説明

摩擦攪拌加工装置及び摩擦攪拌加工方法

【課題】被加工材が適切な軟化状態に摩擦攪拌された時点で確実にツールの走行開始を行うことができる摩擦攪拌加工装置及び摩擦攪拌加工方法を提供する。
【解決手段】摩擦攪拌加工装置1は、ツール20と、ツール20の回転駆動手段32と、ツール20の昇降駆動手段85と、ツール20の移送駆動手段83と、ツール20が回転しながら被加工材W1,W2を押し付けるときにツール20の軸線方向にツール20が被加工材W1,W2から受ける押付け抵抗力Fを検出する検出手段50と、制御手段5とを備える。制御手段5は、ツール20が回転しながら被加工材W1,W2に押し付けられる際に、押付け抵抗力Fが極大値Pに達したと判断し、前記極大値Pに達した時刻t2経過後に、押付け抵抗力Fが予め設定した移送開始設定値S又は予め設定した遅れ時間に達するとツール20を被加工材W1,W2の加工方向に相対移動開始させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、金属材料の被加工材に回転するツールを押し付けて摩擦熱を生じさせて摩擦攪拌加工する摩擦攪拌加工装置及び摩擦攪拌加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、金属材料の被加工材同士を突き合せた接合線に対して円柱状のツール(径の大きいショルダ部とその先端に突設するプローブとを有するツール)を回転させながら押し付けて接合線方向に相対移動させることにより、発生する摩擦熱で被加工材を軟化させて接合する技術は、摩擦攪拌接合(FSW)として知られている。また、前記ツールを用いて、被加工材表面の強度及び硬さ等を向上させる摩擦攪拌プロセス(FSP)や、被加工材を点接合する摩擦攪拌点接合(FSJ)も行われ、これらFSW、FSP、FSJを総称して摩擦攪拌加工と称される。
【0003】
従来、摩擦攪拌接合装置として、回転するツールを被加工材の接合線に押し付けた後、ツールの回転用モータの電流値に基づいて被加工材からツールに与えられる回転抵抗力を取得して、この回転抵抗力が極大値となった時刻をショルダ部当接時刻として判断し、このショルダ部当接時刻に達した後で前記回転抵抗力が走行開始設定値(ツール走行時の回転抵抗力の1.2倍の値)に達するとツールを走行開始させるものが知られている(特許文献1)。これによれば、ツールの走行開始をタイマーや作業者の手動で行う場合に比べ、被加工材のツール押し付け部分の軟化状態に過不足が生じた状態でツールが走行開始されることを防ぐことができ、被加工材の品質のばらつきを防ぐことができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−334639号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の摩擦攪拌接合装置では、ツールの走行開始をツールの回転抵抗力(ツールの回転用モータの電流値)から決定しているが、この回転抵抗力は、周期的変動が大きく(例えば、特許文献1の図23(2)等)、また、ツールと被加工材との間の回転の摩擦力が強く関与するため、ツールの回転数が異なれば回転抵抗力自体も大きく変動する。そのため、ツールの回転抵抗力における極大値や所定の走行開始設定値を見極めるのが困難となることがあった。従って、ツールの回転抵抗力によりツールの走行開始を決定しても、適切な接合温度域で走行が開始されるとは限らず、その結果、被加工材の接合品質にばらつきが生じることがあった。
【0006】
本発明は、前記事情に鑑みてなされたものであり、被加工材が適切な軟化状態に摩擦攪拌された時点で確実にツールの走行開始を行うことができる摩擦攪拌加工装置及び摩擦攪拌加工方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る摩擦攪拌加工装置は、
ショルダ面にプローブを突設して金属材料からなる被加工材を摩擦攪拌加工するためのツールと、
ツールを回転させるための回転駆動手段と、
ツールを上下に移動させて被加工材に対して上から押し付けるツール高さを設定するための昇降駆動手段と、
ツールを被加工材の加工方向に相対移動させるための移送駆動手段と、
ツールが回転しながら被加工材を押し付けるときに、ツールの軸線方向にツールが被加工材から受ける押付け抵抗力を検出する検出手段と、
回転駆動手段、昇降駆動手段、移送駆動手段を制御する制御手段とを備え、
制御手段は、ツールが回転しながら被加工材に押し付けられる際に、押付け抵抗力が極大値に達したと判断し、前記極大値に達した時刻経過後に、押付け抵抗力が予め設定した移送開始設定値又は予め設定した遅れ時間に達するとツールを被加工材の加工方向に相対移動開始させる。
【0008】
前記構成より、被加工材からツールに対する押付け抵抗力が極大値を過ぎると、被加工材のツール押し付け部分が十分な軟化状態になったと判断することができる。そして、前記極大値に達した時刻の経過後に押付け抵抗力が移送開始設定値になったとき、又は前記極大値に達した時刻経過後に予め設定した遅れ時間になったとき、被加工材のツール押し付け部分が、摩擦熱で適正範囲内の温度となり適切な軟化状態になったと判断することができる。従って、ツールの押付け抵抗力が前記移送開始設定値又は前記遅れ時間になるとツールを被加工材の加工方向に相対移動開始させることにより、被加工材のツール押し付け部分が過不足無く軟化された状態でツールを走行開始することができる。
【0009】
ここで、前記極大値及び前記移送開始設定値の判断に際して、ツールが軸線方向に被加工材から受ける押付け抵抗力に基づくようにしている。ツールの押付け抵抗力は、ツールの被加工材への押付力に抗する反力であるから、回転抵抗力に比べて、ツールと被加工材との間の回転の摩擦力の影響を受け難い。従って、ツールの押付け抵抗力は、ツールの回転数が異なっても変動が小さく、被加工材のツール押し付け部分の軟化状態を的確に捉えることができる。その結果、被加工材のツール押し付け部分が適切に軟化された状態となったときにツールを走行開始することができる。
