説明

摩擦材の分析方法

【課題】
ディスクブレーキやドラムブレーキに使用される摩擦材において、摩擦材内部の気孔の状態や亀裂による空隙の有無を迅速、正確、且つ容易に観察することができる摩擦材の分析方法を提供すること。
【解決手段】
摩擦材の成分に含まれず、且つX線に対する感度の高い元素である塩素を含む物質を含浸させ、X線分析装置を用いて摩擦材内部に侵入した塩素を検出し、検出した塩素の分布状態を分析する。
前記塩素を含む物質は、4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)が好ましい。
摩擦材の内部構造を分析することにより、要求される摩擦特性や振動特性を得るための好適な製造条件を求めることができ、所望の特性の摩擦材を容易に製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の制動装置に使用される摩擦材の、内部構造の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車の制動装置としてディスクブレーキ、ドラムブレーキが使用されており、その摩擦部材として鋼鉄等の金属製のベース部材に摩擦材が貼り付けられたディスクブレーキパッド、ブレーキシューが使用されている。
【0003】
摩擦材は、金属繊維、有機繊維、無機繊維等の繊維基材と、有機充填材、無機充填材、金属粒子、潤滑剤等の摩擦調整材とを、熱硬化性樹脂等の結合材で固めたものであり、摩擦材の内部には複数の微細な気孔が形成されている。
【0004】
この気孔は、摩擦材の摩擦特性や振動特性に影響を及ぼす重要な要素であり、要求される摩擦特性や振動特性を得るために、製造条件を選択することにより、気孔の大きさ、気孔率(気孔の容積が摩擦材の容積に占める割合)等の調整が行われている。
【0005】
また、摩擦材の製造工程において製造条件が適切でない場合、摩擦材の内部に目視では確認できない微細な亀裂が発生し、空隙を形成する場合がある。この亀裂による空隙は摩擦材の強度を低下させる原因となるため、亀裂が発生しない適切な製造条件を確立することが重要とされている。
【0006】
近年では摩擦材に対するニーズの細分化に伴い、摩擦材のアイテムの多様化が進み、開発効率を向上させることが重要課題となっている。開発効率を向上させるため、いち早く製造条件を確立することが要求されていることから、摩擦材の内部の気孔の状態や亀裂による空隙の有無を迅速、正確、且つ容易に観察することができる分析方法の確立が求められている。
【0007】
摩擦材の気孔や空隙等の内部構造を解析または分析する方法として、特開2009−85732号公報(特許文献1)、特開2006−105883号公報(特許文献2)が知られている。
【0008】
特許文献1には、電子が磁場で曲げられたときに発生する電磁波としての放射光を、摩擦材からなる試料の内部を通過させることで、摩擦材を構成する材料と摩擦材の内部に存在する空隙とを含む摩擦材の構成要素に関する構成情報を取得する取得ステップと、取得ステップで取得された構成情報に基づいて、摩擦材の構成要素を視覚的に写し出す出力ステップとを備える、摩擦材の分析方法が開示されている。
【0009】
特許文献1に記載されている方法は、国内では限られた放射光実験施設でのみ可能な分析方法であり、迅速に分析するという要求には対応できないものである。
【0010】
特許文献2には、樹脂材料又は樹脂成形材料の成形品に形成された気孔の分布状態を分析する方法であって、ホウ素、窒素、フッ素、ケイ素、リン、硫黄、塩素、臭素、ヨウ素から選ばれるマーカー元素を分子内に有する樹脂を含有する樹脂組成物を、気孔内に充填する第1の工程と、気孔内に充填された樹脂組成物を、その形状を実質的に維持して固形化する第2の工程と、固形化した樹脂組成物中のマーカー元素を検出することにより前記成形品に形成された気孔の分布状態を分析する第3の工程とを、有することを特徴とする、成形品の気孔分布の分析方法が開示されている。
【0011】
特許文献2に記載されている方法は、成形品に形成された気孔にマーカー元素を含有する樹脂組成物を含浸させた後、前記樹脂組成物を高温で硬化させる工程を含むものである。樹脂組成物が硬化の際に膨張し、気孔を押し広げてしまうので、成形品の本来の気孔の状態を分析できないという問題があり、正確に分析するという要求には対応できないものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2009−85732号公報
【特許文献2】特開2006−105883号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、摩擦材の内部の気孔の状態や亀裂による空隙の有無を迅速、正確、且つ容易に観察することができる摩擦材の分析方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明においては、摩擦材の内部の気孔や空隙に、摩擦材の成分に含まれず、且つX線に対する感度の高い元素である塩素を含む物質を含浸させ、X線分析装置を用いて摩擦材内部に侵入した塩素を検出することで、摩擦材の内部の気孔の状態や亀裂による空隙の有無を分析する。
より具体的には、以下の技術を基礎とする。
【0015】
(1)摩擦材の分析方法であって、摩擦材に塩素を含む物質を含浸し、摩擦材内部の気孔及び空隙に侵入した塩素を、X線分析装置を用いて検出し、検出した塩素の分布状態を分析することを特徴とする摩擦材の分析方法。
【0016】
(2)前記塩素を含む物質が、4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)であることを特徴とする(1)記載の摩擦材の分析方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、摩擦材の内部の気孔の状態や亀裂による空隙の有無を迅速、正確、且つ容易に観察することができる摩擦材の分析方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、摩擦材内部に亀裂による空隙がない状態を示す分析画像である。
【図2】図2は、摩擦材内部に亀裂による空隙がある状態を示す分析画像である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の摩擦材の分析方法の実施の形態について説明する。
本発明において、摩擦材の内部構造を観察するため、摩擦材の成分に含まれず且つX線に対する感度の高い元素を含む物質を含浸するが、そのための好適な元素としては塩素が挙げられ、塩素を含む物質としては4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)が好適である。
