説明

描画物製造方法、描画部材及び描画装置

【課題】描画部材の尖鋭部先端の先鋭度の低下を抑制し、描画距離を従来よりも伸長させるとともに、描画線幅の均一化を図ることができる描画物製造方法を提供し、更に、先鋭度の低下を抑えた描画部材及び当該描画部材を備えた描画装置を提供する。
【解決手段】基板Kが載置される基台2、基台2を移動させる基台移動機構3、内層としての金層と外層としての白金層が形成された尖鋭部を有する描画部材10、描画部材10を支持する支持部材4、支持部材4を介して描画部材10を移動させる描画部材移動機構5、基板Kと描画部材10に電圧を印加する電圧印加機構6など備えた描画装置1を用いて、電子線レジスト上にフッ素含有化合物を含む被膜を形成させた基板Kに描画処理を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に電子線レジストが形成された基板に、描画部材を用いて描画処理を施して得られる描画物を製造する方法、電子線レジストへの電子の注入に用いる描画部材及び描画物の製造に用いる描画装置に関する。
【背景技術】
【0002】
基板にパターニングを行うリソグラフィ技術の一つとして走査型プローブリソグラフィが知られている。この走査型プローブリソグラフィは、走査型トンネル顕微鏡(以下、「STM」という)や原子間力顕微鏡(以下、「AFM」という)などの走査型プローブ顕微鏡(以下、「SPM」という)に用いられる技術を応用し、電子線レジストが形成された基板に描画処理を施す技術である。より具体的に言えば、例えば、表面に電子線レジストが形成された基板の当該電子線レジストに、所謂探針を接触或いは接近させた状態で、基板と探針とを相対的に移動させるとともに、基板と探針との間に電圧を印加して電子線レジストに電子を注入し、その後、電子線レジストを現像するという技術である。尚、電子線レジストは、電子が注入されることによってその物性が変化する性質を有しており、現像後に電子が注入されていない部分が残るポジ型と電子が注入された部分が残るネガ型とがある。
【0003】
上記走査型プローブリソグラフィを行う装置として、従来、例えば、特開平10−206435号公報に開示された装置(以下、「従来装置」という)が提案されている。この従来装置は、所謂STMとAFMとを複合した装置であり、上面に基板が載置されるステージ、当該ステージのX−Y方向の駆動を制御するX−Y駆動制御装置、前記ステージの上方に設けられたプローブ、当該プローブのZ軸方向の駆動を制御するZ軸駆動制御装置、基板とプローブとの間に電圧を印加する電圧印加装置、並びに、X−Y駆動制御装置、Z軸駆動制御装置及び電圧印加装置などを制御する制御用コンピュータなどを備えている。
【0004】
この従来装置においては、上述したように、表面に電子線レジストが形成された基板の当該電子線レジストに、Z軸駆動制御装置を動作させてプローブの先端部を接触或いは接近させ、X−Y駆動制御装置を駆動させステージを水平移動させつつ、電圧印加装置によって基板とプローブとの間に電圧を印加し、プローブの先端部から電子を注入して描画処理を施す。
【0005】
また、上記走査型プローブリソグラフィを行う際に用いられるプローブとしては、例えば、特開平10−332714号公報に開示されたプローブが提案されている。このプローブは、先端部が尖鋭に形成された微小ティップを有しており、当該微小ティップの先端部は導電体層からなっている。尚、前記導電体層は、例えば、白金や金などから構成されている。
【0006】
上記プローブを用い、従来装置によって描画処理を施す場合は、前記微小ティップの先端部を基板に形成された電子線レジストに接触又は接近させた状態で、当該微小ティップの先端部から電子線レジストに電子を注入する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−206435号公報
【特許文献2】特開平10−332714号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、上記プローブを備えた従来装置は、これを用いて基板に描画処理を施す場合に、1つのプローブで基板に描くことができる総距離(以下、「描画距離」という)が短く、また、基板に描かれる線の幅(以下、「描画線幅」という)が徐々に太くなるという問題が生じるため、実用性に乏しかった。