【0010】
前記制御手段における前記押付け抵抗力の極大値(P)の判断は、
前記検出手段の検出値(Ts)に基づいて、最初の極大値(P1)を検出すると、当該最初の極大値(P1)の検出後に予め設定した所定時間(t)内に前記検出値(Ts)が最初の極大値(P1)を超えなかった場合に、当該最初の極大値(P1)が最終的に前記押付け抵抗力の極大値(P)と決定し、
前記所定時間(t)内に前記検出値(Ts)において最初の極大値(P1)を超える新たな極大値(P2)が検出された場合には、さらに当該新たな極大値(P2)の検出後に予め設定した所定時間(t)内に前記検出値(Ts)が新たな極大値(P2)を超えなかった場合に、当該新たな極大値(P2)が最終的に前記押付け抵抗力の極大値(P)と決定する動作を繰り返し行うのが望ましい。
これにより、押付け抵抗力が外乱によって多少変動して推移した場合でも前記極大値を精度良く判断することができる。従って、前記極大値の誤認を防止することができるので、ツールが被加工材に十分に押し付けられるように当接したことを精度良く判断することができる。よって、被加工材のツール押し付け部分が過不足無く軟化した状態でツールを走行開始することができる。
【0011】
前記移送開始設定値は、ツールの押付け抵抗力において前記極大値の65〜90%の範囲内で設定されるのが望ましい。また、前記遅れ時間は、前記極大値を過ぎた後の極小値に達した時間からの一定時間に設定されるのが望ましい。
これらの場合でも、被加工材のツール押し付け部分が過不足無く摩擦攪拌された軟化状態となったことを適切に判断することができ、この適切な軟化状態となった時点でツールを走行開始することができる。
【0012】
また、前記移送開始設定値は、ツールの押付け抵抗力においてツール走行時の平均値の70%以上で前記極大値未満の範囲内で設定されるようにしてもよい。
この場合でも、被加工材のツール押し付け部分が過不足無く摩擦攪拌された軟化状態となったことを適切に判断することができ、この適切な軟化状態となった時点でツールを走行開始することができる。
【0013】
前記摩擦攪拌加工装置は、前記ツールがNi基2重複相金属間化合物製であり、前記被加工材が鉄系又は鉄合金系である場合に有利である。
すなわち、前記ツールと前記被加工材の組み合わせの場合、ツールと被加工材との間で融着等の現象によりツールが摩耗してその表面が凹凸になり得る。そうすると、ツールと被加工材との間の回転の摩擦力の影響が顕著となりツールが受ける回転抵抗力が大幅に変動し易く、そのため、従来の摩擦攪拌接合装置(特許文献1)では、ツールの回転抵抗力における極大値や所定の走行開始設定値を見極めるのが困難となり、適切な時期にツールを走行開始できないおそれがあった。
これに対して、前記構成によれば、ツール摩耗によりツールと被加工材との間の回転の摩擦力の影響が大きくなっても、ツールが受ける押付け抵抗力の変動幅が少ないので、被加工材のツール押し付け部分の軟化状態を的確に捉えることができる。その結果、被加工材のツール押し付け部分が適切に軟化された状態となったときにツールを走行開始することができる。
【0014】
一方、本発明に係る摩擦攪拌加工方法は、
ツールが回転しながら被加工材を押し付けるときにツールの軸線方向にツールが被加工材から受ける押付け抵抗力を検出し、
ツールが回転しながらワークに押し付けられる際に、押付け抵抗力が極大値に達したと判断し、前記極大値に達した時刻経過後に、押付け抵抗力が予め設定した移送開始設定値又は予め設定した遅れ時間に達するとツールを被加工材の加工方向に相対移動開始させる摩擦攪拌加工方法。
この摩擦攪拌加工方法によれば、前記摩擦攪拌加工装置と同様の作用が発揮される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、被加工材のツール押し付け部分が適切に軟化された状態となったときに確実にツールを走行開始することができ、その結果、摩擦攪拌加工による被加工材の品質の向上及び品質の安定化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施形態による摩擦攪拌接合装置の全体構成を示す斜視図である。
【図2】実施形態による摩擦攪拌接合装置の概略構成を示す模式図である。
【図3】摩擦攪拌加工用のツールを示す図であり、同図(a)はツールの斜視図であり、同図(b)はツールの側面図である。
【図4】ワークからツールに与えられる押付け抵抗力の時間変化を示すグラフである。
【図5】制御装置による摩擦攪拌接合動作を示すフローチャートである。
【図6】実施例1において、接合部の接合状態を示した写真である。
【図7】実施例2において、接合部の接合状態を示した写真である。
【図8】図8(a)は、実施例1において昇降用モータのモータトルク値の時間変化を示すグラフであり、図8(b)は、比較例1として回転用モータのモータトルク値の時間変化を示すグラフであ。
【図9】図9(a)は、実施例2において昇降用モータのモータトルク値の時間変化を示すグラフであり、図9(b)は、比較例2として回転用モータのモータトルク値の時間変化を示すグラフであ。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、摩擦攪拌加工装置の一実施形態として、金属材料の被加工材となる板材(以下、適宜「ワーク」)を摩擦攪拌接合するための摩擦攪拌接合装置を例に挙げて説明する。
【0018】
図1、図2に示すように、摩擦攪拌接合装置1は、加工機構2と、負荷検出部(検出手段)50と、制御装置(制御手段)5とを備える。
