説明

接触疲労損傷を発生したときに起こる経時変化を検出する検出方法

【課題】自動車の動力伝達などに関わる接触部位を有する部品に接触疲労損傷が発生する瞬間に部品に対して起こる変化点、すなわち変化を表わす信号を検出するには時間がかかるので、あらかじめ損傷を発生させた部品と損傷のない部品との出力する信号を比較したデータを接触疲労損傷が起こったことを示す指標として用いている。
【解決手段】部品に水素をチャージした上で、実際の部品の使用条件と類似の条件で転動接触疲労試験を行ない、部品から出る信号の経時変化を検出する。このことにより、部品に水素をチャージしない場合よりも短時間で効率よく、接触疲労損傷が発生する瞬間に部品に対して起こる変化点、すなわち変化を表わす信号を高精度に検出することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接触疲労損傷が発生する状態を経時的に検出する検出方法に関するものであり、より特定的には、動力伝達などに関わる接触部位を有する部品で接触疲労損傷の発生に伴って起こる物理量の変化を表わす信号を高精度に検出する検出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の動力伝達などに関わる接触部位を有する部品、たとえば転がり軸受、等速自在継手、ギヤ、ボールねじ、リニアガイドなどの部品は、継続使用すると、自動車の走行や旋回などにより繰り返し接触を受ける。そのため、接触疲労損傷が起きることがあり、それにより機能不全に陥ることがある。特に最近では、自動車の低燃費化の要求がますます強まっており、それに対応するため、部品の小型軽量化が行なわれている。小型軽量化により、部品の伝達するトルクが相対的に高まっているので、部品に負荷される荷重が増大し、部品はより過酷な条件で使用されるようになってきている。その結果、接触疲労損傷が起きる頻度が増す状況にある。したがって、接触疲労損傷を抑制するために耐性を向上させることが重要である。
【0003】
接触疲労損傷を抑制するための耐性を向上させるためには、たとえば設計変更や材料変更などを行なう。そして、設計変更や材料変更を行なった結果の有効性を詳細に検証するためには、設計変更や材料変更を行なった部品の試作品を実際の使用条件で継続的に使用し、接触疲労損傷を起こさせてその損傷が起こる瞬間に部品において起こる変化、すなわち物理量の変化を表わす信号を高精度に検出する必要がある。このようにして検出された、損傷が起こる瞬間の変化を表わす信号のデータには、たとえば損傷の起こり方や部品の寿命などに関連する、多くの有益な情報が含まれている。このため、この信号のデータは、以後の接触疲労損傷の試験を行なう際に、接触疲労損傷が起こったことを示す指標として用いることができる。
【0004】
従来より、接触疲労損傷の診断方法については種々の方法が提案されている。たとえば特開2007−285874号公報(特許文献1)には、あらかじめ複列円すいころ軸受の外輪軌道面に欠陥を施したものに対して、実際の使用条件で使用したときの音や振動などの信号を検出し、欠陥を有さない複列円すいころ軸受を実際の使用条件で使用したときの信号と比較することにより、欠陥の有無を検出するという方法が開示されている。
【特許文献1】特開2007−285874号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した従来の診断方法では、損傷が起こる瞬間の変化を表わす信号を検出しているわけではない。そのため、検出された信号に含まれる情報量などの有用性は、損傷が起こる瞬間の変化を表わす信号に比べて劣る。すなわち、あらかじめ欠陥を施した部品と、欠陥を有さない部品との振動の信号を比較する従来の検出方法では不十分であり、部品に損傷が起こる瞬間の変化を表わす信号を検出することが重要であると考えられる。しかし、実際の使用条件で使用した場合、接触疲労損傷を起こすのに長時間を要する。このため、接触疲労損傷が起こる瞬間の変化を表わす信号を検出するには長時間を要する。
