説明

摂食・嚥下改善食品

【課題】 安全で嗜好性に影響されることが少なく幅広い患者に適用できる可能性をもち、嚥下反射の惹起性を改善し、嚥下機能の回復を促進する、摂食・嚥下改善食品を提供する。
【解決手段】 本発明の摂食・嚥下改善食品は、1×10-6〜1×10-1M、好ましくは1×10-3〜1×10-1Mのメントールを含有する。該メントールは、合成されたメントールであることが好ましい。本発明の摂食・嚥下改善食品の形態は、粉末状、液状、ゼリー状、ムース状、ペースト状、とろみ状およびシロップ状から選ばれる形態であることが好ましく、冷却して摂取されることが好ましい。このような本発明の摂食・嚥下改善食品は、嚥下障害を改善するための摂食・嚥下訓練に好適に用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嚥下機能を向上させるために行なわれる摂食・嚥下訓練に有用な摂食・嚥下改善食品に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化社会の到来に伴い、脳卒中などの後遺症による嚥下障害患者が急増している。嚥下障害患者は、本来日常的な営みであるべき「食べること」に障害を有し、その楽しみを喪失するばかりではなく、脱水、低栄養、窒息といった重篤な結果を招く危険性を孕んでいる。とりわけ、嚥下機能に障害があると、食べ物を口に入れても直ぐには嚥下反射が起こらず一定時間食べ物が口腔内や咽頭に滞留してしまうという症状が観察され、このような症状によって食べ物が誤って気管に入ってしまう「誤嚥」を起こしやすくなる。そして、これを繰り返す結果、誤嚥性肺炎を発症するケースが非常に多い。
【0003】
このような背景から、臨床現場では嚥下機能を向上させるための様々な訓練がなされている。現在、嚥下障害患者の嚥下機能を向上させるために実施されている摂食・嚥下訓練は、飲食物を用いずに行う「間接訓練(基礎訓練)」と実際に飲食物を使用する「直接訓練」とに分けられる。前者の具体例としては、咽頭粘膜の知覚受容体を咽頭鏡や綿棒などで刺激して嚥下反射を誘発する訓練などがあり、食べ物を用いないので、訓練中の誤嚥や窒息による危険性が低く比較的安全に実施できるという利点がある。一方、後者の「直接訓練」は、実際に飲み物や食べ物を使用するので誤嚥の危険性が存在するものの、得られる訓練効果は大きく、また、摂食できるようになるまでに必ず通過しなければならない訓練であることから、一定の安全性が確保される患者に対して実施されている。
【0004】
従来、嚥下機能を改善するための直接訓練には、通常、少量の冷却飲用水や、例えば、食しやすい形態(とろみ状、ゼリー状、ムース状、ペースト状などの形態)の食べ物などが使用されていたが、それらは形態や温度を嚥下しやすいように工夫しただけであり、積極的に嚥下反射を促すものではなかった。
【0005】
これまでに、飲食物に嚥下反射を誘発することのできる物質を含有させて、嚥下機能を向上させることが提案されている。嚥下反射を誘発しうる物質としては、具体的には、例えば、ポリフェノールを有効成分とする嚥下障害改善剤(特許文献1参照)や、ブラックペッパー精油の揮発成分を有効成分とする嚥下障害改善剤(特許文献2参照)や、サブスタンスP分泌促進作用物質に、アンジオテンシン変換酵素阻害作用物質もしくはサブスタンスP分解阻害作用物質および/またはドーパミン分泌促進作用物質を配合してなる嚥下反射障害改善用組成物(特許文献3参照)が提案されている。
【0006】
【特許文献1】特開2004−107285号公報
【特許文献2】特許第3762969号公報
【特許文献3】国際公開第2004/058301号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前述した特許文献1〜3で開示されている嚥下反射を促す物質は、いずれも嚥下機能改善効果は期待できるものの、副作用が懸念されたり、嗜好性の点で刺激が強いなど、患者によっては摂取が難しい場合があった。例えば、特許文献3に記載のアンジオテンシン変換酵素阻害作用物質は降圧剤の1種であるため、通常血圧や低血圧の患者に対する投与は憚られるし、特許文献2に記載のブラックペッパー精油はスパイシーで刺激が強いものであるので、患者の嗜好によっては摂取が難しい場合がある。
【0008】
そこで、本発明の課題は、安全で嗜好性に影響されることが少なく幅広い患者に適用できる可能性をもち、嚥下反射の惹起性を改善し、嚥下機能の回復を促進する、摂食・嚥下改善食品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、これまで清涼化剤や防腐効果増強剤などとして知られており、嗜好的に幅広い人に好感を持たれやすいメントールに着目し、このメントールが、その刺激により嚥下障害患者の嚥下反射の惹起性を改善し、嚥下機能の回復を促すのに有効である、という新たな事実を見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明の摂食・嚥下改善食品は、以下の構成からなる。
(1)1×10-6〜1×10-1Mのメントールを含有する、ことを特徴とする摂食・嚥下改善食品。
(2)1×10-3〜1×10-1Mのメントールを含有する前記(1)記載の摂食・嚥下改善食品。
(3)メントールが合成されたメントールである前記(1)または(2)に記載の摂食・嚥下改善食品。
(4)粉末状、液状、ゼリー状、ムース状、ペースト状、とろみ状およびシロップ状から選ばれる形態である前記(1)〜(3)のいずれかに記載の摂食・嚥下改善食品。
(5)冷却して摂取される前記(1)〜(4)のいずれかに記載の摂食・嚥下改善食品。
(6)摂食・嚥下障害を改善するための訓練に用いられる前記(1)〜(5)のいずれかに記載の摂食・嚥下改善食品。
【0011】
なお、メントールを清涼化剤や防腐効果補強剤として用いた例として、1)特開2003−95981号公報には、樹脂製剤であるコレスチミド、ポリカルボフィルおよびその塩類からなる群より選ばれる1種と清涼化剤であるメントールを含有する医薬組成物が、2)国際公開第01/066083号パンフレットには、カラギーナン、糖アルコール、ソルビン酸および防腐効果増強剤としてのメントールを配合してなるpHが4〜9の経口用ゲル製剤が、それぞれ提案されている。
【0012】
前記1)は、服用量の多さや化学的な膨潤によって服用しにくい薬剤に対して清涼化剤であるメントールを配合することにより、服用時の嚥下困難感を和らげ、服用しやすくしたものである。したがって、その形態は、錠剤、カプセル剤、顆粒剤といった一般に薬剤に採用される形態となっており、嚥下障害患者の嚥下機能回復訓練には適さない。また、前記2)では、メントールは、ソルビン酸などの防腐剤とともに防腐効果補強剤として配合されている。つまり、前記1)、2)いずれの場合も、嚥下障害時の嚥下反射機構への効果は全く意図されておらず、本発明とは明らかに目的が異なっている。
【発明の効果】
【0013】
本発明の摂食・嚥下改善食品を用いて摂食・嚥下障害を改善するための訓練(直接訓練)を行うことにより、嚥下反射の惹起性を改善し、嚥下機能の回復を促進することができる。そして、これにより、肺炎等の原因となる誤嚥のリスクを軽減することができる。また、本発明の摂食・嚥下改善食品は、安全で嗜好性に影響されることが少なく幅広い嚥下障害患者に適用することができる、という効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の摂食・嚥下改善食品は、1×10-6〜1×10-1M、好ましくは1×10-3〜1×10-1Mのメントールを含有する。これにより、嚥下反射の惹起性を改善し、嚥下機能の回復を促進することができる。メントールの濃度が前記範囲よりも低すぎると、嚥下反射の惹起性を改善するという効果が不充分になり、一方、メントールの濃度が前記範囲よりも高すぎると、臭気や刺激(ハッカ臭など)が強すぎて食に適さなくなったり、溶解させることが困難なため均一な食品にすることが難しくなる傾向がある。
【0015】
メントールは、環式モノテルペンもしくはアルコールの1種であり、p−メンタン−3−オールとも称される。メントールにはいくつかのジアステレオマー、鏡像異性体があるが、本発明においては特にそれらを区別する必要はなく、それらが単離されたものであってもよいし、混合物であってもよい。最も一般的で好ましいメントールとしては、下記式に示す構造を有するl−メントールが挙げられる。
【0016】
【化1】

