説明

探針洗浄機構を備えた走査型プローブ顕微鏡および探針洗浄方法

【課題】 カンチレバーを取り外すことなく探針の汚染を除去し、かつ試料の表面変質を防止する。
【解決手段】 走査型プローブ顕微鏡において、試料測定室、探針洗浄室および両室の間の遮断機構を備え、両室の間でカンチレバーを移動可能とし、紫外光照射機構ならびにオゾン供給機構を探針洗浄室に備え、両機構が動作中は試料測定室と探針洗浄室を遮断することを特徴とする。
カンチレバーは、探針洗浄室にて紫外光およびオゾンを用いて探針洗浄を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)に代表される走査型プローブ顕微鏡に係り、特に詳細には、カンチレバー先端の探針洗浄機構および探針洗浄方法に関する。
【背景技術】
【0002】
AFMに代表される走査型プローブ顕微鏡では、試料表面とプローブとの間の相互作用を利用して試料表面の微細な組織や構造を検出するために、片持ち梁の先端に探針を装着したカンチレバーが走査プローブとして使用される。
探針を試料表面で走査すると、試料表面と探針との間に原子間力に基づく引力あるいは斥力が発生してカンチレバーにひずみが生じる。このとき、カンチレバーに対してレーザ光を照射し、カンチレバーからの反射光の位置を光センサーで検知すると、ひずみ量に応じて反射光の位置が変化する。このひずみ量が一定、すなわち、試料表面と探針との間隙が一定となるように試料ステージをZ軸方向へ微動させれば、その際の微動信号、あるいは検出されたひずみ量そのものが試料表面の形状を反映したものとなり、最高で原子像レベルの高分解能画像を得ることができる。さらに、試料と探針間の相互間に働く力を利用すれば、ナノスケールの磁気力・表面電位・粘弾性力・摩擦力の分布を得ることができる。
【0003】
このため、走査型顕微鏡プローブによる表面形状評価は、マイクロデバイスの特性評価の一手段として現在広く用いられている。
【特許文献1】特開平9−145726号公報
【特許文献2】特開2000−81382号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
走査型プローブ顕微鏡では、カンチレバー先端の探針で試料表面を走査して形状を得る。このため、試料表面に汚染物がある場合、汚染物の移着により探針が汚染されるため測定が正しく行えない。また、試料測定前までに探針に汚染物が付着している場合も、測定を正しく行うことはできない。なお、この場合、探針に付着する汚染物は殆どが有機物起因である。
従来は、探針に汚染が付着した場合、当該探針を廃棄し新しい探針を取り付けるか、あるいは、カンチレバーをホルダから一旦外し、超音波洗浄装置や親水化処理装置などの洗浄装置で汚染物を除去したのちに、再びカンチレバーをホルダに取り付けていた。
しかしながら、探針の汚染が確認されるごとにカンチレバーを交換する場合、測定時間や工程が増加することが明らかである。また、洗浄装置を用いて探針の汚染を除去する場合、超音波洗浄などの湿式洗浄方式では付着した水分あるいは酸や有機物の洗浄成分が再測定時に試料側に移着し試料表面の変質をもたらす可能性がある。
【0005】
さらに、カンチレバーはホルダからピンセットにて一旦外して再び装着しなければならないため、カンチレバーの脱着時間がかかり測定ランタイムが増加する。また、カンチレバーの取り付けは手で行うので、洗浄前後における測定位置の再現性が保障できない。
このような問題を受け、走査型プローブ顕微鏡に探針洗浄機構を備える方法が提案され、探針の超音波洗浄、探針の酸洗浄、探針への高圧ガス吹き付け、探針の高電流による振とう、減圧下における探針のArプラズマ照射により汚染物を除去する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。しかしながら、上記に指摘したとおり、超音波洗浄などの湿式洗浄方式を採用した場合、付着した水分、酸、有機物の洗浄成分が再測定時に試料側に移着し試料表面の変質をもたらす可能性がある。また、当該発明によると、試料とカンチレバーが同じ雰囲気中で高圧ガス処理あるいはプラズマ処理されるため、試料が高圧ガスやプラズマにさらされてしまい試料表面が変質する恐れがある。さらに、高電流の振とうでは、粘着性の高い有機汚染物を除去することは困難である。
【0006】
また、特許文献2では、走査型顕微鏡用プローブに光触媒の膜を形成し、紫外線を照射して洗浄することを特徴とした洗浄方法が提案されている。これは、光触媒(二酸化チタン)表面に紫外線が照射されたとき、二酸化チタン表面に形成された正孔(ホール)が空気中の水酸化物イオンから電子を奪うことで形成されたOHラジカルにより有機物を分解する手法である。しかしながら、当該提案の手法は、光触媒膜を探針にあらかじめ形成する必要があり、一般的な走査型顕微鏡用プローブと比較した場合、光触媒膜を製膜するためのコストが増加することとなり、測定コストを増加させることとなる。
