説明

接触電気抵抗の低い通電部品用ステンレス鋼およびその製造方法

【課題】本発明は、耐食性や成形性を損なうことがなく、接触電気抵抗が低い(すなわち不働態皮膜の電気伝導性に優れる)通電部品用ステンレス鋼およびその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】(1)ステンレス鋼の表面に存在する不動態皮膜がフッ素を含有することを特徴とする接触電気抵抗の低い通電部品用ステンレス鋼。
(2)溶液に浸漬する工程を有するステンレス鋼の製造方法において、前記溶液がフッ素イオンを含有し、前記工程において前記ステンレス鋼を溶解速度0.002g/(m・s)以上0.50g/(m・s)未満で溶解することを特徴とする接触電気抵抗の低い通電部品用ステンレス鋼の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接触電気抵抗値の低い通電部品用ステンレス鋼およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、ステンレス鋼の優れた耐食性は、その製造過程で不動態皮膜が表面に形成されることによって発現される。不動態皮膜は、オキシ水酸化クロムを主体としているので導電性が劣る。そのため、通電部品として使用する場合には金めっきなどを施して接触電気抵抗を低減する必要がある。
近年、各種の燃料電池(たとえば固体高分子型燃料電池など)が開発され、その燃料電池に装着されるセパレータにはステンレス鋼が広く使用されている。ステンレス鋼は耐食性を有するが、セパレータには耐食性のみならず導電性も求められるので、ステンレス鋼の導電性を改善してセパレータとして使用する技術が種々検討されている。
例えば、特許文献1には、ステンレス鋼(たとえばSUS304など)の表面に金めっきを施して接触電気抵抗を低減させ、セパレータとして使用することによって、燃料電池の出力を向上させる技術が開示されている。しかし、金めっきが薄い場合にはピンホールが発生しやすいので腐食防止が困難であり、導電性を安定して維持できない。一方で、金めっきが厚い場合には、セパレータの製造コストが上昇する。
【0003】
また、特許文献2には、表面にカーボン粉末を分散付着させたフェライト系ステンレス鋼を用いることによって、セパレータの導電性を改善する技術が開示されている。しかし、カーボン粉末を付着させるためには複雑な処理が必要であり、セパレータの製造コストが上昇する。また、セパレータの製造工程あるいは燃料電池の組み立て工程でカーボン粉末が剥離すると、導電性を改善する効果が得られない。
【0004】
特許文献3には、導電性を高める作用を有する析出物(たとえばM23型炭化物、MB型硼化物など)を表面に析出させることによって、セパレータの導電性を改善する技術が開示されている。しかし、これらの析出物を得るためには、ステンレス鋼にCやBを添加しなければならないので、ステンレス鋼が硬化し、ステンレス鋼を鋼板として加工する際の製造性やセパレータの製造工程で成形性が著しく劣化する。しかも、ステンレス鋼中のCrがCやBと結合して析出物を生成するので、固溶Crが減少して、ステンレス鋼の耐食性が劣化する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−228914号公報
【特許文献2】特開2000−277133号公報
【特許文献3】特開2000−214186号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、耐食性や成形性を損なうことがなく、接触電気抵抗が低い(すなわち不動態皮膜の電気導伝性に優れる)通電部品用ステンレス鋼およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ステンレス鋼の表面に形成される不動態皮膜の組成とステンレス鋼の接触電気抵抗との関係について鋭意研究を行った。その結果、不動態皮膜中にF(フッ素)を含有させることによって接触電気抵抗が大幅に低減できることがわかった。さらに、Fを効果的に不動態皮膜に含有させるためにはFイオンを含む酸性水溶液中で所定の溶解速度となる条件で浸漬処理することが有効であり、Fイオンを含有した酸性水溶液の濃度や温度を制御して、所定の溶解速度でステンレス鋼が溶解するように調整できることを見出した。