【0017】
メントールとしては、公知の手法で合成されたメントールを用いてもよいし、例えば、ペパーミント、スペアミント、オレンジミント、アップルミント等の各種ミントやハッカなどメントールを多く含有する天然物、それらからの抽出物を用いてもよい。中でも特に、合成されたメントールが、含量の調整が容易であり、しかもコスト的にも有利である点で好ましい。
【0018】
本発明の摂食・嚥下改善食品の形態は、食品の種類等に応じて異なるが、好ましい形態は、粉末状、液状、ゼリー状、ムース状、ペースト状、とろみ状およびシロップ状から選ばれる形態であり、これらの中でも特にゼリー状が好ましい。粉末状の場合には、例えば、液体にとろみをつけるためのとろみ剤(粉末)として用い、液体に混ぜてとろみを付けたときに所定の濃度のメントールが含まれるようにすればよい。
【0019】
本発明の摂食・嚥下改善食品は、冷却して使用されることが好ましい。具体的には、0〜20℃、好ましくは10℃以下に冷却された状態で摂取されることが望ましい。
【0020】
本発明の摂食・嚥下改善食品の具体例としては、例えば、スープ、飲料、流動食など、流動性がある食品やあまり咀嚼力を必要としない食品が挙げられる。
本発明の摂食・嚥下改善食品の好ましい態様の一例として、例えば、水にメントールを溶解させたものをゲル化剤で固めたゼリー状物が挙げられる。ここで用いられるゲル化剤としては、例えば、寒天、カラギーナン、キサンタンガム、グアーガム等が挙げられる。また、所望に応じて、より食しやすくするため、メントール、水、ゲル化剤のほかに、各種果汁、砂糖、甘味料等の糖質を加えたり、ハーブティーのような風味の強い茶などを加えたりすることもできる。
【0021】
本発明の摂食・嚥下改善食品は、摂食・嚥下障害を改善するための直接訓練に有用であり、訓練食として好適に用いられるものである。本発明の摂食・嚥下改善食品を用いれば、嚥下反射の惹起性を改善し、嚥下機能の回復を促進することができるので、訓練中に誤嚥を起こすリスクが軽減されるとともに、大きな訓練効果を得ることができる。
また、本発明の摂食・嚥下改善食品は、前記訓練食として用いる以外にも、例えば、訓練によってある程度の嚥下機能を回復した場合などに嚥下障害患者が摂る食事あるいは補助食品等としても好適に用いることができる。
【実施例】
【0022】
以下、実施例(試験例)を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
(試験例)
室温の蒸留水と、l−メントールを蒸留水に投入しソニケーターで溶解させることにより調製した濃度の異なる3種類のメントール溶液(濃度:1×10-4M、1×10-3M、1×10-2M)と、氷冷した蒸留水(冷水)とをそれぞれ試験液とし、試験液ごとに、1mLを14人の嚥下障害患者(88±3歳)の咽頭に経鼻カテーテルによって注入し、嚥下反応を開始するまでの時間、すなわち嚥下反射潜時(LTSR:latency time of swallowing reflex)を測定し、平均LTSRを算出した。結果を表1に示す。なお、いずれも信頼区間は95%であった。
【0023】
【表1】

