説明

揮発性有機物質の測定方法

【課題】複数の揮発性有機物質の定性をより迅速に行えるようにする。
【解決手段】測定対象の空気にシッフ試薬および酸とが溶解した水溶液からなる検知溶液101を曝した後、容器102に収容された検知溶液101の吸光度を測定し、求められた吸光度のスペクトルにより揮発性有機物質の定性を行う。吸光度のスペクトルは、揮発性有機物に固有の特徴を備えているため、揮発性有機物の定性ができる。例えば、検知溶液101を既知の揮発性有機物質に曝した結果得られた既知スペクトルと、測定により得られたスペクトルとを比較すればよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、揮発性有機物質の測定を行うための揮発性有機物質の測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
揮発性有機物質(VOC:volatile organic compounds)は塗料,芳香剤,防腐剤,防かび剤,香料,顔料などに含まれ、腐敗を防止し、また臭いによる人間の不快感を和らげるなど効用を人間にもたらし、また産業分野など多くの場面で用いられている。
【0003】
一方で、近年、揮発性有機物質は、過剰な長時間の曝露について疫学的に問題になり、規制が設けられている物質もある。また、室内での高濃度の揮発性有機物質の発生は、化学物質過敏症の人にとってはシックハウス症候群を引き起こす原因のひとつと考えられている。また、地下水へのとけ込みや土壌への蓄積により地下水汚染や土壌汚染の原因となっている。
【0004】
このため、環境測定のために、簡単に揮発性有機物質の濃度を検出する様々なセンサや検知管が提案されている。例えば、半導体を用いて揮発性有機物質を測定する小型のガスセンサが販売されている(非特許文献1参照)。このガスセンサによれば、揮発性有機物質を簡単に測定できる。しかしながら、このセンサでは、揮発性有機物質の特定(定性)を行うことはできない。
【0005】
また、揮発性有機物質のなかのアルデヒド類を、シッフ試薬を用いて検出する技術がある(特許文献1,2参照)。特許文献1には、塩基性フクシン、亜硫酸水素ナトリウム、リン酸を用い、ホルムアルデヒドまたはマロンジアルデヒドが検出可能なことが記載されている。また、特許文献2には、シッフ試薬とリン酸または濃硫酸を用いてホルムアルデヒドの検出が可能なことが記載されている。しかしながら、これらの測定技術においても、物質の定性を行うことができない。
【0006】
以上の技術に対し、物質の定性が行える測定として、検知管を用いる方法が知られている。しかしながら、検知管を用いる定性では、対象とする物質に対応する検知管を用いることになり、定性対象とする物質の数に対応して検知管の数を用意する必要があり、迅速な測定が容易ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開WO2004/111635号公報
【特許文献2】特開2008−224590号公報
【特許文献3】特許第3639123号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】http://www.figaro.co.jp/make_html/item_2_sen_112227.html
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上に説明したように、関連する技術では、例えば、環境に存在する複数の揮発性有機物質の定性ができず、また、定性ができる検知管方式においても、測定を迅速に行うことができないという問題があった。
【0010】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、複数の揮発性有機物質の定性をより迅速に行えるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る揮発性有機物質の測定方法は、シッフ試薬と酸とが溶解した水溶液からなる検知溶液を測定対象の気体中に曝す第1ステップと、第1ステップの後、検知溶液の吸光度を求める第2ステップと、求めた吸光度のスペクトルの状態により気体中に含まれる揮発性有機物質の定性を行う第3ステップとを備える。
【0012】
上記揮発性有機物質の測定方法において、第1ステップでは、ガラスからなる透明な多孔体の孔内に検知溶液を配置した検知素子を気体中に曝し、第2ステップでは、検知素子の光透過率を測定することで吸光度を求めるようにしてもよい。
【0013】