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたもので、紫外光ならびにオゾンを用いた洗浄装置を走査型プローブ顕微鏡に導入し、カンチレバーを取り外すことなく探針の汚染を除去し、かつ試料周辺に遮蔽機構を備えつけることにより洗浄中の試料の表面変質を防止することで、測定ランタイムと測定コストを低減し、測定能率と測定位置再現性の向上に寄与するものである。以下、その手段を述べる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の走査型プローブ顕微鏡は、試料測定室、探針洗浄室および該両室の間の遮断機構を備え、該両室の間でカンチレバーを移動可能とし、前記探針洗浄室は紫外光照射機構ならびにオゾン供給機構を備え、該紫外光照射機構ならびに該オゾン供給機構が動作中は前記遮断機構により前記試料測定室と前記探針洗浄室を遮断することを特徴とする。
本発明の走査型プローブ顕微鏡の探針洗浄方法は、試料測定室、探針洗浄室および該両室の間の遮断機構を備え、該両室の間でカンチレバーを移動可能とし、前記探針洗浄室に紫外光照射機構ならびにオゾン供給機構を配置し、前記カンチレバーを前記探針洗浄室に移動して紫外光およびオゾンを用いて探針洗浄を行い、前記紫外光照射機構ならびに前記オゾン供給機構が動作中は前記遮断機構により前記試料測定室と前記探針洗浄室を遮断することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明に関わる請求項記載の走査型プローブ顕微鏡に依れば、紫外光とオゾンを併用することにより、探針に付着した残渣を効果的に分解除去可能である。また、探針を洗浄中の雰囲気から試料を遮蔽することにより、試料にダメージを与えることなく探針の汚染物が除去できる。また、探針を取り外して装置外に運ぶ必要がなく、探針の汚染残渣を簡便かつ短時間に除去できるため、探針の再利用が容易であり、さらに測定ランタイムを短縮することが可能であり、測定コストを削減することができる。また、作業者の熟練度に依存することなく、探針の測定位置の再現性向上と測定ランタイム短縮を両立することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1、図2は、本発明の実施形態の一例を説明するための断面模式図で、図1は試料測定時の状態、図2は探針洗浄時の状態を示している。
本発明の走査型プローブ顕微鏡は、遮蔽板7により、試料測定室8と探針洗浄室9とを遮断可能としており、全体は防音遮蔽カバー6により外部と遮蔽されている。
測定時は、カンチレバーホルダ2が試料台と相対する位置に配置されている。測定中の画像の乱れから探針の汚染が確認された場合に洗浄を行う。洗浄時には、カンチレバーホルダ2をガイドレール5に沿って試料測定室8から探針洗浄室9に移動し、両室の中間に遮蔽板7を挿入して試料測定室8への紫外光ならびにオゾンの進入を遮断した状態で洗浄を行う。洗浄後は、再びガイドレール5に沿ってカンチレバーホルダ2を試料測定室8に移動する。
【0010】
試料測定室8は、試料走査機構1、レーザ光照射ユニット4を備えている。試料走査機構1には試料台11が配置され、試料台11上に試料12を載置する。カンチレバーホルダ2には先端に探針22を有するカンチレバー21が取り付けられている。カンチレバーホルダ2はガイドレール5により試料台11および試料12に相対する位置に保持されている。また、試料台11および試料12に相対する位置に、カンチレバー21へのレーザ照射機構およびカンチレバー21からのレーザ反射光受光機能を備えたレーザ照射ユニット4が配置されている。
測定時においては、探針22が試料12表面を走査すると同時にレーザ照射ユニット4からレーザをカンチレバー21に照射し、カンチレバー21のたわみ、あるいはねじれをレーザ反射光を用いて検出する。
【0011】
測定中の画像データ異常等により探針が汚染されたと判定された場合は、洗浄を行う。
まず探針22を試料12より上部方向に離した後、カンチレバーホルダ2をガイドレール5にそって探針洗浄室9にスライドさせた後、遮蔽板7を挿入して試料測定室と探針洗浄室9を遮断する。遮蔽板7は、試料12が紫外線ならびにオゾン雰囲気に暴露されないものであれば、その設置方法および制御機構は特に限定されない。
その後、紫外光ランプ31を点灯し、オゾン供給機構33を稼動して洗浄を開始する。オゾン供給方法としては一般的なオゾナイザの機構を用いる。すなわち、オゾン供給機構33内部に装着された放電管に、原料となる乾燥した空気または酸素を流し、高電圧をかけることでオゾンを発生させ、オゾン気体として供給する。なお、オゾン濃度は数十〜数百ppm程度で、探針の汚染度合いにより可変としてよい。
紫外光によりオゾン生成が充分に行われる場合は、オゾン供給機構33を省略することも可能である。発生したオゾンは排気口32を介して速やかに排出される。
【0012】