加工機構2は、基台7上のワークW1,W2に対して摩擦攪拌接合を行う。すなわち、基台7上のワークW1,W2を突き合せた接合線Lに対してツール20を回転させながら押し付けて接合線L方向に相対移動させることにより、発生する摩擦熱でワークW1,W2の突き合わせ部分を軟化させて接合する。基台7上には、2枚の平板状のワークW1,W2を配置する冶具4が設けられ、冶具4には、ワークW1,W2の裏面に配置される裏当て材41が取り付けられている。ワークW1,W2は、冶具4に設けたワーク押さえ6により互いの端面を突き合わせた接合線Lが裏当て材41の中央に位置するように固定される。裏当て材41の材質は、ワークW1,W2がアルミ系合金の板材であれば、鉄系合金を選択し、ワークW1,W2が鉄系合金の板材であれば、耐熱性があり、板材の裏面側からの放熱を遮断できる熱伝導率の小さい材質(例えば、Si)を選択することが可能である。なお、裏当て材41は、図1に示すような平板部材以外に棒状部材等で構成してもよい。
【0019】
また、加工機構2は、摩擦攪拌加工用のツール20と、ツール20を保持するツール保持部30と、ツール20を回転させるための回転用モータ(回転駆動手段)32と、ツール保持部30を昇降させるための昇降用モータ(昇降駆動手段)85と、ツール保持部30を横方向に移動させるための移送用モータ(移送駆動手段)83とを備える。
【0020】
ツール保持部30は、下部にツール20を着脱自在に取り付けるツールホルダー3を備える。ツールホルダー3は、ツール20の回転用モータ32と連結されており、この回転用モータ32の駆動によりツールホルダー3とともにツール20が回転される。ツール保持部30は、スライダー80に対してボールネジ86(図2参照)により昇降自在に取り付けられており、スライダー80に設ける昇降用モータ85により基台7に対して上下に移動自在にされ、これにより、ツール20をワークW1,W2に押し付けるように接触させるツール高さが設定される。また、ツール保持部30は、スライダー80に対して回動自在に取り付けられており、ツール20を所定の前進角(ツール20の先端を移送方向側へ傾けたときの垂直線に対する傾き)に設定できるようになっている。スライダー80は、一対のガイドレール81とボールネジ82とを備える直動機構84に取り付けられており、移送用モータ83の駆動により基台7に平行に移動される。これにより、スライダー80に取り付けたツール保持部30が移動されるので、ツール保持部30に保持するツール20がワークW1,W2の加工方向となる接合線L方向に沿って移動される。
【0021】
図3に示すように、ツール20は、円柱状のショルダ部21と、ショルダ部21より大径で側面にカット面25が形成された円柱状の取付部24とを有する。ツール20の取付部24をツールホルダー3に装填してボルト31を取付部24のカット面25に当てるように締め付けることで、ツール20がツール保持部30に着脱自在に取り付けられる。ショルダ部21の先端面は、平面状のショルダ面22と、ショルダ面22の中心部に突設された球面状のプローブ23とを有する。そして、ツール20は、ワークW1,W2を摩擦攪拌加工する際、回転しながらショルダ面22及びプローブ23をワークW1,W2に押し付けて摩擦熱を発生させるようにする。なお、ツール20の形状は、図3のものに限らず、ショルダ部21と取付部24との間にフランジを形成したものでもよいし、取付部24は多角形形状であってもよい。また、ショルダ面22も、平面形状に限らず、プローブ23を中心としてやや凸又はやや凹となった曲面状に形成されてもよい。さらに、プローブ23は、球面形状に限らず、円柱状、円錐台状等であってもよいし、また、ねじが切ってあってもよい。
【0022】
ツール20は、ワークW1,W2が鉄系又は鉄系合金の板材であれば、超硬合金やセラミックス等の種々の材質から形成できるが、例えば、Ni基2重複相金属間化合物合金からなるものが好ましい。これにより、ツール20の耐熱及び耐摩耗性が向上され、加工時の摩擦熱による高温下でもツール20が必要な硬さを発揮することができ、被加工材がアルミニウム合金等に比べて高融点材料である鉄系合金等であっても確実に且つ良好な接合を行うことができる。
【0023】
再び、図2を参照して、負荷検出部50は、ツール20が回転しながらワークW1,W2を押し付けるときに、ツール20の軸線方向にツール20がワークW1,W2から受ける押付け抵抗力Fを検出して制御装置5へ出力する。例えば、負荷検出部50は、昇降用モータ85に流れる電流を検出して、この電流に基づく検出データをツール20がワークW1,W2から受ける押付け抵抗力Fに対応した信号として制御装置5へ出力する。すなわち、ツール20をワークW1,W2に押し付けるときに昇降用モータ85に流れるモータ電流は、ツール20がワークW1,W2から受ける押付け抵抗力Fと比例関係にある。従って、昇降用モータ85に流れるモータ電流をツール20がワークW1,W2から受ける押付け抵抗力Fとして捉えることができる。
【0024】
制御装置5は、シーケンサやプログラムコントローラ等で実現することができ、その構成は、入力部51と、指令部52と、演算部53と、記憶部54とを備える。入力部51は、作業者等より入力される接合条件(ツール回転数、ツール送り速度等)を含む各種の入力情報を記憶部54に与える。記憶部54は、摩擦攪拌接合の動作手順を実行するためのコンピュータプログラム、入力部51からの入力情報及び演算部53の演算結果を記憶する。演算部53には、負荷検出部50からツール20が受ける押付け抵抗力Fに関する検出データが与えられる。演算部53は、記憶部54に記憶されるプログラムを実行して、記憶部54に記憶された接合条件及び負荷検出部50から与えられるツール20の押付け抵抗力Fに基づいて、摩擦攪拌接合の動作手順を実行し、回転用モータ32、昇降用モータ85及び移送用モータ83のそれぞれの制御指令を生成する。演算部53は、生成した各制御指令を指令部52に与える。指令部52は、演算部53から与えられた各制御指令を、回転用モータ32、昇降用モータ85及び移送用モータ83にそれぞれ出力する。なお、演算部53は、CPU等の演算処理回路によって実現される。また、記憶部54は、RAMやROM等の記憶回路によって実現される。
【0025】