上記揮発性有機物質の測定方法において、第3ステップでは、既知の揮発性有機物質に対して得られた既知スペクトルとスペクトルとを比較することで定性を行うようにすればよい。
【0014】
また、本発明に係る揮発性有機物質の測定方法は、シッフ試薬と硫酸とが溶解した水溶液からなる第1検知溶液、およびシッフ試薬とリン酸とが溶解した水溶液からなる第2検知溶液を測定対象の気体中に曝す第1ステップと、第1検知溶液の呈色変化および第2検知溶液の呈色変化を目視により観測する第2ステップと、第1検知溶液の呈色変化および第2検知溶液の呈色変化により、気体中に含まれる、ホルムアルデヒド,プロピオンアルデヒド,n−ノニルアルデヒド,ベンズアルデヒド,スチレン,イソプレン,α−ピネン,リモネン,および,2−メチル−3−ブテン−2−オールの中より選択された揮発性有機物質の定性を行う第3ステップとを少なくとも備える。
【0015】
また、本発明に係る揮発性有機物質の測定方法は、シッフ試薬と酸とが溶解した水溶液からなる検知溶液がガラスからなる透明な多孔体の孔内に配置された検知素子を測定対象の気体中に曝す第1ステップと、第1ステップの後、検知素子をカラー撮像装置で撮像することにより得られた検知素子のカラー画像データよりこのカラー画像データを構成するRGBの各色の濃度値よりなるRGB解析結果を得る第2ステップと、得られたRGB解析結果により気体中に含まれる揮発性有機物質の定性を行う第3ステップとを備える。
【0016】
上記揮発性有機物質の測定方法において、第1ステップでは、シッフ試薬と硫酸とが溶解した水溶液からなる第1検知溶液がガラスからなる透明な多孔体の孔内に配置された第1検知素子と、シッフ試薬とリン酸硫酸とが溶解した水溶液からなる第2検知溶液がガラスからなる透明な多孔体の孔内に配置された第2検知素子を測定対象の気体中に曝し、第2ステップでは、第1検知素子より第1RGB解析結果を取得し、第2検知素子より第2RGB解析結果を取得し、第3ステップでは、第1RGB解析結果と第2RGB解析結果とを比較することで、気体中に含まれる揮発性物質の定性を行うようにしてもよい。
【0017】
上記揮発性有機物質の測定方法において、第1ステップでは、ガラスからなる透明な多孔体の孔内に第1検知溶液および第2検知溶液を配置した第1検知素子および第2検知素子を気体中に曝し、第2ステップでは、第1検知素子および第2検知素子の呈色変化を目視により観測することで、第1検知溶液の呈色変化および第2検知溶液の呈色変化としてもよい。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように、本発明によれば、シッフ試薬と酸とが溶解した水溶液からなる検知溶液の吸光度スペクトルなどの呈色変化の状態により、揮発性有機物質の定性を行うようにしたので、複数の揮発性有機物質の定性がより迅速に行えるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1A】図1Aは、本発明の実施の形態1における揮発性有機物質の測定方法を説明するための工程図である。
【図1B】図1Bは、本発明の実施の形態1における揮発性有機物質の測定方法を説明するための工程図である。
【図2A】図2Aは、本発明の実施の形態2における揮発性有機物質の測定方法を説明するための工程図である。
【図2B】図2Bは、本発明の実施の形態2における揮発性有機物質の測定方法を説明するための工程図である。
【図2C】図2Cは、本発明の実施の形態2における揮発性有機物質の測定方法を説明するための工程図である。
【図2D】図2Dは、本発明の実施の形態2における揮発性有機物質の測定方法を説明するための工程図である。
【図2E】図2Eは、本発明の実施の形態2における揮発性有機物質の測定方法を説明するための工程図である。
【図3】図3は、実施の形態2における吸光度の測定(吸光光度分析)結果を示す特性図である。
【図4】図4は、実施の形態2における吸光度の測定(吸光光度分析)結果を示す特性図である。
【図5】図5は、本発明の実施の形態4における揮発性有機物質の測定方法を説明するための工程図である。
【図6】図6は、実施の形態4における第1検知素子をカラー撮像装置で撮像して得られたカラー画像データのRGB解析結果を示す特性図である。
【図7】図7は、実施の形態4における第2検知素子をカラー撮像装置で撮像して得られたカラー画像データのRGB解析結果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
[実施の形態1]
