説明

推進薬グレイン及びその製造方法

【課題】従来の推進薬グレインは、成形可能な形状に制限があり、とくに内孔を有するものの場合では、内孔を形成するための装置や手間が必要で、コスト高になるという問題点があった。
【解決手段】固体ロケット用の推進薬グレインGであって、推進薬1と、推進薬1に埋設した所定形状の空処形成用部材2を備え、空処形成用部材2が、燃焼ガスに対して脆弱な可燃性の材料から成る構成としたことにより、燃焼ガスによる空処形成用部材2の破壊に伴って推進薬1に内孔等の空処が形成された状態になるので、要求される推力パターンに応じた設計の自由度を大幅に高めることができると共に、推進薬1の充填効率の向上や低コスト化を実現する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体ロケットに使用される推進薬グレイン及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体ロケットに用いる推進薬グレインは、例えば、非特許文献1に記載されているように、端面燃焼型や、内孔を有する内面燃焼型などの様々な形状があり、飛翔体のミッションに応じた推力パターン(推力−時間曲線)が得られるように設計が行われている。
【0003】
また、推進薬グレインを製造するには、モータケースにスラリー状の推進薬を充填し、その推進薬を硬化させるのが一般的である。とくに内孔を有する推進薬グレインは、モータケース内に、内孔に対応する中子を配置してスラリー状の推進薬を充填し、その推進薬が硬化した後に中子を除去することにより得られる。
【0004】
さらに、内孔を有する推進薬グレインのうち、内孔が機軸方向に一定の断面を有するものでは、推進薬の硬化後に中子を引き抜いて除去することが可能であるが、内孔が機軸方向の中間に大径状のスロットを有するものでは、中子の引き抜きが不可能であるから、分解可能な中子を用いたり、一定断面の内孔を形成した後に、特殊な刃物を使用してスロットの部分を切削加工するようにしていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】『航空宇宙工学便覧』丸善株式会社、昭和58年4月25日、第647頁〜第648頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、上記したような推進薬グレインは、その製造方法が上述のような方法に確立されているので、成形可能な形状に制限がある。また、推進薬グレインは、要求された推力パターンを得るうえで内孔が必須となる場合が多い。しかしながら、内孔を有する推進薬グレインは、推進薬の充填効率を犠牲にせざるを得ないうえに、内孔を形成するための専用の中子及び工具類や煩雑な工程を要するので、その分コスト高になるという問題点があり、このような問題点を解決することが課題であった。
【0007】
本発明は、上記従来の課題に着目して成されたもので、設計の自由度を高めることができると共に、充填効率の向上や低コスト化を実現することができる推進薬グレイン及びその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の推進薬グレインは、固体ロケット用の推進薬グレインであって、推進薬と、推進薬に埋設した所定形状の空処形成用部材を備え、空処形成用部材が、燃焼ガスにより破砕若しくは圧壊し易い材料すなわち燃焼ガスに対して機械的に脆弱な可燃性の材料から成る構成としており、上記構成をもって従来の課題を解決するための手段としている。
【0009】
また、本発明の推進薬グレインの製造方法は、固体ロケット用の推進薬グレインを製造するに際し、燃焼ガスに対して脆弱な可燃性の多孔質材料から成る基材に、推進薬の硬化を抑制する硬化抑制物質を含浸させた空処形成用部材を用い、ケース内に空処形成用部材を配置した後、同ケースにスラリー状の推進薬を充填して同推進薬に空処形成用部材を埋設し、スラリー状の推進薬の硬化と共に、空処形成用部材と推進薬との間に、硬化抑制物質による推進薬の低物性領域を形成することを特徴としている。
【0010】
なお、上記の推進薬の低物性領域とは、硬化抑制物質により硬化が抑制された推進薬の一部であって、推進薬本体に対して機械的特性は劣るものの、燃焼ガス発生成分については同等量が維持されている領域である。また、硬化抑制物質は、空処形成用部材の表面に塗布しても良い。