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。
【0008】
すなわち、本発明の構成は以下の通りである。
(1)ステンレス鋼の表面に存在する不動態皮膜がフッ素を含有することを特徴とする接触電気抵抗の低い通電部品用ステンレス鋼。
(2)溶液に浸漬する工程を有するステンレス鋼の製造方法において、前記溶液がフッ素イオンを含有し、前記工程において前記ステンレス鋼を溶解速度0.002g/(m・s)以上0.50g/(m・s)未満で溶解することを特徴とする接触電気抵抗の低い通電部品用ステンレス鋼の製造方法。
(3)前記溶解速度が0.005g/(m・s)以上0.30g/(m・s)未満とすることを特徴とする(2)に記載の製造方法。
(4)前記溶解速度が0.01g/(m・s)以上0.10g/(m・s)未満とすることを特徴とする(3)に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、耐食性や成形性を損なうことなく、接触電気抵抗の低い通電部品用ステンレス鋼を得ることができる。その通電部品用ステンレス鋼は、各種の燃料電池(とりわけ固体高分子型燃料電池)のセパレータとして好適である。従来の燃料電池では高価なカーボンセパレータや金めっきセパレータを使用していたが、本発明の通電部品用ステンレス鋼を使用することによって、安価なセパレータを製造できる。
なお、本発明の通電部品用ステンレス鋼は、燃料電池のセパレータのみならず、導電性を有するステンレス製電気部材として広く利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】接触抵抗の測定方法を模式的に示す断面図である。
【図2】X線光電子分光法によって得られたスパッタ時間とピーク強度をとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態について、詳細に説明する。以下、特に言及しない限り、化学成分の%表示は、すべて質量%を意味するものとするが、本発明を適用するステンレス鋼の成分は、特に限定しない。ただし、表面に形成される不動態皮膜にCrが含有されるフェライト系ステンレス鋼、あるいは、オーステナイト系ステンレス鋼が好ましい。
【0012】
具体的な、本発明のフェライト系ステンレス鋼は、以下に示す成分であることが好ましい。
【0013】
・C:0.03%以下、N:0.03%以下、C+N:0.03%以下:
CおよびNは、いずれもフェライト系ステンレス鋼中のCrと反応して化合物を形成し、粒界にCr炭窒化物として析出するので、耐食性の低下をもたらす。したがってC、Nの含有量は小さいほど好ましく、Cが0.03%以下、N:0.03%以下であれば、耐食性を著しく低下させることはない。またC含有量とN含有量の合計が0.03%を超えると、フェライト系ステンレス鋼の延性が低下し、加工する際に割れが発生しやすくなる。したがってCは0.03%以下、Nは0.03%以下、かつC+Nは0.03%以下とすることが好ましい。なお、さらに好ましくはC:0.015%以下、N: 0.015%以下、C+N:0.02%以下である。
【0014】
・Cr:16〜45%
Crは、フェライト系ステンレス鋼板としての基本的な耐食性を確保するために必要な元素であり、Cr含有量が16%未満では、燃料電池セパレータがさらされる環境においては長時間の使用に耐えられない。一方、Cr含有量が45%を超えると、σ相の析出によって靭性が低下する。したがってCr含有量は、16〜45%の範囲内を満足する必要がある。さらに、16〜25%が好ましい。
本発明の通電部品用フェライト系ステンレス鋼では、C、N、Cr、CとNの合計含有量の限定に加えて、必要に応じて下記の元素を添加しても良い。
【0015】
・Mo: 5.0%以下
Moは、フェライト系ステンレス鋼の隙間腐食等の局部腐食を抑制するのに有効な元素で必要に応じて適宜添加する。この効果を得るために添加する場合は、0.01%以上が好ましい。ただし、5.0 %を超えると、フェライト系ステンレス鋼が著しく脆化して生産性が低下する。したがってMoは、5.0%以下を満足することが好ましい。
【0016】
・Si: 1.0%以下