はじめに、本発明の実施の形態1について説明する。まず、図1Aに示すように、シッフ試薬と酸とが溶解した水溶液からなる検知溶液101を用意する。例えば、塩基性フクシンより作製されたシッフ試薬5.0ミリリットルと、リン酸1ミリリットルとを水に溶解して全量を11ミリリットルとすることで、検知溶液101が作製できる。これは、上述した酸が、リン酸の場合である。
【0021】
また、シッフ試薬5.0ミリリットルと、濃硫酸1ミリリットルとを水に溶解して全量を11ミリリットルとした検知溶液を用いるようにしてもよい。これは、前述した酸が、硫酸の場合である。
【0022】
ここで、シッフ試薬について説明する。まず、塩基性フクシン0.2gを120ミリリットルの熱水(熱湯)に溶解させ、これらを冷却した後、無水亜硫酸ナトリウム2.0gおよび濃塩酸(例えば12N)2ミリリットルを加えて水で200ミリリットルに希釈して上記シッフ試薬とすればよい。
【0023】
次に、用意した検知溶液101を、これと反応しない材料から構成された容器102の中に収容し、測定対象の揮発性有機物質のガスが存在する空気(期待)に、検知溶液101が曝された状態とする(第1ステップ)。
【0024】
例えば、図1Aに示すように、測定対象の空気をエアポンプ103により輸送管104を介して検知溶液101の中に輸送し、輸送した空気を液中に放出して多数の気泡を形成させる。なお、エアポンプ103は、例えば、シリコーン性のチューブを用いたチューブポンプである。このように、測定対象の空気が輸送される経路が、測定対象の不飽和炭化水素ガスが吸着しない材料から構成されているエアポンプが好適である。
【0025】
以上のようにして、測定対象の空気に検知溶液101を曝した後、図1Bに示すように、容器102に収容された検知溶液101の吸光度を測定する(第2ステップ)。吸光度の測定では、例えば、図1Bに示すように、容器102の横方向より光強度I0の入射光を透過させた透過光の強度Iを測定し、これらより吸光度(=log10(I0/I))を求める。これは、検知溶液101の呈色変化を、吸光光度法により観測していることになる。
【0026】
このようにして吸光度を求めたら、求められた吸光度のスペクトルにより空気中に含まれる揮発性有機物質(ガス)の定性を行う(第3ステップ)。吸光度のスペクトルは、揮発性有機物に固有の特徴を備えているため、揮発性有機物の定性ができる。例えば、検知溶液101を既知の揮発性有機物質に曝した結果得られた既知スペクトルと、上述しようにすることで得られたスペクトルとを比較すればよい。既知スペクトルに一致するスペクトルが得られた場合、測定対象の空気に、既知スペクトルに対応する揮発性有機物が含まれていることが同定できる。また、本実施の形態では、1種類の検知溶液により揮発性有機物質に対応して異なるスペクトルが得られるので、複数の揮発性有機物質の定性が1種類の検知溶液で行え、より迅速な測定(分析)が可能である。
【0027】
[実施の形態2]
次に、本発明の実施の形態2について説明する。以下では、本実施の形態2における検知素子の作製とともに、揮発性有機物質の測定方法について説明する。
【0028】
まず、検知素子の作製について説明すると、図2Aに示すように、シッフ試薬と酸とが溶解した水溶液からなる検知溶液201を、容器202の中に作製する。例えば、塩基性フクシンより作製されたシッフ試薬5.0ミリリットルとリン酸1ミリリットルとを水に溶解して全量を11ミリリットルとすることで、検知溶液201が作製できる。これは、上述した酸が、リン酸の場合である。また、シッフ試薬5.0ミリリットルと濃硫酸1ミリリットルとを水に溶解して全量を11ミリリットルとした検知溶液を用いるようにしてもよい。これは、上述した酸が、硫酸の場合である。
【0029】
次に、図1Bに示すように、検知溶液201に、平均孔径4nmの多孔質ガラスである多孔体203を浸漬する。多孔体203は、例えば、コーニング社製のバイコール#3970である。バイコール#3970は平均孔径4nmの複数の細孔を有する多孔体である。また、多孔体203は、例えば、8(mm)×8(mm)で厚さ1(mm)のチップサイズである。なお、多孔体203は、平均孔径が20nm以下であるとよい。また、ここでは検知素子203を板状としたが、これに限るものではなく、ファイバ状に形成しても良い。
【0030】