【0006】
本発明は、上述した問題に鑑みなされたものである。その目的は、実際の使用条件に近い条件の下で、動力伝達などに関わる接触部位を有する部品を使用し、短時間で接触疲労損傷を起こさせることによって、当該接触疲労損傷が起こる瞬間に発生する、変化を表わ
す信号を高精度に検出する検出方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明における検出方法は、鋼製部品の台上試験において、接触疲労損傷を発生したときに起こる経時変化を検出する検出方法である。そしてその検出方法は、鋼製部品に水素をチャージする工程と、水素をチャージした鋼製部品が、接触疲労損傷を発生する過程において出力される信号を検出する工程とを備える。
【0008】
具体的には、自動車の動力伝達などに関わる接触部位を有する部品、たとえば転がり軸受、等速自在継手、ギヤ、ボールねじ、リニアガイドなどの部品と同一の材質にて形成された鋼製部品を試験用部品として準備する。そしてこの試験用部品としての鋼製部品に水素を含有させる(水素をチャージする)。このように鋼製部品を使用する前に当該鋼製部品に水素を含有させることにより、水素の影響で部品の材料が劣化するため、台上試験において短時間で接触疲労損傷を発生させることができる。その上で、鋼製部品を実際の使用条件で継続的に使用する。継続的に使用している際に、鋼製部品から出力される、たとえば音や温度などの信号の経時変化を検出して記録する。すると、鋼製部品が接触疲労損傷を発生する瞬間に部品において変化、すなわち物理量の変化を表わす信号が出力されるので、この変化を表わす信号を高精度に検出することができる。
【0009】
本発明における検出方法では、鋼製部品に水素をチャージする方法において、電気分解を行なうことができる。たとえば、希硫酸水溶液に、触媒毒としてのチオ尿素を添加した溶液中にて、電気分解を行なう方法がある。または、たとえば塩化ナトリウム水溶液に、触媒毒としてのチオシアン酸アンモニウムを添加した溶液中にて、電気分解を行なってもよい。水酸化ナトリウム水溶液に、触媒毒としての硫化ナトリウム九水和物を添加した溶液中にて、電気分解を行なってもよい。電気分解を行なうことにより、鋼製部品に水素をチャージすることができる。
【0010】
本発明における検出方法では、鋼製部品に水素をチャージする工程において、電気分解の代わりに、たとえばチオシアン酸アンモニウム水溶液中に浸漬することにより、鋼製部品に水素をチャージするという方法を用いてもよい。この方法を用いることにより、電気分解を行なう方法よりもさらに簡易に安価で、鋼製部品に水素をチャージすることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、短時間で接触疲労損傷を起こすことができるとともに、当該接触疲労損傷が起こる瞬間に発生する、変化を表わす信号を高精度に検出できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施の形態が説明される。なお、各実施の形態において、同一の機能を果たす部位には同一の参照符号が付されており、その説明は、特に必要がなければ、繰り返さない。
【0013】
図1は、本発明の実施の形態における検出方法の工程の手順を示すフローチャートである。本発明は、自動車の動力伝達などに関わる接触部位を有する部品、たとえば転がり軸受、等速自在継手、ギヤ、ボールねじ、リニアガイドなどの部品を継続使用したときに、繰り返し接触を受けることにより部品に接触疲労損傷が起こる瞬間に発生する、変化を表わす信号(接触疲労損傷の発生状態の経時変化)を高精度に検出する方法を提供するものである。その工程について以下に概略を説明すると、図1に示すように、まず、試験用部品を準備する工程(S10)を実施する。具体的には、自動車の動力伝達などに関わる接触部位を有する部品、たとえば転がり軸受、等速自在継手、ギヤ、ボールねじ、リニアガ
