説明

摘出臓器の保存、蘇生、移植方法

【課題】心臓、腎臓、角膜などの摘出臓器を脱水して乾燥するといった煩雑な操作を行うことなく、これらの臓器を長期間保存することを可能とし、その保存臓器を移植して蘇生させた場合、十分に成果を発揮することができる摘出臓器の保存方法を提供する。
【解決手段】哺乳動物の臓器を摘出し、摘出臓器を潅流液で潅流脱血し、潅流脱血した臓器を1〜8℃の条件下、予め高濃度炭酸ガスで曝気した、水および油に不溶性の不活性媒体中に高濃度炭酸ガスを、好ましくは断続的に曝気しながら保存する摘出臓器の保存方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳動物の摘出臓器の保存、蘇生、移植方法に関する。さらに詳しくは、哺乳動物の臓器を摘出し、所定期間パーフルオロカーボンなどの不活性媒体中に保存し、次いでこれを移植して蘇生させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
心臓、腎臓、肝臓などが機能不全になると薬物治療、手術治療、人工透析治療を施すが、症状が重篤になるとそれらの処置では解決されない。そこで、他人の臓器を移植する、いわゆる臨床移植治療が行われるが、臓器提供者(ドナー、donor)の不足により、臓器受領者(レシピエント、recipient)にとって十分供給されているわけではない。また、臓器移植手術後免疫調節不全を発症するため、移植する臓器の品質、親和性が重要な課題となっている。
【0003】
現在行われている臓器移植手術に用いられている移植臓器の場合、ドナーから摘出してからレシピエントへ移植するまでの最大期間は、例えば心臓では4時間が限度とされている。これらの保存期間を延長することにより、摘出臓器をストックすることができるので、より多数のレシピエントの期待に貢献することができる。
【0004】
従来の臓器の保存方法は、低温保存では保存限界が4〜24時間であり(非特許文献1)、University of Winsconsin Solution(UW液)を使用した場合は6〜18時間が限度であり(非特許文献2〜3)、またUW液、パーフルオロカーボン液および酸素を用いた場合、移植に成功したのは最大48時間であり、この保存臓器を用いた異所性心移植後の生存期間は6週間であった(非特許文献4)。
【非特許文献1】J.Thorac.Cardiovasc.Surg.107,460-471,1994
【非特許文献2】Transplant Proc.21,1350,1989
【非特許文献3】Ann.Thorac.Surg.49,932,1990
【非特許文献4】Transplantation,59,699-701,1995
【0005】
一方、特許文献1には、トレハロース液に浸漬させた摘出臓器をシリカゲル、モレキュラーシーブなどの脱水剤で脱水処理し、パーフルオロカーボンに浸漬し、冷蔵保存することにより10〜20日間の保存が可能であると記載されている。また、特許文献2には、摘出臓器に混合気体を曝気したKrebs-Henseleit(KH)液を潅流することにより脱血し、脱血した臓器に混合気体(酸素95%-炭酸ガス5%)を送って水分除去率25〜60%まで脱水し、パーフルオロカーボン液に浸漬し、次いで所定期間冷蔵庫保存したものを蘇生させる方法が記載されており、この方法では24時間保存した臓器が蘇生している。
【特許文献1】特開2000−72601号公報
【特許文献2】WO2002/069702
【0006】
しかし、これらの方法では臓器の水分が一定以上、例えば心臓にあっては30%以上喪失してしまうと、極端に蘇生率が低下してしまうといった問題があり、また操作上も煩雑で高度なテクニックを要するものであった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、心臓、腎臓、角膜などの摘出臓器を脱水して乾燥するといった煩雑な操作を行うことなく、これらの臓器を長期間保存することを可能とし、その保存臓器を移植して蘇生させた場合、十分に成果を発揮することができる摘出臓器の保存方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の目的は、哺乳動物の臓器を摘出し、摘出臓器を潅流液で潅流脱血し、潅流脱血した臓器を1〜8℃の条件下、予め高濃度炭酸ガスで曝気した、水および油に不溶性の不活性媒体中に高濃度炭酸ガスを曝気しながら保存する摘出臓器の保存方法によって達成される。
【発明の効果】
【0009】