【0020】
4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)は軟質な物質であり、摩擦材の気孔や空隙に含浸させた後、膨張して気孔や空隙を押し広げることが無いため、摩擦材の本来の気孔や空隙を分析することができる。
【0021】
また、検出、分析手段であるが、摩擦材の気孔や空隙の多くは平均径が0.5μm前後であり、気孔や空隙の状態を正確に把握するには100倍以上の拡大観察が必要であるため、100倍以上の拡大観察ができる顕微鏡を備えたX線分析装置を使用する。
そのような分析装置としては、走査型電子顕微鏡にX線分析装置を搭載したSEM一体型EDS装置や電子線プローブマイクロアナライザ(EPMA)が挙げられる。
【0022】
(観察用試料の作成)
X線分析装置を用いて摩擦材の内部の気孔の状態や亀裂による空隙の有無を観察する際に使用する試料の作成方法は下記のとおりである。
(1)摩擦材の製品から適当な大きさのテストピースを切り出し、テストピースを粗研磨する。
【0023】
(2)テストピースを溶融した4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)の入った容器に投入し、4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)に浸漬させ、4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)の沸点201℃〜214℃で6〜8時間煮沸処理を行う。煮沸処理後、テストピースを容器から取り出し、速やかにテストピースを板ガラスで挟み、真空ポンプが接続された密閉容器に投入し、真空ポンプを作動させ、減圧下で30秒〜2分間減圧含浸処理を行う。
【0024】
(3)減圧含浸処理後、密閉容器からテストピースを取り出し、室温まで冷却させた後、テストピースの初期の厚みから0.2mm薄くなるよう耐水ペーパで鏡面研磨処理を行う。
【0025】
(4)テストピースをドライヤーで乾燥した後、真空蒸着装置を用いてテストピースの表面にカーボンを蒸着させる。
【実施例】
【0026】
以下、本発明の分析方法を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
〈摩擦部材の製造〉
表1に示す組成の摩擦材原料組成物を混合機にて5分間混合し、得られた摩擦材原料混合物を予備成形金型に投入し、10MPaにて1分加圧して予備成形物を得た。この予備成形物を、予め洗浄、表面処理、接着剤を塗布した鋼鉄製のバックプレートと重ね、熱成形用金型に投入し、表2に記載の条件で加熱加圧成形を行った後、200℃で5時間熱処理(後硬化)を行い、研磨して、2つの乗用車用ディスクブレーキパッドを作製した(摩擦部材1及び2)。
【0030】
〈観察試料の前処理〉
〔テストピースの切り出し〕
摩擦部材1及び2のディスクブレーキパッドの摩擦材部分から厚さ5mmのテストピースを切り出し、800番の耐水ペーパーで粗研磨を施した。
【0031】
〔4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)の含浸〕
ドラフト内で、4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)を200ccのテフロン(登録商標)製のビーカーに半分程入れ、210℃に設定されたホットプレート上で加熱し、4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)を溶解させた。
溶解した4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)にテストピースを浸漬させ、ホットプレートの設定温度を210℃に維持したまま7時間煮沸処理を行った。
煮沸処理後、ビーカーから取り出したテストピースを速やかに薄い板ガラスで挟み、テストピースの厚み方向を開放させた状態で真空ポンプが接続された密閉容器に投入し、真空ポンプを作動させ、1分間減圧含浸処理を行った。
【0032】
〔テストピースの研磨〕
減圧含浸処理後、密閉容器からテストピースを取り出し、室温まで冷却させた後、初期の厚みから0.2mm薄くなるよう、耐水ペーパーで鏡面研磨処理を行った。耐水ペーパーは、250番から2000番を使用し、最後の研磨は2000番を用いて行った。
【0033】
〔テストピースの乾燥・カーボン蒸着〕
テストピースをドライヤーで乾燥した後、X線分析装置を用いて観察する際の帯電を防止するため、テストピースの表面に真空蒸着装置を用いてカーボンを蒸着させた。
【0034】
〈観察〉
走査型電子顕微鏡にサーモフィッシャーサイエンティフィック社製のX線分析装置を搭載したSEM一体型EDS装置を用いて塩素の分析を行い、500倍にて観察を行った。
【0035】
摩擦部材1からの試料について観察した分析画像を図1に示す。亀裂による空隙は観察されず、成形条件が適切であることがわかる。
【0036】
摩擦部材2からの試料について観察した分析画像を図2に示す。こちらは、亀裂による空隙が観察され、成形条件が適切でなかったことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の分析方法によれば、摩擦材の内部の気孔の状態や亀裂による空隙の有無を迅速、正確、且つ容易に観察することができ、要求される摩擦特性や振動特性を得るための好適な製造条件を求めることができ、必要とする特性を備えた摩擦材を容易に製造することができる。当業界において、きわめて有用な発明である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摩擦材の分析方法であって、
摩擦材に塩素を含む物質を含浸し、
摩擦材内部の気孔及空隙に侵入した塩素をX線分析装置を用いて検出し、
検出した塩素の分布状態を分析することで摩擦材内部の気孔及び空隙の状態を分析することを特徴とする、
摩擦材の分析方法。
【請求項2】
前記塩素を含む物質が、4,4’-メチレンビス(2-クロロアニリン)であることを特徴とする請求項1記載の摩擦材の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−225759(P2012−225759A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−93368(P2011−93368)
【出願日】平成23年4月19日(2011.4.19)
【出願人】(309014573)日清紡ブレーキ株式会社 (13)
【Fターム(参考)】