そして、制御装置5は、ツール20をワークW1,W2に相対移動させる際に自動スタート制御を行う。すなわち、制御装置5は、ツール20が回転しながらワークW1,W2に押し付けられる際に、ツール20の軸線方向にツール20がワークW1,W2から受ける押付け抵抗力Fが極大値Pに達したと判断し、前記極大値Pに達した時刻経過後に、押付け抵抗力Fが予め設定した移送開始設定値Sまで低下するか、又は前記極大値Pに達した時刻経過後に予め設定した遅れ時間に達するとツール20をワークW1,W2の接合線Lに沿って相対移動開始させるように制御する。
【0026】
ところで、従来(特許文献1)は、ツール20の自動スタート制御に際し、ツール20の回転抵抗力(ツール20の回転用モータ32の電流値)から決定していた。この場合、回転抵抗力は、周期的変動が大きく、しかもツール20とワークW1,W2との間の回転の摩擦が強く影響してツール20の回転数が異なれば回転抵抗力の変動が大きくなり、ツール20の回転抵抗力における極大値や所定の移送開始設定値を見極めるのが困難となることがあった。
【0027】
これに対して、本実施形態では、前記極大値P及び前記移送開始設定値Sの判断は、ツール20が軸線方向にワークW1,W2から受ける押付け抵抗力Fに基づくようにしている。ツール20の押付け抵抗力Fは、ツール20のワークW1,W2への押付力に抗する反力であるから、回転抵抗力に比べて、ツール20とワークW1,W2との間の回転の摩擦の影響を受け難い。従って、ツール20の押付け抵抗力Fは、ツール20の回転数が異なっても変動が小さく、ワークW1,W2のツール押し付け部分の軟化状態を的確に捉えることができる。その結果、ワークW1,W2のツール押し付け部分が適切に軟化された状態となったときにツール20を走行開始することができる。
【0028】
次に、制御装置5による自動スタート制御を、以下に説明する。
図4に、摩擦攪拌接合動作の開始の際にツール20がワークW1,W2から受ける押付け抵抗力Fの時間変化を模したグラフを示す。ツール20をワークW1,W2に押し付けると、プローブ23がワークW1,W2に当接し、次にショルダ面22がワークW1,W2に当接して、ツール20が所定のツール設定高さになるとツール20とワークW1,W2との接触面積が一定以上(例えば、ショルダ面22の70%以上の接触面積)に確保される。すると、ワークW1,W2のツール押し付け部分が回転するツール20により発生する摩擦熱で温度上昇して軟化される。このとき、ツール20がワークW1,W2から受ける押付け抵抗力Fは、図4のグラフを参照して、プローブ23がワークW1,W2に当接した時刻t1から時間経過に比例して上昇し、時刻t2でピークとなり、ワークW1,W2のツール押し付け部分が十分に軟化されることにより下降する。このように、ツール20が軸線方向に受ける押付け抵抗力Fは、時刻t2でピークとなり極大値Pが得られ、この極大値Pを過ぎると、ワークW1,W2のツール押し付け部分が十分に軟化状態になったと判断することができる。
【0029】
そして、ツール20のワークW1,W2への押付け抵抗力Fは、昇降用モータ85のモータトルクと比例関係にあるので、制御装置5は、負荷検出部50から与えられる昇降用モータ85のモータトルクが極大値Pを過ぎたときに、ワークW1,W2のツール押し付け部分が十分に軟化状態になったと判断することができる。なお、前記モータトルクは、昇降用モータのモータ軸等にトルクメータを設けて検出することができ、また、昇降用モータの電流値や電圧、電力等より検出することもできる。
【0030】
ツール20がワークW1,W2を押し付けるように当接した状態を所定期間保持することによって、ワークW1,W2のツール押し付け部分の温度が摩擦熱で上昇し、ツール20によって摩擦攪拌される流動化部分が増加する。すなわち、ワークW1,W2のツール押し付け部分の軟化状態が促進される。摩擦攪拌接合において、接合欠陥なく良好にツール20を走行させるためには、ワークW1,W2のツール押し付け部分の温度が適正範囲に含まれて適切な軟化状態になっていることが重要である。
【0031】
ワークW1,W2のツール押し付け部分の温度が適正範囲か否かは、ワークW1,W2のツール押し付け部分の軟化状態から判断することができる。従って、ワークW1,W2のツール押し付け部分の温度が適正範囲となったことは、ツール20の押付け抵抗力Fが極大値Pとなった後に、予め定める移送開始設定値Sまで低下したことで決定される。
【0032】
具体的には、制御装置5は、昇降用モータ85のモータトルクに基づいた負荷検出部50からの検出値が、極大値Pに達した後に予め定めた移送開始設定値Sに低下したことを判断すると、移送用モータ83を制御して、ツール20の走行を開始する。これにより、ワークW1,W2が適切に軟化した状態となったときにツール20を走行開始することができる。
【0033】
ここで、移送開始設定値Sが大きすぎると、ワークW1,W2のツール押し付け部分の軟化が不足する。この場合、接合不良となり接合強度が低下するおそれがある。また、移送開始設定値Sが小さすぎると、ワークW1,W2のツール押し付け部分の軟化が過剰となる。この場合、ワークW1,W2の接合開始点で穴開きが生じたり接合跡にバリが目立つ等の不具合を起こすことになる。
【0034】
そこで、移送開始設定値Sは、ツール20の押付け抵抗力Fにおいて極大値Pよりも小さい値の範囲内でツール走行時の値(走行時の定常押付け抵抗力Fr)の70%以上から120%以下の範囲で設定される。これにより、ワークW1,W2のツール押し付け部分が過不足なく軟化した状態で、ツール20の走行を開始することができる。走行時の定常押付け抵抗力Frは、予め定める摩擦攪拌接合条件でツール20を接合線Lに沿って走行させているときのワークW1,W2からツール20に与えられる押付け抵抗力Fである。走行時の接合条件が一定の場合、走行時の定常押付け抵抗力Frは、ほぼ安定した値となる。従って、実験等で予めツール20走行時における負荷検出部50からの検出値(モータトルク値)が安定したときの値を定常押付け抵抗力Frとして取得することができる。また、ツール20の押付け抵抗力は、回転抵抗力のような変動が少なく比較的安定しているため、前記極大値Pも比較的安定した値となる。従って、実験等で予め負荷検出部50からの検出値(モータトルク値)から取得した前記定常押付け抵抗力Frとともに前記極大値Pを考察して、最適な移送開始設定値Sを決定することができる。なお、移送開始設定値Sや、移送開始設定値Sを決定する前記各パラメータ(定常押付け抵抗力Fr、極大値Pなど)等は、制御装置5の記憶部54に予め記憶させておく。