【0009】
以下に、上述した問題の詳細について説明する。
【0010】
本願発明者らは、導電体層が金から構成されるプローブを用いて基板に描画処理を施す実験を行い、基板に描画処理を施した後のプローブの先端部は、描画処理を施す前と比較して、その先鋭度が低下していることを見出した。
【0011】
描画処理の前後で、プローブの先端部の先鋭度が低下するのは、基板とプローブの先端部とを接触させた状態で移動させることで、基板表面と先端部との間に生じる摩擦によって先端部が徐々に摩耗していくためだと考えられる。
【0012】
また、プローブの先端部は、その断面積の小ささ故に流れる電流密度が非常に高くなり、電圧の印加によって基板とプローブとの間に電流が流れる際に大きな発熱を伴う。これにより、プローブの先端部が熱によって可塑化して摩耗し易くなる。このことも先鋭度の低下に影響を与えているものと考えられる。
【0013】
そして、プローブの先端部の先鋭度の低下を伴う先端部の形状変化などにより、最終的にプローブの先端部から電子線レジストへ電子が注入できなくなり、描画処理を施すことができなくなる。したがって、先端部の先鋭度の低下速度が速い場合には、電子線レジストへの電子の注入ができなくなるのも速いため描画距離が短くなるものと考えられる。
【0014】
また、先鋭度が徐々に低下していくことによって、プローブの先端部の電子線レジストとの接触面積が徐々に大きくなるのに伴い、描画線幅が徐々に太くなっていくため、描画線幅を一定に保つことができなくなるものと考えられる。
【0015】
本発明は、以上の実情を鑑みなされたものであって、プローブの尖鋭部の先端部における先鋭度の低下を抑制し、描画距離を従来よりも伸長させるとともに、描画線幅の均一化を図ることができる描画物製造方法を提供し、更に、先鋭度の低下を抑えることができる描画部材及び当該描画部材を備えた描画装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するための描画物製造方法は、
先端が尖鋭に形成された、導電性を有する尖鋭部と、該尖鋭部を支持する支持体とからなる描画部材を用いて、表面に電子線レジストが形成された描画対象物に描画処理を施して得られる描画物を製造する方法であって、
前記描画対象物の電子線レジストの一部又は全体を覆うように、フッ素含有化合物を含む被膜を形成させる工程と、
前記尖鋭部の先端部と前記描画対象物の被膜とを接触させた状態で両者を相対的に移動させるとともに、前記描画対象物と尖鋭部との間に電圧を印加し、前記尖鋭部の先端部から前記被膜を介して前記電子線レジストに電子を注入する工程と、
前記電子線レジストに電子が注入された描画対象物を現像する工程とを行う描画物製造方法に係る。
【0017】
この描画物製造方法によれば、まず、表面に電子線レジストが形成された描画対象物の当該電子線レジストの一部又は全体を覆うように、フッ素含有化合物を含む被膜を形成させる。
【0018】
ついで、描画対象物と尖鋭部との間に電圧を印加しつつ、前記被膜と尖鋭部の先端部とを接触させた状態で、両者を描画対象物の電子線レジストが形成された面(被描画面)と平行な面内で相対的に移動させるとともに、前記先端部から前記被膜を介して電子線レジストに電子を注入する。
【0019】
しかる後、電子線レジストに電子が注入された描画対象物を現像して描画物を得る。尚、電子線レジストは、ポジ型であってもネガ型であっても良く、ポジ型である場合には、電子が注入された部分が現像の際に除去され、ネガ型である場合には、電子が注入されていない部分が除去される。
【0020】
この場合、被膜が形成されていない描画対象物に描画処理を施す場合よりも描画距離を伸長することができる。これは、描画対象物の表面に、電子線レジストを覆うようにフッ素含有化合物を含む被膜を形成させることによって、当該被膜と接触する前記尖鋭部の先端部との間に生じる摩擦による先端部の摩耗が抑えられ、先鋭度の低下が抑制されるためだと考えられる。
【0021】