【0024】
表1から、室温の蒸留水を注入した時のLTSRが13.8秒であるのに対し、l−メントールを添加することにより濃度依存的にLTSRが短縮されることが明らかであった。また、冷水でも有意にLTSRを縮めることができるが、その効果は10-4Mメントール溶液と同等であることが判った。
【0025】
(実施例1)
常温の水600gに、l−メントール(高砂香料工業(株)製)1.56gおよびキシリトール(タマ生化学(株)製)170gを加え、さらに寒天(伊那食品工業(株)製)4.5gおよびキシリトール(タマ生化学(株)製)30gの混合物を加えて撹拌し、分散させた。この分散液に水を加えて正確に1kgとし、カップ容器に充填し、シール後、95℃で20分間加熱殺菌して、ゼリー状の本発明の摂食・嚥下改善食品を得た。
【0026】
(実施例2)
デキストリン(松谷化学工業(株)製)4kgとキサンタンガム(MRCポリサッカライド(株)製)1kgとを流動層造粒機に投入し、吸気温度90℃、排気温度55℃に設定した中で混合した。次いで、品温が排気温度に達した後に、精製水約200gをスプレーしながら造粒を行った。乾燥後、得られた造粒品に、l−メントール(高砂香料工業(株)製)300gを均一に混合して、粉末状の本発明の摂食・嚥下改善食品を得た。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1×10-6〜1×10-1Mのメントールを含有する、ことを特徴とする摂食・嚥下改善食品。
【請求項2】
1×10-3〜1×10-1Mのメントールを含有する、請求項1記載の摂食・嚥下改善食品。
【請求項3】
メントールが合成されたメントールである、請求項1または2に記載の摂食・嚥下改善食品。
【請求項4】
粉末状、液状、ゼリー状、ムース状、ペースト状、とろみ状およびシロップ状から選ばれる形態である、請求項1〜3のいずれかに記載の摂食・嚥下改善食品。
【請求項5】
冷却して摂取される、請求項1〜4のいずれかに記載の摂食・嚥下改善食品。
【請求項6】
摂食・嚥下障害を改善するための訓練に用いられる、請求項1〜5のいずれかに記載の摂食・嚥下改善食品。

【公開番号】特開2008−94743(P2008−94743A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−276829(P2006−276829)
【出願日】平成18年10月10日(2006.10.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年4月21日 URL:http://www.blackwell−synergy.com/doi/full/10.1111/j.1365−2125.2006.02666.x
【出願人】(899000035)株式会社 東北テクノアーチ (68)
【出願人】(000149435)株式会社大塚製薬工場 (154)
【Fターム(参考)】