説明

排煙脱硫装置における不活性化現象の予防方法

【課題】 排煙脱硫装置における不活性化現象を予測して、不活性化現象の発生を未然に防ぐ方法を提供する。
【解決手段】 石炭焚きボイラーの燃焼排ガスを処理する排煙脱硫装置において発生する不活性化現象の予防方法であって、燃焼排ガス中の灰分に含まれるNa、Ca、Mg及びKなどのアルカリ成分から不活性化現象の指標となる不活性化ポテンシャルを算出し、その変化に応じて排煙脱硫装置に対してpH制御系の設定値の調整などの運転管理を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、排煙脱硫装置で生じる不活性化現象を予防する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石炭焚きの火力発電所では、ボイラーで石炭を燃焼した時に発生する硫黄酸化物(SO)を取り除くため、燃焼排ガスの処理を行う排煙脱硫装置が設けられている。排煙脱硫装置には、乾式法や湿式法など各種のものが提案されているが、安価な石灰石を脱硫剤に使用することができる上、比較的高い脱硫率が得られる湿式の石炭石膏法が従来から数多く使用されている(特許文献1)。
【0003】
石炭石膏法は、微粉化した石灰石を含むスラリー状の吸収液に排ガスを気液接触させて、排ガス中に含まれるSOガスを吸収液に吸収させる。そして、吸収液中で下記式1に示す反応によってSOを石膏に固定することにより、硫黄酸化物の除去を行うものである。
[式1]
SO+CaCO+1/2O+HO → CaSO・2HO+CO
【0004】
石炭石膏法における吸収液と排ガスとの気液接触は、例えばスパージャーパイプを備えた反応槽(ジェットバブリングリアクター)を使用して効率よく行うことができる。具体的には、スパージャーパイプの先端部が浸漬するように反応槽に吸収液を張り込んでおき、該スパージャーパイプの先端部から吸収液中に排ガスを放出する。これにより、排ガスは吸収液内で細かな気泡となって液中を上昇し、その間に気泡の界面において吸収液と排ガスの効率的な気液接触が行われる。
【0005】
気液接触によって吸収された硫黄酸化物は、酸化されて硫酸になると同時に石灰石が溶解した吸収液にて中和され、石膏になる。このようにして生成した石膏を含むスラリーは、反応槽から抜き出されて遠心分離機などの固液分離手段に送られ、ここで粒状の石膏と液分に分離される。分離された液分の一部は排煙脱硫装置に戻され、残りは排水処理設備に送られて更なる処理が行なわれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−086910号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
石炭焚きボイラーの燃焼排ガス中には上記した硫黄酸化物のほか、窒素酸化物や灰分などが含まれている。これらは排煙脱硫装置の前段に設けられている脱硝装置や電気集塵機で除去されるが、一部の灰分はわずかながらこれら脱硝装置や電気集塵機を通り抜けて排煙脱硫装置に到達し、排煙脱硫装置の吸収液に混入する。混入した灰分は吸収液中で徐々に溶解した後、石灰石の表面に不活性な皮膜(アパタイト)を形成して脱硫剤としての石灰石を不活性化することがあった。
【0008】
上記した石灰石の不活性化が生じると脱硫性能が低下するため、その対策として吸収液のpHを調整したり、Naなどの薬剤を添加したりする対応がとられる。しかしながら、これらの対策は、不活性化現象が確認されてから事後的に行うものであるため、対応が遅れて脱硫性能を大きく低下させたり、適切に対処できずに頻繁な運転調整が必要になったりして、脱硫装置の信頼性を損なうことがあった。
【0009】
灰分は一般にアルミナ(Al)やシリカ(SiO)を主成分としており、これら以外にCaO、MgO、NaO、KOなどを含んでいる。固体の溶出速度は、一般的には、固体の比表面積、及び固体中の可溶性物質の含有率や拡散係数に比例するため、不活性化現象を引き起こすアルミナにおいても、これらの要因からある程度予測できるように思われる。