【0035】
また、前記移送開始設定値Sは、ツール20の押付け抵抗力において前記極大値Pの65〜90%の範囲内で設定するようにしてもよい。この場合でも、ワークW1,W2が適切に軟化した状態となったときにツール20を走行開始することができる。前述のとおり、ツール20の押付け抵抗力は、回転抵抗力のような変動が少なく比較的安定しているため、前記極大値Pも比較的安定した値となるから、予め実験等で前記極大値Pを基準にして最適な移送開始設定値Sを決定することができる。
【0036】
また、前記移送開始設定値Sは、ツール20の押付け抵抗力において前記極大値Pを過ぎた後の極小値(min)又は当該極小値(min)を過ぎた後の前記極大値の65〜90%の範囲内で設定するようにしてもよい。この場合でも、ワークW1,W2が適切に軟化した状態となったときにツール20を走行開始することができる。すなわち、ツール20の軸線方向の押付け抵抗力の場合は、ツール20が予め定めたツール高さ位置に達して降下停止すると、ツール20からワークW1,W2への押し付け力が極端に減少するため、前記極大値Pを過ぎた後に極小値(min)となる。従って、前記極小値(min)が検出されるとツール20が予め定めたツール高さ位置に設定されたと判断することができる。そして、ツール20の押付け抵抗力において前記極大値Pを過ぎた後の極小値(min)又は当該極小値(min)を過ぎた後の前記極大値の65〜90%の範囲内になると、ツール20が予め定めたツール高さ位置に設定されたことで、ワークW1,W2が適切に軟化した状態となったと判断することができる。
【0037】
さらには、ワークW1,W2のツール押し付け部分の温度が適正範囲となったことは、ツール20の押付け抵抗力Fが極大値Pとなった後に、予め設定した遅れ時間の経過によっても決定することができる。この場合、前記遅れ時間は、前記極大値Pを過ぎた後の極小値(min)に達した時間からの一定時間に設定されてもよい(例えば、図4中における時刻t3から時刻t4に達するまでの一定時間に設定する。)。この場合でも、ワークW1,W2が適切に軟化した状態となったときにツール20を走行開始することができる。
【0038】
次に、制御装置5による摩擦攪拌接合動作を説明する。
図5のフローチャートを参照して、まず、ステップS1において、制御装置5は、回転用モータ32を制御して、ツール20を回転させる。このとき、ツール20の回転数は、作業者が指定した記憶部54の接合条件に従った回転数となるように回転用モータ32を制御する。
【0039】
ステップS2において、制御装置5は、昇降用モータ85を制御して、回転するツール20をワークW1,W2の押し付け位置まで下降させる。このとき、ツール高さは、作業者が指定した記憶部54の接合条件に従ったツール高さとなるように昇降用モータ85を制御する。また、負荷検出部50は、昇降用モータ85のモータトルクを検出する。この昇降用モータ85のモータトルク情報に基づいて、ツール20が軸線方向にワークW1,W2から受ける押付け抵抗力Fが求められる。
【0040】
ステップS3において、負荷検出部50からの昇降用モータ85のモータトルク情報が極大値Pを超えたか否かを判断する。例えば、制御装置5は、負荷検出部50から予め設定した所定時間(t)ごとに昇降用モータ85のモータトルク情報(検出値Ts)を取得し、このモータトルク情報(Ts)に基づいて最初の極大値(P1)を検出すると、当該最初の極大値(P1)の検出後に予め設定した所定時間(t)内に前記モータトルク情報(Ts)が最初の極大値(P1)を超えなかった場合に、当該最初の極大値(P1)が最終的に前記押付け抵抗力の極大値(P)と決定する。一方、前記所定時間(t)内に前記モータトルク情報(Ts)において最初の極大値(P1)を超える新たな極大値(P2)が検出された場合には、さらに当該新たな極大値(P2)の検出後に予め設定した所定時間(t)内に前記モータトルク情報(Ts)が新たな極大値(P2)を超えなかった場合に、当該新たな極大値(P2)が最終的に前記押付け抵抗力の極大値(P)と決定する動作を繰り返し行う。これにより、押付け抵抗力Fが外乱によって多少変動して推移した場合でも前記極大値P及びその時刻を精度良く判断することができる。そして、負荷検出部50からのモータトルク情報Tsが極大値Pに達したときに、ツール20がワークW1,W2から与えられる押付け抵抗力Fが最大となり、ツール20のショルダ面22がワークW1,W2に押し付けるように当接したと判断し、ステップS4に移行する。
【0041】
なお、ステップS4へ移行する前に、負荷検出部50からの昇降用モータ85のモータトルク情報が極小値(min)となったか否かを判断するステップを追加してもよい。この極小値(min)の判断ステップとして、例えば、制御装置5は、前記極大値(P)の検出後、負荷検出部50から予め設定した所定時間(t)ごとに昇降用モータ85のモータトルク情報(検出値Ts)を取得し、このモータトルク情報(Ts)に基づいて最初の極小値(min)を検出すると、当該最初の極小値(min)の検出後に予め設定した所定時間(t)内に前記モータトルク情報(Ts)が最初の極小値(min)を下回らなかった場合に、当該最初の極小値(min)が最終的に前記押付け抵抗力の極大値(P)直後の極小値(min)と決定する。一方、前記所定時間(t)内に前記モータトルク情報(Ts)において最初の極小値(min)を下回る新たな極小値(min)が検出された場合には、さらに当該新たな極小値(min)の検出後に予め設定した所定時間(t)内に前記モータトルク情報(Ts)が新たな極小値(min)を下回らなかった場合に、当該新たな極小値(min)が最終的に前記押付け抵抗力の極大値(P)直後の極小値(min)と決定する動作を繰り返し行う。