後に詳述するように、本願発明者らが尖鋭部先端の表面が金で構成された描画部材を用いて実験を行ったところ、被膜を形成させていない描画対象物に描画処理を施した場合には、その描画距離は160μmであったのに対し、被膜を形成させた描画対象物に描画処理を施した場合の描画距離は590μmであり、明らかに描画距離が伸長した。
【0022】
また、前記尖鋭部は、その前記先端部に、金からなる内層と白金からなる外層が形成されていても良い。
【0023】
この場合、描画距離を更に伸長でき、且つ、描画線幅の均一化を図ることができる。これは、前記尖鋭部の先端部の表面が高融点且つ高硬度である白金からなるため、先端部の表面が従来よりも高硬度となり、描画対象物の表面と尖鋭部の先端部との間に生じる摩擦によるものと考えられる先端部の磨耗を抑えられるためだと考えられる。また、白金の融点が高いため、電圧を印加し電流が流れた際の先端部の可塑化が抑えられて、先端部が摩耗し難くなり、先鋭度の低下が更に抑制されるためだと考えられる。
【0024】
これについて、後述するように、本願発明者らが、尖鋭部の先端部に金からなる層のみが形成された描画部材と、金からなる内層と白金からなる外層とが形成された描画部材とを用いて、前記フッ素含有化合物を含む被膜が形成された描画対象物に描画処理を施したところ、前者の描画距離は590μmであったのに対し、後者の描画距離は1500μm以上に伸長した。また、前記被膜を形成させていない描画対象物に描画処理を施したところ、金からなる層のみで形成された描画部材を用いて描画を施した場合の描画距離は160μmであったのに対し、金からなる内層と白金からなる外層とが形成された描画部材を用いて描画を施した場合の描画距離は500μmであり、描画距離が伸長した。更に、金からなる内層と白金からなる外層とが形成された描画部材を用いて、前記フッ素含有化合物を含む被膜が形成された描画対象物に描画処理を施した場合に、描画開始点と描画終端点での線幅の変化がほとんど見られなかったのに対し、金からなる層のみが形成された描画部材を用いて前記フッ素含有化合物を含む被膜が形成された描画対象物に描画処理を施した場合と、金からなる内層と白金からなる外層とが形成された描画部材を用いて前記フッ素含有化合物を含む被膜が形成されていない描画対象物に描画処理を施した場合とでは、いずれにおいても10nmの線幅の変化があった。
【0025】
尚、前記白金からなる外層は、その厚さが、5nm以上60nm以下であることが好ましい。このようにすれば、先鋭度の低下を抑えるために必要な層厚を確保することができ、尖鋭部を適当な大きさにすることができる。
【0026】
更に、上記課題を解決するための描画部材は、
表面に電子線レジストが形成された描画対象物の該電子線レジストに電子を注入して、描画対象物に描画処理を施すための描画部材であって、
先端が尖鋭に形成された、導電性を有する尖鋭部と、該尖鋭部を支持する支持体とからなり、
前記尖鋭部は、その前記先端部に、金からなる内層と白金からなる外層が形成されている描画部材に係る。
【0027】
この描画部材によれば、描画距離の伸長及び描画線幅の均一化を図ることができる。これは、前記尖鋭部の先端部の表面が高融点且つ高硬度である白金の層で覆われることにより、当該描画部材を描画処理に用いた際に、尖鋭部の先端部における摩耗が抑えられ、また、電圧を印加することで生じる発熱による先端部の可塑化を抑えられ、先端部が摩耗し難くなり、尖鋭部の先端部における先鋭度の低下が抑制されるためだと考えられる。
【0028】
尚、前記白金からなる外層は、その厚さが、5nm以上60nm以下であることが好ましい。このようにすれば、先鋭度の低下を抑えるために必要な層厚を確保することができ、尖鋭部を適当な大きさにできる。
【0029】
更に、上記課題を解決するための描画装置は、
表面に電子線レジストが形成された描画対象物に描画処理を施すための描画装置であって、
前記描画対象物を保持する基台と、
先端が尖鋭に形成された、導電性を有する尖鋭部と、該尖鋭部を支持する支持体とからなる描画部材と、
前記尖鋭部が前記基台に保持される描画対象物の被描画面と対峙するように前記描画部材を支持する支持機構と、