多孔体203をガラス(硼珪酸ガラス)から構成した場合、この平均孔径を20nm以下とすることで、可視UV波長領域(波長200〜2000nm)での透過スペクトルの測定において、可視光領域(350〜800nm)では光が透過する。しかし、平均孔径が20nmを越えて大きくなると、可視領域で急激な透過率の減少が観測されることが判明している(特許文献3参照)。このことにより、多孔体は、平均孔径が20nm以下とした方がよい。一方、ガスの検出を可能とするためには、平均孔径が、検知剤及び測定対象のガスの分子より大きくなければならない。従って、平均孔径の下限は、検知剤や測定対象ガスの分子が浸入可能な最小値の2nmである。なお、本実施の形態における多孔体203の比表面積は1g当たり100m2以上である。
【0031】
上述した多孔体203を検知溶液201に24時間浸漬し、多孔体203の孔内に検知溶液を含浸させた後、検知溶液が含浸した多孔体203を風乾し、図2Cに示すように、窒素ガス気流中に24時間放置して乾燥し、検知素子203aを作製する。
【0032】
従って、検知素子203aには、上述した検知溶液を構成する各成分からなる検知剤が導入され、検知素子203aの多孔質の細孔内に検知剤が担持されているものとなる。よく知られているように、多孔体203は、複数の細孔を備える。これら細孔は、多孔体203の表面の開口部から内部にまで連結した貫通細孔である。また、検知剤は、検知素子203aが配置される雰囲気(大気)の湿度の存在により細孔内に吸着する水分を含み、細孔の内壁に薄い水(検知溶液)の膜を形成しているものとも考えられる。
【0033】
なお、担持とは、検知溶液を構成する各物質が、化学的,物理的,または電気的に担体(基材)と結合している状態を示し、例えば、多孔体の孔内に検知溶液(検知剤)が滲入し、孔内の壁面が検知剤で被覆され、および/または、孔内の側壁に検知剤が被着したような状態を示す。
【0034】
このように構成された検知素子203aによれば、孔内にガス状の揮発性有機物が浸入することで、後述するように光吸収の状態が変化する。孔内に揮発性有機物(ガス)が浸入すると、孔内に配置された検知剤(検知溶液)が、浸入した揮発性有機物と反応する。この反応の結果、検知素子203aの光学特性が変化する。
【0035】
次に、検知素子203aを用いた揮発性有機物質の測定方法について説明する。
【0036】
まず、図2Dに示すように、例えば、揮発性有機物のガスが存在する測定対象の空気204中に、検知素子203aを例えば1時間曝露する(第1ステップ)。この曝露は、室温(約20℃)の状態で行う。この後、測定後の検知素子203aを測定対象の空気204中より取り出し、図2Eに示すように、測定後の検知素子203aの厚さ方向の吸光度を測定して吸光度を求める(第2ステップ)。例えば、光強度I0の入射光を透過させた透過光の強度Iを測定し、これらより吸光度(=log10(I0/I))を求める。このように、検知素子203aの光透過率を測定することで吸光度を求めることができる。
【0037】
このようにして吸光度を求めたら、求められた吸光度のスペクトルにより空気中に含まれる揮発性有機物質の定性を行う(第3ステップ)。吸光度のスペクトルは、揮発性有機物に固有の特徴を備えているため、揮発性有機物の定性ができる。
【0038】
上述した吸光度の測定(吸光光度分析)結果を図3,4に示す。なお透過光測定波長350nm以下の吸収は、検知素子を構成する多孔質ガラス(バイコール#3970)自体の吸収である。図3は、酸としてリン酸を用いた検知溶液による検知素子の結果を示し、図4は、酸として硫酸を用いた検知溶液による検知素子の結果を示している。また、n−ノニルアルデヒドのスペクトルは細い実線で示し、プロピオンアルデヒドのスペクトルは、細い点線で示し、スチレンのスペクトルは、細い一点鎖線で示し、リモネンのスペクトルは細い2点鎖線で示している。また、α−ピネンのスペクトルは、太い実線で示し、2−メチル−3−ブテン−2−オールのスペクトルは、太い点線で示し、ベンズアルデヒドは、太い一点鎖線で示している。
【0039】
図3,4に示すように、いずれの検知溶液を用いた場合においても、揮発性有機物毎に固有のスペクトルを有しており、これらの違いにより、各揮発性有機物の定性を行うことが可能となる。また、本実施の形態によれば、1種類の検知溶液により揮発性有機物質に対応して異なるスペクトルが得られるので、複数の揮発性有機物質の定性が1種類の検知溶液で行え、より迅速な測定(分析)が可能である。なお、検知素子203aの光透過率を測定において、対象として多孔体203を用いることで、多孔質ガラス自体の吸収を除いた検知溶液(検知剤)のスペクトルを得ることができる。
【0040】
[実施の形態3]
次に、本発明の実施の形態3について説明する。
【0041】