【0010】
しかしながら、瀝青炭やPRB炭が燃焼した後に残る灰分をサンプリングし、これらを吸収液に混合して溶出させたところ、灰分の全Al濃度及び比表面積から判断してほぼ同等の溶解速度(実験段階では溶出速度と称することもある)になると考えられる2種類の灰分の溶解速度に大きな差異が生じたり、他方に比べて溶解速度が遅いと考えられる灰分の方が逆に速かったりすることがあった。そこで発明者らは上記比表面積や可溶性物質の含有率等以外に溶解性に影響を及ぼす要因があると考え、鋭意研究を行った。
【0011】
その結果、溶解性は灰分中の全Al濃度に加えて、灰分中の鉱物がどの程度ガラス(非晶質)で存在しているのかを示すガラス化率や、ガラスの原子配列構造の影響を受けることを見出した。更に、これらガラス化率及びガラスの原子配列構造の影響を受けて溶出するAlによって生じる不活性化現象は、Al含有率などの灰分情報を用いて効果的に予測することが可能であり、これにより不活性化現象の発生を予防できることを見出し本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明が提供する不活性化現象の予防方法は、石炭焚きボイラーの燃焼排ガスを処理する排煙脱硫装置において発生する不活性化現象の予防方法であって、燃焼排ガス中の灰分に含まれるアルカリ成分から不活性化現象の指標となる不活性化ポテンシャルを算出し、その変化に応じて排煙脱硫装置の運転管理を行うことを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、排煙脱硫装置における不活性化現象を予測してその発生を未然に防ぐことができるので、排煙脱硫装置の信頼性を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の不活性化現象の予防方法の基礎指標となるMIとガラス化率及びガラスの質との関係を示すグラフである。
【図2】本発明の不活性化現象の予防方法の基礎指標となるMIとAl及びSiのガラス化率との関係を示すグラフである。
【図3】排煙脱硫装置に組み込まれた本発明の制御装置の一具体例を示すブロック図である。
【図4】本発明の制御装置で実行されるアルゴリズムの一例を示すフローチャートである。
【図5】本発明の制御装置が排煙脱硫装置のpH制御系に組み込まれた場合の一具体例を示す模式的なフロー図である。
【図6】本発明の不活性化現象の予防方法の一具体例における不活性化ポテンシャルの計算式が示されており、ガラス化率及びガラスの質についてはMIをパラメータとするグラフで示されている。
【図7】横軸を時間として、灰分中のAlの含有率、ガラス化率、及び不活性化ポテンシャルの変動を、吸収液中のAl濃度の変動と共に示したグラフである。
【図8】2種類の灰分のAl及びSiに関する溶解速度の差を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
石炭焚きボイラーの燃料となる石炭は、その内部若しくは外部に、Si系の石英(SiO)、Si−Al系のカオリナイト(AlSi(OH))、Na、Ca及びMgを含むスメクタイト、Kを含むイライト、カルサイト(CaCO)などの無機物を含んでいる。これら無機物は、石炭の主成分である炭化水素の燃焼の際に高温雰囲気にさらされて一部溶解した後、冷却されてガラス質を含む飛灰(フライアッシュ)に変化する。
【0016】
例えば石炭に含まれる石英は、一部が当初の結晶状態をそのまま維持し、残りは石英単独若しくは他の鉱物と共に溶解した後固化してガラス化する。カオリナイト、スメクタイト、イライト、及びカルサイトにおいてはほとんどが溶解し、ムライト(3Al・2SiO)などの結晶を生成したり、CaAlSiやCaAlSiなどのガラスを生成したりする。
【0017】
このように、結晶化したりガラス化したりする挙動は、鉱物に含まれるNa、Ca、Mg、Kなどのアルカリ成分(以降、これら成分をモディファイヤ(Modifier)とも称する)の影響によるものと考えられる。具体的には、モディファイヤが多いほどガラス化が促進されてガラス化率の高い灰分が得られると考えられる。そして、ガラス化率が高くなればなるほど、灰分の溶解度は高くなる。