前記基台と前記支持部材とを、前記描画対象物の被描画面に対して平行な面及びこれと直交する面内で相対的に移動させる移動機構と、
前記基台に保持される描画対象物と前記尖鋭部との間に電圧を印加する電圧印加機構と、
前記移動機構及び電圧印加機構の動作を制御する制御機構とを備えた描画装置において、
前記尖鋭部は、その前記先端部に、金からなる内層と白金からなる外層が形成されている描画装置に係る。
【0030】
この描画装置によれば、まず、前記描画対象物を基台によって保持する。ついで、前記移動機構によって、前記基台と前記支持部材とを基台に保持された描画対象物の被描画面と直交する面内で相対的に移動させ、前記被描画面と、金からなる内層と白金からなる外層が形成された先端部とを接触させる。
【0031】
しかる後、前記基台と支持部材とを前記被描画面に対して平行な面内で相対的に移動させるとともに、前記描画対象物と前記尖鋭部との間に電圧を印加し、電子線レジストが形成された被描画面に尖鋭部の先端部から電子を注入する。
【0032】
この場合、従来よりも描画距離を伸張することができるとともに、描画線幅の変化も抑えることができる。これは、前記尖鋭部の先端部の表面に、高融点且つ高硬度である白金からなる層が形成されているため、尖鋭部の先端部と被描画面とを接触させた際に、先端部と被描画面との間に生じる摩擦によるものと考えられる先端部の摩耗を抑えることでき、また、電圧を印加することで生じる発熱による先端部の可塑化を抑えて、先端部を摩耗し難くすることができ、尖鋭部の先端部における先鋭度の低下を抑制しつつ、描画対象物に描画処理を施すことができるためだと考えられる。
【0033】
尚、白金からなる外層は、その厚さが5nm以上60nm以下であることが好ましい。このようにすれば、先鋭度の低下を抑えるために必要な層厚を確保することができ、尖鋭部を適当な大きさにできる。
【発明の効果】
【0034】
以上のように、本発明に係る描画物製造方法、描画部材及び描画装置によれば、描画距離を伸長することができるとともに、描画線幅の均一化も図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の一実施形態に係る描画装置の概略構成を示した構成図である。
【図2】(a)は、本発明の一実施形態に係る描画部材の側面図であり、(b)は、その矢視A方向から見た図であり、(c)は、その矢視B方向から見た断面図である。
【図3】本発明の一実施形態における基板の側面図であり、(a)は被膜形成前の基板であり、(b)は被膜形成後の基板である。
【図4】基板に描画処理を施す実験における描画経路を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の具体的な実施形態につき、図面に基づき説明する。
【0037】
図1は、本発明の一実施形態に係る描画装置1の概略構成を示した構成図である。本例の描画装置1は、図1に示すように、表面に電子線レジストRが形成された基板K(図3(a)参照)が載置される基台2と、当該基台2を移動させる基台移動機構3と、基板Kに描画処理を施す描画部材10と、当該描画部材10を支持する支持部材4と、当該支持部材4を介して前記描画部材10を移動させる描画部材移動機構5と、後述する支持体11の変位を検出する変位検出機構20と、前記基板Kと前記描画部材10に電圧を印加する電圧印加機構6と、前記基台移動機構3、描画部材移動機構5、変位検出機構20及び電圧印加機構6の作動を制御する制御装置7とから構成されている。
【0038】
前記基台2は、被描画面、即ち、電子線レジストRが形成された面を上に向けた状態で前記基板Kが載置され、前記基台移動機構3によって、直交3軸方向に移動される。
【0039】
前記描画部材10は、図2に示すように、平板状の支持体11と、当該支持体11の一面から突出するように設けられ、先端が尖鋭に形成された略三角錐形状の尖鋭部12とからなり、前記尖鋭部12は、全体を覆うように内層としての金層13と外層としての白金層14が形成されている。尚、前記支持体11及び尖鋭部12の内部は、ケイ素で構成されており、尖鋭部12の内部を構成するケイ素と前記金層13との間は、クロムなどからなる接着層(図示せず)によって接着されている。また、前記白金層14は、その厚さが、5nm〜60nmであることが好ましい。