Siは、脱酸のために有効な元素であり、フェライト系ステンレス鋼の溶製段階で添加される。このような効果を得るためには、0.01%以上が好ましい。しかし過剰に含有させるとフェライト系ステンレス鋼が硬質化し、延性が低下する。したがってSiを添加する場合は、1.0%以下が好ましい。ただし、0.01〜0.6%が一層好ましい。
【0017】
・Mn: 1.0%以下
Mnは、不可避的に混入したSと結合し、フェライト系ステンレス鋼に固溶したSを低減する効果を有するので、Sの粒界偏析を抑制し、熱間圧延時の割れを防止するのに有効な元素である。このような効果は、含有量が 0.001%以上、1.0%以下で発揮される。したがってMnを添加する場合は、1.0%以下が好ましい。ただし、0.001〜0.8%が一層好ましい。
【0018】
・Cu: 3.0%以下
Cuは、フェライト系ステンレス鋼の耐食性改善に効果のある元素で、必要に応じて適宜添加する。この効果を得るために添加する場合は、0.01質量%以上が好ましい。ただし、3.0%を超えて添加すると、熱間加工性が低下し、生産性の低下を招く。したがってCuを添加する場合は、3.0%以下が好ましい。ただし、0.01〜2.5%が一層好ましい。
【0019】
・Ti、Nb、Vまたは、Zrの少なくとも1種を合計で、0.01〜1.0%
Ti、Nb、Vおよび、Zrは、いずれもフェライト系ステンレス鋼中のC、Nと反応して炭窒化物を形成する。Ti、Nb、VおよびZrは、このようにしてC、Nを固定するので、Cr炭窒化物析出に伴う耐食性の低下を防止し、さらに、フェライト系ステンレス鋼のプレス成形性を改善するのに有効な元素である。CとNの含有量が合計0.03%以下では、Ti、Nb、VまたはZrのいずれかを添加する場合のプレス成形性の改善効果は、それぞれ0.01%以上で発揮される。一方、Ti、Nb、VおよびZrは、それぞれ 1.0%、合計で1.0%を超えて含有させてもその効果は飽和する。したがってTi、Nb、VまたはZrの少なくとも1種以上を添加する場合は、その合計が、0.01〜1.0 %の範囲内が好ましい。
【0020】
本発明では、上記した元素の他に、フェライト系ステンレス鋼の熱間加工性向上のためにCa、Mg、希土類元素(いわゆるREM )をそれぞれ 0.1%以下、溶鋼段階での脱酸の目的でAlを 0.2%以下の範囲内で添加しても良い。またフェライト系ステンレス鋼の靭性向上のためにNiを1%以下の範囲内で添加しても良い。その他の元素は、残部Feおよび不可避的不純物である。
【0021】
次に、本発明のフェライト系ステンレス鋼の好適な製造方法について、述べる。本発明のフェライト系ステンレス鋼の溶製方法は、公知の溶製方法がすべて適用でき、特に限定する必要はない。例えば、転炉で溶製し、強攪拌・真空酸素脱炭処理(SS−VOD)により2次精錬を行うのが好適である。鋳造方法は、生産性、品質の面から連続鋳造法が好ましい。鋳造により得られたスラブは、例えば、1000〜1250℃に加熱され、熱間圧延により所望の板厚の熱延板とされる。この熱延板は、800〜1150℃の熱延板焼鈍後、酸洗された後、さらに、冷間圧延して所定の製品板厚とし、あるいはさらに800〜1150℃の焼鈍、また、あるいはさらに酸洗処理を施して製品とするのが好ましい。この冷間圧延工程では、生産上の都合により、必要に応じて中間焼鈍を含む2回以上の冷間圧延を行ってもよい。また、用途によっては、冷延焼鈍後に軽度の調質圧延を加える。このようにして得られたステンレス鋼板を、後述のステンレス鋼の不動態皮膜にFを含有させる方法により処理する。
【0022】
次に、本発明にオーステナイト系ステンレス鋼の成分の好適範囲を述べる。
・C:0.1%以下
Cは、オーステナイト系ステンレス鋼中のCrと反応して化合物を形成し、粒界にCr炭窒化物として析出するので、耐食性の低下をもたらす。したがってCの含有量は小さいほど好ましく、0.1%以下であれば耐食性を著しく低下させることはない。したがってCは0.1%以下とする。なお、好ましくは0.03%以下である。
【0023】
・Cr:13〜30%
Crは、オーステナイト系ステンレス鋼としての基本的な耐食性を確保するために必要な元素であり、Cr含有量が13%未満では、燃料電池セパレータがさらされる環境においては長時間の使用に耐えられない。一方、Cr含有量が30%を超えると、オーステナイト組織を得るのが困難な場合がある。したがってCrは、13〜30%の範囲内であることが好ましい。
【0024】
・Ni:3〜40%