イドなどの部品と同一の材質にて形成された鋼製部品を、台上試験を行なう試験用部品として準備する工程である。試験用部品の形状は、試験の方法に応じて適宜決定される。
【0014】
次に、水素をチャージする工程(S20)を実施する。具体的には、工程(S10)にて準備した試験用部品に、たとえば電気分解を行なうことにより、水素をチャージする工程である。
【0015】
そして、継続使用する工程(S30)を実施する。具体的には、上述したたとえば転がり軸受、等速自在継手、ギヤ、ボールねじ、リニアガイドなどの部品が使用される条件とほぼ同一の条件にて、水素をチャージした試験用部品に対して継続的に負荷を与える工程である。この継続使用を行ないながら、信号を検出する工程(S31)を実施することにより、継続的に使用している最中に、鋼製部品から出力される、たとえば音や温度などの信号の経時変化を検出して記録する工程を実施する。すると、水素をチャージした鋼製部品である試験用部品は、水素の影響でその材料が劣化しているために、通常よりも短時間で試験用部品において接触疲労損傷を起こすことができる。なお、水素をチャージすることにより、通常よりも短時間で接触疲労損傷を起こすことができるが、損傷の起こり方は通常の場合と変わらない。したがって、水素をチャージすることにより、通常よりも短時間で、試験用部品が接触疲労損傷を発生する瞬間に出力される、変化を表わす信号を正確に再現することができる。
【0016】
なお、工程(S20)と工程(S21)とは同時に開始してもよいし、工程(S20)を開始して一定の時間が経過した後に工程(S21)を開始してもよい。または、検出方法によっては、工程(S20)と工程(S21)とを複数回繰り返してもよい。また、工程(S30)を行ないながら工程(S31)を行なうことにより、試験用部品が接触疲労損傷を発生する瞬間に出力される、変化を表わす信号を高精度に検出することができる。以下、以上に述べた各工程について、より詳細に説明する。
【0017】
試験用部品を準備する工程(S10)においては、上述のように、自動車の動力伝達などに関わる接触部位を有する部品と同一の材質にて形成された鋼製部品を試験用部品として準備する。ただし、水素をチャージすることにより劣化する材料を用いることが好ましく、たとえば、JIS−SUJ2、JIS−SCr420、JIS−S53Cなどを試験用部品の材料として使用し、ずぶ焼入れ、浸炭焼入れ、もしくは高周波焼入れを施す。
【0018】
図2は、本発明の実施の形態における試験用部品の形状を示す概略図である。この、本発明の台上試験において用いる試験用部品を、たとえば自動車の車輪に使用される転がり軸受の外輪と内輪との間に位置する転動体としての玉を構成する材料により作成する場合を考える。この場合、当該玉は自動車の走行や旋回などの駆動状況に応じて繰り返し接触を受けるため、試験用部品も同様の負荷を受けるような試験を行なうことが好ましい。そのため、当該試験用部品の形状はそのような繰り返し接触などを実施できる試験に用いる試験片の形状を有することが好ましい。したがって、試験用部品として図2に示すような構成の部品を準備する。つまり、図2に示すように、たとえば円筒形の試験用部品1の長軸の外側に、円筒形の試験用部品1よりも半径の大きい、円筒形で中空の試験用部品2を嵌合させる。円筒形の試験用部品1に中空の試験用部品2を嵌合させたものを、次に述べる図3のように、同一のものを2台準備し、一方を駆動側試験用部品3、他方を従動側試験用部品4とする。
【0019】
図3は、駆動側と従動側との試験用部品を、互いに接触させた状態で回転により駆動させた状態を示す概略図である。2台準備した駆動側試験用部品3と従動側試験用部品4とを図3に示すように長軸方向を軸として回転させた際に互いに常時接触させることを可能とするため、駆動側試験用部品3と従動側試験用部品4とのそれぞれの中空の試験用部品
2の外周面を接触させる。すると、駆動側試験用部品3の中空の試験用部品2の径方向の外側表面と、従動側試験用部品4の中空の試験用部品2の径方向の外側表面とを、常時互いに接触させることができる。