【0018】
モディファイヤの量が上記ガラス化率に影響を及ぼすと考える理由は、モディファイヤの量が増えると、結晶の網目構造の間にモディファイヤが入り込む機会が増え、これにより網目に歪みや切れ目が生じて網目構造を崩すと考えられるからである。すなわち、モディファイヤの存在により原子配列の網目構造がより不規則になって溶融時の粘度が低下し、よって冷却時にガラス化しやすくなるものと考えられる。
【0019】
更に、灰分中に含まれるモディファイヤの種類や含有率が異なることにより、ガラスに質的な差異が生ずると考えられる。これは、固相と液相の混合体は、モディファイヤがないときは三次元構造が主体となり、モディファイヤが増加すると層状構造や鎖状構造の割合が相対的に増加することに起因している。
【0020】
そして、層状構造や鎖状構造の割合が増加するに伴い、網目構造の切れ目に存在する非架橋酸素の量が増加し、これにより灰分の溶解性が高まると考えられる。なお、層状構造よりも鎖状構造の方が非架橋酸素の量が多いので、層状構造よりも鎖状構造の方がより溶解度が高くなる。
【0021】
上記したように、ガラス化率の程度及びガラスの原子配列構造の差異によって灰分(飛灰)の溶解性に差が生じ、これにより不活性化現象の起こり易さに違いが生じる。従って、灰分のこれらガラス化率及びガラスの原子配列構造を灰分情報として予め把握しておけば、不活性化現象の発生を予測することができると考えられる。
【0022】
そこで、本発明者らは、不活性化現象の起こり易さを判断する指標として不活性化ポテンシャルを導入し、これを用いて灰分のガラス化率及びガラスの原子配列構造、ひいては灰分の溶解性を表現することを考えた。そして、この不活性化ポテンシャルに影響を及ぼす要因として、飛灰中のAl、Si及びモディファイヤに注目し、AlやSiに対するモディファイヤ(すなわち、アルカリ成分)の比率を考慮にいれたモディファイヤ・インデックス(以下、MIとも称する)を用いて不活性化ポテンシャルを表現することを試みた。その結果、極めて簡易且つ効果的に不活性化現象を予測してこれを予防し得ることが可能となった。
【0023】
具体的に示すと、先ず下記式2に示すように、灰分中のAlの溶解速度に影響を及ぼす要因として、不活性化ポテンシャルという概念を導入した。
[式2]
Alの溶解速度∝拡散係数×比表面積×不活性化ポテンシャル
【0024】
そして、この不活性化ポテンシャルは、下記式3に示すように、灰分中のAl含有率と量的因子と質的因子の積によって表されると考えた。
[式3]
不活性化ポテンシャル=灰分中のAl含有率×量的因子×質的因子
【0025】
更に、上記式3の量的因子及び質的因子は、各々下記式4で定義するMIと相関していると考えた。
[式4]
MI=(2Ca+2αMg+βNa+γK)/Al
【0026】
ここで、Ca、Mg、Na、K及びAlは飛灰中の各成分のモル濃度を表している。Ca及びMgに係数2がかかっている理由は、上記4種類のアルカリ成分のうち、CaとMgはMAlSiに近いガラス組成を構成し、NaとKはMAlSiに近いガラス組成を構成すると考えられるからである(ここで、MはCa、Mg、Na又はKを示す)。
【0027】
α、β及びγはCaを基準とした各アルカリ成分のMIへの重み付け係数であり、ガラスの網目構造への歪みや切れ目の生じ易さを考慮して、修飾度合比及びイオン半径比から求めた。修飾度合比とはアルカリ成分が酸素イオンと結合することなく自由度の高い状態で存在している度合いを示すものであり、これは酸素との結合エネルギーなどから求めることができる。ここでは酸素との結合エネルギーに基づいてCaとMgの修飾度合比は1、NaとKの修飾度合比は2とした。
【0028】
また、イオン半径が大きい方がよりガラスの網目構造を歪ませ易いと考えられるので、Ca、Mg、Na及びKのイオン半径比であるCa:Mg:Na:K=1:0.75:2.04:1.33を採用した。これら修飾度合比とイオン半径比との積からα=0.75、β=2.04、γ=2.67が得られる。すなわち、MIは下記の式5となる。