Niは、オーステナイト相を安定させる元素である。Ni含有量が3%未満では、オーステナイト相の安定化の効果が得られない。一方、Ni含有量が40%を超えると、Niを過剰に消費することによってコストの上昇を招く。したがってNiは、3〜40%の範囲内を満足することが好ましい。
【0025】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼では、C、Cr、Niに加えて、必要に応じて下記の元素を添加しても良い。
【0026】
・Mo: 10.0%以下
Moは、オーステナイト系ステンレス鋼の隙間腐食等の局部腐食を抑制するのに有効な元素で必要に応じて適宜添加する。この効果を得るために添加する場合は、0.01質量%以上が好ましい。ただし、10.0%を超えると、ステンレス鋼が著しく脆化して生産性が低下する。したがってMoは、10.0%以下を満足することが好ましい。
【0027】
・N: 2.0%以下
Nは、オーステナイト系ステンレス鋼の局部腐食を抑制する作用を有する元素である。しかしN含有量を2.0%を超えて含有させるのは工業的には困難であるのでこれを上限とする。さらに通常の溶製方法では、0.4%を超えると、ステンレス鋼の溶製段階でNを添加するために長時間を要するので生産性の低下を招く。したがって、コストの面では0.4%以下がさらに好ましい。さらに、0.01〜0.3%が一層好ましい。
【0028】
・Cu: 3.0%以下
Cuは、オーステナイト系ステンレス鋼の耐食性を改善する作用を有する元素である。このような効果を得るためには、0.01%以上が好ましい。しかしCu含有量が 3.0%を超えると、熱間加工性が低下し、生産性の低下を招く。したがって、Cuを添加する場合は、3.0%以下が好ましい。ただし、0.01〜2.5%が一層好ましい。
【0029】
・Si: 1.5%以下
Siは、脱酸のために有効な元素であり、オーステナイト系ステンレス鋼の溶製段階で添加される。このような効果を得るためには、0.01%以上が好ましい。しかし過剰に含有させるとステンレス鋼が硬質化し、延性が低下する。したがってSiを添加する場合は、1.5%以下が好ましい。ただし、0.01〜1.0%が一層好ましい。
【0030】
・Mn: 10%以下
Mnは、不可避的に混入したSと結合し、オーステナイト系ステンレス鋼に固溶したSを低減する効果を有するので、Sの粒界偏析を抑制し、熱間圧延時の割れを防止するのに有効な元素である。このような効果は、含有量が0.001%以上で発揮される。したがってMnを添加する場合は、0.001%以上が好ましい。また、Mnはオーステナイト相を安定化させる目的で添加してもよいが、10%をこえると、圧延時に圧延負荷の増大を招くので10%以下が好ましい。
【0031】
・Ti、Nb、Vまたは、Zrのうちの少なくとも1種を合計で、0.01〜2%
Ti、Nb、VおよびZrは、いずれもオーステナイト系ステンレス鋼中のCと反応して炭化物を形成する。Ti、Nb、VおよびZrは、このようにしてCを固定するので、オーステナイト系ステンレス鋼の耐粒界腐食性を改善するのに有効な元素である。Cの含有量が0.1%以下では、Ti、Nb、VまたはZrのいずれかを添加する場合の耐食性の改善効果は、Ti、Nb、VまたはZrが、1種以上、それぞれ0.01%以上で発揮される。Ti、Nb、VおよびZrをともに添加する場合の耐食性の改善効果は、Ti、Nb、VおよびZrの含有量が合計0.01%以上で発揮される。
【0032】
一方、Ti、Nb、VおよびZrは、それぞれ2%、合計で2%を超えて含有させてもその効果は飽和する。したがってTi、Nb、VまたはZrのいずれかを1種以上を添加する場合は、その合計が、0.01〜2%の範囲内が好ましい。
【0033】
本発明では、上記した元素の他に、オーステナイト系ステンレス鋼の熱間加工性を向上するために、Ca、Mg、希土類元素(いわゆるREM )をそれぞれ0.1%以下、溶鋼段階での脱酸の目的でAlを0.2%以下の範囲内で添加しても良い。
【0034】
その他の元素は、残部Feおよび不可避的不純物である。
【0035】
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、表面に形成される不動態皮膜にCrが含有されるステンレス鋼であることが好ましい。
【0036】
次に、本発明のオーステナイト系フェライト鋼の好適な製造方法について、述べる。