【0042】
ステップS4において、負荷検出部50からのモータトルク情報が、極大値Pを過ぎて予め定める移送開始設定値Sまで低下したか否かを判断する。そして、負荷検出部50からのモータトルク情報が移送開始設定値Sになると、回転するツール20によりワークW1,W2のツール押し付け部分が適正範囲内の温度となり過不足なく軟化した状態となったと判断し、ステップS5に移行する。
【0043】
なお、ステップS4は、前記極小値(min)の検出によってスキップしてステップS5に移行させてもよい。また、このステップS4は、前記極小値(min)に達した時間からの一定時間の経過によりステップS5へ移行させるようにしてもよい。
【0044】
ステップS5において、制御装置5は、移送用モータ83を制御して、ツール20をワークW1,W2の接合線Lに沿って走行開始させる。このとき、ツール20の送り速度は、作業者が指定した記憶部54の接合条件に従った送り速度となるように移送用モータ83を制御する。
【0045】
そして、ステップS6において、ツール20が、作業者が指定した記憶部54の接合条件に従って所定の施工距離を走行すると、ステップS7に移行する。
【0046】
ステップS7において、制御装置5は、終了動作を実行する。終了動作として、移送用モータ83を制御してツール20の走行を停止させ、直ちに昇降用モータ85を制御してツール20を上昇させてワークW1,W2から抜き出すとともに、回転用モータ32を制御してツール20の回転を停止させる。続いて、移送用モータ83を制御してツール20を初期位置まで復帰移動させると、摩擦攪拌接合動作を終了する。
【0047】
以上の本実施形態によれば、ワークW1,W2からツール20に対する押付け抵抗力Fが極大値Pを過ぎると、ワークW1,W2のツール押し付け部分が軟化状態になったと判断することができる。そして、前記極大値Pに達した時刻t2の経過後に押付け抵抗力Fが移送開始設定値Sに達したとき、あるいは前記極大値Pを過ぎて遅れ時間が経過したときにワークW1,W2のツール押し付け部分が適切な軟化状態になったと判断することができる。従って、ツール20の押付け抵抗力Fが前記極大値Pを過ぎて前記移送開始設定値S又は遅れ時間に達するとツール20をワークW1,W2の加工方向に相対移動させることにより、ワークW1,W2のツール押し付け部分が過不足無く軟化された状態でツール20を走行開始することができる。
【0048】
ここで、ツール20の軸線方向の押付け抵抗力や、ツール20の回転抵抗力に影響を与え得るのは、接合速度が一定であれば、主に「ツール回転数」、「ワークのツール押付け部分の温度又は硬さ」、「押付力」が関わると思われる。「押付力」が一定という条件下でツール20における押付け抵抗力と回転抵抗力とを比較すると、押付け抵抗力は、主に「ワークのツール押付け部分の温度又は硬さ」に影響を受け得るので、「ツール回転数」の影響を受け難い。これに対して、回転抵抗力は、「ワークのツール押付け部分の温度又は硬さ」及び「ツール回転数」の影響を受けるので、その変動が周期的に大きい。とりわけ、押付け抵抗力、回転抵抗力の各々の極大値に関しては、ツール20の押付け抵抗力は、ワークのツール押付け部分の温度や硬さによるので、ツール回転数の影響を受けず安定しているのに対して、ツール20の回転抵抗力は、ツール回転数の影響を受けて変動し易い。従って、ツール20の押付け抵抗力は、回転抵抗力よりも、ワークW1,W2のツール押し付け部分の軟化状態を的確に捉えられる。
【0049】
本実施形態では、前記極大値P及び前記移送開始設定値Sの判断に際して、ツール20が軸線方向にワークW1,W2から受ける押付け抵抗力Fに基づくようにしている。ツール20の押付け抵抗力Fは、ツール20のワークW1,W2への押付力に抗する反力であるから、回転抵抗力に比べて、ツール20とワークW1,W2との間の摩擦の影響を受け難い。従って、この押付け抵抗力Fは、ツール20の回転数が異なっても変動が小さく、ワークW1,W2のツール押し付け部分の軟化状態を的確に捉えることができる。その結果、ワークW1,W2のツール押し付け部分が適切に軟化された状態となったときにツール20を走行開始することができる。
【0050】
本実施形態において、例えば、ツール20がNi基2重複相金属間化合物製であり、ワークW1,W2が鉄系又は鉄合金系である場合に適用するのが有利である。すなわち、ツール20とワークW1,W2の組み合わせの場合、ツール20とワークW1,W2との間で融着等の現象によりツール20が摩耗してその表面が凹凸になり得る。そうすると、ツール20とワークW1,W2との間の回転の摩擦力の影響が顕著となりツール20が受ける回転抵抗力が大幅に変動し易く、そのため、従来の摩擦攪拌接合装置(特許文献1)では、ツール20の回転抵抗力における極大値や所定の走行開始設定値を見極めるのが困難となり、適切な時期にツール20を走行開始できないおそれがあった。これに対して、本実施形態によれば、ツール摩耗によりツール20とワークW1,W2との間の回転の摩擦力の影響が大きくなっても、ツール20が受ける押付け抵抗力の変動幅が少ないので、ワークW1,W2のツール押し付け部分の軟化状態を的確に捉えることができる。その結果、ワークW1,W2のツール押し付け部分が適切に軟化された状態となったときにツール20を走行開始することができる。
【0051】
このように、本実施形態によれば、ワークW1,W2のツール押し付け部分が適切に軟化された状態となったときに確実にツール20を走行開始することができ、その結果、摩擦攪拌加工によるワークW1,W2の品質の向上及び品質の安定化を図ることができる。
【0052】
なお、本発明は、前記実施形態のみに限定されず、本発明の要旨を変更しない範囲内で種々の変更を施すことが可能である。例えば、ツール20の押付け抵抗力Fは、ツール保持部30等にロードセル等を設けてツール20が軸線方向にワークW1,W2から受ける力を直接検出するようにしてもよい。
【実施例】