[式5]
MI=(2Ca+1.5Mg+2.04Na+2.67K)/Al
【0029】
上記のようにMIを定義することにより、灰分の溶解度に影響を及ぼす上記式3の量的因子と質的因子の両方を、MIを用いて表現することができる。先ず、ガラスの量的因子であるガラス化率の程度とMIとの関係について説明する。例えば、灰分にモディファイヤとしてCaのみが含まれる灰分を考えた場合、上記式5においてMg=Na=K=0となるので、MI=2Ca/Alとなる。
【0030】
この灰分を分析してCa/Al=0.5であったとすると、これらCa及びAlは、バルクのガラス組成であるCaAlSiに対して化学量論的に飽和している。よって、この灰分に含まれるAlは全量がガラス化している(すなわち、ガラス化率=100%)であると考えることができる。つまり、MI=1のときはガラス化率が100%になっていると判断することができる。
【0031】
一方、Caの含有率が0のときはMI=0となり、この場合は灰分に全くモディファイヤが存在しないので、Alは例えばムライトとして100%結晶化していると考えることができる。つまり、MI=0のときはガラス化率が0%になっていると判断することができる。そして、MIとガラス化率の関係は、MIが0〜1の間は比例関係にあり、MIが1を超えた場合は、ガラス化率は100%のまま維持される。
【0032】
Ca以外のMg、Na及びKにおいても、上記Caと同様に考えることができるので、上記式5で定義したMIは、これらCa、Mg、Na及びKを含んだ灰分のガラス化率を示していると考えることができる。以上説明した量的因子であるガラス化率とMIとの関係をグラフ化したものを図1(a)に示す。
【0033】
次に、ガラスの質的因子であるガラスの原子配列構造とMIとの関係について説明する。Alに対するモディファイヤの比率が増加するに伴って、前述したようにガラスの原子配列構造に3次元構造以外に、層状構造や鎖状構造が増加すると考えることができるので、MIが大きくなればなるほど不活性化ポテンシャルはガラスの質的因子に大きく左右されると考えることができる。
【0034】
そこで、MIが1以上の場合は、MIの値をそのまま式3の質的因子として採用することにした。なお、MI=1が3次元構造の理論上の存在限界であり、MIが1未満の場合は、前述した量的因子であるガラス化率が律速になる。つまり、MIが1未満では、MIの値にかかわらず一律に1を式3の質的因子として採用することにした。以上説明した質的因子であるガラスの質とMIとの関係をグラフ化したものを図1(b)に示す。また、これら図1(a)と図1(b)とをまとめてグラフ化したものを図1(c)に示す。
【0035】
上記したMIが灰分中のガラス化率のパラメータとして有意であることを確認するため、X線回折(XRD)や走査型電子顕微鏡(SEM)等を用いて分析された様々な灰分のデータを収集して、MIとAl系鉱物のガラス化率との関係を図1(a)のグラフ上にプロットしてみた。その結果を図2(a)に示す。
【0036】
この図2(a)のグラフから分かるように、MIが0〜1の範囲では、ある程度ばらつきはあるものの、MIとガラス化率の比例関係を示す原点を通る直線にほぼ沿った相関関係を示した。また、MIが1を超えた範囲においては、一部にばらつきが見られるものの、ほぼガラス化率100%が維持されていた。この結果から、上記したMIをパラメータとして灰分中のガラス化率を表現する方法は有意であることが分かった。
【0037】
ところで、上記の図1(a)に示す相関関係は、灰分に含まれるAlのガラス化率とMIとの関係を示すものであるが、このMIを用いて灰分に含まれるSiのガラス化率を推測することができれば、より高い精度で不活性化を予測することが可能となる。そこで、上記と同様に、X線回折(XRD)や走査型電子顕微鏡(SEM)等を用いて分析された様々な灰分のデータから、MIとSi系鉱物のガラス化率との関係を図1(a)のグラフ上にプロットしてみた。その結果を図2(b)に示す。
【0038】