本実施の形態では、第1ステップでシッフ試薬と酸とが溶解した水溶液からなる検知溶液を測定対象の気体中に所定時間曝し、この後の第2ステップで、検知溶液の呈色変化を求め、第3ステップで、求められた呈色変化の状態により気体中に含まれる揮発性有機物質の定性を行う中で、まず、第1ステップでは、シッフ試薬と硫酸とが溶解した水溶液からなる第1検知溶液、およびシッフ試薬とリン酸とが溶解した水溶液からなる第2検知溶液を測定対象の気体中に、設定されている時間曝す。
【0042】
次に、第2ステップは、第1検知溶液の呈色変化および第2検知溶液の呈色変化を目視により観測する。この後、第3ステップは、第1検知溶液の呈色変化および第2検知溶液の呈色変化により、気体中に含まれる、ホルムアルデヒド,プロピオンアルデヒド,n−ノニルアルデヒド,ベンズアルデヒド,スチレン,イソプレン,α−ピネン,リモネン,および,2−メチル−3−ブテン−2−オールの中より選択された揮発性有機物質の定性を行うようにした。
【0043】
以下、本実施の形態における揮発性有機物質の測定方法について、ガラスからなる透明な多孔体の孔内に各々の検知溶液を配置(含浸)した2つの検知素子を用いた場合について、各検知素子の作製とともに説明する。
【0044】
はじめに、第1検知溶液による検知素子Aの作製について説明する。まず、塩基性フクシン0.2gを120ミリリットルの熱水(熱湯)に溶解させ、これらを冷却した後、無水亜硫酸ナトリウム2.0gおよび濃塩酸(例えば12N)2ミリリットルを加えて水で200ミリリットルに希釈したシッフ試薬を作製する。次に、作製したシッフ試薬5.0ミリリットルと濃硫酸1ミリリットルとを水に溶解して全量を11ミリリットルとした第1検知溶液を作製する。次に、作製した第1検知溶液に多孔質ガラスからなる多孔体を浸漬し、これを風乾することで、検知素子Aとする。これらの検知素子の作製は、前述した実施の形態2と同様である。
【0045】
次に、第2検知溶液による検知素子Bの作製について説明する。上述したようにして作製したシッフ試薬5.0ミリリットルとリン酸1ミリリットルとを水に溶解して全量を11ミリリットルとした第2検知溶液を作製する。次に、作製した第2検知溶液に多孔質ガラスからなる多孔体を浸漬し、これを風乾することで、検知素子Bとする。これらの検知素子の作製も、前述した実施の形態2と同様である。
【0046】
次に、作製した検知素子Aおよび検知素子Bを、2000ppmの揮発性有機物(ガス)を含む雰囲気(空気)に8時間曝露する。揮発性有機物は、ベンゼン,トルエン,キシレン,メタノール,2−ブタノン,酢酸,酢酸エチル,ホルムアルデヒド,プロピオンアルデヒド,n−ノニルアルデヒド,ベンズアルデヒド,スチレン,イソプレン,α−ピネン,リモネン,および2−メチル−3−ブテン−2−オールである。
【0047】
ここで、以下の表1に、各揮発性有機物に対する検知素子A,検知素子Bの初期の色と、揮発性有機物に曝した後の色と、初期と曝した後の色の変化の有無について示す。なお、色は、目視による観察の結果である。
【0048】
【表1】

【0049】
表1から明らかなように、ベンゼン、トルエン、キシレン、メタノール、2−ブタノン、酢酸、酢酸エチル、イソプレンは、いずれも色の変化が起きていない。このため、これらは、上述した検知素子を用いた目視の判断では測定ができない揮発性有機物である。
【0050】
一方、ホルムアルデヒド、プロピオンアルデヒド、n−ノニルアルデヒド、ベンズアルデヒド、スチレン、α−ピネン、リモネン、2−メチル−3−ブテン−2−オールにおいては、色の変化が目視により観察される。この中で、まず、ベンズアルデヒドおよび2−メチル−3−ブテン−2−オールは、検知素子Aおよび検知素子Bにおいて、同じ色変化(色呈)をしている。ベンズアルデヒドは、両検知素子とも茶色に変化し、2−メチル−3−ブテン−2−オールは、両検知素子で、緑色に変化している。
【0051】
次に、プロピオンアルデヒドおよびn−ノニルアルデヒドは、検知素子Aと検知素子Bとで異なる色変化をしている。ただし、両者とも、検知素子Aでは青紫色に変化し、検知素子Bでは青色に変化している。
【0052】
次に、ホルムアルデヒドは、検知素子Aでは、紫色に変化し、検知素子Bでは、青紫色に変化している。
【0053】
次に、スチレンは、検知素子Aでは、青色に変化し、検知素子Bでは、緑色に変化している。
【0054】
次に、イソプレンは、検知素子Aでは、褐色に変化し、検知素子Bでは、黄色に変化している。
【0055】
次に、α−ピネンは、検知素子Aでは、黒茶色に変化し、検知素子Bでは、黄色に変化している。
【0056】