【0040】
また、前記描画部材10は、前記支持部材4によって、前記尖鋭部12の先端部が前記基板Kの被描画面と対峙するように前記基台2の上方に支持されており、前記描画部材移動機構5によって、前記支持部材4を介してZ軸方向に移動される。
【0041】
前記変位検出機構20は、前記支持体11の上面に向けてレーザ光を照射するレーザ光源21と、前記支持体11上面で反射されたレーザ光を受光する受光部22と、受光部22が受光したレーザ光を基に変位を算出する変位算出機構23とからなり、所謂光てこ方式によって支持体11の変位を検出する機構である。
【0042】
前記電圧印加機構6は、前記基台2上面に載置される基板Kと、前記尖鋭部12との間に電圧を印加するよう構成されている。尚、電圧を印加する際には、前記尖鋭部12に直接電圧を印加するようにしても、例えば、前記支持部材4及び支持体11を介して間接的に前記尖鋭部12に電圧を印加するようにしても良い。
【0043】
前記制御装置7は、前記基台2と前記描画部材10とをZ軸方向に相対移動させ、基台2上に載置される基板Kの被描画面と尖鋭部12の先端部とを接触させるように前記基台移動機構3及び描画部材移動機構5の動作を制御するとともに、前記基台2をX軸及びY軸方向に移動させ、前記尖鋭部12の先端部が前記基板K上の予め設定した座標上を通り、所定の描画経路を辿るように前記基台移動機構3の動作を制御する。尚、前記基台移動機構3及び描画部材移動機構5は、前記変位算出機構23によって算出する支持体11の変位が、予め設定した値を超えないように、その動作が制御される。また、前記基板Kと尖鋭部12との間に所定の電圧を印加するように、前記電圧印加機構6の動作を制御する。
【0044】
以上の構成を備えた描画装置1を用い、基板Kに描画処理を施し、描画物を製造する過程について、以下詳細に説明する。
【0045】
まず、基板Kの表面に形成された電子線レジストRの一部又は全体を覆うように、フッ素含有化合物からなる被膜Cを形成させる(図3(b)参照)。具体的には、フッ素含有化合物を含む被膜形成剤が溶解した溶液中に基板Kを浸漬した後、当該基板Kを溶液中から取り出して自然乾燥させることで電子線レジストR上に被膜Cを形成させる。尚、被膜Cを形成させる方法としてはこの他にも、例えば、被膜形成剤が溶解した溶液を塗布し乾燥させる方法や、所謂蒸着法を利用する方法などが挙げられる。また、本例における基板K表面に形成された電子線レジストRはポジ型であるものとするが、これに限られず、ネガ型の電子線レジストであっても良い。
【0046】
ついで、電子線レジストR上に被膜Cを形成した基板Kを、被描画面が前記尖鋭部12と対峙するように前記基台2上に載置し、前記制御装置7による制御の下、前記基台移動機構3及び描画部材移動機構5によって前記基台2と前記描画部材10とをZ軸方向に相対的に移動させ、電子線レジストR上に形成された被膜Cと尖鋭部12の先端部とを接触させる。
【0047】
その後、前記制御装置7による制御の下、前記電圧印加機構6によって基板K側が陽極、尖鋭部12側が陰極となるように、両者の間に電圧を印加し、前記尖鋭部12の先端部から前記被膜Cを介して電子線レジストRに電子を注入しつつ、前記尖鋭部12の先端部が基板K上の予め設定された座標上を通過して所定の描画経路を辿るように、前記制御装置7による制御の下、前記基台移動機構3により基台2をX軸及びY軸方向移動させる。これにより、基板Kに形成された電子線レジストRのうち、電子が注入された部分については、電子線レジストRを構成する化合物に化学反応が引き起こされる、所謂電子露光される。
【0048】
しかる後、前記基板Kを基台2から降ろし、当該基板Kを現像することで、電子露光された部分の電子線レジストRが基板Kから除去され、描画処理が完了する。
【0049】
因みに、描画対象物を膜厚40nmのポジ型電子線レジストが表面に塗布されたケイ素基板として、この基板に描画部材を用いて描画処理を施す実験を行った結果を以下に説明する。尚、描画部材は、尖鋭部に金層のみが形成された描画部材(単層描画部材)と、当該単層描画部材の金層を覆うように層厚がおよそ45nmの白金層が形成された描画部材(2層描画部材)とを用いた。