【発明の効果】
【0011】
本発明の推進薬グレインによれば、推進薬に埋設する所定形状の空処形成用部材を採用しており、点火後において、空処形成用部材の破壊に伴って推進薬に内孔等の空処が形成された状態になることから、要求される推力パターンに応じた設計の自由度を大幅に高めることができると共に、推進薬の充填効率の向上や低コスト化を実現することができる。
【0012】
また、本発明の推進薬グレインの製造方法によれば、設計の自由度が高く且つ充填効率に優れた推進薬グレインを容易に且つ低コストで得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の推進薬グレインの一実施形態を示す図であって、空処形成用部材を説明する断面図(A)、推進薬の充填を説明する断面図(B)、及び推進薬が硬化した状態を説明する断面図(C)である。
【図2】図1に示す推進薬グレインを装填した固体ロケットの点火時の状態を説明する断面図(A)、及び空処形成用部材が破壊された状態を説明する断面図(B)である。
【図3】本発明の推進薬グレインの他の実施形態を示す図であって、点火時の状態を説明する断面図(A)、及び空処形成用部材が破壊された状態を説明する断面図(B)である。
【図4】本発明の推進薬グレインのさらに他の実施形態を示す図であって、点火時の状態を説明する断面図(A)、及び空処形成用部材が破壊された状態を説明する断面図(B)である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面に基づいて、本発明の推進薬グレイン及びその製造方法の一実施形態を説明する。図1に示す推進薬グレインGは、酸化剤及び燃料等を混合した従来既知の固体ロケット用推進薬1と、推進薬1に埋設した所定形状の空処形成用部材2を備えている。
【0015】
空処形成用部材2は、燃焼ガスに対して機械的に脆弱な可燃性の材料から成るものであって、図示例の場合は、機軸上に設けた幹部2Aと、この幹部2Aから延出する多数の枝部2Bを備えた形態を成している。枝部2Bは、幹部2Aの長手方向に所定間隔で配置され且つ軸線方向から見て放射状に延出している。そして、空処形成用部材2は、幹部2Aの尾部側の端部のみを推進薬1の尾部端面に至らせて、これを尾部端面に配置される末端部2Tとしている。
【0016】
なお、空処形成用部材2は、要求される推進薬1の推力パターンが得られるように、推進薬1の初期の燃焼面積や経時的な燃焼面積の変化等を考慮したうえで、形状や諸寸法などを決定する。
【0017】
また、空処形成用部材2は、多孔質材料から成る基材に、推進薬1の硬化を抑制する硬化抑制物質を含浸させたものとなっている。基材には、例えば、発泡ウレタン樹脂を用いることができ、この場合には、安価であると共に、成形し易いといった利点がある。このほか、基材には、ボール紙(積層紙)などの吸水(吸液)性を有する部材を用いることができる。硬化抑制物質には、例えば、水を用いることができ、この場合には、安価であると共に、入手が容易といった利点がある。このほか、硬化抑制物質には、当該推進薬で使用している可塑剤(ジオクチルアジベート、トリメチロールエタントリナイトレート等)を用いることができる。
【0018】
上記の推進薬グレインGは、図1(A)に示す空処形成用部材2を用意し、図1(B)に示すように、円筒状のモータケース(ケース)C内に配置した後、推進薬供給装置10からスラリー状の推進薬1を充填して同推進薬1に空処形成用部材2を埋設する。なお、モータケースCの形状は、円筒状に限らず、例えば球形状のものなどがある。また、モータケースCの内面には、従来既知のレストリクタ(図示略)が貼り付けてある。
【0019】
そして、推進薬グレインGは、図1(C)に示すように、スラリー状の推進薬1の硬化と共に、空処形成用部材2と推進薬1との間に、硬化抑制物質による推進薬1の低物性領域2Lを形成する。この低物性領域2Lは、硬化抑制物質により硬化が抑制された推進薬1の一部であって、推進薬1の本体に対して機械的特性は劣るものの、燃焼ガス発生成分については同等量が維持されている領域である。
【0020】
