺伝子診断用プライマーセットaまたはbによっても増幅されることから、βプロテアバクテリア綱ロドサイクルス目デクロロモナス属の細菌も含まれていると推定された。
また、この結果より、遺伝子診断用プライマーセットa〜cのいずれか一種以上を用いるPCRによって、増幅される遺伝子断片を有する細菌を含む活性汚泥は、DOC分解率(%)を50%以上とできる、特に高い排水処理性能を有する活性汚泥といえることが示唆された。
【0041】
【表5】

【実施例2】
【0042】
排水処理性能の向上
上記実施例1において高い排水処理性能を有することが確認された活性汚泥A〜Cのいずれかと活性汚泥Dまたは活性汚泥Eを組み合わせることにより、活性汚泥Dまたは活性汚泥Eにおける排水処理性能の向上を試みた。
即ち、実施例1と同様に、各製紙工場から採取した汚泥懸濁液をそれぞれ表6に記載の組合せ、絶乾重量比率で混合した後、2000rpm、2分間遠心分離し、上澄み液を除去した後、残存する沈殿を活性汚泥の混合物とした。これにそれぞれ実施例1と同様の製紙工場排水を加えて汚泥懸濁液を得た。ここで得られた汚泥懸濁液のMLSSは、排水処理性能を向上させたい活性汚泥DおよびEのMLSS(即ち、製紙工場DおよびEにおける曝気槽のMLSS)に合わせた(表6)。
この汚泥懸濁液を実施例1と同様に曝気処理し、上澄み液(処理水)を採取して濾過したもののDOCを調べ、DOC分解率を算出した。
【0043】
【表6】

【0044】
その結果、表6に示したように、活性汚泥Dまたは活性汚泥Eに、排水処理性能の高い活性汚泥A〜Cのいずれかを添加することによって、活性汚泥Dまたは活性汚泥Eの排水処理性能を活性汚泥A〜Cと同等にすることができた。
従ってこの結果より、活性汚泥A〜Cは、排水処理性能があまり高くない活性汚泥において、排水処理性能の向上させるものとしても使用できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の排水処理性能の高い新規活性汚泥は、製紙工場排水処理用活性汚泥として広く販売することができる。また、他の活性汚泥に混合し、他の活性汚泥の排水処理性能を高めるための活性汚泥として販売することもできる。さらに、本発明の新規活性汚泥の生物学的な特徴を指標として、他の活性汚泥の排水処理性能を診断することもできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次のa〜cから選択される少なくとも1組のプライマーセットを用いたポリメラーゼ連鎖反応によって、増幅される遺伝子断片を有する活性汚泥。
a.配列表配列番号7に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号8に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
b.配列表配列番号9に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号10に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
c.配列表配列番号11に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号12に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
【請求項2】
次のbおよびcのプライマーセットを用いたポリメラーゼ連鎖反応によって、増幅される遺伝子断片を有する活性汚泥。
b.配列表配列番号9に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号10に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
c.配列表配列番号11に示される塩基配列を有するプライマーと配列表配列番号12に示される塩基配列を有するプライマーからなるプライマーセット
【請求項3】
遺伝子断片がβプロテアバクテリア綱ロドサイクルス目のデクロロモナス属に属する細菌の遺伝子またはアゾアーカス属に属する細菌の遺伝子である請求項1または2に記載の活性汚泥。
【請求項4】
製紙工場排水に請求項1〜3のいずれかに記載の活性汚泥を作用させる製紙工場排水の処理方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の活性汚泥を絶乾重量比率が5%以上となるように、他の活性汚泥に混合し、製紙工場排水に作用させる請求項4に記載の製紙工場排水の処理方法。

【公開番号】特開2012−217377(P2012−217377A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−85457(P2011−85457)
【出願日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【出願人】(000153281)株式会社日本紙パルプ研究所 (7)
【Fターム(参考)】