【0050】
実験は、印加電圧を−37.0V(基板側接地)、基板に対する描画部材の相対走査速度を2μm/sで行い、基板上の被描画面に尖鋭部の先端部を接触させ、図4に示すように、基板上のS地点から尖鋭部の先端部が矢示方向に移動するように基台を移動させつつ、基板と描画部材との間に電圧を印加し続けた後、電子線レジストを現像し、電子線レジスト現像後の基板を評価した。尚、描画部材の絶対的な高さ位置を描画開始時の高さ位置に固定した状態で基台を移動させ、電圧の印加が終了するまで描画部材の高さ位置の調整は行わないものとし、また、尖鋭部の先端部と被描画面との接触によって生じる前記支持体の変位を変位算出機構によって算出し、この変位が予め設定した値に維持されるように制御装置によって基台移動機構の動作を制御し、基板の絶対的な高さ位置を調整している。
【0051】
ケイ素基板表面に形成された電子線レジストに、前記2層描画部材を用いて描画処理を施した場合、その描画距離が500μmであったのに対し、単層描画部材を用いて描画処理を施した場合は、その描画距離が160μmであった。即ち、単層描画部材を用いた描画処理を施した場合と比較して、2層描画部材を用いて描画処理を施した場合には、その描画距離がおよそ3倍に伸びており、尖鋭部に形成された金層を覆うように白金層を形成することによって、描画距離が伸長している。
【0052】
ついで、被膜形成剤の濃度が0.1重量%である溶液に、前記ケイ素基板を1分間浸漬させた後、自然乾燥させることで、電子線レジスト上に膜厚2〜3nmの被膜を形成させたものを描画対象物とし、この被膜が形成されたケイ素基板に描画処理を施して描画物を製造する実験を行った結果を以下に説明する。尚、被膜形成剤として「オプツールDSX(商品名)」(ダイキン工業株式会社製)を使用し、描画部材は、前記単層描画部材と2層描画部材とを用いた。また、実験条件については上記と同様である。
【0053】
被膜が形成された基板に2層描画部材を用いて描画処理を施した場合、1500μm以上描画することができ、単層描画部材を用いて描画処理を施した場合は、その描画距離は590μmであった。この結果を被膜が形成されていない基板に描画処理を施した場合と比較すると、2層描画部材を用いた場合、単層描画部材を用いた場合ともに、描画距離が伸びている。つまり、電子線レジスト上に被膜を形成させることによって、描画距離が伸長している。
【0054】
更に、単層描画部材では、その描画距離が590μmであったのに対し、2層描画部材では1500μm以上の描画が可能であったことから、被膜が形成された基板に描画処理を施す場合であっても、尖鋭部に形成された金層を覆うように白金層を形成することによって、描画距離が更に伸長している。
【0055】
また、2層描画部材を用いて、前記被膜が形成された基板と被膜が形成されていない基板とに描画処理を施した場合の描画線幅の変化について検討したところ、被膜が形成されていない基板に描画処理を施した場合には、描画開始直後の描画線幅が80nmであったのに対し、500μm描画後の描画線幅は90nmとなり、両者の間で10nmの変化が見られた。これに対し、被膜が形成された基板に描画処理を施した場合には、描画開始直後の描画線幅が80nmであり、1500μm描画後の描画線幅も80nmであり、両者の間で変化がほぼ見られなかった。つまり、基板に被膜を形成させることによって、描画線幅の変化が抑制されている。
【0056】
このように、本例の描画物製造方法及び描画装置1によれば、描画距離を従来よりも伸長することができ、また、描画線幅の均一化も図ることができる。これは、電子線レジストR上にフッ素含有化合物からなる摩擦係数の小さな被膜Cを形成し、当該被膜Cと前記尖鋭部12とを接触させた状態で相対移動させるため、尖鋭部12と基板K表面との間に生じる摩擦による尖鋭部12の先端部における先鋭度の低下が抑えられるためだと考えられる。更に、尖鋭部12の先端部に内層としての金層13と、外層としての白金層14とを形成したことにより、尖鋭部12の先端部が高融点且つ高硬度である白金で覆われるため、摩擦による摩耗に起因した先端部における先鋭度の低下が抑えられ、また、尖鋭部12の先端部が可塑化して摩耗し易くなるのが防止され、先鋭度の低下を抑えられるためだと考えられる。