また、図1(C)に示すように、モータケースCの尾部にはロケットノズルNが固定され、これにより推進薬グレインGを装填した固体ロケットRとなる。さらに、図示例の固体ロケットRは、例えばロケットノズルの内側に、推進薬点火用のイグナイタ(図示略)を離脱可能に装着する。
【0021】
上記の推進薬グレインGを装填した固体ロケットRは、図2(A)に示すように、推進薬1の尾部端面及び空処形成用部材2の末端部2Tに点火を行う。すると、推進薬1の燃焼ガスに対して脆弱である空処形成用部材2が、燃焼ガスの流れ及び圧力により短時間で破砕若しくは圧壊され、さらに燃焼すると共に、低物性領域2Lが崩壊して燃焼し、これにより、図2(B)に示すように、空処形成用部材2に対応した形状の内孔(空処)Hが形成される。また、低物性領域2Lの燃焼により、内孔Hの内面にも着火することとなる。その後、固体ロケットRは、端面燃焼と内孔Hによる内面燃焼とを継続する。
【0022】
上記の推進薬グレインGは、推進薬1に埋設する所定形状の空処形成用部材2を採用しており、点火後において、空処形成用部材2の破壊に伴って推進薬1に内孔Hが形成された状態になる。すなわち、初期段階の推進薬1に内孔等の空処が存在しないので、モータケースCに対する推進薬1の充填効率を大幅に高めることができる。また、従来使用していた内孔形成用の中子が不要であり、中子の除去作業や推進薬1の切削加工なども当然一切不要であるから、製造効率の向上や低コスト化を実現することができる。
【0023】
さらに、推進薬グレインGは、空処形成用部材2の形状を自由に設定することができるので、従来には無いグレイン形状を得ることができ、これにより、要求される推進薬1の推力パターンに応じて、設計の自由度を大幅に高めることができる。また、上記の推進薬グレインGの製造方法によれば、設計の自由度が高く且つ充填効率に優れた推進薬グレインGを容易に且つ低コストで得ることができ、ひいては固体ロケットRの設計の自由度の向上及び性能向上にも貢献することができる。
【0024】
ここで、空処形成用部材2は、先述の如く様々な形状を選択し得るものであって、この部材だけで空処(内孔)Hを形成することも可能である。しかし、この空処形成用部材2は、太過ぎれば、その分推進薬の充填効率に影響があり、逆に、細過ぎれば、燃焼ガスが入り込み難くなって燃焼に影響する虞がある。そこで、本発明では、空処形成用部材2をなるべく細く形成したうえで、その周囲に推進薬と同等の成分である低物性領域2Lを形成することにより、推進薬1の充填効率の向上と、空処Hの速やかな形成とを両立させることができる。
【0025】
図3は、本発明の推進薬グレインの他の実施形態を説明する図である。なお、先の実施形態と同一の構成部位は、同一符号を付して詳細な説明を省略する。
【0026】
図示の推進薬グレインGは、空処形成用部材12が、推進薬1の軸線上にわたって設けた幹部12Aと、幹部12Aの中間に設けた円板部12Bを有しており、先の実施形態と同等の製造方法により、推進薬1との間に低物性領域12Lを形成している。また、空処形成用部材12は、幹部2Aの両端部を推進薬1の頭部端面及び尾部端面に至らせて、これらを両端面に夫々配置される末端部12T,12Tとしている。この場合には、推進薬点火用のイグナイタをモータケースCの頭部側に配置することができる。
【0027】
上記の推進薬グレインGを装填した固体ロケットRは、図3(A)に示すように、推進薬1の頭部端面及び空処形成用部材12の頭部側の末端部12Tに点火を行う。すると、燃焼ガスに対して脆弱な空処形成用部材12が、燃焼ガスの流れ及び圧力により短時間で破砕若しくは圧壊され、さらに燃焼すると共に、低物性領域12Lが崩壊して燃焼し、これにより、図3(B)に示すように、空処形成用部材2に対応した形状の空処、すなわち幹部12Aに対向した内孔Hと、円板部12Bに対応した大径状のスロットSが形成される。また、低物性領域12Lの燃焼により、内孔H及びスロットSの内面にも着火することとなる。上記の推進薬グレインGにあっても、先の実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0028】
図4は、本発明の推進薬グレインの他の実施形態を説明する図である。なお、先の実施形態と同一の構成部位は、同一符号を付して詳細な説明を省略する。