本発明は高濃度炭酸ガスを利用した臓器保存方法であり、例えば心臓では本発明方法によって72時間保存後に異所性心移植を行った場合、移植後10週間以上生存させることが可能となるといったすぐれた成果を奏する。これは、前記非特許文献4で用いられたUW液および酸素の代わりに、Krebs-Henseleit液(KH液)と炭酸ガスを用いることにより、高粘性のUW液を用いた場合には72時間以上の保存により心房の一部のみの蘇生にとどまっていたものを、72時間保存後であっても、移植後10週間以上心拍を記録し得るまで有効な臓器の保存方法を見出したことによるものである。かかる成果は、無極性の炭酸ガスは、細胞内外の結合水を構造化し、臓器の各細胞の代謝を低下させ休眠状態を保ち続けることができることによるものと考えられる。
【0010】
かかる長時間保存された臓器は移植後も良好に機能するので、本発明方法は保存された摘出臓器をレシピエントに移植するために画期的な方法であるといえる。また、本発明方法は心臓のほか、腎臓、肝臓、膵臓、肺臓などの各種臓器にも適用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
哺乳動物から臓器を摘出する方法は、通常の外科的手術によって行うことができる。
【0012】
摘出臓器を潅流脱血するために使用される潅流液は、混合気体で曝気したKrebs-Henseleit液(KH液)であり、混合気体としては酸素と炭酸ガスの混合ガスであり、その混合比(濃度)が50〜95:50〜5であり、好ましくは酸素85〜95:炭酸ガス5〜15の混合比のものが用いられる。潅流液は臓器の保存温度となる1〜8℃、好ましくは2〜4℃に冷却し、腐食を防止するために抗生物質など防腐効果薬剤を添加することが好ましい。潅流は、摘出臓器の大動脈にカテーテルを挿入し、ランゲンドルフ(Langendorff)式潅流装置に装着し、5〜50分間、好ましくは10〜30分間潅流液を潅流することにより脱血を行う。
【0013】
また、潅流液として用いられるKH液は、好ましくはそのグルコース量が通常の10mMの2〜5倍量である20〜50mM、さらに好ましくは3〜4倍量である30〜40mMに変更して用いられる。これにより臓器の機能維持や臓器移植の際の拒絶反応抑制効果に優れるようになる。また、潅流液には血液の凝固を防ぐことを目的としてワーファリンを添加することが好ましい。
【0014】
潅流脱血または洗浄した臓器は、1〜8℃、好ましくは2〜4℃の条件下、高濃度炭酸ガスで予め曝気した、水および油に不溶性の不活性媒体に、かかる高濃度炭酸ガスで、好ましくは断続的に曝気した状態で浸漬して保存される。ここで用いられる高濃度炭酸ガスは、10〜40%炭酸ガス濃度、好ましくは10〜15%炭酸ガス濃度であり、保存中の臓器への曝気は、毎分10〜100ml、好ましくは毎分30〜35mlで行われる。炭酸ガス以外の気体は酸素であり、窒素が混合していても良い。また、臓器を浸漬する水および油に不溶性の不活性媒体としては、パーフルオロカーボン、シリコーンオイルなど、好ましくはパーフルオロオクタン等のパーフルオロカーボンが使用される。
【0015】
保存された臓器は、1〜10分間程度生理食塩水に浸漬して蘇生後、同一、同種または異種の哺乳動物に移植される。
【0016】
摘出臓器の生存に関する検証は、組織解剖学的手法、実際に移植して検証する移植法、電気生理学的手法などがあり、例えば心臓の場合には心電図を用いた電気生理学的手法や、異所性心移植によりレシピエントラットの生存日数などにより、腎臓の場合には保存臓器を動物に移植し、移植された動物の尿蛋白量を測定することにより、保存期間の適否を確認することができる。
【0017】
本発明の方法に使用することができる臓器としては、心臓のほか腎臓、肝臓、膵臓、肺臓などが挙げられる。
【実施例】
【0018】
以下に本発明の実施例について記載するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0019】
実施例
アメリカNIHの実験動物基準に合わせて人工繁殖したラットLEW/SsN SLCオスの6週齢を使用した。ラットにエーテル麻酔薬0.3mlを腹腔内投与し、その後開胸してラットの心臓を摘出した。摘出心臓の大動脈からヘパリンナトリウム生理的食塩水で脱血(フラッシュ)した後、混合ガス(酸素85%+炭酸ガス15%) で曝気した4℃のKH液(ただし、グルコースは40mMに変更)に、モダシン0.05%、ミノマイシン0.05%およびワーファリン0.5mg/500mlを添加したものを、大動脈からカテーテルを挿入し、5分間潅流することにより保存液として注入した。潅流後、パーフルオロカーボン液(住友3M製品フロリナートFC77;C8F18)に臓器を浸漬し、高濃度炭酸ガス(炭酸ガス10%-酸素90%)で断続的に曝気を続けた状態で4℃の冷蔵庫に収納し、72時間保存した。保存時間終了後、臓器を取り出し生理的食塩水に1分間浸漬した後、摘出保存心臓をレシピエントラットの右頚部に、総頚動脈と大動脈、外頚静脈と肺動脈をそれぞれ端々吻合するように異所性心移植を実施し(図1参照)、拍動が安定したところで縫合した。