【0020】
なお、上述した試験用部品の大きさとしては、駆動側試験用部品3、従動側試験用部品4ともに、たとえば円筒形の試験用部品1の底面をなす円形の半径が20mm、中空の試験用部品2の底面をなす円形の外側の半径が60mmとなるように準備すればよい。
【0021】
次に、水素をチャージする工程(S20)を実施する。これは、上述したように、工程(S10)にて準備した試験用部品に、たとえば電気分解を行なうことにより、水素をチャージする工程である。図4は、電気分解により、試験用部品に水素をチャージする状態を示す概略図である。図4に示すように、たとえば理科実験用のビーカーなどの容器を溶液で満たし、その溶液の内部に陽極と陰極とを用意する。陽極にはたとえば白金電極を、そして陰極にはたとえば駆動側試験用部品3の中空の試験用部品2を用いる。上述のような試験を行なう場合には、中空の試験用部品2同士が互いに接触するため、中空の試験用部品2に水素をチャージすることが好ましい。駆動側試験用部品3の中空の試験用部品2のみに水素をチャージしてもよいし、駆動側試験用部品3および従動側試験用部品4の両方の中空の試験用部品2に水素をチャージしてもよい。
【0022】
図4の容器を満たす溶液5としては、たとえば、希硫酸水溶液に、チオ尿素を添加した溶液を用いる。この場合、希硫酸の濃度を0.05mol/L程度の、より具体的には0.04mol/L以上0.06mol/L以下の濃度に調整することが好ましい。このように酸性の水溶液を用いると、中空の試験用部品2に水素をチャージさせる効率がよくなる。チオ尿素は触媒毒であり、さらに水素チャージの効率を上げるために用いられるものである。水素チャージの効率を最大限に上げるためには、チオ尿素を添加する濃度は、1.2g/L以上1.4g/L以下とすることが好ましい。なお、触媒毒とは、水素チャージの最中に、中空の試験用部品2を形成する鋼の表面に原子状水素が吸着して鋼の内部に侵入する過程における活性化エネルギーを下げる触媒作用を有する物質のことである。なお、チオ尿素の濃度範囲の下限を1.2g/Lとしたのは、それよりも少ないと効率が低下するという理由による。また、チオ尿素の濃度範囲の上限を1.4g/Lとしたのは、それより多くしても効率が上がらないという理由による。
【0023】
ところで、上述したような酸性水溶液中で水素をチャージすると、中空の試験用部品2の表面が薄い腐食生成物により覆われるため、水素をチャージした後、中空の試験用部品2の表面に再ラッピングを施して面粗さを改善することが好ましい。
【0024】
なお、電気分解を行なうために上述した酸性水溶液を用いる代わりに、たとえば塩化ナトリウム水溶液を用いてもよい。この場合、塩化ナトリウムの濃度を3質量%程度の、より具体的には2質量%以上4質量%以下の濃度に調整することが好ましい。塩化ナトリウム水溶液を用いる場合は、水素チャージの効率を上げるために用いる触媒毒として、たとえばチオシアン酸アンモニウムを用いることができる。水素チャージの効率を最大限に上げるためには、チオシアン酸アンモニウムを添加する濃度は、2.5g/L以上3g/L以下とすることが好ましい。なお、チオシアン酸アンモニウムの濃度範囲の下限を2.5g/Lとしたのは、それよりも少ないと効率が低下するという理由による。また、チオシアン酸アンモニウムの濃度範囲の上限を3g/Lとしたのは、それより多くしても効率が上がらないという理由による。また、チオシアン酸アンモニウムの濃度範囲としては、より好ましくは2.8g/L以上3.0g/L以下とすることができる。このようにすれば、より安定した水素チャージができるという効果が得られる。
【0025】
塩化ナトリウム水溶液中で水素をチャージすると、中空の試験用部品2の表面が薄い腐
食生成物に覆われることがあるため、水素をチャージした後、中空の試験用部品2の表面に再ラッピングを施して面粗さを改善することがさらに好ましい。
【0026】