【0037】
本発明のステンレス鋼の溶製方法は、公知の溶製方法がすべて適用でき、特に限定する必要はない。例えば、転炉で溶製し、強攪拌・真空酸素脱炭処理(SS−VOD)により2次精錬を行うのが好適である。鋳造方法は、生産性、品質の面から連続鋳造法が好ましい。鋳造により得られたスラブは、例えば、1000〜1250℃に加熱され、熱間圧延により所望の板厚の熱延板とされる。この熱延板は、800〜1150℃の熱延板焼鈍後、酸洗された後、さらに、冷間圧延して所定の製品板厚とし、あるいはさらに800〜1150℃の焼鈍、また、あるいはさらに酸洗処理を施して製品とするのが好ましい。この冷間圧延工程では、生産上の都合により、必要に応じて中間焼鈍を含む2回以上の冷間圧延を行ってもよい。また、用途によっては、冷延焼鈍後に軽度の調質圧延を加える。このようにして得られたステンレス鋼板を、後述のステンレス鋼の不動態皮膜にFを含有させる方法により処理する。
【0038】
次に、ステンレス鋼の不動態皮膜にFを含有させる方法について、以下に説明する。
ステンレス鋼の不動態皮膜にFを含有させるためには、Fイオンを含有した溶液にステンレス鋼を浸漬する。使用する溶液は、酸性水溶液(たとえばフッ酸と硝酸の混合液、フッ化ナトリウムと硝酸の混合液など)が好適である。
【0039】
溶液中のFイオンは浸漬処理前にステンレス鋼表面に形成されていた不動態皮膜を一旦破壊し、その後、不動態皮膜に取り込まれる。Fを効果的に不動態皮膜に含有させるためにはFイオンを含む酸性水溶液中で所定の溶解速度となる条件で浸漬処理することが有効であり、Fイオンを含有した酸性水溶液の濃度や温度を制御して、所定の溶解速度でステンレス鋼が溶解するように調整する。ただし、不動態皮膜にFを取り込ませるためには、ステンレス鋼の溶解速度を所定の範囲内に維持する必要がある。
【0040】
尚、本発明では、溶解速度の単位をg/(m・s)で表示する。ステンレス鋼の溶解速度が0.002g/(m・s)未満では、不動態皮膜の破壊が遅れるので、Fが不動態皮膜に取り込まれるまでに長時間を要し、セパレータ等の部品の生産性の低下を招く。一方、ステンレス鋼の溶解速度が0.50g/(m・s)以上では、不動態皮膜が短時間で破壊されて溶解するので、Fが不動態皮膜中に取り込まれる現象が生じない。すなわち、鋼板表面に不動態皮膜が無い状態でステンレス鋼の溶解が起きるので、Fイオンが不動態皮膜中に取り込まれる機会がないからである。しかも溶解速度が速すぎると、ステンレス鋼中の析出物(たとえば炭化物、窒化物等)や溶液中のフッ化鉄を含むスマットが、ステンレス鋼の表面に付着し、導電性および耐食性を損なう惧れがある。したがって、ステンレス鋼の溶解速度は0.002g/(m・s)以上0.50g/(m・s)未満の範囲とする。より好ましくはステンレス鋼の溶解速度が0.005g/(m・s)以上0.30g/(m・s)未満の範囲であり、さらに好ましくはステンレス鋼の溶解速度が0.01g/(m・s)以上0.10g/(m・s)未満の範囲である。なお、溶解速度が速いほど表面が均一に溶解し、酸洗ムラなどの表面欠陥が発生しにくいので、ステンレス鋼の溶解速度は0.05g/(m・s)以上が好ましい。
【0041】
ステンレス鋼の溶解速度の調整は、溶液中の酸化剤(たとえば硝酸等)の濃度あるいは溶液の温度を制御して行う。具体的には、予め酸性水溶液への浸漬条件(酸性水溶液の濃度および温度、時間)と溶解速度の関係を求めておくことで、ステンレス鋼の溶解速度を調整することが可能である。
【0042】
なお、酸性水溶液の濃度は、フッ酸の濃度が、1質量%〜15質量%、硝酸の濃度が5質量%以下(0質量%も含む)、フッ酸/硝酸の濃度比が、2.5倍以上が、好ましい。酸化剤の濃度やフッ酸/硝酸の濃度比が、上記範囲を外れる場合は、所定も溶解速度を得ることが、困難である。ステンレス鋼を溶液に浸漬する時間(以下、浸漬時間という)は特に限定しない。ただし、不動態皮膜を破壊するためには、浸漬時間を30秒)以上とすることが好ましい。浸漬時間が30秒以上であれば、ステンレス鋼の製造過程で強固な不動態皮膜が形成された場合でも、不動態皮膜を破壊することが可能である。一方、浸漬時間を過剰に長くしても、不動態皮膜に含有されるF量が飽和するので、接触電気抵抗のさらなる低減を達成できず、しかもセパレータの生産低下を招く。したがって、浸漬時間は30〜180秒の範囲内が一層好ましい。また、酸性水溶液の温度は、40℃以上が好ましい。溶液の温度が40℃以上であれば、ステンレス鋼の製造過程で強固な不動態皮膜が形成された場合でも、不動態皮膜を破壊することが可能である。一方、酸性水溶液の温度が70℃を超える場合は、Fが蒸発してしまうので、不動態皮膜にFを含有させることはできない。したがって、酸性水溶液の温度は40〜70℃の範囲内が均一溶解の観点から一層好ましいが、この範囲に限定するものではない。