このとき、紫外光照射ならびに供給されたオゾンにより、探針表面の汚染物が除去される。オゾンは排気口32から速やかに排気されるため、オゾン滞留による装置や試料12への影響は極めて少ない。また防音遮蔽カバー6を設置した状態で洗浄を行うため、紫外光が外部に漏れることはない。
なお、市販されている探針の多くはSi化合物あるいは金属コーティングを施したSi化合物により形成されている。したがって、紫外光、オゾンによる洗浄を行っても探針表面が破壊される可能性は極めて小さく、試料の凹凸等で物理的に探針先端が磨耗しない限り、探針の繰り返し使用が可能である。
また、本発明の洗浄手法は紫外線とオゾンでプローブ表面に付着した有機物を分解し洗浄する手法であり、紫外線とオゾンが直接有機物に作用して分解する。このため、光触媒膜を形成する必要もなく、探針の材料に依存せずに有機物を除去することが可能である。このため、窒化シリコン等で作成されている市販の走査型顕微鏡用プローブにも適用可能であり、市販品を利用することで測定コストを低減することが可能となる。
【0013】
探針22の洗浄終了後は、遮蔽版7を取り除き、カンチレバーホルダ2をガイドレール5に沿って再び試料測定室8に戻して測定を再開する。
【実施例】
【0014】
以下、実施例を用いてさらに詳細に説明する。
市販のSiN製探針(セイコーインスツルメンツナノテクノロジー社製型番SI−DF20)を、長期間(約3ヶ月)実験室雰囲気中に暴露し、故意に探針を汚染させた。この探針を用いて、試料表面を測定し、測定中に画像の乱れが発生してから、探針の洗浄を行い再び測定を開始するまでの時間を「探針洗浄時間」として計測した。
まず、従来の走査型プローブ顕微鏡で測定を行い、測定中に画像に乱れが発生したのを確認した後、従来の方法で探針汚染除去を行った。カンチレバーをカンチレバーホルダから取り外した後、親水化処理装置(日本電子製HDW−400)にカンチレバーを据え付けて真空引きを行い、所定の真空度に達した後、60秒間親水化処理を行った。その後、再びカンチレバーをカンチレバーホルダに取り付け、試料走査機構に据え付けた。その後再び測定を行い画像の乱れがないことを確認した。
【0015】
上記従来の手法の場合、探針洗浄時間は約5分であった。さらに、作業者が探針取り外し作業に熟知していない場合、上記の探針洗浄時間が約1分増加することがわかった。
次に、本発明による走査型プローブ顕微鏡で測定を行った。測定中に画像に乱れが発生したのを確認した後、カンチレバーホルダ2を探針洗浄室9にスライドさせ、遮蔽板7を設置した。その後、探針22に紫外光ならびにオゾンを約60秒照射した。このときの紫外光のエネルギーは約2.1mW/cmとし、オゾン濃度は90ppmとした。その後、遮蔽板7を取り外し、再びカンチレバーホルダ2を試料測定室8に戻した。引き続き、再び測定を行い画像の乱れがないことを確認した。
本発明による手法の場合、探針洗浄時間は約1分20秒であった。また、作業者が探針取り外し作業に熟知していない場合でも、探針洗浄時間は上記と同一であった。
【0016】
よって、本発明による走査型プローブ顕微鏡によれば、探針洗浄時間を従来の1/4近くまで短縮可能であることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の走査型プローブ顕微鏡の構成例を説明するための断面模式図で、試料測定時の状態を示している。
【図2】本発明の走査型プローブ顕微鏡の構成例を説明するための断面模式図で、探針洗浄時の状態を示している。
【符号の説明】
【0018】
1 試料走査機構
11 試料台
12 試料
2 カンチレバーホルダ
21 カンチレバー
22 探針
31 紫外光ランプ
32 オゾン排気口
33 オゾン供給機構
4 レーザ光照射ユニット
5 ガイドレール
6 防音遮蔽カバー
7 遮蔽板
8 試料測定室
9 探針洗浄室

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料測定室、探針洗浄室および該両室の間の遮断機構を備え、該両室の間でカンチレバーを移動可能とし、
前記探針洗浄室は紫外光照射機構ならびにオゾン供給機構を備え、該紫外光照射機構ならびに該オゾン供給機構が動作中は前記遮断機構により前記試料測定室と前記探針洗浄室を遮断することを特徴とする走査型プローブ顕微鏡。
【請求項2】
走査型プローブ顕微鏡の探針洗浄方法であって、
試料測定室、探針洗浄室および該両室の間の遮断機構を備え、該両室の間でカンチレバーを移動可能とし、
前記探針洗浄室に紫外光照射機構ならびにオゾン供給機構を配置し、前記カンチレバーを前記探針洗浄室に移動して紫外光およびオゾンを用いて探針洗浄を行い、
前記紫外光照射機構ならびに前記オゾン供給機構が動作中は前記遮断機構により前記試料測定室と前記探針洗浄室を遮断することを特徴とする走査型プローブ顕微鏡の探針洗浄方法。

【図1】
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【図2】
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