また、電気分解にはアルカリ性水溶液、たとえば水酸化ナトリウム水溶液を用いることもできる。この場合は、水酸化ナトリウムの濃度を1mol/L程度の、より具体的には0.8mol/L以上1.2mol/L以下の濃度に調整することが好ましい。水酸化ナトリウム水溶液を用いる場合は、水素チャージの効率を上げるために用いる触媒毒として、たとえば硫化ナトリウム九水和物を用いることができる。水素チャージの効率を最大限に上げるためには、硫化ナトリウム九水和物を添加する濃度は、0.8g/L以上1g/L以下とすることが好ましい。なお、硫化ナトリウム九水和物の濃度範囲の下限を0.8g/Lとしたのは、それよりも少ないと効率が低下するという理由による。また、硫化ナトリウム九水和物の濃度範囲の上限を1g/Lとしたのは、それより多くしても効率が上がらないという理由による。なお、アルカリ性の水酸化ナトリウム水溶液を用いて電気分解を行なった場合には、水素をチャージした後、中空の試験用部品2の表面に腐食生成物は生成されない。
【0027】
さらに、たとえば中空の試験用部品2に水素をチャージする方法としては、電気分解を用いない方法もある。図5は、水溶液中に浸漬することにより、試験用部品に水素をチャージする状態を示す概略図である。図5に示すように、たとえば水溶液6中に中空の試験用部品2を浸漬するだけの方法もある。この水溶液6としては具体的には、チオシアン酸アンモニウム水溶液を用いる。このチオシアン酸アンモニウム水溶液中に中空の試験用部品2を浸漬することにより、中空の試験用部品2に水素をチャージするものである。そのときのチオシアン酸アンモニウム水溶液中におけるチオシアン酸アンモニウムの濃度は、5質量%以上20質量%以下であることが好ましい。このように、電気分解を用いず、水溶液に浸漬するだけでも水素をチャージすることができる。この方法を用いることにより、電気分解を行なう方法よりもさらに簡易に安価で、中空の試験用部品2に水素をチャージすることができる。なお、チオシアン酸アンモニウムの濃度の下限を5質量%としたのは、それ以下にすると短時間で接触疲労損傷を起こすために必要な量の水素がチャージされないという理由による。また、チオシアン酸アンモニウムの濃度の上限を20質量%としたのは、20質量%において、チャージされる水素の濃度が飽和されるという理由による。
【0028】
中空の試験用部品2に水素をチャージすることにより、中空の試験用部品2には水素が含まれている影響で、水素をチャージしない通常の場合よりも短時間で中空の試験用部品2には接触疲労損傷を起こすことができる。チャージされた水素の影響で中空の試験用部品2の材料が劣化しているために、通常よりも短時間で接触疲労損傷を起こすことができる。なお、水素をチャージすることにより、通常よりも短時間で接触疲労損傷を起こすことができるが、損傷の起こり方は通常の場合と変わらない。したがって、水素をチャージすることにより、通常よりも短時間で、試験用部品が接触疲労損傷を発生する瞬間に出力される、変化を表わす信号を正確に再現することができる。
【0029】
以上により、水素をチャージする工程(S20)が終わったところで、継続使用する工程(S30)を行なう。すなわち、まず、図3に示すように、たとえば円筒形の試験用部品1の長軸の外側に、円筒形で中空の試験用部品2を嵌合させることにより準備する。そして、図3に示すように、駆動側試験用部品3および従動側試験用部品4を、両者の中空の試験用部品2の径方向の外側表面が接触するように配置させる。このとき、駆動側試験用部品3を構成する中空の試験用部品2のみに、水素をチャージしたものを用いてもよいが、駆動側試験用部品3および従動側試験用部品4の両方の中空の試験用部品2に、水素をチャージしたものを用いてもよい。
【0030】
そして、図3に矢印で示す方向に、駆動側試験用部品3および従動側試験用部品4を回転させる。すると、駆動側試験用部品3および従動側試験用部品4のそれぞれの中空の試験用部品2は、回転により継続的に互いに接触することになる。上述したようにこれらの中空の試験用部品2は、自動車の動力伝達などに関わる接触部位を有する部品と同一の材質にて形成させている。このため、回転により中空の試験用部品2同士が継続的に互いに接触する状況は、たとえば自動車の車輪に使用される転がり軸受の外輪と内輪との間に位置する転動体としての玉が、自動車の走行や旋回などの駆動状況に応じて繰り返し接触する状況と同様の状況となる。以上の状態を継続させることにより、継続的に中空の試験用部品2同士を接触させる。