【0043】
このようにして、Fを含有する不動態皮膜が形成される。本発明者らの実験によると、X線光電子分光法(XPS)で不動態皮膜を分析してFを含有していることが確認された場合に接触電気抵抗が大幅に低減された。
【0044】
本発明では、接触電気抵抗が20mΩ・cm以下が適切であり、さらに10mΩ・cm以下であることが通電部品用ステンレス鋼として使用する観点で望ましい。
不動態皮膜にFを含有させることによってステンレス鋼の接触電気抵抗が低減されるメカニズムは明確ではない。不動態皮膜を形成するオキシ水酸化クロムは半導体であるから、Fを含有することによって電子構造が変化し、接触電気抵抗を低減する効果を発現すると推定される。
【0045】
なお本発明では、不動態皮膜に含有されるF含有量は特に限定しない。以上に説明したようにFイオンを含有した溶液にステンレス鋼を浸漬すれば、接触電気抵抗を低減するために必要かつ十分な量のFを不動態皮膜に含有させることができる。
また、Fを含有させる処理後の不動態皮膜の厚さは、例えば、X線光電子分光法とスパッタリングにより測定できるが、本発明では、不動態皮膜の電気伝導性の観点から、不動態皮膜の厚さは、10nm以下が好ましい。さらに好ましくは、7nm以下である。
【実施例1】
【0046】
板厚0.1mmのステンレス鋼板から、1辺30mmの正方形の試験片を切り出した。使用したステンレス鋼板はオーステナイト系ステンレス鋼SUS304L(18%Cr−8%Ni)、フェライト系ステンレス鋼21Cr鋼(21%Cr−0.4%Cu)、オーステナイト系ステンレス鋼SUS201(17%Cr−4.5%Ni−6%Mn)である。得られた試験片をアセトンで脱脂し、次いで表1に示す条件で酸性水溶液に浸漬し、さらに純水で洗浄して冷風で乾燥した。各条件で、それぞれ4枚ずつ酸性水溶液に浸漬した。
【0047】
【表1】

【0048】
これらの試験片を酸性水溶液に浸漬する前後の質量を測定し、その質量差から溶解速度を算出した。その平均値を表1に示す。
また、酸性水溶液に浸漬した後の試験片の不動態皮膜をX線光電子分光法で分析し、含有されるFの有無を調査した。X線光電子分光法では、Fe、Cr、F、Oについて得られたスペクトルから、それぞれの元素の積分強度を算出した。さらに、スパッタリングにより試験片の表面を除去しながら、深さ方向に前記元素の分布を測定した。こうして得られた各元素スペクトルを解析し、Fがピークとして確認できる試験片の不動態皮膜にFが含有されると判定した。その結果を表1に示す。
なお、酸性水溶液に浸漬しない試験片についても、同様に不動態皮膜に含有されるFの有無を調査した。その結果を表1に併せて示す。なお、本発明において、溶液に関しての%表示は特に断らない限り質量%を表すものとする。
【0049】
さらに、酸性水溶液に浸漬した試験片および浸漬しない試験片について、接触電気抵抗を測定した。接触電気抵抗の測定は、図1に示すように、2枚の試験片1を、両面から同じ大きさのカーボンペーパ2(東レ製製品型番;TGP−H−120)で交互に挟み、さらに銅板に金めっきを施した電極3を接触させ、単位面積当たり196N/cm(=20kgf/cm)の圧力をかけて、2枚の試験片1間の抵抗を測定し、接触面積を乗じ、さらに接触面数(=2)で除した値を接触電気抵抗値とした。接触電気抵抗値は通電部品用ステンレス鋼としては20mΩ・cm以下が適切であり、さらに10mΩ・cm以下であることがより好ましい。このようにして、試験片1の組み合わせを変えて各々4回ずつ測定し、その平均値を表1に示す。
【0050】
表1に示す発明例は、Fイオンを溶解した酸性水溶液に浸漬した試験片1の溶解速度が、0.002g/(m・s)以上0.50g/(m・s)未満の範囲内を満足し、不動態皮膜にFが含有される例である。比較例は、不動態皮膜にFが含有されない例である。