【0029】
図示の推進薬グレインGは、推進薬1の軸線方向に沿う直線状の空処形成用部材22を用い、推進薬1に複数の空処形成用部材22を埋設し、これらの空処形成用部材22と推進薬1との間に低物性領域22Lを形成している。また、空処形成用部材22は、頭部側の端部のみを推進薬1の頭部端面に至らせると共に、尾部側の端部を推進薬1の尾部端面から所定深さDに配置している。そして、この実施形態の固体ロケットRは、ロケットノズルNに推進薬点火用のイグナイタを備えたものとしている。
【0030】
上記の推進薬グレインGを装填した固体ロケットRは、図4(A)に示すように、推進薬1の尾部端面に点火を行う。すると、推進薬1の端面燃焼が開始され、所定量(D)が燃焼したところで、空処形成用部材22が燃焼ガスに晒される。これにより、空処形成用部材22が燃焼ガスの流れ及び圧力により短時間で破砕若しくは圧壊され、さらに燃焼すると共に、低物性領域22Lが崩壊して燃焼し、図4(B)に示すように、各空処形成用部材22に対応した形状の複数の内孔Hが形成される。また、低物性領域22Lの燃焼により、各内孔Hの内面にも着火することとなる。上記の推進薬グレインGにあっても、先の実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0031】
本発明の推進薬グレインは、図4に示す実施形態の如く、初期に推進薬1の端面燃焼のみを行う構成にもできるが、点火直後に空処を要する場合には、図1〜図3に示す実施形態のように、少なくとも推進薬1の尾部端面に空処形成用部材2(12)の末端部2L(12L)を配置する構成になり、要求される推進薬1の推力パターンに応じて様々な形態を組み合わせることが可能である。
【0032】
なお、本発明の推進薬グレイン及びその製造方法は、具体的構成が上記各実施形態のみに限定されるものではなく、各部材の形状や材質などの構成の細部を適宜変更することが可能である。
【符号の説明】
【0033】
C モータケース(ケース)
G 推進薬グレイン
H 内孔(空処)
R 固体ロケット
S スロット(空処)
1 推進薬
2 12 22 空処形成用部材
2T 12T 末端部
2L 12L 22L 低物性領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体ロケット用の推進薬グレインであって、
推進薬と、推進薬に埋設した所定形状の空処形成用部材を備え、
空処形成用部材が、燃焼ガスに対して脆弱な可燃性の材料から成ることを特徴とする推進薬グレイン。
【請求項2】
空処形成用部材が、少なくとも推進薬の尾部端面に配置される末端部を有していることを特徴とする請求項1に記載の推進薬グレイン。
【請求項3】
空処形成用部材が、多孔質材料から成る基材に、推進薬の硬化を抑制する硬化抑制物質を含浸させた部材であることを特徴とする請求項1又は2に記載の推進薬グレイン。
【請求項4】
空処形成用部材と推進薬との間に、前記硬化抑制物質による推進薬の低物性領域が形成してあることを特徴とする請求項3に記載の推進薬グレイン。
【請求項5】
空処形成用部材の基材が、発泡ウレタン樹脂であることを特徴とする請求項3又は4に記載の推進薬グレイン。
【請求項6】
固体ロケット用の推進薬グレインを製造するに際し、
燃焼ガスに対して脆弱な可燃性の多孔質材料から成る基材に、推進薬の硬化を抑制する硬化抑制物質を含浸させた空処形成用部材を用い、
ケース内に空処形成用部材を配置した後、同ケースにスラリー状の推進薬を充填して同推進薬に空処形成用部材を埋設し、スラリー状の推進薬の硬化と共に、空処形成用部材と推進薬との間に、硬化抑制物質による推進薬の低物性領域を形成することを特徴とする推進薬グレインの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−12239(P2012−12239A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−148712(P2010−148712)
【出願日】平成22年6月30日(2010.6.30)
【出願人】(500302552)株式会社IHIエアロスペース (298)