【0031】
以上のように継続使用する工程(S30)を行ないながら、信号を検出する工程(S31)を行なう。具体的には、継続的に使用して接触を受けている最中に、中空の試験用部品2から出力される、たとえば音や温度などの信号の経時変化を検出して記録する工程である。
【0032】
試験用部品を用いるため、経時変化を検出する信号としては、たとえば温度、振動、音、アコースティックエミッションなどを用いることができる。ここで、温度の信号とは、中空の試験用部品2の表面の温度をモニターした信号である。振動の信号とは、たとえば回転しながら継続的に接触を受けている中空の試験用部品2の加速度、速度、変位などを示す信号である。また、音の信号とは、回転しながら継続的に接触を受けている中空の試験用部品2が発する音波の信号である。また、アコースティックエミッションとは、材料の亀裂の発生や進展などの破壊に伴って発生する弾性波(振動、音波)で、たとえば地震も地球規模のアコースティックエミッションであると考えられる。
【0033】
図6は、中空の試験用部品の温度の信号を検出する状況を示す概略図である。たとえば中空の試験用部品2の表面の温度の信号の経時変化を検出するためには、図6に示すように、放射温度計7を中空の試験用部品2の近傍に設置する。そして、継続使用する工程(S30)にて中空の試験用部品2同士を継続的に接触させながら、放射温度計7にて中空の試験用部品2の表面の温度の信号の経時変化を検出し記録する。このとき、放射温度計を用いる関係上、輻射率を高くするため、表面の温度を検出しようとする中空の試験用部品2の表面には黒色の塗料を塗布しておくことが好ましい。中空の試験用部品2の表面に接触疲労損傷が起こる際には、表面の温度に変化が発生するので、その変化点や変化温度から、接触疲労損傷が起こった瞬間、さらには接触疲労損傷の発生時点の前後における信号を高精度に検出することができる。また、水素をチャージする工程(S20)により、中空の試験用部品2に水素がチャージ(含有)されており、部品の材料が劣化している影響で、水素をチャージしない通常の場合よりも短時間で中空の試験用部品2に接触疲労損傷を起こすことができる。そのため、試験開始から接触疲労損傷の発生までの時間全体について、出力される上述した温度などの信号の経時変化を検出・記録することを容易に行なうことができる。なお、温度の信号を検出する手段として、図示した放射温度計7の代わりに、たとえば、熱電対を中空の試験用部品2同士の接触部位の近傍に設置することにより、温度の信号を検出する方法を用いてもよい。
【0034】
図7は、中空の試験用部品の発生させる音の信号を検出する状況を示す概略図である。たとえば中空の試験用部品2が発生させる音の信号の経時変化を検出するためには、図7に示すように、集音装置としての超音波マイクロフォン8を設置する。そして、継続使用する工程(S30)にて中空の試験用部品2を互いに継続的に接触させながら、超音波マイクロフォン8にて中空の試験用部品2の発生する音の信号の経時変化を検出し記録する。このとき、たとえば図示しない記録用のモニター(記憶装置)を超音波マイクロフォン8に接続することが好ましい。中空の試験用部品2の表面に接触疲労損傷が起こる際には、当該表面の発生させる音に変化が発生するので、その変化点や変化した音波の周波数や
振幅など、接触疲労損傷が起こった瞬間の信号を高精度に検出することができる。またこの場合、中空の試験用部品2に水素がチャージ(含有)されており、部品の材料が劣化している影響で、通常よりも短時間で中空の試験用部品2には接触疲労損傷を起こすことができる。なお、中空の試験用部品2の材質や構成などにより、接触疲労損傷の発生時に検出される音の周波数が検出可能であれば、超音波マイクロフォン8よりも測定可能な上限周波数が低いマイクロフォンを用いてもよい。