表1から明らかなように、SUS304Lでは、発明例である記号4〜8の接触電気抵抗が20mΩ・cm以下であった。ステンレス鋼の溶解速度が0.093g/(m・s)である記号6、0.045g/(m・s)である記号7では接触電気抵抗が10mΩ・cm以下であった。21Cr鋼では、発明例である記号11〜16の接触電気抵抗が20mΩ・cm以下であった。ステンレス鋼の溶解速度が0.021g/(m・s)〜0.098 g/(m・s)である記号12〜16では接触電気抵抗が10mΩ・cm以下であった。SUS201では発明例である記号21〜24の接触電気抵抗が20mΩ・cm以下であった。ステンレス鋼の溶解速度が0.059g/(m・s)である記号23と0.017g/(m・s)である記号24では接触電気抵抗が10mΩ・cm以下であった。いずれの鋼種も発明例の接触電気抵抗が大幅に低減された。
【0051】
これに対して、比較例はいずれも20mΩ・cm以上であった。
次に、5質量%HF+1質量%HNOの酸性水溶液に浸漬した21Cr鋼の試験片(表1の記号14)について、固体高分子型燃料電池のセパレータとして使用することを想定して、pH3の硫酸水溶液(温度:80℃)中で一定の電位(0.8V vs SHE)に1000時間保持した。その後、試験片を回収して不動態皮膜に含有されるFの有無をX線光電子分光法で調査した。調査方法は上記したとおりである。そのX線光電子分光法によって得られた結果を図2aおよび図2bに示す。図2aおよび図2bの横軸はスパッタリングの所要時間(以下、スパッタ時間という)であり、縦軸はスペクトルのピーク強度である。
【0052】
図2aは1000時間保持前、図2bは1000時間保持後の分析結果である。図2aおよび図2bから明らかなように、いずれの試験片もスパッタ時間が60秒以下の範囲でFがピークとして確認された。一方、スパッタ時間が60秒を超えると、不動態皮膜が除去されてステンレス鋼板の基地におけるFを分析することになるが、Fのピーク強度はほとんど0であった。つまり、固体高分子型燃料電池のセパレータとして使用されることを想定した処理を施した後も、不動態皮膜にFが含有されることが確認された。
さらに、その後、試験片を回収して接触電気抵抗を測定した。測定方法は上記したとおりである。
【0053】
その結果、接触電気抵抗は5.2mΩ・cmであった。つまり、固体高分子型燃料電池のセパレータとして使用されることを想定した処理を施した後も、接触電気抵抗が低く保たれ、すぐれた導電性を有することが確認された。
なお、ここではステンレス鋼を浸漬する酸性水溶液として、フッ酸と硝酸との混合液を使用する例について説明したが、フッ酸の代わりにフッ化ナトリウム、フッ化カルシウム、フッ化リチウムなどを用いてもよい。また、酸性水溶液の濃度、温度などは浸漬するステンレス鋼板の成分に応じて、所定の溶解速度となるように調整すればよい。
【符号の説明】
【0054】
1 試験片
2 カーボンペーパ
3 電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼の表面に存在する不動態皮膜がフッ素を含有することを特徴とする接触電気抵抗の低い通電部品用ステンレス鋼。
【請求項2】
溶液に浸漬する工程を有するステンレス鋼の製造方法において、前記溶液がフッ素イオンを含有し、前記工程において前記ステンレス鋼を溶解速度0.002g/(m・s)以上0.50g/(m・s)未満で溶解することを特徴とする接触電気抵抗の低い通電部品用ステンレス鋼の製造方法。
【請求項3】
前記溶解速度が0.005g/(m・s)以上0.30g/(m・s)未満とすることを特徴とする請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記溶解速度が0.01g/(m・s)以上0.10g/(m・s)未満とすることを特徴とする請求項2に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−149041(P2011−149041A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−10120(P2010−10120)
【出願日】平成22年1月20日(2010.1.20)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】