次に、リモネンは、検知素子Aでは、群青色に変化し、検知素子Bでは、茶色に変化している。
【0057】
以上のことから明らかなように、ホルムアルデヒド,プロピオンアルデヒド,n−ノニルアルデヒド,ベンズアルデヒド,スチレン,イソプレン,α−ピネン,リモネン,および,2−メチル−3−ブテン−2−オールについては、検知素子Aと検知素子Bとで各々色変化が異なるので、これらの物質は区別することが可能であり、定性が可能である。ただし、プロピオンアルデヒドおよびn−ノニルアルデヒドは、目視の判断では区別がつかないため、これらが共存している場合は定性ができない。
【0058】
[実施の形態4]
次に、本発明の実施の形態4について説明する。本実施の形態では、前述した実施の形態2における検知素子を用いて揮発性有機物質の測定を行う。
【0059】
まず、前述した実施の形態2と同様にすることで、シッフ試薬と酸とが溶解した水溶液からなる検知溶液がガラスからなる透明な多孔体の孔内に配置された検知素子を用意する。
【0060】
次に、図2Dに示すように、例えば、揮発性有機物のガスが存在する測定対象の空気204中に、検知素子203aを例えば1時間曝露する(第1ステップ)。この曝露は、例えば、室温(約20℃)の状態で行う。この後、測定後の検知素子203aを測定対象の空気204中より取り出し、図5に示すように、測定後の検知素子203aをカラー撮像装置501で撮像する。カラー撮像装置501は、例えば、いわゆるカラーフィルタと、このカラーフィルタを透過した光を電気信号に変換する固体撮像素子とを有する画素を備え、このような複数の画素が2次元的に配列されて構成されているものである。
【0061】
上述したカラー撮像装置501の撮像により得られた検知素子203aのカラー画像データ(例えば、RGBビットマップ画像)よりこのカラー画像データを構成するRGBの各色の濃度値(信号強度)よりなるRGB解析結果を得る(第2ステップ)。このようにして得られたRGB解析結果により気体中に含まれる揮発性有機物質の定性を行う(第3ステップ)。RGB解析結果は、吸光度のスペクトルと同様に、揮発性有機物に固有の特徴を備えているため、揮発性有機物の定性ができる。
【0062】
以下、より詳細に説明する。まず、検知素子について説明する。例えば、塩基性フクシン0.2gを120mlの熱湯に溶解し、冷却した後、無水亜硫酸ナトリウム2gと濃塩酸2mlを加えて溶解させ無色のシッフ試薬を作製する。このシッフ試薬5mlと濃硫酸1mlに水を加え11mlとし、第1検知溶液を作製する。この第1検知溶液に孔径4nmの多孔質ガラス(コーニングバイコール多孔質ガラス#3970)を含浸させ(24時間)、乾燥窒素中で24時間乾燥させることで、第1検知素子を得る。
【0063】
また、塩基性フクシン0.2gを120mlの熱湯に溶解し、冷却した後、無水亜硫酸ナトリウム2gと濃塩酸2mlを加えて溶解させ無色のシッフ試薬を作製する。このシッフ試薬5mlとリン酸1mlに水を加え11mlとし、第2検知溶液を作製する。この第2検知溶液に孔径4nmの多孔質ガラス(コーニングバイコール多孔質ガラス#3970)を含浸させ(24時間)、乾燥窒素中で24時間乾燥させることで、第2検知素子を得る。
【0064】
次に、上述した第1検知素子および第2検知素子を、揮発性有機物のガスが存在する測定対象の空気中に8時間曝露する。揮発性有機物は、ベンゼン、トルエン、キシレン、メタノール、2−ブタノン、酢酸、酢酸エチル、ホルムアルデヒド、プロピオンアルデヒド、n−ノニルアルデヒド、ベンズアルデヒド、スチレン、イソプレン、α-ピネン、リモネン、2−メチル−3−ブテン−2−オールである。
【0065】
次に、上述した測定の結果について説明する。はじめに、各検知素子の呈色変化を目視により観測した結果について説明する。まず、ベンゼン,トルエン,キシレン,メタノール,2−ブタノン,酢酸,酢酸エチル,およびイソプレンは、目視では色の変化が観察されない。これらに対し、ホルムアルデヒド,プロピオンアルデヒド,n−ノニルアルデヒド,ベンズアルデヒド,スチレン,α-ピネン,リモネン,および2−メチル−3−ブテン−2−オールは、目視により色の変化が観察される。
【0066】
また、プロピオンアルデヒドおよびn−ノニルアルデヒドは、第1検知素子と第2検知素子とで同じ色変化が観察されるが、ホルムアルデヒドとは異なる色変化が観察され、区別(定性)が可能である。また、ベンズアルデヒドは、ホルムアルデヒド,プロピオンアルデヒド,n−ノニルアルデヒドとは色変化が異なり、区別(定性)することができる。
【0067】