この図2(b)から分かるように、図中A及びBにおいて図1(a)に示すグラフとの間に偏倚が生じたが、これらを除けば有意な相関関係が見られた。よって、例えば、下記式6に示すように、Alをベースにして求めたMIに図2(a)と図2(b)との差異を反映させた係数F(MI)をかけることにより、灰分中のSi系鉱物のガラス化率を同様に推定することが可能となる。
【0039】
なお、図2(b)のAに示す偏倚が生じた理由は、石炭中の石英(SiO)が一部そのまま結晶として残ることによりSiのガラス化が100%になり得ないことによる。また、図2(b)のBに示す偏倚が生じた理由は、MIの値が低い領域ではSiがSiOとして単独でガラス化できることによる。また、Si単独ガラスよりもSiAlガラスの方が、モディファイヤによる網目切断の影響を受けて、より溶解性が向上すると考えられる。
[式6]
Siの溶解速度∝拡散係数×比表面積×不活性化ポテンシャル×F(MI)
【0040】
以上説明したように、MIをパラメータとする不活性化ポテンシャルを用いることによって、飛灰に含まれるAlやSiの溶解速度を推定することが可能となる。そして、このようにして得たAlやSiの溶解速度に基づいて排煙脱硫装置の運転管理を行うことによって、不活性化現象の発生を予測することが可能となり、より迅速且つ的確に不活性化現象に対処することが可能となる。
【0041】
上記のようにして得たAlやSiの溶解速度に基づいて排煙脱硫装置において生じ得る不活性化現象に対処する方法としては、例えば、AlやSiの溶解速度の許容値を定めておき、上記方法による計算で求めた溶解速度がこの許容値を超えたときにアラームを発するようにしてもよいし、あるいは上記方法による計算で求めた溶解速度に基づいて、排煙脱硫装置のpH制御などの制御系の設定値を自動的に変化させてもよい。
【0042】
例えば図3には、石炭焚きの火力発電所に設けられた一連の排煙処理設備において、排煙脱硫装置の制御系に不活性化現象の発生を予防する機能を組み入れた例が示されている。具体的には、この図3に示す排煙処理設備は、ボイラー1から排出される排ガスを脱硝装置2、乾式電気集塵機5、及び脱硫装置7で処理した後、煙突10で排出するようになっている。
【0043】
乾式電気集塵機5の前段と脱硫装置7の後段には熱回収のためのガスガスヒータ4、8が設けられている。また、脱硝装置2の後段にはエアヒータ3が、煙突10の前段と脱硫装置7の前段には送風機6、9が設けられている。この図3に示す排煙処理設備は、CPUなどの制御装置20において不活性化現象の発生を予測する演算が行われており、この演算結果を受けて脱硫装置7のpH制御系11、排水制御系12、及び薬品添加制御系13に信号が送られている。
【0044】
制御装置20では、例えば図4のフローチャートに示すアルゴリズムが実行される。すなわち、先ずAl含有率やモディファイヤ含有率などの灰分情報を取得し(取得手段S1)、この情報に基づいてMIを算出する(MI算出手段S2)。そして、このMIから不活性ポテンシャルを求め(不活性化ポテンシャル算出手段S3)、Al及びSiの溶出速度を算出する(溶出速度算出手段S4)。これらの溶出速度をそれぞれ予め設定しておいた閾値と比較して不活性化現象の発生の有無を判断する(比較手段S5)。
【0045】
そして、少なくともいずれかの溶出速度が閾値よりも高いと判断した場合はpH制御系11、排水制御系12、及び/又は薬品添加制御系13の設定値を変更する(設定値変更手段S6)。具体的には、溶出速度が閾値よりも高いと判断したときは、pH制御系11についてはpH値を下げて石灰石の溶解速度を相対的に増加させる。排水制御系12については排水量を増加させてAl濃度を低減させる。薬品添加制御系13については薬品(例えばNa)を投入することによってCa濃度を相対的に低下させる。一方、算出した溶出速度がいずれも閾値以下の場合は、設定値を変えずにそのまま制御を行う。これにより迅速かつ効果的に不活性化に対処することが可能となる。
【0046】