【0057】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明の採り得る具体的な態様は、何らこれに限定されるものではない。
【0058】
本例においては、前記尖鋭部12に金層13と白金層14とが形成された前記描画部材10を備えた描画装置によって描画物を製造するようにしているが、これに限られず、例えば、前記尖鋭部12に金層13のみが形成された描画部材を備えた描画装置を用いて表面に被膜Cが形成された基板Kに対し、描画処理を施して描画物を製造するようにしても良い。
【符号の説明】
【0059】
1 描画装置
2 基台
3 基台移動機構
4 支持部材
5 描画部材移動機構
6 電圧印加機構
7 制御装置
10 描画部材
11 支持体
12 尖鋭部
13 金層
14 白金層
20 変位検出機構
21 レーザ光源
22 受光部
23 変位算出機構
K 基板
R 電子線レジスト
C 被膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
先端が尖鋭に形成された、導電性を有する尖鋭部と、該尖鋭部を支持する支持体とからなる描画部材を用いて、表面に電子線レジストが形成された描画対象物に描画処理を施して得られる描画物を製造する方法であって、
前記描画対象物の電子線レジストの一部又は全体を覆うように、フッ素含有化合物を含む被膜を形成させる工程と、
前記尖鋭部の先端部と前記描画対象物の被膜とを接触させた状態で両者を相対的に移動させるとともに、前記描画対象物と尖鋭部との間に電圧を印加し、前記尖鋭部の先端部から前記被膜を介して前記電子線レジストに電子を注入する工程と、
前記電子線レジストに電子が注入された描画対象物を現像する工程とを行うことを特徴とする描画物製造方法。
【請求項2】
前記尖鋭部は、その前記先端部に、金からなる内層と白金からなる外層が形成されていることを特徴とする請求項1記載の描画物製造方法。
【請求項3】
前記白金からなる外層は、その厚さが、5nm以上60nm以下であることを特徴とする請求項2記載の描画物製造方法。
【請求項4】
表面に電子線レジストが形成された描画対象物の該電子線レジストに電子を注入して、描画対象物に描画処理を施すための描画部材であって、
先端が尖鋭に形成された、導電性を有する尖鋭部と、該尖鋭部を支持する支持体とからなり、
前記尖鋭部は、その前記先端部に、金からなる内層と白金からなる外層が形成されていることを特徴とする描画部材。
【請求項5】
前記白金からなる外層は、その厚さが、5nm以上60nm以下であることを特徴とする請求項4記載の描画部材。
【請求項6】
表面に電子線レジストが形成された描画対象物に描画処理を施すための描画装置であって、
前記描画対象物を保持する基台と、
先端が尖鋭に形成された、導電性を有する尖鋭部と、該尖鋭部を支持する支持体とからなる描画部材と、
前記尖鋭部が前記基台に保持される描画対象物の被描画面と対峙するように前記描画部材を支持する支持機構と、
前記基台と前記支持部材とを、前記描画対象物の被描画面に対して平行な面及びこれと直交する面内で相対的に移動させる移動機構と、
前記基台に保持される描画対象物と前記尖鋭部との間に電圧を印加する電圧印加機構と、
前記移動機構及び電圧印加機構の動作を制御する制御機構とを備えた描画装置において、
前記尖鋭部は、その前記先端部に、金からなる内層と白金からなる外層が形成されていることを特徴とする描画装置。
【請求項7】
前記白金からなる外層は、その厚さが5nm以上60nm以下であることを特徴とする請求項6記載の描画装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−51310(P2013−51310A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−188515(P2011−188515)
【出願日】平成23年8月31日(2011.8.31)
【出願人】(000183369)住友精密工業株式会社 (336)
【Fターム(参考)】