また、第2検知素子では、スチレンが青色を示し、リモネンが群青色を示すため、色の判別が容易ではない。これに対し、第1検知素子では、スチレンは緑色を示し、リモネンは茶色を示すため、色の判別が可能である。従って、スチレンおよびリモネンは、2つの検知素子を組み合わせることで、明確に区別(定性)することが可能である。
【0068】
ところで、上述した目視観察による分析では、観測者の主観が入る。この主観による個人差を除くため、各検知素子を測定対象の空気に暴露した後、カラー撮像装置で撮像してカラー画像データを収得し、取得したカラー画像データにおけるRGB解析を行う。図6は、第1検知素子をカラー撮像装置で撮像して得られたカラー画像データのRGB解析結果を示す特性図である。また、図7は、第2検知素子をカラー撮像装置で撮像して得られたカラー画像データのRGB解析結果を示す特性図である。いずれも、B値を1として規格化している。
【0069】
用いるカラー撮像装置は、コニカミノルタ製「DimageXg」である。また、光源として「kingデジタルコピースタンドLV−5」(株式会社浅沼商会)の照明の下で各検知素子の撮像を行う。また、RGB解析は、撮像により得られたカラー画像データにおける各検知素子の中心部の5×5(mm)の領域で行う。
【0070】
測定の対象とする空気に含まれている揮発性有機物は、ホルムアルデヒド,プロピオンアルデヒド,n−ノニルアルデヒド,ベンズアルデヒド,スチレン,α-ピネン,リモネン,および2−メチル−3−ブテン−2−オールである。なお、図6,図7において、「曝露前」は、測定対象の空気に晒す前のカラー撮像装置で撮像して得られたカラー画像データのRGB解析結果である。
【0071】
ここで、図6に示すように、第1検知素子を用いた測定におけるRGB解析結果では、プロピオンアルデヒドおよびn−ノニルアルデヒドが、類似のパターンを示す。また、第1検知素子の場合、ベンズアルデヒド,α-ピネン,およびリモネンが、類似のパターンを示す。また、第1検知素子の場合、スチレンおよび2−メチル−3−ブテン−2−オールが、類似のパターンを示す。これらに対し、ホルムアルデヒドは、特有のパターンを示す。従って、第1検知素子を用いた測定におけるRGB解析では、ホルムアルデヒドの定性が行えることを示している。
【0072】
一方、第2検知素子を用いた測定におけるRGB解析結果では、いずれも特有のパターンを示しており、測定の対象とした各揮発性有機物の定性が行えることを示している。このように、検知素子のカラー画像を収得してRGB解析処理を行うことで、より客観的に精度良く検知物質を同定(定性)できることが明らかである。
【0073】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではない。本発明は、発明者らが、シッフ試薬と酸を組み合わせた検知溶液が、揮発性有機物質(ガス)により呈色状態が異なることを見いだし、また、シッフ試薬と酸を組み合わせた検知溶液が、組み合わせる酸の違いにより、同じ揮発性有機物質(ガス)に曝しても(反応させても)、呈色状態が異なることを見いだした結果なされたものである。従って、上述した本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形が実施可能であることは明白である。
【0074】
例えば、シッフ試薬に加える酸として、硫酸およびリン酸を用いた場合について説明したが、これに限るものではなく、例えば、ギ酸,シュウ酸,塩酸やなどの他の酸を用いることも可能である。なお、塩酸は、蒸気圧が高いために揮発しやすく、長期の保存に向かない。
【0075】
また、上述では、シッフ試薬と硫酸を組み合わせた検知溶液とシッフ試薬とリン酸を組み合わせた検知溶液の、2種類の検知溶液を用いる場合について説明したが、これに限るものではない。シッフ試薬と異なる酸とを組み合わせた3種類以上の検知溶液を用い、得られる3種類以上の検知溶液の呈色変化により揮発性有機物質の定性を行うようにしてもよい。例えば、シッフ試薬と硫酸を組み合わせた検知溶液およびシッフ試薬とリン酸を組み合わせた検知溶液以外の第3の検知溶液において、プロピオンアルデヒドおよびn−ノニルアルデヒドとの反応による呈色が目視により識別できれば、これらの定性(同定)も可能となる。
【0076】
また、上述では、濃塩酸を用いてシッフ試薬を作製したが、これに限るものではなく、シッフ試薬は、よく知られている方法により、フクシンより作製されていればよい。例えば、塩基性フクシン(フクシン塩素塩)が溶解している水溶液に亜硫酸を加え、これに二酸化硫黄が飽和している水溶液を加えることで脱色して作製してもよい。