【0035】
これらの他にも、上述した振動の信号である加速度や速度の信号を検出するためには、たとえば円筒形の試験用部品1を支持するスピンドルの表面上に、加速度ピックアップもしくは速度ピックアップなどのセンサを取り付けて、加速度や速度の信号の検出を行なう。また、アコースティックエミッション(AE)の信号を検出する際には、AEピックアップを取り付けて信号を検出する。
【0036】
以上に述べた検出方法を用いることにより、水素をチャージしたことにより水素が含有された試験用部品に対して、転動接触疲労試験を行なえば、水素をチャージしない通常の試験用部品を用いて転動接触疲労試験を行なった場合よりも短時間で、接触疲労損傷を起こすことができる。このため、転動接触疲労試験を行なっている間、音や振動や温度などの信号の経時変化を検出することができるので、接触疲労損傷が起こる瞬間に部品に対して起こる変化点、すなわち変化を表わす信号を、接触疲労損傷が起こる瞬間の前後を含めて継続的かつ高精度に検出することができる。このことを以下の実施例1にて、具体的に説明する。
【実施例1】
【0037】
上述した図1に示すフローチャートの手順に従い、実際に試験用部品に接触疲労損傷を発生させる、転動接触疲労試験を実施した。まず、工程(S10)として、図3に示すような2円筒型の試験用部品を準備した。駆動側試験用部品3、従動側試験用部品4ともに、円筒形の試験用部品1の底面をなす円形の半径が20mm、中空の試験用部品2の底面をなす円形の外側の半径が60mmとなるように準備した。駆動側試験用部品3および従動側試験用部品4を構成する材料としては、JIS−SUJ2を用いた。また、駆動側試験用部品3および従動側試験用部品4に対する熱処理としては、850℃で40分加熱した後に焼入れし、その後に180℃で2時間焼戻しを施すという処理を行なった。
【0038】
そして、工程(S20)として、駆動側試験用部品3の中空の試験用部品2を、図4に示す電気分解を行なう設備の陰極に設置した。そして、溶液5は0.05mol/Lの硫酸水溶液に触媒毒としてのチオ尿素を1.4g/L添加させたものを用いて、20時間にわたって電流密度1mA/cmにて電気分解を行なうことにより、中空の試験用部品2に水素を含有させた。そのあとすぐ、中空の試験用部品2にラッピング工程を施して表面の面粗度を小さくし、酸性水溶液中に長時間浸漬したことにより中空の試験用部品2の表面を覆う薄い腐食生成物を除去する処理を行なった。
【0039】
その後、直ちに工程(S30)としての、図3に示す転動接触疲労試験を行なった。この試験では、たとえば転がり軸受、等速自在継手、ギヤ、ボールねじ、リニアガイドなどの部品が使用される条件に対応する条件にて駆動側試験用部品3および従動側試験用部品4を駆動させている。具体的には、駆動側試験用部品3と従動側試験用部品4との接触する最大接触面圧を3GPa、中空の試験用部品2に水素をチャージした駆動側試験用部品3の回転数を3060rpm、従動側試験用部品4の回転数を3000rpmとした。また、潤滑剤にはVG22の油を用いて、それをパッド給油した。ここで、最小油膜厚さの、両接触面の合成粗さに対する比である油膜パラメータは18程度であり、駆動側試験用部品3と従動側試験用部品4との両者は十分に油膜で分断される良好な潤滑条件とした。
【0040】
そして、工程(S30)を行ないながら、すなわち駆動側試験用部品3と従動側試験用部品4とを回転させながら、工程(S31)としての、信号を検出する工程を行なった。ここでは振動の信号を検出した。その結果、工程(S30)としての、転動接触疲労試験を開始してから9.6時間後に、水素チャージを施した駆動側試験用部品3の中空の試験用部品2に早期剥離が発生した。水素チャージを施さない場合、同様の試験を行なった場合に中空の試験用部品2に損傷が発生するまでの時間は計算上は1355時間となる。以上より、先述したように、水素がチャージされている影響で、通常よりも短時間で、すなわち高効率に試験用部品に接触疲労損傷を起こすことができることがわかる。そして、このような短時間であれば上述した振動の信号の経時変化を試験時間全体を通して検出、記録することが容易である。そのため、接触疲労損傷が発生するまでの当該信号の変化や、当該損傷の発生時点での当該信号の変化などを詳細に記録することができる。この結果、このような信号の変化に基づき、信頼性の高い接触疲労損傷の検出方法を構築することが可能になる。