図5には、上記アルゴリズムを実行する制御装置20を、脱硫装置7のpH制御系11に適用した場合の例が示されている。この例では、上記比較手段S5においていずれかの溶出速度が閾値より高いと判断された場合は、pHの設定値が所定の値に変更され、この新たなpH設定値を目標値として石灰石スラリーの供給量の流量制御が行われるようになっている。
【0047】
以上、本発明の不活性化現象の予防方法及び不活性化現象の予防機能を備えた排煙脱硫装置の制御装置について具体例を挙げて説明したが、本発明はかかる具体例に限定されるものではなく、本発明の主旨から逸脱しない範囲内で種々の代替例や変形例を考えることができる。例えば、上記説明ではMIのベースとなる情報を飛灰から得るものであったが、燃料となる石炭から情報を得てもよい。
【実施例】
【0048】
[実施例1]
バルガ炭、ユカリョウ/NL炭、PRB炭、及び瀝青炭を別々に石炭焚きボイラーで燃焼し、後段の電気集塵機から各々の飛灰を回収した。これら4種類の飛灰を分析し、アルミナ、シリカ及びモディファイヤの含有率を測定した。次に、この測定結果からCa、Mg、Na、K及びAlの各モル濃度を求め、上記式5に代入して各飛灰のMIを算出した。得られたMIから図1(a)、図1(b)に従ってAlのガラス化率(量的因子)及びガラスの質的因子を求めた。
【0049】
また、Siについては上記MIから図2(b)に基づいてSiのガラス化率を求め、Siガラス量を求めた。このようにして得られた各飛灰のAl含有率、MI、Alガラス化率、Alガラス量、Alガラスの質、及び不活性化ポテンシャルを下記表1に示す。また、MIをパラメータとしてガラス化率(量的因子)及びガラスの質的因子を求め、これらから不活性化ポテンシャルを算出する手順を、グラフを交えて示した計算式を図6に示す。なお、Siのガラス化率は、Alの溶出速度を増加させる場合もある。
【0050】
【表1】

【0051】
上記表1から、Alガラス量を指標とした場合は、最小値8〜最大値20までの間で狭く分布しているに過ぎないが、不活性化ポテンシャルを指標とした場合は、最小値8〜最大値62までの間で広く分布している。よって、MIをパラメータとする不活性化ポテンシャルによって灰分を特徴づけることが有意であることが分かった。
【0052】
[実施例2]
Al含有率、Alガラス化率、及び不活性化ポテンシャルを用いて、それぞれ実際に稼動している排煙脱硫装置において生ずる不活性化現象の推定が可能か否か試みた。具体的には、排煙脱硫装置で処理される排ガス中に含まれる飛灰を定期的にサンプリングし、これを分析して灰分中のアルミナ及びモディファイヤの含有率を求めた。
【0053】
そして、これらの分析値からCa、Mg、Na、K及びAlのモル濃度を求め、これらを上記式5に代入してMIを算出した。更に、得られたMIの値から図1(a)を用いてガラス化率を求めた。更に、図1(b)を用いてガラスの質を求め、上記図1(a)で求めたガラス化率と共に式3に代入して不活性化ポテンシャルを求めた。
【0054】
一方、排煙脱硫装置の吸収液を定期的にサンプリングし、液中の実際のAl濃度を測定した。そして、燃料の炭が入れ替えられた後に生じた排煙脱硫装置の不活性化現象を、上記にて求めた灰分中のAlの含有率(図7(a))、灰分中のAlのガラス量(図7(b))、及び不活性化ポテンシャル(図7(c))を用いてそれぞれ予測することを試みた。
【0055】
その結果、灰分中のAlの含有率を指標とした場合は、図7(a)に示すように、平常時の運転のみならず、図中の逆三角形で示される燃料の炭が入れ替えられた時以降においても、液中の実際のAl濃度を示すカーブに対して逆の傾向を示した。よって、灰分中のAl含有率は、不活性化現象を予測する指標としては使用できないことが分かった。
【0056】
また、灰分中のAlのガラス量を指標とした場合は、図7(b)に示すように、全体的に液中の実際のAl濃度と同じような傾向を示したが、図中の逆三角形で示される燃料の炭が入れ替えられた時以降では感度が高くなく、測定誤差等を考慮にいれると不活性化現象を予測する指標として使用するのは困難であることが分かった。
【0057】