【符号の説明】
【0077】
101…検知溶液、102…容器、103…エアポンプ、104…輸送管。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シッフ試薬と酸とが溶解した水溶液からなる検知溶液を測定対象の気体中に曝す第1ステップと、
第1ステップの後、前記検知溶液の吸光度を求める第2ステップと、
求めた吸光度のスペクトルの状態により前記気体中に含まれる揮発性有機物質の定性を行う第3ステップと
を備えることを特徴とする揮発性有機物質の測定方法。
【請求項2】
請求項1記載の揮発性有機物質の測定方法において、
前記第1ステップでは、ガラスからなる透明な多孔体の孔内に前記検知溶液を配置した検知素子を前記気体中に曝し、
前記第2ステップでは、前記検知素子の光透過率を測定することで前記吸光度を求める
ことを特徴とする揮発性有機物質の測定方法。
【請求項3】
請求項1または2記載の揮発性有機物質の測定方法において、
前記第3ステップでは、既知の揮発性有機物質に対して得られた既知スペクトルと前記スペクトルとを比較することで定性を行う
ことを特徴とする揮発性有機物質の測定方法。
【請求項4】
シッフ試薬と硫酸とが溶解した水溶液からなる第1検知溶液、およびシッフ試薬とリン酸とが溶解した水溶液からなる第2検知溶液を測定対象の気体中に曝す第1ステップと、
前記第1検知溶液の呈色変化および前記第2検知溶液の呈色変化を目視により観測する第2ステップと、
前記第1検知溶液の呈色変化および前記第2検知溶液の呈色変化により、前記気体中に含まれる、ホルムアルデヒド,プロピオンアルデヒド,n−ノニルアルデヒド,ベンズアルデヒド,スチレン,イソプレン,α−ピネン,リモネン,および,2−メチル−3−ブテン−2−オールの中より選択された揮発性有機物質の定性を行う第3ステップと
を少なくとも備えることを特徴とする揮発性有機物質の測定方法。
【請求項5】
請求項4記載の揮発性有機物質の測定方法において、
前記第1ステップでは、ガラスからなる透明な多孔体の孔内に前記第1検知溶液および前記第2検知溶液を配置した第1検知素子および第2検知素子を前記気体中に曝し、
前記第2ステップでは、前記第1検知素子および第2検知素子の呈色変化を目視により観測することで、前記第1検知溶液の呈色変化および前記第2検知溶液の呈色変化とする
ことを特徴とする揮発性有機物質の測定方法。
【請求項6】
シッフ試薬と酸とが溶解した水溶液からなる検知溶液がガラスからなる透明な多孔体の孔内に配置された検知素子を測定対象の気体中に曝す第1ステップと、
第1ステップの後、前記検知素子をカラー撮像装置で撮像することにより得られた前記検知素子のカラー画像データよりこのカラー画像データを構成するRGBの各色の濃度値よりなるRGB解析結果を得る第2ステップと、
得られたRGB解析結果により前記気体中に含まれる揮発性有機物質の定性を行う第3ステップと
を備えることを特徴とする揮発性有機物質の測定方法。
【請求項7】
請求項6記載の揮発性有機物質の測定方法において、
前記第1ステップでは、シッフ試薬と硫酸とが溶解した水溶液からなる第1検知溶液がガラスからなる透明な多孔体の孔内に配置された第1検知素子と、シッフ試薬とリン酸硫酸とが溶解した水溶液からなる第2検知溶液がガラスからなる透明な多孔体の孔内に配置された第2検知素子を測定対象の気体中に曝し、
前記第2ステップでは、前記第1検知素子より第1RGB解析結果を取得し、前記第2検知素子より第2RGB解析結果を取得し、
前記第3ステップでは、前記第1RGB解析結果と前記第2RGB解析結果とを比較することで、前記気体中に含まれる揮発性物質の定性を行う
ことを特徴とする揮発性有機物質の測定方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図2E】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−154014(P2011−154014A)
【公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−58395(P2010−58395)
【出願日】平成22年3月15日(2010.3.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年1月5日 社団法人 電子情報通信学会発行の「電子情報通信学会技術研究報告」に発表
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】