【0020】
移植直後に拍動を記録できたものは、8例中8例であった。さらにレシピエントラットに抗生物質を溶解させた飲用水を与え、飼育したところ、拍動を記録できたものは移植後72時間後においても8例(全例)であった。このうち4例は飼育10週間後においても拍動が記録可能であり、この飼育10週間後のレシピエントラットのドナー心臓の拍動を心電図で記録した。なお、心電図はドナー心臓の左心室と大動脈開口部に心電図記録用電極を装着し、双曲誘導で生体アンプ(NEC三榮製Bioview-E)を用いて連続記録することによって得た。得られた結果は、図2に示される。
【0021】
比較例1
実施例1において、パーフルオロカーボン中に断続的に曝気するガスとして高濃度炭酸ガスの代わりに100%酸素ガスが用いられたところ、72時間保存後のドナー心臓の拍動は5例すべてにおいて確認されなかった。
【0022】
比較例2
実施例1において、パーフルオロカーボン中に断続的に曝気するガスとして高濃度炭酸ガスの代わりに100%Heガスが用いられたところ、72時間保存後のドナー心臓の拍動は5例すべてにおいて確認されなかった。
【0023】
比較例3
実施例1において、パーフルオロカーボン中に断続的に曝気するガスとして高濃度炭酸ガスの代わりに窒素ガス80%および酸素ガス20%よりなる標準空気が用いられたところ、72時間保存後のドナー心臓の拍動は5例すべてにおいて確認されなかった。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明に係る臓器の保存方法は、保存後の臓器が十分に機能可能な状態での摘出臓器の長時間の保存を可能とするものであり、本発明の保存方法を用いて保存された摘出臓器は同一、同種または異種の哺乳動物に移植できるので、臓器移植医療において極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】頸部異所性心移植の循環動態を示す図である
【図2】72時間摘出保存し、異所性心移植した後10日間飼育したレシピエントラットの心臓およびドナー心臓の心電図を示す図である

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物の臓器を摘出し、摘出臓器を潅流液で潅流脱血し、潅流脱血した臓器を1〜8℃の条件下、予め高濃度炭酸ガスで曝気した、水および油に不溶性の不活性媒体中に高濃度炭酸ガスを曝気しながら保存する摘出臓器の保存方法。
【請求項2】
哺乳動物の臓器が心臓である請求項1記載の摘出臓器の保存方法。
【請求項3】
潅流液が酸素(50〜95%濃度)-炭酸ガス(50〜5%濃度)の混合気体で曝気したKrebs-Henseleit液である請求項1記載の摘出臓器の保存方法。
【請求項4】
グルコース量を20〜50mMとしたKrebs-Henseleit液が用いられる請求項3記載の摘出臓器の保存方法。
【請求項5】
高濃度炭酸ガスが、10〜40%炭酸ガス濃度である請求項1記載の摘出臓器の保存方法。
【請求項6】
高濃度炭酸ガスが、酸素ガスとの混合ガスである請求項1または5記載の摘出臓器の保存方法。
【請求項7】
不活性媒体がパーフルオロカーボン液またはシリコーンオイルである請求項1記載の摘出臓器の保存方法。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかに記載の方法により保存された摘出臓器。
【請求項9】
請求項8記載の摘出臓器を同一、同種または異種の哺乳動物に移植することにより、摘出臓器の蘇生が行われることを特徴とする臓器蘇生方法。
【請求項10】
請求項8記載の摘出臓器を同一、同種または異種の哺乳動物に移植することを特徴とする臓器移植方法。
【請求項11】
移植が異所性心移植である請求項10記載の臓器移植方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−120713(P2008−120713A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−305107(P2006−305107)
【出願日】平成18年11月10日(2006.11.10)
【出願人】(506378670)株式会社PRO (1)
【Fターム(参考)】