【0053】
以下に、ツール20の押付け抵抗力Fに基づいて、ツール20の走行開始を行った場合に良好に摩擦攪拌接合が行えることを確かめるべく、以下の実施例を行った。
(実施例1)
図1、2に示したものに相当する摩擦攪拌接合装置1により、ツール20の押付け抵抗力Fとして昇降用モータ85のモータトルク値を検出し、このモータトルク値が極大値Pを示した後に予め定めた移送開始設定値Sとなったとき、ツール20の走行を開始させた。
各条件を、以下に示す。
【0054】
1.ツール20
・材質:Ni基2重複相金属間化合物合金製(具体的には、Ni:72原子%、Al:7原子%、V:13原子%、Ta:5原子%、Re:3原子%、及び、これら元素の合計100原子%の組成の合計重量に対してB:50重量ppmの組成からなり(不可避的不純物を含む)、初析L1相と(L1+D022)共析組織との2重複相組織を有する合金。)
・ツール形状:図3に示すもの。
・ショルダ径(ショルダ面22の直径):12mm
・プローブ高さ:0.3mm
2.ワークW1,W2
・材質:SUS430
・サイズ:縦横300mm、横75mm、板厚1.0mm
3.裏当て材41
・材質:窒化珪素(Si
・サイズ:縦横30mm×30mm、長さ100mmの角材を接合方向に3本並べて使用。
4.摩擦攪拌接合条件
・ツール前進角:3度
・ツール回転数:2000rpm
・ツール送り速度:1200mm/分
・接合距離:170mm
5.ツール20の走行開始条件
移送開始設定値Sとして、昇降用モータ85のモータトルク値が極大値Pを過ぎた後の23(%)の値に設定した。すなわち、昇降用モータ85のモータトルク値が、極大値Pを過ぎた後に、移送開始設定値S(23%)に低下したときにツール20の走行を開始させた。
なお、実施例1では、昇降用モータ85のモータトルク値は、極大値Pが28(%)、移送開始設定値Sが23(%)、ツール走行時の平均値が23(%)であった(図7(a)のグラフを参照)。
【0055】
(実施例2)
実施例2は、摩擦攪拌接合条件において、実施例1よりも、ツール回転数を低くし、且つツール送り速度を遅くするようにした。具体的には、ツール回転数を1300rpm、ツール送り速度を900mm/分とした。これ以外の各条件は、実施例1と同様である。なお、実施例2では、昇降用モータ85のモータトルク値は、極大値Pが28(%)、移送開始設定値Sが23(%)、ツール走行時の平均値が22(%)であった(図8(a)のグラフを参照)。
【0056】
(結果)
図6に、実施例1で摩擦攪拌接合したワークW1,W2の接合部の写真を示し、図7に、実施例1で摩擦攪拌接合したワークW1,W2の接合部の写真を示す。これら図6,図7の写真からも明らかなように、ツール20の押付け抵抗力Fに基づいてツール20の走行開始を行った場合、ワークW1,W2の接合部の施工状態は、欠陥やバリ等もなく平滑できれいな状態に接合できていた。また、接合部の始端においても穴開きやバリ等も起こさず良好であった。
【0057】
図8(a)に、実施例1の条件下における、昇降用モータ85のモータトルク値の時間変化のグラフを示す。この実施例1では、極大値P/ツール走行時平均値の比率は、28(%)/23(%)=1.22である。
そして、図8(b)において、比較例1として、実施例1の条件下での回転用モータ32のモータトルク値(回転抵抗力)の時間変化のグラフを示す。この比較例1では、回転用モータ32のモータトルク値は、極大値が178(%)、ツール走行時の平均値が92(%)であり、極大値/ツール走行時平均値の比率は、178(%)/92(%)=1.93である。
図9(a)に、実施例2の条件下における、昇降用モータ85のモータトルク値の時間変化のグラフを示す。この実施例2では、極大値P/ツール走行時平均値の比率は、28(%)/22(%)=1.27である。
そして、図9(b)において、比較例2として、実施例2の条件下での回転用モータ32のモータトルク値(回転抵抗力)の時間変化のグラフを示す。この比較例2では、回転用モータ32のモータトルク値は、極大値が131(%)、ツール走行時の平均値が105(%)であり、極大値/ツール走行時平均値の比率は、131(%)/105(%)=1.25である。
【0058】
比較例1、2としたツール20の回転用モータ32のモータトルク値(ツール20の回転抵抗力)は、図8(b)、図9(b)からも明らかなとおり、周期的変動が大きいことがわかる。また、図8(b)と図9(b)との対比からも明らかなとおり、ツール20の回転数が異なれば、ツール20の回転用モータ32のモータトルク値(ツール20の回転抵抗力)の大きさも大きく変わることがわかる。すなわち、極大値は、比較例1(図8(b))が178(%)であり、比較例2(図9(b))が131(%)であり、大きく変わっている。同様に、極大値/ツール走行時平均値の比率も、比較例1(図8(b))が1.93であり、比較例2(図9(b))が1.25であり、と大きく変わっている。これは、ツール20の回転抵抗力においては、ワークW1,W2のツール押付け部分の温度や硬さ、及びツール20とワークW1,W2との間の回転の摩擦が強く関与するためであると考えられる。そのため、ツール20の回転抵抗力における極大値Pや所定の移送開始設定値Sを正確に見極めるのが困難となる場合があることがわかった。
【0059】