一方、不活性化ポテンシャルを指標とした場合は、図7(c)に示すように、図中の逆三角形で示される燃料の炭が入れ替えられた時の前後のいずれにおいても液中の実際のAl濃度とほぼ同等の挙動を示した。よって、不活性化ポテンシャルは、不活性化現象を予測する指標として極めて有効であることが分かった。なお、横軸のtからtまでが、不活性化現象が発生した時間である。
【0058】
[参考例]
PRB炭及びバルガ炭(Bul炭)を別々に石炭焚きボイラーで燃焼させ、後段に設置されている電気集塵機から各々の飛灰を回収した。回収した飛灰の各々について、以下の溶出試験を行った。すなわち、先ず、採取した飛灰の各々に対して、1gを秤量して100mlの水に入れてスラリーにしたものを3つ作製した。これら3つのスラリーに対して濃度1mol/Lの硫酸を用いてpHが互いに異なるようにした。
【0059】
このようにして得た各スラリーをテフロン羽根の攪拌機で攪拌してAl及びSiを溶出させた。攪拌を開始してから30分、1時間、及び6時間経過したサンプルを採取してろ過し、そのろ液を200mlにメスアップして、これを分析対象とした。分析対象中のAl及びSiの濃度は、ICP発光分析計を用いて分析した。その結果を図8(a)及び(b)に示す。なお、攪拌開始からの経過時間に係らず、ほぼ同じ分析結果が得られたので、図8(a)、(b)では1時間経過後のサンプルの分析結果を示している。
【0060】
これら図8(a)及び(b)から分かるように、Al及びSiのいずれにおいても、PRB炭の飛灰中のAl含有量はバルガ炭の飛灰とほぼ同等であるにもかかわらず、排煙脱硫における一般的な運転範囲であるpH4〜7(図中矢印の範囲)において、PRB炭の飛灰の溶出濃度がバルガ炭の飛灰の溶出濃度を上回っていた。この結果から、Al含有量以外に溶出速度に影響を及ぼす要因があることが分かる。
【符号の説明】
【0061】
1 ボイラー
2 脱硝装置
3 エアヒータ
4、8 ガスガスヒータ
5 乾式電気集塵機
6、9 送風機
7 脱硫装置
10 煙突
20 制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
石炭焚きボイラーの燃焼排ガスを処理する排煙脱硫装置において発生する不活性化現象の予防方法であって、燃焼排ガス中の灰分に含まれるアルカリ成分から不活性化現象の指標となる不活性化ポテンシャルを算出し、その変化に応じて排煙脱硫装置の運転管理を行うことを特徴とする不活性化現象の予防方法。
【請求項2】
前記運転管理が、排煙脱硫装置のpH制御系、排水制御系、及び薬品添加制御系のうちの少なくともいずれかの調整であることを特徴とする、請求項1に記載の不活性化現象の予防方法。
【請求項3】
前記不活性化ポテンシャルが、前記灰分のガラス化率及びガラスの原子配列構造を考慮にいれたものであることを特徴とする、請求項1又は2に記載の不活性化現象の予防方法。
【請求項4】
前記不活性化ポテンシャルが、前記灰分に含まれる可溶性物質に対するアルカリ成分の比率をパラメータとして算出されることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の不活性化現象の予防方法。
【請求項5】
石炭焚きボイラーの燃焼排ガスを処理する排煙脱硫装置において発生する不活性化現象の予防機能を備えた制御装置であって、燃焼排ガス中の灰分に含まれるアルカリ成分から不活性化現象の指標となる不活性化ポテンシャルを算出する手段と、該不活性化ポテンシャルに基づいて排煙脱硫装置の制御系の調整の要否を判断する手段とからなることを特徴とする排煙脱硫装置の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−48999(P2013−48999A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−187054(P2011−187054)
【出願日】平成23年8月30日(2011.8.30)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000003285)千代田化工建設株式会社 (162)
【Fターム(参考)】