【0041】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、接触疲労損傷が起こる瞬間に部品に対して起こる変化点、すなわち変化を表わす信号を高精度に、かつ短時間で高効率に検出する技術として、特に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の実施の形態における検出方法の工程の手順を示すフローチャートである。
【図2】本発明の実施の形態における試験用部品の形状を示す概略図である。
【図3】駆動側と従動側との試験用部品を、互いに接触させた状態で回転により駆動させた状態を示す概略図である。
【図4】電気分解により、試験用部品に水素をチャージする状態を示す概略図である。
【図5】水溶液中に浸漬することにより、試験用部品に水素をチャージする状態を示す概略図である。
【図6】中空の試験用部品の温度の信号を検出する状況を示す概略図である。
【図7】中空の試験用部品の発生させる音の信号を検出する状況を示す概略図である。
【符号の説明】
【0044】
1 円筒形の試験用部品、2 中空の試験用部品、3 駆動側試験用部品、4 従動側試験用部品、5 溶液、6 水溶液、7 放射温度計、8 超音波マイクロフォン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製部品の台上試験において、接触疲労損傷を発生したときに起こる経時変化を検出する検出方法であり、
前記鋼製部品に水素をチャージする工程と、
水素をチャージした前記鋼製部品が接触疲労損傷を発生する過程において出力される信号を検出する工程とを備える、検出方法。
【請求項2】
前記鋼製部品に水素をチャージする工程においては、
希硫酸水溶液に、触媒毒としてのチオ尿素を添加した溶液中にて、電気分解を行なうことにより、前記鋼製部品に水素をチャージする、請求項1に記載の検出方法。
【請求項3】
前記溶液における前記チオ尿素の濃度は、1.2g/L以上1.4g/L以下である、請求項2に記載の検出方法。
【請求項4】
前記鋼製部品に水素をチャージする工程においては、
塩化ナトリウム水溶液に、触媒毒としてのチオシアン酸アンモニウムを添加した溶液中にて、電気分解を行なうことにより、前記鋼製部品に水素をチャージする、請求項1に記載の検出方法。
【請求項5】
前記溶液における前記チオシアン酸アンモニウムの濃度は、2.5g/L以上3g/L以下である、請求項4に記載の検出方法。
【請求項6】
前記鋼製部品に水素をチャージする工程においては、
水酸化ナトリウム水溶液に、触媒毒としての硫化ナトリウム九水和物を添加した溶液中にて、電気分解を行なうことにより、前記鋼製部品に水素をチャージする、請求項1に記載の検出方法。
【請求項7】
前記溶液における前記硫化ナトリウム九水和物の濃度は、0.8g/L以上1g/L以下である、請求項6に記載の検出方法。
【請求項8】
前記鋼製部品に水素をチャージする工程においては、
チオシアン酸アンモニウム水溶液中に浸漬することにより、前記鋼製部品に水素をチャージする、請求項1に記載の検出方法。
【請求項9】
前記溶液におけるチオシアン酸アンモニウムの濃度は、5質量%以上20質量%以下である、請求項8に記載の検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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