これに対して、実施例1、2であるツール20の昇降用モータ85のモータトルク値(ツール20の押付け抵抗力F)は、図8(a)、図9(a)より、周期的変動も非常に少なく、且つツール20の回転数が異なってもツール20の昇降用モータ85のモータトルク値(ツール20の押付け抵抗力F)の大きさはほとんど変わりないことがわかる。すなわち、ツール20を走行開始するまでの間のツール20の押付け抵抗力Fとして、昇降用モータ85のモータトルク値の極大値Pは、実施例1(図8(a))と実施例2(図9(a))とでは28(%)と同じであり、また、極大値/ツール走行時平均値の比率は、実施例1(図8(a))が1.22であり、実施例2(図9(a))が1.27であり、ほとんど変化がない。このことは、ツール20の押付け抵抗力Fは、ツール20のワークW1,W2への押付力に抗する反力であるから、主にワークW1,W2のツール押付け部分の温度や硬さに影響を受けるので、回転抵抗力に比べて、ツール20とワークW1,W2との間の回転の摩擦の影響を受け難いからであると考えられる。極大値Pに関して言えば、ツール20の押付け抵抗力Fは、ワークW1,W2のツール押付け部分の温度や硬さによるので、ツール回転数の影響を受けず安定しているのに対して、ツール20の回転抵抗力は、ツール回転数の影響を受けて変動し易いことがわかる。従って、ツール20の押付け抵抗力Fは、回転抵抗力に比べて、ワークW1,W2のツール押し付け部分の軟化状態を的確に捉えることができ、その結果、ワークW1,W2のツール押し付け部分が適切に軟化された状態となったときにツール20を走行開始することができることがわかった。
【符号の説明】
【0060】
1 摩擦攪拌接合装置(摩擦攪拌加工装置)
2 加工機構
5 制御装置(制御手段)
20 ツール
21 ショルダ部
22 ショルダ面
23 プローブ
32 回転用モータ(回転駆動手段)
50 負荷検出部(検出手段)
83 移送用モータ(移送駆動手段)
85 昇降用モータ(昇降駆動手段)
F 押付け抵抗力
L 接合線
P 極大値
S 移送開始設定値
W1,W2 ワーク(被加工材)


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ショルダ面にプローブを突設して金属材料からなる被加工材を摩擦攪拌加工するためのツールと、
ツールを回転させるための回転駆動手段と、
ツールを上下に移動させて被加工材に対して上から押し付けるツール高さを設定するための昇降駆動手段と、
ツールを被加工材の加工方向に相対移動させるための移送駆動手段と、
ツールが回転しながら被加工材を押し付けるときに、ツールの軸線方向にツールが被加工材から受ける押付け抵抗力を検出する検出手段と、
回転駆動手段、昇降駆動手段、移送駆動手段を制御する制御手段とを備え、
制御手段は、ツールが回転しながら被加工材に押し付けられる際に、押付け抵抗力が極大値に達したと判断し、前記極大値に達した時刻経過後に、押付け抵抗力が予め設定した移送開始設定値又は予め設定した遅れ時間に達するとツールを被加工材の加工方向に相対移動開始させる摩擦攪拌加工装置。
【請求項2】
請求項1に記載の摩擦攪拌加工装置において、
前記制御手段における前記押付け抵抗力の極大値(P)の判断は、
前記検出手段の検出値(Ts)に基づいて、最初の極大値(P1)を検出すると、当該最初の極大値(P1)の検出後に予め設定した所定時間(t)内に前記検出値(Ts)が最初の極大値(P1)を超えなかった場合に、当該最初の極大値(P1)が最終的に前記押付け抵抗力の極大値(P)と決定し、
前記所定時間(t)内に前記検出値(Ts)において最初の極大値(P1)を超える新たな極大値(P2)が検出された場合には、さらに当該新たな極大値(P2)の検出後に予め設定した所定時間(t)内に前記検出値(Ts)が新たな極大値(P2)を超えなかった場合に、当該新たな極大値(P2)が最終的に前記押付け抵抗力の極大値(P)と決定する動作を繰り返し行う摩擦攪拌加工装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の摩擦攪拌加工装置において、
前記移送開始設定値は、ツールの押付け抵抗力において前記極大値の65〜90%の範囲内で設定される摩擦攪拌加工装置。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の摩擦攪拌加工装置において、
前記遅れ時間は、前記極大値を過ぎた後の極小値に達した時間からの一定時間に設定される摩擦攪拌加工装置。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の摩擦攪拌加工装置において、
前記移送開始設定値は、ツールの押付け抵抗力においてツール走行時の平均値の70%以上で前記極大値未満の範囲内で設定される摩擦攪拌加工装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の摩擦攪拌加工装置において、
前記ツールがNi基2重複相金属間化合物製であり、前記被加工材が鉄系又は鉄合金系である摩擦攪拌加工装置。
【請求項7】
ツールが回転しながら被加工材を押し付けるときにツールの軸線方向にツールが被加工材から受ける押付け抵抗力を検出し、
ツールが回転しながらワークに押し付けられる際に、押付け抵抗力が極大値に達したと判断し、前記極大値に達した時刻経過後に、押付け抵抗力が予め設定した移送開始設定値又は予め設定した遅れ時間に達するとツールを被加工材の加工方向に相対移動開始させる摩擦攪拌加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【図9】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−206133(P2012−206133A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−72459(P2011−72459)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度経済産業省中小企業庁戦略的基盤技術高度化支援事業「摩擦攪拌接合による鉄系高融点材料の接合システムの開発」に係る委託業務、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(512109161)地方独立行政法人大阪府立産業技術総合研究所 (13)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【出願人】(000100838)アイセル株式会社 (62)
【上記2名の代理人】
【識別番号】100111257
【弁理士】
【氏名又は名称】宮崎 栄二
【Fターム(参考)】